たろうのナンデモブログハゼ。
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            

2008年09月05日  環境教育Imagination。
いつもの電車に乗るべく駅に向かう途中。
先生に引率されて歩く子どもたちの行列に遭遇しました。

みんな自分の虫かごを持って、手には虫捕り網。
中には、虫博士と思われる、まわりよりも装備のいい子がいたり。

教室を飛び出して、公園あたりで理科の授業だろうか。
どんなに普通の虫であっても、一度でも触れたことがあるのと無いのとでは大違いだ。
いろんなことを一気に学べる、とてもいい授業だと思う。
僕は学校の授業として虫捕りをしたことがあったかな…。

虫捕り網の使い方は、一度セミでも捕って手本を見せれば、子どもならそれだけでやりたい気持ちが爆発して、やってるうちにどうにか自分のものにするだろう。

アブラゼミはいっぱいいるから捕ったら5点、ミンミンゼミは10点、ヒグラシは逃げられやすいから20点。
それだけで、種類による生息数や習性の違いを子どもたちは一瞬で理解するだろう。
どの虫がたくさんいるかではなく、種類ごとに違いがあるのを知ることが大事なのだ。

種類を見分ける力や集中力はもちろん、ヒグラシが高得点だからって捕まえるのが困難な虫に時間をかけないような計画力だって身につくだろう。

そんなことを思っているうちに、短い生き物小説を思いついたので、書きとめておくことにします。


<王者の水域>

20年以上前。
家のそばでクルマバッタモドキやイボバッタ、たまにツチイナゴなどを捕って飼うのが楽しかったある日。
遊びに出かけた川の河川敷を歩いていると、足元から跳びたった一匹のバッタが、十メートルくらい先の道の真ん中に着地した。

トノサマバッタだ…!!

僕はそのとき、図鑑以外で初めてそれを見た。
そのバッタは、僕の目には神々しく映った。

第一に、スマートな体のシルエットが近所のバッタとの格の違いを感じさせた。
そして、こちらを挑発するように、後ろ脚と羽をこすりあわせて音を出す。

こいつ、バッタなのに鳴くのか!

そんなことは図鑑には書いてなかった。

キュルキュルキュルッ。

まるで高笑いをしているかのようだ。

ジリジリジリッ。

今度はじっくりとこちらの様子を見ながら僕に話しかけているようだ。

図鑑がすべてだと思っていたあの頃。
それは僕にとって大きな発見であった。

捕まえてみたい…。

近所でバッタを捕る技術に自信があった僕にとって、それは当然の衝動だ。

じりじりと近付いて、わざと相手を跳ばせ、浅い草原に着地させる。
相手の姿が草に隠れて見えなくなることもあるが、かまわない。
着地点だけ確認すれば、バッタは跳ばずに歩いて移動することはほとんどないからだ。

草の茎にとまったなら真横から、地面にとまったなら上から少しだけ角度をつけて。
相手が再び跳ぶ前にひと思いに網を振れば、ぼくの勝ちだ…。

跳んだ!!

決して見失わないように、相手が着地するまではまばたきをしない。

速いっ!!

近所のバッタとは段違いだ。

あぁ〜っ・・・。

・・・それは、名前のとおり、王者の飛翔であった。

速いだけでなく、王者は姿の見えなくなる丘の向こうまで一気に飛んでいった。

バッタなのにあんなに飛び続けることができるなんて。
完敗だ。

図鑑を見れば、体が一番大きいのはショウリョウバッタのメスだ。
しかし、それより体の小さい彼等に、王者の名が与えられた理由が初めてわかった。

新たなライバルの出現。
しかし、いつかどうにかして必ずライバルに勝利する技術を身につける。
それはハゼ好きである今の私と全く同じなのであった。

たろう10歳。
この頃から僕は、運動が得意な友達に混じって、気がつけば運動会のリレーの選手に毎回選ばれるようになっていく。

<おわり>

AM 12:10:36 | [文学虫]

2008年05月23日  天使に会えた日。
前の日のもらいもの。
アーモンドとパウダーシュガーがポイントのスペシャルなパン。

ひとかけらを朝食に食べて、
そしてもうひとかけらはお昼に食べようと、
かばんに入れて家を出た。

駅に向かって浮かれて歩いていると、なんとも美しい、ごく淡い緑色の羽根をも
つ昆虫に遭遇した。

その神々しい姿はまだ未完成で、今まさに羽根を伸ばして、天使になろうとして
いる最中だった。

見たことのある昆虫だったが、今この時、あまりに無防備なこの姿を見たとき。
この昆虫は、はっきりとした意志をもち、大いなる宿命を背負った高貴な生き物
に見えた。

今この時、不思議なことに誰もこの昆虫を襲わない。
そして、それをこの昆虫自身も知っているかのような堂々たる振る舞い。

この昆虫は、見た者すべてに祝福されながら、転生の時を迎えているのだ。

何か、幸せな気持ちをこの天使から授かった気がして、微笑みながらその場所を
あとにした。


お昼時。
珍しく外の仕事に出て、道中、かばんに入れてあったパンをお昼に食べた。
この世で一番おいしいパンだ。

朝見た天使はどうしただろうか。
できれば、ずっと見守ってあげたい命だった。


夜。
天使がとまっていた場所にはもう誰もいなかった。

羽根が伸びきったら、朝見たときの3倍くらいの大きさの美しい翼になったろう


今この時。
どこかであの天使は、誰かにまた幸せな気持ちを授けながら、
ひらひらと空を舞っているに違いない。

天使に出会えた幸運と、それをいま素直に祝福できる気持ちが自分にあったこと
を嬉しく思った、初夏の夜。

PM 10:07:48 | Comment(48) | TrackBack(0) | [文学虫]

2008年04月14日  ハゼ捕りに、想いを馳せる、徹夜びと。
<徹夜でハゼを語る水域>

土曜日、中学ないし高校からの友達で集まって、”新年度会”をやりました。
近況やら懐かしい話やらをたくさん喋って、楽しいひと時。
いや、ひと時っていうか、6時スタートだったのに終電がなくなり、最後のお店を出たのが3時am。
徹夜、久しぶり。素の自分って、意外とお喋りが好きなのかな。あるいは、人の話を聞くのが好きなのか。

新年度会の後半、日付が変わったあたりからは、僕が魚好きになり、やがてハゼ好きになった過程においてもっとも多く川に同行した友人とハゼ談義。
この日、昼間の間もおうちにお客さんが水槽をご覧にやってきて、夕方までハゼ談義をしたばかりだったけど、友人とのお喋りも全然飽きない。

友人は僕と違って物覚えのいい人間で、一緒に川に行ったときの様子もよく覚えている。
その話を聞けば僕も思い出すんだけど、彼は今でこそしばらく魚を飼育していないのに、オカメハゼなんていう名前とかが会話に出てくるからすごい。

