Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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品格とゴキブリと集団ヒステリー
潔癖性の人が増えたように感じる。

私はプロ野球には興味がないので知らなかったのだが、「賭博」やら「試合に関わる金銭授受」で、大騒ぎになっていることを昨日極道コピーライターのススキダから教えられた。

とはいっても、剣道以外運動が全くダメなススキダも野球には興味がないらしく、ネット情報を読んだだけだから正確ではない、と言い訳じみたことを言っていた。

もし本当に野球賭博をやっていたなら、それは職業野球人としてバッテンを付けなければならないだろう。
永久追放されても仕方がない。
ただ、自分のチームの勝敗にお小遣いをかけることくらいならバッテンを付けるほどではない、と私は思う。

人は、それぞれ違うモチベーションを高める方法を持っていると思う。
それが自分のポケットマネーで合法になされているのなら、外野がとやかく言うのは余計なお世話だ。
それは、矮小化した正義感を無駄なことに使っているように私には思える。

「仲間内で金銭をかけるのは最終的に八百長につながる恐れがある」という意見もあるらしいが、細かい可能性を上げたら、それはどんな競技にも当てはまるのではないか。

要は、間に胴元がいて、それが暴力組織に繋がっているかどうかだと思う。
それが、暴力組織の資金源になっていたら違法な賭博行為だと言っていい。
しかし、そうでなければ、ただの遊びだ。

小遣いをかけただけで八百長云々を言うのは、潔癖すぎて、私はその考えには馴染めない。

皆さん、そんなにご立派な品格をお持ちなのか、と私が言うと、ススキダが「そうだよ、おまえ以外はみんな品格を持っているんだ」と、品格の欠片もないゴキブリ顔で笑った。

横浜大倉山ガストのテーブルをひっくり返してやろうかと思った。

そのゴキブリが、さらに話を続けた。
「この間、ブライアン(ススキダの娘さんの夫・カナダ人)を京都に連れて行ったついでに、大阪で相撲を見てきたんだよ。
しかし、今時の横綱は品格がないよな。勝ち方が綺麗じゃない。
ブライアンは喜んでいたが、俺はガッカリしたよ」

私は男の裸に興味がないので、ほとんど相撲のことを知らない。
だから、こう聞いた。

ほぅー、その裸の男たちには、品格が必要なのか?
裸にまわしを締めただけの男に、おまえは品格を求めるのか?
なぜ裸の男に品格がなければいけないんだ?

「相撲は神事だからだよ。
あれは、神様に奉納するための儀式なんだ。
おまえは、そんなことも知らないのか?」

近くにゴキジェットプロがあったら、私はまわりの迷惑も顧みずに、ゴキブリに向かって噴射していただろう。
なぜ、ガストのテーブルの上には、ゴキジェットを置いていないのだ。
要望を書いて、あとで店員さんに渡すことにしよう。

相撲が神事に近いものだということは知っているが、今はプロスポーツの興行の一つだ。
興行というのは「商売」だということだ。
商売である相撲は、金が絡んでいる以上、俗世間のスポーツと同列とみなしていい。

話は逸れるが、柔道や剣道、弓道などは、強いだけでは上段者、高段者になれないらしい。
年齢や知識、態度などが「ご立派」と認められなければ、上に上がれない。
しかしそれは、元々がそういうシステムなのだから、受け入れるしかない。

もし柔道で3段のままだったとしても、強ければ、4段、5段を差し置いて世界大会に出ることができる。
つまり、実力で栄光を掴むことができる。
そこに、「品格」は必要ない。

競技場のど真ん中で、外人さん相手に、「俺、品格があるんだよね」と威張ったって、弱ければ負ける。
実に、わかりやすいではないか。

だから、正式な神事でもない男同士の裸の闘いに、品格を求める根拠が私にはわからない。

プロスポーツの世界は、テッペンを取った強いものが喝采を浴びるところだ。
品格だけで喝采を浴びられるほど甘い世界ではない。

おまえ・・・品格のない顔で、壊れたボイスレコーダーのように「ヒンカク、ヒンカク」って繰り返して、何が楽しいんだ。
ブライアンは、そんなことは思いもせずに、相撲を楽しんだんだろ。
ブライアンの方が、よっぽど相撲の楽しみ方を知っている、と俺は思うぞ。

