Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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不意打ちされた日
去年までの3年間、夏は忙しかった。

では、今年は忙しくないのか、と言えば、ありがたいことに今年も忙しいのである。

なんでか、と思った。
その答えは、簡単なことだった。

イベント会社の仕事が増えたからだ。

4年前は、イベント会社との付き合いは、静岡と東京神田、埼玉桶川の3つしかなかった。
それが、一年のうちに、うまい具合に配分され、仕事が重なることは稀だった。

しかし、4年前からは、8、9、10月のイベントが増え、今その下準備が7月8月に集中している。
だから、忙しくなったのだ。

そのことに初めて気づいた愚かな私をお笑いください。

いま、得意先のイベント会社は、神田に2つ、新宿御苑に1つ、横浜元町に1つ、静岡に1つある。
その他に、イベント会社ではないが、浦和のドラッグストアから月に3回のチラシ。
テクニカルイラストの達人、アホのイナバからの怪しげな同人誌。
極道コピーライター、ススキダの知り合いの輸入ファンシーショップのポップ、杉並の建設会社の仕事が入る。

イベント会社の企画は、当地の祭りやら大学の学園祭、大学のオープンカレッジ、中古車の販売促進セール、その他その地域独自のイベントが入るから、その種類は多岐にわたる。

つまり、大変、忙しい夏を過ごさせていただいておるということでございます。
ただ、それで我が家の懐が潤っているかといえば、そうではないのでございます。

「重度の貧血」を抱えた私は、検査にかかる費用、治療及び薬にかかる費用が予想をはるかに超えて、「貧血貧乏」の状態になっております。

我が家は、これがなければ、家族4人で世界一周「(トム?)クルーズツアー」を満喫していたはずだが、その計画は泡のごとく冥王星の山々の中に消え、家族はアベノミクスを毎朝毎晩呪いながら、日々の貧しい暮らしの中で、喜びを見つけ合う努力をしているのが現実だ。


話は飛躍するが、イベント会社、といえば、京橋のウチダ氏である。

彼は私より5歳年下であるが、東京の一等地・中央区京橋で一人でイベント会社を切り盛りし、「デキる男」「イケてる男」の勲章を欲しいままに背負いながら日々暮らしている男だ。

京橋のウチダ氏は、かつて私の得意先に勤めていた男だった。
私は、彼の勤める会社に卑屈に頭を下げ、仕事を頂いていた。
そのときの担当が、ウチダ氏だった。

だが、その会社は、まもなく倒産し、ウチダ氏は京橋で独立することになった。
ウチダ氏が会社勤めをしていた頃は、たまに私に仕事が回ってきたが、ウチダ氏が独立すると、ウチダ氏は6年間で2回しか仕事を出さない冷淡な男になった。

「俺は、本当に仕事のできる人にしか仕事を出さないんですよね」

そんなことを言われてワクワクした私は、5歳年下ではあるが、ウチダ氏のことを尊敬するようになった。

私は、まるで当然のように合鍵を預かったウチダ氏の京橋の事務所に密かに潜入し、冷蔵庫のスーパードライやクリアアサヒをソファにくつろぎながら盗み、至福の時間を過ごしたのが昨年の7月までのことだった。

しかし、ある日突然酒が飲めなくなった私に、ウチダ氏の事務所は無意味な空間になりかけていた。

だが、ウチダ氏は、彼の事務所の冷蔵庫を私の大好物の「龍馬1865」というノンアルコールビールで満たし、「いつでも泥棒しに来てくださいよ」と大人の対応をするのだ。

お言葉に甘えて、今年も1回潜入した。


ウチダ氏、53歳。
私より5歳年下のイケメンの男は、実は大学の後輩だった。
しかし、そのことをウチダ氏は、ずっと伏せていた。

なんで? と私が聞くと、「だって俺、Mさんのこと、先輩って呼びたくなかったんだもん!」と無邪気に答えるのだ。


そんな愛すべきウチダ氏と、友人尾崎がオーナーの中野の立ち飲みバーに行ってみた。

カウンターにいつもいるのは、尾崎の妻・恵実の弟だった。

尾崎の義弟は、私に気を使って、アルコール抜きのクォリティの高いドリンクをいつも作って無料で飲ましてくれる義理堅い男だ。
ジョニー・デップ様を気取ったヒゲが気に障るが、タダで飲み物を飲ませてくれる男に、ヒゲごときで文句を言うほど、私は器の小さな男ではない。

