Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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腕あげた?
唐突だが、本物のプロフェッショナルとはどんな人か?

たとえば、誰もが知っているわかりやすいプロフェッショナルと言えば、メジャーリーグ時代の松井秀喜氏をあげることができる。

日本では長距離バッターだったと思うが、松井氏がメジャーリーグ入りした頃は、ホームランを量産する筋肉改造人間がリーグに少なからずいた。
そんな改造人間には敵わないとすぐに悟った松井氏は、方向転換をし、ホームランを捨てて走者を返す打撃に切り替えた。

打点を多く稼ぐことにより、松井氏は首脳陣やフアンの信頼を得て、数少ない日本人野手の成功者として、メジャーリーグの歴史に名を刻むことになった。

素人考えだが、松井氏がもしホームランを捨てなかったら、彼は多くの日本人野手のように、「ただメジャーに行っただけの人」で終わっていたかもしれない。

本当のプロフェッショナルは、己の力量を第三者の目で見ることができる人だ。
その意味で、松井秀樹氏は、己を見極める確かな目を持った正真正銘のプロフェショナルだったと言っていい。


たとえば、私の身近には、プロフェッショナルの意味を勘違いしている人が大勢いる。

大学2年の娘の高校時代のお友だち5〜6人が、いまだに我が家にメシを食いに来る。
餃子パーティが多いが、ハンバーグやビーフシチュー、パエリア、オムライス、ほうれん草とベーコンのキッシュなどの洋食を出すこともある。

その都度、彼女らは「パピィー(私のこと)の作るものは、いつも美味しいよね」とお世辞を言ってくれる。
「また腕を上げたんじゃないの。店を出したほうがいいよ」と言ってくれる子もいる。
だが、私の素直な感想を言わせてもらうと、申し訳ない表現だが、それは「無知」ということになる。
あるいは、お世辞の使い方を知らない。

素人の私が化学反応を楽しんでいる料理を食って、それがたまたま好みだったからといって、その料理が不特定多数の人が満足できるほどの完成度があることにはならない。

先日、腐りかけの肉料理を極道コピーライターのススキダに振舞ったら、「おまえ、また腕を上げたな」と言われた。
そんなに何回も腕を上げると肩が疲れるので、私は腕を下げたまま、「馬鹿こぐでねえ!」と罵ってやった。

我が家に来る娘のお友だちもそうだし、普段は偉そうにグルメを気取っているススキダもそうだが、彼らは本当のプロフェッショナルの味を知らない。
少ない経験値でものを言っているだけだ。

それは、たとえば、男性アイドルグループのフアンが、「Aって歌も上手いし、ダンスも上手だし、演技もすごいわよね!」と言っているのと同じことだ。

本当のプロフェッショナルの技術を知らないから、標準値を「上手い」「お上手」「すごい」と贔屓の目だけが肥えて、次元の低いショー・ビジネスで満足している。

マイケル・ジャクソン氏の生前のメイキングなどを見ていると、スタジオに降り立ったときから、マイケル氏は些細な動きでさえ、その動きに意味を持たせて、自分の感情のすべてを体で表現する技術を最小単位で体現していたことがわかる。

マイケル・ジャクソン氏は、ショー・ビジネスの世界で、何十年もエベレストのような存在として君臨していた。
そこまでの域に到達する人は、もう出てこないとは思うが、彼が頂上に向かうまでに残した足跡をたどることは、何人かの選ばれた人には出来るかもしれない。

おそらく日本人でも、その足跡をたどることは可能だと思う。

贔屓の目だけが肥えた、ファンからの引き倒し的な「お上手」の掛け声さえなければ。


毎回の回りくどい前振りで何を言いたかったかというと、私の身近にも「本物のプロフェッショナル」がいたことに気づいたからだ。

ヤナギさんは、いま東京蒲田で奥さんの経営するおにぎり屋さんを手伝っている。
彼の本職は東京新宿の高級料亭の板前さんだったが、体を壊したため立ち仕事が難しくなり、板前さんを休業せざるをえなくなった。

そこで、4年前、おにぎり屋さんを営んでいた奥さんのサポートをするため、自宅の駐車場を改造して、おにぎりだけではなく惣菜もメニューに加えた店を出すことにした。
おにぎりは奥さん、惣菜はヤナギさんが担当するというシステムだ。
ご夫婦とも年は40歳前後だろうか。

そのとき、店の改造を請け負ったのが、杉並の建設会社の顔デカ社長だった。
顔デカ社長は、生意気にもヤナギさんの勤める神楽坂の料亭の常連さんだったのだ。

その縁で自宅を改造し、さらに縁がつながって、私に店のリニューアルチラシの仕事が回ってきたのである。

はじめての打ち合わせのとき、ヤナギさんが、昼メシを振舞ってくれた。
「カツ丼作りますけど、食べてくれますか?」

私はカツ丼食いではないので、普段だったら断るところだったが、高級料亭の元板前さんの目に見えない圧力に押されて、お願いします、と即座に答えてしまった。

そのとき、私は、カツがタレでシナシナになるのが嫌なので、カツだけ別の皿でお願いします、とプロフェッショナルの機嫌を損ねるようなことをお願いした。

行列のできる偉そうなカツ丼屋さんの店主だったら、きっと怒ったに違いないが、ヤナギさんは「ああ、要するに玉子丼とトンカツでよろしいんですね」と快く注文を聞いてくれた。
本当のプロフェッショナルは、客の注文を素直に聞いてくれるのだ。

「ソースはいりますか」と聞かれたが、いりません、できれば岩塩をいただきたいのですが、と答えた。
「シチリア産の岩塩しかないですけど」と言われたので、グラッツィエ、と頭を下げた。

