Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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価値のあるひと
クラウン・ハイブリッドの乗り心地は、思いのほか良かった。

大学時代の同級生、長谷川に中央線武蔵境駅のロータリーで拾ってもらった。
私に相談とお願いがあるというのだ。

相談とお願いは別物なのか。
2つが別件だとすると、割増料金がかかるが。

「基本は同じだ」
割増料金のところは、完全に無視された。

「まず、相談の方からだが」と言って、長谷川が話し始めた。

武蔵境から長谷川の家のある世田谷羽根木までは、車で40分程度だ。
その間に、相談とやらを済ませようというのだろう。

「社長を辞めようかと思っている」

長谷川は東京池袋に本社のある中堅商社の2代目社長様だった。
社員の数は、400人を超えるという。
確か、40過ぎに父親から社長業を受け継いだはずだから、まだ20年は経っていない。

飽きたのか、それとも社内クーデターで追い出されそうになったのか。

だが、私の質問はまたも無視されて、長谷川が生真面目な顔を一瞬だけ私に向けて言った。
「俺の後継になりそうなのが、二人育ってきた。ちょうど身を引きどきなんだ」

つまり、二人の息子のうちのどちらかを社長にしようということか。

長谷川は首を横に振った。
「俺は、世襲企業にするつもりはないんだ。相応しい人がなるのが社長業だろう。あの会社は、俺のものじゃない。それに長男は不動産会社、次男は外資系だ。あいつらは会社の人間じゃない」

相変わらず、優等生だな。
では、その優等生の考えそうなことを当ててみようか。

奥さんに、医者に戻ってもらいたいんじゃないのか。

長谷川の奥さんは、むかし女医だった。
子どもが生まれても大学病院の勤務医をしていたが、長谷川が社長業を受け継いだときに医者を辞めた。
そうしなければ、本気で長谷川をサポートできないと思ったからだろう。

要するに、夫婦揃って優等生だ。

その優等生が笑った。
「大当たりだ」
そして、こう話を繋げた。

「女房は名医だったと思う。患者の病気と向き合うのを生きがいとしていた。そんな名医を20年近くも俺は埋もれさせていたんだ。それって、犯罪に近いエゴだよな」

しかし、社長業をしながらだって、奥さんのサポートはできるだろうに。

「俺は女房の才能という重い犠牲の上で仕事を続けていたんだ。これ以上、それを背負うのはもう限界なんだ」

鼻持ちならないくらい優等生のお答えだ。
自分に酔っているのか。
意地悪なことを言ってみたが、長谷川は「おまえらしい言い方だな」と笑っただけだった。


まあ、いいんだが、なんで俺なんだ。
なぜ俺が、お前の奥さんを説得しなければいけない?

私がそう言うと、長谷川は一瞬だけ顔を動かして私を見たあとで、こう言った。
「だって、おまえは、いつもそんな役目だったじゃないか。
大学時代、仲間と飲みに行っても、お前は絶対に酔わないで、一番酔いつぶれたやつを看病して、家まで送るのが役目だったよな。
酒飲んでも酔えないって、辛いところだよな。
でも、それが、お前の役目だったんだ。今もな」


羽根木の家に着いた。
建物は洋風2階建てだが、塀と門は、木の香りのする和風だった。
要するに、センスが悪い。

社長をするやつには、こんな曲がった自己顕示欲を持ったのが多い。
きっと金の使い方を知らないのだろう。

3年ぶりに会う長谷川の奥さんは、1年分だけ老けていた。
年齢はきっと51歳から54歳の間だ。

前回来たときに好評だった「横浜レンガ通り」という菓子を土産として渡した。
「ありがとうございます。ヨッシャ」と言って、喜んでくれた。

長谷川は大学時代から生真面目で融通が利かない男だったが、人を信じるのがうまい「人くさい」男だった。
対照的に、長谷川の奥さんは冗談のわかる乗りのいい人だった。

その性格が、医者として長所になるか短所になるかは、人間嫌いの私には判断できない。
患者を殺さないのが、いい医者の条件だとすれば、そんなことは、どうでもいいことなのかもしれない。


私は、まわりくどい話と駆け引きが嫌いなので、応接室のソファに座るとすぐ、奥さんに直球を投げた。
おそらく、170キロはあるかという剛速球だ。

長谷川が社長を辞めたいと言ってます。
そして、奥さんに医者に戻ってもらいたいとも言っています。

あまりの剛速球に、長谷川の顔が強ばった。
まさか、いきなり切り出すとは思わなかったのだろう。

しかし、奥さんが「マツさんらしい直球ですね」と笑うと、長谷川もつられるように苦笑いをした。

奥さんが言う。
「でも、私は主人を辞めさせてまで医者になる価値のある人間なんでしょうか」

少なくとも長谷川400人分くらいの価値はあります。
私と比べると、2015人分くらいの価値でしょうか。
来年には2016人分になる予定です。

「ああ、1年で一人分増えるわけですね。わかりやすいですね」
「でも」と言って、奥さんは長谷川の横顔を見た。
「即答はできません。自分がマツさんがいうほど価値のある人間かを滝に打たれて自問自答してみないといけませんし」

滝行をするんですか?

「はい。多くの方はシャワーと呼んでいますけど」

ああ、その滝行なら、俺も好きです。
特に夏は、いい。

そんな私たちの会話を聞いて、長谷川が「おまえら、こんな重大なことを俺が話しているのに、これじゃ、まるで俺が馬鹿みたいじゃないか」と肩をすくめた。

社長ってのは、馬鹿なほうがいいんだよ。
私がそういうのと同時に、「ふな〜」という声が足元でした。

そして、声を聞いて1秒もしないうちに、柔らかい生き物が、私の膝に乗ってきて、また「ふな〜」と言った。

日本猫だった。
どこにでもいるような日本猫だ。

私の体には、おんぼろアパートの庭のダンボールに住み着いた「セキトリ」という名の猫のにおいが染み付いているのだと思う。
私は、毎日セキトリに遊んでもらっているのだ。

猫は、私の閉じた両膝の窪みの位置に、うまい具合に収まって、くつろぎの体勢を取ろうとしているところだった。

「まったくイネったら!」
長谷川と奥さんが、同時に困り眉を作って、猫好きの人間特有の愛情と苦笑が混じったため息をついた。

猫の長い尾が、私の腿に絡まりついていた。
そして、腿全体が温かかった。

猫の名は、イネ。
きっと女性として日本で初めて西洋医学に従事したフォン・シーボルトの娘「楠本イネ」から取ったのだろう。

奥さんが付けた名ですか、と聞いてみた。

「はい、私が付けて、主人も子どもたち2人も気に入ってくれました」

楠本イネですね、と念を押した。

「そうです」

長谷川が「何だ、それ? くすもと?」

おまえ、知らなかったのか。

「女房が京都の伊根町出身だから、そこから取ったのかと思ったよ」

「違いますよ。伊根町にいたのは、2歳までです。半世紀前のことなんて憶えていません」


私の膝の上のイネは、完全に眠っていた。
その猫の首筋を撫でながら、今からでもイネになれますよ、と言った。

奥さんは、「そうですね。でも、イネにも聞いてみないと」とイネを指差した。

猫と一緒に、滝行とか。

「はい、今晩」

猫がうらやましい。
そう言ったら、眠っていたはずのイネが「ふな〜」と鳴いた。


安心しろ、長谷川。イネのお許しが出たぞ。


長谷川が眉間にしわを寄せて、首をかしげた。



人くさい長谷川には、猫語は難しかったようだ。



2015/07/04 AM 06:28:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



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