Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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優しすぎる男
近所に住む母から、驚きの事実を知らされた。

友人の尾崎のことである。
尾崎とは、30年近い付き合いになる。

そして、私の母は、25年くらい前から尾崎のことを知っていた。
私がまだ中目黒の実家にいた頃、友人の尾崎が訪ねてきたことがあった。
そのときから、母は、尾崎がお気に入りだ。

尾崎の外見は、怖い。
ヤクザと言えば、人は信じるだろうし、刑事と言っても信じただろう。
そして、前科持ちだと言っても、背中に入れ墨があると言っても誰もが疑わないような風貌をしていた。

声も低く、雰囲気は陰気だ。
「俺は友だちが少ない。もう親はいないが、ガキの頃は親にも気味悪がれた」と自分で言っているほどだ。

しかし、私の母は、まったく尾崎のマイナスの空気を意に介さず、普通に私の友人として接した。
尾崎が帰ってからも「また会いたくなる子ね」と言って、声を弾ませたのである。

尾崎は、私の母のことを「先生」と呼んだ。
若い頃、母が教師をしていたことを尾崎は知らないはずだが、最初に会ったときから「先生」と呼んだのだ。

「俺が、この世界で尊敬できる唯一の人は、おまえのおふくろさんだな」とも言っていた。

お互いが何かを感じたのだと思う。

尾崎は、私がいないときも私の母に会いに来ることがたまにあった。
中目黒にいたときも、母が川崎に越してからも。
そして、私の東京武蔵野のオンボロ・アパートの近くに越してからも、もう3回は来ているはずだ。

律儀な男だ。


昨日、母のマンションに顔を出したら、「尾崎くんが昨日来たわ」と言った。
そして、「子どもができたって」と言うのである。

子ども?
誰の?

「もちろん。尾崎くんと恵実さんとの間に決まってるでしょ」

母の認知症が、救いがたいほど進行したのかと思った。

私より2歳下とはいえ、尾崎は50半ばを過ぎているのだ。
恵実も40歳前後のはずだ。
すでに、子どもも2人いる。

今さら、子どもを産む理由がない。

私がそう言うと、母は「尾崎くんは’、あなたならわかってくれるって言ってたわよ」と、ホットコーヒーしか飲まない自分の息子に、冷えたコーラを出しながら言った。

私ならわかる………か。

尾崎には、先妻との間に子どもが一人いて、最近、その子が結婚をした。
結婚式には呼ばれたが、尾崎は出席しなかった。

「生物学的に父親だってだけだからな」

娘の人生に、自分は関わってこなかった。
結婚式のときだけ、親父ヅラをするのは、理屈に合わない、と思ったのだろう。
祝福はするが、尾崎がいるホームは離れていた。

7番線のホームから、1番線のホームの娘を拍手で見送る。
娘が、どの列車に乗ろうが、幸せになればそれでいい。
所詮、俺は、違う列車に乗ってしまったのだから。

娘が困ったら、割り込んででも列車に乗り込むだろうが、ダイヤが順調なら、尾崎は違う列車に乗り続けるだろう。
運転士は尾崎、乗客は恵実と子ども2人。
おそらく、そう割り切っていたのだと思う。

だが、その列車の乗員が、4人から5人になるという。

子どもが嫁いだことと関係があるのかもしれない、と矛盾したことを考えた。
レールは違っていたが、離れた子も、尾崎は運んでいるつもりだった。
つまり3人の子と恵実を運ぶことが義務だと思っていたのだ。

だが、一人が完全に離れた。

自分の中で心の整理はつけたつもりだったが、尾崎の中に空洞ができてしまったのかもしれない。

外見で損をしているが、尾崎は優しすぎる男だ。

その本質を知っているのは、妻の恵実と私の母、そして、私だけだろう。
いや、尾崎の子どもたちも知っているはずだ。

尾崎は、定職を持たない恵実の弟を強引に連れて来て、自分が経営するスタンドバーの店長にしていた。
最初は、嫌がる義弟を拳を使って仕込んだが、一週間も経たないうちに、義弟は尾崎に心酔した。
そして、ひと月で店を任せられるようになった。

そんな野蛮なことは私にはできないから、私は尾崎を笑いながら非難したが、反対に、尾崎に「おまえなら、もっと暴力的になっただろう」と鼻で笑われた。

私は、舌打ちを返しただけだった。

「仕事ができるやつが、その気にならないのは、社会に取って悪だ。だから、無理やりにでも、その気にさせる。おまえだって、そうだろ」

それが正しいと思うかどうかは、人によって違うだろうが、か弱い私には絶対にできない。
つまり、私は優しくないということだ。

尾崎は、私より遥かに、優しさを濃厚に持っている男だ。
違う言い方をすれば、淋しい男、と言ってもいい。

だから、空洞が我慢できなかったのかもしれない。


夜、尾崎に電話をした。

今さら、娘さんの結婚が、こたえたのか、と聞いた。

小さな沈黙のあと、「血を埋めるのは血しかないって気づいたんだ。動物的で都合のいい話だがな」と、尾崎が乾いた声で言った。

きっと尾崎の視線の先には、恵実と子どもたちがいたはずだ。
乾いた声の中に、私は尾崎の家族への思いを感じ取った。

しかしな、と私は意地悪く言った。

いつかは、皆それぞれが違う列車に乗ってしまうかもしれないのにか。

尾崎が、珍しく軽い息を吐きながら笑った。
「そうなる前に、俺は死んでいるし、おまえだってな」


確かに………な。



おめでとう、と小さく言った。



息だけの笑いが返ってきた。





2014/11/10 AM 06:26:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



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