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<title>行ケヨ、何処迄モ。</title>
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<description>昼は公務員ちっくなお仕事をし、夜は自分の夢のためにコツコツと。たとえ報われることがないとしても、それでも一歩一歩、前へ。行ケヨ、何処迄モ。</description>
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<title><![CDATA[ 恐怖の富士登山【中編】 ]]></title> 
<link>http://2.suk2.tok2.com/user/agatha99/?mod=day&amp;y=2009&amp;m=07&amp;d=20&amp;a=0</link> 
<description><![CDATA[ （つづき）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　富士山に何とか登頂したものの、台風のような強風に飛ばされて崖から落ちかけ、予約した山小屋まで行くことを断念。命からがらといった態で、最寄の山小屋に転がり込んだはいいが。&lt;br /&gt;
　･･･「死んじゃう」と心の底から思った時の恐怖は、なかなか消えてくれるものではない。今まで無茶は両手の指じゃ足りないほどたくさんしてきたが、こんなにも死を間近に感じたのは初めてだったからかもしれない。宿泊客に出される夕食のカレーを持つ手は、まるでドリフのコントに出てくるおじいさんみたいに、ガクガク震えてうまく食べられない。寒さもあったろう。でも、一番の原因は恐怖に他ならなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　食事を終えると、まだ７時だというのに寝所に追いやられる。ずらーっと敷き詰めたせんべい布団と枕。寝転ぶと隣の人との距離はないに等しい。お互いの肩が触れ合うぐらい。いわゆる雑魚寝というやつだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　いつもだったら目がらんらんと輝いている時間。すぐに眠れるわけがない。防寒用の服を着込んでもまだ寒く、ぺったんこの布団は寒さをしのぐには役不足だ。その上、強風が相も変わらず吹き荒れており、山小屋のトタン部分がガタンガタン大きな音を立てるものだから、うるさくてかなわない。さらに、近くで寝始めた順応力が優れた男の人が立てるイビキがうるさくて、ますます眠れない。とてもではないが快適に眠れる環境ではない。&lt;br /&gt;
　眠れないまま、夜明けを待つのは耐え難い苦痛だった。疲れているのに眠れない。早く朝になれと呪文のように心の中で唱えていた。&lt;br /&gt;
　山小屋の人には明日のご来光はまず難しいだろうと言われていた。確かにこの天気では無理かもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　午前４時前後ぐらいから、外がだんだん賑やかになってきた。どうやら、８、９合目ぐらいに宿泊していた登山者たちが日の出を見るために登ってきたようだ。&lt;br /&gt;
　そろそろ用意したほうがいいんじゃないかってことで、起きて身支度し、出て行く。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　外に出ると、まるで真冬の張り詰めたような寒さ。昨日の天気が嘘のように白い靄が晴れ、風は強かったが、視界はクリアである。東の空は既に赤くなり始めており、大勢の人たちと今か今かと待った。&lt;br /&gt;
　そしてついに、その瞬間は訪れた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（つづく） ]]></description> 
<content:encoded><![CDATA[ （つづき）<br />
<br />
　富士山に何とか登頂したものの、台風のような強風に飛ばされて崖から落ちかけ、予約した山小屋まで行くことを断念。命からがらといった態で、最寄の山小屋に転がり込んだはいいが。<br />