33分待って出されたトンカツは、衣がサックサクで私好みだった。
肉は、完璧に中に水分(旨み)を閉じ込めて、素材を生かした適度な歯ごたえもあった。
噛むたびに肉を意識できる濃厚な味がした。
シチリア産の岩塩との相性は、長年連れ添ったヤナギ夫妻のように合っていた。

そして、玉子丼は、醤油を使わず昆布ダシで卵をとじただけだったから、卵の味がはっきりと感じられた。
さらに、昆布ダシが熱々のご飯ひと粒ひと粒に絡んで、玉子とご飯の旨さを引き立たせていた。

「こんなのただの『まかない』ですけどね」とヤナギさんは謙遜したが、間違いなくゼニの取れる完成品だった。

そのおにぎり屋さんは、季節ごとにチラシを作ったから、年に最低4回はお邪魔して、美味しいものを食わせてもらった。

カレーが出てくることもあった。
鶏がらと長ネギ、にんにく、生姜などを5〜6時間煮込んだものを冷まして小分けにし、冷凍したスープをベースとして使った。
その鶏がらスープがスパイスを引き立てる役割を担って、カレーに一段上の旨みを与えていた。

鶏がらスープをメインにした塩ラーメンも、隠し味にシチリア産の塩を焼いたものと煮干と貝類を煮込んだスープを加えることで、麺に絡む塩気がサッパリしたものに感じられて、食べたあとの口の中には塩辛さが残らず、爽快感だけが残った。

今週の水曜日に行ったときは、マーボー豆腐丼を作ってくれた。
甜麺醤と豆板醤、仙台味噌を鶏がらスープ、紹興酒で煮込み、豆腐と花椒を入れて少し煮込む。
そして、片栗粉でトロミをつける。

ひき肉は使わない。
油揚げを細かく切ってオイスターソースで炒めたものをドライフードメーカーで乾燥させ、肉がわりにしたというのだ。
マーボー豆腐を丼に盛り付けたあとに、その油揚げを散らし、白髪ネギを乗せたら完成の精進料理的なマーボー豆腐丼だった。

一口食ってみて、豆腐が主役だということがわかった。
レンゲで豆腐を掬うたびに、素材を大事にしたプロフェッショナルの技を感じた。
マーボー豆腐は、辛いから美味いのではなく、豆腐の旨みに適度に辛味を加えたから美味いのである。

辛さが主役ではなく、豆腐が主役。

辛さで誤魔化す料理は、所詮は、キワモノだ。
ヤナギさんはカツ丼もカレーも塩ラーメンも誰が主役なのかを舌でわからせてくれる。
そんなプロフェッショナルの技術は、そう簡単に真似できるものではない。

ヤナギさんは、間違いなくプロフェッショナルだ。
尊敬する。

その尊敬するヤナギさんが、「マーボー豆腐作りすぎたので、持って帰りますか」と言った。
「店やってると、つい癖で作りすぎちゃうんですよねえ」

お言葉に甘えて、密閉容器に入れて持ち帰った。


掟破りだとは思ったが、ヤナギさんからもらったことは言わずに、家族に食わせた。

「また、腕あげたんじゃない?」と、みんなから賞賛された。

私は、即座に右手を上げた。
次に娘が右手を上げた。
そして、息子。
(まさか、この展開は!)

最後に、ヨメが控えめに手を上げた。

3人が、どうぞ、どうぞ。
(本物のプロフェッショナル、ダチョウ倶楽部師匠の鉄板ネタを違うシチュエーションで演じてみました)




まあ・・・要するに・・・プロフェッショナルの食卓と素人の食卓の違いは、こんなものだ、という結論でよろしいかと。


2015/10/31 AM 06:27:00 | Comment(1) | TrackBack(0) | [料理]

ヘチマとガイコツとバッファロー
今年の春から、大学2年の娘が週3回、夜だけイトーヨーカ堂でアルバイトをしている。

だから、少しでも売り上げに貢献しようと思って、先週末イトーヨーカ堂に行ったら、「GO! GO! ジャイアンツセール」などというものをやっていた。
その文字を見たとき、猛烈に腹が立ったので、回れ右をして大股で店から逃走した。


善良な日本国民の誰もが、読売に洗脳されたジャイアンツ教の信者だとは思うなよ。


企業には、「提携」という大人の事情があるのはわかるが、今回のセールは純粋に欲しいものを買いたい客としては、こじつけの度が過ぎて興ざめした。

nanacoには9千円以上の残高があったが、13階段から飛び降りる覚悟でヨメにプレゼントした。
ヨメは「ヒーハー!」と、飛び上がって喜んでくれた。


そんな話を宮城県仙台から、呼びもしないのにやって来た友人にした。
場所は、東京駅八重洲地下街のオムライスの店だった。
ヘチマが、「東京のオムライスが食いてえ!」と言ったからだ。

ふわふわのオムレツ嫌いの私が、我慢してふわふわオムライスを食ったあとのコーヒータイムに、「おまえのジャイアンツ嫌いは病気だな」と、ヘチマ顔のノナカが褒めてくれた。
「俺は楽天が勝って、『優勝セール』をやってくれたら大喜びだけどな」

おまえは相変わらず馬鹿だな。
それは、お前がゴールデンイーグルスのファンだからだろ。

俺は、読売系列のものは、この世からすべて消え去って欲しいと思っているんだから、そもそもの前提が違う。
俺のほうが損得がない分だけ純粋だ。
ピュアだ。
天使だ。

そんな馬鹿馬鹿しい絡み方だったが、ノナカは、怒りもせず相手をしてくれた。
それはきっとノナカの奥さんが危機を脱したからだ。

8月8日のブログで、ノナカの奥さんが余命宣告を受けた、という友だち甲斐のない文章を載せた。
ノナカの奥さんは、3週間前に突然昏睡状態に陥ったが、奇跡的に回復し、先週は一日だけだが家に帰ることを許されたという。

