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● マッサオ |
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息も絶え絶えに、3階までの階段を上った。
4月26日午後1時47分、杉並の建設会社のドアを体をぶつけるようにして開けた。 その私の姿を見た事務の男性が、「どうしたんですか? Mさん、顔が真っ青じゃないですか」と言った。
シュレックじゃねえよ!
「・・・あのぉ・・・・・すみません、Mさん。シュレックは青ではなくて緑なんですけど」
あ・・・・・・たしかに。 私としたことが・・・・・。
武蔵野のおんぼろアパートから自転車で、杉並高井戸の建設会社に行く途中で、持病の不整脈の発作が出た。 しかし、約束の時間に到着しなければ、どんな嵐が吹き荒れるかわからないので、脈が不規則に飛ぶのも構わずにペダルを漕ぎ続けたら、極度の酸欠状態に陥ってしまったのだ。
申し訳ありませんが、わたくしにギミ・ゥワラ。
「ワラですか。ワラは最近使いませんねえ」
いえ、ゥワラですって。 ルック! マイ・リップ! リッスン・トゥ・ザ・プラナンシエイション。
「ああ、くちびる、真っ青じゃないですか!」
シュレックじゃねえよ!
「いや、ですから、シュレックは緑なんで」 (チープなコントですな)
あのぉ・・・とにかく、水をくだされ。 申し訳ないですが、2杯ほど、お願いいたします。
「ああ、ウォーターのことですね。水道水でいいんですか」
トーキョーノ水ハオイシイデスカラ。
2杯立て続けに飲んで、少し落ち着いた。 あー、生き返った!
「でも、まだクチビル真っ青ですけどね」
草刈マッサオじゃねえよ!
微妙な沈黙。
いま事務所にいるのは、20代の男の事務員2人と40代の女性事務員1人だけだ。
彼らは、草刈マッサオ氏を知らない世代なのかもしれない。
やっちまったな・・・と思ったとき、激しい汗っかきの男性事務員が、「ああ、それって、真田幸村のお父さんのことですか」と言った。
いや、それは時代が違いますね。 真田幸村は戦国時代の人。 草刈マッサオさんは、現代の人ですから。 現代の人が戦国時代のお父さんなんて、ありえないですよ。
「Mさん、それ、冗談ですか、本気ですか? Mさんのいうことは、どこまでが本当でどこまでが冗談かわからないからなあ」
それは、私を知る方の96パーセントから頻繁に言われるコトバ。
あなたが冗談に聞こえたら、それは冗談。 本当に聞こえたら、それは本当。
私はいつもそう答えているのだが、相手は馬鹿にされたと思うらしく、私がそう言うと必ず不機嫌になる。
このときも40代の女性事務員から「言っていること、全然わかりません」と拒絶された。
しかし、真田幸村の父親が草刈マッサオ氏と言われる方が「俺にはサッパリ」なんですけど・・・。 どう考えたって、時代が違うじゃないですか。 タイムマシーンがあったとしても、それは説明がつかないんじゃないですか。
「いや、ドラマの話ですから。NHKのドラマですよ。Mさん、知らないんですか? サナダマル?」
サナダムシ? ムサシマル? アケボノ? アサショーリュー?
「相撲じゃなくてドラマですから」
日本放送協会は、私の銀行口座から「受信料」なるものを定期的に闇の世界から抜き取っているので嫌いです。 民放の地上波は無料なのに。 だから、関心を持たないようにしているんです。
しかし、草刈マッサオ氏が、真田幸村の父上役をなさっていることは初めて聞きました。 そうですか、あのイケメンモデルだった草刈氏が、お父上役をなさるとは、時代も変わりましたな。
「え? クサカリマサオは、モデルだったんですか?」
ご存知なかったのですか? (あ、また、脈が2拍飛んだ。おやぁ、今度は7拍の連打)
「まだ顔が青いですね。 大丈夫ですか?」
宮崎あおいじゃねえよ!
またしても微妙な沈黙。 なぜ「真っ青」と言わなかった?
