色は匂えと散りぬるを
JW(エホバの証人)2世として、幼少期から15歳までその特異な教育を受けてきた自分の、心の整理日記として書き始めたものです。 過去話、現在と入り混じり、不定期更新ですが、ぼちぼちやっていきます…。マニアック万歳〜☆

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2008年01月24日  to U
2006年06月20日  禁煙順調☆かっこいいA兄弟♪
2006年06月16日  あれやこれやそれやこれ。
2006年06月07日  ちちうえ。お疲れ様でした。
2006年06月04日  見ない振り・・・

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カウンター









2006年06月20日  禁煙順調☆かっこいいA兄弟♪
禁煙は順調。
5日目に強烈に吸いたくなったので、素直に吸ってみた。あはっ!
(わざわざたばこを買いに行って。)
で、そのまま残りのタバコを残しておくのは嫌だったので
ピッチをあげて一日で一箱を吸い切るわ!っと、

がんがん吸って寝る。

で、次の日の一日の体調の悪いことったらあなた!
もう死ぬまで私はタバコをすわないと心に誓ったっつーの。
たばこってーのは身体に悪いよ。
吸ってなかったあの5日がどんだけすこぶる体調がよかったのかって、
身に染みたってば。。

禁煙は順調。
もう吸わない。

***

今日はスーパーで元同じ会衆の兄弟に会った。
5歳か6歳年上の兄弟で、集会の帰りに奥さん姉妹とお買い物を
してたようでした。奥さん姉妹はぱつんぱつんやった。
やー私も人のことは言えないけどさ。。


で、その兄弟と目が合って、お互い会釈したんだけど、
合った瞬間、あ。Aきょうだい♪って思う訳よ。
Aさん♪でも、A♪でもなくて、ごくごく自然に「A兄弟♪」
なんだよね。もう15年前だけどそうしか呼んでなかったから。
それがおかしくってさ、自分で。
意識すれば「Aさん」とか、苗字で「○○さん」とか言えるけど、
なんかおかしいっ。。ぷぷぷ。。とか思ってしまって、
本当は話し掛けたいことがあったんだけど、色々考えてやめてしまったのよね。

こんな日に限ってすっぴんだったしね。
その兄弟は私の好みのタイプのイケメンやし、
やっぱりすっぴんで近づくのははばかられちゃう☆ひゃはは。

今でもエホ証やってるんだなぁ・・とか思って、
どんな心境でやってるのかなぁ・・とか思って、
きっといろんな気持ちがあるよなぁ・・とか。
そゆことも考えて話しかけられなかったけど、
今度もしどこかで会えたら、話しかけてみよう。
聞きたいことがあるんだよね、当時の共通の友達のことで。

もしももしも。
A兄弟がここを見てらしたら、、、。

今日、某ジャスコで会った私です。
お久し振りでした。私が頭下げたら下げ返してくれてありがとう。
シカトを決めるエホ証さんがほとんどなのに、さすがA兄弟♪って
嬉しくなっちゃいました。

あのぅ、Mちゃんのことでもしも知ってることがあったら
教えてもらいたいです。
今度またどこかで見掛けたら、ぜひ声かけてくださ〜い^^
私も見掛けたら声かけますね。
あ〜。その時、A兄弟♪って呼び方はないですよね。。
なんて呼ぼう・・ドキドキする。あはは!!
まあ適当に、あのぅ・・ど〜も〜♪とか声掛けますね。

あ!!ここまで書いて気がつきましたが、、
もしもA兄弟、ここを見てらしたら、
今度会う時まで待つ必要はなく、
ここのメイルマークのところから、是非メイル下さい!
よろしくお願いします。

アホですね、私は。。。

PM 11:08:44 | Comment(6) | TrackBack(1) | [日記]

2006年06月16日  あれやこれやそれやこれ。
今日はばうちんさんのところにリンクのお礼もかねてコメントをしたら、
まいけるさんがレスをくれたんだけど、可愛い子って言ってもらっちゃったんだよね〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

あんまり嬉しかったらしくて、浮かれ気分で部屋をしゃなしゃな歩いていたわけよね。
そしたらパパがみんに「なんでママにやけてんだろね?」って言うから、
「自分のダンナが可愛いなんてしばらく言ってくれないから
よそのダンナに言われちゃったよぉぉん♪♪嬉しくってさぁ♪
まいけるさんが可愛い子には煙は似合わないってさぁん♪
・・でもさ、その後に(爆)がついてんの。それが余計よね。」

「はははっ!バカにされてんのに。(気がつかないの?可愛そうなヤツ)」

「・・・!!!・・・私バカにされてたの・・???
嘘でしょ?ねえ嘘でしょ????」


バカにされてたっていうのは嘘だとわかったんだけど、
まあさ、たとえ本当にバカにされてたっていいねん別にさ。
可愛いとかどんどん言ってやってほしいねん。嘘でもさ。
ダンナには言ってもらえないから。よその男に言われるしかないねん。
そうしないとこの人どんどん太っていきますから。
私が痩せないのはずべてダンナが可愛いと言わないせいなんですから。

そして、・・・俺は可愛いって言ってるじゃん!聞こえてないよどこに向かって言ってんの?
今朝だって言ったよ。聞こえてないよ!みんちゃん、パパ言ってないよね〜〜。うん言ってない。ほらね。
ああみん、そんなことを言うならもうパパは一緒に寝ないから!あ、やっぱり言った。うそ〜ん!?言ってないよねぇ。うん、やっぱり言ってない。どっちもどっちも。(パパもママもどっちも当たってるよって意味)・・・

子供にいい加減にしろやとなだめられる今日もバカ夫婦はゆく。


可愛いってどんだけ言われても言われ足りないと言い張る、
私はそんな嫁でいよう、これからも。どんな決意表明やねん。


普通の日記を書こうとしたのにこんなことに。
才能ないわ・・・。くすん。

***

父が亡くなって十日が過ぎた。
父が亡くなった瞬間だけで、父が死んだということ自体の悲しさはもう感じない。
ふと、この話をしたら父はなんて言うかな?とか考えたときに、
あ〜もう喋れないんだなぁって淋しさは感じる。

きっとまた憎まれ口を叩くんだろなぁ、どうせからかって遊ぶんだろなぁ、
そしてどうせ私はむかつく〜って言ってるんだろなぁって、
そんなことを想像しては笑えて、もうむかつくぅって笑えないことが淋しいなって。
笑いあえないことが淋しいなって。
さもない思い出が懐かしくて愛おしい。

父の死は、父の生き様は、
私なりに引き継いでいけたらいいなと思う。
父が最後まで父らしかったように、
私も私らしくありたいと思う。
父が無念を感じていたことは、
私のやり方で伝えていきたいと思う。


***

禁煙5日目。
今吸いたいような波がきたので息を大きく吸い込む。
今まで吸う習慣がついてる時はつい探してしまう。
こうやってPCの前に座る時や電話の時や食後とか。
ここの瞬間を乗り越えると今のとこ問題なし。

少し前から禁煙したい人には良いと聞いて、
はりきって禁煙セラピーって本も買ったんだけど、
私には効果なし。たぶんね、「読むだけで絶対にやめられる」ってセリフが、
へそ曲がりの私に合わなかったんだと思う。わはは^^;

金の無駄だしね。子供に申し訳ないしね。
じーさんばーさんうるさいしね。
父もタバコはなぁ・・やめたらいいのになぁ・・って言ってたしね。
可愛い子に煙は似合わないしね。むは。

もう吸わないよ煙なんぞ。
あんなくさい空気を他人様に吸わせられないよ。
私、心がキレイですから。


今までさんざん吸って吐いててよく言うよね!!ほんと呆れる!!ひゃはは☆


***

文中リンク(っていうのかわからないけど)を覚えたて。
新しいことを覚えてくって楽しいね。



明日こそは普通の日記を・・・・・。どうせ嘘です。


AM 01:14:21 | Comment(13) | TrackBack(0) | [日記]

2006年06月07日  ちちうえ。お疲れ様でした。
今日の朝、昏睡状態に入り、みんなを待ってみんなに会い、
夕方、本当に眠るように息をひきとりました。
穏やかな寝顔でした。本当に本当に父はよくがんばりました。
本当にかっこよかった^^

半年間、毎日のように父と沢山の時間が過ごせたし、
沢山のことを話せて、本当にしあわせだった。
今日は父、喋りたそうにしてても、ひとことも喋れなかったけど、
何を言いたいのかわかるから。。って、ずっとそばにいました。