　･･･「死んじゃう」と心の底から思った時の恐怖は、なかなか消えてくれるものではない。今まで無茶は両手の指じゃ足りないほどたくさんしてきたが、こんなにも死を間近に感じたのは初めてだったからかもしれない。宿泊客に出される夕食のカレーを持つ手は、まるでドリフのコントに出てくるおじいさんみたいに、ガクガク震えてうまく食べられない。寒さもあったろう。でも、一番の原因は恐怖に他ならなかった。<br />
<br />
　食事を終えると、まだ７時だというのに寝所に追いやられる。ずらーっと敷き詰めたせんべい布団と枕。寝転ぶと隣の人との距離はないに等しい。お互いの肩が触れ合うぐらい。いわゆる雑魚寝というやつだ。<br />
<br />
　いつもだったら目がらんらんと輝いている時間。すぐに眠れるわけがない。防寒用の服を着込んでもまだ寒く、ぺったんこの布団は寒さをしのぐには役不足だ。その上、強風が相も変わらず吹き荒れており、山小屋のトタン部分がガタンガタン大きな音を立てるものだから、うるさくてかなわない。さらに、近くで寝始めた順応力が優れた男の人が立てるイビキがうるさくて、ますます眠れない。とてもではないが快適に眠れる環境ではない。<br />
　眠れないまま、夜明けを待つのは耐え難い苦痛だった。疲れているのに眠れない。早く朝になれと呪文のように心の中で唱えていた。<br />
　山小屋の人には明日のご来光はまず難しいだろうと言われていた。確かにこの天気では無理かもしれない。<br />
<br />
　午前４時前後ぐらいから、外がだんだん賑やかになってきた。どうやら、８、９合目ぐらいに宿泊していた登山者たちが日の出を見るために登ってきたようだ。<br />
　そろそろ用意したほうがいいんじゃないかってことで、起きて身支度し、出て行く。<br />
<br />
　外に出ると、まるで真冬の張り詰めたような寒さ。昨日の天気が嘘のように白い靄が晴れ、風は強かったが、視界はクリアである。東の空は既に赤くなり始めており、大勢の人たちと今か今かと待った。<br />
　そしてついに、その瞬間は訪れた。<br />
<br />
（つづく） ]]></content:encoded> 
<dc:subject>体験日記。</dc:subject> 
<dc:date>2009-07-20T01:14:02+09:00</dc:date> 
<dc:creator>agatha99</dc:creator> 
</item><item rdf:about="http://2.suk2.tok2.com/user/agatha99/?mod=day&amp;y=2009&amp;m=07&amp;d=19&amp;a=0">
<title><![CDATA[ 恐怖の富士登山【前編】 ]]></title> 
<link>http://2.suk2.tok2.com/user/agatha99/?mod=day&amp;y=2009&amp;m=07&amp;d=19&amp;a=0</link> 
<description><![CDATA[ ２００９年７月１９日&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　とうとうやってきましたよ、今年の大きな目標のうちのひとつ。富士山登山の日が。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そんなわけで、早朝４時半に起床し、身支度をして５時前に家を出る。電車に乗って向かうのは小田急線の新松田駅。そこの駅から７時１０分に出る須走口行きのバスに乗るためだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　新松田の駅に着いて、バスに乗り換え、胸の高鳴りを押さえながら目的地に向かう。が、激しくはないもののバスの窓を雨が濡らし始めた。嫌な予感。&lt;br /&gt;
　しかし、雨は富士山の麓に来るとすっかり上がっており、まだ頭上を重たい雲が覆っているものの、何とかしばらくは持ちこたえそうな状態に。&lt;br /&gt;