彼とともに行ったハゼ探索の思い出の積み重ねは、まさに今の自分の採集、輸送、飼育技術を築いた研究ノートのようなものだ。

大きなボウズハゼは、大きな石をどかして捕ること。

平瀬のヨウジウオは勢いよく網を上からかぶせて捕ること。

川でもゴーグルを使用すると観察だけでなく採集にも有効であること。

電池式のブクブクに飼育用の水中フィルターを取り付けると、移動中に死ぬ魚が格段に減らせること。

ハゼ類と石巻貝を一緒の容器で輸送するとハゼ類が死にやすいこと。

ハゼ類を飼育するときには目隠しとなる障害物をたくさん入れれば闘争をある程度防げること。

ハゼを飼育するなら水槽内には大きめの石をたくさん入れた方がよいこと。

・・・今の自分の技術のうち、その友人とともに過ごした経験から生まれたものがいかに多いかを実感する。
つまり、自分の技術の多くは、その友人とのハゼ談義によって彼か僕かのどちらかが考案したものばかりなのだ。

今の自分には、あの頃と同じように次々とひらめきが繰り返されるような、柔軟なブレインが変わらず備わっているのだろうか。
悲しいことに、それは甚だ大きな疑問である・・・。

<写真>
徹夜のお喋りに対応してくれた恵比寿のバーの様子。



AM 01:38:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | [文学虫]

2008年03月18日  別れが嫌い。
おそらく明日で、外注さんへの出向業務は終わる。
うちの会社がリードするプロジェクトに、急遽助っ人として携わってくれたA氏は、今日でひとまず業務終了。

A氏に出会ったのは、二週間前。出向に来たその日から私はA氏とタッグを組み、息を合わせて作業を始めた。
息を合わせなければいけないと思った。

作業に区切りのついた今日、うすうす気付いてはいたが、わかったこと。
彼は、A氏は、少なくとも私にとって、労せずとも息の合う人であった。
あるいは、彼が息を合わせてくれていたのかもしれない。
おかげで僕は毎日笑って仕事ができた。
過ごしやすい空気があった。

そんなことを思った今日は唐突にやってきて、しかも彼との別れとなるかもしれない日となった。
私はいつの間にか、人一倍、別れに弱い人種になっていたようである。

「本当にありがとうございました」

彼にしかできない仕事のことよりも、僕は僕の気持ちの奥からその言葉を発したことに、彼は気付いてくれただろうか。
微笑んで去る彼の姿に、目が熱くなりかける。

彼とは、どこかでまた会うことがあるような気がする。
いや、彼に近いところに僕が訪れたときには、僕から会いにいくことにしよう。
それは僕にしては珍しく心に決めた強い思いであった。

<写真>
出向が終わると、下町のこの駅で乗り換える通勤も終わる。
どこかさみしい、深夜の駅。

AM 02:34:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | [文学虫]

2008年01月31日  つたわる
心が動かされたその時に、こういうものは、書いておくのがいいのだろう。
そうすれば、気持ちを言葉で残そうとしなくても、文章から、後で読んだ自分にはその気持ちが蘇る。

心を打たない言葉たちでも、その集まりには、書いた人の、書いたときの思いが宿る。

「つたわる」のだ。

三日前の夜、伯父が亡くなった。
奥さんにあたる伯母には、最近に至るまでもとても可愛がってもらった記憶があるが、何かあったときにしか会わなかった伯父は、最後に会ったのがいつのことか思い出せない。
伯父が亡くなったことも、どちらかというと、伯母やいとこの気持ちを思うことで悲しさが湧いてくる。

昨日。お通夜の日、のはずであった。
会社から午後に休みをもらい、午前中に仕事をある程度まとめる計画を立て、いつもどおりの電車で、都心に着いた。

母親から電話だ。
お通夜の会場まで一人電車で行くのも不安だろうと思い、今日はまめに連絡をとることにしている。

「お姉さんも今朝急に亡くなったらしいのよ」

母の言うお姉さんとは、可愛がってくれていた伯母のことだ。

自分の体を支えている骨が、瞬時に粉になるような感覚があった。

夫である伯父のたった二日後ということになる。

伯母は歳で足も弱っていたのに、父が亡くなったときにも真っ先に駆け付けてくれた。
小柄で華奢だったが、強い女性だった。

母が電話口で言うには、ひとまず連絡待ちだという。
しかし、すぐにでも行ってあげたいと母は言った。
同感だった。

伯父のお通夜で会ったら、何と言って元気付けようかと考えていた。
もう、それも叶わない。
次に会っても、もう〇〇ちゃん、と名前を呼んでくれることもない。
説教もしてくれない。
喋らない。

父のときに比べると、漠とした感じの、また別の悲しみが訪れた。

たまにであっても、会うと必ず優しく気遣かってくれて、品のある関西弁を喋る伯母が、僕は好きだったのかもしれない。

またか。
いつも失ってから気付く。

母は伯母の顔を見たら泣くだろう。僕もそうかもしれない。
ただ、母の泣くところは見たくない。母を泣かせたくない。
これは、大事な人みんなに対して思うことだ。

伯母は、伯父を亡くして、泣かずに逝ったのだろうか。
伯父から伯母に、何か「つたわる」ものがあったのだろうか。

それは・・・今からこの電車を降りて伯母に会えば、わかることなのかもしれない。

※※※※※
「つたわる」というのは、実は友達が書いた小説のタイトルで、僕はその作品が大好きです。
この日記とは全然関係なく、もっと空気が澄んだ感じの作品なのですが、心が動いたときに不思議と必ず思い出す作品で、今回も思い出したので、こんな感じで書いてみました。

僕は、心に響いた出来事を、日記というよりエッセィ的に残すのが好きなようで、こういうのを書いておりますが、悲しさとかをやや強めて書いてる部分もあります。
この日記から、読んだ人に何が「つたわる」かはわかりませんが、僕はわがままなことに、ご愁傷様です、と言われるのが苦手なのです。
僕は、いま現在、平常どおりの運転で、笑顔で暮らしておりますです。

PM 05:09:57 | Comment(2) | TrackBack(0) | [文学虫]

2008年01月20日  忘れる
<忘れる>
思えば、もの忘れは激しくなってきている。
若いという言葉は、ミソジを過ぎると、自らを形容する言葉としては使いがたくなる。
忘れる機会が増すことと、嫌に歳をとることは、どこかリンクしているのだと思う。そう思っていた。