まさかこんなに急にというか、、、
本当に昨日まで、いつもどおりがんばってて、
昨日も私の作っていった茶碗蒸しを食べて、
「今日のが一番、味が決まってたな。」とか言ってたから、、
まさか朝から昏睡に入るとは思ってなかったんだけど・・・

お疲れ様の気持ちでいっぱいです。
ありがとうの気持ちでいっぱいです。

ずっと、ありがとうの気持ちなんて、
言わなくたって通じてるから、
わざわざこっぱずかしくて言えないよな、、、なんて思ってたし、
言ったらなんだか、父が死んじゃうような気がして、
なかなか言えなかったんだけど、ずっと迷ってて、
今日も、ずっとずっと父のそばで、違う話ばかりしながら、
ありがとうと言いたいけど、躊躇してたんだけど、

すぅっと父の心拍数が落ち始めて、
父の耳元で思いっきり、
お父さん。ありがとうね。ありがとうね。ありがとうね。
って、思いっきりささやいた。

それからすぐに先生がきて、
聴診器を当てて、心電図が穏やかな線を描いて・・
息を引き取った。

もう父の前では泣かないなんて言ってたけど、うそばっか^^
もう今日は泣いたり笑ったり忙しくって、
父も目から涙ばっか出してて^^
み〜んな笑ったり泣いたり。。

ほんっとにもう涙なしではいられなかった。

本当によくがんばったよ。
めちゃくちゃかっこよかったよ!!

AM 12:07:28 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

2006年06月04日  見ない振り・・・
今日は父が突然涙を流していたから、
見ない振りをした。
でも、動揺して病室の中をうろうろして、
鏡の前にきたら、鏡越しに父のうつむく横顔が見えて、
結構みてしまった。
カーテンの隙間から差し込む西日に反射して、
鼻の頭から落ちそうになってる涙の粒がキラキラ光って、
・・・泣きそうになった。
どうでもいいことを話しかけた。

私はもう絶対に父の前では泣かない。

だいじょうぶだ。ちちうえ。そばにいるからさ。

AM 01:25:00 | Comment(6) | TrackBack(0) | [日記]

2006年06月01日  ママの天使
園の担任の先生から毎月の締めくくりに、
生活の記録という園での子供の様子が書かれたファイルがくる。
家庭からひとこと添えてまた先生に渡す。

子供達をよく観察してくれてて、
園での子供の様子を丁寧にかわいく綴ってくれる先生で、
毎月夫婦でこれをほんと楽しみにしてるんだけど、
5月分がコレ↓。
(お友達の名前は仮名。)

***

【生活(遊び)】

先日、そうじ当番の時に
「♪ピッカピカにしましょ〜♪先生の机もイスも〜♪」
と歌をつくりながらごきげんにそうじしていました。
このグループの時は、いつもものすご〜くきれいにしてくれるので
安心してまかせておけるんですよ。


【言葉と表現】

製作大好きのみんちゃん。折り紙を渡して、
「さあ。今日はこれで何をつくるんでしょー。」と聞くと、
「えー何だろう・・・」「もしかして・・・」と色々答えを返してくれます。
少し折るたびに「うわぁ〜♪」の声。かわいいです☆


【興味や関心】

みなちゃんと2人「しょうくんかっこいいから結婚したいね」とよく言っています。
2人で、自分の方が好きかも…なんて言い合ったり、しょうくんに直接聞いてみたり…。
女の子ですねー、本当…。


【家庭欄】

いつもお世話様です。
読んでいて謎に泣けてきてしまいました。わははっ。変なお母さんですねぇ…。
れっきとした笑い上戸泣き上戸なんですが、たま〜に涙腺のコントロールが
まったく利かない週間、とかありまして・・・。
そんな母に、ティッシュをごっそりあてがってくれる優しいみんです。
まったくどっちが大人なんだか…お恥ずかしい話ですが^^;
父の日に向けて取り組んでいる製作の話、しょうくんとみなちゃんとの話、
家でも嬉しそうに教えてくれます。裏話もゲットしちゃいました☆
6月もどうぞよろしくお願いいたします。


***

まぁ今日は朝から、友達のブログにアップされてた美しい朝焼けの写真と、
その朝焼けを描写した彼女のなにげない優しい言葉が、心にすっと入ってきて、
なんだか心洗われて、涙がとまらね〜。。どうしよ〜。。状態で、
さらに、心洗われたのはいいんだけど、自分のよわっちさとか、
へぼへぼさとかが浮き彫りにされちゃったような感じで。ははは。

心の柔らかい部分を刺激されたまま、一日をロウなテンションで過ごし、
自分は駄目人間なのではないか的な、んな大げさな、
私は自分がなりたい人間に少しづつでも近づけているんだろうか、
後退してるんではないだろうか、そんなことを悶々考えすぎちゃって、
エンジンがかからないまま夕方かよ、お迎えの時間だよってところに、
みんが持って帰ってきた、この担任の先生目線のみんの姿が、
なんか、キラキラでさ。。

もうっ。。みんったらやっぱ最高にかわいくて。。おませさんで。。
ママにそっくりよ。。な〜んちゃって。。みたいなさっ。


マイコプラズマ肺炎にやられちゃって1週間のんびりしてたんだけど、
やっと体調も復活。
徹夜で長い時間会えてなかったダンナもへろへろで帰ってきて。
ダンナ禁断症状も解除。
先輩がくれた優しいメイルや、
お友達んとこに生まれた天使ちゃんの写真・・・
友達とのさもないメイルのやり取り・・・


肺炎なっちゃって父にもうんと心配かけちゃったけど、
明日は元気な顔をみせてあげれるな。



AM 10:19:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

2006年05月13日  くるくるぱあ
今日はみんの新学期始まって初めての参観日でした。
授業参観では、母の日のプレゼントをもらいましたよっ。

牛乳パックで作った鉛筆立て。
黄色い、ネコ、なのか、キツネ、なのか、ピカチュウなのか・・・

みんはネコだよと言ってましたが、
隣の子はキツネだと叫んでいました。わはは!

ボディーは黄色で、三角の耳が付いてて、
目、鼻、口、手があるのは一緒なんだけど、
子供それぞれでイメージしてるものが違うようです。

その後、クラス毎に役員決めがあるんですが。

にゃにゃんと、なにを血迷ったのか私は〜
挙手をしてしまいましたーー!!!
血迷っているので斜めに挙手。
斜めというより、むしろ横、といっていい挙手。

いえね、、もう最近頭がおかしくなりそうなんです。
っていうか、なってるんです。頭がおかしい!


今年の初めから父が末期ガンで入院してまして、
手術の結果手の付け所なし、余命いくばくもないと告知をうけてるんですが、、
諦めたくないし、父も諦めてないから、
ずっと毎日みんなそれなりに必死なんですね。

ですが容態は思わしくなく。
腸が閉塞してしまって食べたいのにほとんど食べられず、
点滴だけで生かされてる状態で。
本人かなりの頑固者ですから、なんとか食べて栄養を取りたいと、
腸が動いてると確認するとがんばって食べるわけです。

でも食べると詰まり、嘔吐し続けてしまう。
体力がないところにますます消耗してしまう。

そんなんを見続けている周りはやっぱキツイわけなんです。。

間に合ううちに、栄養を取る他の方法(高カロリー輸液)を
真面目に検討しようと、医師ともう一度ちゃんと相談しろと、
言い続けてるわけなんですが、
本人、いまだ動かず。

このままでもう少し様子をみたいと言うんだよね。。
食べられるようになるの待ちたいって言うんだよね。。

本人がそう言うから、医者も周りも、なんとも・・・

これからもなんとか頼み続け、言い続けていくけど、

心配でどうしよもないし、父のイライラも当たられるし。
処理してあげて、安心させてやりたいことも山積みだし。

そんなことと同時進行でなんやら頭の痛い問題が
ぐにょぐにょとやってきて、
おとといなんか私、頭がおかしかったんです。


朝、幼稚園バスに乗り遅れたんでみんを幼稚園に送って帰ってきがてら、
あ、やばい、お弁当のご飯を持たせるの忘れた!!って思い、
うちに着いて弁当箱にご飯を詰めようとしたら、弁当箱が見あたらない。

