色は匂えと散りぬるを
JW(エホバの証人)2世として、幼少期から15歳までその特異な教育を受けてきた自分の、心の整理日記として書き始めたものです。 過去話、現在と入り混じり、不定期更新ですが、ぼちぼちやっていきます…。マニアック万歳〜☆

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プロフィール
名前いろは
年齢29
性別
星座蟹座

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2005年05月22日  ならば味わいつづけよう 〜祈り〜 その参
〜強くつよく、静かにイメージを。
このしあわせが膨らんでゆくように
そう、願わくば、一緒に味わうことができるように〜



私はずっと淋しかったと知った時、母もそうだったんだと気付き、
私はあの時、楽しかったと知った時、母もそうだったんだと気が付いた。
身体の記憶、すなわち心の。


私が15でJWを排斥になり、もう二度とJWには戻らないと言った後、
母からもらった手紙がある。
この手紙を読む度に、言葉に出来ない想いで胸がいっぱいになって
私は涙して、いつの間にか、その言葉に出来なかったものが
母に伝えたい想いになって溢れてくる。


お母さんの愛する娘いろはへ

きょう佐藤さん(仮名)のところに研究に行ってきました。
千夏(仮名)ちゃんがおすわりして遊んだりおしゃべりしたり(何を言ってるのかはわからない)
しているのを見て、いろはの小さい時の事を思い出しました。
お父さんとお母さんが、子供を作ろうと思って頑張って出来た子供です。
だからお母さんの大切な大切な子供です。今でもです。
どんな苦労しても、どんなに大変でも、大切な大切な子供なので、
お母さんはあなたを絶対に楽園に連れて行きたいと思って、
今日まで頑張ってきました。(エホバからの助けもいつもありました。)
小さい時、とてもあなたは霊的なことを愛してくれました。
大変な中でも、いつも喜びを持つことが出来たのも、あなたがいたからです。
お母さんと初めて奉仕に出た日、覚えていますか?
疲れるから、一時間出ると言ったんだけど、
もっとしていくと結局3時間近くしました。
二人で再訪問する時も、なんだか頭がいたいからやめようかと言うと、
いろはは「お母さん頑張って出るといたくなくなるよ」と励ましてくれました。
奉仕から帰って楽園の絵を一生懸命描いたのもなつかしく思い出します。
あなたは、お父さんもお母さんの気持ちをも、いつも考えてくれる子供でした。
(いつもお母さんはエホバにもあなたにも感謝していました。)
お母さんはあなたもお父さんとも、やっぱり楽園に一緒に行きたいです。お母さんの夢です。
あなたが兄弟と家庭を持って、みんなで楽園の中にいる夢、いつもお母さんの夢にしたいです。

母より。

(乱筆乱文でゴメンネ)(お母さんも弱いんですよ。すご〜く。だからエホバが助けてきてくれました。)



これほどイタイ手紙はないと言えばそうなんだけど、
この手紙の中に込められている母の私への気持ちは、
ちゃんと伝わる。
そうですね、私もお母さんとお絵かき楽しかったです。
それはお母さんが、楽しかったからです。
お母さんがホントに楽しかった時は、
私もホント、楽しかったです。
今も、お母さんが嬉しい時、私も嬉しいです。


母の隣で苦楽を共にし、
母の好きなことを彼女の一番近くでみて知っていて、
彼女の弱さも、一番近くでみて知っていたのは私で、
ある意味私は母自身よりも、母のことを知っている。


隠しても隠し切れない嬉しそうな顔とか、
誤魔化しても誤魔化しきれない動揺とか、
いとおしい人間くさい母をね、
ちゃんと知ってる。


髪を切って、染めて、スタイリングしてあげて、
いい、いい、最高かわいい、ほら、黒木瞳みたいだよ、髪だけね^^
とか言った時の、照れた顔とかね、黒木瞳みたいと言われてまんざらでもないふうで、
何回も鏡をみている姿とかね、
みていて嬉しくなっちゃう。
横から妹が、おねーちゃん自分が切ったからって誉めすぎ!とかチャチャを入れてきて、
バカいうんじゃないよ、自分の腕に惚れてないと美容師はできんのよ、とかって
大口を叩いてみんなで笑ってさ、
いやーまじあん時は黒木瞳だったよ、母が。