これを書く前夜のこと。
若かりしころから親しい友人の誘いで、歳の近い、見知らぬ顔の仲間が集まった。
この歳になると、何人もの知らない顔と同時に知り合うことはあまりなく、私自身、自らそういう場を作ることもしないタイプのヒトだ。
しかし、おいしい鶏料理を食べながら、気が付けばよく喋り、とても楽しい会となった。
お店を出て歩き始めると、母校のそばをしばらく進む。

毎日通ったはずの街並みだが、お店の並びや交番の場所など、あらゆることを忘れている。
いつも曲がっていた交差点の場所も、この道を共に歩いたはずの多くの友達の顔も…。

いま、私は、当時とは違った友達とこの道を歩いている。
しかし、当時と同じような楽しい時間が流れている。

ああ、僕はまたひとつ「忘れる」ことをしていた。
忘れられるとは思っていなかった。

いま歩いているみんなが、つい数時間前に出会った友達であること。

気が付けば、もうすっかり仲間だ。
人間、誰しも息の合う相手ばかりではなく、むしろ合わせて接していることが多いのかもしれないのに。

このメンバーに共通するプロパティは、友達の友達であったこと。
たどれば、気の合う波長を持っていてしかりだったのかもしれない。

老いとは無関係に「忘れる」ことでできた宝物がある。
されど、老いてもそれが宝物であることは忘れずにいたいと思うのだ。

<写真>
昨晩食べた美味しい鶏料理。たったこれしか撮ってなかった…。
とても楽しかったのに、もっと写真をいっぱい撮ればよかったなあ。

AM 03:41:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | [文学虫]

2007年11月14日  被写体を公開。
<前回の投稿より>
長年来の友人の家で出会った運命の相手は、この子ニャンコでした。
この子は少し前に瀕死で道路にうずくまっていたところを友人によって助けられたのでした。
この小ささが反則。つうかネコ反則。
異常にかわいい。
目はエメラルドグリーン。
こういう色の目は見たことがないかも。

しかも、どういうわけか、トイレのしつけもすでに完璧だった。
どこかで飼われてたのかな。
でも、飼ってるのにこんな幼い子猫を捨てるだろうか・・・。

写真を撮りつつも、ほんとよく遊びました。
だって、遊んでくれ、って走り寄ってくるんだもん。
超ゴロゴログルグルしてるし。

さて、そうこうしているとキッチンの方から、
嘆きとも悲鳴ともつかぬ友人の声が。
と同時に、ほんのり香ばしい香りがしたかと思うと、
キッチンに近づくにつれて香りは明確なものになってきて、
ちょっと木炭にも似た香りになってきて・・・

・・・って、焦げてるやん!しかもハンパねぇ。

鍋いっぱいのコーンスープが、カップ一杯くらいにまで濃縮還元されている。
こりゃあ、鍋も即死か。
特に見なかったことにした。(写真)

友人は、僕が仕事帰りでご飯もまだだったので、オムライスを用意してくれました。
これは美味しかった!
さらに、お皿に乗ってたマグロのスモークなるものが異常に美味だった!!!友人のお母様の作品らしい。
マグロの水揚げがある港町の漁協とか、みんなこれを生産して売りなさい、と思った。
そして、僕がコンスタントに購入します。

てことで、短編小説の種明かし終了〜。

AM 01:38:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | [文学虫]

2007年11月11日  出会いの運命。
出会いの運命という水域

職場を出ると、雨は止んでいた。秋の雨は憂鬱で、
上空を天井で塞がれたような感じがする。

出会いの運命はいつから動き出していたのか。
一通のメールを受けたとき、運命は形になり始めていたのかもしれない。

少し前から滞在している友達の写真を撮ってくれない?

長年来の友人からだ。
僕が写真機好きなのを知っている。

仕事を少し早く切り上げ、友人の家につく。
そして、被写体は友人によって私に紹介された。

いや、紹介される前、姿が目に入った時だ。
瞬間的だった。

僕は一目惚れをした。

体つきは華奢で、しかしそれでいて体が健康そうな安心感はあり、
視線を交わすと、見たことが無いような綺麗な緑色の目をしていた。

この美しい目をいつでもそばに見ることができたなら、どんなに幸せな生涯だろう。
ああ、そしていつもこんな目に見守られて暮らせたら、どれほど安らかな気持ちで生きていけるだろう。

しかし、現実はすぐにそれが不可能であることを思い知らせる。
お互いの言葉がわからない。片言の言葉も交わせない。
それは大きな壁のように感じられた。

時は夜。 それも、すでに早い時間ではない。撮影を始める。
聞けば、特にどういう格好の写真を撮ってほしいということもないらしい。
自分の写る写真を見ることはしないのだが、
しかし、ただ何気なく撮った写真も、僕が出来を見ると素敵に写っている気がした。
あるいは、そういう写り方をする方法を知っているのか。
世の中にはそういう女性がいるとは聞いたことがある。

少なくとも、この友人の家で暮らす分には何も不自由が無いと思われるほどに、こちらでの常識をすでにわきまえている様子だ。
これまでにどんな経験をして今に至るのか、それはいま知ることができないが、
それなりに上品で文化的な生活をしてきたのだろうと思える。

そして、そういうところにまた惚れる。

早い時間ではない。
撮影は、とにかく自然体でたくさん撮っておいて、取捨選択は後でする、という形で終了した。
僕は一つの決断に迫られる。

また会うことができるように、友人に話をしておくか。

この先いつか、自分の部屋に招き入れたらどうなるか、脳裏をよぎったりもする。
想像図としては悪くない。しかし、諸々の無理は生じる。
決断の時が来た。

写真のデータを友人のパソコンに移しながら、画面の成り行きを見届ける振りをすることしばし。
僕は何も言葉を交わすことなく、もう一度だけ緑色の目を見て、
気がつけば微笑んで、そして友人の家を出ることにした。

運命は、僕自身の手によって、いま、先を閉ざされた。

門を出ると、雨が降っていた。秋の雨は激しくはないが、
そう、どこか自分の気持ちへの賛同を求めたくなるような、
そんな保温効果があるような気がした。

**********
・・・・・これは、実際の出来事と、実際の自分の気持ちの動きを短い小説にしたものです。
萩原朔太郎という作家が発した言葉に、
自分の作品の読者に何か心の動きが生じればそれでよい、
というような言葉がありました。
字面そのままだけではなく、読者それぞれに生じる様々な想像力によって、結果的に、
まあ、つまらなくはなかった、
と思ってもらえればそれでよいのだと僕も思います。

次の投稿で、この話の背景についてお話しましょう。
言葉というのは面白いものだと思う、今日この頃でありました。

PM 01:20:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | [文学虫]