・・・あれ??持たせたのかな??
・・・持たせたみたいだ・・・


そこから私、突然ぱったり眠りに入ったみたいで。
思考の限界、処理しきれません、みたいな感じだったんでしょう。
あんまり色んなこと心配しすぎちゃって。

で、玄関からの「おはよ〜。」っていう隣の小泉さん (仮名・小泉首相に激似)
の声で朦朧と目が覚めたわけ。

小泉さん「おはようさん。エンジンつきっぱなしだぞ?」

  私 「はい?あ、はい??」

ご飯を持たせるのを忘れたと思い込んでいたから、
すぐ届けるつもりでエンジンをかけっぱなしで駐車場に車を置いてたのを、
すっかり忘れて40分くらい眠っていたんです。

笑っちゃったけど、これはさすがにヤバイと思ってさぁ。


毎日心配やらイライラやら疲れで、このままじゃ頭がおかしくなっちまうから、
なにかしたいと思ったんですね。気が紛れる何か。

幼稚園の役員はいつか必ずしなくちゃならないし、
やってみようかなとも前から思ってたし、
そんなこんなで直前まで、周りのお母さん達に小声で、
「やってみようかと思ってんですよね。
でもどうしよう、どうしよお〜〜。一緒にどうです?」

なんて言いながら、挙手を求められて速攻で、横挙手。

・・・ということだったんでございますですよ、ええ。



役員は案外楽しそうです。
いろんなお母さん達とも知り合いになれるしね。

長ったらしい訳わかんないかもしれない文だったらごめん。
くるくるぱあだから許して。



***
画像追加

黄色いネコのペン立てとママの絵
去年よりうんと上手になりました☆


PM 01:29:39 | Comment(4) | TrackBack(0) | [日記]

2006年02月23日  にゃんにゃんにゃん
昨日の2月22日は、
にゃんにゃんにゃんで「猫の日」なんだって。

我が家のねこ達は普段はカリカリのキャットフードを食べている。

誕生日やらイベントごとで、食卓が少しご馳走な時は、
ねこ達も大好物の缶詰を食べる。

今日はにゃんにゃんにゃんでねこの日だから特別缶詰ね。

って缶詰を買って帰ってきた夫に、

なんだかただただ癒された。


疲れているの私。
あなたも仕事が大変で相当疲れているでしょう?

がんばろうね!
おつかれさま。

いつもいつもありがとう。


***

うちのねこ達の画像。

仲良しこよしで寝ています。
でもこの後、妹の方が姉さんを甘噛みして、
痛いっと怒った姉さんにシャーーッ!!とか言われながら
ネコパンチを見舞われたりします。

上にいるおデブちが妹。
下敷きになっているナイスバディが姉さんです。

AM 11:51:31 | Comment(11) | TrackBack(0) | [日記]

2005年12月31日  ぐっぱい2005 はろー2006
いい加減このまとまりのつかないブログを閉鎖しちゃおうか、
と何度も思った2005年も、あと20分足らずで終わろうとしています。
ブログ作り頑張ってと応援メイルを下さった皆様、ありがとうございました。

メイルのお返事100%を誇る私ですのに、
ちょうどバタバタの時期と重なってメイルを下さった方には、
後からゆっくり…と思ったままだいぶ時間が経ってしまい、
お返事をする機を逸してしまいました。申し訳ありません。
お気持ち有難く有難くいただいております。

来年は、過去分のカテゴリ分けやら、ブログの整理整頓を頑張りたいと思います。
このすくすくブログは、カテゴリ分けをしないと過去の文章が非常に読みずらいのですよね。
わかっていながらカテゴリ分けの区分が思い浮かばず(苦笑)
ほっぽり投げてた2005年。
やりますよー。2006年は。たぶん。きっと。

そうそう。
いつも覗いてくださってる方は既にお気づきかと思いますが、
11月9日にカウンターを設置いたしました。
「すくすくはカウンター設置できないのよ。」
「できるとしてもなにやら小難しい作業をしないといけないのよ。」
なんて思い込んでましたが、やってみたら簡単なことでっ!

おまけに、画像を貼り付ける文章も書いてみたいと思って、
テストで貼り付けてみたんだけど、これもまあっ!簡単なことでっ!

や〜〜っだ〜〜。もうっ。やれば出来るじゃ〜〜ん。

やってみる気になったのは、読んで下さる方がいるから。
楽しみにしてます、頑張って!とコメントを下さる方がいるから。
自分が書いたものをどれだけの人が読んでくれてるんだろうと、知りたくなったから。
私の重い腰を上げるに至る原動力はいつでも、読んで下さる皆さんの存在です。
本当、どうもありがとうございます。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。
私にとっても皆さんにとっても、幸多き一年になりますよう
祈りをこめて。

あら、明けちゃいました^^;おめでとうございます。
来年もよろしく改めまして、本年もどうぞよろしくお願いいたします。


PM 11:57:00 | Comment(8) | TrackBack(0) | [日記]

2005年07月15日  なんだかとても嬉しくて
妹の彼氏くんと初対面。
あ〜うん。わかるわかる。うんうん、わかる。
礼儀は正しいし、おバカだし、優しそうで頼もしそうで、
なにより妹がしあわせそう。

おそらく今までの妹の彼氏には全部会ってきたけど、
妹があんないい顔をしてるのは初めてだったから、
姉は嬉しい。あやつのあんな顔が見れて。

出会いだのなんだのを聞いていたらば、
ほんっともう暑いんですけどっ。
すいません、ウェイトレスさん、お水のお代わりを。
紙ナプキンの補充をお願いします。みたいな。

なんかねぇ。
私は人の恋バナを聞くのはなにかと好きだったりするんだけど、
おアツイおふたりを目の前にして聞いてたら、汗拭きまくり。
っていうかこう、絶対今、私の体温が1〜2度はあがってる、ていうような、
とにかく暑いんだってば。

おアツイっていっても、二人はもうベタベタした感がなくって、
さっぱりしていて、でも温度たけーよ、確実に!っていうような、
は〜、今日は久々気温の高い日だったけど、余計に暑かった^^
愛されているのねぇぇ、妹よっ。素敵だ。素敵だ^^


今宵はいい夜じゃ。
いい一日じゃった。

PM 11:44:05 | Comment(1) | TrackBack(0) | [日記]

2005年05月12日  富乃宝山
ホント久し振りにひとり酒。
お友達からもらった芋焼酎「富乃宝山」飲みやすいわ。
くいくいいっちゃうじゃない。ありがとうね。

久し振りといえば、更新も久し振り。
待っててくれてる人達、ごめんなさい。ありがとう。
いろはは集中力が欠如していることに気付きましたわ。あはは。
実はしょっちゅう書いてはいるんだよ。打っては途中で保存、打っては保存・・・
・・・集中しろよ!って感じ^^

なんとなく、で満足しない自分も原因なんだけどね。
アップするならそれなりに自分で納得する完成度にしたいとか、
思っちゃう訳なんだよね。おばかでしょ〜お^^
可愛いともゆうかもね、てか、いわせろ。かかか。
でもね、書きたい事があって、それに集中力が持続しないという事は、
他に、それにも勝って自分の興味が移ることがあるという事で、
その書きたいという想いは、さほどでもないってこと、
とも言えると、私は思っているんだよね。

うん、そんな訳で、これからもここはきっと不定期更新だろうけど、
たま〜に覗いてみて下さい。気まぐれに更新してあるってこともあると思うんで。
観てくれてる人がいるってのは、そして感想を頂けるってことは、
それがどんなことであっても、私にとって、とても嬉しいことだから、さ。

今日はまた、書きたい事があって、ね。
でも、書いてたら自分で、ちょっと泣けちゃうんじゃないかとか思ってさぁ、、、
私は浸るの超プロだからさ、、、。
自分の為にこんな色々と、前振りをしてる。

相変わらず、忙しいよ。喜怒哀楽が激しくてさ。
こないだ、妹が遊びにきた。新しい彼になると来るんだよね^^
可愛い妹なんださ〜。若いってうらやますぃ〜!!
お肌とかぴちぴちで、ウエストきゅきゅぅっ、と締まってて・・・
うん、私は子供産んでるからね、って言い訳にならない言い訳、
させてもらうわよ、もーーー。ふんっ。

で、その妹の4人目?5人目?…忘れてしまったけど、今度の彼は、
実家が関東らしいんだわ。で、ゆくゆくは関東に戻りたいと、
その際には、妹にも付いてきて欲しいって、言われてるんだよね〜
・・・って話を聞いてて、私は、かねがね、妹に言いたいと思っていた事を、
言うなら今しかないと思って、口に出していた。


昔、おねーちゃんが、パパと家を出る時にMに手紙を置いてきたでしょ?
「おねーちゃんはTさんと暮らします。お母さんの事、よろしくね。
これからはMが、お母さんを守ってあげてね。」
みたいな事、書いちゃったでしょ?
あの時、あんな事をあんたに言ってしまったけどさ、、、
そんな事、気にしなくていいんだからね?Mは、Mの人生を生きてね?
おねーちゃん、ずっとその事、あんたに謝りたかったからさ^^


