蘇 州 夜 曲
中国は蘇州に切っても切れない縁を持ってしまったわたくしの、 面白いと思ったことや驚いたこと、そのほかあれこれをつづります。 別名・蘇州とほほ日記…。(文中の中国語で、カッコ内がひらがなの読みは蘇州語です) >>>>since 2005 Jan. 09<<<<
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プロフィール
名前
りんすー
血液型
B型
星座
天秤座
ごく普通の蘇州人を配偶者に持つ、ごく普通の静岡人です。
HNは本名の蘇州語読みです。
四声は"りん2すー4"。
ご訪問ありがとうございます。
親しい友人に、蘇州での生活&怒濤の育児状況を伝える為に始めた日記です。最近は検索などで毎日とっても沢山の方がアクセスして下さるようになりました。
ありがとうございます。
筆者は現在、家族で日本をベースの生活を開始したところですので、リアルタイムの蘇州情報(ガイドブック的なもの)は殆どお届けできませんしするつもりも無く、自分がそれをする意味もないと思っています。
しかし、蘇州に住む大多数の
普通の中国人(蘇州人)の習慣・生活
などについては、結構詳しく知ることができるのではないでしょうか(但し、やや思いこみも入ってます…)。
それはともかく、ご意見・ご感想など、どうぞお気軽にコメント欄にて突っ込みお願い致します。
蘇州にお住まいの方のご意見も戴けると嬉しいです(^^)。
*現在、すくすくBLOG内にて(主に)海外からのコメント規制がかかっているため、コメントの書き込みができない場合があります。宜しければ、上の「プロフィール」欄にあるメールマークから「メッセージ」にてお送り下さい。こちらでそのままコメントに転載させていただきます。
*すくすくBLOGの構成上、過去記事にコメントを戴いた場合、気が付かないで長時間経ってしまうことが多々ございます…。申し訳ありません…。前月以前のコメントでしたら、最新記事に、●月●日の記事について、とコメント戴いても構いませんのでよろしくお願い申し上げます。
*
楽曲
「蘇州夜曲」
について当blog内での記事はこちらです。
*蘇州とほほ生活日記
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2005年春節篇
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2009年06月28日 コミーはつむじ風
私は今はそうでもないんですが(というか今はすっかり浦島太郎状態ですが)、かつてかなり熱心なプロ野球ファンでありました。かつて。えーと、それはですね、ロッテがまだオリオンズだったとか、ホークスが南海だったとか、横浜が大洋で20年以上優勝してなかったとか、牛島元横浜監督はやっぱり「牛島クン」だろう!とか、加藤哲郎が巨人なんてたいしたことないと言ってたとか、渡辺久信現西武監督が前髪をかきあげていた頃のことです(う、古っ)。
当時の私は、東京都練馬区民でしたが、大洋とロッテのファンで、月に2〜3回は川崎球場か東京ドームに通っていました。ついでに、浦和のロッテ二軍球場には月に1回通ってました(笑)。ロッテの女性専用ファンクラブ「Ure-Pクラブ」にも入っていましたよ(げげげ)。そして、当時、むちゃくちゃ好きだった選手のひとりが、ドラフト1位でロッテに入った小宮山悟投手でした。
この人は、1年目からきっちり結果を残していたのもそうですが、当時すでにいい年(2浪して大学に入ってた)だったので、新人なのに発言が異様に大人だったところが好きでした。
彼の言った言葉で、もう20年ちかく経つのに忘れられないことがあります。
それは、「野球選手、特に投手というのは女性と同じ。仕事ができるのは30まで」というものでした(言い回しは違いますが、内容はこういうこと)。だから自分は30までバリバリ働きまくる…みたいな話でした。今こんなこと言ったら、各方面から叩かれまくりです。たぶん、言った本人は忘れているんじゃないでしょうか。
で、結局どうなったかというと、小宮山投手は今でも投手で現役で、パ・リーグでは一番の年上になりました。現在横浜にいる工藤投手も、小宮山投手も、20代前半の頃はこんなに長く本人の意思で野球をやる選手だとは思いませんでしたね(てか、元大洋ファンとしては、デニーが一昨年まで現役だったことが一番びっくりでした)。
今はもうすっかり野球選手も知らない人ばかりになってしまいました(コーチとかのほうがよっぽどなじみがありますな)。けど、たまにニュースや記事で当時の選手(しかも自分より年上)がまだ頑張っているのを見ると、やっぱり自分もなんとかしないと、と思うものなんですな。
PM 09:47:10 |
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[日記]