2007年10月19日  働きマン in 秋晴れ代々木Park。
<感慨深し秋の水域>

外出の仕事があり、代々木界隈を少々歩く。
都会に暮らしていようとも、思っているよりもいろんなところから季節を感じることができるらしい。

秋だ。
空が高い。
空が遠い。
何か、夏の間近しい距離にいた何かが、遠ざかっていってしまうような感じだ。

これから服を着重ねていくにつれ、空気は澄んでいき、
遠くのものが見えるようになってくる。
何か、いつも目の前で微笑んでいてくれた何かを、視認することができなくなってしまうような感じだ。

秋というのは、そういう時間なのである。

家の玄関の灯りのそば。
いつも決まった場所に女郎蜘蛛が暮らしていた。
上手い具合に虫たちの通り道になっていたらしく、
女郎蜘蛛はどんどん大きくなっていく。
さすがに忌み嫌いたくなる容姿になってきた。

今日帰ってみると、女郎蜘蛛はこつ然と姿を消していた。
空き家のごとく残された大きな蜘蛛の巣。

どこへ行ってしまったのだろう。

どうしてこの場所が嫌いになってしまったのだろう。

あんなに居心地良さそうに、
誇らしげに毎日暮らしていたのに。

忌み嫌っているはずの蜘蛛なのだが、
僕は毎日様子を見ていたのだった。
あるいは、視線を交わそうとしていたのかもしれない。
理解し合っているつもりだったのかもしれない。

いつもそうだ。
相手を失ってからそれに気づくのだ。


秋は美しい季節だ。毎年このときにやってくる。

しかしそれは、本来いつの季節にもそれぞれある美しさを、
いつもより強く求めている自分がいる季節であるのかもしれない。

<写真>
仕事で代々木公園のそばを歩いて、ふと美しく感じた芝生と秋空。
秋は美しさと同時に、どこか空虚感を伴う季節のようであります。

AM 02:38:01 | Comment(1) | TrackBack(0) | [文学虫]

2007年07月24日  Fresh な Water の Goby に会いに行こう。
週末、うちのサイトの掲示板によく来てくれる高校生のkonatuさんと川遊びに行きました!

僕は水中写真をとるために出かけたつもりだったのに、天気は雨・・・。
この時点で僕の今日の楽しみ方は、水中撮影から、konatuさんが会いたかった魚のいる場所で一緒になって見たり捕ったりして遊ぶことにチェンジ!

場所は静岡の清流。
写真の場所は、魚の数は少ないけれど、いかにも水の綺麗な川!って感じのする、気持ちよさ抜群の川。
こういう川があるんだ・・・ってことを知って欲しいから、案内してみました。
普段は超クリアーな水だけでも感動できちゃうんだけど、この日はちょっと増水してて、ただの危ない激流じゃんとも言われかねない状況・・・。
でも幸いにして、ヨシノボリとボウズハゼがわれらを迎えてくれて、楽しむことができました。

僕はジャンクフードフリークだから、koantuさんがもし望めば、ランチはファミレス、ラーメン、マック、ケンチキ、何でもOKできたのですが、
あえて、ご当地の美味しいものをたべるのもいいもんだよ、みたいなことを言って、干物屋さんの横のレストランでお昼。

要するに、僕はやっぱり教育界の匂いが染み付いた体なんですね。
konatuさんと一緒に川に行くはこびになったのも何かの縁で、
僕から何か伝えられる感動があるならば、それを伝えなければ、結局誰にも感動を伝えられないかもしれない、なんて思ったり。

人それぞれにはそれぞれの得意分野が与えられ、その造詣を深め、人間全体、もしくは地球といった大いなる生命の叡智のために知識を還元するという、そんな役割を果たしているのではないかと思うことがある。
僕が何かの感動の伝承の役に立てるかもしれないのにそれをしないならば、僕にしかできない役割を放棄することになるのではないか。

と、そんなことも考える年齢になってしまったんですね、私も。
現象的に見れば、同じものに感動できる友達だから、一緒に遊んで楽しみたい、それでいいんでしょうけどね。

「人は、愛するものしか守ることはできない。
また、守りたいと思ったものがあれば、それを愛しているということにほかならない。」

いつか考え事をしながら思ったことですが、最近、いろんなことについてそう思うことが多い毎日であります。

AM 12:00:07 | [文学虫]

2007年06月03日  「味覚の衰退」を恐れましょう。
<甘えん坊、万歳!の水域>

呆れてもらってかまわないのだが、
偏食が悪いなんて、ひとつも思わない。

好き嫌いは無くすべきという教育の方針は悪いとは思わないが、
好き嫌いがないというのは自慢できることとも思わないのである。

私は好き嫌いが人より若干多い方である。
友人の中には、若干でなく相当多いと指摘する者も多々ある。

もっとも嫌いな食べ物は茄子で、
いかなる調理を施しても食べられなかった。

次いでどうにも困った食べ物がしいたけ。
今までしいたけを美味しいと思った記憶は、
松茸の代わりとして極細に刻まれて使用されている、
永谷園のお吸い物だけである。

以下、青臭い菜っ葉類や和芥子、わさびなど、
挙げるとけっこういろいろ出てくる。

好き嫌いが多いなんて、何歳の口が言うのか。
甘やかされて育ったに違いない。
ぼくちんお子ちゃまだね。
そう人は言う。

しかし、そうかな。

大学生の頃だろうか。
好き嫌いが多いことを自覚していた私は、
自分の嫌いな食べ物が実は美味しくて、
食わず嫌いであったというならばそれはよろしくないと思い、
ひととおり嫌いなものを食べてみたことがある。

結果、95%以上のものが、
やはり食べられなかった。

どうしてこんなに食べ物に過敏なのだろうか。
過敏たる原因はどこにあるのだろうか。
サイエンス・バカでもある私は、
いつものとおり、すぐに原因を追究しようとした。
しかし、意外にもあっさりとひとつの有力な仮説に行き着いた。

過敏とはそもそもどういうことなのか。
それは、敏感過ぎるということ。
人間の五感のひとつでもある味覚が敏感であって何が悪い。

そう・・・好き嫌いが多い人というのは、
味覚が人より敏感なだけなのではないか。
好き嫌いは良くないという教育を受けた結果、
多くの人は味覚が衰退してしまって、
何でも食べられるようになってしまったのではないのか。

それを裏付けるデータとして、誰もが知っているものがある。
「好き嫌いは大人になったら無くなってるものだ」
逆に言うと、好き嫌いは、トラウマという極めて特殊な要因を除けば、
大人になるにつれて増えることはないのである。
それは、人間の五感が老化によって衰退の一途をたどることと一致している。

どんな人が味覚を失わずに好き嫌いを保持し続けるのかと言えば、
それは親や学校の教育を受け入れずに拒み続けた、
頑固で偏屈な人間なのかもしれない。

それはいい。

しかし、味覚の敏感さを失うと、嫌いなものが無くなる反面、
実は食べ物に感じるおいしさも薄れていってしまっているかもしれない。
好き嫌いが悪いことだと教えなければ、好きな食べ物を食べた時の幸せは何倍も大きいのかもしれない。
そして、体に悪いものを食べても、それに気づく本能が機能しなくなるかもしれない。
知らぬ間に毒を食べてしまっているかもしれないのだ。