そのことをノナカから電話で知らされたとき、私は、ノナカの奥さんの「生きたい」という思いの強さに心打たれ、感動し、メシだけしか喉を通らなかった。

その日、私はおんぼろアパートの風呂場でシャワーを浴びながら号泣した。
風呂から出たとき、大学2年の娘から、「おまえ、目が真っ赤じゃないか。とうとう念願のウサギに変身したのか」と言われた。

いや、湯上りに目薬を差そうと思ったら、間違って赤ワインを差してしまったんだ。

そう言ったら、娘が、右手の親指を突き出して「グッジョブ!」と褒めてくれた。

うちの娘は、すごい、と思う。


で・・・いいのか・・・奥さんをほったらかしにして。
おまえも心配だろうに。

「墨田区のミニパソコン塾の責任者が、突然辞めちまって」
ノナカは、仙台で塾を経営していたが、その他に東京墨田区と江東区にミニパソコン塾を持っていた。

二つのミニパソコン熟は、大学時代の友人で今は新宿でコンサルタント会社を経営しているオオクボに任せきりだったが、担当者の一人が突然失踪に近い辞め方をしたというのだ。

「まったく連絡がつかないんだよ」
ヘチマ顔が困った顔をすると、本当に困ったように見えるからわかりやすい。

私が困った顔をしても、貧相なおっさんが、1円玉を落としたのか、5円玉か、10円玉か、50円玉を落としたのか見分けがつかないから、誰からも心配されない。

しかし、そんなこと、オオクボに任せればいいだろうに。
そのために、あいつはいるんだから、何もおまえが東京に出てこなくても。

「いや、女房に行ってこいって言われたんだよ。そして、おまえに謝れって怒られたんだ」

なんだ? 俺に謝れって?
俺は、おまえの性格と顔と生まれが悪いことは、初めて会った日からわかっていたから、いまさら謝られても困るぞ。
それが、おまえの個性なんだから、俺はそんな小さなことは気にしない。
俺は、顔面が個性的なやつには優しいんだ。

そんな私の軽口を無視して、ノナカが渋柿を食ったような顔をして言った。
「女房がな・・・俺がおまえにミニパソコン塾の面倒を見て欲しいと頼んで、おまえに断られたと言ったら、怒ったんだよ。
Mさんは、今まで何があっても自分の体のことは言わなかったのに、今回だけは素直に病名を告げた。あなたには、その意味がわからないの? 何年付き合っているのよ! 馬鹿なの、あなたは? ってな」

まあ・・・おまえが馬鹿なのは、間違いないからなあ。
それは、奥さんが正しい。

私がそう言うと、「俺たちは、おまえのその軽口にいつも騙されるんだよな。というか、甘えてしまうんだよな」と、両手で薄くなった頭を掻きむしった。

おまえ・・・確実にあと2年でハゲる頭を粗末にするなよ。
明日にも頭皮完全脱毛してしまいそうだぞ。

「で・・・大丈夫なのか、本当におまえ? 女房が絶対に聞いてこいって言うんだ」
ハゲの部分は、聞こえないふりか。

まあ、今すぐ命を取られる病気じゃないからな。
俺は不整脈の持病があるから、それを併発して運が悪ければ、って話だよ。

「おまえ、運は良かったけ?」


安心してください。
すこぶる運の悪い男ですよ。



ただ・・・俺の病気は、5.7秒前まで元気だったのに、突然具合が悪くなって、立っていられなくなることがたまにあるんだ。
でも、道行く人がみな優しくて、こんな汚いガイコツのことを看病してくださるんだ。

その点では、俺は運がいいと言えるかもしれない。


だけど、俺はともかく、おまえだって運のいい男じゃないか。

「俺が? 運がいいのか。そんなこと、考えたこともないが」


奥さんと結婚できたこと。
そして、その奥さんが、おまえの子を産んでくれたこと。
それって、この地球上で最高の運だろうが。


ヘチマ顔の目に、水滴が盛り上がって、すぐに溢れた。
ヘチマの肩が大きく震えていた。

その両肩を掴んだとき、ヘチマの思いと私の思いが同期して、私の目にも水滴が溢れた。
大人ふたり、声を殺して泣いた。

そのとき、新宿でコンサルタント会社を経営するオオクボが、約束の時間を40分過ぎて店に入ってきた。

私たちの醜い姿を見て、オオクボはすべてを悟ったようだ。
呆れたことに、オオクボも泣いてしまったのだ。

ヘチマとガイコツと成功したバッファロー。

なかなか興味深いトリオ漫才ではないか。


ウェイターが注文を取りに来たが、私たちの異種格闘技的な泣き姿を見て、大きな鼻息を吐きながら後ずさりをして逃げていった。

申し訳ありません。
驚かすつもりは、なかったのですよ。


このトリオ漫才は、最近水の量が多くて困っているのです。


しかも、このバッファローは社長のくせにアホだった。

オムライスを食ったあとで、突然踊るように痒がりだし、全身を掻きむしり始めたのだ。
そして、叫んだのである。

「俺、卵アレルギーだったんだぁあ!」

すぐに、タクシーで病院に搬送しました。
そして、入院。



ホント、アホの相手は、疲れます。



2015/10/24 AM 06:22:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

72億8千万番目
木曜日、神奈川横浜に行くため、朝8時前に武蔵境駅のホームに並んでいた。

首都圏のどの路線もそうだと思うが、8時前後はかなり混む。
この日は、吉祥寺〜三鷹間で車両点検をした影響で、少し遅れが出ていたから余計混んだ。
電車を2本乗り過ごし、最前列に並ぶことができた私の後ろには10以上の列ができていた。