まったくゴキブリらしい考え方だ。

ゴキブリが拗ねたようだ。
舌打ちが聞こえた。
「今日は、ランチを奢るつもりだったが、割り勘だな」

いや・・・ススキダ先生。
ゴキブリは、言いすぎました。
「ゴキブリの進化系・テラフォーマーズ」と訂正させていただきます。

だが、それも、お気に召さなかったようだ。

では、「ゴキブリ界の横綱」では、いかがでしょうか?


そんな風に「ゴキブリ界の横綱」と戯れていたとき、今まで耳に入ってこなかった会話が隣りのテーブルから聞こえてきた。

40歳前後の5人の奥様方が、声のトーンを上げたらしい。
聞き耳を立てたわけではないのに、大音量の会話が勝手に左耳に飛び込んできた。

「保育園に入れなかったくらいで、国会前でデモするなんて横暴じゃない?」
「子どもを持っているのが、そんなに偉いのかしら。私なんか働かないで、二人を育てたわよ」
「私なんか四人よ」
「被害者意識が強すぎるんじゃないかしら」
「保育園に子どもを預けて働くことが、そんなに凄いことなの?」
「奥さんを働かせなければ子どもを育てられない夫を選んだ自分が悪いんじゃないの!」
「そうよ! そうよ!」


ススキダと顔を見合わせた。
そして、小声で聞いた。

あのぉ・・・・・・ススキダ先生。
お隣りの奥様方は、何をお怒りになっていらっしゃるんでしょうか。
かなり、ご不満が溜まっておられるようですが。

「これは、おまえの得意な『集団ヒステリー理論』で説明できるが、もう時間がない。
この件は、宿題ということにしておこう。
次回までに、リポートにまとめて持ってきなさい」


はい! わかりました!
では、ここは先生の奢りということで。


「それは、却下!」



ゴキジェットプロを買って来て、ゴキブリに噴射してやろうか。



ついでに、隣のテーブルにも噴射したいところだが、それは「私の品格」が許さない・・・・・・・なんちって(RADWIMPS)



2016/03/26 AM 06:25:10 | Comment(1) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

相棒ではなくAIBO
「今年は創立20周年のパーティを大々的に開こうと思ってよぉ」
杉並の建設会社の顔デカ社長が、でかい顔を乗り出して言った。

そして、続けて「実は、去年が20周年だったんだが、占い師がな・・・・・俺の運勢が悪いって言うんで、記念式典を一年伸ばしたんだ」と言った。


はい?
占い師?
私の聞き間違いか、空耳か。


占い・・・・・師ですか?

「ああ、占い師だよ。おかしいよな」
背筋に寒いものが走った。
なんと、顔デカ社長が照れ笑いをしたのである。

場所は、会社のいつもの応接セットではなく、近くの料理屋の個室だった。

「酒を飲んでもいいぜ」と言われたので、お言葉に甘えて、生ビールを注文した。
メシは、さんまのピリ辛焼きと焼きおにぎりである。
顔デカ社長は、アルコールはなしで、海鮮丼の大盛りとタコの酢の物を注文した。

つまり、いつもとはシチュエーションがまったく違った。

ケツが痒くなった。
でも血は出なかった(手術が成功したから)。

「会社のやつらには内緒なんだけどな・・・会社を立ち上げるときも、その占い師の意見通りにやったんだよな」

占い師は、いま60歳すぎの男の人だという。
占いを本職にしているわけではないが、見込んだ人には、とことんサービスをするらしい。
金銭も受け取らないという。

20年前に、会社を立ち上げるにあたって、方角のいい場所や会社名などのアドバイスを受けた。
社員の採用も占い師の意見を聞いて合否を決めたらしい。

奥さんと結婚するときも占い師にお伺いを立てた。
(奥さんは、6年前に家を出てしまったが)