やけくそでトーンを変えて、また、草刈マッサオじゃねえよ! と叫んだとき、顔デカ社長が帰ってきた。 約束の時間より、8分の遅刻である。
遅刻するなら、あらかじめ言って欲しいですね。 酸欠になるほどペダルを懸命に漕いだ私がバカみたいではないですか。
「なんだぁ! 俺がクサカリマサオだって?」 と言ったあとで、「遅れて悪かったが、着替える時間を3分くれねえか」と右手で敬礼をしながら、更衣室に消えた。
そのあと、4人でヒソヒソ話。
「Mさんのおかげで、2年くらい前から社長の眉間のシワが浅くなったんで、助かってますよ」 「ホントですよ」
毎回思っていたんですが、こちらの社長、俳優の高橋英樹さんを遠心分離機にかけて、両目を離れさせ、鼻を広げたような顔をしてますよね。
「ああ、そう言われれば!」 「凄い! 例えがジャストミートですよ!」
というような会話をしたあとに、社員たちは一斉に持ち場に戻った。 体に危機意識が染み付いているせいか、社長の気配は肌でわかるようなのだ。 彼らが持ち場に戻った2秒後に、顔デカ社長が更衣室から出てきた。
そして、ドッスンドスドスという音を立てながら、応接セットのソファに腰を下ろした。
「あんた、顔色が悪いな。 ああ、だから、『草刈マッサオじゃねえよ!』って叫んでたのか」
驚いた。 ビックリした。 サプライズだった。
「顔色が真っ青」を「草刈マッサオ」にかけたことをわかったことも意外だし、社長の声の調子が、ハリセンボンの近藤春菜さんに似ていたからだ。 しかも、オバさんっぽい笑顔まで作るというクオリティの高さを見せたのだ。
社員一同、唖然として社長の顔を見守った。 しかし、何ごともなかったかのように、顔デカ社長は、気持ち悪いほど優しい表情をして言ったのである。 「あんた、具合が悪いのなら、打ち合わせは伸ばそうか。 1週間くらい遅れても、俺の方は構わないぜ。 うちの若いのに、家まで送らせるからよお」
いえ、5分間ほどお時間をいただいて、休んでいれば復活します。 申し訳ありませんが、私に5分の猶予をいただければ、と切にお願いいたします。
「おお、30分くらい休んだほうが、いいんじゃないか。 5分ぽっちじゃ、あんたの年じゃ回復せんよ。 横になったらどうだい? 毛布もあるぜ」
「あ! それともショック療法ってのはどうだい? 午前中に業者が俺の機嫌を取るために、『森伊蔵』を置いていったんだよ。 そいつを飲んでみるってのもありじゃねえか。 あんたには、休息よりも酒の方が効くかもしれねえからな」
森伊蔵は、顔デカ社長の大好物の焼酎である。 「幻の」とまで言われている焼酎だ。 聞くところによると5万円以上するレアなものもあるという。
生意気にも、顔デカ社長は、森伊蔵しか飲まないらしい。 そして、私は昔その森伊蔵さんを社長からいただいたことがあった。 しかも、そんな高価なものだと知らずに、二日間で飲みきってしまったのである。
知っていたら、百年かけて飲んだものを。
では、恐れ多くも森伊蔵さんをトゥー・フィンガーで、お願いできたらと。
「おお、わかった」と言って出された森伊蔵さんは、トゥー・フィンガーを遥かに超える量だった。 しかし、ありがたく頂戴した。
逆効果になって、ぶっ倒れるかもしれないが、森伊蔵さんと心中できるのなら本望だ。
味は、正直なところわからない。 ワインやウィスキーの違いだってわからないのだから、飲みなれない焼酎の良さがわかるわけがない。
ただ、飲む前は、1月の青森駅に降り立ったときのように冷えていた体が、飲んで2分2秒後には、初夏の飛騨高山「さんまち」を歩いているような程よい温もりを感じるようになった。
それは、見た目にもわかったらしく、顔デカ社長が「少し血色が戻ったな」と、嬉しそうに自分の両膝を叩いた。
森伊蔵さんのおかげで、無事に打ち合わせを終えることができました。 (ただ、このようなことは真似をなさらない方がいいと思います・・・誰もしないでしょうが)
帰りは、会社の軽トラックの荷台に自転車を積んで、武蔵野のおんぼろアパートまで送っていただいた。
自転車を荷台から下ろしているときに、顔デカ社長に言われた。 「あんた、一人で仕事しているから仕方ないのかもしれねえが、もう少し仕事を選んだほうがいいんじゃねえか。 どさくさに紛れるようで気が引けるんだが、俺んところの専属になれば、そんなに無理する必要はないからよ。 もう一度、真面目に考えてくんねえかな」
そして、私の両肩を叩いたあとでニヤリと笑って、「タカハシヒデキじゃねえよ!」と言った。
我々のヒソヒソ話が聞こえていたようだ。
いましばらく、それなりの間、相当な長い時間をいただければ、もう一度考えてみたいと思います。
「言ってること、よくわからねえが、まあ、頼んだぜ」
顔デカ社長は、軽トラックに颯爽と乗り込み、「タカハシヒデキじゃねえよ!」と叫びながら、去っていった。 意外と気に入っているようだ。
おや? 私の右手が、見たことのない紙袋を掴んでいて、その中には何故か森伊蔵さんがいらっしゃった。
きっと、不整脈の発作が起きたらまた飲みなさい、と神様が持たせてくれたに違いない。
おそらく、遠心分離機にかけた神様だと思うが。
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2016/04/30 AM 06:25:00 |
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[Macなできごと]
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● 陽はまた昇る |