・・・というような仮説を信じながら、日々を生きている。
この仮説が間違いであると思う事象に遭遇したことは、
今までにただの一度もないのだから、面白いではないか。


●写真
ちょっとコンビニでのジャンクフードチェックを怠っている間に、
コカコーラ社が新商品を出したらしいです。
自販機ではじめて見たときには、
ああ「濃〜い、お茶」(そんなのないか)かなと思ったが、
コカコーラ、濃〜いお茶、ダイエットコーラ、ファンタ・・・という並びは、
知能テストや一般常識問題で出てもすぐにわかるくらいおかしいだろと思ってよく見たら、
コカコーラゼロと書いてあって、びっくり。
その自販機では売切れだし、これは相当うまいのかも・・・と思ってスーパーを探し回ってようやく発見。
飲んでみる。

・・・あれ、別に普通のコカ・コーラなんですけど。
ゼロと言うのだから、ゼロカロリーなのかな?

だとすれば、つまりこれって、
「ダイエットコーラのようにカロリーゼロで、砂糖を使わずに合成甘味料などをふんだんに使用しているにもかかわらず、オリジナルのコカコーラと同じ味を再現することがこのたび可能になりました」
ということなのでは・・・。

・・・売れるのかな、これ。
まあ、「ファンタの法則」に従えば、全国の炭酸中毒の人がどんな味か興味を持って1人1本買った時点で、
それっきり2本目を誰も買わなかったとしてもメーカーとしては勝利宣言なのだろうけど。殿様商売おそるべし。

AM 01:42:48 | [文学虫]

2007年05月21日  時が経つ。
<木々と鍵の水域>

実家に滞在することしばし、
その昔、東京の中学、高校に実家から通っていた頃のことを思い出したりする。

私もいつの間にか、昔のことを思い出すと、当時の空気が独特の甘い感覚をともなってよみがえるような歳になったらしい。

中高生時代の記憶は、およそ遊びの記憶であり、友達と遊んだことや趣味のことがいろいろ思い出される。
ただ特殊なのは、この場所に引っ越してきたのが東京の中学に入ってからだったため、
実家に帰ってきたところでこの近所には友達が全くいないということだ。
今のようにハゼに思い入れが深まったのが大学に入るころだったことを思うと、
当時実家で暮らしながらよく退屈しなかったものだと思う。

実際のところ、大学に入って一人暮らしを始めることへの憧れはあった。
都心のホテルに泊まった時のような、都会的な夜景が窓に広がり、
駅やコンビニには歩いて行けて、電車の時刻表を気にしなくてよい生活。
それを現実に手に入れ、今もその生活から離れたくないと思っている。

しかし、実家の周辺をドライブしてみると、わりといいところがいろいろあったんだなぁ、と思う昨今でもある。
建売住宅地内の実家から車で5分くらいのところにある古墳群。
多数の古墳があるこの一帯は、高原の林道のような雰囲気の道路が古くから整備されていて、
中高生の頃に友達が遠路はるばる遊びに来たら散歩に出かけたりしたものだ。
不思議な紫色にきらめく羽をもつチョウトンボという小さな虫に初めて出会ったのもこの林だった。

鬱蒼とした林の一部が切り開かれ、広大な田園と小高い山の遠く向こうに富士山が見えた。
それは、はるか神奈川の西部の、山に囲まれた清き水の街、
いまこの瞬間に友達がいる街の方向であることを示していた。
姿も見えず声も届かないほど離れているが、
友達の街までは遮るものがなく、僕との間には空気だけしかないのだ。
不思議なことに、友達の存在が一瞬、肌で感じられた気がした。

或る前方後円墳の前に立ち、光を心地よく遮る木々を仰ぐと、
漠然とした甘い感覚がまたもよみがえった。
それは時間の流れが全身の皮膚を通して感じられる不思議な感覚だった。
私が生まれるよりずっと前から変わらずここにあった古墳。
しかし、私が前に見たときとは変わっていたことがある。

木々が育った・・・。

子どもの頃。
木々は自分よりも長寿で、永遠に生き続け、太さも高さも変わらない生き物であると確かに認識していた。
木々の成長は理屈でこそ理解していたが、自分がいくら歳をとったところでその変化には気づかないものなのだと思っていた。
というより、自分の生きるうちには、少しも変化しないものだと思っていた。

しかし本当はそうではなかった。

古墳の裾に根をおろした木は、大きくたくましく育っていた。
それだけの時間がたったということでもあり、
それは、それだけの時間、私が親を放ったらかして生きてきたということでもあった。
木々が育つのには時間がかかるのだ。

時間を大事に使おうと思っても、
満足に時間を操ることはできまい。

結局、私はまたしばらく歳を重ねてからここに再び立ち、
成長した木々に思いをはせることをするのだろう。
そのとき、気楽な自分でいるためには、
自分の扉を開く鍵を手から放してはならないのだ。
鍵は世界にひとつしかないのだから。

写真:実家のそばの古墳群の、或る前方後円墳。
ほかにも円墳、方墳などいろいろあるのだが、この古墳が56番目の古墳ということか。
はるか昔の古墳時代。たくさんの人がここに暮らしてたんだなぁ。


AM 11:14:57 | [文学虫]

2007年04月22日  上りの夜汽車とハリセンボン。
時刻は午後9時半。こんな時間にまだ群馬。

今日は午後に起きて、まあ帰りに終電に遅れるほど遠くはなかろうと思い、西日を浴びて北関東に出発。
時すでに夕方、はるか埼玉の郊外までよく来たもんだ、と思って駅の看板見たら、そこは群馬県だった…。

魚について言えば、○○県に分布して××県に分布しないという言い方は、
県境を人間が勝手に決めた以上、沖縄県でもなければ本来よろしくないわけで、
一方で□□県最北部とか言えばかなり限定された生息地の公開になるという困りものだ。

まあ、群馬で別にいいんだけど、ただ遠くに来た感が余計に募ってしまうところ。


自然界に感動をもらうと、心が洗われる。

普段、何かに覆い被さられるように、理性の陰に心の奥でしか思ってないことや言葉にできていないこと。
自分が自然界の一員であることを無意識に心で感じたとき、それらは湧き水のように言葉となって溢れ出て来る。
僕はそういう言葉を言語として発するよりも、文字で排出する方がうまく言葉にできる脳のつくりらしい。


