Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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勝ち負け人生
奇跡は確実に起きている。

大学時代の友人ヘチマ顔のノナカと東京駅地下街のカフェで話をした。
昨年、医師から余命宣告を受けたノナカの奥さんの命が、期限を4か月過ぎても続いていた。

末期ガンだと宣告されたとき、ノナカの奥さんは手術を放棄しようとしたが、ノナカが懇願するので手術を受けた。
その後、一度昏睡状態に陥ったが、回復した。

ノナカの奥さんは、昨年の10月から年末まで、入退院を繰り返していた。
だが、今年に入ってからは、月に一度の検査入院以外は医師の世話になることはなくなったという。
家事も百パーセントではないが、ノナカに頼らずにこなしているらしい。

ノナカが言った。
「なあ、奇跡は起きるのかな?」

いや、それは違うだろう、ノナカ。
奇跡は、もう起きているんだ。

俺たちはいま、その奇跡が永遠に続くのを目の当たりにする幸運を手にしているんだ。
俺は、その仲間に加えてもらって、嬉しいよ。

ヘチマの醜い泣き顔は見たくなかったから、私はうつむいて密かに目から水をこぼした。

書き忘れたが、私の斜め前に、芋洗坂係長氏にしか見えないカネコがいた。
カネコの泣き顔もブサイクだった。

カフェの店員に追い出されたとしても文句は言えないほど、我々三人の姿は迷惑だった。
営業妨害と言われても弁解はできない。

だから、追い出されないために、カネコをいじることにした。

塾長! 今日はお忙しいところ、ご苦労様です!

立ち上がって、最敬礼した。

カネコは、大学卒業後30年以上勤めた会社を今年の2月に辞めた。
そして、4月1日からノナカが東京で経営する2つのミニパソコン塾の塾長になった。

おまえ、なんで、あと3年、定年まで無事勤め上げようと思わなかったのか。
給料もかなり減っただろうに。

何を考えているんだ!
リアル「紅の豚」は。

「他にオオクボ先輩の会社の相談役もやらせてもらうことになったから、それほど大きく稼ぎが減ったわけじゃない」

オオクボというのは、私の大学陸上部時代の友人で、東京南新宿でコンサルタント会社を経営する生意気なやつである。

だが、もっと生意気なのは、この芋洗坂係長だ。
カネコは、私より2年後輩なのに、私を「おまえ呼ばわり」する無礼者だ。
そのくせ、私と同い年のノナカやオオクボに対しては「先輩」と呼んで、礼を尽くすのである。

豚のくせに、誰のおかげで、二足歩行できるようになったと思っているのだ。
私は、荻野千尋のように優しくないから、豚のまま「神隠し」してもいいのだぞ。

・・・と心の中で毒づいていたら、豚が、「決定的だったのは、オオクボ先輩の言葉だったな。俺が会社を辞める決心をしたのは・・・」と鼻をブヒブヒさせた。

「客観的に見て、俺たちにはマイホームがあるし、社会的にも必要とされている。仕事のスキルもある。
普通に考えたら、俺たちは、おまえに10対0で圧勝だ。楽勝だ。
だけどな・・・オオクボ先輩は、おまえに勝った気がしないって、いつも言っていたんだ。
俺もこのままでいたら、絶対におまえには勝てないと思った。
だから、会社を辞めることにした」

よくわからない理屈だが、もし人生に勝ち負けがあるのなら、俺はおまえたちにボロ負けだろう。
それは認める。

「いや、ノナカ先輩も俺も、オオクボ先輩と同じで、まったく勝った気がしないんだ。
それは3人の共通意見だ。
なんでだろうな?」

それは、最初からおまえたちが勝っていたのだから、いまさら勝つ気がしないということじゃないのか。
相撲で言えば、俺は最初から土俵を割っているのだから、勝負にならないということだ。

「いや、それは違うな」と、ブヒブヒ。

「オオクボ先輩は、何年も前から、都議選に出ないかって誘われているが、断っているそうだ。
その理由がわかるか」

あいつは、元々は長野の山奥から出てきた田舎者だから、都議になるのが恥ずかしいんだろう。

「違う。都議会なんかに立候補したら、マツに笑われるって言うのが理由だ」

そうか、しかし、俺はその程度のことで笑うほど、楽しい性格はしていないぞ。
ただ、顔をペロペロするかもしれないが。

「ほら、そういうところなんだよ!」と、ブヒブヒ。

どういうところなんだよ!