しかし、似合ってないな。

壁の5分の1を占めるマイルス・デイヴィスのポスターが、タイムスリップしたような重厚な雰囲気を醸し出して、店の空気はジャズを充満しながら、確実に時を止めていた。
その「時の停止」は、ジャズファンには天国だろうが、ジャズファンではないウチダ氏には苦痛だったかもしれない。


ウチダ氏が言う。
「ジャズって、自己満足ですよね」


実は、俺もそう思っていたんだよ。
ジャズは、間違いなく自己満足の音楽だ。

でも、芸術って、そのほとんどが自己満足だよね。
その芸術家の自己満足を受け入れるかどうかで、好き嫌いが分かれるんじゃないかな。

私がそう言うと、ウチダ氏は、「ああ……」と頷いてくれた。


そして、マンハッタン・ジャズ・クインテットの「モーニン」が終わって、唐突に流れたのが、ZARDの「夏を待つセイル(帆)のように」だった。

尾崎の義弟のバーには、年に3回くらい訪れた。
その度に、この曲が流れるというわけではない。

だが、予測がつかない状態で流れるのがこの曲だった。
ジャズしか流さない店が、たった一曲、ZARDの曲を流すのだ。

歌詞を理解すれば、泣くほどのものではない。
歌詞を載せるのは権利の関係でできないが、歌詞を読んでも「泣かせる歌」ではないことがわかると思う。

だが、私は、この曲は亡き坂井泉水氏が、私の娘のために書いてくれたのではないか、と絶えず思っていた。
絶対に、坂井泉水氏は私の娘のために書いたはずだ。
絶対に、そうだそうだ、と私は確信していた。

だから、この曲を聞くと涙が止まらない。
イントロを聞いただけで、私は必ず泣くのだ。

それを面白がって、尾崎の義理の弟は、まるで意表を突くように、2年に1回程度この曲を流すことがあった。


それは、1年半ぶりの不意打ちだった。
不意打ちだからこそ、涙は止まらない。


そんな私の姿を見て、京橋のウチダ氏が呆れた。
だが、呆れながらもウチダ氏の眼にも水が溜まっているのが見えた。
そういったところも、私がウチダ氏を尊敬する理由の一つである。

「Mさん………夏帆ちゃんは幸せものですよね」

ウチダ氏のその言葉に、尾崎の義弟も無表情に眼に水を溜めた。


その曲は不意打ちだったが、3人の心に確実に「共有できる」何かを残してくれたと思う。


その「共有できる」何かは、「友」の証だと私は思っているのだが、残念ながら、ウチダ氏や尾崎の義弟が、そう思っているかどうかの自信が、「重度の貧血」に冒された私にはない。



2015/07/26 AM 08:52:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

私の気になること
各地で安保強行採決に反対デモが沸き起こったのは、60年安保(死語!)にも70年安保(死語?)にも間に合わなかったオジさんには、興味深いことだった。

いくつかのメディアは、「反戦デモ」などというピントの外れた漫画的な表現をしていたのが興ざめだったが、私は基本的に「権力に楯突く人」が好きなので、その現象は心地よく受け入れた。

権力に楯突く人、といえばテレビ朝日の「報道ステーション」だ。
ニュースショーを好んで見ることはないが、報道ステーションは、年に数回は観ていると思う。

政権に楯突く、ということで保守的な方たちには蛇蝎のごとく嫌われているようだが、私はメディアが権力に批判的なのは当然のことだと思っている。

私も含めて、政治に無知な人間に警鐘を鳴らす勇気は、メディアにこそあってしかるべきものだ。

読売新聞社や産経新聞社のように、「俺は体制派だから、国のことばかり考えてるんだよね」という政権に対して生ぬるい、あるいは擦り寄るようなような勘違いメディアよりは、報道ステーションのスタンスは「反権力」という点で、私には頼もしく思えるのだ。