<ハリセンボンの水域>
自分の体が、本当に自分の管理下にあるのか、
疑わしい昨今ということだ。

言葉は、ときに自分の思いには全然足りなくて、
ときに自分を無視して過剰に排出される。


あの日あの時、あの言葉。新幹線で帰京した夜。
都会のローカル線に乗り、自分の家と違う方向に乗り換えたあの時。

Just the Time to Do ・・・。

なのに僕の言葉はチューブの歯磨き。
すべて使えよと、支配人。
支配人には従わない、歯磨きのチューブ。
従うことができない、言葉足らずのハリセンボン。


あの日あの時、あの言葉。ウィークデイの夜遅く。
何も買わない買い物を済ませ、寒い道路に背を向けて立ち、
タクシーがいくつも通り過ぎたあの時。

Just the Time to Do ・・・。

なのに僕の言葉は缶スープのとうもろこし。
残さず食べよと、司令塔。
司令塔には従わない、スープの缶。
従うことができない、喋りが不得意なハリセンボン。


あの日あの時、あの言葉。妙に疲れた夜。
強がるなら何もしないで大人しくしていればいいものを、
弱さが解読できない文章となってキーボードから流れ出たあの時。

Just the Time to Stop ・・・。

なのに僕の言葉は夜食のチョコ。
ほどほどにせよと管理官。
管理官には従わない、寝る前のチョコ。
従うことができない、一言多いハリセンボン。

それは、ハリセンボンがアルプスの福寿草に対峙したからなのではなく、
レオナルドのモナリザを前にしているからでもない。
心優しいハムスターと共にいるからでもなく、
ただ自分の錠前を開くカギを持つハゼがそこにいるからだ。

他のカギでは開けられないのがカギなのであり、
近づけば自らのハリでハゼを傷つけてしまうのがハリセンボンなのである。

ああ、哀れかなハリセンボン。
ハリセンボンは自分の体を管理して、自分の思うままにハリを寝かせることができない。

ああ、哀れかなハリセンボン。
しかしハリセンボンは、ほかのフグには無い魔法をひとつだけ知っている。
針を筆に変える魔法。千の言葉を書き記す。

ああ、哀れかなハリセンボン。
その魔法は、いつか彼を救う力となるのだろうか。

<写真>
水辺で遊んだ帰り。
土曜の上りの夜汽車は、人より空間を多く乗せて闇の中を疾走する。
それが考え事には絶好の時間だったりする。

PM 01:35:21 | Comment(1) | TrackBack(0) | [文学虫]

2007年03月26日  とうもろこしおばあさん×かにむかし。
さっそく友達にとうもろこしおばあさんを借りた。(3/22記事)

貸してと言ったその日、職場の机にこの絵本が埋まってたという
ミステリアスでファニーなシチュエーションはひとまず置いといて・・・。

これはインディアンの昔話のひとつを絵本にしたものだ。
お話の内容は割愛するが、文面そのものには、
おばあさんが命と引き換えに授けてくれたとうもろこしだから大事にしよう、
というメッセージが込められている。

友達とも話したのだが、絵本というのは文面以外のこともいろいろ伝えているもののようだ。
また、このような昔話のもととなる思想には、もっと汚いものと生命のつながりを訴えるものがあるのだそうだ。

僕が妙に気になったのは、お話の本題ともいえる、おばあさんのパン作りの前に、
おばあさんが旅の途中で泊めてくれるよう頼んでも断られるシーンがあること。

これは、文面上の本題とは関係がないと言ってもよいと思う。
でも、子供たちはここから無意識のうちに学ぶものがあるのかもしれない。
例えば、人間には大なり小なり排他的な性質があって、よそ者を快く受け入れるとは限らないこととかだろうか。

考えてみれば、とうもろこしを粗末にしてはいけません、というような内容の説明文は、
教育の中で僕だって読んだことはあるはずだが、さっぱり覚えていない。
しかし、漠然とかもしれないが、例えばものを粗末にしないというようなことは判断できる。
それは理屈で教わったことではなく、もしかしたら多くの絵本から得た教訓だったのだろうか。

つまり、人間の倫理には、理屈抜きで子供にも理解できるものがあるのかもしれない。
そして、それは子供だけに限ったことではないのかもしれない。
それが文学や芸術の面白さなのかもしれない。

子供の頃の絵本で覚えているものは?とその友達に聞かれて思い出したのは、
「かにむかし」だった。
中でも、カニがサルに柿を投げつけられて死んでしまうシーンだ。

そう・・・カニが死んでしまうシーン・・・。

やはり生き物の死を描いた光景だったではないか!

かにむかしの場合はそれだけではない。
そこから大挙して生まれてくるカニの子供たち。
お話の文面上は子供たちによる復讐の物語だが、
それは、とうもろこしおばあさんにもあるような、
生命の終わりと始まりを描いたものだったのだ。

いま、いろんな絵本を見たら、何を感じるのだろう。
ちょっと興味が湧いてきた。

写真・・・先日スーパーで売ってた毛がに。
買わなかったけど、こういうサイズって売っていいのかな・・・。
このくらいまで育てば簡単には捕食されずにこの先立派に育つかもしれないのに。
そういえば・・・何かの獣の糞から豆を取り出して作るコーヒーがあったはずだけど、
あれとリアルとうもろこしおばあさんは関係ないのかな・・・。

AM 03:43:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | [文学虫]

2007年03月22日  とうもろこしおばあさん。
最近、友達が新聞記事をコピーして僕にくれた。
ある作家先生が奄美の昔話にヒントを得て、死と再生の物語を描きたくなったというお話だ。
「とうもろこしおばあさん」という絵本も、そういった昔話のひとつだそうだ。
これは今度その友達に見せてもらおうかな。

先生のお話自体もなるほど〜と思いながら読ませてもらったのだが、妙に気になることがひとつあった。
先生曰く、店頭に並ぶ野菜や果物は色や形が整っていて不自然でもあるのだが、それは消費者の要望に応じたものである、と。

そのとおりだと思う。
しかし、そんなことをしているのは、もしかして日本人だけなのではないだろうか?

