Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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カレシの煮付け
中年男たちが文句を言っていた。

「昔はよかった。こんなに暑くなかった」
「誰も熱中症なんかにはならなかった」
「エアコンは夜には切っていた」
「熱帯夜なんてなかった」

まだたいして暑くなっていないのに、この程度で騒ぎ始めますか。

では、あなたがたは1994年の猛暑を憶えていますか。
そのあとから、気象庁やメディアが「日射病」を「熱中症」と置き換えて騒ぎ始めたのをご存知ですが。

「知りませんよ。そんな昔のこと」

では、「昔はよかった」のその「昔」は、いつのことなんですか。

「もっと前ですよ」とアホな同業者どもが騒ぐ。

そうですか。
つまり、1994年のことを「昔のことは知らない」と言っているのに、それよりさらに昔は知っているということですね。
なかなか都合がいい記憶だ。

そして、その都合のいい記憶を司る頭脳は、もしも今年が冷夏だったら、「夏らしくないなあ」「もっと暑いのを期待していたんだが」と文句を垂れるんですよね。

などという苦言を馴染みになった吉祥寺の居酒屋で、同業者に呈していたら、突然ラジオの実況中継が聞こえてきた。

私の推測に間違いがなければ、それは、おそらく、おそらくだが、「ジャイアンツとタイガース」の試合を実況中継したものだったと思う。

お忙しいところ恐縮だとは思ったが、店長代理のシモコーベ・片エクボさんを手招きして、ここではラジオの野球中継をするようになったのですか。いつから野球居酒屋になったのですか、と聞いてみた。

「いえ、うちではBGM系も何も流さないようにしているんですけど」と、シモコーベさんが首をかしげた。
「でも、なんか聞こえますねぇ。あれ? 本当に野球だァ」

こんなことを言いたくはないんですけど、俺、ジャイアンツが読売新聞社、日本テレビの次に嫌いなんですよね。
ほぼ道端アンジェリカの乾燥したミミズと同レベルで嫌いなんです。
大人げないですが、この環境は苦痛です。

帰ります(と立ち上がる)。

「いや、白髪の旦那、ちょっとお待ちください。音源を確かめてまいりますので、少しお待ちを」

気がついたら、立ち上がった私の左腕を一流デザイナーのニシダ君がにぎり、右腕を人類史上最も馬に激似の男・お馬さんがにぎっていた。

首の長いガイコツが、キツネと馬に両手を引っ張られる図は、なかなかシュールだな、と悦に入った。
ラインのスタンプにしたら、売れるのではないかとゲスな想像をした。

すぐにシモコーベさんは帰ってきて、私に耳打ちをした。
カウンターで、一人でお酒を飲んでいらっしゃるお客さんが、スマートフォンのアプリをつけて、一人つぶやきながら密かにタイガースの応援をしていらっしゃるらしい。

そのお客さんは、タイガースの応援をなさっているんですね?

「はい、俺は生まれながらのタイガースファンだとおっしゃってます」とシモコーベさん。

わかりました。
いいでしょう。
それは、あっぱれです。
ゴーゴー、タイガース!

さあ、また食いましょうぞ!

両側のキツネと馬がズッコケ、シモコーベさんもズッコケた姿が、目の端にチラリと映ったが、私は小さなことは気にしないタチである。
運ばれてきたカレイの煮付けを食べることに集中した。

おお、なんと上品な味でしょう。
今宵は、一段と板長さんの腕が冴え渡ってますな。

「いや、それは開店前に私が仕込んだもので、ほぼ私の作品です」とシモコーベさん。

板長さんは、いずこに?

「おりません」

つまり、こんなにも美味で旨くてておいしい一品を店長代理さんが、おひとりで作ったと?

「はい」

では、レシピの方をいただければと………。
ついでに、シモコーベさんの電話番号も添えて。

「かしこまりました」

電話馬号の件は、もちろん冗談だったが、家に帰ってメモを開けてみたらビックリ、メモ書きの最後に本当に電話番号が書かれていた。

し、下心はないが、動悸が激しくなった。

かぶれない白髪染めを使いながら、一日悩んだ。

そして、髪の毛の色が、白から黒にうまい具合にシフトチェンジした頃、iPhoneが震えた。
ディスプレイの数字を見ると、シモコーベ店長代理・片エクボさんからのようだった。