うん。…と、照れ臭そうに素っ気無く応じる妹と、同じくちょっぴり照れ臭い私と。
そこに流れる空気と。そこにはいない、母への、それぞれの想いと。


今の私の母への想いってのを、今日は書きたかったんだけど、
急遽嬉しいお知らせが入ってきたので、また今度にする。


帰り際、義理姉から頂いた、花茶を、母へのお土産に
妹に持たせた。

AM 01:49:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

2004年07月30日  やだねったらやだね〜しゅぼ〜ふふぁ〜これをあたしが使う日はね〜もう絶っ対にこないから〜さよならエホバ
タバコを初めて吸った日の記憶が出てきたのが
自分的にかなり嬉しかったんで、その日の事を書いておきましょう。

新婚生活のやうな日々。バイトの休みの日はある程度まとめたお買い物に行き、
お部屋を綺麗にし、お料理を作って彼の帰りを待つ。それなりに幸せな日々。
ある日、彼がこう言います。
「俺は、JWに戻ろうと思ってるよ。」

。。。は?。。。

深く考えない事で心のバランスを取っていた私だから、ふいうちでJWの話を持ち出されて、
頭が付いてこなくて、口から出てくるのは、…は?なんで?は?…ってなことばかり。
「俺はさぁ、、やっぱり世の中には、絶対的に正しいものってのがあるんじゃないかと思うんだよね?それにさぁ、、JWに残してきた友達とこのまま会えないのは辛いんだよね、、いろはだってそうだろ?○○ちゃんとか、△ちゃんとか、いろはのこと待ってるでしょ?会いたいでしょ?」

会いたいさ。会いたいに決まってるじゃん。
でも。。あたしは。。また。。あそこに。。戻るのは。。。。。

彼が友達に会いたいという気持ちが理解出来なかった訳ではありません。
あたしだって。。。あたしだって。。。
だけど、世の中には絶対的に正しいものがあるんじゃないかと思う、
それをJWの中で見極めたいと思うという彼の言葉には、頷くことがどうしても出来なかった。
あたしの動き出してた思考力と、もう母のいいなりになるのは嫌だというあたしの炸裂した自我が、頷かせなかった。でも、それを、彼に、説明することが出来ない。言葉にならない。。

転勤が決まった彼は、私に付いてきて欲しいと。でいずれ結婚して一緒にJWに戻ろうと。
…そういう話でした。

「あたしは。戻りたくない。」

この時いろはちんのお口は、はっきりそう動き発音しましたね。なんでさー。友達に会いたくないの?情に訴えてくる彼にぶち切れて、
「ちっがーう!やだからやだ。理屈じゃねんだよ、やなんだよ!」
で、家出。(てかプチ家出ですけど。すぐ戻りましたけど。)

でこの時。いろは君はふら〜っとタバコの自販に吸い寄せられて、(まさに吸い寄せられてという表現がぴったり☆タバコを吸おう、吸ってみたいなんて意識はなかったのに、な〜んでか吸い寄せられたというかんじ)キャビンマイルドを買ったんですよ。いっぱいタバコの種類があって、どれがなんだかわかんないから、バイト先の人が確かこれだったと思って、キャビンマイルドのボタンを押したんですよ。
100円ライターも買い、シュボっ。ふふぁ〜〜っと吸ってみる。正確にはふかしてみる。吸い込むってことを知らないから、ふふぁ〜〜とふかしてました。なんでこんなマズイもんみんな吸ってんだろ?とか思いながら。


ホント今まで、はて。私はなんでタバコを吸うようになったんだっけか?エホを辞めてから吸うようになったのは覚えてるんだけど、誰に誘われたでもない、タバコを吸いたいと思ってた訳でもない。なんで吸うようになったのか説明出来なくて。この出来事を思い出して自分的にすっきり。

JWはタバコもNG。
彼に「一緒に戻ろう。」と言われて、私の体は自然に動いたんだ。やだねったらやだねって。

ここから私は、もう2度とエホバの証人に戻ることはないっていう言動をし始めます。家に帰り、本棚にそのままにしてあった自分用のJW書籍を全てダンボールに詰め、「コレ捨てといて。」って母に渡し、なんでよ。。また使う日が来るでしょう。。とそのダンボールごと押入れにしまおうとする母に「捨てといてって言ってるでしょ?!ないから。それをあたしが使う日はね、もう絶っ対にこないから!!」って大声を出した。

そして、もうエホバに祈るのを辞めると決意したのもこの時。
自分の心の中から意図的にエホバを消した。もう祈らない。エホバはいなくなった。

エホバなんかいないんだよ。
信じたい人だけ信じてりゃいいんだよ。
宗教てのはそういうもんなんだよ。


そう自分に言い聞かせる、言い聞かせる、言い聞かせるいろは。

確かこの頃より少し後だったはずだけど、高校に提出するレポートで、
「宗教、信仰心についてあなたが思うことをまとめなさい。」っていうのがあって、私は色々書いた記憶があり、それをあるかなーって探してるんだけど、見つからないんだよね。捨てちゃったのかなー。もしも見つかったらアップしたいと思いますです。

エホバはいなくなり、彼とは別れの気配。

続く・・・

PM 11:27:20 | Comment(3) | TrackBack(0) | [日記]

2004年07月24日  あの頃あの世界のあの友達  その壱(かも)
私はお友達がバプテスマ(洗礼)を受けたので、自分もバプを受けました。いえ。もとい。母からの無言のプレッシャーを、敏感に感じ取ったからバプを受けました。(○○ちゃんは受けたでしょう。あなたは?あなたも早く受けてちょうだい。JW内でのお母さんの立場があるのよ。)ま、こんなのを受け取るのは私にとっちゃお手のものですから。母が何を思い、何を私に求めているのか、そんなものは母が何も言葉を発しなくても、母が発する空気で、母の目で、正確に受け取ることができちゃいますから。幼き日からそれが、私の生きる術でしたから。プロですから。そしてそして、その通りに行動してこそ、母が喜び、私はぐらぐらだけれども安心感を得る。だから、当然の流れでバプを受けました。いろは小学6年生の頃のことです。

母は私が排斥されてからというもの、『あんたは神に献身したんじゃないのよ!○○ちゃんが受けたからって競争心でバプテスマを受けただけなのよ!そんないい加減な気持ちでバプテスマを受けるからこんな事になるのよ!』とまぁ機嫌の悪さと弱気に押されちゃって、私の心をズタボロにしてくれましたが、だってぇあったり前じゃんよー。いろはちんの頭ん中じゃ、『カミニケンシン』だったんだから。カミニケンシンって何ですか?心に入って来ませんよ?いろははお母さんに喜んで欲しかっただけです。安心感が欲しかっただけです。

○○ちゃんとは小学3年の頃からエホ証【ごっこ】と、模範的【ぶりっこ】を極めてた仲間だったのですが、小3から小6まで彼女が同じ会衆にいたからこそ、私は彼女に会える、彼女とおかしい事言って笑えるという楽しみを見つけ、エホの活動をしてられてたなーと。その後彼女が遠くに引越し、家でも両親の離婚話が進み、いろはは笑わなくなり、それを見抜いた兄弟と付き合うようになり、そこからは大好きな兄弟がいるという楽しみを見つけてエホ証してたかんじだなーと。

彼女が引っ越してからもずっと、私達は大の仲良しだったはずなのに、私は彼女に兄弟を好きということも、兄弟と付き合ってるということも言えてなくって、(だーれも信じてないから当たり前)排斥が決まって初めて、彼女に電話で報告しました。『あのさ。あたしさ、実は兄弟が好きでずっと付き合ってて。セックスもしてたの。排斥になったからもう話せない。。』彼女が泣きだしこう言いました、、『ばか。。なんで今まで言ってくれなかったの。。私は。。ぜったいに誰にも言わないよ。。いろはと兄弟のこと、うちのお母さんにも、○○姉妹に聞かれても、△△姉妹に聞かれても、今聞いた事、ぜっったいに誰にも言わないから。。絶対に戻ってきて。。ずっと待ってるから。。私の為に戻ってきて。。ずっと待ってる。。』私と彼女が仲がいいと知ってる姉妹達から、自分が質問攻撃を受けるということを、彼女は瞬時に察して私を安心させる為にそう言ったのでしょう。こういうのは小さい頃から会衆内での人間関係を冷静に見て、自分のあるべき位置を体得してきてる2世ならではのなせる技かもね。選民といえども神の組織といえども、この世界はどろどろよって。言い換えれば、誰も信用出来ない者同士、通じ合った瞬間だったかもしんない。あんたも私を信用してなかったのね、やっぱりね、わかるよ。…みたいなね。泣いた泣いた。。『うん。。うん。。戻るよ。。待ってて。。』って。

