Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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流行語の間違った使い方
ジブリには縁がある。

東京武蔵野の我がオンボロアパートから、三鷹の森 ジブリ美術館までは直線距離にして、3.5キロほどである(あまりに近すぎて、まだ入ったことがない。死ぬまでに一度は入ってみたいと思っている)。
中央線東小金井駅近くのスタジオシブリまでは直線距離にして2キロ程度だ。

スタジオシブリの前で、宮崎監督様のお姿を一度だけ、お見かけしたこともある。

先日、極道コピーライターのススキダの事務所に行ったとき、美味しいメロンパンをご馳走してもらったあとで、腹を下した。
おそらく毒が入っていたものと思われる。

そのとき、トイレを拝借したのだが、壁に「もののけ姫」のポスターが貼ってあった。

つまり、私は、それほどジブリと縁があった。

ジブリ映画は、「となりの山田くん」「ゲド戦記」「コクリコ坂から」以外は、すべて何度も観ていた。
どれもクォリテイが高いが、好みを言わせてもらえば、「風の谷のナウシカ」「魔女の宅急便」「借り暮らしのアリエッティ」「かぐや姫の物語」の4つが特に気に入っている。

どれもが、上質のファンタジーだと思う。
そして、他の作品も、ファンタジーとして上質だ。
はずれがない。


だが、「ジブリはつまらなくなった」というご意見を最近よく聞くようになった。

先月の同業者との飲み会の席でも、その話題が出た。
私以外の同業者が、「新鮮味なくなったよね」「飽きたね」と言うのである。

いやしかし、飽きるほど見たんですか。

「だって、テレビで同じのを何回もやっているじゃない。もうお腹いっぱいだよ」
「絵が綺麗なのはわかるんだけど、テクニックに走りすぎているんじゃないかな。綺麗なことしか印象に残らないんだよね。ほら、美人の顔は、すぐ忘れるって言うでしょ。あれと同じだな」
「それに比べて、手塚治虫は良かったよね。ストーリーがしっかりしていたからね」
「そうだよ。むしろ、ストーリーにもっと力を入れるべきだよ。手塚治虫のように」

そうですか。
で………手塚先生の作品は、何をこ存じでしょうか。

「鉄腕アトム………」
「ブラック・ジャック………」
「ライオンなんとか……(おそらくジャングル大帝)」

それで、ジブリの映画は、何を?

「千と千尋の……」
「トトロ……」
「ラピュタに…もののけ………」

まさか、全部テレビで観ただけとか。

全員が「もちろん!」

そして、手塚先生のアニメも、子どものころテレビで見ただけだと………。

「もちろん!」

子どものころ見たアニメは、確かに印象深いでしょうね。
他に娯楽のない時代に見たものの記憶は、思い出に何度も焼き付けられる。

つまり、「思い出」というフィルターが何層も重なって、脳の特別なポジションに刻み込まれる。
ジブリの「もののけ姫」や「となりのトトロ」も、彼らの頭の中で、面白いアニメとして確立しているから、フィルターの層は薄いかもしれないが、それらも「思い出」のフィルターを通して記憶しているのだと思う。
だから、印象深いのだろう。

ただ、いろいろな娯楽が手に入る現代では、映画というコンテンツは、必ずしも優先順位が高くない。
記憶されたとしても、「飽きた」という感情が入ってしまったら、「となりのトトロ」や「千と千尋の神隠し」と同じクォリティのものを作っても、「思い出」ではなく「飽きた」のフィルターがかかるから、それらを新鮮に感じることができない。

つまり、ジブリ映画に対して、「熱が冷めた」状態になる。

その結果、お決まりの「昔の方が良かった」あるいは「他のアニメの方がいい」となる。

「風立ちぬ」「かぐや姫の物語」「思い出のマーニー」は、傑作だと思うんだけど、と私が言っても、全員が「もう観る気にならないね。たまたま暇なときに、テレビでやっていたら観るかもしれないけど」と頷きあった。

「でも、『アナと雪の女王』は、観てみたいな」
「そうそう」
「ありのままで〜」

突然歌いだしたが、「ありのままで〜」ではなく、「ありのままの」ですがね。


ただ、私もその「熱が冷めた」感覚はわかる。

私の中で「お笑いブーム」が来た時代はなかったが、志村けん大御所の「だいじょうぶだぁ」とウッチャンナンチャン名人らが出ていた「夢で逢えたら」が終わってからは、お笑いから少し熱が冷めた自覚はあった。