ただ、保守一辺倒のフジテレビや日本テレビが、街頭インタビューなどで、安保強行採決に関して「是」と「否」半々に報道していたのは評価できる。

安保強行採決に関して、保守寄りの評論家が言っていた「テレビでは否定意見ばかりを取り上げる」という主張は、完全にお門違いの意見で、各局は公平に意見を分配していたと思う。

自民党側に立っている人としては、「否定意見ばかり」と印象操作をしたいのだろうが、メディアの世論の扱い自体は公平だった。
そのことに関しては、拍手を送りたいと思う。

ただ、日本テレビの報道は、まるで冷静に事実を伝えることがマスメディアの仕事である、と突然目覚めたかの如く「安保強行採決」に関して、公平ではあったが客観的で冷淡だった。
しかし、この場合の「客観的」は、自民党の政策に対して消極的に賛同する意味での「客観的」だった。

要するに、それほど露骨ではないにしても「俺は体制派なんだよね」の意識を隠せない報道だったと言える。

それとは対照的に、報道ステーションは、あくまでも「反体制派」だった。

そのことで、古舘伊知郎氏は、どんな些細なことでも物議を醸すのだが、その言動は、いつも腰砕けのマスメディアの中では異質であると私は好意的に見ているのである。

腰砕けといえば、公明党だ。

「平和の党」の看板は、最近では完全に色あせて、「平和の看板を下ろした権力にしがみつく党」のイメージが、私の中では出来上がりつつある。

連立与党というのは、連立相手の是非を吟味しつつつ、「受け入れないところは断固として拒否する」のが、連立の理想だと私は思っていたのだが、いまの公明党は「受け入れないものも受け入れ、連立の旨みだけ享受する親自民党」の位置に甘んじているように私には思えるのだ。

彼らを支持する「世界平和を願う人々」に、政権に擦り寄った政治家は、どんな言い訳をして支持者たちを宗教的な言葉で説こうとするのだろうか。

信者たちに祭り上げられた政治家たちは、「世界平和のためなら、武器を敵に向けるのもありですよ」と説くつもりか。


世界のあらゆる宗教の歴史をみれば、宗教的なブラックジョークとしてなら、それもありかもしれないが。


もちろん、安保法案が強行採決されたからといって、すぐに戦争になるわけではないだろう。

だが、いつか「世界の戦い」の中に日本が巻き込まれたとき、憲法改正もできない脆弱な政治家(安倍晋三氏)の弱腰が、禍根を残すことがあるのではないか、と私は危惧するのだ。

国にとっての将来を左右する現実があるとき、「有能な政治家」は、国民に辛い選択を求めることがあっていいと私は思っている。

それは、つまり「憲法改正」という国にとっての一大事だ。

それを避けて、「国はおのれの国を作ることができない」。

その一大事を、なぜ安倍晋三氏は、怖がるのだ。

今の日本国を変えたいなら、真っ当な政治家なら、安保法案などという瑣末なことにはこだわらずに、憲法改正を国民に問うべきではないのか。

なぜ、彼はそれができないのか。
何を怖がっているのか。

とはいうものの、民主的な選挙で、過半数以上の議席を手にしたのは自民党であり、選挙民の多くが支持した政党も自民党である。

たとえ、小選挙区で全有権者の30パーセントに満たず、比例区で20パーセント程度の投票しか得られなくても、自民党が第一党であることは疑う余地がない。
今の選挙制度の仕組みがそうなっているのだから、それを否定するのは現実的ではない。

国民に選挙で選ばれたわけでもない北朝鮮や中国の指導者のように、民主的には「資格のない人」が国を操っているわけではないのだ。

憲政史上突出した超タカ派一家の「安倍家」の政治家をトップに選んだのも国民だし、民主主義を自党に都合よく解釈する傲慢な谷垣禎一氏や高村正彦氏を選んだのも国民である。

タカ派である彼らが、最近とみに力の弱った米国に「軍事力で貸しを作る」ことは、国民が自民党と公明党に絶対多数を与えた時点で決まっていたことなのかもしれない。

不条理だと思うことでも、国民が民主的に選んだ結果なら、それは「道理」になる。


願わくば、戦前のナチスドイツのように、「憲法停止」などという暴挙に出ないことを祈るばかりだ。


憲法改正に臆病な安倍氏は、アドルフ・ヒトラーには似ても似つかないが、歴史はときに予測のつかないことをするものだ。

そんなときでも、自民党を選んだ選挙民と自民党に寄り添う公明党は、彼についていくのだろうか。


私は、そのことが、とても気になっている。



2015/07/19 AM 08:23:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | [メディア論]

