Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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ガラパゴスの死に方
恥ずかしながら、「ガラケー」の名称由来がやっとわかった。

ガラパゴス・携帯のことだったのですね。

つまり、進化の止まった携帯のことを指していると知った。
こんなことがわからなかったとは、私の頭も、進化が止まったようだ。


今年読んだIT関係の記事の中で、「日本のスマートフォンもガラパゴス化している」というのがあった。
そのタイトルを見て、日本のスマートフォン技術の進歩は、もう止まってしまったのか、と思った。

しかし、読み進んだら、世界のスマートフォンの分布図では、iPhoneの使用比率が少ない(お膝元のアメリカでも少ないらしい)のに、日本だけが、突出してiPhoneの使用率が高いという記事だった。

そこで、日本のスマートフォンユーザーは、世界から孤立して、「ガラパゴス化している」という論理だった。

だが、本人は、得意げに書いたつもりだろうが、iPhone自体が、今でも進歩し続けていて、OSも順次アップデートしている機種のユーザーを「ガラパゴス」というのは、論理的に無理がある。

孤立していたとしても、取り残されてもおらず、進歩が止まっているわけではないからだ。

要するに、比率だけを取り上げて、「世界はAndroidの時代だよ」を、流行りの(?)「ガラパゴス」という言葉に、かけたかっただけだろう。
単純に、統計の使い間違いですね。
論理が破綻しています。

たとえば、占有率を考えたら、WINDOWS OS と比べたら、Mac OSなどは遥かに占有率が低い。
つまり、筆者の論理から推察すると、Mac OS を使っている人も「ガラパゴス化」していることになる。

すごいな、俺。

世界で使用比率の少ないスマートフォンを使い、使用比率の少ないパソコンを使っているなんて、稀少生物ではないか。
なんか、嬉しい。


話は違うが、我がオンボロアパートこそ、ガラパゴスの象徴かもしれないとも思った。

我が家では、ガラパゴス化(部品生産終了)した洗濯機やオーブンレンジが元気に動いている。
絶えず異音を発しながら、空気をかき回してくれる扇風機などは、ガラパゴスそのものかもしれない。

そして、アパートの壁の所々にヒビ。
防音性が低いから、我が家のにぎやかな会話は、一時期、外に筒抜けだったらしい。
だから、いま、家族で話すときは、6浪生を抱えた受験前のご家庭みたいに、小声の会話が当たり前になった。

4軒となりの家のピアノが下手くそだ、などと言ったら、すぐに届いて、村八分にされるに違いない。

シャワーの音も外に漏れるので、我が家のシャワーヘッドは、一番出の悪いものに交換した。
錆びかけた鉄の階段を上るとき、普通に上ると、音が「ドンドン」とうるさいので、みな、ソーっと上る習性がついた。

大きなくしゃみが出そうになったら、押し入れが一番防音性に優れていることに気づいたので、押し入れまで我慢して、くしゃみをすることも覚えた。

家族みんなが、世間様に気を使うことを覚えたから、これは、決して悪いことではない。

ガラパゴスの効能と言っていいだろう。


ここに、キヤノンのインクジェット・プリンターがある。
A3まで出力できる、昔のものとしては、優れたものだ。

10年以上前、オークションで5千円で手に入れた。
製造年は、おそらく2000年頃。

数年前から、部品の生産が止まり、インクの生産も止まり、ドライバーのアップデートもなくなった。
それでも、インクが生産中止になる前に、オークションで5セットを手に入れて、今まで使っていた。

ただ、新しいOSには対応していないので、古いMac G4に古いOSを入れてプリントしていた。
我が家のカラーレーザーはA4対応なので、A3を出力するなら、このプリンターを使ってJPEGで出力するしかない。
今どきのプリンターに比べたら、色は荒いが、色の雰囲気とレイアウトがわかればいいから、不足はしていなかった。

