ヒョンビン,ドラマ‘チング’できなかった話
[インタビュー]

‘ドンス’は俳優ヒョンピンが20代始め,映画‘チング’を見ながら夢見てきた役割だ。

820万観客が見守ったこの伝説的な話がドラマで作られるといった時,皆が‘うまくやっても本殿’と言いながら出演を引き止めたがヒョンビンの意志は意地っ張りな程確かだった。

原作映画でドンスを演技した先輩チャン・ドンゴンのアウラで選り分けられるか怖くて,挑戦を止めたくなかったためだ。

結局ヒョンピンは自身の固執通りドラマ‘チング’を選択して年齢にふさわしくない彼の貴重さと馬鹿正直さに引かれて一緒にするようになったというクァク・ギョンテク監督の期待のように憂慮の念が強い周りの視線にも動揺することなく自分だけのドンスを黙黙と作り出した。

ドラマ‘チング’が視聴率面で期待ほどの結果を得ることはできなかったが映画でし終えることができなかったドンスの話を自分だけの色で満たしながら,差別化を成し遂げることに成功した。

=映画とは違った結末で終わりを結んだ‘チング’が終映した。感慨が格別なようで。

●ドラマ‘チング’が事前製作されたので以前の作品よりもう少し余裕あるように放送を視聴できて良かったが僕もやはり最終回は楽しく視聴した。(笑い) 事実映画‘チング’と他の結末のためにドラマ撮影が皆終わった以後結末の部分を追加撮影したが該当分量に対してはわざわざ台本をあらかじめ見なかった。

そのためか僕もまた最終回を視聴しながら気になってドキドキする思いで見守った。

=クァク・ギョンテク監督様が視聴率に対する惜しみのためか突然削髪をして,周囲を驚かせたりもしたがそれでも補充撮影まで敢行しながら,完成度により一層精魂を込める情熱を見ながら,俳優たちもやはり信頼が堅固になっただろう。

●正直初放送を見た時だけでも雰囲気が本当に良かった。
‘大当たり’だといいながらあちこちかかってくる電話を受けるのに気が動転した程。

ところで翌日視聴率結果を見て監督ニムがちょっとダウンされた。
クォリティーある作品を作り出すために6ケ月間死ぬほど苦労しながら撮ったが多くの人が見なくて気になられたようだ。

事実‘チング’は僕の作品ということから離れて,僕もやはり期待が大きかったドラマだ。皆とてもがんばって撮って他のドラマとは違い映画のように現場編集ということもあり,モニターを睡眠見当ずつのぞいて見ると完成作に対する気がかりが大きくなる程,現場結果が良かったので。

とにかく監督ニムも後日には考えがちょっと変わられたようだ。
他の時間帯に編成されたとすればどうだっただろうかと思う諸々の惜しみもあったようだがそれでもドラマの完成度のために補充撮影を敢行されたので。

結局監督ニムのそのような情熱を視聴率という数字が勝ち抜けなかったことです。




=ヒョンビン氏の場合も‘うまくしても本殿’という周囲の引き止めがあったが‘チング’という作品,ドンスという人物を最後まで放さなくて最善を尽くして駆け付けたのでそれなりの成就感も大きいようだ。

●そうです.ドンスは20代始め映画‘チング’を見ながら夢見てきた役だったから。
この作品がドラマで作られるという話を聞いた時,欲を持つようになることは,自然なことではありませんか?それでクァク・ギョンテク監督ニム,(チャン)ドンゴンヒョンと酒の席を持つようになった時,シノプシスも見ない状態だったが“絶対に出演したい”という意思を伝えていた。

もちろんドンゴンヒョンと現場マネジャーを除けば皆‘うまくしても本殿’だと言って引き止めただろう。だがすべての人が反対する作品だったとしても僕はドンスの役を絶対していた。

もう一度しろといっても同じ選択をしたことで今でも上手な選択だと思っている。

=インタビュー当時クォン・サンウ氏も映画‘チング’がドラマで作られるという話を聞いた時,度が過ぎたかたといった。

●そうでしたか?監督ニムでも‘チング’は作品自らの魅力があまりにも大きいから。何より男俳優なら,こういうキャラクターや作品に対するロマンが皆あるでしょう。僕も同じです。

=ヒョンビン氏が演技したドンス,友人の信頼を裏切って義理を破った人物に描かれた映画の中のドンスと差別化に成功したという気がする。
どうしてもドラマ‘チング’が映画原作を土台に映画でし終えることができなかった話を描くのに重点を置いただけにドンスの純情なメローでも隠されたヒストリー,彼が数年間そのように変化するほかはなかった理由らを十分に見せたので男らの友情というクァク・ギョンテク監督ニムのファンタジーもより一層強固となって。

●映画の中のドンスがドラマの中のドンスよりはるかに強い部分があることはあった。映画という媒体の特性上もう少しインパクトあるように圧縮されて描かれるほかはなかったから。

でも,20部作ドラマは違うのではないか?ひとまず分量的に話を豊かに解いていける余裕がある。おかげで人物を見せる時ももう少し立体的で深く入るのが可能になった。

ドラマ バージョン‘チング’で映画に登場しないジンスクとのメローライン強化はもちろんドンスがそんな選択と行動をするほかはなかった前後と状況を一緒に見せるので彼の人間的な面がさらに多くにじみ出るようになったことで,回ごとに登場したドンスのナレーションも同じだ。

ドンスの心境をもう少し直接的な方式で伝達できるまた他の通路になったがおかげでドンスという人物に対する視聴者らの感情移入がもう少し易しくなっただろう。

掲示板を見てもドンスは監督ニムがそのように話された凄然さというか?何をしても苦しい状況に置かれる人物だったせいで可哀想な奴とし惜しまれる方らが多かった。実際僕が演技する時もそんな気がして。

何より個人的に感謝したのはこのようにドラマ‘ドンス’を違うように見てくれる方らがおられたということ。





=ドンスというキャラクターを演技しながら,実際ヒョンビンは間接点を探したりした?