上り東京行は、定刻より5分遅れてオレンジの姿を現した。
降りる人はいない。
乗る人だけだ。

乗る前から、ほぼ満員の状態だったが、頑張ればまだ10人程度は隙間に入り込めるだろう。
まだ着膨れの季節ではない。
そう思って、一歩踏み出そうとしたとき、私の後ろの男が私を強い力で押しのけて真っ先に乗ろうとした。

私がよろけるのも構わずに、男は満員電車にぐいぐいと突進していった。
右手には弓、背中には大きなリュックを背負っていた。
背は低くて150センチを超えたくらいだった。

もしかしたら、弓道大会でもあって、開始時刻に間に合わなくて焦っていたのかもしれない。
70歳は超えているように見えた。
2メートル以上ある弓とでかいリュックが、満員電車ではかなり迷惑だという想像は働かないようだ。

しかも、「すみません」という、この場合、当然発すべき言葉もない。
見事な仏頂面だった。

弓道というのは剣道と同じように、礼に始まり礼に終わる、礼儀を重んじるスポーツという印象があるのだが、それは私の間違いだったか。

満員電車の中で、長い弓の存在は明らかに異質で、多くの人がその弓とでかいリュックを見て眉をひそめていた。

電車は混んだまま新宿駅に到着した。
私は、そこで降りたのだが、弓道老人は車内の半分近くの人が降りようとする流れに抵抗して、ずっと同じ位置に立ち止まったままだった。
弓道老人の周りにいた人たちが「降ります」と告げても、「う〜ん」と踏ん張って、譲ることもしない。

私は、痩せているというメリットがあるので、この種の混雑でも平気でくぐり抜けることができたから、簡単に新宿駅のホームに降り立つことができた。
降り立つ寸前に、「おい、ジジイ、突っ立ってないでどけよ! みんなが降りられないだろが!」という男の怒声を聞いた。
それに続いて、「降ろせよ、閉まるだろうが!」の叫び声。
さらに、「どけ、どけ!」のいくつかの声が続いた。

そのあと車内とホームで、どのような修羅場が演じられたのか私は知らない。
先を急いでいたからだ。

皆さま方が、平和な状態のまま、新宿駅に降りたてたことを願います。
(無理かもしれない)


……というような話を、体はミニチュアだが、世界で72番目に心が広いクロサワにしたら、小さく首をかしげながら、困ったような顔で語り始めた。

「キリンおやじさん。どんな事情があったにしても、お年寄りには優しくすべきです。そのお年寄りは頑固に足を踏ん張っていたわけではなく、身動きができなくてパニックになっていたのかもしれません。年をとると咄嗟の判断が鈍るものです。それをフォローするのが、若い者の役目ではないでしょうか。満員電車で長い弓が邪魔なら、邪魔にならない場所にお年寄りを誘導すればよかったのでは」

しかし、現実問題として、ほぼ身動きの取れない満員電車で、そんなメルヘンのような光景が期待できるだろうか。

「それをメルヘンと言ってしまったら、日本は若者の事情だけが優先される国になって、老人の事情を考えない弱者置き去りの国になってしまいます」

その老人擁護論は、私を強い力で突き飛ばして、満員電車に長い弓とでかいリュックを背負って乗車するというマナー無視を考慮していないと思ったが、今回の訪問の目的は違うところにあったので、その話はここで打ち切った。


「ありがとね、キリンおやじ。わざわざ朝早くから来てくれて」と言ったのは、ポニーテールさんだ。
キリンおやじ、という愛すべきなまえは、ポニーテールさんが、私の首がキリンばなれ(?)して異常に長いことから付けた呼び名だ。

ポニーテールさんは、無謀にも誰も知り合いがいないのに、高校卒業後に奄美大島から東京に出てきて、都会や職場で何となく居場所をなくしていたころ、不運にも横浜根岸森林公園をランニング中にガイコツと出会った。

そして、理由は定かではないのだが、なぜか武蔵野のガイコツに懐いて、ガイコツを東京での親代わりに仕立て上げ、その後、体はミニチュアだが世界で71番目に心が広いクロサワと昨年結婚した。

そのポニーテールさんは、今年の8月末にめでたく子どもを出産。
だが、古い言い方になるが「産後の肥立ち」が悪く、一度家に帰ってみたものの、立ち上がるのもやっとの状態だったので、再入院した。
(出産時の大量出血の後遺症らしい)

入院期間は2週間で、その後退院。

ポニーテールさんの病名は貧血(私と同じだが、私は『命にかかわる貧血』だから、私のほうが偉い)。
最初は、ポニーテールさんの負担を軽くするため、クロサワの母上が赤ん坊の面倒を見た。
そして、次に奄美大島からポニーテールさんの母君が横浜にやってきて、交代でサポートをした。

だが、この日だけは、皆のスケジュールが調整できずに、クロサワから私あてにラブコールが来たのだ。
「申し訳ありませんが、キリンおやじさん、半日だけ、妻と赤ん坊の面倒を見ていただけないでしょうか」

私は、人の窮地を積極的に救うほどの良い性格を持ち合わせていないので、「面倒を見ることにやぶさかでない」と性格の悪い答えを返した。
「ありがとうございます。やぶさかでお願いします」

ということで、朝早くポニーテールさんと赤ん坊の面倒を見にいったのである。

クロサワ、朝メシは食ったのか?
「はい、ツマが作ってくれました」

そうか、それはツマらないな。

私の今世紀最低のダジャレに、盛大にズッコケてくれたクロサワ。
これほど気持ちよくズッコケてくれるのは、世界で70番目に心の広いクロサワだけだ。
ポニーテールさんは、いいやつと結婚したと思う。

その世界で69番目に心の広いクロサワは、横浜の介護用品販売会社に出勤するため、9時22分に横浜大倉山のアパートを出て行った。

出かけるとき、思春期の私の目の前で、ポニーテールさんと赤ん坊の頬にキスをするという暴挙に出た。

私が頬っぺたを突き出したら、クロサワはキスをしてくれただろうか。
やってみる価値はありそうだ。
次回を期待しよう。


「キリンおやじ、悪いね」

悪いって、俺の頭のことか?

