Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
[TOP] [RSS] [すくすくBLOG]








7時間の活用法
ホテルのデイユース・プランを利用するのは2回目だ。

武蔵野のオンボロ・アパートから約2 . 5キロ。
徒歩25分程度のところに、そのホテルはあった。

12時から19時まで部屋を借りて、6千円。
もちろん、普通の感覚で言えば、高い値段だ。
休むなら、家で休めばいいではないか、という非難を浴びせる野次馬が大勢いるのは知っている。

だが、本当の安らぎを買えるのなら、私はそれが高いとは思わない。
そして、私は、その場所で、その時間、確実に安らいでいるのだ。

「しかし、寝るだけなら、インターネットカフェでもいいだろうし、そっちの方が安くないか」と余計なことを言うノナカのようなアホもいる。

もちろん、安さと手軽さを考慮したら、インターネットカフェは魅力的である。
寝るだけなら、安い方を取った方が合理的だ。

それは、わかる。

ただ、空間の独占感というのがある。
インターネットカフェは、そこが希薄だ。
拒否できない音が、無遠慮に押し寄せてくる場合がある。

ホテルでは、その拒否できない音が最小限に抑えられている。
つまり、そこでは確実に、一人分としては充分に広い空間を私的に平穏に所有できる。

それは、充実した睡眠を得るために、今の私が一番必要としているものだ。
私は相当にビンボーだが、充実した休息のために、この空間に高い対価を支払うのは、やむを得ないと思っている。

7時間のうち、おそらく5時間以上を睡眠に使った。
それは、質の高い睡眠だった。

そして、残りの時間は、ソファに座って窓の外を眺め「無」になった。

何も食わない。
家から持ってきたマグ・ポットに入れたホット・コーヒーを飲むだけである。

無ではあるが、自分の心臓の鼓動や呼吸は意識している。
ときどき脈が飛ぶが、これはいつものことなので気にしない。
息苦しくならないので、呼吸は正常なのだと思う。

つまり、生物として機能しているということだ。

家で仕事をしているときは、当たり前のことだが、鼓動も呼吸も意識しない。
仕事を遅滞なく進行させることだけに集中している。

だが、以前の私なら、疲れなどは、ほったらかしにして、ぶっ続けで仕事をしたものだが、今の私は別人である。
疲れを感じる前に、仕事場の隅に置いた独り用のテントに入り、毛布にくるまって20分ほど仮眠を取るのだ。

医者から「働くのはいいですけど、適度な休息を毎日必ず数回とってください」と圧力をかけられているせいだ。
それに、わざわざテントで寝るのは、私が、疲れて眠りこけている姿を家族に見せたくない、という変態体質から来ている。

あからさまな「睡眠不足自慢」はしないが、おそらく同年代の同業者の話から推測すると、半分くらいだと思う。

ただ、これにも変態的な理由があって、私は自分が極端な「ナマケモノ」だという認識が強い生き物なので、一度休んだら、死ぬまで休み続けるのではないかという恐怖心を絶えず持っている。

それを避けるために、同業者から、どんな仕事のおこぼれでも毟り取ることを私は最大の趣味にしている。
そうしないと、私は本当のナマケモノ亜目化するとの強迫観念から逃れることができないからだ。

その結果、この夏のはじめに、突然の不調に襲われて、優香さん似の女医さんとの運命的な出会いをすることになったのだが、残念ながら、ベタなドラマのような展開にならなかったのは、私にシナリオを作る能力が欠けていたからだろう。
(どうでもいい話?)


早足で帰宅して、すぐ晩メシづくり。

遅いので、凝ったものは作らない。
以前作って冷凍しておいたシチューを温め、シーフードミックスのアヒージョと庭のプランターで作ったレタスのサラダに、自家製低塩バターを使ったガーリック・トーストを付けたものだ。
これを30分以内に作って、8時前に、家族で食った。

家族にとっては、「普通の一日」だろうが、私にとっては、極めて楽しい一日だった。


12時50分まで仕事をして、温かい甘酒を飲んで寝た。

目が覚めたのは、5時36分。
驚いたのは、自分がテントで寝ていたことだ。

1階の和室で家族揃って寝たことは覚えている。
しかし、起きたのは、2階の仕事部屋に置いたテントの中だった。

いったい、私の身に何が起きたのだろうか。

単純に考えれば、私が「異常なほどの孤独なテント好き」であるという結論に落ち着く。

それ以外に、理由があるだろうか。

あるいは、ただ寝ぼけただけ?
もしくは、夢遊病?
アルツハイマーの可能性も否定できない。

おもろいオッサンになったものだと、つくづく感心する。



また今日も、楽しい一日が始まりそうだ。




2014/10/29 AM 08:19:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

人でなしがシンクロ
もちろん、テレパシーなどというものは、信じない。

昨日、東京池袋に買い物に行った。
私が知る限り、その素材集は、その店にしか置いていなかったので、中央線と山手線を利用して池袋に行った。

目当てのものを買って店を出たとき、ピカッ! 突然頭の上にLED電球が閃いた。

そう言えば、ここから歩いて8分01秒程度のところに、友人が社長様をしている会社があったような気がした。
部下がクーデターを起こしていない限り、長谷川は、まだ、おそらく、たぶん、私の想像が当たっていれば、その会社の社長様をしているはずだ。