ただ、インクジェットの欠点は、プリント音がうるさいところだ。
特に、このプリンターは、元サッカー日本代表監督を呼び捨てにする、という暴挙に、毎回出るのである。

ジーコジーコジーコジーコジーコジーコジーコジーコ・・・

サッカー界のカリスマに対する尊敬が、全くない。

さらに、このプリンターは、年を経るごとに、その音がでかくなってきたから、近所迷惑なやつでもある。
夜間には、絶対に使えない。

その呼び捨てを夜間に聞いたら、元サッカー日本代表監督のファンが、殴り込んでくるはずだからだ。

2週間前、いつものように、そのプリンターに働いてもらった。
彼は、A3を4枚、綺麗な色で吐き出してくれた。

ジーコジーコジーコジーコジーコジーコジーコジーコ・・・

だが、一昨日、使おうと思ったら、電源がつかなかった。
ACコードを何度抜き差ししても、彼は起きてくれなかった。

2週間前、私は、彼に、こう呟いた。

もう、このインクが最後のセットなんだよね。

私のそのつぶやきを彼は、重く受け止めたのかもしれない。
それで、寿命を悟ったのかもしれない。

だから、動くのを諦めたのだ。

そんな彼の生き様を見て、私は思った。

寸前まで、あんなに懸命に働いてくれたのに、逝くときは、あっという間の潔さ。


すごいなあ、と思った。


そんな「ガラパゴスの死に方」ができる人が、この世の中に、何人いるだろうか。

私もそんなガラパゴスになりたいと思った。



ご苦労さまでございました(頭を垂れつつ合掌)。



2014/07/30 AM 06:40:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

貧乏ゆすり
私は、貧乏ゆすりがないと生きていけない男だ。

気がつくと膝から下が揺れていることが多い。

これを我がヨメは嫌う。
「貧乏臭い」というのだ。

とは言っても、本物のビンボーほど「貧乏ゆすり」が似合う人種はいないのではないか。
「富豪ゆすり」ならおかしいが、ビンボー人が膝下を揺らすのは、ジャストフィットだ。
理に適っていると思う。

なぜ文句を言われるのか、理解し難い。

ただ、私が貧乏ゆすりをするのは、家だけである。
外では、年に1回やるかどうかだ。

外で「ビンボー」をアピールしたとしても、いいことなど一つもないからだ。

私の場合、10人中11人が、私の風貌を見ただけで「ビンボー」と判断するだろうから、何もそのイメージを「貧乏ゆすり」によって、増殖させる必要がない。
だから、外では、やらない。

それは、イケメンが、わざわざ白馬に乗らなくてもいいのと同じことだ(?)。

よく電車などで、「貧乏ゆすりの達人」の方が、大きく膝下を揺らして、こちらのケツに大きな震動を与える場面に遭遇することがある。
あれは、大変気持ちが悪い。

酔う。

中には、インナーイヤフォンで音楽を聴きながら、両足を震動させている人もいて、あれは音楽に反応しているのだと思うが、どう考えても、サルが覚えたての「貧乏ゆすり」を、得意げに披露しているようにしか見えない。

いい感じはしない。


昨日、杉並の建設会社から恫喝気味の仕事の依頼があったので、クソ暑い中、行ってきた。

そして、ここの顔でか社長が、激しい貧乏ゆすりをなさる方なのである。

絶えず、足が揺れているのだ。
激しく揺れるから、声も揺れる。

でかい声に、いつもビブラートがかかっている状態だ。
ただ、滑舌がいいから、彼の声は私の左耳に、確実に伝わる。

それは、ありがたい。

「分譲地のことだけどよお」(膝が大きく揺れている)
「7カ所立てた看板が、効果があったみたいだな」(ビブラートと膝揺れ)
「問い合わせが、1週間の平均で32件だ」(膝が嬉しそうに揺れている)

「モデルハウスが、あと2週間で完成する」(膝の震動激しい)
「そこで、内覧会のチラシ、よろしくな」(両足が震動)

1時間20分の打ち合わせの間、膝の震動が止まることはなかった。
大きく両足を震動させたときは、でかい顔も揺れるから、かなりの迫力だ。
遊園地のアクティビティを経験しているような錯覚に陥る。

今年の夏は、遊園地に行かなくてもいいかもしれない。
もう、十分堪能した。


そんなことを思い出しながら、オンボロアパートの仕事場で、心置きなく貧乏ゆすりをしながら、チラシのアイディアを考えていた。

膝を揺らしながら、とりあえず2パターンのチラシを考えた。
分譲地の家並みをジグソーパズル風にして、「家づくりの最後のピースは、どこにはめますか?」というイメージのものと、家を俯瞰で表現して、家族がそのまわりを通常よりも5倍くらい長い手で、手をつなぎながら囲んでいるイメージのものだ。