「たまには、真面目に話そうよ。そうじゃないと、感謝の言葉が正確に伝わらないよ」

まさか35歳離れた子に説教されるとは思わなかった。
長生きはするものだ。

では、役割分担を決めようか。
俺は、君と旦那のメシを作る。
そして、キッチンまわりと風呂、部屋の掃除を受け持とう。
奥様は、赤ん坊の世話をしていてくだされ。

「え? でも、それってキリンおやじの方が負担が大きくない? 貧血、まだ治ってないんでしょ。それは悪いよ」

ヘモグロビンの数値は、医者からいくつって言われた?

「8前後だったかな。9を超えることもあるよ」
(ヘモグロビンの数値より、ジャニーズの方に興味がある、あるいは『バクマン。』の方が面白いという人には、意味不明の会話でしょうが)

俺は、5.9まで下がったことがある。
(今はありがたいことに10を超えることもある)
でも、俺は強いから、普通に生きている。
俺に任せろ。

「5.9って!(絶句した?)」

俺は7や8でも動いているし、歩いているし、働いている。
今は絶対、赤ん坊を産んだ君のダメージの方が大きいと思う。

俺は、残念ながら子どもが産めない体質だから、産んだ人の辛さはわからない。
ただ、貧血の辛さはわかる。

だから、俺に任せろ。

「任せろって言ったって」
ポニーテールさんが泣き出してしまった。
つられて赤ん坊も泣き出してしまった。

余計なことを言うんじゃなかった。
赤ん坊を産んだあとは、肉体的にも精神的にも不安定だから、迂闊なことを言ってしまった私が悪い。

だから、嘘だよ、もう治った。せっかく来たんだから、働かせてくだされ、とお願いした。

そんな見え透いた嘘に騙されるほど、ポニーテールさんは愚かではない。
私は、愚かではない人に適した説明方式に変えた。

俺は、さっきも言ったが、普通に働いている。
家族のメシも作っている。
武蔵野から杉並まで自転車で往復することもある。
そんなことをしても、嬉しいことに生きている。

しかし、君はいま人のサポートを受けなければいけない状態だ。
君がサポートを受けなければ、赤ん坊に影響がでる。

俺は、サポートがいらない。
君は、サポートがいる。

つまり、サポートのいらない俺が、君をサポートをするのは当たり前のことではないだろうか。

変顔で赤ん坊をあやしながらの話だったから、説得力はなかったかもしれない。
だが、赤ん坊が泣きやむと同時に、ポニーテールさんが小さく頷いた。

そして、私を罵倒した。
「この強がりキリン!」

強がりキリンは、不得意な掃除をマイペースでこなし、たまにキッチンのダイニング・テーブルの上でMac Bookを開いて仕事をした。
そして、昼メシ時になると、チャチャッと親子丼をつくり、ポニーテールさんと食った。

そして、食い終わるとまたMacでお仕事?(宣伝)

3時を過ぎたので、晩メシの仕込みをはじめた。
7時前にクロサワが帰ってくるらしいが、私の役目は5時までだ。
なぜなら、私は9時から5時までのパートタイム・キリンだからだ。

晩メシは、イカと大根と絹さやの煮物。
サバの照り焼き。
そして、タケノコとアサリの炊き込みご飯。
それに、シメジとひきわり納豆の味噌汁がつく。

そんな超絶なご馳走を仕込んでいた3時半過ぎに、クロサワが帰ってきた。
奥様の様子を見に帰ってきたのかと思ったら、早退したのだという。

クロサワは、仕事が思いの外はかどったので帰ってきたというが、ポニーテールさんから密かに連絡を受けて、急遽帰ってきたに違いない。
私が無神経なことを言ったせいで、二人に余計な気を使わせてしまったようだ。

その自分勝手ぶりは、朝の弓道老人と同じではないか、と私は阿蘇山のカルデラ並みに凹んだ。
そして、秋保大滝並みに落ち込んだ。

凹んで落ち込んだ思春期の私の目に、クロサワがポニーテールさんと赤ん坊の頬にキスをする姿が映った。

そうだ!
ほっぺにキスをしてもらえば、立ち直れるかもしれない。
そこで、私はクロサワに右の頬を突き出し、右の人差し指で「ここでキスして(作詞作曲・椎名林檎様)」と、我ながら気持ち悪い仕草でアピールした。

しかし、「ああ、剃り残しがありますねえ。シェーバーをお貸ししましょうか」と、いなされた。


クロサワは、世界で72億8千万番目に優しくない男だった。


2015/10/17 AM 06:29:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

お金持ちのトレンド
2015年9月28日3時半過ぎのことだった。

私は新宿駅から中央線の下り電車に乗った。
車内は、そこそこ混んでいた。
座席はすべて埋まっていた。

立っている人が20人程度いたかもしれない。
その中で、学校帰りの高校生が乗客の4分の1を占めていて、高い声の会話が行き交っていた。

電車が、そんな雑然とした空気を荻窪駅まで運ぼうとする寸前に、女子高生の一人がひときわ甲高い声で叫んだ。
「福山雅治が、結婚したんだってぇ!」

同じ学校の高校生ではないと思うが、他の高校生が「え? うそ?」と反射的に叫んだ。
そして、車内の乗客の7割以上が、「え? え?」と声こそ出さなかったが、何かを探すように首を伸ばして驚きの空気を作った。

車内の空気が一変した瞬間だった。

その変化の様子を見て、福山氏の結婚に、こんなにも多くの人が興味を持っているのかと驚いた。
もちろん、福山雅治氏がビッグネームだというのは知っていたが、車内の空気を一変させるほど大きな影響力を持った人だとは思わなかった。

