Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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ストイックではないが禁欲的
今年の同業者との忘年会は出ないつもりだった。

前回の飲み会で私は、こう提案した。
二ヶ月ごとに飲み会を開いているのだから、忘年会も新年会も同じ飲み会としてやったほうが効率がいいんじゃないですか。
しかし、全員から「忘年会と新年会は特別。今年もきちんとやりましょ」と却下された。

きちんとしたことが嫌いな私は、それならパス、と思ったのだが、毎回飲み会で使わせていただく吉祥寺居酒屋の店長代理が、オメデタもあって今年いっぱいで居酒屋を辞めるという情報が偏西風に乗って飛んできた。

そこで、考えが変わったのだ。


私は臆病者なので、馴染みの店を作ることに慎重である。
モノや人に愛情を持ってしまうと、それを失くしたときの喪失感が大きい。
それが怖いので、なるべくモノや人から距離を置いて生きてきた。

そんなこともあって、初期の頃の同業者との飲み会は毎回店を変えていた。
そのほうが、気が楽だからだ。
飲み会に限らず、同じ店を利用することを私は今も病的に避けている。

一回限りだったら、その店のことはすぐに忘れることができる。
「通りすがりの人」でいられる。

それは、私の精神を安定させるために、なくてはならない儀式だった。
だが、3年ほど前に利用した居酒屋が、私のそんな思惑を無視して、困ったことに今は馴染みの店になってしまったのである。

そこの店長代理の女性を(私を除く)スケベ親父どもが気に入ってしまったからだ。

「活発な感じで女将っぽっくて、いい子だよね」
「北乃きいを成熟させた感じだよね」
「愛人にしたいよね」(キモいぞ、お前ら!)

その結果、そんなスケベ親父どもの下心丸見えのスケベ目線がフォースとなって、その居酒屋がレギュラーポジションを得てしまったのだ。

私はいつものように、なるべく馴染まないように馴染まないようにと最初は努力した。
しかし、生まれついてのお茶目さが出てしまったせいで、店長代理・片エクボさんと一番仲良くなったのが私、というなんとも皮肉な結果になった。

ただ、店長代理・シモコーベさんが私のことを「白髪の旦那」と呼んで、カピバラや馬、オランウータン、ナマケモノ、オオスズメフクロウよりも私に懐いてくることが、私をいつも居心地悪くさせた。

毎回、片エクボさん相手に軽口を叩くのだが、軽口を叩くたびにケツが椅子から浮揚して、さらに居心地の悪さが増幅した。

だが、実にうまいタイミングで、片エクボさんが妊娠し入籍するという幸運に遭遇した。

それを聞いたときの私は、ああ、これで居心地の悪さから解放される、とケツを椅子に落ち着かせたものである。
落ち着いた気分でグビっと飲む一番搾りの中ジョッキが、体の奥深くまで浸透して私の気分を高揚させた。

やはり、うまいですね、ビールは。


ここで、話はいつものように脱線して、私の貧しい血の話を。
主治医の優香観音様の指示通り、一ヶ月間に亘り一日缶ビール1本を摂取したのち、先週血液の数値を計った。
すると、貧血の判断基準である残留鉄は変化しなかったが、ヘモグロビンの数値は1.5ポイント上昇するという結果が出た。

そこで、優香観音様から「本当ならアルコールは、このままやめたほうがいいのかもしれませんけど、ヘモグロビンの数値が増えていることから影響は少ないと考えていいでしょう。適度に飲むのならいいかもしれません。Mさんはストイックだから、ご自分でブレーキをかけることができるはずです。だから、『適度に』摂取するならいいですよ。ただ定期検査はこれからも続けていきましょう」と許可が出たのである。