老けた坊っちゃん顔を拝みにいこうと思った。
しかし、世間では、社長様は忙しいという常識がある。

常識人である私は、「アポなし訪問」は非常識である、と常識的に考えた。
だから、頭に閃いたLED電球は右脳にしまって、軽やかな足取りで池袋駅までの道を歩き始めた。

そのとき、iPhoneが震えた。

ディスプレィを見ると、「長谷川」という名が、常識的に浮かび上がっていた。

これは………偶然………か?

なぜ長谷川から電話が、と3 . 4秒考えたのち、仕舞っていたLED電球を閃かせて、iPhoneの応答ボタンを押した。

いきなり、「カラダはどうだ?」と聞かれた。

首の下に付いている、と答えた。
いくらおまえが、偉い社長様だとしても、俺の首を切ることはできない。
残念だったな。

私の答えを無視して、長谷川が「いま、どこだ?」と聞いてきた。

まだ、人生の途中だ、と答えた。
だが、自分で途中だと思っていても、突然終わることもある。
それも、人生だ。

長谷川が、またも私の言葉を無視して、言った。

「まさか、池袋じゃないよな?」

「ドッキリ」か!
私は、隠しカメラを探した。
「大成功」の札も探した。
半径30メートル以内には、見当たらなかった。

つまり、長谷川には「千里眼」のSPECがあるということか。
中堅商社のイグゼクティブというSPECだけでなく、そんなものまで持っているなんて、なんて羨ましいやつなんだろう。

そんな私の感動さえ無視して、長谷川が言った。
「不思議なんだが、おまえが近くにいるような気がしたんだよな。気まぐれに窓を開けたら、ひねくれた風が入ってきたんだ。これは絶対に、マツが持ってきた空気だな、と確信したんだが、どうやら当たったようだ」

そうか。
つまり、それは俺もスゴいということだな。
そんなにもわかりやすい「ひねくれた風」を送ることができるなんて、相当高度なSPECがないとできないだろうから。

長谷川は、私のその言葉も無視した。
「午後のスケジュールがキャンセルになって、どうしようかと思っていたんだ。今すぐ、来いよ」

「ひねくれた風」は、素直に、社長様のお城に潜入することにした。

途中にあったファミリーマートで、スパークリング・ロゼワインを買って、手みやげにした。
私は常識人なので、人様の領域に入り込もうとする場合、必ず手みやげを持っていく習慣を持っていた。

手みやげを渡したとき、長谷川が、「もう酒を飲んでもいいのか?」と、聞いてきた。

俺は遠慮するが、おまえは飲むべきだ。
社長が昼間から酒を食らっても、誰も文句は言わないだろうからな。

「いいのか、俺だけ飲んで?」

俺は、酔っぱらいは好きではないが、酒飲みは嫌いじゃない。
酔っぱらって絡んできたら、不殺の剣・龍翔閃をお見舞いするだけだ。

…………………………………。

結局、秘書が淹れてくれたホットコーヒーを向かい合わせで飲むことになった。

私の顔を見て、「太ったな」と長谷川が言った。

私の場合、久しぶりに会う相手からは、99 . 8パーセント「痩せたな」と言われた。
しかし、今日の長谷川は、0 . 2パーセントの方だったようだ。

身長180センチ、体重58 . 1キロ、体脂肪率11 . 3パーセント、BMI は、17 . 9だ。
ナイスバディだろ〜〜。

また無視された。

そればかりか、長谷川は鋭いことを言ったのだ。
「普通は、酔っぱらわないと程度の低い冗談は言えないものだが、お前の場合は、酒を飲まなくても言えるんだな。要するに、おまえは、酒を飲まなくても酔えるってことだ。もともと酒を必要としていない男なんだな」

俺も、そう思う。

小さな沈黙のあと、長谷川が居住まいを正して頭を下げた。
頭髪が、やや薄くなって、頭皮が微かに見えた。
だが、社長様は頭皮が透けて見えても、それが威厳になることもある。

世の中は、不公平にできている、と思った。

「毎年、邦子の墓参りをしてくれているようだな」

今度は、私が無視をした。

邦子というのは、長谷川の一つ下の妹で、大学時代の私の友だちでもあった。
今は墓の中にいるが、友だちの墓参りにいくのは、人間として当然のことである。
礼を言われる筋合いはない。