カレシの煮付け
中年男たちが文句を言っていた。

「昔はよかった。こんなに暑くなかった」
「誰も熱中症なんかにはならなかった」
「エアコンは夜には切っていた」
「熱帯夜なんてなかった」

まだたいして暑くなっていないのに、この程度で騒ぎ始めますか。

では、あなたがたは1994年の猛暑を憶えていますか。
そのあとから、気象庁やメディアが「日射病」を「熱中症」と置き換えて騒ぎ始めたのをご存知ですが。

「知りませんよ。そんな昔のこと」

では、「昔はよかった」のその「昔」は、いつのことなんですか。

「もっと前ですよ」とアホな同業者どもが騒ぐ。

そうですか。
つまり、1994年のことを「昔のことは知らない」と言っているのに、それよりさらに昔は知っているということですね。
なかなか都合がいい記憶だ。

そして、その都合のいい記憶を司る頭脳は、もしも今年が冷夏だったら、「夏らしくないなあ」「もっと暑いのを期待していたんだが」と文句を垂れるんですよね。

などという苦言を馴染みになった吉祥寺の居酒屋で、同業者に呈していたら、突然ラジオの実況中継が聞こえてきた。

私の推測に間違いがなければ、それは、おそらく、おそらくだが、「ジャイアンツとタイガース」の試合を実況中継したものだったと思う。

お忙しいところ恐縮だとは思ったが、店長代理のシモコーベ・片エクボさんを手招きして、ここではラジオの野球中継をするようになったのですか。いつから野球居酒屋になったのですか、と聞いてみた。

「いえ、うちではBGM系も何も流さないようにしているんですけど」と、シモコーベさんが首をかしげた。
「でも、なんか聞こえますねぇ。あれ? 本当に野球だァ」

こんなことを言いたくはないんですけど、俺、ジャイアンツが読売新聞社、日本テレビの次に嫌いなんですよね。
ほぼ道端アンジェリカの乾燥したミミズと同レベルで嫌いなんです。
大人げないですが、この環境は苦痛です。

帰ります(と立ち上がる)。

「いや、白髪の旦那、ちょっとお待ちください。音源を確かめてまいりますので、少しお待ちを」

気がついたら、立ち上がった私の左腕を一流デザイナーのニシダ君がにぎり、右腕を人類史上最も馬に激似の男・お馬さんがにぎっていた。

首の長いガイコツが、キツネと馬に両手を引っ張られる図は、なかなかシュールだな、と悦に入った。
ラインのスタンプにしたら、売れるのではないかとゲスな想像をした。

すぐにシモコーベさんは帰ってきて、私に耳打ちをした。
カウンターで、一人でお酒を飲んでいらっしゃるお客さんが、スマートフォンのアプリをつけて、一人つぶやきながら密かにタイガースの応援をしていらっしゃるらしい。

そのお客さんは、タイガースの応援をなさっているんですね?

「はい、俺は生まれながらのタイガースファンだとおっしゃってます」とシモコーベさん。

わかりました。
いいでしょう。
それは、あっぱれです。
ゴーゴー、タイガース!

さあ、また食いましょうぞ!

両側のキツネと馬がズッコケ、シモコーベさんもズッコケた姿が、目の端にチラリと映ったが、私は小さなことは気にしないタチである。
運ばれてきたカレイの煮付けを食べることに集中した。

おお、なんと上品な味でしょう。
今宵は、一段と板長さんの腕が冴え渡ってますな。

「いや、それは開店前に私が仕込んだもので、ほぼ私の作品です」とシモコーベさん。

板長さんは、いずこに?

「おりません」

つまり、こんなにも美味で旨くてておいしい一品を店長代理さんが、おひとりで作ったと?