　だが、代わりといっては何だが、雨以外に私の道を阻むものがあった。･･･違法駐車。あと少しで須走口に着きそうなのに、二車線の道路の片側を２〜３キロにわたって違法駐車の列が続いている。従って、登山口から下りてくる車も、登山口に向かう車と同じ車線を使わなくてはならなくて、鉢合わせになるとしょっちゅう停車するため、なかなか進まない。結局予定より３０分近く到着が遅れた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ようやく登り始めたのが、９時過ぎ。須走口は変化に富んだ景観が素敵。森林限界が来るまで、いろんな植物があったり、鳥が飛んでたりして、なかなか楽しかった。特に、樹木は上に行くに従って背が低くなり、興味深い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　七合目ぐらいからだろうか。少しずつ風が気になり始めた。頂上の方を見ると、真っ白い帽子をかぶったかのような白い雲があって、天気が悪そうだ。頂上から降りてきた人たちも口々に頂上付近の天候が荒れていると。&lt;br /&gt;
　このまま登り続けてもいいものか？　せっかく来たんだから、行くしかない！　･･･と、持ち前の「もったいない」精神が出てきて、引き返していく人たちがでてきていたものの、先に進むことにした。後で激しく後悔することになるとは、この時は知る由もなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　八合目にさしかかると、風はいっそう強くなってきた。時折激しい突風が吹き、土と小石が全身を打ち付ける。また、この頃から少しずつ何となく息苦しくなったり、頭が痛くなってきて、高山病らしくなってきて、ちょこちょこ酸素タブレットを補給。その上、さすがに足の方もだるくなってきた。&lt;br /&gt;
　視界も徐々に悪くなってきた。雲なのか霧なのか、真っ白い靄が辺りをうっすら囲み、視界を遮る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　休み休み登って、九合目。白い靄は濃さを増し、３メートル先も見えづらくなってきた。風もよりいっそう激しくなって、まるで台風が直撃した室戸岬の中継のようだった。ひどい時には立っていられないほど。寒さも、まるで冷蔵庫にいるような寒さだ。&lt;br /&gt;
　もうここまで来たんだ、引き返せないよ。この期に及んでもそういう意識があって、戻る気にはなれなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　時間をかけつつ登り、ついにその日の午後４時過ぎに登頂を果たす。が、白い靄の水滴で全身びしょ濡れ、身も凍るような寒さ、頭痛、全身の疲れで、ボロボロになっていた。&lt;br /&gt;
　とりあえず頂上すぐの神社に入る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　問題はこれからだった。宿泊の予約を入れた山小屋は、ここから３０分ほど歩いた富士の宮口の方の頂上入口の側にある。が、今まで経験したことのないような強い風が頂上には吹いている。また、視界も真っ白で、少し先も見えやしない。&lt;br /&gt;
　とりあえず、早く休みたい。行ってみよう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　だが、歩いて三分と経たないうちに道を見失う。その上、強烈な風が吹き、立ったままずるずると体が勝手に動いて、崖っぷちまで来て、咄嗟に這いつくばって事なきを得たが、あと一瞬遅ければ崖から転落してしまうところだった。&lt;br /&gt;
　これ以上は、もう限界だ。確実に死ぬ。絶対に死ぬ。この時になってようやく本能が警鐘を鳴らした。これから３０分近くこの中を歩いて、目的地である宿泊先の山小屋に向かうのは不可能だ。&lt;br /&gt;
　地面を這いつくばるようにして、なるべく崖の縁から遠ざかって歩き、何とか元来た道を引き返し、須走口の頂上入口付近まで戻ることができた。そして、一番最初に目に入った山小屋に頼み込んで泊めてもらうことに。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（つづく） ]]></description> 
<content:encoded><![CDATA[ <img src="http://2.suk2.tok2.com/user/agatha99/img/2009-07-19-.jpg" align=left>２００９年７月１９日<br />
<br />
　とうとうやってきましたよ、今年の大きな目標のうちのひとつ。富士山登山の日が。<br />
<br />
　そんなわけで、早朝４時半に起床し、身支度をして５時前に家を出る。電車に乗って向かうのは小田急線の新松田駅。そこの駅から７時１０分に出る須走口行きのバスに乗るためだ。<br />