母は料理が好きで、冷蔵庫にある食材で、
本当感心するほど何でも美味しく料理をするんだけど、
特にサラダがね、素材の組み合わせと彩りと切り方のセンスがよくて、
あまり生野菜をバリバリ食べる方じゃない私でも、口当たりのよさに
もりもり食べられちゃうサラダを作るんだよね。
で、んまいんまいー、サラダって誰でも作れるけどさ、
お母さんのサラダは世界で一番おいしいね、まぢまぢ。
とかって誉めると、ほんっと嬉しそうな顔をするんだよね。

昔から変わらない、いい顔をするんだよ。


そうそう、その顔。って、
もうねぇ、わかっているから、、もう頑張りすぎないでほしい。って、
いい顔をしたお母さんでいてほしい。って、
そんな言葉をかけてあげることは出来ずに、
ただすこし、母のために涙を流す。


心の隙間に、たまたま入ってきたJWの教えは、凄い魅力だったんだろうね
失ったもの、とかって考えたら、お母さんの性格じゃあ
今更今更・・・だよねぇ。怖いだろうな。
しかも楽園の夢がなくなっちゃうのやだしねぇ・・・


でもねぇ、お母さん、
私はここにいるよ
私の心も、すぐに揺れて、苛立って、
優しい言葉のひとつも
かけてあげられない時ばっかだけど、
でもお母さんを想ってるよ 


じゃあ私は、ずっとずっとこのしあわせを味わいつづけるよ
切ないと揺れる同じ分だけ、お母さんを想えるしあわせ
伝えたい想いがあるしあわせ

じゃあいくらでもいくらでも涙になるよ



お互い、自分も人のことは言えなかったと
なんとなくでも気づくことが出来るなら、
何度でも喧嘩をしよう

恥ずかしがってまた笑おう
少しづつ進もう 近づこう


そろそろまた白髪を染めてあげるね
また黒木瞳にしてあげる。

PM 02:58:52 | Comment(5) | TrackBack(0) | [エッセイ]

2005年05月15日  ならば味わいつづけよう 〜祈り〜 その弐
そういえばあれから母は、電話をよこしていない。
とてもよくわかる気がするし、私もあえて電話をしてない。
元気でいてくれれば、それがなにより。


「お母さんが、エホバの証人だから出来ない事の代わりをするのは嫌だ」
と私が言った時、母は、物凄く揺れていた。
もしかしたら私はわざと言ったのかもしれない。

そんな事を言っても別に事がどうなる訳でもないと、私はよく判っている。
感情vs理性で、感情を抑えなかったのは私自身で、
私自身が、感情を優先させたんだろう。
わかってるよ、と、私は母に伝えたかったんだ。
伝えたい想い、伝えられない切なさ、
常々私が抱いている想いが、私の口をああ動かしたのだろう。


子供から嫌だと言われるという事は、親としてはっとしたり、
なんだとこんにゃろと思ったり、さてどう説明しようと悩んだりすると同時に、
とても嬉しい事だ。

それは子供が自分に、真正面からぶつかってきてくれている事だから。
親子間に限らず、誰かが自分に真正面からぶつかってきてくれた時、
応えられるられないは別として、ちゃんと向き合いたいと
そしてやっぱり、出来る事なら応えたいと想うのが人の情だ。
色々な訳があり、みんながみんなとは言えないかもしれないけど、
自分が産んだ子供となればまたその想いは強くなる。
母心ってそういうものだから。
少なくとも、私は母が、その想いを持っていると知ってる。
それは私の身体が知ってる。


母はいつも揺れていた。
私がかなりな無理をして、自分の気持ちよりお母さんの気持ちを汲み取って
お母さんの望むいい子をしていた事を、いつもわかっていた。
わかっていて、わからない振りをする事を、母の心は選んでいた。
これでいいのか?と母は一瞬揺れて、
これでいいんだと、私に一瞬向けた心にエホバ神を被る。
それを見届けて、私も心を閉ざし、笑っていたからね。
エホバエホバ、エホバ大好き、霊的な人になりたいよって
笑っていたからね。


母も、私も、誰も弱いものだけど、
今私には、真正面から向き合っていたい大切なものが在るから、
母がしたその事を、包み込んであげる事が出来ない。
わかるよ、誰も弱いよね、何かに頼らなきゃやってられない事だってあるよねと、
母に情けをかけたらその時点で、私は自分の心にも同じ情けをかけて
それを、子供の心を傷つけてしまっても、わからない振りをする言い訳にしてしまうから。
それほどに、私の心も、弱いものだ。

私は、みんには、その時々の感情をちゃんと表現してほしいと想う。
ママは小さい頃、嫌だよ、疲れたよ、お母さん大嫌い!って気持ちを
伝える事が出来なかったから、みんには、ちゃんと伝えて欲しいと想う。