その作業をしていたとき、大学1年の娘が仕事場にやってきた。

「夏休みは、アルバイトをしなくていいか?」と言うのである。

今年の夏、娘は、四国に2週間ほどボランティアに行く予定だ。
その準備があって、アルバイトをしている暇はない、ということを私に伝えに来たのだ。

大学生は、夏にアルバイトをするというのが、当たり前になっているのだろうか。
だから、娘も、そんな強迫観念にかられて、アルバイトをしなければ、と思ったのかもしれない。

「夏はアルバイトをして、半分は、家に入れるからな」ということは、大学に入る前に、けなげにも娘が宣言していたことだ。

しかし、ボランティアによって、その宣言が叶わないことを娘は、気にかけていたようだ。

私は、ここで宣言するが、娘のアルバイト代金の上前をはねるほど、落ちぶれてはいない。
(むかしむかし我が家に1年間居候していた娘のお友だちは、親に6割ピンハネされるという)
私は、むしろ、娘が働いて得た金は、すべて自分のために使って欲しいと思っている。

使うのもよし、貯金するのもよし。

娘が働いて得たものが、どんな使い方をされようが、親に、それを干渉する権限はない。
労働して得た対価は、その人固有のものだ。

親は、よく働いたね、と言うのが義務だ。

それ以上のものはない。

お年寄りのお手伝いをしたい、という娘の思いこそが、「今年の夏のテーマ」だ。

それ以外に、重要なものはない。

私は、一応、父親として、そんなことを娘に伝えた。


娘は、感動するかと思ったが、自分の膝と私の膝を交互に見て、こんなことを言ったのだ。

「あのなあ……ボクたちの『貧乏ゆすり』、見事にシンクロしてるぞ。いい話をしていても、この貧乏ゆすりを見たら、説得力はないわな」

確かに………な。



その夜。

私は、夜寝ているときも、どちらかの足が絶えず揺れている珍種だが、隣の布団で寝ている娘の両足を見て、DNAの恐ろしさを痛感した。


娘が爆睡しているとき、娘のどちらかの足が絶えず小さく揺れていたからである。




2014/07/25 AM 06:34:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [子育て]

合コンで舌打ち
大学1年の娘は、合コンには行かない。

誘われたこともないらしい。

え? 大学生は、合コンをするものだと思っていたが、と言ったら、「それは、偏見。新入生歓迎コンパはあるが、ボクは行かない。それに、合コンなんかに行っているやつは、クラスに1人か2人だよ。1年生は、特に忙しいからな。もし行っているやつがいたとしたら、そいつは、大学生活を投げたやつだ」と蔑まれた。


私は、精神年齢が幼稚なので、同じ世代より、若い世代の人の方が、話が合う。

だから、聞いてみた。
得意先の若い人のほとんどが、「合コンは、行きませんねえ。一度もないです」という答えが圧倒的だった。

そうですか。
若い人は、みな合コンに行きたがるものと思っていたオジさんは、ちょっと意外でした。

そのとき、こんな意見を述べた得意先の人がいた。
「きっと地方の人は、東京の人はみな合コンをする、という印象を強く持っていて、大学に入ったら、あるいは、社会人になったら、即合コン。それを当たり前のように受け入れて、きっと合コンに参加する人は、そんな地方出身の人ばかりなのかもしれないですね」

かなり偏見が混じっているようだが、1割くらいは当たっているかもしれない。
娘に聞いてみても、「家族と暮らしている人の合コン参加率は、おそらくゼロに近いよ」と言うのである。

「それに、ボクは、20歳までは、酒は飲まないと決めているからな。タバコは、一生吸わないぞ。合コンなんかに行っていたら、人生設計が狂う」

娘は、高校のときまでは、自分のことを「オレ」と呼んでいたが、大学に入ってからは「ボク」に変わった。
その理由は、わからない。
きっと理由があるのだろうが、面倒くさいので、聞いたことはない。

私は、6歳の頃から「赤玉ポートワイン」を飲んでいた不良だが、娘は、禁欲的である。
性格や体質は、私によく似ているのに、私の不真面目なところは受け継がずに、娘は生真面目を貫いている。

