Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
[TOP] [RSS] [すくすくBLOG]








たからもの
芋洗い坂係長に激似のカネコからランチの誘いを受けた。

出かけるのが面倒くさかったので、一度は断ったが、吉祥寺まで来てくれるというので行ってきた。

何を食わしてくれるかと思ったら、デブに相応しい焼き肉だった。 
肉が肉を食う。
似合い過ぎて、皮肉も言えんわ。

肉が似合いすぎる男は、大学時代は2年後輩だったが、いつのまにか偉そうに対等の口をきくようになった。
そして、その状態が続くこと29年。
55キロだった体重が今は何キロに膨れ上がったことか。

80キロまでは自己申告していたが、ここ4年は申告を怠っているカネコ。
おそらく限りなく百キロに近づいているに違いない。

私が大学3年時に新入生として陸上部に入ってきたカネコは、当時はナイーブな性格で、部に馴染めず半年で部を辞めた。
しかし、お釈迦様のように慈悲深い私は、誰にでも平等に愛を振る舞う人格者だったので、常にカネコのことを気にかけ、キャンパスで会うと、必ず声をかけた。

そして、たまに友人たちとの飲み会に誘ったりもした。
カネコは最初は断ったが、いつのまにか飲み会の席の端っこで黙って酒を飲むポジションを得た。

何も喋らずに酒を飲みメシを食うカネコを、友人たちは普通に受け入れ、カネコは当たり前のように、我々の仲間として認知された。

だが、誰もが大学に居続けられるわけではない。
私も例外ではない。
優秀な私は、一つの単位も落とさずに卒業することになった。

つまりカネコとは離ればなれになるということだ。
肩の荷が下りる、とはこのことか、と私は「マンモスうれピー」幸せをかみしめた。

しかし、卒業式の前日、カネコから電話で思いもよらない愛の告白を受けたのだ。

「卒業しても会いたい!」

今にして思えば、あのとき断っておけば、カネコとの縁は切れていたはずである。
しかし、慈悲深すぎる私は、いいよ、これからは先輩後輩の立場を忘れて会おうぜ、と答えてしまった。

その言葉を真に受けたカネコは、最初は遠慮がちだったが、20代半ば頃、私のことを先輩ではなく「本当の友人」として接するという厚かましい暴挙に出て、その状態が今に至るまで続いている。
2年後輩のくせに、わたしのことを「おまえ」呼ばわりするのだ。

みなさま。
2歳下というのは、悪魔が多いということを肝に銘じた方がよろしいかと思います。

極道コピーライターのススキダも死神・尾崎も私より2歳下のくせに、偉そうな態度を取るのですよ。
そして、私が抗議すると、「年上なら年上らしく威厳を持てよ!」と説教までするのだ。

それを聞くたびに、私は、なぜイトーヨーカ堂に「威厳」を売っていないのだ、と毎回イトーヨーカ堂を罵倒するのである。
威厳が、nanacoカードで買えたら、どんなに幸せなことだろう。

目の前のデブ、カネコ。
タン塩と大盛りご飯を瞬く間に消費する姿は、動物的すぎて草食系の私には、恐怖しか感じない。

おまえ、昼間からデブになる修行をして何が楽しい? と私が聞いても、「肉イズ・マイ・ライフ!」と肉から目を離さずに答えるカネコの姿に、私は戦慄さえ覚えた。

カネコ2人前、私1人前のランチを食った。
どうせカネコの奢りなのだから、もっと食ったほうがいいと思ったのだが、デブの芸術的な食いっぷりを目の当たりにすると、お腹が一杯になってしまうのだ。

ランチのあとは、場所を移して、カフェでコーヒーを飲んだ。
左手の小指を立てて、カップを持つカネコ。

そう言えば、ススキダも飲み物を飲むとき小指を立てた。
無礼者の後輩は、小指を立ててコーヒーを飲むのが決まりになっているらしい。

カネコが、身を乗り出して言った。
「おまえ、ショウコとskypeでテレビ電話しているらしいな?」

テレビ電話ではない。
ビデオ電話だ。

私の訂正は、芋洗い坂係長に見事にスルーされた。


ショウコというのは、カネコの娘のことだが、カネコとショウコとの間に血の繋がりはない。
ショウコはカネコの奥さんの連れ子だ。

6歳のとき、カネコの娘として突然私の目の前に現れたショウコは、ハッキリとものを言う聡明な子だった。
だから、正直に、私に対して「ねえ、何でサトルさんが私のパパじゃないの? サトルさんの方がよかったのに!」と極めて真っ当な問いかけをしたのである。

