Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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黒ずくめのキンイチ
昨年の9月ごろから、月に2回程度、道端で出くわす少年がいた。

目の大きなキリッとした顔の(おそらく)ハーフの可愛い少年だ。
年は10歳に届くか届かないかではないかと思う。

取引先との打ち合わせに行こうと家を出たとき、出くわすことが多い。
朝の10時前だ。

平日の朝10時といえば、10歳前後の子なら普通は小学校でワイワイやっているはずだが、なぜこんな時間に彼は・・・・・とは、私は思わない。
他人のことには興味がないからだ。

ただ、私を見上げてハニカミながら言う少年の「こんにちは」の笑顔は好きだ。
その笑顔は、キュンとくる。
(変な趣味はございませんよ)

その少年と今年の1月下旬、オンボロアパートの前で、また出くわした。
いつもと違うのは、横に大人の男の人がいたことだ。
おそらく外人さんだと思われる。

私と同じくらいの背丈だから、179.6センチだろう。

ナニジンかは、わからない。

少年がいつものように、「こんにちは」と笑った。
それを見た隣りの外人さんが驚いた顔をした。

「知り合い・・・・・?」

この時間に4、5回コンニチハの挨拶をしました。

「いや・・・しかし、この子はすごい人見知りで・・・」
日本で長く暮らしている外人さんらしく、流暢な日本語だった。
イントネーションにも違和感はなかった。

「この子が、自分から大人の人に挨拶するのを初めて見ました。なんででしょう?」

(知りません)

どういうわけか私に親近感を覚えた外人さんは、いきなり私に個人情報を漏らし始めた。
自分はトルコとイギリスの混血である。
15年ほど前に日本にやってきて、数年後に今の奥さん(ニッポンジン)と結婚し、子どもができた。

それ以来、ずっと日本で暮らしている。
私の子どもは、とても引っ込み思案である。
彼は、昨年の9月から学校に行くのを嫌がっている。

本人に聞いてもクラスの担任に聞いても、いじめられてはいない、と言っている。

そのことで、学校の校長から「学校に行かせないのは児童虐待と思われても仕方がない。だから、説明に来なさい」と怒られて、今これから学校に行くところだ、と私に向かって戸惑ったように肩をすくめた。

しかし、親が無理やり子どもを学校に行かせないのなら「児童虐待」かもしれないが、子どもが自主的に行かない場合は、虐待ではないだろう。
校長は、児童虐待の意味を間違えているのかもしれない。

ただ、数多くの校長がいる中で、何人かはバカがいるだろうから、そんなことを言う校長もいるかもしれないとは思った。
今は、バカでも校長になれる時代なのだ。
(運動会の組体操で、毎年5千人以上の怪我人が出ても反省をしない教育者は「バカの称号」を送ってもいいと思う)


そうですか、それは大変ですね。

私には関係のない話なので、テキトーに答えて、私は少年に手を振り、誕生日祝いに、極道コピーライターのススキダに買ってもらった自転車にヨッコラショイッとまたがって、二人の前からモタモタヨロヨロと消えた。

自転車をフラフラと漕ぎながら、黒のフリースと黒の長ズボンを着けた少年の姿を思い出した。
エキゾチックな顔立ちには、黒い洋服がよく似合う。
私がプロデューサーなら、絶対に子役としていい役を与えたであろう。

これほど黒が似合うのは、私の知る限りでは、梶芽衣子さんとブラックジャックしかいない、と思った。

黒ずくめの少年の姿は、確実に私の大脳皮質に記憶された。

しかし、私の大脳皮質は老化が早いので、そのことはずっと忘れていた。
だから、今週の木曜日の午後、杉並の建設会社に行こうとオンボロアパートの駐輪場から「エンヤーコラヤッ」と自転車を出していたとき、背後から声をかけられても、その声の主が「外人さん」だとは思いもしなかった。

うるせえな、忙しいから、いま声なんかかけんなよ! としか思わなかった。
舌打ちをする寸前の顔で振り返ると、人の良さそうな「外人さん」が、少年に似た笑顔を作ったあとで、お辞儀をした。