もちろん、今も優秀なお笑い芸人(漫才師、ピン芸人)の方々はいるが、数少ないMCとひな壇の席だけが到達地点の「芸人生存競争」には、私は馴染めない。

好きな芸人さんはいるが、彼らがテレビ局に飼い馴らされて、個性のないMCをする姿を私は見たくない。

私の好きな芸人さんの一人にバカリズム師匠がいる。
しかし、バカリズム師匠のMCは見たくない。
ブラックな毒気をうすら笑いで隠して、どんなときもブレない笑いを演出する彼の持ち味は、番組進行役というポジションでは生きない。

これは勝手な言い方になるが、バカリズム師匠には、出演者のいいところを抜き出して、番組を進行させる役柄は似合わないと思う。
ずーっと、テレビ画面の端っこで、薄い毒を吐き続けて欲しいと思う。
そうでないと、私の熱は、もっと冷めてしまうだろう。


話は脱線したが、そんな風に、私は「お笑い」に対して、冷めた状態を持続している。

しかし「お笑い芸人起源」の流行語は、使うことがたまにある。
それを使うと、よそ様と円滑に会話が進むと思ったときだけ、都合よく使っている。

ベタすぎるかもしれないが、昨年は「もしかしてだけど〜」と「ダメよ、ダメダメ」を色々なシチュエーションで使わせていただいた。
人によっては、いまだに「ゲッツ!」や「だっふんだ!」「オッパッピー」が通用することもある。

だが、いま流行っていると言われる「あったかいんだから」は、シチュエーションが限定されるし、あまり面白いと思わないので、使わないようにしていた。

一昨日、中央線吉祥寺駅のホームで、自動販売機から出てきた缶飲料を手にした女子中学生ふたりが、「あったかいんだから〜」とはしゃいでいる場面を見た。
これは、可愛くて良かった。

しかし、50過ぎの男がこれをやったら、後ろから4メートルの巨大ハリセンで叩かれて憤死させられても文句は言えない。

何でも、流行語を使えばいいというものではない。


どうでもいい話だが、私は、我が家にいるときは、1年オールデイ、オールタイム、半袖、半ズボンである。
仕事部屋でも、そうだ。

人から何度も聞かれるのだが、寒くはない。
少なくとも、全裸よりは、あったかいんだから。

そして、ゴミを出しに行くときも、半袖、半ズボンで行く。
昨日の朝(外気温8℃は私にとって春真っ盛り)は、燃やさないゴミの日だったので、朝7時40分ごろ、ゴミ捨て場にゴミ袋を運んだ。

そのとき、70歳過ぎと思われる男性が、チワワを散歩させている場面に遭遇した。
私の寒そうな姿を見たご老人は、まるで渋柿を食ったあとのような甘い顔をして、「あんた、寒くないのか」と聞いた。

「はい、大丈夫です。あったかいんだからぁ〜」

すると、ご老人は、まるでイタリアンレストランで、食後のドルチェを食ったあとのようなスイーツな顔で、チワワを小脇に抱え、「馬鹿にしとんのか!」と、喜びながら早足で逃げていった。