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熊本出身の知り合いは、大学時代の同級生・ニシムラだけだった。
ニシムラはいま神奈川小田原に在住しているので、被災は免れた。 ただ、ニシムラの兄が住んでいる熊本市のご実家は、倒壊の危険があるという。
大学のときからニシムラと親しかったオオクボは、「俺ができる最大限のことは何だろうかといま考えているところだ」と、思いつめたような目でカネコと私の顔を交互に見た。 オオクボは東京南新宿で、コンサルタント会社を経営していた。
オオクボが生意気にも私を呼び出したので、出向いてやった。
黙祷をしておこうか。
3人で立ち上がった。
1分ではなく、3分にしよう。 「なぜ?」
3分で俺たちの祈りが熊本に届くわけがないが、1分よりは近づける。
3人で祈った。
「東日本大震災を思い出したな」と言ったのは、芋洗坂係長そっくりのカネコだった。 カネコは、当時、千葉市に支部のある会社の支部長をしていた。
そこで、液状化現象を目の当たりにしたというのだ。 「体がすくむって、ああいうことを言うんだな。頭では何が起きているかわかっているのに、体が動かないんだよ。液状化も知識としては知っているんだが、目の前で見ると恐怖しか感じなかった」
「俺の会社が入っているこのビルは免震構造になっているから、極端に大きな揺れというのはなかったが、揺れている時間が長くて社員も右往左往していたな」とオオクボが固い表情で言った。
そして、「マツは?」と聞かれたので、俺は生きていることに感謝した、と答えた。
私の答えに、少し座が白けたのを感じたのか、カネコが不自然なほど明るい声で、「オオクボ先輩、本当に助かりましたよ。俺を拾ってくれて」とオオクボに媚びを売った。
カネコは、30年以上勤めていた会社を今年の2月で辞め、4月から大学時代の友人ノナカが経営するミニパソコン塾の塾長になった。 その他に、オオクボの会社の相談役にも就くという世渡りの上手さを見せた。
誰にでも媚びを売れるデブは得だ。 売れる媚びを独立と同時に捨てたガイコツは、一人で生き抜くしかない。
「普通は相談役ってのは名誉職みたいなものだが、カネコには俺の相棒として働いてもらうつもりだ」とオオクボ。
そういえば、もうひとりの「相棒」は元気か?
「サトウのことか? おかげさまで、存分に働いてもらっているよ。俺の会社は、サトウでもっているようなもんだ」
サトウさんは、オオクボより10歳以上年下の社員だ。 6年ほど前だったと思うが、サトウさんが突然理由も言わずに「会社を辞めたい」と言い出して、オオクボは慌てた。
サトウさんの事務処理能力の高さを買っていたオオクボは、慌てふためき、何を勘違いしたか、一番役に立たない私に愚痴をこぼした。
「あいつは俺の片腕なんだよ。あいつがいないと俺の会社は機能しない。片腕なんてもんじゃない。両腕を失うようなもんだ。どうしたらいい?」
四角い顔から血の気をなくしたオオクボに、私はいつものように、いい加減な答えを返した。
おまえ、そんなに大事に思っているのに、なんでサトウさんは「片腕」なんだ。 おまえは、サトウさんを「片腕」としか思っていないのか? 俺がサトウさんなら、それは嫌だな。
「しかし、年下だぜ。部下だぜ。それ以外なにがある? なにができる?」
俺だったら、年下だろうが部下だろうが、自分にとって大事な人なら「相棒」として接するけどな。 「片腕」なんて失礼な言い方は絶対にしない。
日本語としての「片腕」の意味は、信頼できる腹心だから、おまえは正確な日本語を使っているつもりだろうが、俺からすると対等じゃないんだよ。 俺には「片腕」が「手下」にしか聞こえないな。
「第三者が勝手なことを言うんじゃねえよ!」 オオクボは四角い顔を真っ赤にして怒ったが、サトウさんは、その後辞表を撤回したという。
オオクボが、どんなマジックを使ったかは知らない。 私は、オオクボの会社には興味がないからだ。
成功者に媚びを売る卑屈な芋洗坂係長と高級なスーツを着た偉そうな成功者が前に座っている。 テーブルをひっくり返して帰りたくなった。
だが、そのとき「銀のさら」の店員が、極上ちらし2つと助六1つを運んできた。 オオクボが昼メシを奢ってくれるというので、助六さんをお願いしたのだ。
私は高級なものを食うと腹を下す可愛い体質をしているので、助六さんしか選択肢がなかった。 昼メシはワンコイン以下と決めているから、私にとって「648円」の助六さんはご馳走である。 極上ちらしには興味がないので、値段は知らない。
「美味しいですよ、オオクボ先輩! 寿司は、日本人のソウルフードですね。 元気が出ます!」
芋洗坂の媚びは、とどまることを知らない。 太鼓を持たせたら、さぞ似合うに違いない。
そんな風に、助六さんを食いながら、太鼓持ちの太鼓腹を冷ややかに見ていたら、ケツのiPhoneが震えた。 ディスプレイを見たら、吉祥寺の馴染みの居酒屋で店長代理をしていた片エクボさんからだった。 片エクボさんは、結婚出産のために昨年末で居酒屋をやめていた。
出た。
「白髪の旦那、産まれたよ! 今朝だよ! 男の子だよ!」
それは、めでたい。 ご苦労様でした。
旦那様は、喜んでくれたかい?
「それがね、札幌に出張中で、明日帰ってくるんだよね。 だから、赤ちゃんとの対面はまだ」
予定より2週間早く産まれたというのだ。 旦那様も立ち会えなくて悔しかっただろうと思われる。
「それでね・・・言いにくいんだけど、白髪の旦那に来て欲しいんだけどな」
まさか、旦那様の代わり? いいのだろうか? 旦那、あとで知って怒らないかな?