私も生身の人間で、余裕がなく、受け止めてあげられなくて、
そんな時ばっかで、これからもそうだろうけど、でも、
私はその度に失敗に気付きたいし、反省したいし、少しづつみんと一緒に成長したいし、
いつもどんな事があってもママ、ママと、両手を広げてぶつかってきてくれるみんと、
ちゃんと向き合っていきたい。


そんなこともあり、私は母との関わりの中で、自分の心と相談しながら線を引く。
結局今も変わらず、母の心が必要とし、選び取っている場所がそこなら、
エホバの証人という宗教が、母が生きてゆくのに必要なら、
そして、それほどに、自分の心と向き合う決意を怖れる母ならば、私は私で、
自分の心の安定を守る為に、自分が大事にしていきたいと想うものを
守り抜く事が出来る様に、エホバの証人のことを抜きにした、
まぁ人からしたらちょっと不思議であろう親子関係を築いていこうと、
その都度、適当なところでうまいことやっている訳だ。


そんな中、母からその一線を寄せてこられる事に、
私の心はやはり揺れて、ぶつけどころのないイライラは行き場を無くして
切なさに色を変える。


あの電話の母の申し訳なさげな声と、
私に嫌だと言われた時に、また一瞬みえた母の母心に、
お母さんが私に応えたい気持ちがない訳じゃないと、
ちゃんとわかっているよと伝えたくても、
母はまた神にすべてを委ね、
それを伝える術は、今の私と母の間には存在しなくて、
伝えたい想いだけが私の中でこだまして、
切なさに身を浸して、私は涙になる。


浸り終えたら、そこにまた、自分に出来ることが見える。


その参へつづく

PM 11:44:05 | Comment(2) | TrackBack(0) | [エッセイ]

2005年05月14日  ならば味わいつづけよう 〜祈り〜 その壱
受話器を通したその声、その話し方に、
私は心の動揺を抑え切れない。
母の精一杯と私の精一杯。

私たちは昔からこんな時、お互いごめんねが言えない。
過ぎ去れば笑う余裕もあるけどね、その時は似た女同士、感情に流される。
2人共、ぶつけどころは相手ではないし、どこにもないとどこかで解ってて、
でも、ぶつけるところが欲しくて彷徨って・・・
最終的に私は切なさに身を浸し、母は、神にすべてを委ねる。
いつものこと。



「・・・それでさ『あんたはどうせ今回もお葬式に参列出来ないんだろうから、
一応名前はあんたの名前で出すから、いろはに代わりに出てもらえばいいでしょ?』って、
言われたんだけど・・・いろはちゃんその日大丈夫?・・・」


エホバの証人は自分達で行う葬儀以外への参列はしない。
母の代理になるだろう事は、従姉妹の死の知らせを受けた時から予測できていたのに、
母からの直接の電話だったことと、彼女の申し訳なさげな声と話し方に、
私の心は自分でコントロール不可能な状態になっていた。
私が、私達の関係の為に、その都度引き直している一線を、
母はじりじりと寄せてくる。
生身の心に、神への信仰心という隠れ蓑を着けて。


いろは感情vs理性。
やんわりと発しようと意識した自分の声が、やけに低く感じた。

「・・・私に出来る事だったらね、なんでもお母さんの力になりたいよ。
でもねお母さんが、エホバの証人だから出来ない事の代わりになるのは嫌だ。
お願いだからね?Mねーちゃんが死んで、、みんなそれどころじゃないんだからね?
そういう事でみんなを煩わせないでよ、ね?
それはほんとに頼むわよ。。。」

自分の言葉に触発されて、私の口は滑らかにすべりまくる。
大人げもないと解っている。止められない。


解ってる、解ってる、わかっているんだよ。お母さんが昔から揺れていること。
私の顔をみて、これでいいのかと、いつも一瞬、揺れ動いていたこと。
ちゃんと伝わっているんだよ。これが今のお母さんの精一杯だってこともね。

包み込んであげられたら…私にそれが出来たら…っても、想うんだよ。
でも私にはそれが出来ないんだ。私にも守りたいものがある。
これが今の私の精一杯なんだよ。



周りの人達に支えられ、気持ちを切り替えて、
母の代理というよりも、これも人生経験のひとつと割り切る決意。
こんな時に感情的になり、巻き込んでしまった事を叔母達に詫び入り、
Mねーちゃんの葬儀の一日を終えて布団に入ったら、
涙がだーだー出た。
えづくほど泣けた。
疲れ果てていつの間にか眠っていた。