4回目の墓参り。
馴れ過ぎて、涙も出ない。

どうでもいいことだが、最近では、私は身内を連続して亡くしていた。
姉と父。

姉の墓は、島根県出雲市にあった。
父の墓は、神奈川県川崎市。

私は薄情者である。
身内なのに、墓参りに行ったことがない。

島根県には、私の敵がたくさんいたが、一人だけ私を理解してくれている年下の大学准教授が、遠い親戚にいた。
彼に、姉の墓のことはお願いしていたから、姉の墓には絶えず花が手向けられていた。
父の祥月命日には、代行業者に頼んで、墓に季節の花を手向けてもらっていた。
今年の一周忌には、代行業者に、墓を盛大に花で飾って欲しい、とお願いをした。

つまり、すべてが他人まかせだ。

しかし、長谷川の妹の墓参りにだけは行く。

自分で、「人でなし」だと宣言しているようなものである。

そんな私の心が、長谷川とシンクロした。
長谷川が、ため息を吐きながら、ソファの背にもたれ、言った。

「俺は、人でなしだな」

人でなしが、ふたり。

いい大人が互いに「人でなし自慢」をするのは、みっともないので、私は「人でなしの看板」を降ろすことにした。


君は 天使じゃなく
俺だって 聖者じゃないんだぜ


天使ではなかったが、長谷川は、「苦悩する人でなし」だった。

長谷川は、東日本大震災後の仙台支社の後始末をすべて、妹の邦子に任せたことを一日たりとも後悔しないことはなかった。

「おまえにしか、こんな話はできないんだ」と言って、後悔の言葉を私のiPhoneにぶつけた。
3年半で、20回以上。
iPhoneも、きっと聞き飽きたことだろう。

社長という役割は、太陽に似ている。

太陽系の惑星や小惑星は、彼がいることで、その存在が成り立っている。
求心力が衰えたら、系列の星々は、行き場を失う。

暗黒になる。

光を絶やすな。
それが、おまえの唯一の役目だ。

社長になりたての頃、長谷川に、そんな話をしたことがあった。

陳腐なたとえだったが、長谷川は納得したようだった。
ただ、納得したとしても、企業の長である彼の悩みの種は尽きない。
何かしら理由を見つけて、私に愚痴をこぼすのだ。

最近の長谷川の愚痴は、「妹が俺を照らしてくれたから、俺は輝いていられたのに」というものだった。

違う。
太陽は照らされるものではない。
自分で輝くんだよ。

おまえを輝かせるものは、おまえしかいない。
太陽に、甘えは許されないんだ。

人間としての出来は、遥かに長谷川の方が上なのに、下等動物の私が説教をするのだ。

恥ずかしすぎて、電話を切ったあとは、いつも自己嫌悪に陥る。
ただ、1分程度で、すぐに立ち直るが。


長谷川が唐突に、「俺たちには、どれくらいの時間が残されているんだろうな」と言った。

おまえには、社員と社員の家族分だけ、時間が必要だ。
俺は、家族分だけだな。

「それって、うらやましいのか、うらやましくないのか?」

そんな問題ではないな。
責任の問題だ。
つまり、色々なものを背負ったおまえは、簡単に死ねないということだよ。

長谷川の苦笑い。

そして、ふたりの言葉がまたシンクロした。

「俺たちが、こんな話をするようになるなんてな」


そうだな。

人でなし………なのにな。





たまには、人でなしの、こんな愚痴も……………。



2014/10/23 AM 07:25:06 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

カーストが流行っている?
最近、愚かだな、と思うことがたくさんあった。

埼玉に住んでいた頃、浦和の得意先に、編集、出版会社があった。
40代のご夫婦が、代表で運営していた会社だ。

2年に1度くらいの頻度で仕事をいただいていたが、2年に1度では生産性が悪いので、4年半前に東京に帰ることになったとき、お付き合いをやめさせていただいた。
だから、もう付き合いはない。

その会社の噂を先日耳にした。
今の日本の経済状況では、編集、出版というジャンルは、天下のアベノミクスの効力は及ばないというのが現実だ。
その会社も、ここ数年、細々とした経営を余儀なくされていたという。

社員はご夫婦の他に、営業が3人、事務(経理を含む)が2人。
そして、オールマイティに仕事をこなす人が1人。

社員6人のうち、女性は1人だけだった。
この人が、オールマイティに仕事をこなす若い女性だった。
おそらく30歳はいっていなかったと思う。

営業に出るわけではないし、接客もしないので、社内ではいつも赤ジャージ(ヤンクミ?)だった。
何事に関しても、ものをハッキリ言う人で、しかも表現が的確で無駄がなかった。
だから、打ち合わせがいつも円滑にいった。