「はい」

では、レシピの方をいただければと………。
ついでに、シモコーベさんの電話番号も添えて。

「かしこまりました」

電話馬号の件は、もちろん冗談だったが、家に帰ってメモを開けてみたらビックリ、メモ書きの最後に本当に電話番号が書かれていた。

し、下心はないが、動悸が激しくなった。

かぶれない白髪染めを使いながら、一日悩んだ。

そして、髪の毛の色が、白から黒にうまい具合にシフトチェンジした頃、iPhoneが震えた。
ディスプレイの数字を見ると、シモコーベ店長代理・片エクボさんからのようだった。

しかし、しかしですよ。
私は、自分の番号を片エクボさんには伝えていない。
だから、知っているわけがない。

罠か。
ハニートラップか、と思った。

不審な電話には出ない方がよろしかろう、と放っておいたら、留守番電話が吹き込まれていた。

「悪いと思ったけど、あのとき馬の旦那に白髪の旦那の携帯の番号をこっそり聞いて今かけてます。連絡ください」

馬には、やっていいことと悪いことの区別がつかないようだ。
今度会ったときに、お仕置きとして「私は馬」の刺青を鼻に彫ってやろうかと思う。

どうしたらよかろうか、と一瞬悩んだが、時間が経った分だけ動悸が長引けば、私のノミの心臓が破裂してしまうと思ったので、勢いに任せて発信ボタンを押した。

相手は、ワンコールで出た。

「ああ、ごめんなさい。メモに電話番号書いておいたら、スケベな男ならすぐ電話をかけてくると思ったけど、まさか二日も待たせるなんて」と、いきなり非難された。

いや、まあ、あの、その、それは、つまり……。

「ようするに、面倒くさかったってことですよね」

まあ、その、あの、えーーーー………。

「まあ、いいわ! では、話を端折ってひとつだけ聞くから、真面目に答えてね」

完全に片エクボさんのペースですな。

「彼氏にプロポーズされたの!」

今までとは明らかに違うトーンで叫ばれた。
iPhoneの真ん中で愛を叫ばれたぞ。

まるで一瞬にして北斗晶氏が、ローラさんに変化したような劇的な変わりようだった。
女は、こんなにも簡単に変身できる生き物なのですね。

私なんか、ブラッド・ピット氏に変身するには、あと百年はかかるのではないかと悲観的になっているのに。

「でも、白髪の旦那から黒髪の旦那には簡単に変身できるんじゃない」

それは、どうもありがとうございます。
(ブラッド・ピットに気持ちだけ変身して低い声で)ようするに、殿方に求婚されたということですね。
そして、受諾したと。

「殿方に求婚? なかなか味のある表現ですね。
でも、返事はまだ……」

求婚されたのは?

「2015年7月8日午後8時30分ごろ」

相手の殿方のこと、お好きですか?

「はい」(ためらいも恥じらいもなく即答)

では、なぜその場でお受けしなかったのですか。
ためらった理由はなんですか。

「ああ・・・あら? そうですよね、なんでだろう? ほんとうだ、なんですぐ受け入れなかったんだろう? どうしてだろう? あれ? わけわかんなくなったぞ」

つまり、彼氏のことが好きで、実は密かに結婚も考えていた。
しかし、いざそれが現実になると、ためらうものがあるってことですよね。

「ああ、確かに、そう言われれば、そんな………」

でも、そのとき即答して、あとでもう少し考えたらよかった、と悔やむよりは、いま悩んだほうがいいのではないか、という気もしますね。
それで、相手からは返事は催促されてますか。

「いえ、特別急かされてはいないけど、あまり待たせるのもいけないかな…と」

俺はね、結婚は一生の一大事だから、よく考えましょう、なんてきれいごとは言わない。
考えたって考えなくたって、うまくいくカップルは、どんな状況でもうまくいく。

先ほどの話と矛盾するかもしれませんが、うまくいかなくなったとき、あのときもう少し考えていれば、というのは言い訳を探して、その悪い状況を自分に納得させる材料にしようとしているだけだから、賢い方法ではないよね。

