えうりでぃちぇさんkeyakiさんがそれぞれ、オペラ歌手と年齢について、ご自身のBlogに記事を書いておられます。えうりでぃちぇさんはペーター・ホフマンの、keyakiさんはルッジェーロ・ライモンディの、レパートリーとそれを演じた年齢について詳細に記しておられます。ふたりの大歌手の歩んだ軌跡がひと目で分かる、非常に興味深い記事です。「歌手の年齢とレパートリーの関係」の問題を考えるには、私のこの連載よりもはるかに得るところが多いこと請け合いです。

第三弾です。昨日はアストリッド・ヴァルナイのMETでの出演履歴を挙げたところまででしたね。
2年前に話を戻しますと、あの頃はMETのホームページに歌手の出演公演を調べる検索機能はまだありませんでしたので、昨日挙げたような細かい“初挑戦記録”などを知ることはできませんでしたが、デビュー当時の話、そしてホームページや本(野崎正俊『オペラ ディスク コレクション』アートユニオン・1999)を見て若き日のヴァルナイの歌うエルザやエリーザベトの録音が残っていることを知り、少なからず驚きました。
今さら私が説明するまでもなく、ヴァルナイは1950年代から1960年代にかけてヴァーグナーのホーホ・ドラマティッシャー・ソプラノ役の第一人者として活躍した人。1960年代後半頃からはドラマティック・メッゾ・ソプラノの諸役にレパートリーを切り替えて舞台に立ち続け、’非常に長いキャリアを誇った人です。若いうちに声をつぶしてしまったどころか、重量級の役を歌い続け、しかも声の寿命の長い持ち主だったのです。
現在私の手元にはヴァルナイのデビューの舞台となった『ヴァルキューレ』のライヴ録音があります。このCDから聴きとれる範囲では、23歳の新人ヴァルナイはこの時点ですでに、強く太く深い声を持っていたことが分かります。

その後、このように比較的若い頃(「これまでの流れ」でも書きましたように、20代から30代前半までのあたりを想定しています)からヴァーグナーの大きな役柄を大舞台で歌っていた大歌手が、少なからず存在していたことを知るようになりました。
例えば古い例になってしまいますが、20世紀前半のヘルデン・テノールとして真っ先に名前が挙がるラウリッツ・メルヒオール(1890−1973)。彼は20代後半でバリトンからテノールに転向し、1924年(満34歳)でバイロイトに初めて登場します(ジークムントとパルジファル)。メルヒオールの好敵手?マックス・ローレンツ(1901−1975)のバイロイト初登場年は1933年、満31歳の時。彼はメルヒオールとは対照的に、20代の頃からドレスデン歌劇場やウィーン国立歌劇場でヴァーグナーやヴェルディのドラマティックな役柄を歌っていました。そしてバイロイト初登場に前後して、ふたりはその活動の場を世界規模に広げてゆきます。
このふたりのうち、メルヒオールははじめヨーロッパ、後にMETでヘルデン・テノールの諸役を歌い続けたにも関わらずその引退の頃――60歳の頃まで目立った声の衰えがみられなかったといわれます。彼の53歳の時のトリスタン(1943年METライヴ・ラインスドルフ指揮)には、歌唱フォームの崩れが全くといってよいほど感じられません。

メルヒオールやヴァルナイらのキャリアは、ある意味彼らの超人ぶりを如実に表わしているともいえます。
もともとこういう「特別な」声を持っている歌手でないと、20代からヴァーグナーの諸役を歌い始めてさほどの衰えを知らぬまま何十年も現役でヴァーグナーものを歌い続けるなんてことはできないのだ、ということもできなくはありませんが、逆にいえば、非常に強靭な声帯と重い声質を持っている歌手の場合、20代〜30代にヴァーグナーの諸役を大舞台で多く歌ったからといって、声をつぶしてしまうとは全く限らない、ということもいえるのです。
それには無論、本人の声に対する強い自覚(危機意識もこの中に含まれる)が不可欠であり、さらにさまざまな外的要因もからんでくるのでしょうが……。