これは、流行語の使い方を間違えると、こうなるという見本でございます。



2015/02/26 AM 07:35:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

おバカ・リターン
中央線に乗っていたときのことだった。

30代半ばと思われるお母さんと10歳前後の男の子が、西荻窪から乗ってきた。
私の左隣の席が二つ空いていた。

その席めがけて、二人は脇目もふらずに、相当な風圧をまき散らしながら席を取った。
そのとき同じように入ってきたご老齢の女性を無視するかのように。

そして、お子様は、長年の疲労をあからさまにアピールするかのように、まるでご老人が前に立つのを防ぐように、足をだるそうに伸ばした。
母親は何も言わない。

私はご老人を見て、席を譲ろうと立ち上がったが、私より先に、20代と思われる女性がご老人の手を引いて、自分の席に座らせたので、私は棒立ちになった。

いつまでも、でかくて貧相な白髪頭の男が立っていても鬱陶しいと思い、座り直した。
そのとき、隣りの男の子から、挑戦的な目で見上げられた。

私は反射的に、男の子に、あのさ、キミ、と言った。
今度、お年寄りか、お腹の大きい女の人が入ってきたら、席を譲る競争をしないか。

それを聞いた男の子は、10歳くらいの子でも、これほど人を見下した目ができるのか、という侮蔑の目を一瞬私に投げかけてから、母親の方に顔を向けた。

母親は、私の方を見ないようにしていた。
「バカには付き合うな」と態度で示したようだ。

中野駅に着いて、ドアが開くと、妊婦さんが入ってくるのが見えた。
私は横を向いた少年に、行くぞ、と声をかけて、高速で立ち上がった。

妊婦さんに席を譲ったあとで、母子の方を見ると、二人は顔を伏せて、完全に無関心のポーズをとった。

まあ、当たり前だとは思う。
迷惑なバカオヤジに付き合っていたら、恥をかく。
バカは放っておくのが一番だ。

おそらく、百パーセント近い人が、そう思うに違いない。

バカは、新宿駅で降りた。
母親は、我が子に向かって、「大人になったら、あんなバカになってはいけませんよ」と教えたかもしれない。

話は変わるが、テレビの世界では、「おバカタレント」なるものがいて、たまに、世間様から批判されている。
「バカを商売にできるって、楽でいいよな」

しかし、考えてみてほしい。
普通は、バカを職業にすることなどできない。
おそらく世界中を見渡しても、それほど多くはいないと思う。

しかし、現実に、それを売りにしている人が存在するのである。
それは、とてつもなく凄いことではないだろうか。
我々は、どんなに頑張ったって、バカのプロにはなれない。

しかし、彼ら彼女らは、それで収入を得ているのである。
人々の優越感をその身に吸収して、毅然とバカを演じているのだ。
それは、素晴らしい能力だとは言えないか。

少なくとも私は、「俺はバカやってるけど、本当は頭いいんだよね」という勘違い芸人よりは、おバカの方が共感できる。

具志堅用高師匠は、おバカタレントではないが、その超越ぶりは尊敬できる。
唯一無二の人だと、断言できる。
あそこまで到達できる人は、なかなかいない。


さて、バカの目的地は、新宿御苑の編集会社だ。

今年初めころのブログに、桶川の会社のレギュラーの仕事を失くしたことを載せた。
そのとき、桶川の会社社長が、粋な計らいを見せてくれて、新宿御苑の会社から仕事を頂けるように、根回しをしてくれたのである。

話は、多少複雑になるが、かつて桶川の会社には、フクシマさんというおバカさんがいた。
しかし、このおバカさんは、繊細で真面目なおバカさんだった。

東日本大震災後、宮城県出身の社長のお供をして、復興のお手いをし、現場を見ているうちに、フクシマさんの心は、徐々にひび割れ、欝になった。
その後、社長の勧めもあって、フクシマさんは、ほどなく休職した。

そして、3年近い療養生活を経たフクシマさんは、医師の勧めもあって、昨年の夏、社会復帰を果たすことになった。
ただ、いきなり前線に復帰しても心身ともに負担になるので、桶川の会社ではなく、新宿御苑の会社に「ゲスト」のような形で勤めることになった。

御苑の会社社長・澁谷氏は、会社を興す前は、桶川の会社にいたこともあり、桶川社長ともフクシマさんとも懇意の間柄だった。

フクシマさんにとって、その環境は何よりも得がたいものだったのではないだろうか。

友人のフクシマさんが、御苑で働いているのは知っていたが、負担をかけたくないので、私は会いにいくことも連絡することも控えた。
働けるくらい回復したのだから、心配ないだろうと思ったのだ。

ただ、澁谷氏から仕事をいただくとなると、同じ会社にいるフクシマさんと顔を合わせるのは、必然のことだ。

仕事を頂きに行った、1月中旬。
澁谷氏から、「フクシマさんを呼んできましょう」と、新年の挨拶もそこそこに言われた。
だが、なぜか私は慌てて、いやいやいや……それは、ちょっと、あのその……、と言って、フクシマさんに会うことを辞退した。

会社に伺う前の電話で、澁谷氏から「フクシマさんは、みんなと普通にコミュニケーションがとれてますよ」と聞かされていた。
それを聞いて、砲弾と爆弾を持たなければ安心できないテロリストより臆病者の私は、みんなとコミュニケーションがとれているフクシマさんが、私に対してだけは、よそよそしい態度をとったらどうしよう、と思ってしまったのだ。

その恐怖が、私の心を満たした。

あのあのあの……今回は、遠慮いたしますでござりまする。

結局、その日は、会わなかった。
二回目のときは、フクシマさんが通院日だったので、会うことができなかった。

三度目の正直。

昨日、カタログ編集の2稿を持って行ったとき、澁谷氏に「会いますか」と聞かれた。
いつまでも逃げているわけにもいかないので、お願いいたしまする、と答えた。

応接室で、ドキドキしながらケツを掻いていたら、背後から「Mさん、立って!」という妖気な、いや、陽気な声が聞こえた。
立ち上がって振り向いたとたん、抱きつかれた。

「俺、帰ってきました! Mさん、カムバックですよ。リターンですよ。リサイクルですよ!」
見下ろすと、4年前まで、当たり前のように見かけたおバカな顔が、そこにあった。