<br />
　新松田の駅に着いて、バスに乗り換え、胸の高鳴りを押さえながら目的地に向かう。が、激しくはないもののバスの窓を雨が濡らし始めた。嫌な予感。<br />
　しかし、雨は富士山の麓に来るとすっかり上がっており、まだ頭上を重たい雲が覆っているものの、何とかしばらくは持ちこたえそうな状態に。<br />
　だが、代わりといっては何だが、雨以外に私の道を阻むものがあった。･･･違法駐車。あと少しで須走口に着きそうなのに、二車線の道路の片側を２〜３キロにわたって違法駐車の列が続いている。従って、登山口から下りてくる車も、登山口に向かう車と同じ車線を使わなくてはならなくて、鉢合わせになるとしょっちゅう停車するため、なかなか進まない。結局予定より３０分近く到着が遅れた。<br />
<br />
　ようやく登り始めたのが、９時過ぎ。須走口は変化に富んだ景観が素敵。森林限界が来るまで、いろんな植物があったり、鳥が飛んでたりして、なかなか楽しかった。特に、樹木は上に行くに従って背が低くなり、興味深い。<br />
<br />
　七合目ぐらいからだろうか。少しずつ風が気になり始めた。頂上の方を見ると、真っ白い帽子をかぶったかのような白い雲があって、天気が悪そうだ。頂上から降りてきた人たちも口々に頂上付近の天候が荒れていると。<br />
　このまま登り続けてもいいものか？　せっかく来たんだから、行くしかない！　･･･と、持ち前の「もったいない」精神が出てきて、引き返していく人たちがでてきていたものの、先に進むことにした。後で激しく後悔することになるとは、この時は知る由もなかった。<br />
<br />
　八合目にさしかかると、風はいっそう強くなってきた。時折激しい突風が吹き、土と小石が全身を打ち付ける。また、この頃から少しずつ何となく息苦しくなったり、頭が痛くなってきて、高山病らしくなってきて、ちょこちょこ酸素タブレットを補給。その上、さすがに足の方もだるくなってきた。<br />
　視界も徐々に悪くなってきた。雲なのか霧なのか、真っ白い靄が辺りをうっすら囲み、視界を遮る。<br />
<br />
　休み休み登って、九合目。白い靄は濃さを増し、３メートル先も見えづらくなってきた。風もよりいっそう激しくなって、まるで台風が直撃した室戸岬の中継のようだった。ひどい時には立っていられないほど。寒さも、まるで冷蔵庫にいるような寒さだ。<br />
　もうここまで来たんだ、引き返せないよ。この期に及んでもそういう意識があって、戻る気にはなれなかった。<br />
<br />
　時間をかけつつ登り、ついにその日の午後４時過ぎに登頂を果たす。が、白い靄の水滴で全身びしょ濡れ、身も凍るような寒さ、頭痛、全身の疲れで、ボロボロになっていた。<br />
　とりあえず頂上すぐの神社に入る。<br />
<br />
　問題はこれからだった。宿泊の予約を入れた山小屋は、ここから３０分ほど歩いた富士の宮口の方の頂上入口の側にある。が、今まで経験したことのないような強い風が頂上には吹いている。また、視界も真っ白で、少し先も見えやしない。<br />
　とりあえず、早く休みたい。行ってみよう。<br />
<br />
　だが、歩いて三分と経たないうちに道を見失う。その上、強烈な風が吹き、立ったままずるずると体が勝手に動いて、崖っぷちまで来て、咄嗟に這いつくばって事なきを得たが、あと一瞬遅ければ崖から転落してしまうところだった。<br />
　これ以上は、もう限界だ。確実に死ぬ。絶対に死ぬ。この時になってようやく本能が警鐘を鳴らした。これから３０分近くこの中を歩いて、目的地である宿泊先の山小屋に向かうのは不可能だ。<br />
　地面を這いつくばるようにして、なるべく崖の縁から遠ざかって歩き、何とか元来た道を引き返し、須走口の頂上入口付近まで戻ることができた。そして、一番最初に目に入った山小屋に頼み込んで泊めてもらうことに。<br />
<br />
（つづく） ]]></content:encoded> 
<dc:subject>体験日記。</dc:subject> 
<dc:date>2009-07-19T00:38:17+09:00</dc:date> 
<dc:creator>agatha99</dc:creator> 
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