子どもの名前も占い師に決めてもらった。
(子どもとは5年以上会話がないらしいが)

「当たるときもあるが当たらないときもある。
当たり前だよな。
でも、そいつは俺の背中を押すのが上手い奴でな。
俺は気分よく背中を押されているのさ」


そのあとで、顔デカ社長はこちらを仰天させるようなことを言った。
「あんたのイニシャルSMだよな。
占い師から、イニシャルSMの相棒を探せって、ずっと言われていたんだよ」

息苦しくなってきた。

私の一番苦手な展開ではないか。

だから、努めて軽い口調で、まあ、サド(S)でマゾ(M)っていうのはなかなかいませんからねえ、と逃げを打った。

すると、顔デカ社長がでかい顔を近づけて、「その占い師が言うにはな、緊迫した場面で軽口を言う奴ってのは、瞬間的に色々なことを考えて、その中で一番波風の立たない言葉を選ぶらしいんだな。俺んちの社員なんてのは俺が何か聞くと俺の気に入りそうな答えしか出さねえから、軽口が飛んでくることは一切ない。要するに、あいつらは考えてねえんだな。だが、あんたは色々なことを考えた上で軽口を叩いている。それは才能の一つなんだと俺は占い師に教えられたよ」と言ったのだ。

珍しくセンテンスの長い会話だった。

しかし、私はメシを食うことに専念した。
場の空気を変えようと思ったのだ。

味噌をからめた焼きおにぎりが美味かった。
外側のパリパリ感と中の米の弾力感が合わさって、口の中に米と味噌の旨みだけが充満した。
今度我が家でも作ってみることにしよう。

季節はずれのさんま(もちろん冷凍)だったが、ピリ辛にすると身が引き締まった感じがして、味が濃厚に感じられた。
旬のさんまを手に入れたら、我が家でもやってみようかと思う。

頷きながら食っていたら、「そんなにさんまが美味いか」と、またでかい顔を近づけられた。

近すぎまする、お代官様。

「話を戻すとな」

いえ、戻さなくてもいいのではないかと・・・・・。

「戻すとな! あんたは相棒としては、うってつけだって占い師が言うんだよ」

しかし、わたくしは、その占い師さんとはお会いしたことがございませんが。

「会わなくてもわかるのが、占い師じゃねえのか。常人とは違うんだからよ!
ああ・・・でも、あんたみたいなタイプは占いなんてのは信じないんだよな」

よくご存知で。
私は占い師と肉、肉、肉! と叫ぶ人、オレオレオレと詐欺する人は苦手なのでございます。

「まあ、そんなことはどうでもいいんだが、俺はその占い師を信じている。
文句はねえよな!」

はい! 文句はありません!

「じゃあ、もう一杯、ビールを奢ってやる」

はい! ありがとうございます!
(一日2杯ルールだから、今日はこれで終わりだ)

「で・・・ここからが本題なんだが、6月の記念パーティーで、あんたにスピーチをやってほしいんだ」

そうくるだろうな、とは思った。

顔デカ社長にしては、回りくどい話になった。
おそらく占い師のことを語らずには、本題に入れなかったからだろう。

しかし、顔デカ社長が占い師のお告げを信じるとは意外だった。
私のように、「目に見えないものは信じない」人だと思っていた。
ただ、本当かどうかわからないが、政治家や大会社の社長が占い師のお告げによって進路を決めるのは、珍しいことではないらしい。

だから、顔のでかい人が占いを信じたとしても不思議ではない。
シャーマニズムは太古の昔からあるのだから、きっとでかい顔の中に、そのDNAが詰まっていたのだろう。

「で・・・やってくれるのかい? どうなんだい?」
ギロリと睨まれた。

それも占い師さんが?