その後彼女から『あの後、うちのお母さんと○○姉妹から、いろはちゃんからの電話なんだった?としつこく聞かれたけど、私はなんにも言わなかったよ。ずっと誰にも言わないよ。これは私の宝物。これを私と思ってずっと持って頑張って。あんたもなんか送ってちょうだい。』って手紙とペンダントが送られてきた。私は彼女の為にも戻ろうと思った。自分の一番好きだったペンダントを送った。もう集会に行くのを辞めた時、彼女に謝りたかった。でももう、彼女と話す術がなかった。排斥者はもう、JWとは口がきけないから。今も彼女のペンダントトップを持ってるよ。こればっかはねー、捨てれないんだよね。手紙もあったよ。…マイコン下での友情だったかもだけど、あの時通じ合った感覚は、私の中では本物で、あなたが今、どこで何をしているか、わからないけれども、あなたの幸せを。願っています。

○○へ
元気?私は元気。子供がいるんだよ?3歳だよ。

AM 01:02:09 | Comment(5) | TrackBack(0) | [日記]

2004年07月22日  お母さんエホバごめんなさい。いろはは恋に生きます☆その弐
私の日記が更新されるのを楽しみにして下さっている方がいらっしゃるようで…ホントにホントにありがとうございます…先程も催促メイルをいただきましたが、だってぇだってぇ…こうも暑いとねぇ…やる気はあってもやる気が失せるってもんでして。。。このあぢー最中に『やっちゃういろは』…とか書きたくないじゃないですかー。…では続きです。

私が号泣した時、母は女性の顔、母の顔をしたんだよね。エホ証顔じゃなくて、あん時母は、好きな人に会いたいと泣く私に、共感して同情した目をしたんだ。一瞬ね。
あべ静江の歌で我慢我慢してた気持ちがこらえきれなくなった私は、その勢いで、母に反発し始めた。母のあの目も見逃さなかったから。今まで抑え付けられてた自我を母に対してぶつけた。もうあなたの言いなりにはならないよって。はたとエホ証モードの顔に戻って、慌てて行くのを止めようとする母を振り切ってさ、「会いたいのっ!会いたいのっ!どいてよっ!」って泣きながら母を突き飛ばしてさ…その拍子に障子の桟がバキイッ!って割れた時、物凄いショックだった…一瞬ひるんで…でも止まんなかった、私の体は。

彼のところに行っちゃういろは。やっちゃういろは。 …結局書いちゃういろは…

彼ともう会ってしまったので、私は集会に行くのを辞めました。やっぱり『深く考えない』…そういう仕方で乗りきってた。このまま集会に行くのを辞めれば大好きな彼とは会えるし結婚も出来る訳だから、彼を取った。だからもうJWの事を考えたくなかった。パニくるから。自分のしてることがJW的にどうとか、神の目にどうとか、考えたらパニック。彼が好き。ただそれだけが私を動かしてたかんじ。集会に行かせようとする母には暴言で徹底的に反抗するようになり、なるべくなるべくJWのことを考えないように、集会のある夜はもちろん、ほぼ毎日友達と夜中まで遊んでたり、彼の部屋に行っていた。家に帰ると母の顔をみなければならず、戻ってくるように話をされる度に喧嘩になり、言いようのない罪悪感と闘わなきゃならかったから、家が一番大嫌いだった。母は夜な夜な遊び歩く私、物凄い暴言を吐く私に、エホバから離れてサタンの側に行ったからこんな荒れてるんだーと大騒ぎでしたけど、これは母の変わらないところですね。今も妹に事ある度に言ってることでしょう。…いやいや、おかーちゃん。あのね?子供はね?全部みてるんださ。全部感じてるんださ。小さい頃から全部。ママの愛情はもちろん。ママの弱さも、ズルさも、全部感じてるの。親の言う事は絶対だ!なんて聖書と鞭の恐怖なんかで子供を抑えつけちゃうとね?大きくなったらいろはちんみたくなっちゃうんださ。聖書はさ、いい言葉がいっぱい書いてあるのにもったいないよね。

通信制の高校に入学してから以前書いた、バイトしながら彼との半同棲生活が始まります。嫌だったのは、彼と買い物してる時、JWを見かけると彼があたしの手を引いて隠れようとしたこと。隠れるってことは自分が悪いって認めてる事になるじゃん。だからそうする彼にムカついてムカついて。私は意地で自分を保ってた訳だから。『見てよ!』って思ってた。こんな風に彼と手を繋いで買い物してる私を見てよって。見ろよ。かも。^^;
バイト帰りに可愛がってもらってた姉妹達に会ったのもこの時期。こないだ書いたやつね。私はわざと姉妹達を見てた。きっ!て目で。負けたくないから。自分の中の葛藤に。目を逸らされて『ふんだ。あたしはセックスしてたんですよーだ。気持ちいいんだから。』って劣等感から自分を守ってたのね。

んで、通信制の高校がこれがまた地獄でさ。。なんでってさ、5日間のスクーリングが年2回あるんだけど、生徒の3分の1くらいがJWだった訳ー。宗教活動に時間を使う為に、その頃の学生JWは通信制の高校に行くのが当たり前な空気だったのね、私の周りでは。で、排斥前に私も当たり前のように入学願書を出してしまってた訳。行ってみれば3分の1がJWで…うげー。。だったな。。めちゃめちゃ平気な顔してたけど、もう嫌で嫌で。。またここでも私は妙な劣等感と闘わなきゃならない。知ってる人がいなかったのならまだよかったけど、一人いたんだよね… んでその人は私が排斥者って知らなくって、『あぁ!いろはちゃん〜☆』て話しかけてきたじゃない。だから『あたし排斥されたから話せないよ。』って自分で言って、んでそしたら皆に広まってるのは当然にわかるじゃん。自分もJWにいたんだから、排斥された人の噂ってのがどういう風に広まるかなんて超知ってるからさ、JWの目が気になる気になる。だから他のJWじゃない子達と休み時間とか一緒にいるんだけど、1年生の時ってあんまり話が合う子がいなかったのね。だからめちゃくちゃつまんないわ、視線を感じてみればJWがこっちを見てるわで、5日間が地獄だったわ。んで、耐えられなくて学校辞める宣言!!もう勉強なんてしなくなった。結局辞めずに1年留年したんだけど、それはまた後で出てくるかもです。

話しが前後するんだけど、書き抜かしてた事があったから後で付け足します。んーと、自分の排斥発表がある前にJW友達に電話した涙なみだの友情物話^^


PM 02:58:52 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

2004年07月10日  お母さんエホバごめんなさい。いろはは恋に生きます☆その壱
私の排斥処分が正式に決まり、母は泣きます、そりゃあ。「お母さんはいろはを信じていたのに。。いろははお母さんを裏切って。。」から始まり、「お母さんは何の為に今までひとりで頑張ってきたの?〜〜長いので中略^^〜〜排斥者とはお母さん、一緒に暮らせないから。。お父さんのところに行きなさい。。お父さんと女と暮らしなさい。。女にご飯作ってもらいなさい。。」…今だったらさ、ママを黙ってぎゅぅ…て抱き締めて、ほっぺにちゅ☆も付けて、ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぅ…だけどさ^^

当時のいろはにはたまりません。母の連日に渡るその泣き落としと弱音吐きで、母に見捨てられた感と、母を見捨てられない感と、私はやっぱり悪い事をしたのだ感(罪悪感)と、でもやっぱり私は悪くない感がごちゃごちゃになって。最初の1日2日は「うん…うん…ごめん…ごめん…」だったのが、だんだん母への情にほだされて、イライラしながらもぷっちーんと思考力シャットアウトモードで「うん!ごめんってば!戻ればいいんでしょ戻れば!」こう吐き捨てるに至ります。
私にとってどんなにJWの活動が本音では嫌でも。神から唯一選ばれた組織と自称するJWだってやっぱり人間だから理不尽なことおかしな事が山程あると小さい頃から察知し頭で判っていても。どんなに教理が心に響いてこなくても。JWを辞める、否定するという事は、母親を見捨てると言う事、母親を否定するという事であって、母の涙は私の思考力を自動的に停止させる力を持っていました。(うんうん。私頑張るよ。頼むから泣かないでよ。)ちなみにこの、自分が母を支えなければ、というプレッシャーは、2003年12月までいろはの心を大奥でぎしぎしと締め付けていました☆(過去日記参照)