「大丈夫。説明すればわかるやつだから」
ようするに、旦那の代わりに褒めてほしいっていうことだよね。
「親と友だちには褒めてもらったんだけど、それだけじゃ足りないんだよね。 だから、褒めて、褒めて!」
わかった、札幌ドームいっぱいの褒め言葉を用意して行くよ。
「札幌ドームじゃなくて、東京ドームの方がいいんだけど」
俺は、東京ドームが大嫌いなんだ!
「ハハ、相変わらず大人気ないね。 じゃ、待ってるから」
会話を聞いていたオオクボが、ゲスな仕草で小指を立てて聞いた。 「これか?」
いや、こっちだ。 親指を立てた。
「おまえ、いつから、そっちの趣味に変わったんだ?」
何をおっしゃっているの? 大学時代からよン。
オオクボが、健康のために毎日飲んでいる「ヘルシア緑茶」を吹き出した。 しかし、リアクションが素人だった。 私だったら、芋洗坂の顔の真ん中に吹き出していただろう。
そんなんじゃダメだ。 もう一度やり直せ。 カネコめがけて吹くんだ。
ホラっ!
「おまえは、そうやって、いつも俺を・・・・・」
「オオクボ先輩。 こいつは、ただ非常識でバカなだけです。 惑わされてはいけません。 これが、こいつの手なんです! まともに受け取ったらダメです! 我慢してください」
2歳下の生意気なカネコが、珍しく正しいことを言ったので、私はカネコに向かって立ち上がって拍手をした。 スタンディングオベーションだ。
それを見たカネコは、オオクボの肩に手を置いて「オオクボ先輩、これって、俺を完全にバカにしてるんですよね」と半泣きの顔で訴えた。
「あのなあ、カネコ。 まともに受け取るなって言ったのは、おまえだろうが。 惑わされるな!」
正しいことを言ったオオクボに対しても私はスタンディングオベーションを送った。
すると、同じようにオオクボも立ち上がって、私に向けて拍手をした。 太鼓持ちのカネコもオオクボにならって、私に向けて拍手をした。
つまり、二人で生意気にも「スタンディングオベーションがえし」をしてきたのである。
飽きた私は、自分のバッグを開けて、中から特大サイズのオニギリを取り出して食うことにした。 まさかケチなオオクボが奢ってくれるとは思わずに、どこかの公園のベンチで食う予定で特大オニギリを持ってきたのだ。
具は、豚カルビの甘辛煮だ。 海苔好きな私は、二重に海苔を巻いて真っ黒い砲丸のようなフォルムのオニギリにした。
銀のさらの助六さんも美味かったが、砲丸オニギリはもっと美味かった。
一口食って、その砲丸オニギリをオオクボたちに投げるフリをしたら、二人とも本気でよけやがった。
こんな風に、バカを相手にするひとときが、私に至福の時間を与えてくれるのでございます(私が一番バカですけどね)。
ご実家が被災した友人ニシムラ。
(ここにいないノナカも含めて)俺たち4人で出来ることは限られるかもしれないけれど、立ち上がるお手伝いはしたいと思っている。
俺たちは、肥の国・熊本の人たちが持つ大きな力が、ガレキの下から復興の陽を燃え上がらせることを信じている。
陽はまた昇る。
微力ながら、いま一度、陽がキラキラと昇るお手伝いができたら、と思っている。
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2016/04/23 AM 06:22:01 |
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[日記]
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● 勝ち負け人生 |
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奇跡は確実に起きている。
大学時代の友人ヘチマ顔のノナカと東京駅地下街のカフェで話をした。 昨年、医師から余命宣告を受けたノナカの奥さんの命が、期限を4か月過ぎても続いていた。
末期ガンだと宣告されたとき、ノナカの奥さんは手術を放棄しようとしたが、ノナカが懇願するので手術を受けた。 その後、一度昏睡状態に陥ったが、回復した。
ノナカの奥さんは、昨年の10月から年末まで、入退院を繰り返していた。 だが、今年に入ってからは、月に一度の検査入院以外は医師の世話になることはなくなったという。 家事も百パーセントではないが、ノナカに頼らずにこなしているらしい。
ノナカが言った。 「なあ、奇跡は起きるのかな?」
いや、それは違うだろう、ノナカ。 奇跡は、もう起きているんだ。
俺たちはいま、その奇跡が永遠に続くのを目の当たりにする幸運を手にしているんだ。 俺は、その仲間に加えてもらって、嬉しいよ。
ヘチマの醜い泣き顔は見たくなかったから、私はうつむいて密かに目から水をこぼした。
書き忘れたが、私の斜め前に、芋洗坂係長氏にしか見えないカネコがいた。 カネコの泣き顔もブサイクだった。
カフェの店員に追い出されたとしても文句は言えないほど、我々三人の姿は迷惑だった。 営業妨害と言われても弁解はできない。
だから、追い出されないために、カネコをいじることにした。
塾長! 今日はお忙しいところ、ご苦労様です!