吉祥寺駅に着く頃には福山氏のお相手の話題に移り、私の降りる武蔵境駅まで、「福山氏の結婚」が車内を浮遊していた。
私は見ていないのだが、その日の夜のNHKのニュースでも取り上げられたというのを聞いて、そんなに大物だったのかと認識を新たにした。


日本中がお祝いしてくれる結婚は、スケールが大きすぎて現実感がないのだが、老年に差しかかった人の結婚は、現実感丸出しでほのぼのとする。

このブログではミズシマさんという人が、過去何回か登場した。
最近、登場しなかったのは、面白い出来事にぶつからなかったからだ。

ミズシマさんは、おそらく60代半ば。
大学時代に、いくつかの特許を取得し、それなりのロイヤリティを獲得して、彼は数多い万札を手に入れた。

彼は、その収入を堅実に不動産経営に投資した。
東京下北沢に、アパートを2軒建てたのである。
そして、残った資金は貯蓄と株の投資に回した。

ミズシマさんの勘のよさが生きたのは、バブル絶頂期をやや過ぎた頃に、取得した株をすべて売り払ったところだ。
多少の傷は受けたが、致命傷にはならずに済んだ。

彼は、アパートから得る収入と貯金のおかげで、大学を卒業してから40年以上、悠々自適の暮らしを送っていた。
サラリーマンを経験したことがない。
気まぐれに年に半年間だけビル掃除や厨房の調理補助などの仕事をするのが、彼の楽しみの一つになっていた。

それを鼻持ちならない、と言う人は多い。
人生を舐めている、と言う人もいた。

だが、金持ちには金持ちの暮らしがあり、それに付帯する悩みもある。
ビンボー人に身の丈に合った暮らしがあり、悩みがあるのと、それは同じことだ。

ミズシマさんは「特許」というクリエイティブな方法で大金を手にした。
それは、彼が常人以上の努力をしたからであり、彼に才能があったからだ。

自分の力で多額の金を手に入れた彼が、どんな人生を送ったとしても、凡人である我々がそれを非難するのは僭越すぎるだろう。
日本経済に、それほど貢献していない我々ビンボー人が、日本経済に貢献した人にかける言葉は、ひとつしかない。

「よっ! 大富豪!」

その大富豪に、今年初めてご招待を受けた。
ミズシマさんと知り合って30年近くが経つが、ほぼ毎年高級料理を奢っていただいてきた。

銀座や東銀座、麻布あたりの寿司屋が多いが、浜松町や日本橋の高級懐石料理屋でご馳走になることもあった。
(ミズシマさんは洋食のマナーが、『あんな非合理的なものはない』といって嫌っているので、高級レストランは利用しない)
図々しいことに、30年近く、私は一銭も払ったことがない。

高級な店でメシを食ったからといって、自分が偉いわけではない。
ただ、ミズシマさんが上手に金を浪費する場面のお手伝いをしているだけである。
そのことだけはわきまえて、いつもご馳走になっている。

未婚、子どもなしのミズシマさんは、絶えずこう言っていた。
「僕は扶養家族がいないですから、自分が気持ちよく食事できる人だけにしか奢りませんから」

ミズシマさんにとって、東京武蔵野のガイコツは気持ちよく食事ができる手頃なガイコツだったということだ。
ガイコツに生まれてきて良かった!


今回ミズシマさんにお呼ばれしたのは、誰もが知っている居酒屋チェーン店だった。
場所は、中央線中野駅から徒歩数分のところだ。

ミズシマさんは既に来ていて、私の姿を認めると立ち上がって手を振った。
相変わらずの標準体型で、血色のいい「うまいもの食っている顔」をしていた。
その「うまいもの食っている顔」の横には、中年の女性がいた。

少し不意をつかれた気分になったが、私は大人なので、「Mでございます。お初にお目にかかります」と礼儀正しい男のふりをした。
先方も立ち上がって、90度のお辞儀を2回繰り返した。

女性に対する私の第一印象は、「給食のおばさん」だった。
私の中で安心感のある女性といえば「給食のおばさん」だったので、直感的にそう思った。
年齢は、47から56歳の間ではないだろうか。

そのあとで、ミズシマさんが、「この人、介護福祉施設の栄養士をしているんですよ」と紹介したから、大きく外れていたわけではなかったようだ。

ミズシマさんは、30代の頃、2回プロポーズしたことがあった。
しかし、定職を持っていないということで、相手のご両親に嫌われ、結婚は叶わなかった(ミズシマさんは親に祝福されない結婚は不幸だというポリシーを持っていた)。

定職を持っていないとは言っても、世間一般のサラリーマンよりは遥かに自由に金を操れるのだが、先方には貯蓄やアパート経営のことは告げなかったという。

「それが、僕の美学ですから」

その美学を貫いたせいで、ミズシマさんは独身だった。
では、となりにお座りになった栄養士さんは?

ミズシマさんが、いたずらっぽい笑顔を作って言った。
「Mさん。今日がこの人との5回目のデートですよ」
ウィンクまでしてきた。

5回目、と聞いて、私の脳にミズシマさんとの過去の会話が蘇った。
過去の2回のプロポーズも5回目のデートのときだったと聞いた。
きっと、それがミズシマさんの「美学」なのだろう。

その美学を貫くのなら、ミズシマさんは、過去と同じように栄養士さんに自分が資産家であることは告げていないはずだ。
彼は、「ありのままのミズシマさん」として、30年ぶりにプロポーズをするつもりだ。

とりあえず私に紹介をして、その後どこかプロポーズにふさわしいところに場所を移して求婚するというのが常識的な流れだろう。

……と思ったら、ミズシマさんがコンビニでミネラルウォーターを買うような軽い口調で、栄養士さんに向かって「結婚してください」と言ったのだ。

栄養士さんが「え?」
私も、え?