●1人の女性にひた向きであること,仕事をする時,勝負欲が強いところは似ている。
もちろん僕は愛する人ができた時,間接的に心を伝えるドンスとは違い正直に話す方ではあるが。一敵な部分でもそうだ.一つのことをすると決心すれば,別の場所には目が行かず,それ一つだけ見て走って行くスタイルだ。

ドンスのように負けないために,後悔しないために最善を尽くす,それで作品のために私的な部分を果敢にあきらめたりもする。もしかしたら日課愛を併行することでちょっと難しい性格でもあるのかも。僕をもう少し配慮して賢明でセンスある女性が理想型であることもそのためであって。

=近くで見守っている知人は‘チング’を見てどんなことを言ってくれる?(笑)
● (ソン)へギョはモニターしながら,ドラマに完成度があっておもしろいと言ってくれて,僕もかっこよく出てるねと言ってくれた。

=クァク・ギョンテク監督ニムが撮影前青春物ではなく飢えたヌワルに合うヒョンビン氏だけのマッチする各を発見されたと自信を持たれたりもしたが確かにヒョンピンという俳優が前には使わなかった多様な顔筋肉を活用して,キャラクターのイメージを作り出したと,新しく感じられた。

●今回は本当に筋肉という言葉を使うほかはないのに監督が話す時,額シワや眉間のシワ,目を開く方法や口の下で使う筋肉など前まで僕が使った筋肉らを使うように望まれた。

このためにリーディングの時からじわじわ練習していったが監督ニムと別にリーディングする場所にモニターとカメラを設置して台本だけ読むのではなく監督ニムが注文する部分の表情練習を共にした。おかげで僕もたくさん教わった。

知らなかった筋肉も知るようになって以前と違った方法で表現することも悟るようになったので。何より今回の作品にこうした結果をすべて表わすことができなかったとしても時間が過ぎた後,他の作品で‘僕が今その時教わったことを使ったのだ’と感じられる瞬間がくるはずです。




=個人的に特別に愛着が行く場面はある?

●ドンスが最後に刃物に突かれて死ぬ場面.
その場面が一番記憶に残る。個人的にとても好きな場面です。
そのシーンを撮影する時,背景が暗くなければならなかったので4日間雨にうたれながら,明け方から日が昇る前までとても苦労しながら大変に撮影して,実際放送では編集が短くなったようで少し残念だった。(笑)

=今回の作品をしながら酒は減ってタバコは増えたと?

●組織暴力団特有のハスキーな声を作るために切ったタバコをまた吸ったがおかげで以前よりタバコ吸う量が増えた。代わりにお酒はずいぶん減ったが‘チング’を準備しながら,身体を作らなければならなかったので6〜7ケ月の間会食席を除いた酒の席だけを避けた。

ところが監督ニムがあまりにもお酒がお好きで,俳優らが参加をよくして差し上げられなくて空しかった。(笑).

=(イム)ジュファン氏が男は30才を越えても俳優になってもかまわないというヒョンビン氏の言葉を聞いて,それまでどんな道を選択して準備して行こうか貴重に悩むようになったといわれますよ。

●僕がまだ助言する立場ではなく,本来助言のようなことはしないスタイルですが,恐らくその時した話はパク・チュンフン先輩が僕に“男は30才を越えてからでも俳優になれるから20代にはスター性を楽しみなさい”という言葉と一緒にして下さった助言らをジュファンに伝えたみたいです。

20代俳優がいくら演技が上手だとしても経験の多い30代の俳優のアウラとエネルギーを越えることはできないので現在上手になり得てかっこよく出てこれるキャラクターを演技しながら,スター性を十分に減らす程度経験が積もった30台になった時,願うものに挑戦しろとの意味でしてくれた話でした。

=ヒョンビン氏もそれに対する悩みをした?

●もちろんです。こうした悩みは今でも続いていて。
現在僕の姿を見てもそうではないでしょうか?パク・チュンフン先輩がおっしゃられたその道と100%の道を行っていなくて,正直‘私は幸せです’も僕が上手になり得る作品ではなかった。

でもやりたくて引かれる思いが大きかったので欲を出したのでしょう。‘クサセ’,‘チング’も同じです。
皆演技的な欲が先立って選択した作品だった。結局スター性よりは演技の側に欲が先にできたようだがそれでも今僕にその二つの道どちら側に行くか尋ねたら明確な答を内診できません。いや二匹のウサギを皆つかみたい心情という言葉が合うでしょう。