それに対して私は、神様もときどきイタズラをするからね。でも、そのイタズラは、君のママにも君にとっても、いいことだったと思うよ。だって、俺という友だちがカネコのそばにいる幸運を与えてくれたんだからね、と答えた。

それを聞いたショウコは、「バカか、このオッサン!」と、6歳の子とは思えないほど見事な舌打ちをしたのである。

それ以来、私とショウコは友だち付き合いをしている。

18歳で結婚して、2人のガキのママとなった25歳の今も、ショウコは、私の友だちとして、確実に5本の指に入るポジションにいた。
その優位性は、カネコより遥かに上位にあった。

目の前の階級の低い男は、小指を立てた手を下ろして、小さな紙袋をテーブルに置いた。
そして、「ショウコから頼まれたんだ」と、なぜか胸を反らした。
芋洗い坂のCカップには、ときめきませんよ。

中を開けると、それは、かぶれない白髪染めだった。
私は、普通の白髪染めを使うと、頭から顔まで全部が膨れ上がるという、楽しい体質をしていたから、普通の白髪染めは使えないのだ。

「テレビ電話をしているとき、ショウコが気になって仕方がないのは、おまえの白髪頭らしいぞ。顔は老けて見えないのに、白髪の面積が多いのは、アンバランスだってよ。でもなあ、老けて見えないってことはないよな。年齢相応じゃないのか、お互い」

つまり、おまえは、自分が「二つ若い」と強調したいのか。

「そうだよ。俺の方が若い」

こういうときだけ、現実の若さを持ち出すとは、調子のいいやつ。
しかし、おまえはOMRONの 体重体組成計(カラダスキャン)を知っているか。
俺は、それで計ると、いつも体年齢が25歳なのだよ。

それって、すごくないですかぁ。

それを聞いたカネコが、アッサリ言った。
「それは、機械が壊れているんだろうな」

そ、そうか………薄々気づいてはいたが、現実的に考えて、その可能性の方が高いな。

いや、しかし、先日主治医である優香観音様は、「血管は若々しいのに、なんで、こんな病気になったかなあ」と首を傾げたではないか。
つまり、俺の血管は若いということだ。
血管が若いということは、体年齢も若いということにならないか。

「あっ、そう」

見事なほどの無関心ぶりだった。
その無関心なデブが、芝居がかった声で、「ああ、もう一つ忘れていた」と両手を一回叩いたあとで、私の前にカラフルな封筒を置いた。

手に取ってみると、ガキが描いたような幼稚な絵が封筒一面を占領しているのが見えた。
おそらく、おそらくだが、それは妖怪ウォッチの絵だったと思う。

中を開けてみると、「しらがジージへ ほっぺチューのけん」と書かれた2枚のカラー用紙が入っていた。
下の方には、「しらがジージ たんじょび おめでとう」と書かれていた。

要するに、ショウコの子ども2人が、私あてに書いたバースデー・カードだった。
このカードを持っていくと、ショウコの子ども2人が、私のほっぺにチューをしてくれるようなのだ。

「おまえ、本当のじいちゃんの俺だって、そんなものは、貰ったことがないぞ。ジェラシーだな」とカネコが、でかい顔を膨らませた。
その顔が、あまりにも醜いので、私は目をそむけた。


こんな幸せなことはない。

血の繋がりなんかは関係ない。
ショウコの子どもは、私にとって、孫に等しい。

嬉しくなった私は、カフェの店員に、ビールを注文したのだが、お節介にもカネコに拒絶された。
芋洗い坂が、ニクニクしい悪魔に見えた。
カネコが、私の落胆する様を見て憐れに思ったらしく、ノンアルコールビールを奢ってくれた。


満足いたしました。
美味しくいただきました。


この宝物は、きっと一生使わないだろうな。

今そのカードは、仕事場の一番目につく壁に貼ってある。


そのカードを見るたびに、思う。


俺は、幸せな男だ!




2014/11/28 AM 08:03:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



(C)2004 copyright suk2.tok2.com. All rights reserved.