老けた、という感じはまったくなく、純正おバカのフクシマさんのタレ目が私を見上げていた。

その目を見たとき、ああ、本当に帰ってきてくれたんだ、と思った。
目から水が出そうになったので、窓の外の景色を11秒見ることで、流出を抑えた。

おバカに涙など見せたら、一生イジラレるのは、日本国憲法9条が戦争放棄を宣言しているのと同じくらい、確固たる事実だ。

そんな私を見て、フクシマさんが、「あれ? Mさん、いま泣いてました?」と、おバカ全開の笑顔で言った。

いや、ベイマックスの感動的なシーンを思い出していただけだよ。

「え? Mさん、ベイマックス観たんですかぁ? いいなあ、俺も観たいな」

勘違いしないでほしいな。
俺は、感動的なシーンを思い出した、と言っただけで、観たとは言ってないからね。

私がそう言うと、嬉しさを弾けさせたおパカ顔で、フクシマさんが、また抱きついてきた。

「Mさ〜ん、Mさんは、そのまんまだなあ! まんまのMさんは、嬉しいなあ!」

抱きつかれ、しがみつかれ、体を揺さぶられた。

そして、心も揺さぶられた。




あのおバカが………本当に帰ってきた。




2015/02/20 AM 07:55:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

レッスンゴリラ
東京神田のイベント会社からお声がかかった。

こちらとは7年くらいのおつき合いになるが、今までよく担当者が代わった。
長くて1年ちょっと、短い人は3カ月で代わった。

しかし、今の担当者の歌舞伎役者・中村獅童氏似の担当者とは、2年間のお付き合いが続いていた。
もちろん、おつき合いだとは言っても、本当につき合っているわけではない。
私に、そんな趣味はない。

獅童氏に代わって、何が変わったかというと、仕事量が増えたことだ。
それまでは、年に2回程度の仕事量だったのが、去年は6回もあったのだ。

もしかしたら、獅童氏は、私のことを愛しているのかもしれない。
打っている途中で、吐きそうになった。

その日の打ち合わせは、いつもより長引いた。
今回は、珍しく獅童氏が、自分でアイディアを出してきたからだ。
今までは、1時間程度で終わるのが普通だったが、今回は午前11時に打ち合わせを初めて、ランチタイムを過ぎてしまった。

わたしは、そのまま打ち合わせを続けてもよかったのだが、獅童氏が「ほっともっと」と突然つぶやいた。
もっと熱くなろう、ということだろうか。

しかし違った。
そのあとに「腹が減ったから弁当買って来ましょう。奢りますから」と続けたのである。

たとえ年下だとしても、奢ってやる、という人の意思を私は最大限尊重するのを生きがいにしてきた。
だから、ノリ弁、プリーズと言った。

それに対して、獅童氏は、「ロースカツ弁当にしましょうよ。同じものを食べましょう」と気持ちの悪いことを言った。
しかし、私は、赤の他人様と同じものを食うと、激しく下痢をする変態体質をしていたので、ノリ弁、プリーズ、と頭を下げた。

「もっと、いいものの方が・・・どうせ、奢りなんだから・・・」と口を尖らせた獅童氏だったが、上着も着ずに、外に買いに行ってくれた。

応接室で、二人向かい合って、ロースカツ弁当とノリ弁を食っている図は、とても気持ち悪いものだった。
居心地が悪い、ケツがかゆい、心が寒い。

お茶を入れていただいたのだが、私は飲み物に頼らずにメシを食う訓練を長年続けてきたので、申し訳ないが、お茶は無駄になった。

そんな風に、メシを口にブチ込んでいたとき、獅童氏が、突然鼻歌を歌いだした。
「レッスンゴリラア〜」と聞こえた。

ゴリラの歌のようだ。
興味がないので、受け流した。

2度3度と獅童氏は、ゴリラの歌を歌った。
どちらかと言うと、私は動物の中で、ゴリラは好きな方である。
好きな動物ベスト6の6位か7位に位置していた。

しかし、昼メシを食っているときに、ゴリラの歌を聞きたいとは思わない。

だから、無視した。

もうほぼ食い終わろうかというとき、「あれ? Mさん、これ、知らないんですか?」と言われた。

ゴリラの歌ですか?
「いや、レッスンゴリラですよ〜、いま流行っているんだけど、知らないんですか?」

ゴリラが、ですか?