店頭に並ぶ野菜に人工的な美しさを求める時点で、野菜に自然を感じていないのではなかろうか。

人間も自然の一員であるということを、本当に忘れてしまっているのではないだろうか。
あるいは、教えず、また学んでいないのではないだろうか。

「人間と自然の関わり」という考え方はすでにおかしくて、
「人間と、人間以外の自然の関わり」とでも言うのが正しいのだと思う。
それを思うと、いろんな児童教材に使われている文言からも刷り込まれているものがあるのかもしれない。

思えば、僕もそれを誰かに教わったわけではない。
生き物に触れる授業のある学校でもそれは教わらず、
釣りや虫捕りによく連れて行ってくれた父親でさえ、
それを教えてくれたわけではなかった。

では、何からそれを学んだのか。

多分、こういうことなんだと思う。

僕の脳裏に鮮明に焼きついて離れない光景はいくつもあるが、
思い出すと今も肺の下の方のあたりが硬直するような感覚を覚えるものは決まっている。

どれも生き物の死を目にした光景だ。

僕は思ったことや伝えたいことを、
口で話すより文字で表す方がずっと楽なタイプの脳のつくりらしい。
だからあえてその光景を文字にすれば、
読んだ人にも、その光景から僕が受けた教育を同じように伝えられるかもしれない。

つまり、凄惨な戦慄が走る表現に違いない。

幼稚園生のころ。
僕は、友達のだいちゃんと家の近所を走り回りながら、よく虫捕りをしていた。

しかし、その日はたまたま一人で虫捕りに出かけた日だった。
開けた道路の中央にこげ茶色の動物が横たわっていた。
猫だった。
どんな顔の猫だったのかわからなくなっている。

僕は、その光景を胸に焼き付けなさいと誰かに指示されたかのように、
しばらく間近でそれを凝視した。
そして、焼き付け終わったとたん、遠くへ全力で走り出した。
何故だかわからないが涙がたくさん出た。

気を紛らわすように、いつものように虫探しをしようとしたが、
目が泳いで、虫に焦点が合わない。虫を見つけられない。

不思議なことに、その次の日もその猫に会いたくなった。
場所は開けた道路。その猫はその日もそこにいた。
しかし、近づくことはできなかった。
もうその光景を焼き付けたのだから、
無理にそばに来る必要はない、そう言われた気がした。

そしてその猫がそこからいなくなるまで、
毎日同じ日が続いた。



小学生のころ。
どこかに旅行に連れて行ってもらったときのこと。
虫捕り網を買ってもらって、トンボ捕りをした。
当時の僕は、虫たちといつも真剣勝負をした。
簡単に勝てる虫と勝負してもつまらない。
しかし、一度も勝っていない虫も中にはいる。

オニヤンマ。

その日、涼しい林の中を通る道路のような場所で、その虫は現れた。
しかし、何度網を振っても、その虫は人間には不可能な動きを空中で見せて、誇らしげに去っていく。
最後、その虫を仕留めたのは、僕だったか、あるいは父親だったかもしれない。それはどちらでもいい。
捕まえたっ!

網に近寄って、その強敵の姿を見た。

それはあまりに無残な敗者の姿だった。
首の向きが普通と違う。
不安定な視線をこちらに向けて、弱々しく足を動かしながら、必死に何かを訴えようとしている。
そのときも、何者かが、
この光景をよく覚えておきなさい、
と自分に言った気がした。
親の前だったからだろうか、涙は見せなかった。

このオニヤンマは、力で僕らに負けていたのではなかった。
ただ不運であったか、あるいは僕に何かを教えるためにわざと負けたのか。

不思議なことに、
僕は、僕らに負けたオニヤンマを見つめながら、
人間は、空中戦で虫に勝つことはできないんだと悟った。
空はトンボたちの世界であって、人間の世界とは違うんだ。

それから僕は、虫と勝負するときに、
やみくもに武器を振ることをしなくなった。
すぐに捕まってくれる虫は友好的で、勝てない虫は強敵だと思っていたのだが、
このときを境にすべての虫が友好的に見えるようになった。


こういう経験がほかにも何度かある。
そのたびに僕は何者かの意思を感じた気がする。
それは、自然界という大きな意思が、
そこで命を落とした1匹の生き物の意思となって、
僕に語りかけてきたようにも思う。
そして、その大きな意思は、機会さえあれば誰にでも語りかけてくれるのだと思う。

死を学ぶことは、命を学ぶことなんだと思う。
何を学んだかは非常に抽象的なんだけど、
こればかりは理屈に換算しないままの方がいいような気がする。
しかしそれは、自分にとって何かの命綱になっていて、
崖っぷちで道を踏み外さないように導いてくれるもののように思うのだ。

ただひとつ、気になることがある。
人間は涙を自分の意思で流すのではない。
悲しいときや嬉しいときに、
それを自身に自覚させるために、
ほかの何者かの意思が涙を流させるのだ。

<写真>
奄美大島に行くと、何者かに引き止められるようにして、必ず車を降りてしばらく眺めてしまう、役勝川河口の広大なマングローブ。

PM 01:35:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | [文学虫]

2006年12月12日  自由が丘の古本屋にて。
友達の影響で萩原朔太郎の作品になにかが響いた私。
そして、あわせて佐藤垢石という人の存在を知り、
なんと古本屋に足を向けることに。

文学を全然知らない僕にしてみたら、大冒険だ。
ていうか、古本屋がどこにあるのかをまず知らない。
と、唯一古本屋のある光景を思い出した。

自由が丘。

この街は結構好きな街で、お気に入りのシャツを置いている店があったり、
スーツにも合う、ちょっといい感じの雑貨を置いているお店があったりするから好き。
この街の中に、お店の外にも本が並んでいる、小さな古本屋があるのを思い出したのだ。

こういうの、思い立つとすぐに行きたくなるので、早速見に行ってみた。
すると・・・

佐藤垢石の本は無かった。
文学ビギナーの私は、佐藤垢石がメジャーなのかマイナーなのかも知らない。
こないだ行った資料館で大きく紹介されてたからこそ邂逅のあった作家なわけだが、決してメジャーな作家ではないようだ。

そのかわり・・・またひとつ面白い本に出会った。

「ミジンコの都合」

私は、ミジンコというと一人の音楽家をすぐに連想するのだが、この本はまさにその音楽家「坂田明」と動物行動学者「日高敏隆」という人がいろんな身近な生き物について好き勝手に対談した様子が記録されたもの。

自分もその場で喋っているような、
「そうそう!そうなんだよね!」
というような感覚で読める、とても楽しい本。

古い本とはいえ、200円とはお買い得。
本を天下の回り物であることはすばらしいことだと同時に思う。

ていうか、こんなこと言ってる私、おかしいぞ。
文学とはひとつの接点も無く歩んできた私。
読む本といえば魚や自然科学、理工書などばかりであった私。

それが今、友達おすすめの蛸の詩も、教わるやすぐに本屋で購入するも、なんと猫町をもう一度読みたくなって2回目に突入して、蛸の詩はまだ見えてきてもいないという、この異常事態。

ああ、最近ホントに記憶力が落ちてる気がするし・・・今すぐナイトヘッドを開放して、もっと多くのことを記憶にとどめておきたいなぁ。

AM 02:12:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | [文学虫]

2006年12月06日  夜汽車と青ガエルに想う。
会社帰りに渋谷を歩いてびっくり!
ビグザムのような鮮やかな緑色をした車体が、若者の待ち合わせスポットにドーンと出現している。

