Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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お金持ちのトレンド
2015年9月28日3時半過ぎのことだった。

私は新宿駅から中央線の下り電車に乗った。
車内は、そこそこ混んでいた。
座席はすべて埋まっていた。

立っている人が20人程度いたかもしれない。
その中で、学校帰りの高校生が乗客の4分の1を占めていて、高い声の会話が行き交っていた。

電車が、そんな雑然とした空気を荻窪駅まで運ぼうとする寸前に、女子高生の一人がひときわ甲高い声で叫んだ。
「福山雅治が、結婚したんだってぇ!」

同じ学校の高校生ではないと思うが、他の高校生が「え? うそ?」と反射的に叫んだ。
そして、車内の乗客の7割以上が、「え? え?」と声こそ出さなかったが、何かを探すように首を伸ばして驚きの空気を作った。

車内の空気が一変した瞬間だった。

その変化の様子を見て、福山氏の結婚に、こんなにも多くの人が興味を持っているのかと驚いた。
もちろん、福山雅治氏がビッグネームだというのは知っていたが、車内の空気を一変させるほど大きな影響力を持った人だとは思わなかった。

吉祥寺駅に着く頃には福山氏のお相手の話題に移り、私の降りる武蔵境駅まで、「福山氏の結婚」が車内を浮遊していた。
私は見ていないのだが、その日の夜のNHKのニュースでも取り上げられたというのを聞いて、そんなに大物だったのかと認識を新たにした。


日本中がお祝いしてくれる結婚は、スケールが大きすぎて現実感がないのだが、老年に差しかかった人の結婚は、現実感丸出しでほのぼのとする。

このブログではミズシマさんという人が、過去何回か登場した。
最近、登場しなかったのは、面白い出来事にぶつからなかったからだ。

ミズシマさんは、おそらく60代半ば。
大学時代に、いくつかの特許を取得し、それなりのロイヤリティを獲得して、彼は数多い万札を手に入れた。

彼は、その収入を堅実に不動産経営に投資した。
東京下北沢に、アパートを2軒建てたのである。
そして、残った資金は貯蓄と株の投資に回した。

ミズシマさんの勘のよさが生きたのは、バブル絶頂期をやや過ぎた頃に、取得した株をすべて売り払ったところだ。
多少の傷は受けたが、致命傷にはならずに済んだ。

彼は、アパートから得る収入と貯金のおかげで、大学を卒業してから40年以上、悠々自適の暮らしを送っていた。
サラリーマンを経験したことがない。
気まぐれに年に半年間だけビル掃除や厨房の調理補助などの仕事をするのが、彼の楽しみの一つになっていた。

それを鼻持ちならない、と言う人は多い。
人生を舐めている、と言う人もいた。

だが、金持ちには金持ちの暮らしがあり、それに付帯する悩みもある。
ビンボー人に身の丈に合った暮らしがあり、悩みがあるのと、それは同じことだ。

ミズシマさんは「特許」というクリエイティブな方法で大金を手にした。
それは、彼が常人以上の努力をしたからであり、彼に才能があったからだ。

自分の力で多額の金を手に入れた彼が、どんな人生を送ったとしても、凡人である我々がそれを非難するのは僭越すぎるだろう。
日本経済に、それほど貢献していない我々ビンボー人が、日本経済に貢献した人にかける言葉は、ひとつしかない。

「よっ! 大富豪!」

その大富豪に、今年初めてご招待を受けた。
ミズシマさんと知り合って30年近くが経つが、ほぼ毎年高級料理を奢っていただいてきた。

銀座や東銀座、麻布あたりの寿司屋が多いが、浜松町や日本橋の高級懐石料理屋でご馳走になることもあった。
(ミズシマさんは洋食のマナーが、『あんな非合理的なものはない』といって嫌っているので、高級レストランは利用しない)
図々しいことに、30年近く、私は一銭も払ったことがない。

高級な店でメシを食ったからといって、自分が偉いわけではない。
ただ、ミズシマさんが上手に金を浪費する場面のお手伝いをしているだけである。
そのことだけはわきまえて、いつもご馳走になっている。

未婚、子どもなしのミズシマさんは、絶えずこう言っていた。
「僕は扶養家族がいないですから、自分が気持ちよく食事できる人だけにしか奢りませんから」

ミズシマさんにとって、東京武蔵野のガイコツは気持ちよく食事ができる手頃なガイコツだったということだ。
ガイコツに生まれてきて良かった!