段取りも完璧だったので、仕事を請ける側としては、理想的な担当者だと言えた。
この会社の経理は男性だったが、体が弱いので、ときに10日ほど連続で休むことがあった。
そんなときは、彼女が、その代わりを勤めたから、会社の仕事が滞ることはなかった。

要するに、彼女がいるからこそ、会社の仕事がスムーズに回っていたと言っていい。
だが、ここで理解できないことが起こった。

細々とした経営状態の会社だったが、社員のすべてが創業の頃からいる人たちだったので、社長は、社員を切ることも給料を削ることもしなかった。
そのことが、良い経営者の条件なのかどうかは、わからない。

私は、彼をよい経営者だと思うが、おそらく多くの人は、「甘い経営者」の烙印を押すかもしれない。
売り上げが落ちた分を自分たち夫婦の給料や経費を減らすことで凌いできたが、それもすでに限界だったらしい。
金融会社に追加融資の申し込みをすることにした。

そのとき、追加融資の前提条件として、社員の削減を言われたというのである。
それも、名指しで言われたというのだ。

赤ジャージの社員を切りなさいよ、と。

その理由が、愚かすぎて、私は耳を疑った。
「赤ジャージを着た女なんて、必要ないでしょう」

彼女は社内で、唯一の女性社員だったが、その唯一の赤ジャージ社員は、その会社で、一番仕事ができる人だった。
しかし、それを認めない銀行員は、愚かにも削減を要求し続けた。

そして、社長は、その要求を突っぱねようとしたのだが、信じられないことに、社長の奥さんが、追加融資を何としても得たいために、銀行員と組んで、赤ジャージ社員を追い出すことに成功したというのだ。
(元来が献身的な人だったから、空気を読んで、会社のためになるなら、と自ら身を引いたようだ)

誰もが、あり得ない話だと思うだろう。
私も、あり得ないと思った。

しかし、この話を他の知人にすると、赤ジャージ社員の能力を知らない男たちは、一様に「会社に赤ジャージを来てくる女なんていらないね」と言うのだ。

完全に、本質を間違えている。
「赤ジャージ」を着ているかどうかは、彼女の能力を判断するときには、関係がない。
冗談で言っているのならまだいいが、「そんな女は真っ先に切って当然」と言っていたから、彼らはきっと本気なのだろう。

そして、もう一つ、理解できない発言が、これだ。

社長の奥さんの言葉。
「彼女は独身だから、誰も困らないでしょ。こういうときは、女が犠牲になるものなの」

同性が、同性を貶めたのである。

さらに詳しく事情を聞いてみたら、他の男性社員の中で、既婚者は一人だけだった。
彼女以外がすべて既婚者だったら、奥さんの発言は、0コンマ0001パーセントくらいは渋々理解してもいいが、ほとんどの男性社員が独身の場合、「独身だから困らない」理論は、成り立たない。

要するに、あとの「こういうときは女が犠牲」が本心なのだろう。

奥さんの中にも「男社会」の論理が胡座をかいて存在していたようだ。

ちなみに、私にとっては興味がない情報だが、その会社は今、かなり危ない状態らしい。


もう一つ、愚かな話を聞いた。

友人のWEBデザイナー、タカダ君(通称ダルマ)の奥さん、微笑みの天使・トモちゃんからの情報だ。

2人の子の子育て中であるトモちゃんのママ友に新しい仲間がひとり増えた。
その人は、つい最近まで他のママ友グループにいたが、「ママ友カースト」に嫌気がさして、グループを脱けたのだという。

ママ友カースト?

新しい言葉である。
最近では、たいして流行っていない、ごくわずかな空間の現象に過ぎないのに、「みんながしている、言っているのよ」「これが最新の流行だ」的な「みなし的流行」が、インターネット上で横行している。

だから、この「ママ友カースト」も、その類いかもしれない、と思った。
トモちゃんには申し訳ないが、信憑性は薄いと思って話を聞いた。

子どものいる奥さんたちが群れて、グループを作り行動する。
ほとんどは民主的な友好関係らしいが、中には封建的なグループもいて、それを「ママ友カースト」と表現するのだという。

奥様方の旦那様の職業(収入?)の貴賤で、グループ内の地位が決まる、とトモちゃんは言った。
つまり、収入の高い順にリーダー、サブリーダー、サブリーダー補佐、ヒラ……、というように、階級づけがされているというのだ。

ちなみに、「下克上」は、ないらしい。
下克上を目論んだ場合、あからさまではないにしても、何かしらの「嫌がらせ」「イジメ」を受けるシステムになっているからだ。

大奥………ですかね?

