Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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人間っていいかも
新年早々、嬉しいことがあった。

新年の挨拶回りに行ったときのことだ。
挨拶回りは毎年行くが、すべてを回るのは大変なので、最近は一年に3社と決めていた。
それを年ごとのローテーションで回る。

東京、神奈川、埼玉、静岡のすべてを回っていたら、時間を取られて仕事にならないからだ(今は体力的にもきつい)。
今年は、桶川の企画編集会社に真っ先にご挨拶にお伺いした。
2年間、行っていなかったので、最優先に伺った。

桶川の会社の最初の担当者は、フクシマさんだった。
おバカなフクシマさんは、同じようにおバカな私と気が合って、年は20歳ほど違うが、楽しい時間を過ごさせていただいた。

仕事の打ち合わせ時間が15分なのに、バカ話は1時間以上。
毎回、幸せ気分を感じて、帰りの高崎線に乗った。

しかし、3年前に、そのフクシマさんが病を得て、長期休職を余儀なくされた。

そのあとの担当者は、女優の麻生久美子さん似の美人事務員さんだった。
フクシマさんが元気だった頃は、3人でよくトリオ漫才を演じたこともあった。

だから、麻生久美子似が担当者になったときも、打ち合わせ15分、バカ話30分、という楽しいときを過ごした。

しかし、その麻生久美子似が、ご懐妊されて、一旦会社を辞めるという事態が唐突にやって来た。
昨年末に、麻生久美子似は、退社。

その後を継いだのが、ワタベさんだった。

彼の年齢はわからない。
聞く気もない。

30歳を過ぎているとは思うが、それを知ることに意味があるとは思えない。
だから、これからも聞かないだろう。

担当者が変わるにあたって、麻生久美子似から、私に関するデータを渡されたらしい。
白髪頭のおバカなオッサン。
そして、酒飲みだということも言い継がれたようだ。

しかし、このデータは間違っていた。
今の私は、事情があって、サケとは無縁の生活をしている。

親しい知人や同業者の一部は、そのことを知っているが、得意先には伝えていない。
そんなどうでもいいことを得意先に伝える人は、この宇宙では、いないだろう。
だから、得意先の人は誰も知らない。

そんなどうでもいい事情を知らないワタベさんが、新年の挨拶回りで、一番搾りの500缶を勧めてきたのだ。
「Mさんは、これが好きなんですよね」
満面の笑みである。

この会社での年初の仕事では、私は一番搾りを飲むことが行事になっていた。
8年間続いた行事だ。

これが私に対する「お・も・て・な・し」だと思っているのだ。

しかし、私は空気を読まない男だ。

飲まないものは、飲まない。
たとえ、神と崇める柴咲コウ様、椎名林檎様に勧められたとしても、絶対に飲まない。
(いや、美脚をちらつかせられたら飲むかもしれないが)

困ったことに、ワタベさんは、美脚ではない。
だから、「俺、禁酒中なんで」と断った。

その一言で、修羅場になった。

「なんで?」とワタベさんが目をむいたのだ。

「俺が出したのに、飲めないの? だって、今まで飲んできたんでしょ? なんで、俺の飲めないの?」

いや、ですから、俺、禁酒中なんですよ。
禁酒禁煙キムジョンウン。

「はぁ? 何、キムジョンウン? 関係ないでしょ!」

はい、確かに。

新年の一番搾りが、私をこんな風に搾るなんて、想像していませんでしたよ。

「こんなんじゃ、Mさんとこれから、仕事上で友好関係を築けませんね」と言われた。

その様子を愛犬マルチーズをこよなく愛する社長が、マルチーズのユイカちゃんを頬ずりしながら見ていたのが、私の視界の端に映った。
しかし、もちろん、社長は何も言わない。

社員を信頼しているからだと思う。

しかし、その信頼する社員は、「これを飲まなければ、話が進まないんですけど」とお怒りである。

表現方法は少し違うが、「俺の酒が飲めないのか!」という昭和的なパターンだ。

私は、「俺の酒が飲めないのか!」と言われたら、躊躇せず、飲めねえよ! と答えてきた男だ。

話が進まなくても、俺は飲めませんね。
禁酒禁煙キムジョンウンなんで、と答えた。

その二度目のキムジョンウンが、ワタベさんの怒りに火をつけたようだ。

「何だよ、それ!」

もちろん、ここでキムジョンウンを持ち出す私が悪い。
スミマセン、と謝った。

しかし、それでも私は、一番搾りは飲まない。
ここで飲んでしまったら、私が私でなくなる。

申し訳ないですが、飲めません、ともう一度頭を下げた。

「じゃあ、どうすんの? 俺の気持ち」と、お怒りのワタベさん。
(彼が、何故これほど一番搾りにこだわるのか私にはわからないのだが、人の感情を推測しても意味がないので、流れに任せた)

この流れに一番沿う答えは、私が、この仕事は他の方に、と提案することだと思った。

「ああ、そうしますわ」とワタベさんが、ご自分で一番搾りを飲んだ。

融通の利かない男でゴメンナサイ、と心で唱えながら、社長に挨拶して、会社をあとにした。

高崎線に乗って新宿に到着。
中央線を待っているとき、桶川の社長から電話があった。

「今回のはワタベが悪いよ。酒の無理強いは俺も嫌いだからね。社員への教育が行き届かなかったことは、謝らせてもらいます。でも、俺は社員を守らなきゃいけない立場だから、今回はワタベの味方をするよ、悪いけど。また仕事をお願いするときがあると思うけど、そのときは、よろしくお願いしますよ」

わかりました。
そのお言葉だけで、充分です。

納得した。
(私の経験上、このようなケースの場合、百パーセント次の仕事は来ない。そして、私の性格として、額が床につくくらいの誠意を見せて、謝り倒すということもしない。なぜなら、自分が悪いとは思っていないから。つまり、この9年間続いた得意先は残念なことだが自然消滅になる)


家に帰ったあとの7時過ぎ、新宿御苑の企画編集会社社長・澁谷氏から電話があった。
「お願いしたい仕事があるので、近日中に来ていただけませんか」

澁谷氏は、新宿で会社を立ち上げる前は、桶川の会社で営業マンとして敏腕をふるっていた。
つまり、桶川の社長とは懇意な間柄だ。

推測するに、桶川の社長が澁谷氏に、私に仕事を回してくれるように根回しをしたのだろう。
だから、「O社長に頼まれたんですか」と聞いた。

「何のことですか?」とトボケる澁谷氏。

桶川の社長から口止めされたのだろう、と察した。

ありがとうございます、と答えた。

ありがとうございます、と言いながら、なんとも言えない温かい感情が私の心を満たした。



人間って、いいな、と思った瞬間だった。



2015/01/09 AM 06:47:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]



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