え? ここで言う?

だが、もっと驚いたのは、栄養士さんが「はい、よろしくお願いします」と顔を少し上気させて、簡単に頭を下げたことだ。
嘘ですよね、とも、ご冗談を、などという野暮な反応はしなかった。
まるで既定路線のように、プロポーズを承諾したのである。

その少しも芝居がかっていない姿を見たとき、ミズシマさんは、とてつもない宝物を手にしたのではないか、と思った。

初のプロポーズ成功?
三度目の正直?

さらに驚いたのは、ミズシマさんが嬉しさのあまり、立ち上がって阿波おどりをし始めたら、周りの人が手拍子をして乗ってくれたことだ。
栄養士さんも満面の笑みで手拍子をしていた。

幸せそうだった。


それから4日後の今週の木曜日、ミズシマさんから電話があった。
栄養士さんと付き合い始めたのをきっかけに、生まれて初めて持った携帯電話を使って、かけてきたのだ。

「この間は、ありがとうございます。そのほかの挨拶は面倒なので省きます」
そのあと、新居のことやら、栄養士さんの娘さんと息子さんが祝福してくれたこと、結婚式をするほど自分は恥知らずではない、入籍だけで十分などという報告をしてくれた。

ちなみに、娘さんは2年前に結婚し、息子さんは消防士として新潟に勤務しているので、栄養士さんはいま一人暮らしである。
もちろん、旦那様はいない。
どこか空高いところにいらっしゃるようだ。

そして、栄養士さんは東京墨田区押上に一軒家を持っていることもあり、二人の「愛の生活」はそこでスタートすることも教えられた。

余計なお世話かと思ったが、栄養士さんには、ミズシマさんの資産のことを話したのですか、と聞いてみた。
資産のことを告げると、栄養士さんは、それほど驚きもせず、「では、もっと年をとったら、私の家を売ったお金とミズシマさんのお金を足して、老人ホームでも建てましょうか」と言ったというのである。

ミズシマさんは、その提案に、すぐに賛同した。
「最終的に僕たちもそこに入る予定ですから、Mさんもどうですか。楽しい老後を過ごしましょうよ」と勧められた。
ミズシマさんは軽口を叩かない人なので、それは絶対に本気だと思う。

だから、ぜひ、とお願いしておいた。


そういえば、私の知り合いのテクニカルイラストの達人・アホのイナバの奥さんも大金持ちで、近い将来に老人ホームを建てることを計画していた。


もしかしたら、最近の金持ちの間では、老人ホームを建てるのがトリンドル? いや、トレンド……………なわけはないか。




ただ、私はその老人ホームが完成する前に、血の供給が止まって突然死しているでしょうけど………トホホ。



2015/10/10 AM 06:26:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

キャイーンを5回
少し前に、ヤホーのトップニュースで、爆笑問題の田中裕二氏が、ネットで人の容姿を「劣化」と断じることに怒りを感じている、というニュアンスの見出しを見た。

残念ながら本文は読んでいないのだが、見出しだけでも田中氏の言わんとすることは、私には頷けた。

私もネットを閲覧していて、どこかに迷い込んだとき、ツィッターで「誰々が劣化」というような中傷文を読むことが稀にあった。
その種のつぶやきは、上から目線で人を「劣化」と得意げに断じて、本人がそのことで悦に入っているさまが透けて見えるから、私には不快だった。

きっと彼らは、永遠に年を取らない「サザエさん」や「ドラえもん」、「名探偵コナン」のキャラクターたちを愛しているのだろう。
「2次元」のキャラクターたちは劣化しないですからね。

しかし、「サザエさん」も「名探偵コナン」も昔と比べると、微妙に顔もスタイルも変わっているのだが、それは「劣化」のうちに入らないのだろうか。
まあ、これは論点のすり替えだから、自分でも上等だとは思っていないが。

はっきり言えるのは、3次元に生きる人間の多くは上手に年をとっているだけで、決して劣化はしない、ということ。

たとえばだが、有名人たちの年月を刻んだシワを「劣化」と断じる人は、鏡で自分の顔を見て明らかなシワを認めたとき、「劣化! 劣化!」と自分を罵倒するのだろうか。
あるいは、底意地の悪い表現をすると、自分の祖父母やご両親が年をとった様を見て「劣化」と罵るのだろうか。

ちょっと性格の悪い表現で、申し訳ありません。


何が言いたいのかというと、私の身近にも大変いい年のとり方をしている人がいるということを知ってもらいたいための、これは「前振り」なのでございます。

9年前から仕事をいただいている横浜元町の企画会社の「松雪泰子似の美女」という方に、以前何度かこのブログに登場していただいたことがあった。

ただ、登場していただいた、とは言っても私の勝手な一方通行で文章にしただけである。
今は先方からの「あまり私のことは書かないでください」というクレームを素直に受けて、書かないようにしている。

「松雪泰子似」とは言っても、本当に女優の松雪泰子さんに似ているわけではない。
私の中で、美女と言って真っ先に思い浮かぶのが松雪泰子さんだったので、そう表現しただけだ。

3年前に、私のいま大学2年の娘が偶然松雪泰子似に新宿駅で遭遇して声をかけられたことがあった。
大分前のことだが、恥知らずにも過去2回ほどこのブログに娘を含む家族写真を晒したことがあった。

恐ろしいことに、それを松雪泰子似が憶えていて、娘に声をかけたのである。
「お父さんには、いつもお世話になっています」

そのとき、娘は松雪泰子似を「愛しさとせつなさを心強くしたような美女」と表現した。
つまり、娘は彼女のことを雰囲気が篠原涼子さんに似ていると感じたらしいのだ。

娘が感じる美人の典型は篠原涼子さん。
私は松雪泰子さん。

この場合、冷静に考えると娘の第一印象の方が当たっていると思う。
当たっているとは思うが、私はブログを書くときに、人物を特定されて当人に迷惑をかけないために、いつもフィルターをかけている。