立ち上がって、最敬礼した。
カネコは、大学卒業後30年以上勤めた会社を今年の2月に辞めた。 そして、4月1日からノナカが東京で経営する2つのミニパソコン塾の塾長になった。
おまえ、なんで、あと3年、定年まで無事勤め上げようと思わなかったのか。 給料もかなり減っただろうに。
何を考えているんだ! リアル「紅の豚」は。
「他にオオクボ先輩の会社の相談役もやらせてもらうことになったから、それほど大きく稼ぎが減ったわけじゃない」
オオクボというのは、私の大学陸上部時代の友人で、東京南新宿でコンサルタント会社を経営する生意気なやつである。
だが、もっと生意気なのは、この芋洗坂係長だ。 カネコは、私より2年後輩なのに、私を「おまえ呼ばわり」する無礼者だ。 そのくせ、私と同い年のノナカやオオクボに対しては「先輩」と呼んで、礼を尽くすのである。
豚のくせに、誰のおかげで、二足歩行できるようになったと思っているのだ。 私は、荻野千尋のように優しくないから、豚のまま「神隠し」してもいいのだぞ。
・・・と心の中で毒づいていたら、豚が、「決定的だったのは、オオクボ先輩の言葉だったな。俺が会社を辞める決心をしたのは・・・」と鼻をブヒブヒさせた。
「客観的に見て、俺たちにはマイホームがあるし、社会的にも必要とされている。仕事のスキルもある。 普通に考えたら、俺たちは、おまえに10対0で圧勝だ。楽勝だ。 だけどな・・・オオクボ先輩は、おまえに勝った気がしないって、いつも言っていたんだ。 俺もこのままでいたら、絶対におまえには勝てないと思った。 だから、会社を辞めることにした」
よくわからない理屈だが、もし人生に勝ち負けがあるのなら、俺はおまえたちにボロ負けだろう。 それは認める。
「いや、ノナカ先輩も俺も、オオクボ先輩と同じで、まったく勝った気がしないんだ。 それは3人の共通意見だ。 なんでだろうな?」
それは、最初からおまえたちが勝っていたのだから、いまさら勝つ気がしないということじゃないのか。 相撲で言えば、俺は最初から土俵を割っているのだから、勝負にならないということだ。
「いや、それは違うな」と、ブヒブヒ。
「オオクボ先輩は、何年も前から、都議選に出ないかって誘われているが、断っているそうだ。 その理由がわかるか」
あいつは、元々は長野の山奥から出てきた田舎者だから、都議になるのが恥ずかしいんだろう。
「違う。都議会なんかに立候補したら、マツに笑われるって言うのが理由だ」
そうか、しかし、俺はその程度のことで笑うほど、楽しい性格はしていないぞ。 ただ、顔をペロペロするかもしれないが。
「ほら、そういうところなんだよ!」と、ブヒブヒ。
どういうところなんだよ!
「わからないよ。でも、俺たちは、おまえの前ではいつも力が抜けるんだ。 人差し指一本で倒せそうなのに、倒してはいけない気になるんだ」と、今度はヘチマ顔のノナカ。
それと同じようなことは、喧嘩の達人である友人の尾崎にも、言われたことがあった。
「おまえのことを倒すのは簡単かもしれないが、倒してしまったら、俺が惨めになる。 だから、俺はおまえを倒すことは一生できないだろうな」
要するに、それは、俺の立ち位置が哀れだってことではないのか。 あるいは、俺がルックス的に天使だから、傷つけたくないとか。
天使過ぎるのも・・・なんか・・・・・・・罪だな。
おや? 空気が一気に冷えたか・・・・・。
そんな風に空気が冷えたところに、20〜29歳に見える、どこかの企業の制服を着たお嬢さん二人が、我々のテーブルの前にやってきて、カネコに聞いた。
「あのぉ、芋洗坂係長さんですよね?」
いや、彼は本名カネコ ユウキという一般人です、と答えたのは私だった。
だから、芋は洗いませんし、手も洗いません、尻も洗いません。 ただ、皿は洗います。 さきほど、そこの厨房で皿を洗ったのは彼です。 つまり、彼は皿洗坂塾長なんです。 人違いです。
私の説明に、目を見合わせた二人は、ブヒブヒ言いながら何も言わずに店を出ていった。 あれ? レジを素通りした? 無銭飲食か?