「いや、これは俺の一存だ。何でもかんでも占い師に聞くわけじゃない。
占い師に聞くのは、重要な案件だけだ。
スピーチも重要ではあるが、会社の行く末を左右するようなもんじゃないからな。
だから、気軽にやってくんねえかな」

私はスピーチの素人だ。
おそらく、5、6、7、8、9回程度しかしたことがない。

頼んだ方に失礼だとは思うが、あらかじめ原稿を書くことはしない。
すべてアドリブである。
その日の気分で内容を決める。

そして、時間は2分以内と決めている。
人を感動させるようなことは意地でも言わない(言えない)。
つまり、何の役にも立たない。

もしかしたら、パーティーをぶち壊すかもしれません、と私は震えながら言葉を返した。

「いいじゃねえか。
アクシデントがあったほうが、パーティは盛り上がるだろ。
ぶち壊すつもりでスピーチやってくんねえか」

そして、間近にでかい顔をズームさせて、顔デカ社長が正面から私の両肩を叩いて言った。

「なあ、AIBOよお!」


おお、AIBOですか?
そう言えば、友人がAIBOの第1世代と第4世代を持ってました。
しかし、友人はバカなので使いこなせず、結局私が喜びの感情やら芸を教えたんですが、バカな友人は2体とも壊してしまいましてね。
50万円がパーですよ。
まったくモッタイナイ。


私のスローペースな会話に舌打ちをしながら、顔デカ社長が、再び顔をズームさせて、江頭2:50師匠になった。

「お〜い! どうなんだよ〜! や〜るのかよ〜、や〜らないのかよ〜!」


はい! やらさせていただきます・・・ワン!



壊れかけのAIBO・・・・・・なんちって(RADWIMPS)



2016/03/19 AM 06:27:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

ニコラスの旅
友人カネコの娘、ショウコの夫・マサが道端で外人を拾ったらしい。

それを聞いた私は、交番には届けたのかとショウコに聞いた。

すると、ショウコは、「持って帰った」と答えた。
それは、ネコババではないのか。

「ネコババではなくて、ニコラスだったよ」

ショウコとの会話は、いつもskypeのビデオ電話だった。
電話やメールでは駄目だというのだ。

「だって、サトルさんの日々老けていく顔を見るのが楽しみなんだから!」
ということで「skype以外NG」なのである。

・・・で、ニコラスは名前からするとイギリス人のようだが、フィッシュ&チップスは食わせたのか。
それさえ食わせておけば、イギリス人は暴れることはない(偏見)。

しかし、さすがに私の影響を色濃く受けているひねくれもの・ショウコは、外国人に媚びるような食い物を食わせたりはしなかった。
ニシンの甘露煮と菜の花の辛子和え、舞茸と茄子のソテー、鶏団子の吸い物を食わせたというのである。
しかも辛子和えは、通常の2倍以上の辛さにしたという。

だが、ニコラスは、すべてを美味しいと言いながら箸を進め、満足の笑みを浮かべて完食したらしい。
(イギリス人の味覚がおかしいのは本当だったようだ)

とは言っても、ニコラスは、菜の花の辛子和えを食いに日本に来たわけではなかろう。
まさか、日本のTOYOTAに轢かれるために道路に寝そべっていたとか?

「ヒッチハイクだよ。当たり前すぎて、ひねりも何もない話だけどね」
その日の夜、困ったことに、ショウコの夫のマサもショウコも英語が得意だったから、彼の「ヒッチハイク武勇伝」を延々と聞かされることになった。

イギリス人・ニコラス33歳は、大学時代に小型飛行機の操縦免許を取得し、27歳でヘリコプターの免許も取得した。
そして、大学を卒業すると同時に、遊覧飛行会社を立ち上げた。
ただ、ニコラスは、操縦免許は持っていたが、実際に会社で小型飛行機とヘリコプターを操縦したのは、キャリアを積んだエキスパートだった。

つまり、彼は経営に専念したということだ。
それは成功して、会社を立ち上げたときに負った借金をほぼ3年で返済するほどニコラスの事業は順調に推移した。

事業は成功、その間に、ニコラスいわくスカーレット・ヨハンソン似の女性と結婚し、子ども3人を得た。
住まいは、ロンドン市内のプール付きの豪邸(賃貸)。
住み込みのメイドとベビーシッターが1人ずつ。