「いや、ゴリラじゃなくて、レッスンゴリラですよ!」

さっぱり、わからん。

これ以上、関わり合いたくない私は、メシを食い終わると、すぐ仕事の話に方向転換し、1時過ぎに打ち合わせを終えることに成功した。


その日の晩メシ時、大学1年の娘に「レッスンゴリラって知ってるか」と聞いてみた。

すると、娘は「知ってるよ」とアッサリと答えた。
「ただな・・・それは、『レッスンゴリラ』ではなく、『ラッスンゴレライ』と言うらしいぞ」

「後期の試験が終わったとき、試験から開放されて浮かれた男が、突然『レッスンゴリラ』を歌いだしたんだよ。ボクも最初は『レッスンゴリラ』に聞こえた。でも、そのゴリラの歌をみんなが知っていたらしくて、講義室に残っていた50人くらいが、一緒に歌いだしたり、手拍子をし始めたんだな。なんか、合いの手も入れてたな。まるで胡散臭い宗教の集会を見ているみたいで、鳥肌が立ったぞ」

「そのあと、友だちに聞いたら、お笑い芸人のネタだって言うじゃないか。それも『レッスンゴリラ』じゃなくて『ラッスンゴレライ』だよって、笑われたよ」
(親子の脳と聴力は、奇跡的に似るものらしい)


中学3年までは、お笑い番組やバラエティ番組を好んで見ていた娘は、高校に上がってからは、トリンドル(トリリンガル?)になるために、韓国語と英語の習得に時間を費やし、大学に上がってからは、社会福祉とバイトにも時間を費やしているので、テレビを見ている暇がない。

そんなこともあって、流行には疎い。
三代目ナントカを、代々続くコミックバンドと思っていたくらいだ。

『ラッスンゴレライ』が『レッスンゴリラ』に聞こえても無理はない。

誰も彼女を責めることはできない。
決して彼女を責めたりしないでください。


ただし、私のことも責めないでほしい。

私の場合は、ただ、脳と耳が老化しただけですから。




2015/02/14 AM 07:50:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

踊れない二人
貧乏ネタは、もう飽きたかもしれませんが•••。

ただ、これは私のネタではなく、私の同業者2人に突然訪れた「冬の時代」のお話でございます。
これは、たった2人のサンプリングで、アベノミクスの真実を追求するという無謀な試みでもあります。

私の友人に、埼玉浦和在住のニシダくんという一流デザイナーがいる。
何をもって一流というかは、人によって基準が違うだろうが、大手企業のクライアントを持っているということで、私は彼を「一流」に分類している。

12年ほど前、私は彼にMacを教えた。
大変、筋のいい教え子だった。
文字をデザインするセンスが、特によかった。

そのセンスのいい男は、3年後に独立し、すぐに私を追い越した。
それは、彼の能力が優れていたからだが、同時に彼は人生のパートナーにも恵まれた男だった。

その当時、ニシダくんが同棲していた人は、並外れた酒豪だったが、仕事も出来る人だった。
そのひと、チヅルさんは、都内のいくつかのコンサルティング会社から仕事を請け負っていた。

仕事は、調査とデータ収集、分析だった。
その仕事から派生する大手企業との付き合いの中で、ニシダくんに適合する仕事をチヅルさんは選別し、割のいい仕事を彼に割り振った。

ニシダくんは、そのチャンスを見事に生かして、「一流」の階段を上った。
比較するのも申し訳ないが、貧民デザイナーの私の5倍近い年収を稼ぐ時もあった。

ニシダくんは、順風満帆の人生を歩いているように思えた。
しかし、2年前から、彼の仕事量が激減したのである。
全盛期の半分以下になった、という。

アベノミクスが、日本経済を再生したと言われた時期だ。

ニシダくんのクライアントは、今も健在である。
どれもが会社として、健全に機能していた。

しかし、なぜか仕事は減った。
仕事が、今までのように流れてこなくなったという。

なぜだ? という、当たり前の疑問を投げかけてみたが、ニシダくんにも、わからないと言っていた。
「他の仕事はあるんだよ」と、クライアントに言われたらしい。
「でも君に回す仕事がね•••少なくなったんだ」

ニシダくんが、特別ヘマをしたわけではない、とクライアントは言ったともいう。
「だけど、なくなったんだよね」

その結果、年収はピークの半分以下に減り、最貧民の私の年収との差が、この2年で一気に縮まった。
二人の子どもの子育て中だった奥さんのチヅルさんは、予定よりも早く社会復帰して、以前と同じように、コンサルティング会社から依頼される調査やデータ収集、分析の仕事を復活させざるをえなくなった。