大奥というのは、女社会に無理やり「男社会」を持ち込んだものだと私は理解しているが、現代の一部のママ友も「大奥」という男社会システムに縛られているということか。

トモちゃんの新しいママ友が、さらに言う。

「旅行に行ったときも、リーダーより多く買い物をしてはいけないの。車の運転をするのは、いつもヒラの役目なの。リーダー、サブリーダーの子どもたちが悪さをしても、叱ってはいけないの」

冗談だろうと思った。

こんな愚かで時代錯誤の封建的な集団が、この民主的な日本にいるわけがない。

科学技術に優れ、文化的な素養も高く、アニメーションが美しく、BABYMETALとフナッシーがヘッドバンキングするPOPな国に、「カースト」があるわけがない。

私が、そう言うと、微笑みの天使・トモちゃんが、甲高い声で言った。

「本当に、あるナッシーよ!」

ん?

それって、「ある」のか? 「ない」のか?

フナッシー語は、よくわからん。


最後に、もうひとつ。

大学時代の友人の娘さんが、結婚することになった。
24歳だ。

ワセダという超一流の大学を卒業し、ある企業の研究室に入った。
一流の企業だ。

そこで社内恋愛をして、最近婚約をした。

上司に報告したところ、「で…、いつ辞めるのかね」と聞かれたという。
43歳の切れ者の上司で、いつも公平な視点で物事を判断する尊敬する上司だという。

しかし、そんな理想の上司でさえ、「女は結婚したら、会社を辞める」と思っているようなのだ。

娘さんは、即座に「辞める気はありません」と答えた。

上司は、「残念ですね」とだけ答え、それからは、その話題を持ち出さなくなったという。

この「残念ですね」の意味が、私にはわからない。
娘さんもわからないようだ。

自分の言うことを聞かない部下に対しての「残念」。
優秀な部下が、結婚して仕事に支障が出るかもしれない「残念」。
元から辞めさせたかったのに辞めてくれない「残念」。
結婚することは、彼女にとって利益にならないと思う「残念」。

いずれにしても、その上司の「残念ですね」を聞いて、友人の娘さんは、完全に気持ちが萎えたという。

さらに、今まで、あれほど尊敬していた上司が、いまは「愚か者」にしか見えない自分に嫌悪感さえ持っているらしい。
娘さんは、同僚の「辞めるなよ」の励ましだけをエネルギーにして、毎日会社に通っている。

ただ、そんな娘さんを見ても、彼女の父親である私の友人は、無神経にも「上司に逆らうのはヤバいんじゃないか。ここは上司の顔を立てて、辞めたほうが」と、男社会の代弁者のような愚かな顔で言っているらしい。

娘さんのために、私は愚か者に言った。


おまえは、大学時代も卒業後も、ホンっとに、ずーーーーっと、愚かだな! バカだな!


「おまえに言われたくねえよ!」と友人が、気色ばんだ。
「おまえの方が、俺より数段バカだろうが!」
右の人差し指で、18回も私を指さすのである。


その姿を見て私は手を叩いた。

そうか、つまり、俺は「おバカ・カースト」では、リーダーだということだな。


うん! それは、なんか………嬉しい。



下々のもの………控えよ!



2014/10/17 AM 08:19:01 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

モネちゃんは天然?
体脂肪率が、11パーセント台になった、と言うと「嫌みだな」と怒るヤツがいる。

増えた結果なのか、減った結果なのかには関係なく「嫌み」と取られる。

さらに私は、相手を怒らせるために、体脂肪率の数値を意識するようになってから、俺は10パーセントを超えたことがないんだよ、と言ってみた。
「おまえ、バカにしてるのか!」と、間違いなく30パーセントを超えているだろう相手は、真顔で怒った。

しかし、彼は、私のことを「そんなにガリガリで大丈夫かよ。まるで飢えた捨て犬だな」「ガイコツの方が、まだ太ってるんじゃないか」などと言って、からかうのである。
私の痩せた体を、からかいのネタにしているのに、こちらが低い体脂肪率のことを話題にすると怒るのは、矛盾していないか。

おそらく、バカだから、その矛盾に気づかないのだろう。
慈悲深い私は、許してやることにした。


9パーセント台だった体脂肪率を11パーセント台にするのは、簡単だった。
我が家では、私が家族のメシを作っているので、カロリーほか栄養分の調整をしやすい。

私が太れないのは、定期的な運動、基礎代謝率の高さと胃下垂のせいではあるが、真剣に食事と向き合えば、体重をある程度増やすことは難しくない。
油物の食事をやや増やし、炭水化物の摂取量を増やせば、カロリーの量は確実に増える。