ふたりが店を出たあと、ヘチマと芋洗坂とガイコツの間に、すきま風が流れた。 そして、二人は、コソコソと私の悪口を言いだした。
「先輩、こいつは自由人だと思っていましたけど、ただの非常識男だったんじゃないでしょうか」 「ああ、人とまともな会話ができない人間失格かもしれない」 「相手にしないほうがいいかもしれませんね」 「たしかに」
私一人、まるで1月の青森県酸ヶ湯温泉の白い景色に取り残されたような気がした。
寒さが身にしみたので、コーヒーのお代わりを注文した。
新しいコーヒーが芳醇な香りを運んできたとき、先ほどのお嬢さんたち二人が店に入ってきて、またブヒブヒと我々の前に立った。 「あのぉ、これにサインをいただけますか」
店を出て行ったのは、色紙を買うためだったようだ。 つまり、カネコのことを本当の芋洗坂係長氏だと思ったということだ。
ノナカとカネコは、まるで2年間付き合った恋人同士のように、見つめ合った。 そして、ノナカが立ち上がって言った。
「あの・・・お嬢さんたち。こいつは、本当に芋洗坂ではないんです。似ているかもしれませんが、カネコ ユウキという普通の男です。だから、サインはできません」
ノナカが頭を下げたあとで、カネコも立ち上がって、頭を下げた。 頭を下げると、二人とも薄い頭頂部が目立った。 思いやりのある私は、その光景を見なかったことにした。
しかし、頭頂部を5秒ほど凝視したふたりは、目をまん丸にして、口元を抑えながら小さな叫び声を上げた。
「あらあ!」 「本当にぃ! や〜だぁ!」
そして、顔を見合わせたあとで言った。
「でも、この二人が言うんだから、間違いないわよね」 「ごめんなさい。私たちの間違いでした。失礼しました」
ふたりのお嬢さん方は、深く頭を下げたあとで自分たちのテーブルに帰っていった。
つまり、ここでは一つの事実にたどり着くことができた。 おふたりが、私の言うことより、ノナカとカネコの方が信用できる、と判断したということだ。
ノナカとカネコが、2年半付き合った恋人同士のように、また見つめ合った。 そして、興奮を抑えきれない顔で頷きあった。
「ノナカ先輩。今のって、俺たちの勝ちですよね」 「ああ、勝ちだ。今のは確実に勝ちだ」
二人で、ブヒブヒと勝ち誇った。 ヘチマも「ブヒブヒ」鳴くとは知らなかった。
おまえら、そんなつまらない勝ち負けにもこだわるのかよ。 本当に、顔をペロペロしてやろうか。
しかし、ちょっとだけ悔しく感じたのは、なぜだろう?・・・・・へっくしゅん(RADWIMPS)。
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2016/04/16 AM 06:32:59 |
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[日記]
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● 通るときはスッと |
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大学3年の娘から嬉しいことを言われた。
アルバイト先のIY堂のパートのオバ様方に、娘が「Mさんは、親の愛情をたっぷり受けて育った感じよね。明るいし、人が嫌がることは絶対に言わないし、人の話をよく聞いてくれるし、不愉快なところが一つもないんだもの」と言われたらしいのだ。
大学のお友だちにも、「カホは、無邪気だし、人の悪口は言わないし、誰とでも平等に接しられるのはすごいよね。親が愛情を持って育てたのがわかるよ」と言われたことがあるという。
「まあ、確かに愛情は百点だな。他はルックスも含めて零点だが」と娘。
そうか、ということは、平均すると50点ということになるか。
「いや、平均しても百点だ」
(むせび泣く)
・・・という愛情自慢から一転して「痔」の話である。
20年くらい前から、2年に1回くらいの頻度で、お尻から血を流すことが習慣になった。 出血は、5日程度続いて、突然に終わる。
自分では、一つの行事のようなものだと思っていたのだが、小金井公園でランニングをしているとき、顔に「私は医者です」と書いてある40歳前後の男性と出くわす機会がたまにあった。
走るペースが私とほぼ同じだった。 だから、お互い話しかけやすかったのだと思う。
走り終わって、5分程度立ち話をすることもあった。 そのときに、外科医だということを知り、「尻」の話を何気なくしてみた。
すると、「ああ、それは見たいですねえ。ぜひ、見せてくださいよ」と、にこやかな顔で仰っしゃるので、別の日に見せることになった。 そして、見た途端「ああ、これは手術しないと、近い将来エライ事になります。すぐに知り合いの医師を紹介しましょう」と私の尻に向かって言った。
その2日後に、紹介された医院で日帰り手術を受けた。
・・・と、ここまで書いてきて、これを読んでおられる方の中には、食事中の方もいらっしゃるのではないかと思い至った。 その方々に、尻から血がドバーッだのコーモンがどうの、などという話をするのはあまりにも失礼である。
だから、ここで話を変えることにする。
水戸コーモンの話をしようかと思う。
水戸コーモン様のお供の格さんの決まり文句「この印籠が目に入らぬか」は、あまりにも有名なフレーズだ。
しかし、私はこのフレーズを、大学時代の友人カネコの娘ショウコが6歳のとき、「このコーモンが目に入らぬか」と教えたのである。
コーモンに関しては、ショウコが、一番目の被害者だった。
家に帰って、「このコーモンが目に入らぬか」を母親に向かって使ったショウコは、かなり怒られたらしい。 「女の子がなんということを!」