俺は単純な脳細胞しか持っていないから、単純な考え方しかできない。

俺は、結婚は、イメージだと思っている。

自分が考えているイメージに、相手がはまってくれれば幸せ。
はまらなければ不幸。

そして、自分が考えている家族のイメージに、子どもたちがはまってくれれば幸せ。
はまらなければ不幸。

それ以外のものを要求しすぎるのは、俺にはとてつもない欲張りに思える。
少なくとも俺にとっての幸せは、欲の数ではない。

イメージが合う。
それだけで十分なんだ。

「イメージかぁ」
大きく息を吸ったあとで、少し間が空いてから「わかった、そのイメージ、よく思い浮かべてみる」

そうだね。
欲張りすぎないように。


「ところで、白髪の旦那の私のイメージなんだけどね」

なんでしょうか。

「あたしは、黒髪よりも白髪のイメージの方が好きだけどね」

さっき黒髪になってしまいました。
だから、あと2ヶ月お待ちください。

「うん。
きっと、あたしの結論も、その頃までには出てると思うよ」


そうですか。
では、そのときに、「カレシの煮付け」のレシピをいただきましょうか。


(自分では、うまいことを言ったつもりだったが、相手には響かなかったようで、すぐに電話を切られた)



2015/07/13 AM 06:39:01 | Comment(1) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

価値のあるひと
クラウン・ハイブリッドの乗り心地は、思いのほか良かった。

大学時代の同級生、長谷川に中央線武蔵境駅のロータリーで拾ってもらった。
私に相談とお願いがあるというのだ。

相談とお願いは別物なのか。
2つが別件だとすると、割増料金がかかるが。

「基本は同じだ」
割増料金のところは、完全に無視された。

「まず、相談の方からだが」と言って、長谷川が話し始めた。

武蔵境から長谷川の家のある世田谷羽根木までは、車で40分程度だ。
その間に、相談とやらを済ませようというのだろう。

「社長を辞めようかと思っている」

長谷川は東京池袋に本社のある中堅商社の2代目社長様だった。
社員の数は、400人を超えるという。
確か、40過ぎに父親から社長業を受け継いだはずだから、まだ20年は経っていない。

飽きたのか、それとも社内クーデターで追い出されそうになったのか。

だが、私の質問はまたも無視されて、長谷川が生真面目な顔を一瞬だけ私に向けて言った。
「俺の後継になりそうなのが、二人育ってきた。ちょうど身を引きどきなんだ」

つまり、二人の息子のうちのどちらかを社長にしようということか。

長谷川は首を横に振った。
「俺は、世襲企業にするつもりはないんだ。相応しい人がなるのが社長業だろう。あの会社は、俺のものじゃない。それに長男は不動産会社、次男は外資系だ。あいつらは会社の人間じゃない」

相変わらず、優等生だな。
では、その優等生の考えそうなことを当ててみようか。

奥さんに、医者に戻ってもらいたいんじゃないのか。

長谷川の奥さんは、むかし女医だった。
子どもが生まれても大学病院の勤務医をしていたが、長谷川が社長業を受け継いだときに医者を辞めた。
そうしなければ、本気で長谷川をサポートできないと思ったからだろう。

要するに、夫婦揃って優等生だ。

その優等生が笑った。
「大当たりだ」
そして、こう話を繋げた。

「女房は名医だったと思う。患者の病気と向き合うのを生きがいとしていた。そんな名医を20年近くも俺は埋もれさせていたんだ。それって、犯罪に近いエゴだよな」

しかし、社長業をしながらだって、奥さんのサポートはできるだろうに。

「俺は女房の才能という重い犠牲の上で仕事を続けていたんだ。これ以上、それを背負うのはもう限界なんだ」

鼻持ちならないくらい優等生のお答えだ。
自分に酔っているのか。
意地悪なことを言ってみたが、長谷川は「おまえらしい言い方だな」と笑っただけだった。


まあ、いいんだが、なんで俺なんだ。
なぜ俺が、お前の奥さんを説得しなければいけない?

私がそう言うと、長谷川は一瞬だけ顔を動かして私を見たあとで、こう言った。
「だって、おまえは、いつもそんな役目だったじゃないか。
大学時代、仲間と飲みに行っても、お前は絶対に酔わないで、一番酔いつぶれたやつを看病して、家まで送るのが役目だったよな。
酒飲んでも酔えないって、辛いところだよな。
でも、それが、お前の役目だったんだ。今もな」