だから、1か月で2パーセント体脂肪率が増えたのである。

では、なぜ増やしたのかというと、医者から「そんなに痩せていたら危険ですよ」と言われたからだ。
今までの私だったら、医者にそう言われても「ケッ!」だったが、今回はご忠告を素直に受け入れた。

さらに、「アルコールは、しばらくダメですよ」と言われた私は、直立不動で、ハイッ! と答えた。
それからの2か月間、一滴も飲んでいない。

なぜかと言うと、担当する医者がタレントの優香さんに似た女医さんだったからだ。
優香さんの忠告を無視する男が、この地球上に、いるはずがない。
地球上の男の一人である私が、拒絶する理由がない。

だから、太った。

2キロ太りました。体脂肪率が2パーセント増えました、と言ったら、優香さんが「素で」喜んでくれた。

「水分は、1日2リットル摂っていますか?」と聞かれたので、スポーツジムで毎回プールの水を飲み干しています、と言ったら、「素晴らしいですね。毎日続けてください」と褒められた。

「クスリは欠かさず飲んでいますか?」と聞かれたので、朝昼晩、クスリを飲むのが楽しみで仕方ありません、クスリ(笑)と答えたら、「素晴らしいですね。毎日続けてください」と微笑まれた。

「体重が増えたのなら、もうビタミン剤は出さなくてもいいですね」と言われたので、はい、ビタミンにバイバイします、と手をバイバイの形に振ったら、「素晴らしいですねぇ………」と言葉がフェイドアウトした。
そして、医者の顔に変化した優香さんは、私の顔から目を離し、モニター画面を見ながら「次回からは、1か月に1回の検査にしましょうか」と事務的に言った。

その言葉を聞いて、優香さんが医者だったことを思い出した私は、「御意」と両手を膝に置き、堅苦しいお辞儀をした。

看護師さんは笑ったが、優香さんは笑わなかった。

その姿を目の当たりにした私は、医者と患者の立場を実感した。

感謝の言葉を述べて立ち上がり、診察室を出ようとしたとき、「これからも優等生でいてくださいよ」と優香さんが声をかけてくれた。
優等生、と人から言われたら、私は反射的に相手を殴る癖があったが、優香さんを殴るわけにいかない。
歯を食いしばって我慢した。

もう一度頭を下げたとき、優香さんの足下が見えた。
スリッパを片方しか履いていなかった。
しかも、スリッパを履いていない方のストッキングが著しく伝線していた。

意外と「天然」な人なのかもしれない。


我が家に晩メシを食いにくる大学1年の娘のお友だちの一人にも、優香さんに似た子がいた。

女医さんは、79パーセントの確率で似ていたが、モネちゃんは、68パーセント似ていた。

私が柚子ポン酢を作ろうとしていたとき、「なに作っているの?」とモネちゃんが聞いてきた。

柚子ポン酢だよ、と私が言うと、「え? 柚子ポン酢って自分で作れるの?」と真ん丸目で驚いた。
そういう顔は、優香さんに101パーセント似ていた。

皮は、青唐辛子と合わせて柚子胡椒にするけど、中身は絞って、だし汁と合わせてポン酢にするんだよ。

柚子の中身を細かく切って、布巾でくるみ、汁を絞り出す作業を、モネちゃんは隣で見ていた。
そして、私の手元を見ていたモネちゃんが言った。

「ニンニクを作っているの?」

え? ニンニク?
ニンニクは作ってないけど。

モネちゃんが私の手元を指さしながら言った。
「だって、それ、ニンニクだよね。大きなニンニク作れるんだぁ!」

柚子を絞っている布巾の形が、大きなニンニクに見えたのか?
(見えないこともない?)

しかし、柚子ポン酢を作ると言っているのに、ニンニクを作っているように見えるというのは、どういう感性をしているのか。

以前、麻婆ナス丼を作って食わせたら、モネちゃんは「超絶ウマい!」と感激してくれた。
そして、次に我が家に来たとき、こう言ったのである。

「ねえ、パピー(私のこと)、スーパーにはマーボーナスっていうナスは売っていなかったけど、あれは、予約しないと買えないの?」

マーボーナスという種類のナスがあると思っていたようだ。

これを「天然」と言っていいのか?


水餃子を食いながら、iPhone6 Plusの大きさは、アルフォートと大体同じくらいらしいよ、と言ったら、モネちゃんが「えっ? そんなに小さいの? 画面が小さすぎて見えないじゃない。それに、その大きさで電話はできるの?」と困り眉を作って言った。

アルフォートのケースではなく、中身一つ分の大きさだと思ったらしいのだ。

「天然」というより、バ…………カ?