「不景気と言われた4年前より、景気が上向いたと言われる今の方が仕事が減っているって、どういうことでしょうか? 僕の得意先には、去年、過去最高益を上げた会社もあるんですよ」
ニシダくんのその疑問は、私の疑問でもある。


もう一人、稲城市の同業者をサンプリングとして、とり上げることにする。

極端な人見知りの稲城市の同業者は、恵比寿に事務所を構える年上の奥さん経由で、多種多様の仕事を請け負っていた。
ただ、人見知りのデザイナーにできる仕事の量は、限られていた。

彼は、睡眠時間を削って仕事を処理していたが、そんな状態が3年も続くと、まともな人間は、たいていは壊れる。
彼も壊れる寸前だった。

しかし、完全に壊れる前に、私という「天使」に出会う幸運を彼は手に入れた。
「天使」が、彼をサポートしたのである。

他の人とは、まともにコミュニケーションがとれない彼は、なぜか私とは、人間の会話をすることができた。
「シゴト、タスケテ」というリクエストがあるたびに、私はママチャリを東京武蔵野から稲城市まで飛ばし、溢れた仕事をいただくことを繰り返した。

その仕事が途絶えることは、昨年の春まではなかった。
だが、春からは、激減した。

私は奥ゆかしい臆病者なので、その理由を私の方から聞くことはなかったが、先日彼の方から電話で、ため息とともに愚痴が吐き出された。

「仕事が減りました。半分以下ですね。僕が仕事を始めて、この6年間、こんなことはなかったです。カミさんも理由がわからないって言ってます」
「Mさんには、忙しい思いをさせて今まで申し訳なかったですが、それが遠い昔のことのように思えます。いったい、どうしたんでしょうか。明らかに、景気、悪いですよね」


大手企業の株価は、順調に高止まりしているようだ。
急激な円安は、大手輸出産業を肥え太らせ、実体経済に反映しない金の大量移動が、一部企業と富裕層の間で行われている。

原油価格の下落はあるが、それが実際の庶民生活に恩恵を与えている気配は薄い。
それが、数字上のGDPを押し上げることがあったとしても、おそらく無くなったニシダくんや稲城市の同業者の仕事が戻ってくることは、今のところはない。

それに対して、昨年のクリスマス前から、アメリカの消費は、原油価格の下落によって、目に見えて回復してきているという。
GDPの上げ幅は、極端に上向いているわけではないが、「消費マインド」は確実に景気上昇の方に振れているようだ。

それは、日本とアメリカの国民性の違いもあるかもしれない。
「悲観的」と「楽観的」。
あるいは「貯蓄をする国」と「消費する国」の違いと言ってもいい。

日本は、人も企業も、余裕があったら貯めることを美徳としてきた。
その反対に、アメリカは、余裕があるときは使う歴史を繰り返してきた。
その結果、街にはドルが溢れる。
しかし、日本は円をタンスにしまい込む。

大儲けの大手企業は、社員の給料を上げるより、またいつか来るかもしれない大不況のために、儲けは内部留保に回して、街に円を溢れさせることを控えている。
庶民も、バブル後の自民党政権の無策を痛いほど感じているから、大事な円は小出しに使う癖がついている。

極端なことを言えば、アベノミクスの成功を信じているのは、自民党の一部政治家と日本銀行総裁、自民党機関紙の讀賣新聞、株価が上がりやすい輸出産業だけだろう。

アソータロー氏が、「儲かっている企業は、設備投資を惜しむな」と吠えたことがあったが、これなど典型的な「言うだけ番長」だ。
言いっ放しでいいなら、誰でもなんとでも言える。

私の感覚では、儲かっている日本企業は、蛇口を締める傾向が強いように思う。
アソー氏の言葉だけでは、蛇口を緩める効果はない。

そして、堅実な企業は、それほど儲かっていないときは、蛇口を締めても効果が薄いので、蛇口は締まってもいないし緩くもない状態だ。
そのときは、二人に、仕事が普通に落ちてきた。
しかし、私の友人二人のお得意様方は、儲かったが故に、金が漏れないように蛇口をギュッと締めた。

その結果、出口の細まった蛇口から、二人に仕事が落ちてこないようになった、と私はゲスらしい勘ぐりの仕方をしている。

いずれにしても、ゲスの極み乙女感覚では、ちまたに円が溢れていない状況を「不況」という。

株は踊っているが、現実の紙幣は踊っていない。

そして、アメリカの消費は踊るが、日本は踊らない。
(景気回復を信じている人が少ないからだと思う)