このカラーは知っている…。

東急の電車が銀色になる前、東急の車両といえばこの緑だったのだ。
といっても僕はぴったりその世代なのではなく、僕が電車好きの坊やだったころには、目蒲線や池上線に細々と残るのみだった。

緑の車両の中でも僕は3800形というかなりマイナーな車両が好きだったが、渋谷にいま現れた車両は最も個性的な姿で青ガエルの愛称で親しまれた5000系だ。

現在、東急各線で活躍する最新車両も5000系という型番だが、少し傾斜のある先頭部や、正面から見て一番上と下にヘッドライトとテールライトがあること、初めに走り始めた田園都市線の車両には緑色のラインがあることなどから、今の新5000系はこの青ガエルを強く意識した車両なのだと僕は思っている。
何より、名前が5000系なのだから。

そういえば、新5000系の前に目黒線に登場した新3000系という車両、それまでの東急の車両とは全然違う車両を作ったもんだと思っていたが、今思えば僕か好きだった3800形を含む3000系列に似ていなくもないぞ。
こっそり味なことやってる東急さんのそういうとこ好き。

それにしてもよく残ってたもんだ。しかも、状態がいい!
次にもし新6000系なる車両が登場するなら、あんな感じの車両が走るのかなぁ、なんて想う、秋の夕暮れ。

しかも、携帯で撮ってもなかなかきれいに撮れるものよのう。
カメラを知ってる人にはわかる、いろんな機能が携帯にも実は備わっているらしい。
露出補正なんか、実に使いやすい操作でできるし。
でも、この携帯はブログ投稿できない・・・。
何かが欠けているものほど愛してしまうのは人間の不思議な性質でもあり、最も必要な感性のひとつでもあるんだよね。

さて、先日、出張の帰りに哲学および文学したこと。↓


<発すべきものの水域>
水郷地方に出張した帰り。
日も暮れて漆黒に囲まれた終着駅から、4人掛けの席に下品に足を組む。
高校生や、仲のよい老夫たちの声が車内に飛び交う。

私の座った席は気付けば蛍光ランプが切れていて、薄曇りの星空のような車窓をほかの席よりも幾分はっきりと映す。
しかし、よく見れば自分の姿も映っている。
離れたの席の車窓には、逆の視点から見た自分がよりはっきりと映る。
この電車の中に、私は何人いるのだろう。

どうやら、私は体から何かを発しているらしい。
発するものがなければ、反射もしない。

逆の視点から見た自分は悪くない。

しかしそれは逆の自分だ。
自分の発したつもりの姿は相手に届いていない。
私は自分の発するものについて、いま一度考えなければなるまい。

出し惜しみと誤解と後悔の潮汐に打ちのめされないための踏切板が自分の内に必要のようだ。

AM 12:24:43 | [文学虫]

2006年11月25日  萩原朔太郎と佐藤垢石とハゼの邂逅。
先日友達に無理やり同行して、美術館だけでなく、珍しく文学系の資料館も訪れた私。
美術が面白くなり始めたのもわりと最近だし、文学には全く興味を持ったことがなく、一般的な常識すら持っていません。

しかし、意外にも、そして不思議にも心に響くものがあり、自分でも驚きました。
どんなことを感じたかというのは語ると長くなるのだけれど、ひとつ思ったのは、身のまわりのものを一度見つめ直してみようということ。

気まぐれに哲学してみるのがもともと好きだった私にして、ブログで哲学というのはどこか必然でもあったのかもしれませんが(一部、変な哲学入ってることを書いてきた気もしますが)、せっかく考え事をした時には書いて残しておくのもいいかなと思ったのです。

この週末は実家に滞在。来る途中の電車の中はちょうどいい哲学タイムとなりました。
てことで、第1弾です。

**********

<ハゼの水域>

ハゼとは何か。

毎年、秋になると釣りの対象として、揚げ物の対象として人々に狙われながら人と共存してきたハゼ。
釣りをしない人にはその容姿を認識されていないかもしれないのに、なぜか名前は知られているハゼ。
いつしか、僕の一番の興味の対象となって、僕によって世界にその存在を少しだけ知らしめたハゼ。

ハゼは飼ってて楽しいですね。
そう言う人のハゼは、僕の思うハゼに近いのかもしれない。

ハゼってみんな体が細長いんですね。
そう言った人がそのハゼを見る前に思っていたハゼは、僕の思うハゼとは違っていたかもしれない。

君はハゼに似ているし、ほんとはハゼなのに違いない。
そう僕に言った人のハゼにいたっては全く見当がつかない。
ハゼは嫌われる魚ではないものと信じたい。
その人が或るハゼに似ているからそう言ってみたら、
その人はやめてくださいと言ったが・・・。

つまるところ、ハゼの定義は人によって違うのだ。

しかしながら、ハゼが好きだと言い切る人がいるならば、
その人々は2つの定義のうちのどちらかを明確に想い描いているのだろう。

ひとつは、白身で淡白な身が美味しい魚。

もうひとつは、スズキ目ハゼ亜目(Gobioidei、いわゆるGobyおよびGudgeon)の魚の総称。

ハゼがこの世に生きる場所を失う時、ハゼを全力で守ろうとするのは、
いずれかの定義を抱いている人間であろう。

人間は守る対象と守る理由について認知していなければ、言うだけならともかく、実際に守ることはまず出来ない。
或るものが傷つきやすいことや滅び逝くこと、目の前から去ってしまうことを知っているだけでは、そのものを守ることは出来ない。

そうか、だから僕は世界にハゼの存在を訴える。
僕はハゼの世界のあらましを訴えたいのではなかったのだ。

或るものを知ろうとしなければ、守ることはできないぞ。
そのことを忘れたまま、守ろうとするのはおかしいことなんだ。

生まれて数時間で川の上流から海にまで下り、
海で友や兄弟を失いながら、
川に帰ってすぐに僕の手に捕まり、
幸か不幸か7年の時を僕と同じ部屋で過ごした或る小さな5センチほどのハゼ、
ヨロイボウズハゼが今、老いを見せ始めた。

ヨロイボウズハゼと、朔太郎、垢石、そして文学好きの友。
その叡智が今、僕を刺激した。

僕はその刺激を、いつまで”のすたるぢや”とせずに生きられるだろうか。

(写真:我が家の水槽で7年になるヨロイボウズハゼ Lentipes armatus )

AM 12:23:40 | [文学虫]

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プロフィール
名前たろう
URLhttp://www17.tok2.com/home2/tarogoby/
年齢ハイジと同じくらい
ボウズハゼ類とヨシノボリの飼育、生き物の現状と保護などについて考えるサイト「Freshwater Goby Museum」を運営しております。

新聞読まない人に捧ぐ。

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