わけあって、私の英語の辞書では、「stoic」の箇所が黒く塗りつぶされていることもあって、私はストイックの意味を知らない。

だから、観音様に、私は全然ストイックではありません。でも、禁欲的な男です、と言った。

そうしたら、「は〜いはいはい、要するにストイックなんですね」と、あしらわれ、出口を指さされた。
お忙しかったようだ。


ストイックではないが禁欲的な私は、中ジョッキ一杯で満足した。
カピバラや馬、オランウータン、ナマケモノ、オオスズメフクロウが酒をすすめてきたが、動物どもの言うことは無視した。

そんなとき、私服姿の片エクボさんが我々のテーブルにやってきた。
その美脚を見てガイコツは密かにヨダレを垂らした。

9時を過ぎていたようだ。

今までは、店長代理ということもあって、店のクローズまで勤めていたが、妊娠してからは負担を軽くするため9時に上がることにしたという。

「皆様とは、これで最後だと思いますので」と片エクボさんが、一人ひとりに頭を下げた。
動物どもが拍手をした。
ガイコツも拍手をした。

そのあと、なぜか片エクボさんに「白髪の旦那、立ってくれます?」と促された。
言われるままに立ち上がると、片エクボさんに「うわっ、デカッ! 細ッ!」と今更ながら呆れられた。

片エクボさんの身長はわからない。
きっと150センチから161センチの間だと思う。
そんな片エクボさんから見れば、私は不自然に肥大したガイコツに思えたことだろう。

その変態ガイコツに向かって、片エクボさんが言った。

「ねえ、最後にハグしてもいい?」

ほとんど何も考えずに頷いたら、軽く抱きしめられた。

あ・・・・・ハグって、これのことかぁ、と棒立ちの間抜けなガイコツに向かって、片エクボさんが、「骨が当たるゥ! 何だぁ、このゴツゴツした気持ちよくない感触は!」と罵った。

勝手にハグしておいて、なんだこいつは、と思った。
抗議しようと思ったが、片エクボさんに真剣な表情で下から見上げられたので、やめた。

「白髪の旦那には、何かと助けてもらったからね。これは感謝のしるしだよ」

だが、私は片エクボさんを助けた覚えはないので、それはきっと片エクボさんの勘違いだろう。

6秒間のハグのあとに、私は、では俺もお礼にフォースを送ろうか、と言った。

「フォース?」

(白目で)ドゥルルルルルルルルルー・・・ブン!
安産でっす!

手をたたいて受けてくれたが、「ありがとう。でも、相変わらずバカだね」と褒められた。
そして、「産まれたら電話するから」と、片エクボ・シモコーベさん(結婚後の姓を聞いていなかった)は、美脚を翻して私の目の前から消えた。

もちろん、喪失感はなかった。
ただの「通りすがりの居酒屋」の店長代理だからだ。

それよりも鬱陶しかったのは、カピバラや馬、オランウータン、ナマケモノ、オオスズメフクロウどもが私に向ける非難の目だった。
その動物の嫉妬が鬱陶しかったので、私は全員の頭をかじってやろうと決心した。

ガォーッと口を開けようとしたとき、私の前に一番搾りの中ジョッキが置かれた。

何ですかこれは?
なにかの間違いでしょう。
私は頼んでおりませんが。

私がそう言うと、片エクボさんよりルックス的に45パーセント劣る店員さんが、「店長代理からでっす」と愛想笑いで私を見下ろした。
その顔を見て、私は8パーセントだけ喪失感を味わったが、すぐに立ち直った。


最後に中ジョッキを奢ってくれるとは、粋ですねえ、片エクボさんは。

美味しくいただきました。


それを見たカピバラや馬、オランウータン、ナマケモノ、オオスズメフクロウどもが、私を指差して合唱した。

「なんだよ! どこがストイックだよ! ただのスケベじゃないか!」


うるさいぞ!
それならむしろ「セクハラオヤジ」と呼んでくれ。

片エクボさんにハグされたとき、どさくさに紛れて、髪の毛にキスをしてしまったのだから。


でも、臆病者でなければ、抱きついて離れないところだろうから、私はストイックではないが間違いなく禁欲的だ。


2015/12/28 AM 06:16:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



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