色は匂えと散りぬるを
JW(エホバの証人)2世として、幼少期から15歳までその特異な教育を受けてきた自分の、心の整理日記として書き始めたものです。 過去話、現在と入り混じり、不定期更新ですが、ぼちぼちやっていきます…。マニアック万歳〜☆

2018年9月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30       

プロフィール
名前いろは
年齢29
性別
星座蟹座

カテゴリー
日記(24)
エッセイ(4)
雑文(9)
手紙(1)
詩・詞・志(1)

最新記事
2008年01月24日  to U
2006年06月20日  禁煙順調☆かっこいいA兄弟♪
2006年06月16日  あれやこれやそれやこれ。
2006年06月07日  ちちうえ。お疲れ様でした。
2006年06月04日  見ない振り・・・

過去記事
2008年01月
2006年06月
2006年05月
2006年02月
2005年12月


カウンター









2005年12月18日  父への手紙
この手紙を父に書くに至った経緯、事情は省略します。
「エホバの証人」を「エホバの商人」としているのは、私の父への思いやりです。

****************************************************************

父上様へ

この間は沢山お菓子や野菜をありがとうございました。

私が感じていること、思う事、お父さんに伝えたい事を書きます。

今の私にとって両親の離婚は、自分に直接関係のない第三者のことです。
あなた方が悔いのないようにしたらいいと思っています。
だけどあなた方は、私が小さい頃からそうであったように、
二人で話すということが出来ません。間に子供を介さないと、
自分の要望を伝え合うことも、まして本心を伝え合うという事も出来ません。

それは、今までの長い年月の中で、出来てしまった仕方のない形だとしても、
それを解ってはいても、そこに巻き込まれてしまうのは、子供としては
うんざりであり、ましてこの人間とは話し合うことなど出来ないと決めつけ、
話そうとすると罵り合いになってしまうのが嫌だから、というような逃げと、
相手に対する憎憎しい感情をぶつけられるのは苦痛です。

でもどんなになっても結果巻き込まれてしまうのならば、
おせっかいですがとことん首を突っ込ませてもらいます。
私が愛するみんなの為に。



自分は正しい。相手が間違っている。分かち合うものなど何もない。
そこから得られるものなどあるんでしょうか?

お父さんがエホバの商人を心の奥底で憎み、批判的な感情しかないのは理解が出来ます。
でもお父さんの、かつて愛し自分の伴侶として選んだ女性に対する接し方は、
その忌み嫌うエホバの商人となんら変わりないのではないでしょうか。
「自分は、正しい。相手が間違っている。」
そこから得られるものはなんなんでしょう。何かあるんでしょうか。

この間、お父さんの言い方を聞いていて腹が立ち、言ってしまいましたが、
じゃあなんで、そんなに忌み嫌う宗教から、小さかった私を救ってくれませんでしたか?
自分がそこまで、これは違うと思った宗教なら、
何がなんでも何がなんでも、私をかばってくれませんでしたか?

宗教という世界に身を投じた自分の妻の、本心を理解しようと務めましたか?
自分のベストを尽くしたと、胸を張って言えますか?
自分の本心を、真心を、相手に伝わるように、努力するベストを尽くしましたか?
愛した人が、本当は何を求め、本当は初め何に惹かれたのか、そこがどんな世界であるのか、
どんな世界に子供が巻き添えになってしまう危険があるのか、全力で知ろうと、
知ったうえで、妻を、子供を何がなんでもカルトから守ろうと、
自分のベストを尽くしたと、胸を張って言えますか??

私が15でエホを自力で抜け出し、M(妹)も16で抜け出し、
結局母親が一人でその世界に取り残されて、
それはお父さんにとって、ただの自分が正しかったことの証明なんですか?
父親としても、胸が痛みませんか?
エホバの商人という宗教の隠された闇の部分をどこまで知っていますか?
信者がどのようにマインドコントロールにかかってゆくか知っていますか?
マイコンにかかった親についてゆくしかない、子供達の心に受ける傷を、
どこまで把握して、私を母親に任せたのですか?


過ぎ去ったことを、責めているんじゃないです。
誰かを何かを責めてどうなる問題でもなく、私は自分の心の問題は自分と向き合い解決してきましたし、
これからもそうです。沢山の人たちに支えられ、私も生きています。

ただ、私はお父さんの心の中の、エホバの商人というものに対する想い、
かつて愛した人への想い、接し方、見ていて人間として、悲しくなります。
お父さんは自分を信じていますか?
ならば、かつて愛した人を、エホバの商人としてしか見れない自分の目を、
嘆くべきではないですか?
かつて愛した人を、信じることが出来なかった、自分を信じることが出来なかった、
自分を嘆くべきではないですか?