要するに、アベノミクスが躍らせたのは、株とエグザイルとエーケービーだけで、紙幣もニッポンジンも、彼らのファン以外踊っていないということになる。

そして、ニシダくんと稲城市の同業者は、いま躍らせてもらうことさえできない状態だ。
ただ、奇しくも同じモーニング娘。'15ヲタクのニシダくんと稲城市の同業者は、道重ラブを貫いて、自主的に踊っていないだけかもしれないが。
(このモーニング娘。'15に関しては、私の大学1年の娘が詳しいのだが、娘はバイトが忙しくて説明することができないのが残念だ)


ここで、唐突に結論。

アベノミクスは、エグザイルとエーケービーと自民党の息がかかった大手企業ファンを躍らせることはできても、モーニング娘。'15ファンは躍らせることはできなかった。

向こう岸・峯岸から、「違う!」という声が聞こえそうだが、私は両手を耳に当てながら、聞こえないフリをする。

踊りたくても踊れない人が多くいる世の中を、「景気が悪い」という。

アベノミクスは、ステージ上で、ホログラムのダンサーが踊っているようなものではないだろうか。

それを、ごく一部の富裕層だけが、手を叩いて見ている、というのが私の妄想だ。




もちろん、シャレのわかる方は、この文章が、エグザイル様とエーケービー様ファンの方々を中傷するものでないことは、おわかりだと思います。



2015/02/08 AM 08:25:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

受けた 回りました
4か月ぶりに、同業者との飲み会に参加した。

いつも利用する吉祥寺の居酒屋には、私が愛飲するノンアルコールビール「龍馬1865」がない。
好物のトマトジュースもメニューにない。
ウーロン茶や緑茶はあったが、お茶系が苦手な私は、それを飲めない。

「ペリエがあるじゃない」と、馴染みになった居酒屋の店長代理•片エクボさんが、メニューを指差しながら言った。

ペリーか••••彼が浦賀にやって来たのは、確か嘉永六年のことだったな。
あれから、162年も経ってしまったか。
日本が道に迷わないように、現代文明の入り口までエスコートしてくれたペリーさんに、我々はもっと感謝すべきではないだろうか。

たとえ手段は威圧的だったとはいえ、新世界の存在を知らしめてくれた「白い人」は、間違いなく我らの「水先案内人」だった。
ペリーさんは、もっと評価されてもいいのではないか。

「お客さん? ひとっつも面白くないよ!」
腕組みをした片エクボさんに、真っ二つに切られた。

まあ、そうですよね。

ということで、水道水、プリーズ。

「ペリエではなく?」

ペリエは、320円、水道水はタダ。
どっちが得か、子どもでもわかる。

そんな二人の会話に無関心な同業者5人は、声を高くして、「自己責任」「平和ボケ日本」を語り合っていた。

「危ないところだってことをわかって行ったんだから、同情できないよね」
「日本に迷惑をかけている時点で、何を言ってもアウトですよ。正義はないでしょ」
「こんな平和ボケの国にいたら、戦争の怖さなんて、所詮は別世界だろうからね」

その平和の恩恵に、ドップリ浸かっている人が論じる「自己責任論」「平和ボケ論」の矛盾に気づかない人は、「無知な平和びと」にしか私には見えない。

今にも発火しそうな導火線を肌にヒリヒリと感じて、テロリスト集団と相対峙している政府要人たちが言うなら説得力があるが、ヌクヌクとした環境で、「異国の囚われ人」を糾弾するだけの人たちこそ、「平和の陰から、もの言う人」だ。

彼らは、自己責任からは、最も遠いところにいる人たちだろう。

その発言が、たとえ酒が入っていたから、という言い訳があったとしても、その矛盾は手前勝手で、人間として無様だ。

平和ボケを誰よりも愛する私は、紛争地域に足を踏み入れた勇気ある人を讃え、紛争地域で拘束された勇気ある人を懸命に救出しようとした政府の方たち、それに力を貸してくださった近隣諸国の勇気を讃えながら、ジャガイモピザ、串焼きのつくね、シシトウをありがたく頂戴するのである。

