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<title>茶壷の一服・二服</title>
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<description>５０代に足を踏み入れた主婦の日常・行きつ、戻りつ思いつくままに。</description>
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<title><![CDATA[ 思ひ出すとは忘るるか ]]></title> 
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<description><![CDATA[ 思ひ出さずや忘れねば&lt;br /&gt;
と続く　すっと心に入ってきたこの一文は、書芸家の閑万希子氏が新聞のコラムで引用されていました。&lt;br /&gt;
本来は恋の詩&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
思い出すとということは、忘れるからこそです。&lt;br /&gt;
私のことを忘れないなら思い出すなんてことはないはずですのに。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
亡き姑のことを思い出すとき、&lt;br /&gt;
「また、思い出して考えている。忘れなさい。忘れなさい、あんな人、思い出す時間ものも惜しいじゃないの」&lt;br /&gt;
と、さっと　箒で片寄せる感じで思い出しかけの芽を摘んでいました。&lt;br /&gt;
が、このお盆にＳちゃんが帰省して、私自身の新婚時代と、姑のことをいろいろ考えて、嫌な気分に自ら落ち込んでいます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私が嫁に来たことで、さらに自分は楽をして当然と思っていましたね。さらにって舅との二人暮らし、勤めたこともない専業主婦のみの気楽な生活を送っていました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私は、結婚前、結婚後通じて姑の料理を食べたのは、二回のみ。&lt;br /&gt;
あとは、全て私に任され、買出しから、料理、片付けまでぜ〜んぶやらされました。別居していたので、顔を出すのが本当に億劫だったです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片付けくらい手伝ってくれてもいいと思ったけど、&lt;br /&gt;
「ウチの台所は狭くて、二人いるとじゃまになるねエ」なんてぼそぼそつぶやいて、いつのまにか、いなくなるのです。&lt;br /&gt;
さらに、自分達が朝食に使った魚焼きグリルを洗わずに、でも、洗えと言うように、わざと少し引き出してあるんです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昼は、蕎麦に天麩羅にだんだん決まってきました。私達が、昼前に到着すると分かっているのに、何の用意もありません。天麩羅ぐらい揚げておいてくれてもいいじゃないの。お湯も鍋に沸かしておいてもばちはあたらないじゃないの。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
夕食後、後片付けしていると、舅に聞こえるように、&lt;br /&gt;
「片付けはいいよ。ワタシはなんにもしてないんだから、後でワタシがやるから」と毎回言ってましたが、ポーズのみ。&lt;br /&gt;
布巾をあらいあげ、翌朝のご飯の仕掛けまでして帰りました。ある時、舅に「何だ、茶壷さんがみんな片付けていっているんじゃないか」ってあきれられました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「口だけで何でも済ます人」と、これは、舅が姑を評して晩年に茶壷にささやきました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まあ、茶壷もいい嫁をがんばっていたのが、自分の首を絞めることにつながっていきましたが。&lt;br /&gt;
茶壷に、楽をさせてなるものかって思っていたフシがあります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみが生まれて、泊まったとき、布おしめが足りなくなりそうで、朝一番に洗濯機を使いはじめ、朝食の支度は洗濯機をまわしてからとちょっと台所に行くのが遅れたときが一度ありました。&lt;br /&gt;
普段は、上品を気取ってた姑が、テーブルにドスン、ドスンと食器を置くのです。火を使ったのは、味噌汁のみで、昨夜の残りものの朝食を姑が用意しだしたのですが、針の莚を味わいました。&lt;br /&gt;
たかが、朝食、自分も食べるのに、なんでそんなにやりたくないの。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Ｓちゃんが今回始めて泊まるのにあたり、ちなみとロナウには、事前に言い渡して置きました。「今までは多少甘やかして、食器をすぐに洗わなくてもお母さんは帰省した時くらいと、見逃してきたけど、これからは、そうはいかないよ。自分の使ったものは、すぐに洗いなさいよ。」と&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
でも、初めてでＳちゃんも別に洗いますとか言い出さないので、ワタシの一人相撲。私が作って洗って。せめて拭いてくれるって拭いてもらったら、寿限無が「あれ！　拭いてるの」と不思議そうな顔をする。そして、自分も拭き始め、食器をしまいはじめた。母親がやってくれるは当たり前で、妻がやるのは、どう思ってんだか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