「わからないよ。でも、俺たちは、おまえの前ではいつも力が抜けるんだ。
人差し指一本で倒せそうなのに、倒してはいけない気になるんだ」と、今度はヘチマ顔のノナカ。

それと同じようなことは、喧嘩の達人である友人の尾崎にも、言われたことがあった。

「おまえのことを倒すのは簡単かもしれないが、倒してしまったら、俺が惨めになる。
だから、俺はおまえを倒すことは一生できないだろうな」

要するに、それは、俺の立ち位置が哀れだってことではないのか。
あるいは、俺がルックス的に天使だから、傷つけたくないとか。

天使過ぎるのも・・・なんか・・・・・・・罪だな。


おや? 空気が一気に冷えたか・・・・・。


そんな風に空気が冷えたところに、20〜29歳に見える、どこかの企業の制服を着たお嬢さん二人が、我々のテーブルの前にやってきて、カネコに聞いた。

「あのぉ、芋洗坂係長さんですよね?」

いや、彼は本名カネコ ユウキという一般人です、と答えたのは私だった。

だから、芋は洗いませんし、手も洗いません、尻も洗いません。
ただ、皿は洗います。
さきほど、そこの厨房で皿を洗ったのは彼です。
つまり、彼は皿洗坂塾長なんです。
人違いです。

私の説明に、目を見合わせた二人は、ブヒブヒ言いながら何も言わずに店を出ていった。
あれ? レジを素通りした?
無銭飲食か?


ふたりが店を出たあと、ヘチマと芋洗坂とガイコツの間に、すきま風が流れた。
そして、二人は、コソコソと私の悪口を言いだした。

「先輩、こいつは自由人だと思っていましたけど、ただの非常識男だったんじゃないでしょうか」
「ああ、人とまともな会話ができない人間失格かもしれない」
「相手にしないほうがいいかもしれませんね」
「たしかに」

私一人、まるで1月の青森県酸ヶ湯温泉の白い景色に取り残されたような気がした。

寒さが身にしみたので、コーヒーのお代わりを注文した。

新しいコーヒーが芳醇な香りを運んできたとき、先ほどのお嬢さんたち二人が店に入ってきて、またブヒブヒと我々の前に立った。
「あのぉ、これにサインをいただけますか」

店を出て行ったのは、色紙を買うためだったようだ。
つまり、カネコのことを本当の芋洗坂係長氏だと思ったということだ。

ノナカとカネコは、まるで2年間付き合った恋人同士のように、見つめ合った。
そして、ノナカが立ち上がって言った。

「あの・・・お嬢さんたち。こいつは、本当に芋洗坂ではないんです。似ているかもしれませんが、カネコ ユウキという普通の男です。だから、サインはできません」

ノナカが頭を下げたあとで、カネコも立ち上がって、頭を下げた。
頭を下げると、二人とも薄い頭頂部が目立った。
思いやりのある私は、その光景を見なかったことにした。

しかし、頭頂部を5秒ほど凝視したふたりは、目をまん丸にして、口元を抑えながら小さな叫び声を上げた。

「あらあ!」
「本当にぃ! や〜だぁ!」

そして、顔を見合わせたあとで言った。

「でも、この二人が言うんだから、間違いないわよね」
「ごめんなさい。私たちの間違いでした。失礼しました」

ふたりのお嬢さん方は、深く頭を下げたあとで自分たちのテーブルに帰っていった。

つまり、ここでは一つの事実にたどり着くことができた。
おふたりが、私の言うことより、ノナカとカネコの方が信用できる、と判断したということだ。


ノナカとカネコが、2年半付き合った恋人同士のように、また見つめ合った。
そして、興奮を抑えきれない顔で頷きあった。

「ノナカ先輩。今のって、俺たちの勝ちですよね」
「ああ、勝ちだ。今のは確実に勝ちだ」

二人で、ブヒブヒと勝ち誇った。
ヘチマも「ブヒブヒ」鳴くとは知らなかった。


おまえら、そんなつまらない勝ち負けにもこだわるのかよ。
本当に、顔をペロペロしてやろうか。



しかし、ちょっとだけ悔しく感じたのは、なぜだろう?・・・・・へっくしゅん(RADWIMPS)



2016/04/16 AM 06:32:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



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