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2009年06月18日 「鹿鼎記」その2
このところすっかりご無沙汰しておりまして…
いやー、豚児の風邪をすっかりうつされてぐったりしていたり、新しいPCソフトを買ってあれこれいじっていたり、けっこう仕事も頑張ってたりして(笑)、まあ家族みんななんとか元気に生きてはいます。
最近、言葉についてこれは面白いな〜と思うことがあって、それは「国際結婚家庭におけるコードスイッチング、ダイグロッシア、それにバイリンガル」についてのことなんです。まだまだここに書けるほどの知識もございませんですが、中国人(それも蘇州人)の家族である自分としては非常に興味深く本を読んだりしています。
因みに我が家の豚児はちっともチュウゴクゴを習得してませんねー(とほほ)。とはいえ、元々、就園前まで市の管理で「様子見」していたほど言葉が遅かったので、日本語だけでも喋れるようになってくれて万々歳です、ホントに。
えー、やっとタイトルに。
以前も書きましたが、「鹿鼎記」。毎週見てます。日曜日の午後はチャンネルnecoにつきっきりです。
もうね、これが毎週突っ込みどころ満載なんですけどね(笑)。
特に先週(今週?ワタシが見たのは14日放送分)の、
「麗春院の壁を壊して女性達を乗せたままの寝台を運び出す」のあたり。
あんなことしたら、同じ建物で寝起きしているお母さんにどうやってもバレると思うんだけど…
つか、その前にあんな大騒ぎの立ち回りがあれば、もっと簡単にバレるんじゃないですか?お母さん、あの夜、一服盛られてはいなかったですよね?
帰鐘の年齢設定もわかんないし、というかその前に小宝は18くらいの設定のはず?うーむむむ(爆)
それにしても、私は見た事がないんですが、梁朝偉(トニー・レオン)もこんなことやってたんだなあ…と思うと感慨深いです。因みに、この梁朝偉&劉徳華(アンディ・ラウ)バージョンは未だに大変な高評価で、あれはヨカッタ、という中国人は多いそうですな(うちの夫含む)。
なにはともあれ、あと12回くらい(ということは6週間)。終わるのがつまんないですねえ。これを機に、本格的に武侠ドラマでも見続けてみようかしら…。。(なんかこのドラマは全然武侠じゃない、と専らの評判です)
AM 11:34:41 |
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[読書・ドラマ・DVD・CD]
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2009年06月04日 マスク
先週、豚児の仲良しのお友達が高熱&咳で数日間お休みしました。
この手の風邪がここ2〜3週間、幼稚園で流行っていて、半月ほど前には学級閉鎖も出たほどです。時期が時期なのですわインフル?といろめきたちつつも、結局季節性でもなく「こういう風邪が流行っている」という感じでした。
で、今週は豚児がみごとにその風邪をどこかから貰いました。そして昨日の朝に熱を出し、1日ぐったりと休んでいました。今日は元気が大復活し、1日中家の中を走り回っていましたが、若干微熱があるのと咳がひどいのでお休みしました。所用で園に行った際、明日も欠席の旨を先生にお伝えしましたら、なんと豚児と同じテーブル(6人がけ)に座っている子が3人(しかも横並びの仲良しさん)、「高熱と咳」で休んでいるそうです…ああ、そりゃ豚児から移ってるよ…(とほほ)。
豚児は家の中でマスクをしないので、殆どバイオテロ状態と化しており、いつ家族が発症しないか綱渡り状態です。
仕方がないので、私は真面目にマスクをつけていますが、他の家族(母、夫)は無防備です。どーするんだ、全員共倒れになったら(しかもその頃は豚児元気一杯)。
静岡でも町中の薬局からマスクが消えて既に3週間くらいたつのでしょうか。我が家はこの冬に常備してあった箱入りマスクの残りと、連休中に買った箱入りがひとつあったので、130枚くらいは備蓄しています。それだけで十分なのですが、先日、夫が蘇州から荷物を送ってもらう際、やたらと沢山のマスクを同梱してくれました。
それが写真の製品です。
よく、医療ドラマや漫画で見る、頭の後ろでひもをしばるタイプのマスク。いやー、プロっぽいですねー(笑)。
早速今回使わせてもらいました。
まず、とにかく、着用しても眼鏡が曇らない。これはポイント高いです。
ただし、油断してるとあごの当たりから空気が漏れてます…それとやっぱりかなり大仰なので、外出するのははばかられる気がします。
というわけで、当面家の中だけの使用になりますが、ぼちぼち使わせてもらおうと思っています。
PM 10:09:48 |
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[蘇州で見つけたモノ]