それからしばらく、カネコの奥さんは私のことを陰で「コーモン野郎」と呼んでいたという。
二番目の犠牲者は、私の娘だ。 やはり、6歳のときだった。
ただ、娘の場合は、余程の大間違いでない限り、言い間違いには寛大な家に育ったから、小学校高学年でお友だちに向かって言うまで、その言い間違いに気づかないでいた。
「おい! コーモンじゃなくてインロウじゃないか! 大笑いされたぞ! まあ、ウケたから良かったが」
他にも、牛乳パックに書いてある「生乳(せいにゅう)」を「なまちち」と覚え込ませたことがあって、これは中学2年まで間違いに気づかなかった。
お友だちからは「あんたの親、とんでもない親だね」と呆れられたというが、本人は「まあ、ウケたから良い」と娘も寛大だった。
三人目の被害者は、テクニカルイラストの達人、アホのイナバである。
ただ、彼は、いまだに「コーモンが目に入らぬか」を信じきっているので、被害者とは言えないかもしれない。 もしかしたら、一生「コーモンが目に入らぬか」を貫くかもしれない。
イナバ君は、羨ましいほどのアホだ。 (今年アラフィフに到達するというのに) そして、愛すべきアホでもある。
その愛すべきアホと調布のバーミヤンで打ち合わせをした。 イナバ君が年に3回程度持ってくる怪しい同人誌の仕事だった。
今回も原稿が2つ間に合わないと言うので、私がゴーストを務めることになった。 毎度のことなので、もう心は痛まない。 簡単に他人になり切れる自分に、ただ呆れるだけである。
W餃子と生ビールを食いながら、打ち合わせを終えた。 エビチリとレタスチャーハン、餃子サラダセットを食い、最後にエッグタルトを食った満腹顔のイナバが、「そういえば、Mさん、コーモンの手術をしたんでしたっけ」と聞いてきた。
イナバ君、何を言っているのかね。 俺は、コーモンの手術なんかしていないよ。
「え? 違うんですか?」
ああ、学校のコーモンを通ろうとしたらケツがコーモンに挟まったんだ。 そのとき不運にも血が止まらなくなったから、手術をしたんだよ。 コーモンではなくて、ケツだ。
「ああ、そうなんですか。 そうですよねえ。コーモンを手術するわけないですもんね。 ケツの手術だったかあ。でも、治るまでかなり時間がかかったんじゃないですか」
いや、一日で治ったよ。
「え! 本当にぃ! さすがだなあ! すごいなあ! 俺だったら1ヶ月はかかってますよ。 いやあ、すごい!」
イナバ君も、コーモンには気をつけた方がいいよ。 コーモンを軽く考えてはいけない。 あれは、出入りの激しいところだからね。
力んじゃだめだ。 通るときは、無理やりではなく、軽くスッとしたほうが安全だよ。 そうでないと、運が悪いと出血する。 そして、手術だ。
手術は嫌だろ?
「嫌ですねえ。 今度、娘の学校のコーモンを通るときは気をつけますよ。 え〜〜〜と・・・スッと通ればいいんですよね」
そうだよ。 コーモンは、通るときはスッとね。
「わかりました。 スッと通ることにします」
帰り道、イナバ君のベンツでオンボロアパートまで送ってもらう途中に、桜満開の中学校のコーモンの前を通った。
イナバ君、ほら、あそこにコーモンが。
このコーモンが目に入らぬか!
「はいはい、入りました。入りました。 コーモンが目に入りました。 あそこをスっと通ればいいんですね。 ああ、そういうことかあ!」
皆さまも、ぜひコーモンは、スっと通りますように・・・・・なんちって(RADWIMPS)。
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2016/04/09 AM 06:22:58 |
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[Macなできごと]
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● ゼットユーアールユー(ZURU) |
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社長を辞めた男に会いに行った。
場所は世田谷羽根木だ。 私の感覚では、豪邸あるいは御殿と言っていい物件である。
その広い家に、長谷川は一人でいた。 長谷川の奥さんは、二つの病院の勤務医をしているので、その日はいなかった。 息子二人は、すでに6年前に家を出ていたから、長谷川は無駄に広い家を持て余していた。
長谷川は社員400人規模の会社の社長様だったが、奥さんを医者として復活させるために、社長を辞めて奥さんをサポートする道を選んだ。
しかし、会社の株式の半分以上を持っている男が無役では困るというので、便宜的に取締役として会社に籍は残してあるようだ。 とはいっても、社内に長谷川の部屋はなく机もない立場だから、会議に出たとしても発言するつもりはないし、報酬も受け取らないのだという。
要するに、自由人。
今の長谷川の仕事は、犬4頭の散歩と猫一匹の世話、家の掃除、洗濯、庭の手入れと奥さんの送り迎えだ。
料理だけは苦手なので、朝晩の2回、ケータリングを頼んでいるという。 昼メシはカップラーメンだ。
それまでカップヌードル、カレーヌードルしか知らなかった長谷川は、自由人になって3ヶ月で、30種類以上のカップラーメン、カップ焼きそばの味を覚えた。 人は短期間に、簡単に変われるものだ。
その日の昼メシは、カップラーメンではなく、ブリのしゃぶしゃぶだった。 私がブリをさばいて、呆れるほど広いダイニングのテーブルに並べた。 ブリの他は、薄くスライスした大根と人参だけだ。
それをM家特製のゆずポン酢につけて食う。 メシは玄米だ。