今回ミズシマさんにお呼ばれしたのは、誰もが知っている居酒屋チェーン店だった。
場所は、中央線中野駅から徒歩数分のところだ。

ミズシマさんは既に来ていて、私の姿を認めると立ち上がって手を振った。
相変わらずの標準体型で、血色のいい「うまいもの食っている顔」をしていた。
その「うまいもの食っている顔」の横には、中年の女性がいた。

少し不意をつかれた気分になったが、私は大人なので、「Mでございます。お初にお目にかかります」と礼儀正しい男のふりをした。
先方も立ち上がって、90度のお辞儀を2回繰り返した。

女性に対する私の第一印象は、「給食のおばさん」だった。
私の中で安心感のある女性といえば「給食のおばさん」だったので、直感的にそう思った。
年齢は、47から56歳の間ではないだろうか。

そのあとで、ミズシマさんが、「この人、介護福祉施設の栄養士をしているんですよ」と紹介したから、大きく外れていたわけではなかったようだ。

ミズシマさんは、30代の頃、2回プロポーズしたことがあった。
しかし、定職を持っていないということで、相手のご両親に嫌われ、結婚は叶わなかった(ミズシマさんは親に祝福されない結婚は不幸だというポリシーを持っていた)。

定職を持っていないとは言っても、世間一般のサラリーマンよりは遥かに自由に金を操れるのだが、先方には貯蓄やアパート経営のことは告げなかったという。

「それが、僕の美学ですから」

その美学を貫いたせいで、ミズシマさんは独身だった。
では、となりにお座りになった栄養士さんは?

ミズシマさんが、いたずらっぽい笑顔を作って言った。
「Mさん。今日がこの人との5回目のデートですよ」
ウィンクまでしてきた。

5回目、と聞いて、私の脳にミズシマさんとの過去の会話が蘇った。
過去の2回のプロポーズも5回目のデートのときだったと聞いた。
きっと、それがミズシマさんの「美学」なのだろう。

その美学を貫くのなら、ミズシマさんは、過去と同じように栄養士さんに自分が資産家であることは告げていないはずだ。
彼は、「ありのままのミズシマさん」として、30年ぶりにプロポーズをするつもりだ。

とりあえず私に紹介をして、その後どこかプロポーズにふさわしいところに場所を移して求婚するというのが常識的な流れだろう。

……と思ったら、ミズシマさんがコンビニでミネラルウォーターを買うような軽い口調で、栄養士さんに向かって「結婚してください」と言ったのだ。

栄養士さんが「え?」
私も、え?

え? ここで言う?

だが、もっと驚いたのは、栄養士さんが「はい、よろしくお願いします」と顔を少し上気させて、簡単に頭を下げたことだ。
嘘ですよね、とも、ご冗談を、などという野暮な反応はしなかった。
まるで既定路線のように、プロポーズを承諾したのである。

その少しも芝居がかっていない姿を見たとき、ミズシマさんは、とてつもない宝物を手にしたのではないか、と思った。

初のプロポーズ成功?
三度目の正直?

さらに驚いたのは、ミズシマさんが嬉しさのあまり、立ち上がって阿波おどりをし始めたら、周りの人が手拍子をして乗ってくれたことだ。
栄養士さんも満面の笑みで手拍子をしていた。

幸せそうだった。


それから4日後の今週の木曜日、ミズシマさんから電話があった。
栄養士さんと付き合い始めたのをきっかけに、生まれて初めて持った携帯電話を使って、かけてきたのだ。

「この間は、ありがとうございます。そのほかの挨拶は面倒なので省きます」
そのあと、新居のことやら、栄養士さんの娘さんと息子さんが祝福してくれたこと、結婚式をするほど自分は恥知らずではない、入籍だけで十分などという報告をしてくれた。

ちなみに、娘さんは2年前に結婚し、息子さんは消防士として新潟に勤務しているので、栄養士さんはいま一人暮らしである。
もちろん、旦那様はいない。
どこか空高いところにいらっしゃるようだ。

そして、栄養士さんは東京墨田区押上に一軒家を持っていることもあり、二人の「愛の生活」はそこでスタートすることも教えられた。

余計なお世話かと思ったが、栄養士さんには、ミズシマさんの資産のことを話したのですか、と聞いてみた。
資産のことを告げると、栄養士さんは、それほど驚きもせず、「では、もっと年をとったら、私の家を売ったお金とミズシマさんのお金を足して、老人ホームでも建てましょうか」と言ったというのである。

ミズシマさんは、その提案に、すぐに賛同した。
「最終的に僕たちもそこに入る予定ですから、Mさんもどうですか。楽しい老後を過ごしましょうよ」と勧められた。
ミズシマさんは軽口を叩かない人なので、それは絶対に本気だと思う。

だから、ぜひ、とお願いしておいた。


そういえば、私の知り合いのテクニカルイラストの達人・アホのイナバの奥さんも大金持ちで、近い将来に老人ホームを建てることを計画していた。


もしかしたら、最近の金持ちの間では、老人ホームを建てるのがトリンドル? いや、トレンド……………なわけはないか。




ただ、私はその老人ホームが完成する前に、血の供給が止まって突然死しているでしょうけど………トホホ。



2015/10/10 AM 06:26:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



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