テレビ画面に、東北新幹線に遅れが出ています、というテロップが出たことがあった。

「そろそろ、帰らなくっちゃ」とモネちゃんが言ったので、私は、もう少し様子を見た方がいいよ、東北新幹線が停まっているみたいだから、と言った。

「あらぁ! じゃあ、もう少し待たないとダメだよね」

モネちゃんの家は、武蔵野のオンボロアパートから自転車で15分程度(西東京市)のところにある。
つまり、東北新幹線は使わない。

「いつ動くんだろう?」と、本気で心配するモネちゃん。

今日は無理かもね。
泊まっていったら?

冗談で、娘とふたり、モネちゃんに提案してみた。


その日、本当に、泊まっていったモネちゃんであった。




本物の優香さんは、こんな「天然」ではないと思いますが………。




2014/10/11 AM 08:17:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

目標は低くてもいい
スポーツの秋というのは、もう死語かもしれない。

友人の勤める会社は、毎年秋になると「秋の大運動会」を催していたが、4年前から止めていた。

極道コピーライター・ススキダの大口の取引先は、豪華景品付きの大運動会と豪華お土産付きの社内バス旅行を、毎年秋に交互に開催していたが、昨年から大運動会は止めて、一年おきのバス旅行だけになった。
そして、秋の定期検診、スポーツテストも、「必須」ではなく「任意」になった。

会社は、社員が健康でいる権利を奪おうとしているようだ。

たとえば、他にも学校などでは、運動会を秋に開催せずに、5月6月に前倒しするところが増えた。
季語としての「スポーツの秋」は残っているが、実生活で実感することは少なくなった。

何年か前までは、「スポーツの秋だから、何かスポーツでも始めようかな」という単細胞の人が少なからずいて、「どうせ三日坊主だろ!」という死語的な罵声を浴びせかけられたものだ。
しかし、今は、そんな愛すべき単細胞も少なくなった。

消滅しかけた「スポーツの秋」によって、スポーツを始めるきっかけを逃す大人がどんどん増えると、電車内に「脂肪人間」が増えて、満員電車が余計息苦しくなる。
そんな悲惨なことになる前に、「復活! スポーツの秋」運動を推進する政党が出て来たら、私は迷わず、貴重な一票を投じるだろう(嘘だが)。


ところで、嫌みな自慢だが、私は習慣的に体を動かしているので、「秋だから」体を動かす、という愛すべき単細胞とは違う。

医者からは、「運動はほどほどに」と小言を(釘を?)刺されているのだが、体を動かさない私は私ではないので、今も何かしら体に悪いことをやっている。

日常生活でエレベータやエスカレータは使わないこと。
週に最低1回は、小金井公園を10キロ程度ランニングすること。
湯上がりのストレッチは毎日。
得意先の近くにバッティングセンターがあるので、打ち合わせの帰りには必ず3ゲーム、バットを振り回す。
気が向いたら、テニスラケットの素振りを2百〜3百回。
気が向いたら、シャドーボクシングを2ラウンド。

健康な人が、これをやれば、間違いなく老化は防げる。
体力が増進する。

しかし、私の場合……………。


ところで、スポーツが長く続かない、という人はかなり多いと思う。

し始めの頃は、気合いも入って、興味の度合いもモチベーションも高いから、いつまでも続けていられそうな気がする。
だが、やりはじめているうちに、自分の思いとは逆に、体が思い通り動かない状態になると、モチベーションが一気に下がって、熱も冷める。
達成感を感じる前にやめてしまうのである。

私が思うところ、そのスポーツが長く続くかどうかは、「達成感」にある。
多くの人は、高い場所に目標を置いてスポーツを始めるから、低い達成感では満足しない。
いつまで経っても、目標に到達しないから、「もういいや!」となってしまうのだと思う。

だから、私は、目標は低い位置に設定した方がいいと思っている。


私事だが、大学まで陸上部にいた私は、20代後半まで、体力に不安を持ったことがなかった。
だが、若い頃は得意だったバック宙を、友人たちの前で久しぶりにしてみたら、無様なことになった。

愕然とした私は、30歳前に、ボクシングジムに通うことにした。
体育会系の部に入っていても、私は「見えないよね」と思われることが多かった。
ましてや、格闘技などまったく「らしくない」のだが、ボクシングが好きだったので、迷わずにジムに通った。

目標は、極めて低く設定した。
10代の練習生と同じ程度の3分のロープスキッピング(縄跳び)ができて、3分間連続してパンチを繰り出すことができればいいと思った。

だが、この低いと思った目標でさえ、その頂上は高かった。

だから、縄跳びとシャドーボクシングは1分続けられればいい、とすぐに目標を下げた。
それを休みをいれて3回繰り返せば、同じことになるのではないか、と心の中で言い訳をしたのだ。