その弐へつづく

PM 02:38:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | [エッセイ]

2005年01月20日  玄関にて
玄関で、泣いた。
小さい頃の自分に会って、あの時嫌だったんだよね、
我慢してたんだよね、って、言ってあげられたから。
自分で長靴が脱げて喜ぶ子供を抱き締めて、
やったね!よく出来たね!さすがもうすぐめばえさんじゃーん!
って、一緒に笑えたから。
すごい心が暖かかったから。

小さい頃の自分に会うっていうのは、私の日常の中で珍しいことじゃない。
子供たちの姿は私の心を、脳を刺激してくれる。だからちょくちょく会う。
その時々の思い出の中で私は、暖かい気持ちになったり、苦しくなったりする。


私はずっと、子供が靴を履いたり脱いだりするのに手間取るのが異様に嫌で、
ものすっご、ムカムカイライラしてしまう。
でも自分で上手に出来るようになって欲しい気持ちがあるから、
イライラを抑えて、じっと待つ。どうしても出来ない時だけちょっとサポートする努力をする。

でも自分に余裕がない時は、ふんふんぐずる子供の姿に抑えが効かず、反射的に、
はやくしなさいっ!んもぉっ!!って自分で履かせたり脱がせたりしてしまう。
意地悪く、ギリギリと。
胸がざわっとする。またやっちまったよ・・・
怯えてる子供の顔をみて、しゃがんで、子供の手を握って、目をみて言う。
「痛かったよね。。ママ意地悪だったね、ごめんね。
せっかくみんちゃん、自分でやろうって頑張ってたのにね。。」

うわぁぁん。。と抱きつく子供を抱き締めて、私は心に誓う、
・・・・がんばるっっ!!!

異様なイライラ感とか、胸のざわつき感は、自分でよーくわかる。
その、ハッキリとした原因を突き止める為に、昔の自分に会う。
中途半端にくすぶる記憶を辿る、なにがあった?
すぐに記憶が鮮明になる時もあれば、おぼろげなままひと月、ふた月かかることもある。
慣れているとはいえ、趣味になってるとはいえ、この作業はやっぱり苦しい。
うぅぅ……と唸ってる時もある、動かざること山の如しが、
使い方間違ってるけどピッタリな位、動けない時もある。
記憶が出てくる時は、いつもふとした瞬間だ。



玄関で靴を履く私を、母がはやく、はやく、と急かす。
奉仕時間が迫ってる、車を運転しない母はいつも誰か会衆の人に乗せてもらう、
「待ち合わせに遅れるのお母さん嫌なんだからっ!はやくっ!んもおっ!!」
ギリギリ無理やり私に靴を履かせる。
痛いよと泣きだす私に、泣かないのっ!と言う。
嗚咽を抑えて、涙を袖でふいて、玄関を出て、母と手を繋ぎ歩く。
迎えに来た姉妹の車に乗って、笑顔でおはようございますと言う。



子供が長靴を脱いでいる。足をぶんぶん振っている。


あの時あたしは、痛かったんだよ。
だから泣いたんだ。はやく出来なくて、でも自分でやりたかったんだ。
お母さんギリギリして、痛かったんだ。
でも泣かないのっ!って言われて、すっごいイライラしたんだ。
お母さんあたしの事わかってくれない!って、ムッカー!!としたんだ。
無理に笑っていたんだよ。ホントはすっごく嫌だったんだ。
我慢していたんだよ。イライラを、なかったことにしたんだよ。


「脱げた!!ママぁ!!!」

「やったねぇ!!。。よく出来たねぇぇ!!」


子供と、小さい頃の自分と、今の自分全部を抱き締めてた。

昔の、自分を騙さなきゃいけなかった自分に会う苦しさよりも、
親に解ってもらえなかった事を再認識する悲しさよりも、
子供の笑顔を見れる喜びの方がずぅっと大きくて、
子供と一緒に、やったね!って思えるそのことが、一緒に笑えることが、
苦しさも悲しさも、じんわり癒してくれる。
ママも嬉しいんだ、みんが自分で頑張って、ちょっとずつ成長してく姿、
も、すんごく嬉しいんだ、みんのにっこにこの顔みるの嬉しいんだ、
その嬉しさが、ママをあったかくするんだよ。

ママも頑張るって、すごいパワーをくれるんだよ。

PM 11:08:44 | Comment(13) | TrackBack(0) | [エッセイ]

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