しかし、そんな成功者が、なんでヒッチハイクなんかを。
それが金持ちの道楽だとしたら、鼻持ちならないな。

「会社を立ち上げて10年。成功はしたけど、ずっと他人事に感じていたんだって。
目が覚めたら、実は夢だったっていう恐怖心を、この10年間、ずっと持ち続けていたらしいよ。
自分が、こんな幸運な人生のパスポートを得られるなんて信じられないってずっと思ってた。
それが、怖くて逃げ出したくなった結果のヒッチハイクらしいよ」

ヒッチハイクをすると決めたニコラスは、会社の経営権を人に譲って、身軽になった。
そして、奥さんもニコラスの無謀な挑戦を止めることはなかった。
(会社を売って得た金が、奥さんにとって満足のいくものだったからだろう)

それが、昨年の2月のことだったという。
つまり、ヒッチハイクを始めてから既に1年以上が経っていた。

ロンドンからシンガポールまで飛行機で行き、そこからヒッチハイク・スタート。
タイ、マレーシア、ベトナム、香港、台湾、韓国、そして日本。
日本の富士山が最終目的地だという。

日本に到着したニコラスは、BBC放送で見た「釜石の奇跡」(児童・生徒、震災生存率99.8%!)を目に焼き付けようと岩手県釜石に向かった。
そのあと、新幹線で仙台まで戻り、ヒッチハイクをスタートさせた。

日本海側を通って広島まで行き、大阪、京都を経て東京。

そして、3月8日。
河口湖に行く途中に、マサに拾われ、マサの家に泊まることになった。
本人は河口湖まで絶対に行くと言っていたが、車内でくしゃみを連発していたので、マサが「無理しない方が」とお節介な親切心を発動したらしい。

症状からすると、ただの花粉症だったようだが、英語が通じる相手がいたという安心感もあって、ニコラスはマサの好意を受けた。
ショウコのガキ二人は、突然の外人の出現に最初はビビっていたらしいが、すぐに打ち解けて、八王子のスーパー銭湯で裸の付き合いをしたときは、ニコラスの両腕にぶら下がってはしゃいだ。

ニコラスは、脱いだら凄かったらしい。
ムキムキのマッチョだったというのだ。

ヒッチハイクをするにあたって、ニコラスが恐れたのは、犯罪に巻き込まれることだった。
だから、たとえ巻き込まれたとしても、自分で苦境を打破できるように、彼は自分を鍛えることにした。

空手道場に通い、キックボクシングのジムにも通った。
さらに、護身用の特殊警棒の扱い方も専門家に学んだ。

10ヶ月近い訓練の結果、ニコラスはマッチョになった。
東南アジアでは、何度も危ない目にあったが、特殊警棒を出して威嚇すれば、相手は戦意を喪失した。

ただ、それほど用意周到なニコラスのヒッチハイクだったが、本当のヒッチハイカーからは邪道だと責められることが度々あったという。
基本は野宿だが、身に危険を感じたとき、ニコラスは迷うことなくセキュリティのしっかりした一流ホテルに泊まった。
さらに、危ないと思った地域は、飛行機で素通りをした。

ニコラスは、金には困っていないのだ。
彼は、アジア旅行の一つの手段としてヒッチハイクをしているに過ぎない。
目的は旅行であってヒッチハイクではない。

そんなニコラスだから、同じヒッチハイカーから行く先々で批判にさらされた。
時には、彼を乗せてくれた親切なドライバーからも批判されたという。
乗せてくれたのに、途中で「あんた、降りてくれ」と言われたこともあったらしい。

「俺たちは人々のギリギリの善意に支えられて、危険と背中合わせで旅をしている。
しかし、おまえからは観光気分の匂いしかしない。
そんな旅をして、『俺は世界をヒッチハイクした』と言われたら、俺たちの立場がない。
おまえは、すぐにヒッチハイクをやめて、大手旅行代理店が計画したツアーに参加すべきだ。
そして、俺の前に二度と姿を見せるな。クソ野郎が!」