この低い設定はうまくいって、私は達成感を充分に味わうことができた。
1分の連続で息が上がらなくなったら、次は1分30秒。
それが達成されたら2分。

みみっちいと思うかもしれないが、そんな低い設定でも達成したら嬉しいものなのだ。

そんな風に低い設定にしたのが功を奏したのか、1年3か月ジムに通って、ロープスキッピングは6ランドできるようになった。
シャドーボクシングは4ラウンド。
パンチングボールとサンドバッグ、ミット打ちは3ラウンド。
(もちろん、1日で、そのすべてをやるわけではない)

最後の頃は、トレーナーからスパーリングも誘われたが、人を殴るのが目的で始めたわけではないので、それはお断りした(殴られたら痛いだろうし逆上するだろうし)。

今は、事情があって、シャドーボクシングを2ラウンドもすると目が霞み、床にへたれ込むが、終えたあとには、それなりに爽快感がある。
目標を低く設定していなければ、こんなにも長い期間、体がボクシングの動きを憶えていることもなかっただろう。

だから、もしこれから、スポーツを始めたいという方がおられたら、私は、目標をできるだけ低く設定することをお勧めします。

小さい達成感を何度も味わう方が、経験値としての達成感、技術は、確実に向上する。
「大きな夢」は必要だが、その夢に向かって一目散に駆け上がっていける人は、ごくわずかの人だと思う。

夢は大きくてもいいが、たとえ目標が低くても、恥じることはない。

達成感の数が重要だ。

私は、そう思っている。


達成感と言えば、久しぶりにTVのニュース番組を見ていたら、「組体操で事故多発」というリポートを目にした。
小学6年生が運動会のハイライトとしてする、あの人間ピラミッドである。

組体操のピラミッドなどで怪我をした生徒の件数が2012年度は、6千件以上あったというのである。

6千は、多い。
小学6年生の総数が何人いるかわからないが、個人的な感覚で言えば、百を超えたら、その事故件数は多いと感じる。

思い返してみると、私の娘が小学6年のとき、組体操の練習で同じクラスの子が、左手首を骨折した。
ふくらはぎの肉離れで2週間松葉杖をついていた子もいた。
友人の子どもは、顔を地面に打ちつけて前歯を折った。

身近にも3人いたのである。

毎年、全国各地の学校で、怪我をした生徒が多発しているというリポート。
しかし、学校側に組体操をやめる意思はないらしい。

ニュースでは、まず人間ピラミッドに否定的な人の意見を聞いていた。
一番下で支えている子は、場合によっては全身に2百キロ近い負荷がかかるのだと言っていた。
簡単な組体操ならいいが、体のできていない小学生に、複雑な人間ピラミッドは危険である、という意見だった。

擁護派もいた。
子どもたちが達成感を味わうのはいいことだし、父兄もそれを目にして感動している、というのである。

達成感。

偏見かもしれないが、多くの場合、人間ピラミッドは自発的なものではないと思う。
行事だからやる、という生徒が多いのではないか、と私は疑っている。

最初は嫌々だったとしても、できたときは達成感を得ることができる、と思い込みたい大人は多いと思う。

達成感は確かにあるかもしれないが、「大人が敷いて来たレールとしての歴史ある行事」を強く拒絶できる子どもは少ない、という現実もそこにはあるのではないか、と疑り深い私は疑っている。

個人的な嫌悪で言わせてもらうと、私は、「俺たちだってやったんだから」とか「みんなやってるんだから」という論理は、横並び意識が強すぎて、説得力を感じない。

私が人にものを教えるとき、真っ先に排除するのが、「俺ができたんだから、おまえにもできるだろう」という概念だ。
教える相手に、少しでも多くの選択肢を用意するのが、教える側の最大の心構えだと私は思っている。

選ぶのは生徒たちであって、「あなたたち」ではない。

その結果、達成感を得たら、それは偶然にも「よし」ということだけでしかない。
怪我が多発している事実を知りながら、毎年のように生徒にピラミッドを作らせて、また怪我をさせるという学習能力のなさを、「達成感」で誤魔化されても困る。

個人のミスは、個人がかぶればいいが、大人の事情で怪我をさせておいて、「成功すれば達成感が」というご意見は、最大限の事故防止という「大人たちの責任」が抜け落ちていて、私には「責任からの逃亡」としか思えない。

ピラミッドが成功するのが当たり前だと思っているなら、最大限注意を配るのが、責任者の役目だ。
それは、「達成感」とは切り離すべき「確固たる義務」だ。


押しつけられた「達成感」は、あくまでも結果オーライの「一時的な錯覚」であって、6千件以上の事故と相殺できる性質のものではない。



安全が約束された簡単な組体操でも、充分「達成感」は得られる、と私は思うのですがね。




2014/10/05 AM 08:40:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



(C)2004 copyright suk2.tok2.com. All rights reserved.