別会衆で同じく排斥処分になった彼と、最後の電話をいたします。会えなくても電話も手紙も出来なくても、気持ちはずっと変わらないから。戻って結婚しよう。頑張って集会行ってさ。たぶん1年も頑張れば戻れるよ。・・・彼という存在を無くした私は、やっぱりエホバに祈ります。『エホバ。私は頑張って集会行きます。だから絶っ対に彼と結婚させて下さい!私は悔い改めます。もう結婚までセックスしません。だから絶っ対に彼と結婚させて下さい。』

過去日記にも書いたけど、排斥者は他のJWから口をきいてもらえません。それがエホバの愛ある取り決めだから^^挨拶もダメ。親子でも必要最低限の会話しかダメ。それがエホバの愛ある取り決めだから^^そして、排斥者が悔い改めているという事を愛あるエホバと、他のJWに解ってもらうには、誰一人とも口をきいてもらえない集会に通わなくっちゃならない。そんでエホバが長老とかにどうやってお伝えするのかはわかんないけど、もういいですよ。悔い改めましたね♪って長老に認められたらみんなに口がきいてもらえるようになるんですよお☆排斥者の席は集会場の最後部席で、集会が始まった直後に入り、終わる間際に帰るの。…でー。これが私にはダメだったのねぇ。耐えなれないかったのねー。突き刺さる劣等感、罪人感、虚しさ…あぅぅ…ぐぐっと体中に力を入れて、ただ(早く終わりの賛美の歌になって。。)って思ってた。帰り道は、いっつも全力で走って帰ってた。なんでなんでなんで。。。って。はあはあ言って家に着いて、いつも彼に出さない手紙書き…『元気ですか?私は元気。』『早く会えるように頑張ります。』エホバにお祈り…『私を支えて下さい。結婚させて下さい。』

ある日テレビで、なつメロ特集みたいのを母が観てた。私もんぼーっと画面を観てた。そこにあべ静江が【みずいろの手紙】って歌を歌い出した、、

みずいろの手紙   作詞 阿久 悠 曲 三木 たかし 唄 あべ 静江
 

(セリフ)
お元気ですか そして今でも
愛しているといって下さいますか
    …いろは涙腺刺激30%。。。


みずいろは 涙いろ
そんな便箋に
泣きそうな心を たくします
あれこれと
楽しげなことを書きならべ
さびしさを
まぎらす私です
               …80%。。。


逢えなくなって二月過ぎて         …ここで!マックス☆

逢えなくなって!?ふた月過ぎて!?あたしじゃ〜〜っっ!!!浸りきりますよ、ええ。。もう母も妹もびつくりな号泣っぷり☆「会いたいよおぉっ。。会いたいのぉうぉぇっ。。なんでダメなのっ?!言ってみろっつのよぉぅわぁぁ〜〜。。」コレかなりリアルに再現出来てると思われ。…はぁー、今日もあぢーですね、ホント。脳が茹だりそうです。

今日はここまでにいたします。


PM 03:45:28 | Comment(1) | TrackBack(0) | [日記]

2004年07月08日  審理委員会の続きと当時のいろはにとってのエホバ
「悔い改めているならもう兄弟とは会わないように。電話も手紙もダメです。ふたりは一切接触しないように。」って。母もいろはさんをしっかり監視するように。って言われてた。
んでここで私はたまらず、うぇっ。。うぇぇ。。って泣いたんだった☆
でね、なんで泣いたかっていうと、これがかなり単純な涙で、彼と会えなくなった自分のことを想像してしまい、なんて悲しいの。。。って浸って泣いてた。その頃の私にとって彼はすべてだった訳で。私は小さい頃から現実逃避で想像の世界に入るのがお得意だった訳で。

もう一度「いろはさんは、エホバの前に罪を犯した事を悔い改めていますか?」って聞かれた。もうね、「悔い改める」を連発されるのがホント嫌でさ。こないだも書いたけど罪人みたいじゃん?ざいにーん☆って突き付けられて再認識させられてるじゃん?だから泣いてるのをいいことに返事をしなかった。とっても自然な流れでしたたかないろはちん。なかなかやるなぁ…15歳だったのにぃ〜☆…で、私は、エホバは嫌いじゃなかった。怖くもなかった。だってね、エホバは私の心の中全部を見ててくれてるからさ。そう信じていたからさ。

エホバは、私が兄弟を大好きなことを知っている。私達が結婚するのも知っている。愛して愛してセックスしてるのを知っている。っていう風に思ってた。私達は「エホバはさぁ、どうしておちんぽとおまんこでセックスして子孫が繁栄するように創造したんだと思う?別にほら、指と指をくっつけてこうやったら子供が出来るでもいいわけじゃん?…絶対さぁ、気持ちいいからだよね。セックスは子作りだけじゃなくて、お互いに気持ち良くなれるように、楽しめるようにエホバは創造したんだよ。…うんうん。だねぇ…プレゼントだね。」なんてらびゅりぃな話をしたりしててさ、愛ある偉大な創造主エホバは私達を怒ってないって。私の祈りは届いているし、絶対にエホバは許してくれてるって思ってた。そうであってくれなくちゃ…っていう。
エホバはそういう都合のいいあったかい存在だったのね、私には。…かなりいい加減だけどいいかんじな位置付けだったんじゃない?とか思うけど今は。んふ。自分の中の神みたいな。


母を悲しませないように都合が悪い事は思考力をシャットアウトして深く考えず、ふらふらなぁなぁとエホバの証人を続けていた自分にとって、セックスに関する事が、初めてはっきりとした実感でぶつかるJWへの疑問だった。
「じゃあさ、○○夫妻はセックスの時舐め舐めしてないの?嘘でしょー?してるよしてるよ。してない訳ないじゃんー。言わないだけだよ。△△夫妻はしてなさそー!」…そんな事を言い合って笑ってたどうしようもない奴らでしたけども・・・
私にとって、自分がどう感じるかではない、求められてる答えを言い、行動してみせればそれで良かったあの世界。母が喜ぶ答えを行動を。模範的と評価される答えを行動を。…そんな表面的な器用さと頭でっかちの自分が、初めて、自分の体で感じ、自分の頭で考えようとした疑問だったのですよ。
…こんなに気持ちがいいのに…こんなにしあわせなのに…なんでダメなのか…おかしくないか…こんな規則をエホバは作るのか…本当にみんな守っているのか…???

当時には全く自覚はありませんでしたが、私にとって「エホバ」と、「エホバの証人」っていう組織は別物だったかんじ。中1から彼と付き合って、エホバの証人として禁止されてる結婚前のセックスをしながら、2重人格でエホバの証人を続けていた自分が、自分の心のバランスを保つ為に作り上げたベストな感覚だったんだろうと思う。


私がぐすぐす泣いて返事をしないので諦めたのか、それ以上は「悔い改めているか」という事は聞かれず、確か後日に正式な処分をお知らせします、という事で審理委員会はお開きになりました。…私は勢いでここまで突っ走ってしまった為、彼と全然打ち合わせをしてなかった事に気付き、彼が悔い改めていますとか言って、彼の処分が自分と一緒じゃなかったらどうしよう…って気持ちと、口には出しませんがいっぱい嫌な思いをさせた母に申し訳ない気持ちでいっぱいの帰り道でございました…。


審理委員会のお話はここまで。
次回は、なぜ私が感じる心を麻痺させて、2ヶ月間孤独な集会に通ったか、なぜ行かなくなったか、そこからもう2度とエホバの証人に戻る事はないという行動に出たいきさつ、心境などなどを書こうと思います。


PM 10:38:31 | Comment(3) | TrackBack(0) | [日記]

2004年07月07日  開かずの間おーぷん
抜け落ちてた記憶がひょっこり出てきて、あんん〜☆そうだったそうだった☆と書いてみる…そうするとそれにまつわるエトセトラがまたぽろぽろ次から次へと出てきてですよ、書いても書いてもおわりゃしねぇ。。。あー、そうだった。あーそうそう。そんでだからこうなったんだ。。。どこまで付け足されてくか…☆しかも時間的配列があるから、これはここの前だ。これはこの間だ。やたらとべろべろ長くなるだけなって文章がまとまらにゃい…☆ …ってかんじで。