そんな風に、ネギ塩つくねの2本目を口にくわえたとき、「はい、お待ちー!」という威勢のいい掛け声とともに、美しい色をしたボトルが私の手元に置かれた。

見覚えのあるペリエのボトルだった。

あのー•••••こんなもの、頼んではおりませぬが•••••。

「あたしの奢りですよ! 水道水じゃ、なんか、可哀想でぇ」

奢っていただく理由がありませんが•••••。

「店長代理の自己判断ですよ。なんか、可哀想でぇ」

つまり、自己責任ということで、よろしいでしょうか。

「自己責任って言うと堅苦しくなるから、ポケットマネーってことです」

しかし、そうなると、そちら様にご負担をおかけすることになりますね。
それは、私の望むところでは、ありませんが。

「とおっしゃいましても、水道水を飲む貧乏くさい白髪頭のお客様の姿を見るのが耐えられない私の気持ちをお察しください。
まるで故郷に残してきた貧乏くさい父親の姿を見るような気がして、放っておけないのです」

ビンボーはお嫌いですか?

「嫌いではありませんが、貧乏くさい親を間近で見るのは、心が痛みます」

でも、オレ、あなたの親じゃないし!

私が、そう抗議すると、「あたしが、そう思ったんだから、いいの! とにかく、ペリエを飲んでほしいの! 水道水じゃ嫌なの! わっかんないのかなあ!」と、まるで血の繋がった娘が、貧乏くさい実の親に当たるような情の濃い圧力で言われた。

私も固まったが、同業者も固まった。

その中の一人、人類史上最も馬に激似の男、「お馬さん」が、片エクボさんを見上げて言った。
「もしかしてだけど〜、Mさんって、あなたのお父さんに似てるとか?」

そう聞かれた片エクボさんは、私の顔を食い入るように見つめながら、シミジミと言ったのである。

「顔は、うちの親の方がイケメンだけど、貧乏くさいところ•••••そっくりだよねえ」

この居酒屋は、客の悪口を平気で言う「自由すぎる居酒屋」なのか。
貧乏くさい、貧乏くさいと、くさいの2乗、3乗、四条畷駅で客を弄ぶのが、最上のサービスだとか。

•••••と思いながらも、人の「奢ってやる」という崇高な好意を拒むポリシーを持たない私は、素直にペリエのふたをシュワっと開けた。

美味ですぞ。
娘よ、ありがとう!

「とうちゃん、美味しいものさ、たくさん食って、早ぐ良ぐなるだよ〜」と私の両肩を軽く揉んだあとで、娘は下手(しもて)に消えた。

同業者たちの「自己責任論」「平和ボケ論」は、いつの間にかフェイドアウトし、5人の視線が私に集中した。
その中の一人、最長老のオオサワさんが、ブルドッグ顔を小刻みに左右に振りながら言った。

「結局、Mさんは、どこが悪いの? 僕たち、詳しいことは全く聞かされてないんだけど」
同じように頷く同業者たち。

それは•••もちろん、武器商人でしょう。
テロリストの所業が鬼畜以下なのは明白です。
どんなに宗教の教えを拡大解釈しても、市民を殺していい経典など、この72億人が暮らす世界に存在するわけがない。

そんな「死の宗教」は偽物だ。

ただ、この世界には「死の商人」という本物の悪魔もいる。

アメリカ、イギリス、ロシアがテロリストに武器を売らなければ、ここまで世界は火薬くさくならなかったはずだ。

テロリストに武器を売っておいて、そのテロリストを糾弾する大国のエゴに、正義などあるわけがない!
大国が手にするドル、ユーロ、ルーブルには、大量に流された罪なき人の血がこびりついているのだ。

血塗られた紙幣を持つ彼らも悪い。
つまり、悪いのは、彼らかもしれない。

そうキッパリと言って私は、ペリエを飲み干した。
美味美味。

そして、私の後ろを通りかかった片エクボさんに、「娘よ、ペリエをもう一本」とリクエストした。

「とうちゃん、おごりは一本だけだよ」

もちろんでございます。
今度は自腹です。ご安心ください。

「ありがとうございます、お客様。自腹ペリエ、うけたまうれ、うけたまいれ、うけたま•••••」

受けた 回りましたぁ!
(違う? いつものことだが展開が Siri Metz Lets)

「そう! その•••••受けた 回りました!」
軽いガッツポーズとともに、片エクボさんが下手に消えていった。

その様子を見ていた「お馬さん」が、眉をしかめながら言った。
「いつものことだけど、Mさんを見てると『平和ボケ』って、Mさんのためにある言葉だなって、思いますよ」

褒めてくれたようだ。



その言葉、

受けた 回りましたぁ!



(アルコールが一滴も入っていないのに、よくここまでバカになれると、我ながら感心する)




2015/02/02 AM 08:00:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



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