夫は、自分の実家で茶壷がずっーと台所に入ったままで、帰りが遅くなり、洗い物をしていても、何も手伝ってくれたことはなく、姑の薫陶よろしくか、いたわりの言葉ももらった事はありません。帰りの車中で私が不機嫌にだまったままでも、なぜか分かっていたんだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
品数の多い献立きめて、昼前から大河ドラマ終わるまで、台所にいる時間のほうが長かったんではと、おさんどんしに毎週顔を出していた若き日の茶壷を、抱きしめてやりたい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 ]]></description> 
<content:encoded><![CDATA[ 思ひ出さずや忘れねば<br />
と続く　すっと心に入ってきたこの一文は、書芸家の閑万希子氏が新聞のコラムで引用されていました。<br />
本来は恋の詩<br />
<br />
思い出すとということは、忘れるからこそです。<br />
私のことを忘れないなら思い出すなんてことはないはずですのに。<br />
<br />
亡き姑のことを思い出すとき、<br />
「また、思い出して考えている。忘れなさい。忘れなさい、あんな人、思い出す時間ものも惜しいじゃないの」<br />
と、さっと　箒で片寄せる感じで思い出しかけの芽を摘んでいました。<br />
が、このお盆にＳちゃんが帰省して、私自身の新婚時代と、姑のことをいろいろ考えて、嫌な気分に自ら落ち込んでいます。<br />
<br />
私が嫁に来たことで、さらに自分は楽をして当然と思っていましたね。さらにって舅との二人暮らし、勤めたこともない専業主婦のみの気楽な生活を送っていました。<br />
<br />
私は、結婚前、結婚後通じて姑の料理を食べたのは、二回のみ。<br />
あとは、全て私に任され、買出しから、料理、片付けまでぜ〜んぶやらされました。別居していたので、顔を出すのが本当に億劫だったです。<br />
<br />
片付けくらい手伝ってくれてもいいと思ったけど、<br />
「ウチの台所は狭くて、二人いるとじゃまになるねエ」なんてぼそぼそつぶやいて、いつのまにか、いなくなるのです。<br />
さらに、自分達が朝食に使った魚焼きグリルを洗わずに、でも、洗えと言うように、わざと少し引き出してあるんです。<br />
<br />
昼は、蕎麦に天麩羅にだんだん決まってきました。私達が、昼前に到着すると分かっているのに、何の用意もありません。天麩羅ぐらい揚げておいてくれてもいいじゃないの。お湯も鍋に沸かしておいてもばちはあたらないじゃないの。<br />
<br />
夕食後、後片付けしていると、舅に聞こえるように、<br />
「片付けはいいよ。ワタシはなんにもしてないんだから、後でワタシがやるから」と毎回言ってましたが、ポーズのみ。<br />
布巾をあらいあげ、翌朝のご飯の仕掛けまでして帰りました。ある時、舅に「何だ、茶壷さんがみんな片付けていっているんじゃないか」ってあきれられました。<br />
<br />
「口だけで何でも済ます人」と、これは、舅が姑を評して晩年に茶壷にささやきました。<br />
<br />
まあ、茶壷もいい嫁をがんばっていたのが、自分の首を絞めることにつながっていきましたが。<br />
茶壷に、楽をさせてなるものかって思っていたフシがあります。<br />
<br />
ちなみが生まれて、泊まったとき、布おしめが足りなくなりそうで、朝一番に洗濯機を使いはじめ、朝食の支度は洗濯機をまわしてからとちょっと台所に行くのが遅れたときが一度ありました。<br />
普段は、上品を気取ってた姑が、テーブルにドスン、ドスンと食器を置くのです。火を使ったのは、味噌汁のみで、昨夜の残りものの朝食を姑が用意しだしたのですが、針の莚を味わいました。<br />
たかが、朝食、自分も食べるのに、なんでそんなにやりたくないの。<br />
<br />
Ｓちゃんが今回始めて泊まるのにあたり、ちなみとロナウには、事前に言い渡して置きました。「今までは多少甘やかして、食器をすぐに洗わなくてもお母さんは帰省した時くらいと、見逃してきたけど、これからは、そうはいかないよ。自分の使ったものは、すぐに洗いなさいよ。」と<br />
<br />
でも、初めてでＳちゃんも別に洗いますとか言い出さないので、ワタシの一人相撲。私が作って洗って。せめて拭いてくれるって拭いてもらったら、寿限無が「あれ！　拭いてるの」と不思議そうな顔をする。そして、自分も拭き始め、食器をしまいはじめた。母親がやってくれるは当たり前で、妻がやるのは、どう思ってんだか。<br />
<br />
夫は、自分の実家で茶壷がずっーと台所に入ったままで、帰りが遅くなり、洗い物をしていても、何も手伝ってくれたことはなく、姑の薫陶よろしくか、いたわりの言葉ももらった事はありません。帰りの車中で私が不機嫌にだまったままでも、なぜか分かっていたんだろうか。<br />
<br />
品数の多い献立きめて、昼前から大河ドラマ終わるまで、台所にいる時間のほうが長かったんではと、おさんどんしに毎週顔を出していた若き日の茶壷を、抱きしめてやりたい。<br />
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<dc:subject>日記</dc:subject> 
<dc:date>2009-08-21T15:25:52+09:00</dc:date> 
<dc:creator>mk28bx87</dc:creator> 
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