Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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ミスター・スケルトン
かつて私は、金持ちの子どもに偏見を抱いていた。

君たちは絶対に勘違いしている!

自分が汗水流して得た金は尊いが、ただ親が金持ちだというだけで「自分は金持ちなんだよねえ」という、薄っぺらなガラスの階段に立って人を見下し「金持ち面」をする人種が、私は大嫌いだった。

だが、友人のテクニカルイラストの達人・アホのイナバの奥さんを見ていると、自分の偏見がとても醜いものだということに気づかされた。

アホのイナバの奥さんは、5年前、父親から気が遠くなるような額の遺産を相続して大金持ちになったが、今も昔と同じように自然体で、家庭菜園を趣味とする質素な生活を続けていた。

そして、近い将来、老人福祉施設を建てるために、いま福祉と介護の勉強をしているのだという。
お金の使い方をわかっている賢い人だ。

夫であるイナバも、アホはグレードアップしたが、生活は古いバージョンのままで、私に「アホ」を千回以上言われ続けても、「アハハハハ」と幸せそうに笑う極めつけのアホのままだった。

私が審査委員長だったら、11月22日「いい夫婦の日」に発表される「パートナー・オブ・ザ・イヤー」には、毎年イナバ夫婦を選ぶことだろう。

彼らは、おそらく三船ナントカさんと高橋ナントカさんのように、「いい夫婦」に選ばれながらも数年後に破綻して修羅場を演じることなど絶対ないと断言できる。

なぜなら「修羅場? それって、公園の砂場みたいなものですか?」という次元を超えたアホのレベルまで到達したイナバには、破局などありえないからだ。

「え? 破局? 薬局なら家の近くにありますけど」
こんなことを真顔で言えるアラフォーも珍しい。

そんなアホのイナバから、意外な仕事の依頼があった。
カメラマンの仕事だ。

イナバの奥さんの友人が河口湖に住んでいるという。
「そこそこ広い家なんですよね」

敷地面積を聞いたら、確かに広かった。
大型のバスタオル1111枚分くらいの広さだ(わかりづらい?)。

その広さの中に欧風庭園を造っている最中なのだが、造園中の模様を毎月定期的に写真に収めて欲しいというのだ。

そんなものは、ご自分でデジカメで記録するか、造園業者に頼んだほうが簡単でしょうよ、と言ったのだが、アホのイナバの奥さんが、「どうしても賢いMさんにお願いして」と、お友だちに強引に推薦したのだと言う。

では、現地にお伺いして、現場を見てからの判断でよろしいでしょうか。

「もちろんでございます」(アホのイナバの奥さん)
「モチです」(アホのイナバ)

モチはいま食いたくないかな。


という展開があったのち、河口湖に行ってきた。
ベンツの運転者はアホのイナバ。
助手席には奥さん。
後部座席には、自称「武蔵野のガイコツ」。

武蔵野から2時間弱車を走らせて、富士山が遠景として「世界遺産」を主張する風光明媚な家にベンツが侵入した。
依頼者のキヨミさんは、旦那様との二人暮らし。
歳は、おそらく42から47歳の間と推測した。

お子様二人は、イギリスに留学中だという。
それを聞いて、「典型的な金持ち一家やんか」と思ったが、テラスで出された飲み物が「いろはす」だったので、なぜか力が抜けたす。
しかもコップがガラスではなく紙だったす。

労働者階級の私に、グレードを合わせてくれたのかもしれない。
お気遣い、ありがとうございます。

「いろはす」を飲んだあとで、造園中の庭園に案内してもらった。
庭園は3分の1もできていないと言われたが、どの程度の広さの庭園を作るつもりなのかわからないので、「今のままでも花がようけあって十分立派やんか。大型のバスタオル333枚分はあるでえ」と思った。

「これから池を作って、小さな滝も配置して、噴水なんかも付け加えようかと思ってますし、バーベキューのできるスペースや風車、円形舞台なんかも作る予定なんですよ」

言っていることが別次元過ぎて、吐きそうになった。

ただ、ここで吐いてしまったら、世界遺産である富士山に失礼になると思ったので、懸命にこらえた。

そのあとも「ああだこうだ」と説明を受けたが、「どうやって断ろうか」と考えていたので、ほとんど脳細胞に浸透しなかった。

頭が空っぽのまま、家の中に拉致された。
大型のバスタオル222枚分くらいの広さの平屋建ての欧風建築だった。

リビングに暖炉があったが、その程度では驚かなかった。
100インチの液晶テレビにも驚かなかった。
高級そうな大理石のテーブルにも驚かなかった。

驚いたのは、若い白人のメイドさんがコーヒーを持ってきてくれたことだ。
秋葉原のメイド喫茶よりはるかにクォリティの高いメイドさんだった(メイド喫茶には行ったことがないが)。

ただ、もちろん日本の営業用メイド服とは違って、彼女が着ていたのは質素なヴィクトリア朝のものだ。
質素だが、品がよくて、腰が高い位置にあるので長い丈のスカートがよく似合っていた。
フリルのついたカチューシャも品よく見えた。

身長は170センチを超えていただろう。
手足が長い金髪、美形。
体全体からいい匂いが漂っていた。

大変恥ずかしいことを白状するが、このメイドさんと毎月会えるのなら、この仕事を請けてもいいかな、とスケベ親父は思ってしまったのだ。


やってみましょう。


「では、報酬はこれくらいでいかがでしょうか」と、キヨミさんが、いきなり提示した。

私の想定していた額の2倍以上のギャラだった。

いや、そんなにいただくのは………。

「でも、交通費を含めると『こんなもの』ではないでしょうか」

それを聞いたアホのイナバが「こんなものでしょう」と、真剣な顔で何度もうなずいた。
「Mさん、『こんなもの』ですよ、普通」とアホのイナバの奥さん。

いや、でも、ですよ……写真を撮るだけですからねえ。
俺、プロのカメラマンじゃないし。

「何を言っているんですか、Mさん。Mさんは、プロですよ。これくらいは当然です。ご自分を安売りしないでください」(アホのイナバの奥さん)
「そうそう、大安売りは夕方のスーパーだけ」(アホのイナバ)

腑に落ちないまま、コーヒーを飲み干した。

すぐに白人のメイドさんがカップに新しいコーヒーを注いでくれた。

そして、私の目を見ながら、こう言った。
「イクス・キューズ・ミー。ユア・ネイム・イズ・コンナモノ?」
あとでキヨミさんに聞いたら、日本語はほとんど話せないという。

イエース! ファーストネーム・イズ・コンナモノ。ラストネーム・イズ・ガイコツ

「ガイコツ? ホワット?」

スケルトン。

「アイ・シー、サンキュー」

白人のメイドさんは、私の説明に納得して自分の持ち場に戻った。
立ち姿が、すこぶる美しかった。
アンジェリーナ・ジョリーほどの色気はないが、エイミー・アダムスの若い頃の気品ある佇まいを思い起こさせた。

窓の向こうに富士山が見えたが、私がユネスコの関係者なら、富士山より、このメイド姿を世界遺産にするかもしれない。


次にこの屋敷に来たときは、彼女は私のことを「ミスター・スケルトン」と呼ぶに違いない。


いや、ぜひ、そう呼んでいただきたいと思う。



これで私の楽しみが、またひとつ増えた。




2015/08/29 AM 06:30:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]



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