ショウコも私も本当のヒッチハイカーを知らない。
一年以上も異国で不安定な旅を続けるニコラスは、「立派なヒッチハイカー」のように我々には思える。

大金持ちニコラスだって、同じようにギリギリの善意に支えられて旅をしているのではないか。
金持ちには金持ちのヒッチハイクの方法があると思う。
ニコラスは今まで彼が積み重ねてきた努力で得たもので、旅の危険をすり抜けているだけである。

最低限の金しかないヒッチハイクは崇高なドラマを持つが、金で危険を回避するヒッチハイクにだって、同じようなドラマはあるはずだ。
ニコラスは「ニコラスの旅」をすることで、確実にドラマを作っていると私は思う。

ニコラスのヒッチハイクが、どんなものであれ、彼は間違いなく人々の善意を受けている。
そして、ニコラスはそのことをとても感謝している。
それで、いいのだ、バカボンのパパなのだ!

大金を持っていることは、決して「クソ」ではない。

あ、ごめん!
本当にクソがしたくなってきた。


「そんなオチかよ」とショウコ。


クソのあとで、またskypeを再開した。

「ところでさ・・・・・サトルさんがもっと若かったら、絶対にヒッチハイクをしていただろうね。
でも、サトルさんの若い頃は、飛行機も車も電車もなかったから、できなかったんだよね」

そうそう。
俺の若い頃は、馬が主流だったね。
金があれば、籠にも乗ることができたが、総楊枝(ふさようじ)を作る内職では、食っていくのが精一杯で籠なんて夢のまた夢さ。
暗い行灯の光で総楊枝を作るのは大変なんだよ。
当時は眼鏡も庶民には買えない時代でねえ・・・・・。

「おい!
ここは、ノリツッコミをするところだろうが!
延々と時代劇に入り込んだら、いつまでたっても話が終わらないぞ」

そういえば、昔は高い建物がなかったから、お江戸からも富士山が間近に見えてねぇ。
雪をかぶった富士山は、拝みたくなるくらい綺麗だったよ。
ありがたや、ありがたや・・・・・。

「おい!
ニコラスから泊めたお礼にもらった特殊警棒を持って、これから白髪の雪をかぶった脳天を可愛がりに行こうか」


(何事もなかったように)さて、ニコラスは、最終目的地の富士山には、行けそうなのかな。
彼には、ぜひ無事に富士山まで到達して欲しいものだ。
ニコラスには、彼が決して「クソ野郎」ではないことを証明してもらいたい。
私は、それを切に願う。

「でもね・・・・・ニコラスは勘違いしていたんだよね。
富士登山はいつでもできると思っていたみたい。
私たちが、富士の山開きは7月だよって言ったら、ものすごい落ち込んでた」

「ただね・・・さすがに金持ちは立ち直るのが早かった。
インターネットで、ヘリコプターで富士山クルーズができるのを知ったの。
そうしたらね・・・イギリスから家族を呼び寄せて、空の上から富士山を見ることにするって言うんだ。
金持ちがやることは、スケールが違うよね」


そうか。
チェッ! とんだ「クソ野郎」だな、ニコラスは。

ヘリコプターで富士山を見るなんて、クソにしか思いつか・・・・・。

あ、ゴメン、またクソが・・・・・。



「結局、そんなオチか〜い!」



2016/03/12 AM 06:25:16 | Comment(1) | TrackBack(0) | [日記]

黒ずくめのキンイチ
昨年の9月ごろから、月に2回程度、道端で出くわす少年がいた。

目の大きなキリッとした顔の(おそらく)ハーフの可愛い少年だ。
年は10歳に届くか届かないかではないかと思う。

取引先との打ち合わせに行こうと家を出たとき、出くわすことが多い。
朝の10時前だ。

平日の朝10時といえば、10歳前後の子なら普通は小学校でワイワイやっているはずだが、なぜこんな時間に彼は・・・・・とは、私は思わない。
他人のことには興味がないからだ。