しかし、しかしですよ。
私は、自分の番号を片エクボさんには伝えていない。
だから、知っているわけがない。

罠か。
ハニートラップか、と思った。

不審な電話には出ない方がよろしかろう、と放っておいたら、留守番電話が吹き込まれていた。

「悪いと思ったけど、あのとき馬の旦那に白髪の旦那の携帯の番号をこっそり聞いて今かけてます。連絡ください」

馬には、やっていいことと悪いことの区別がつかないようだ。
今度会ったときに、お仕置きとして「私は馬」の刺青を鼻に彫ってやろうかと思う。

どうしたらよかろうか、と一瞬悩んだが、時間が経った分だけ動悸が長引けば、私のノミの心臓が破裂してしまうと思ったので、勢いに任せて発信ボタンを押した。

相手は、ワンコールで出た。

「ああ、ごめんなさい。メモに電話番号書いておいたら、スケベな男ならすぐ電話をかけてくると思ったけど、まさか二日も待たせるなんて」と、いきなり非難された。

いや、まあ、あの、その、それは、つまり……。

「ようするに、面倒くさかったってことですよね」

まあ、その、あの、えーーーー………。

「まあ、いいわ! では、話を端折ってひとつだけ聞くから、真面目に答えてね」

完全に片エクボさんのペースですな。

「彼氏にプロポーズされたの!」

今までとは明らかに違うトーンで叫ばれた。
iPhoneの真ん中で愛を叫ばれたぞ。

まるで一瞬にして北斗晶氏が、ローラさんに変化したような劇的な変わりようだった。
女は、こんなにも簡単に変身できる生き物なのですね。

私なんか、ブラッド・ピット氏に変身するには、あと百年はかかるのではないかと悲観的になっているのに。

「でも、白髪の旦那から黒髪の旦那には簡単に変身できるんじゃない」

それは、どうもありがとうございます。
(ブラッド・ピットに気持ちだけ変身して低い声で)ようするに、殿方に求婚されたということですね。
そして、受諾したと。

「殿方に求婚? なかなか味のある表現ですね。
でも、返事はまだ……」

求婚されたのは?

「2015年7月8日午後8時30分ごろ」

相手の殿方のこと、お好きですか?

「はい」(ためらいも恥じらいもなく即答)

では、なぜその場でお受けしなかったのですか。
ためらった理由はなんですか。

「ああ・・・あら? そうですよね、なんでだろう? ほんとうだ、なんですぐ受け入れなかったんだろう? どうしてだろう? あれ? わけわかんなくなったぞ」

つまり、彼氏のことが好きで、実は密かに結婚も考えていた。
しかし、いざそれが現実になると、ためらうものがあるってことですよね。

「ああ、確かに、そう言われれば、そんな………」

でも、そのとき即答して、あとでもう少し考えたらよかった、と悔やむよりは、いま悩んだほうがいいのではないか、という気もしますね。
それで、相手からは返事は催促されてますか。

「いえ、特別急かされてはいないけど、あまり待たせるのもいけないかな…と」

俺はね、結婚は一生の一大事だから、よく考えましょう、なんてきれいごとは言わない。
考えたって考えなくたって、うまくいくカップルは、どんな状況でもうまくいく。

先ほどの話と矛盾するかもしれませんが、うまくいかなくなったとき、あのときもう少し考えていれば、というのは言い訳を探して、その悪い状況を自分に納得させる材料にしようとしているだけだから、賢い方法ではないよね。

俺は単純な脳細胞しか持っていないから、単純な考え方しかできない。

俺は、結婚は、イメージだと思っている。

自分が考えているイメージに、相手がはまってくれれば幸せ。
はまらなければ不幸。

そして、自分が考えている家族のイメージに、子どもたちがはまってくれれば幸せ。
はまらなければ不幸。

それ以外のものを要求しすぎるのは、俺にはとてつもない欲張りに思える。
少なくとも俺にとっての幸せは、欲の数ではない。

イメージが合う。
それだけで十分なんだ。

「イメージかぁ」
大きく息を吸ったあとで、少し間が空いてから「わかった、そのイメージ、よく思い浮かべてみる」

そうだね。
欲張りすぎないように。


「ところで、白髪の旦那の私のイメージなんだけどね」

なんでしょうか。

「あたしは、黒髪よりも白髪のイメージの方が好きだけどね」

さっき黒髪になってしまいました。
だから、あと2ヶ月お待ちください。

「うん。
きっと、あたしの結論も、その頃までには出てると思うよ」


そうですか。
では、そのときに、「カレシの煮付け」のレシピをいただきましょうか。


(自分では、うまいことを言ったつもりだったが、相手には響かなかったようで、すぐに電話を切られた)



2015/07/13 AM 06:39:01 | Comment(1) | TrackBack(0) | [Macなできごと]



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