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● 自由人のウソ |
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大学時代の友人・カネコからランチの誘いがあったので、吉祥寺の焼肉屋に潜入した。
芋洗坂係長と見間違うほどのデブは、肉が大好きだった。 大学時代は、175センチ、60キロの痩せ型で、180センチ、64キロの私より華奢に見えた。
しかし、今は・・・・・私は当時と比べてマイナス7キロだが、カネコはプラス40キロに華麗に変身した。 35年間、肉を食い続けたら誰でも確実にこうなる、という見本だ。
40キロの肉を体に貯蓄するには、どれだけの牛、豚、鶏、羊、猪、ワニ、恐竜を食わなければいけないのだろうか。 そんな計算ができるアプリがあれば、購入してもいいのだが。
ただ、カネコの場合、肉ばかり食っているわけではない。 それと同じ量の野菜も摂取しているのである。
カネコは、「なんで焼肉屋に来て野菜を食わなきゃいけないんだよ。バッカじゃねえの」などという白痴的なことは絶対に言わない。 彼は、バランスのいい賢いデブなのだ。 そこは認めてもいい。
バランスデブ、カネコが肉を頬張りながら言った。 「伝えたいことは2つ。まず、簡単なことから済ませよう」 そう言って、テーブル越しに賄賂を渡してきた。
袋を開けてみると、リボンの付いた賄賂だった。 開けると、箱の中で大きな財布が自己主張していた。 色は明るいブルー。 箱にはブランドっぽい名前が印刷されていた。
私は、ブランドは「しまむら」と「ユニクロ」しか知らないので、それは、その他大勢のブランドということになる。 だから、値段はわからない。
「ショウコがな、5月に会ったとき、おまえの財布があまりにもボロっちかったので、いたく心を痛めたらしいんだな。だから、誕生日には財布を恵んでやろうと半年間考えていたんだとよ」
ショウコというのは、カネコの子どもで、26歳、ふたりの子持ち、夫あり、職業は翻訳家。 ショウコが6歳のときから、私たちは友だちづきあいをしていた。
一緒に風呂に入ったこともあるのだ(人妻になる前の9歳ごろだったから、全然セクシーではなかった。いまもセクシーではないが)。
「俺も半分出したから、これは俺とショウコからのプレゼントということになるな」
じゃあ、半分に切ろうか。 俺は、ショウコのだけでいい。
「冗談だろ?」
俺は、冗談が嫌いだ。 だから、これは嘘だ。
「そういうところなんだよな。俺が、おまえを羨ましいと思うのは。 馬鹿なことを平気で言えるのは才能の一つだって、この間、オオクボ先輩と話をしたんだ」
カネコは、新宿でコンサルタント会社を経営しているバッファロー・オオクボのことを「先輩」と呼ぶ。 なぜなら、大学で2学年上だったからだ。
しかし、同じ2学年上の私のことは、「おまえ」である。
後輩思いの私が大昔に宣言した、先輩後輩を忘れて、友だちとして付き合おうぜ、という言葉をカネコは真っ正直に受け止めた。 さすがに、20代半ばまではカネコにも可愛らしい遠慮があったが、私が「あっち向いてホイ」を5回連続で負けたときから、タメ口をきくようになった。
あれから私は、「あっち向いてホイ」をしていない。
「ここからが重要な話なんだが」と芋洗坂が居住まいを正した。 デブは得である。 どんなブサイクな男でも、背筋をピンと伸ばせば、威厳が生まれる。
私が、そんなことをしても、ガイコツが標本らしい格好をしているとしか思われない。
「俺、会社やめることにしたんだ。 これは、女房にも伝えたし、ショウコにも言ってある。反対の声はなかった」
あっ、そう。
「反応が薄いな」
だって、もうショウコから聞いているし、オオクボからも聞いた。 ついでに、ノナカからも聞いた。 ノナカが東京で展開する高齢者向けミニパソコン塾を、おまえが全面的に引き受けるって話だよな。
カネコは大学卒業後、自己啓発セミナーや、ビジネス書、ビジネス手帳を出版する、いかがわしい会社に勤めた。 その会社は、今では人材派遣業を主流にしていて、カネコは千葉支部長にまで上り詰めていた。 つまり、ちょっとした成功者だったのだ。
今より確実に年収が減るのに、なぜ転職をしたいと思ったのか私には理解できないが、どっちみち他人の人生だから、私は干渉はしない。
だから、あっ、そう、としか言い様がない。
ただ、あっ、そう、だけでは字数が少ないので、ついでに、おまえの人生だ、と私はカネコに言ってやった。 さらに字数を増やすために、好きにすればいいさ、も付け加えた。
「そう、俺の人生だ。 俺は、おまえみたいに自由に生きる」
俺みたいに? 俺が自由に見えるのか、おまえには?
「ああ、オオクボ先輩やノナカ先輩とも話したんだが、結局、おまえが一番羨ましい生き方をしているんじゃないかって」
俺が羨ましい? 低収入で、持ち家もなくおんぼろアパート暮らし。低スキルで心と血の貧しい俺が羨ましいだって? おまえ、俺に喧嘩売ってんのか?
顔をペロペロしてやろうか!
「ほら、そういうところだよ。 俺たちが、羨ましいと思うところは。 俺たちは、絶対にペロペロなんて言えないからな」
簡単だろうが。 舌を出して、それを上下左右に動かせばいいだけだ。 生後101日のワンちゃんにだってできる。
「・・・・・・・・・・」
(随分、沈黙が長いな。その間にトイレにでも行っておこうか)
トイレから帰ってくると、カネコが「8種の肉盛りあわせ」を追加して、肉と同化しているところだった。 どっちが食われているか、わからない光景だった。
肉を頬張りながら、カネコが言った。
「とにかく俺たちは、おまえが羨ましいんだよ。 だから、少しだけでも近づきたいと思って、俺は会社を辞めることにした。 俺は、自由になりたいんだ」
まあ、自由になるのは自由だが、自由になりたいのなら、もう少し痩せることだな。 デブは、四方八方どの角度から見ても、幸せにしか見えない。
俺みたいに痩せ細っていたら、人は「ああ、可哀想だな。でも、こいつとは関わりたくないから、こいつはこのまま放牧しておこうか」と考えて、柵を取り外してくれるんだ。
おまえ・・・今のようにデブのままだと、飼い慣らしたほうが得だと思って、一生柵から出してもらえないぞ。 美味しそうな姿は、自由には似合わない。 利用されるだけだ。
だから、痩せろ。
「本当か?」
嘘だ!
自由人は、焼肉を奢ってもらうためなら、平気で嘘をつく人種なんだ。
実は、それも嘘だが・・・・・。
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2015/11/07 AM 06:26:01 |
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