思えば審理委員会から、排斥直後の頃の記憶が私には無かったのですよ。
でもキッカケがあればちゃんと出てくるのですね。こないだからここにちょこちょこと書いてたら、そしたら出てきました☆姉妹達に対して思ってた事&わざとちょっと挑戦的な注解をしてふふん!って思ってた事、あの偽悪的感情は、少し前から思い出してたんだけど、思ってるのと書くのとでは違うみたい。脳の刺激のされ方が。しかもマイノートに書くんじゃなく、不特定多数の人が読むところに書く。そうすると他人でもある程度解るようなまとまった文章にしなくちゃと思う。他人に説明出来るように、どうしてそんな風に思ってたんだろうと改めて考えてみる。それが結果的に自分を第三者的にみれて、その中で新たに思い出す出来事がいっぱいあって、ますます繋がって整理されるみたい。

私は排斥になって戻る気なんてさらさら無かったと過去日記で書いたし、実際そう思っていたんですが、それは罪悪感劣等感から自分を守り、自分をしっかり立たせる為に必要だった意地張り的感情からくる記憶違いだったようで…。戻る気ありました。んー…戻る気があったというよりも、戻ろうとしていた2ヶ月間があった。自分の2重人格の部分が複雑に入り乱れて、何にも感じないように心が防御してた時期でした。それで記憶になかったんではないかと思います。

まーまー。ちょっとづつまとめてみましょう。
せっかく書いてたものがあるんですが、あれでは人様に読ませられないので資料として使います。
という訳で今日はここまで。書けたらその都度アップします。

AM 12:07:28 | Comment(1) | TrackBack(0) | [日記]

2004年07月01日  審理委員会
審理委員会っていうのが、JWにはあって。
JW的に悪い事をしたらそこでお裁きされる会です。

審理委員会の時の事が今までどうしても思い出せなかったんだけど、
出てきたので書きます〜。いろはちん裁かれるの巻きです。

ところは王国会館(JWの集会場)の第2会場。そこには兄弟が3名いました。巡回監督(JWの中でちと偉い人・こんな説明でごめん)1名、長老2名の計3名だったはずです。
質問全部は覚えてません。思い出したのだけ書きます。
『初めての時は避妊はしましたか?』「はい。」
『それはどちらが用意したんですか?』
「ふたりで買いに行きました。」
『…そうですか。。その時にエホバに対してうんたらかんたら〜〜
 (要するに罪悪感はなかったんですか?みたいな事をキカレタ)』
「…ありました。悪い事をしていると思っていました…」
『それなのにそういう行為をとどめることは出来なかったという事ですね…どうしてでしょう…』
「はい…」「。。。」
『これまでに何回くらいそういう行為をしたんですか?」
「…わかりません。数えきれない位です。(だってそんなの2年間もエッチしまくりで数えられっかよ〜。。とは言わなかったが、思った。)」
『いろは姉妹は、罪を犯していると解っていたのに、そういう行為を続けていたということですね…(みたいな事をいわれた)』
「…はい」
『祈りはされてましたか?』「はい」『なんと祈られてましたか?』
「ごめんなさい許して下さいって祈ってました。。。」
『悔い改めていますか?』「。。。」

とにかく、排斥でしょ?排斥ですよね?いいから早く排斥にしちゃって下さい〜〜。。。ってすごくすごく思っていた。。あたしの隣には母が、めちゃめちゃ小さくなって座っていてさ、そんな中、何回エッチしたかとか、ゴムはどっちが用意したとか、やめて〜〜って感じだった。自分が色々と聞かれるのは、この際全部言うよ。って思いがあったから我慢できたけど、母がちっちゃくなってるのが一番たまらなかった。

んでなんか、感覚的な記憶なんだけど、凄くきりりってしてた自分だった気がする。唇くって噛んで、泣くもんか、、何に対してか自分でも解っていなかったけれど、負けるもんか、、って凄く力が入ってた感覚的記憶。

小さい頃から叩き込まれて刷り込まれてきた中での、ああ。。悪い事をしたんだ、私はダメなんだ。。。っていう罪悪感、劣等感に押し潰されないように、いや違うよね?なんでよ?私はそんなにいけない事したの?好きな人とエッチしてただけだよって自分に言い聞かすかんじ。ふたつの思いの間で揺れ動く乙女心…じゃないよ。その辺が微妙な2世心というヤツだ。すごく微妙なんですよねー、その辺が。あたしは今まで自分に罪悪感があったなんて自覚がなかったんですが。ありました、思いきり。んで、この性格だから負けるもんかーって、意地張ってきたのでしょう。そういう感情が自分で偽悪的だと感じていたのでしょう。この辺りの話は後日もう少し詳しく書くかもしれず、書かないかもしれず・・気分とノリと流れです。

続けます〜。
私は母が質問されてる間が一番キツくって、確かずっと下を向いてた。私は未成年だったから母に責任がいくでしょう。やたら色々言われてて、「姉妹は母親としていろは姉妹のそういう事に気付かれてなかったんですか?!親の監督不行届きにも程がありますね…私にはちょっと信じられない、理解出来ないところです…」まぁもっともな事なんだけどさ。キツかったなぁ。。。あのなー、お母さんも大変なのよ。相談出来る頼れる男手もなくてな?あたしは徐々に集会奉仕休みがち、イキイキしてるんは好きな人と会う時だけでしょ?したらお母さんは目をつぶっちゃった訳じゃん。まさかあたしがエッチしてたとは思わなかったんでしょ。しててもまさか長老に言いにいくとは思ってなかったんでしょ。人にはねー色々とあんのよ。お母さんを責めるなー。って…

…言葉には出来なかったけど、おかしいだろっ、何様なんだよっ!って思いが体中をぐるぐる回っててさ、それは、小さい頃から母を想いなぁなぁとJWの中にいた自分の感覚と似ていて。自分が信じて入った世界じゃない。魅力的で入った世界じゃない。集会も奉仕も小6くらいから、嫌で嫌で仕方なかった。中2からは色んな口実で遅刻しまくり、休みがちだった。ホントは行きたくない、嫌だ。でも行かなくてはいけないんだ。当たり前なんだ。この世界で育ち生きてきたんだ。そこで感じるおかしさを、当時の私は言葉には出来なかったんだけど、おかしいよ、ここは。ハルマゲドン?くるんでしょ?でも来ないかもしんないよ?いつくるの?もうすぐでしょ?…こないよきっと。そういうフラフラでなぁなぁな状態だった。

そこからあたしは、出ようとしたんだね。無意識にも出ようとしたんだよ。そういう宙ぶらりんが嫌だったんだよ、本能で。嫌だーーって思いがここぞというタイミングを逃さなかった。(前日記参照)お母さんを悲しませたくなくって今までいたけど、もう無理だ、お母さんごめんーって。飛び出しちゃったということですな…

性格なんだろなぁ、私の。慎重なくせに飛ぶ時はぶっ飛ぶ。
お前はどこに行っても生きてけるよ、ってよく言われるけど、うん♪自分でもそう思う♪でもねでもね、あたしはね、あなたが大好きで、あなたの側にいたいんだよ。ちゅちゅちゅちゅぅ☆


                          あれ?…☆いろは       

AM 10:19:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

2004年06月25日  偽悪 その3
偽悪的に生きてきたとかって前書いたけど、偽悪って要するに簡単に言えば、ワルぶるって事だよね…
14、5の頃。排斥になるちょっと前くらい……会衆のいつも一緒に遊んでたちょっと年上の姉妹達に対してひそかに思ってた自分の感情から書いてみましょー。
みんなそれなりに年頃だから、集まるとやっぱし当たり前に、恋の話とか、ちょっとばかし、いや、かな〜り興味のある性の話とかも出てくるのね。私は姉妹達の中では一番年下だったんだけど、可愛がってもらってたから、そういう場にはいつもいて、だれだれ兄弟がかっこいいだの、だれだれ兄弟はだれだれ姉妹のことが好きだの、そういう話できゃあきゃあ言ってたわけ。

んでも心のどこかでは、姉妹達を小ばかにしてました!って事を思い出しました!