お父さんには、いつでも自分を信じていてほしい。
かつて愛した人に対する自分の想いの変化にも、目を留めてほしい。
なぜ信じてあげられなかったのか、なぜもっと寄り添おうと出来なかったのか、
なぜ、宗教に取られたという思いに負けてしまって、
何が何でも、守ろうと出来なかったのか、
自分の根本を見つめてほしい。
これからの自分の為に。それぞれの明るいこれからの為に。



私は生きる上で、ごめんなさいとありがとうが言える人間でありたいと思っています。
子供にも言葉ではなく、私の姿勢で感じ取ってもらいたいと思っています。
人を傷つけるのも人間なら、許しあい、支えあえるのも人間だと思っています。
ごめんなさいと、ありがとうは、性別や、年齢に関係なく、
誰にでも、心から言える人間でありたいと思っています。

私は照れ屋で、へそ曲がりのあまのじゃくで、ばかで泣き虫で、短気で、
どうしようもないおこちゃまな人間ですが、それでも、
なかなか素直にありがとうが言えなくてごめん、とか言いながら、
ありがとうの言葉に代えさせてもらったりしています。
うちのパパも、友達も、照れ屋が多いですが、
みんなそんな風に、照れながらも謝ったり、お礼を言ったりしながら、
恥ずかしい部分をさらけ出しあいながら、支えあって生きています。

近しい人間であればこそ、言いずらかったり、言わなくてもわかってほしいという
甘えがあるのもわかります。それが許されている関係もあると思います。
だけれども、言葉にしなくては、伝わらない想いというのも人間関係にはあると思います。


私は幼い頃の、まだ両親が仲良く語らい、名前を呼んでいた記憶があります。
私がお父さんの真似をして、台所にいるお母さんを「○○子〜」と呼んだら、
「いろははお母さんって呼びなさい。」と言われて、シュンとした記憶があります。
元に戻るとか戻らないという問題ではなく、そんな話ではなく、
かつて愛して、自分がパートナーとして選んだ人間に対して、エホバの商人としてしか見れない、
接することが出来ないあなたを、私は見ていることが出来ません。
口を挟まずにはいられません。娘として。一人の人間として。
お父さんを大好きだからこそ、私なりの価値観で、思ったことは伝えるべきだと思うし、
好きだからこそ、見ていられません。

お父さんが、お母さんがエホバの商人になる前となった後では、
まるで別人格だったと言っていたように、
エホバの商人という宗教のマインドコントロールは実に巧妙に出来ています。
カエルをぐらぐら煮だった鍋にいきなり投入すれば、その熱さに飛び出して逃げるけど、
水から入れて、じっくり煮だたせれば、カエルはそのまま煮あがります。

あなたは、かつて愛していた人の、何をみていましたか?
愛するとはなんなんでしょう。なんなんですか?
何を、どんなことをしてもらったら、愛されていたことになるんですか。
愛するとはなんなんですか?

相手の自分への気持ちを信じ、自分の相手への気持ちを、
信じることなんじゃないだろうか…。

今のお父さんは、死ぬ前の一息を吐く時、満足して死ねますか?
私は、壁にぶち当たった時、迷った時、自分の死を考えます。アホです。
死に方を考え、自分の道の歩き方を考えます。
ばかでちっぽけな存在だけれど、私の道の歩き方をまっとうしたい。
迷いながらも、みんなに支えられながらも、私の生き方をまっとうしたい。


何歳になっても、どんな場面からでも、学べること、得られること
というのはあるんではないかと思います。
何かに気がついた時、今の自分に出来ること、自分にしか出来ないこと、
何か、何かあるのではないか・・・
それが人生なのではないでしょうか。

あなたは今法的に終わるひとつの結婚生活から何を得ましたか?
かつて自分が愛した人から何を学びましたか?
あなたは何を与えることができたのでしょうか?
何を与えられたのでしょうか?
もう得られるものなどないのでしょうか?
それは全て、自分次第なんではないでしょうか。
自分がもう得られるものなど何もないと思ったら、そうでしょう。
なにかを見たいと思ったら、何か見えてくるものがあるんじゃないでしょうか。


あなたがかつて愛した人は、エホバの商人というロボットなのでしょうか?
みんな誰もが、同じ人間なのではないでしょうか?

お父さんが悔いのない人生を歩かれることを、
これからの益々のご発展を、心から心から願っています。


何もわからない若輩者の私が、人生の大先輩に生意気なことも言いました。
私は生意気なんです。


ますます寒さが身にしみる季節になりました。
お身体を大切に、人生のパートナーとお力を合わせて、
もっともっと元気に、もっともっと色鮮やかなお父さんの人生を歩まれてください。
そしてお父さんが見た景色の一片を、私達家族にも、分けてもらえたら私はとても嬉しいです。



いろは

PM 06:25:09 | Comment(2) | TrackBack(0) | [手紙]

≪ 前の30件| 次の30件 ≫

Warning: fsockopen(): php_network_getaddresses: getaddrinfo failed: Name or service not known in /home/www/html/sys/head.php on line 626

Warning: fsockopen(): unable to connect to apix.jword.jp:80 in /home/www/html/sys/head.php on line 626
SockError:apix.jword.jp