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2009年05月18日 あいうえおにぎり
昨日の朝食、豚児がおにぎりを作ってくれました。
以前から時々、
「こんどマーにおいしいものを作って食べさせてあげる!」
と言っていたものですが、昨朝、朝ご飯のしたくをするよー、と言うと突然「おにぎりつくってあげるー」と言い出したので、作ってもらいました。
豚児はここ1〜2年、やたらとおにぎりが好きで、白いご飯が食べきれなくなると自分で握ってはおにぎりにし、食べています。おにぎりだと不思議に食べきれるらしいんですな。
具は特になんでも良く、たらこ・梅干し・ツナマヨ・おかか・こんぶ…なんでも来いなので楽です。
この朝のおにぎりは、具はなくごま塩だけの実にシンプルなおにぎりでした。
大きさもまちまちで、形もまちまちですが、その心意気や良し。
これからもどんどんいろいろ作って行ってもらいたいもんです。
中国人は冷たいご飯がどうしても許せないそうなので、おにぎりというものが一般的ではありませんが、これが食べられるといろいろ楽でいいなあ、と思いますねえ。
PM 02:15:31 |
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[育児]
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2009年05月17日 2003年春
新型インフルエンザの国内感染が拡大中です。
でもこれ、絶対にとっくに色々なところに広まっていて、もう罹患して完治した人、というのが相当数いるような気がします。
発表によると、メキシコでは既に2月頃からかなり広まっていたそうですし、日本で新型インフルエンザの検査が始まったのはつい最近ですから、それ以前の、単なるA型インフルと言われていたものの相当数は実は新型だった…ってことはあるんじゃないでしょうか。一般の個人病院などのインフル検査は簡易検査とその判定で終わりですから。
思えば4月半ば、幼稚園の保護者会でも、最近はまだインフルエンザが例年より長く続いて、市内の幼稚園・小学校でも学級閉鎖が多い…という話を園長先生がしていました。あれだって、実は…ということが無いとも言い切れないのでは…。
実は我が家ではこの冬は珍しく誰もインフルにかからなかったので、今年の免疫はついていません。うーむ、今さら季節型にかかるのも嫌だけど…。
2003年の1月、私は中国で毎日死にたいと考えてながら妊娠生活を送っていました。異様に胎教に悪過ぎる考えでしたが、いやー、それほどツワリがひどかったんですな。その頃、広東省でインフルエンザが大流行し、蘇州でも流行り始めた…というニュースが流れ、我が家では家のあちこちに煮沸した黒酢のお皿が置かれました。何故だか中国ではこの「酢を煮沸したものを置くと消毒になる」という説が(けっこう全国的に)流布しているそうで、家の中がお酢臭くて参りました(ただでさえ毎日、1時間に2回くらい吐いていたのに…)。その時、夫がつまずいて壁に黒酢をまき散らした後が、今でも寝室に残っています(とほほ)。
そしてそれが、あの春に全中国(と世界を)震撼させたSARSの始まりでした。
私は妊娠当初、5月に行われる父の1周忌に合わせて帰国→7月出産、というスケジュールを立てていました。それが、妊娠発覚後わずか2週間でのスピード入院→ものすごく辛い→早く帰りたい…の気持ちが強くなり、肉体的・精神的に限界が来たため、春節休みの2月初めに帰国となりました。この頃はまだまだSARSもたいして騒がれていなかったんですが、3月になった途端に空港にサーモグラフィが導入され、中国からの入国に制限こそなかったものの検疫が強化されるようになったので、予定通り5月帰国にしていたら大変な事になっていたと思います。当時、家族を引き上げさせた駐在員も多かったですよね。おかげで我が家の商売(日本料理店)はすっかりあがったりでした…。
中国国内はもっと大変で、都会から田舎へ帰省しようとしても村の入り口にバリケードが貼られ、外からは入れてもらえないし中からは出られない…という村落があちこちにできてしまいました。春節は過ぎたものの5月の労働節連休もありましたし…。
蘇州でも街のあちこちに消毒薬を毎日まいていたそうで、その匂いがキツくて本当に嫌だった、とうちの家族は今も申しております。
ただでさえインフルエンザって感染力が強いので、一人が罹患するとあっという間に家族に広がって、一週間から二週間、まるで家の中が機能しなくなるものですが、これに加えて登園停止で一週間豚児が家にいるとか、そっちを考えてもやっぱりユウウツになります。
うーむ、なんだかいろいろと、困ったもんだ…。
PM 09:08:29 |
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