「マツは器用でいいよな。料理はうまいし、絵もうまいし、パソコンも自由自在だ。羨ましいよ」
おまえは、間違っている。 料理と絵とパソコンは、不器用なやつのほうが上手いんだよ。 工夫をするからな。
器用なやつは、工夫をしないから下手なんだ。
「でも、おまえは誰よりも早くパソコンに手を付けて、すぐにできるようになったじゃないか。 俺なんかリタイヤしてから本格的に始めたから、情けないことに、おまえと較べると30年は遅れている。 キーボードを打つたびに指が震えるんだ。俺のほうが不器用だ」
不器用自慢をしたら、キリがない。 どっちにしたって、料理が苦手でも絵が下手でもパソコンができなくても、人は生きていける。 俺は、食うためにパソコンを手なずけなければいけないが、食う手段を他に持っているやつは、そちらを極めればいい。
ブリしゃぶ3人前を平らげた長谷川が、血色のいい顔を綻ばせて言った。 「おまえにとって、法律ってのは何だったんだろうな。全然役に立っていないようだが」
飾りだな。 それを言うなら、おまえこそ、会社を継ぐのだったら、法学部ではなくて経営学部だったんじゃないのか。
長谷川が、遠くを見るような目をして、私の肩の後ろ側を見つめた。 「いや、俺は、会社を継ぐつもりはなかったからな」
そうだった。
長谷川の父親は、世襲を嫌っていたのだ。 会社は社長のものではなく、「社員や顧客、社会のためのもの」という考えの人だった。
だから、自分が退任するときは、息子ではなく有能な部下に譲るつもりでいたらしい。 長谷川は父親の会社には入ったが、帝王学を身につけることをせず、会社の本業とは違う「社員教育」や「自己啓発」のセクションを社内に作って、好き勝手にやっていたのである。
だが、そのセクションを独立させて、新しい会社組織にした37歳のとき、父親から「会社を継いでくれ」と頼まれた。 それに対して、長谷川は「それでは話が違う」と2年間拒否し続けたが、父親が重い病に罹ったことを知って、押し切られるように継ぐことを決意した。
そのとき、病院の勤務医をしていた奥さんが、医者を辞めて長谷川のサポートに回ることになった。
長谷川は、それをずっと負い目に感じていたという。
「だって、そうだろ。 俺は誰一人救うことができないのに、俺の妻は、これから先、何百人何千人以上の人を救うことができるはずだったんだ。 どっちが、人として必要とされていると思う? 俺じゃないのは、わかりきったことじゃないか」
「それに、俺はズルをして社長になった男だ。 100メートル走で、みんなはゼロメートル地点からスタートしてるのに、俺は50メートル先からスタートしたんだよ。 それって、確実にズルだよな」
それは、考えすぎだな。
「何を言っているんだ、おまえ! 俺が社長を引き受けるって決心したとき、そう言ったのは、おまえだろうが。 忘れたのか。 おまえは50メートル先から走る、というズルをして社長になるんだから、ゼロメートル地点にいる人たちの気持ちを忘れるなよ、って言ったのはマツだったよな。 俺は、その言葉を忘れたことはないぞ」
いや・・・・・それは、きっとおまえが羨ましかったからだな。 順調に人生の階段を上っているおまえに嫉妬して、腹立ちまぎれに言ったんだろう。
俺は、嫉妬深いんだ。 そんなこと、真に受ける方が悪い。
「そうか。 ついでに言うとな。 俺は政治家の世襲も嫌いなんだ。 最初から半分近い票を手にしたお坊っちゃま、お嬢ちゃまと限りなくゼロに近い票しか持たない候補者が戦うなんて、不公平すぎるだろ。 あれも俺には、『ズル』に思えるんだよ。 ズルをして社長になった俺が言うのはおかしいが、今はリタイアした身だからな、言う権利くらいはあるだろう」
優等生だった長谷川が、随分過激なことを言うようになったものだ。
だがな、長谷川。 ズルをしても、ズルで偉くなっても、そのズルが人の役に立っているのなら、ズルも悪くないんじゃないか。
俺も会社や政治、国家を世襲にして、我がもの顔でいる人は、「ズルの極み」「ゲスの極み」だと思う。 世の中には「ズル」が溢れていると思う。
しかし、おまえはズルをして社長になったが、ズルをしたおまえを支えてくれた人は沢山いたはずだ。 その人たちにとって、おまえの「ズル」は、必要なズルだったんじゃないのか。
俺は世襲を断ち切ったおまえの決断力には頭が下がるよ。 大したものだ、と思う。
「APR」と褒めてやろう。
「なんだ? エーピーアールって?」
日本語では、「アッパレ」と言う。
??????
ちなみに、ゼットユーアールユー(ZURU)は、何の意味か知っているか?
「知らん!」
ゼッタイに ウソをつくのは ロクでもないやつの方が ウマい
「そんな言い方をするタレントがいたな。 たしか、相当な美人女優と結婚した男だ」
ああ、DANGOだろ。
「ダンゴか・・・・・ちょっと違うような気がするが」
ディーエーエヌジーオーは、何の略かわかるか?
「わからん!」
特別に教えてやろう。
ダレもが アカるい時間に ノミ食いすれば ゴキゲンに オドリだす
「で・・・・・そのあと、『なんちって』って続くんだろ?」
なんだ、おまえ、なぜ、わかった?
「だって、おまえの大学時代からの口癖じゃないか。俺は何万回も聞かされたぞ」
おまえ、エヌディー(ND)だな。
「エヌディー?」
「なんちって泥棒」だ・・・・・・・・・なんちって(RADWIMPS)。
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2016/04/02 AM 06:27:02 |
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