コンドームの話できゃあきゃあ言ってる姉妹達に、あはは〜うきゃきゃぁ… そうだよねぇ… な〜んて話しを合わせながら、(私は昨日も使ったよ、、、)みたいな。

あと、その頃火曜日の集会では「幸福な家族生活」の本をやってて、婚約したカップルとか、夜の夫婦生活の質問とかされると、若い人が誰も手を挙げなくなる。ていうか誰もが当たり障りの無い、言葉を選んで注解する。
そうすると私はしらっと手を挙げて、「子供は何人作るのか、避妊はどうするか、体位はどうするか、そういう事はふたりでよく話し合うべきという事です」とか言っちゃう訳。そういう注解をわざとしてた。それを聞いて、・・・☆って顔をふせ加減にする姉妹、露骨に嫌な顔をする姉妹、ちょっとばかし困り顔の司会の兄弟、、私はそういう反応をみて、ふふん!って思っていた。。

本ぱらぱらぱら〜〜… こ〜んな程度で笑わせないでよ、みたいな。
あんたらもセックスして子供作ったんでしょお?股おっぴろげたでしょお?そんな事を思ってた14、5歳でした。

なつかしや〜〜… 恥ずかしや〜〜… でもそう、そうだったの。
その何ヶ月後かに私は全部長老に話しに行った。勢いで。で、排斥。(前日記参照)
私は、エホ的に罪人だった。そこら辺が、偽悪のぽいんつ。
こないだまで、いろはちゃん〜と可愛がってくれてた、一緒に遊んでた姉妹達が、私と会ったら目を伏せる。ふんだ。あたしはセックスしてたんですよーだ。気持ちいいんだから。強がって自分を守ってた。
なんで婚姻外のセックスがいけない?オナニーがいけない?なんで舐め舐めがいけない?なんでそんな事で挨拶も出来なくなるんだろ…。って疑問はいっぱいある。だめな訳ないじゃん、誰が決めたんだ。頭ではそう思う。でも、心では、私はどうせダメですよ、ワルですよ、罪人ですよ、、、みたいな気持ちがあったんだね・・

じゃあいいですよ、ワルになりますよ。

これが私の偽悪だった気がする。悪ぶる。徹底的に。
金の為です、体を売ります。お金の為です。へっちゃらです。
専用アダプター装着。知らない男の前でオナニーをしてみせる。はい、3万。四十八手?!…なくらいへとへとになる。はい、3万。…気持ちいいし、金になるし、いいんじゃない?

でも専用アダプターを脱いだ私は、また罪人だ。そういう思いから逃げたくなる。ふんだ。ふんだ。じょーだんじゃない。罪人扱いなんて御免だよ。自分の心を守る為、偽悪的感情は湧きあがる。また装着。体の快感に身を任せて浸る。。。。

…偽悪その1、2をお酒飲まないで書くとこんなかんじ…かにゃ。。

                  
                      今夜はなに飲も…☆いろは

PM 10:04:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

2004年05月03日  母の目
お昼に入ったラーメン屋。
斜め前方の座敷に家族がいた。
お父さんとお母さんとお姉ちゃんと、赤ちゃん。
生後3ヶ月くらいだろうか・・・
お母さんに抱っこされて、お母さんの目をみて、
にこにこよく笑う赤ちゃんだった。

お母さんと秘密のお話をしてた。
おくちをね、うぅぅ… とか あぁぁ… とか おぉぅ… って動かしてさ、
真っ直ぐお母さんとみつめあって・・・
ほっぺがむに〜ってあがってそりゃあもう、かわいい笑顔でね。
お母さんが そお。そお。うん。そお。っていうように相槌打ってて・・・

あーーん。もうダメ。
また赤ちゃん欲しくなっちゃうよ、ほんと。
子宮が疼くね。母性ってやつなのかな。
TもMもRも同じこと言うのよ。
ちっちゃい赤ちゃんみるとさぁ、なんでかまた欲しくなるって。
かわいいなぁ… たまんないよ… 

あったかい気持ちになってラーメン屋を出る。

運転しながら突然。
サーーーッと音の聞こえ方が変わる…
…きた。記憶が出る…

とってもやさしい目。
うん。そお。そお。 にっこり何度も頷いてる。。。
母の声のトーン… やさしいやさしい目…
抱っこされてるあったかさ…
ぽんぽんされてるおしり…

今までで一番古い記憶だった。

そこからはマイベイビ〜♪って表情で私を見つめてる母が色々出てきた。
やさしい目をした母ばかり。子守唄を歌う声も。その歌詞も。
おでこを撫ぜてもらった感触なんかも・・・


娘の前で母は、ただのおばあちゃんになる。
そういえば、おんなじような表情をしているな。
どこからそんな声が出るんだ… って位声のトーンが変わるんだけど、
あの声だなぁ。私も聴いたなぁ。そお☆そ〜お☆って。

私はやっぱり、エホバの証人モードの母よりも
ふにゃ〜っとでれ〜っとばばバカしてる母の顔のほが好きだ。

生きた人間らし〜い目をしてる。

お母さんの目をしてる。

AM 11:39:01 | Comment(6) | TrackBack(0) | [日記]

2004年04月23日  リニューアルっ★
素晴らしい… 変わったなぁ…

日記タイトル変更してみました。
『いろはにほへと』 から 『色は匂えと散りぬるを』 

こっちのほうが頭よさげかもだしぃ…
それになんてーの?風情があってよろしこ。。。

『色は匂えと 散りぬるを
 我がよ誰そて常ならん』


流れゆく自分…
 
日記を書き始めた時、そういう事を意識して『いろはにほへと』と決めた。

すごくすごく嫌だったから…

母に対して憎々しい気持ちを持ってる自分が。

なんだかすごく苦しかったから…

でも吐き出さずにはいられなかったから…


だから、こんな自分も常じゃないと…。
流れゆく自分の一片なんだと。
そう言い聞かせるような気持ちで… 
大丈夫、大丈夫… と安心させるような気持ちがあった。


自分の心が変化した今は、
もっと… 違う気持ちで… 流れゆく自分を感じていけたらなぁ…

とそういうような訳で、このタイトル変更と相成りました。

リニューアルされてコメントも頂けるようになったので、
これまで私のマニアックな心の吐き出し日記を読んで下さってた皆さん、
新しくこのページを発見された皆さん、
感想に限らず、気軽にどんどんカキコしてもらえたら嬉しいです。


背景は…

先月末、98歳で眠りながら逝った大好きな梅ばあちゃんに…。


AM 11:51:31 | Comment(10) | TrackBack(0) | [日記]

2003年08月02日  こじれていく夫婦
「○○子〜」と父は母を呼んでいた。いつから呼ばなくなったんだろう。
あの頃はまだ、二人は夫婦だったんだろうな。
私は、お父さんがお母さんを「○○子〜」って呼ぶのが好きだったな。マネして、「○○子〜」って呼んだら、「いろはは、『お母さん』って呼ばなきゃダメ。」って言われてしゅん…としたのを覚えている。

母がエホバの証人と聖書の勉強を始めて、のめり込んでいくようになってから、父と母はよく喧嘩をするようになった。

夜中目を覚ますと、大声で叫んでいる二人。
白熱してくると物が飛んでいたし、父は母の背中に馬乗りになって、両手首を捻りあげていた。

母は「サタンよ、離れ去れ!!サタンよ、離れ去れ!!」と叫んでいたっけ…ははは〜笑える。怖いな。

父はますます血が昇るんだろう、母の悲鳴が大きくなる。
私はたまらず二人のところに走っていって、
「お願いだからやめて!やめて!お父さん!」って叫んでいた。
大泣きしながら。怖かった。

そんな現場を何度も見ていたし、母は私に「お父さんは、悪魔サタンに操られている。」と教え込んでいたから、私は父親に対して必要以上の恐怖感を持っていた。


父親は、母親がエホバの宗教の集会に行くことは認めるけど、いろはだけは、絶対に連れて行かないという事で夫婦で話をつけていたのに、
母親はその約束を破って、こそこそと私を布教活動や、集会に連れて行っていたから、
そういうことがバレる度に、夜中喧嘩をしていたんだ。

私の幼い頃は、母親と父親に挟まれて、いつも緊張していた。母親を喜ばせようと宗教活動に付いていくと、父親が激怒する。父親の顔色を伺うと、母親が悲しみ、サタンの言うことをきくの?ハルマゲドンで滅ぼされるのは嫌でしょ?と嫌とは言えない状況に持っていかれる。

あの頃の苦しさは、なかなか表現しづらい。
とにかくもう、自分というものはなかった。
抑えつけられるだけ抑えつけられた。私というものはどこにもなかった。

お母さんが怒るから、お母さんが悲しむから、
お母さんが泣くから、ムチ(エホバの証人の子供への懲らしめの方法)されるのが嫌だから・・・それが私の判断基準だった気がする。
私の行動は、自分がどうしたいかではなく、母親が怒るか怒らないか、それで決まっていた。


AM 02:35:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

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