だから、特定されないために「松雪泰子似」と表現したのだ。
このブログでは多くの場合、本人に迷惑がかからないように苗字の一部を変えたり、カタカナ表記でフィルターをかけることにしている。

そうすれば、人物を特定される危険が多少減って、私の後ろめたさも軽減されると思ったのだ。
ただ、極道コピーライターのススキダと人類史上もっとも馬に激似の「お馬さん」に関しては、フィルターをかけていないので、彼らを特定するのは容易かもしれない。

それは、彼らが世間から罵られても私の心が全く痛まないから、そうしているのである。


話が脱線。
松雪泰子似と仕事で知り合って、いま9年目が過ぎたところだ。

松雪泰子似の年は知らない。
おそらく33から36歳の間ではないかとゲスに推測している。

だが、この9年間で、松雪泰子似が人生の坂を上手に上っているのは、いくつもの四季を経て見てきた私には間違いないことだと胸を張って言える。
もちろん年齢は重ねたが、それは「劣化」ではないと断言できる。

人間力が増した、と私は思っている。

その松雪泰子似、娘の目では篠原涼子似から仕事の依頼が来た。
そこで、爆弾低気圧が通り過ぎたあとの新宿に行ってきた。

松雪泰子、篠原涼子似(ややこしい?)は、以前は横浜元町の本社勤務だったが、3年前に結婚したこともあって、彼女の住まいに近い新宿支社に昨年転勤になった。
支社といっても、社員は松雪泰子似だけだ。
松雪泰子似が責任者となって、アルバイト7人を手足のように使っているらしい。

彼女の手足になれるアルバイトどもが羨ましい。

という本気の冗談は置いといて、仕事はMacのkeynoteを使ってのプレゼンテーション資料作りである。
その中には動画も入るので、デジカメで撮った動画を編集するのも私の仕事だ。

10時から2時間、細かい打ち合わせを終え礼をして帰ろうと立ち上がったとき、松雪泰子似が言った。
「お昼をご一緒にいかがですか。もちろん、割り勘ですけど」

そのお言葉を聞いて、私は「キャイーン」と鳴いた。
つまり、「嬉しゅうございます。お供いたします」という意味だ。

支社は、新宿と新大久保の間にある関係からか、まわりに多国籍料理の店が多かった。
「スンドゥブはお嫌いですか」と聞かれたので、お好きです、と答え、韓国料理屋に入った。

スンドゥブ、900円(ライス付き)。
ランチといえばワンコイン以下しか知らない私にとっては贅沢すぎる金額だが、ここでミミッチイ男をアピールしても何の得にもならない。
だから、やっすいですわ〜、と見栄を張った。

美女と食うスンドゥブ。
実を言うと、松雪泰子似とランチを食うのは、恥知らずにも3回目である。
3回目となると落ち着いたものだ。

レンゲは2回しか落とさなかったし、豆腐をこぼしたのは、たったの1回だけだ。
レンゲの揺れは、いつもより控えめだったと思う。

食べている間に世間話をしたのだが、もちろん何を話したのかは憶えていない。
松雪泰子似が、どんな洋服を着ていたのかも思い出せない。
ただ、隣の席の51歳から63歳に見えるオバちゃん二人組が「新大久保って、新宿だったんかいな〜」と大きな声で言ったことだけは憶えていた。

食い終わって立ち上がろうとしたとき、松雪泰子似が、「赤ちゃんができました」と透き通るような白い肌を紅潮させて唐突に言った。
そして、「まだ、身内以外には誰にも………会社の人にも言っていないんですけど」と、なぜか私の目を見て4回うなずいた。

私の口からは、当たり前のように、「キャイーン」という言葉が発せられた。
それは、「おめでとうございます。では、お祝いの意味も込めまして、ここは私が払わせていただきます」という意味だ。

私がバッグからボロボロの財布を取り出して、身振りで私が払いますと伝えたとき、「いえ、申し訳ないですから、ここは割り勘で」と両手を顔の前で振りながら、松雪泰子似が先程より10パーセントほど増量して顔を赤らめた。

3回目の「キャイーン」。
それは、「私がお役に立てるのは、こんなおめでたいときに900円を払うことだけですから」という意味だ。

「では、お言葉に甘えまして」
立ち上がって、深く頭を下げる松雪泰子似。

途中まで、松雪泰子似と並んで歩いた(幸せやわ〜)。
そのとき、松雪泰子似に言われた。

「Mさんって、本当に面白いですよね。
赤ちゃんができたって言ったら、普通の人は今何ヶ月で、出産予定日はいつかとか聞くはずなのに、絶対に聞かないんですよね」

それこそが、私が純粋な変人の証です。
興味がないわけではないですが、聞いても聞かなくても、胎児は母親のお腹の中で大きくなっていくものです。
産まれた、という最高の結果が得られればいいのであって、いつ生まれるのかをいま聞くことに、意味があるとは私には思えないんです。

だから、お腹の子とご自分の体をお大事に、としか私は言いません。

「そこは『キャイーン』ではないんですね。真面目に答えるんですね」と笑われた。


キャイーーーーン!


これは、「健康な赤ちゃんを産んでください。そして、いいお母さんになってください」の意味である。


「キャイーン」
小さな声で、松雪泰子似が恥ずかしげにうなずいた。



その厳かなお姿を拝見して、いい年のとり方をしているな、と私は確信した。



2015/10/03 AM 06:35:11 | Comment(1) | TrackBack(0) | [Macなできごと]



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