ただ、私を見上げてハニカミながら言う少年の「こんにちは」の笑顔は好きだ。
その笑顔は、キュンとくる。
(変な趣味はございませんよ)

その少年と今年の1月下旬、オンボロアパートの前で、また出くわした。
いつもと違うのは、横に大人の男の人がいたことだ。
おそらく外人さんだと思われる。

私と同じくらいの背丈だから、179.6センチだろう。

ナニジンかは、わからない。

少年がいつものように、「こんにちは」と笑った。
それを見た隣りの外人さんが驚いた顔をした。

「知り合い・・・・・?」

この時間に4、5回コンニチハの挨拶をしました。

「いや・・・しかし、この子はすごい人見知りで・・・」
日本で長く暮らしている外人さんらしく、流暢な日本語だった。
イントネーションにも違和感はなかった。

「この子が、自分から大人の人に挨拶するのを初めて見ました。なんででしょう?」

(知りません)

どういうわけか私に親近感を覚えた外人さんは、いきなり私に個人情報を漏らし始めた。
自分はトルコとイギリスの混血である。
15年ほど前に日本にやってきて、数年後に今の奥さん(ニッポンジン)と結婚し、子どもができた。

それ以来、ずっと日本で暮らしている。
私の子どもは、とても引っ込み思案である。
彼は、昨年の9月から学校に行くのを嫌がっている。

本人に聞いてもクラスの担任に聞いても、いじめられてはいない、と言っている。

そのことで、学校の校長から「学校に行かせないのは児童虐待と思われても仕方がない。だから、説明に来なさい」と怒られて、今これから学校に行くところだ、と私に向かって戸惑ったように肩をすくめた。

しかし、親が無理やり子どもを学校に行かせないのなら「児童虐待」かもしれないが、子どもが自主的に行かない場合は、虐待ではないだろう。
校長は、児童虐待の意味を間違えているのかもしれない。

ただ、数多くの校長がいる中で、何人かはバカがいるだろうから、そんなことを言う校長もいるかもしれないとは思った。
今は、バカでも校長になれる時代なのだ。
(運動会の組体操で、毎年5千人以上の怪我人が出ても反省をしない教育者は「バカの称号」を送ってもいいと思う)


そうですか、それは大変ですね。

私には関係のない話なので、テキトーに答えて、私は少年に手を振り、誕生日祝いに、極道コピーライターのススキダに買ってもらった自転車にヨッコラショイッとまたがって、二人の前からモタモタヨロヨロと消えた。

自転車をフラフラと漕ぎながら、黒のフリースと黒の長ズボンを着けた少年の姿を思い出した。
エキゾチックな顔立ちには、黒い洋服がよく似合う。
私がプロデューサーなら、絶対に子役としていい役を与えたであろう。

これほど黒が似合うのは、私の知る限りでは、梶芽衣子さんとブラックジャックしかいない、と思った。

黒ずくめの少年の姿は、確実に私の大脳皮質に記憶された。

しかし、私の大脳皮質は老化が早いので、そのことはずっと忘れていた。
だから、今週の木曜日の午後、杉並の建設会社に行こうとオンボロアパートの駐輪場から「エンヤーコラヤッ」と自転車を出していたとき、背後から声をかけられても、その声の主が「外人さん」だとは思いもしなかった。

うるせえな、忙しいから、いま声なんかかけんなよ! としか思わなかった。
舌打ちをする寸前の顔で振り返ると、人の良さそうな「外人さん」が、少年に似た笑顔を作ったあとで、お辞儀をした。

ああ、どうも。

日本語の「どうも」は、使い勝手のいい言葉だ。
いろいろな感情を誤魔化すことができる。
ちょっとした後ろめたさも、「どうも」と言っておけば、大抵は消えてなくなる。

「どうも」のあとで、外人さんが、笑顔のまま話しかけてきた。

あれから、少年は真面目に学校に通っている、と嬉しそうに語った。
ただ、少年は休み時間のクラスの空気が嫌なので、休み時間は職員室で時間を過ごしているという。
担任の机の横に椅子を用意してもらって、次の時限が来るギリギリまで座って教科書を読むのが日課らしい。