ああ、どうも。

日本語の「どうも」は、使い勝手のいい言葉だ。
いろいろな感情を誤魔化すことができる。
ちょっとした後ろめたさも、「どうも」と言っておけば、大抵は消えてなくなる。

「どうも」のあとで、外人さんが、笑顔のまま話しかけてきた。

あれから、少年は真面目に学校に通っている、と嬉しそうに語った。
ただ、少年は休み時間のクラスの空気が嫌なので、休み時間は職員室で時間を過ごしているという。
担任の机の横に椅子を用意してもらって、次の時限が来るギリギリまで座って教科書を読むのが日課らしい。

昼休みも教室で給食を食ったらすぐ職員室に行って、そこで過ごす。
それが許されたことで、少年の表情はかなり明るくなった、と外人さんが安堵の笑みを漏らした。

その安堵の笑顔は、かなり魅力的だった。
彫りの深い顔立ちの中で、笑った時の目が極端に細くなって、それが温かな安心感を与えた。
私が女だったら、確実に惚れていただろう。

その笑顔を見て、彼は、きっと「いいお父さん」に違いないと思った。
私は、「いいお父さんマラソン大会」では、日本陸連の設定記録を大幅にクリアするオリンピック級の「いいお父さん」だから、同じいいお父さんのことは匂いを嗅いだだけでわかる。

この外人さんは、絶対に「いいお父さん」だ。
それは、共和党のトランプ氏が、米国の歴史上最も排他的・国粋主義的な政治家であるのと同じくらい確実なことと言っていい。

だが、いいお父さんには申し訳ないが、私には杉並まで猛スピードで自転車を走らせなければ、現地で怒りの竜巻と雷を食らう運命が待っている。

だから、急ぎますので、と飛ぶように自転車にまたがった。

だが、そのとき、外人さんが慌てたように、ああ・・・あのぉ、体は大丈夫ですか、と聞いてきたのだ。

からだ・・・・・?

「いや、うちの子が、あのオジさん、具合悪いんじゃないのかなって心配していたんですよ。うちの子は、ああ見えても鋭いところがありましてね。私がどんなに隠しても具合が悪いのを当ててしまうんです。あの子が言うんだから、あなたも具合が悪いんじゃないかな、と思って」

1月下旬の記憶をたどるのに、4秒44ほどかかってしまったが、確かにあの頃の体調は、あまりよくなかった。
しかし、私の大学2年の娘以外には、体調が悪いことに気づかれていない自信が私にはあった。

外人さん親子と遭遇したあの日、中央区新川の得意先との打ち合わせを終えてから、私は夢遊病者のように病院に侵入し、主治医の優香観音様の診察を受けた。
血液を抜かれ、15分後に速報値が出た。
ありえへんくらいヘモグロビンの数値が下がっていた。

(年に数回、食べるのが面倒になって絶食に近い形になることがある。そのとき、ヘモグロビンの数値が下がることに最近になって、やっと気づいた)

「いいですか! 我慢したって、ちっとも偉くなんかないんですよ! 
なんでもっと早く来ないんですか! 呆れますよ! 死にたいんですか!」

怒られた。
でも、すこし気持ちよかった。

Mさんは、実はどM・・・だった?

点滴と輸血を同時にしてもらって復活した。
そのあとに優香観音様が言った。
「いつもの倍の鉄剤を欠かさず飲むこと。それで良くならなかったら、入院、入院、入院!」

か、か、かなりお怒りのご様子だ。

(怯えながら)はい、わかりました!


そんな私の無様な光景が少年の目には見えていたのかもしれない。
少年は、超能力者か、あるいは名医ブラックジャックか。

違うとは思うが、一応聞いてみた。

お子さんの名前は、「黒男」くんですか?
(ブラックジャックの本名は間 黒男=ハザマ クロオ)

「いや、キンイチです」


なかなか日本的ないいお名前で。

(単細胞のガキなら『キンイチ? 百円均一かよ、これから、おまえのこと百円って呼ぶからな』と、からかいそうな名かもしれない)



おっと、危ない!

遅刻だ!

竜巻だ!

雷だ!


東京武蔵野から杉並区高井戸西までは9キロ。

設定タイム25分で疾走しなければならない。




余裕の22分でした。


みなさまのおかげで、今日も私は元気だ。



2016/03/05 AM 06:25:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



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