羽根木の家に着いた。
建物は洋風2階建てだが、塀と門は、木の香りのする和風だった。
要するに、センスが悪い。

社長をするやつには、こんな曲がった自己顕示欲を持ったのが多い。
きっと金の使い方を知らないのだろう。

3年ぶりに会う長谷川の奥さんは、1年分だけ老けていた。
年齢はきっと51歳から54歳の間だ。

前回来たときに好評だった「横浜レンガ通り」という菓子を土産として渡した。
「ありがとうございます。ヨッシャ」と言って、喜んでくれた。

長谷川は大学時代から生真面目で融通が利かない男だったが、人を信じるのがうまい「人くさい」男だった。
対照的に、長谷川の奥さんは冗談のわかる乗りのいい人だった。

その性格が、医者として長所になるか短所になるかは、人間嫌いの私には判断できない。
患者を殺さないのが、いい医者の条件だとすれば、そんなことは、どうでもいいことなのかもしれない。


私は、まわりくどい話と駆け引きが嫌いなので、応接室のソファに座るとすぐ、奥さんに直球を投げた。
おそらく、170キロはあるかという剛速球だ。

長谷川が社長を辞めたいと言ってます。
そして、奥さんに医者に戻ってもらいたいとも言っています。

あまりの剛速球に、長谷川の顔が強ばった。
まさか、いきなり切り出すとは思わなかったのだろう。

しかし、奥さんが「マツさんらしい直球ですね」と笑うと、長谷川もつられるように苦笑いをした。

奥さんが言う。
「でも、私は主人を辞めさせてまで医者になる価値のある人間なんでしょうか」

少なくとも長谷川400人分くらいの価値はあります。
私と比べると、2015人分くらいの価値でしょうか。
来年には2016人分になる予定です。

「ああ、1年で一人分増えるわけですね。わかりやすいですね」
「でも」と言って、奥さんは長谷川の横顔を見た。
「即答はできません。自分がマツさんがいうほど価値のある人間かを滝に打たれて自問自答してみないといけませんし」

滝行をするんですか?

「はい。多くの方はシャワーと呼んでいますけど」

ああ、その滝行なら、俺も好きです。
特に夏は、いい。

そんな私たちの会話を聞いて、長谷川が「おまえら、こんな重大なことを俺が話しているのに、これじゃ、まるで俺が馬鹿みたいじゃないか」と肩をすくめた。

社長ってのは、馬鹿なほうがいいんだよ。
私がそういうのと同時に、「ふな〜」という声が足元でした。

そして、声を聞いて1秒もしないうちに、柔らかい生き物が、私の膝に乗ってきて、また「ふな〜」と言った。

日本猫だった。
どこにでもいるような日本猫だ。

私の体には、おんぼろアパートの庭のダンボールに住み着いた「セキトリ」という名の猫のにおいが染み付いているのだと思う。
私は、毎日セキトリに遊んでもらっているのだ。

猫は、私の閉じた両膝の窪みの位置に、うまい具合に収まって、くつろぎの体勢を取ろうとしているところだった。

「まったくイネったら!」
長谷川と奥さんが、同時に困り眉を作って、猫好きの人間特有の愛情と苦笑が混じったため息をついた。

猫の長い尾が、私の腿に絡まりついていた。
そして、腿全体が温かかった。

猫の名は、イネ。
きっと女性として日本で初めて西洋医学に従事したフォン・シーボルトの娘「楠本イネ」から取ったのだろう。

奥さんが付けた名ですか、と聞いてみた。

「はい、私が付けて、主人も子どもたち2人も気に入ってくれました」

楠本イネですね、と念を押した。

「そうです」

長谷川が「何だ、それ? くすもと?」

おまえ、知らなかったのか。

「女房が京都の伊根町出身だから、そこから取ったのかと思ったよ」

「違いますよ。伊根町にいたのは、2歳までです。半世紀前のことなんて憶えていません」


私の膝の上のイネは、完全に眠っていた。
その猫の首筋を撫でながら、今からでもイネになれますよ、と言った。

奥さんは、「そうですね。でも、イネにも聞いてみないと」とイネを指差した。

猫と一緒に、滝行とか。

「はい、今晩」

猫がうらやましい。
そう言ったら、眠っていたはずのイネが「ふな〜」と鳴いた。


安心しろ、長谷川。イネのお許しが出たぞ。


長谷川が眉間にしわを寄せて、首をかしげた。



人くさい長谷川には、猫語は難しかったようだ。



2015/07/04 AM 06:28:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



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