昼休みも教室で給食を食ったらすぐ職員室に行って、そこで過ごす。
それが許されたことで、少年の表情はかなり明るくなった、と外人さんが安堵の笑みを漏らした。

その安堵の笑顔は、かなり魅力的だった。
彫りの深い顔立ちの中で、笑った時の目が極端に細くなって、それが温かな安心感を与えた。
私が女だったら、確実に惚れていただろう。

その笑顔を見て、彼は、きっと「いいお父さん」に違いないと思った。
私は、「いいお父さんマラソン大会」では、日本陸連の設定記録を大幅にクリアするオリンピック級の「いいお父さん」だから、同じいいお父さんのことは匂いを嗅いだだけでわかる。

この外人さんは、絶対に「いいお父さん」だ。
それは、共和党のトランプ氏が、米国の歴史上最も排他的・国粋主義的な政治家であるのと同じくらい確実なことと言っていい。

だが、いいお父さんには申し訳ないが、私には杉並まで猛スピードで自転車を走らせなければ、現地で怒りの竜巻と雷を食らう運命が待っている。

だから、急ぎますので、と飛ぶように自転車にまたがった。

だが、そのとき、外人さんが慌てたように、ああ・・・あのぉ、体は大丈夫ですか、と聞いてきたのだ。

からだ・・・・・?

「いや、うちの子が、あのオジさん、具合悪いんじゃないのかなって心配していたんですよ。うちの子は、ああ見えても鋭いところがありましてね。私がどんなに隠しても具合が悪いのを当ててしまうんです。あの子が言うんだから、あなたも具合が悪いんじゃないかな、と思って」

1月下旬の記憶をたどるのに、4秒44ほどかかってしまったが、確かにあの頃の体調は、あまりよくなかった。
しかし、私の大学2年の娘以外には、体調が悪いことに気づかれていない自信が私にはあった。

外人さん親子と遭遇したあの日、中央区新川の得意先との打ち合わせを終えてから、私は夢遊病者のように病院に侵入し、主治医の優香観音様の診察を受けた。
血液を抜かれ、15分後に速報値が出た。
ありえへんくらいヘモグロビンの数値が下がっていた。

(年に数回、食べるのが面倒になって絶食に近い形になることがある。そのとき、ヘモグロビンの数値が下がることに最近になって、やっと気づいた)

「いいですか! 我慢したって、ちっとも偉くなんかないんですよ! 
なんでもっと早く来ないんですか! 呆れますよ! 死にたいんですか!」

怒られた。
でも、すこし気持ちよかった。

Mさんは、実はどM・・・だった?

点滴と輸血を同時にしてもらって復活した。
そのあとに優香観音様が言った。
「いつもの倍の鉄剤を欠かさず飲むこと。それで良くならなかったら、入院、入院、入院!」

か、か、かなりお怒りのご様子だ。

(怯えながら)はい、わかりました!


そんな私の無様な光景が少年の目には見えていたのかもしれない。
少年は、超能力者か、あるいは名医ブラックジャックか。

違うとは思うが、一応聞いてみた。

お子さんの名前は、「黒男」くんですか?
(ブラックジャックの本名は間 黒男=ハザマ クロオ)

「いや、キンイチです」


なかなか日本的ないいお名前で。

(単細胞のガキなら『キンイチ? 百円均一かよ、これから、おまえのこと百円って呼ぶからな』と、からかいそうな名かもしれない)



おっと、危ない!

遅刻だ!

竜巻だ!

雷だ!


東京武蔵野から杉並区高井戸西までは9キロ。

設定タイム25分で疾走しなければならない。




余裕の22分でした。


みなさまのおかげで、今日も私は元気だ。



2016/03/05 AM 06:25:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



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