私は、いつ地獄に堕ちてもいい生活をしているのに、娘は、この夏休み、お友だちと四国にボランティアに出かけるのだという。
お年寄りしか労働力のない農家に住み込みで行って、2週間、農作業を手伝うというのだ。

それを聞いて、こいつは天使か、と思った(親バカ?)。

そんな発想は、私の灰色の脳細胞の中には、1ミリもないぞ。
人の役に立ちたい、という思いはあっても、ビール会社の売り上げを上げるお手伝いをする発想しか、私には浮かばない。

今回、うまくいったら、来年以降も続けるつもりだというから、その純粋さに、私は打ちひしがれた。

こ………この子は、本当に俺の子なのか。

いて座矮小楕円銀河からやってきたエイリアンではないか、と思った。

ただ、くすぐったいことに、娘は、こんなことも言ったのである。

「おまえは、酒を飲んでも絶対に乱れないよな。人に迷惑をかけないよな。あれは、すごいぞ。酒に呑まれないのは、感心するぞ。18、19のガキが、酒に呑まれるのは、みっともない。酒にも修行が必要だ。おまえの姿を見ていると、酒の行者を見ているようだ。だから、ボクは20歳過ぎて、どれだけ自分が修行できるかを見極めて、酒を飲もうと思う。そうしないと、安心できないからな」


親バカ話は、これくらいにして。
同業者との飲み会の話に移る。

いつもの吉祥寺の居酒屋で、お馬さん(人類史上最も馬に激似の男)が言った。
「あの席の6人、合コンなんじゃないですかね」

見ると、20代半ばと思える男3人が、前に座る3人の女性のご機嫌を伺っているのが見えた。

しかし、こんなしょぼい、ダサい居酒屋で合コンをするだろうか、と言ったら、「何がしょぼくてダサいだ!」と、馴染みになった片エクボの女店員さんに、デコピンをされそうになった。

(しょぼくてダサい上に、危険で、暴力的な居酒屋だな)

怖くて、ウ○コを漏らしそうになったぞ!

ウ○コを漏らす寸前に、片エクボさんに聞いた。
「シモコーべさんも、合コンをするの?」
(彼女の名前は、笑えるかもしれないが『下河辺』というのだ)

片エクボさんは、胸を反らして、「アタシは、合コンには行きませんよ。誘われたこともないし、自分から行くつもりもございませんから」というのである。

片エクボさんの年齢はわからない。
聞く気もない。
ただ、若い、ということだけはわかる。

お馬さんが、鼻息荒く、「彼氏はいるの?」と聞いた。

それに対して、片エクボさんは、「彼はいるかもしれないし、いないかもしれない。アタシが『彼』だと思っていても、相手は思ってないかもしれないから、わからないですよね。アタシは、そこまで恋愛の達人じゃないし」と、なぜか私の目を見て、答えた。

その答えはいいな、という意思表示に、左手の親指を立てて、頷いた。

片エクボさんも、それに答えるように、左手の親指を立て、ウィンクをしながら去っていった。

「何ですか? その親指は?」と、同業者の中で最長老のオオサワさんに聞かれた。

これは、人間の持っている指の中の一つで、たいていは一番太い形をしています。
私は、拇印を押すときに、この指を使うのですが、隣の人差し指さんを使う人も多いようですね。
キーボードを叩くときは、「B」と「N」の位置が、ポジションでしょうか。
まあ、私は、無茶苦茶なブラインドタッチなので、関係ありませんが……。

ハハハハハハ…………。

「何がおかしいの?」と、にこやかな笑顔を作って、片エクボさんが、揚げ餃子と焼き鳥を持ってきた。

ハハハハハハ、と高らかに笑ったら、またデコピンをされそうになった。

店長を呼んでください。
暴力に訴える店員がいます。
これは、PTSD(心的外傷後ストレス障害)になる恐れがあります。

すると、片エクボさんが、驚くべきことを言った。
「この店の店長は、今は不在です。私がいま『店長代理』です。何かあった場合は、私が全責任を負います。なんでも、お申し付けください」

そうですか。
では、お聞きします。
この居酒屋のメニューに載っていない「デコピン」を強要する店員さんが、いらっしゃるのですが、これは「あり」ですか?

片エクボさんが即座に答えた。
「あり、です。デコピンをされたがっているお客様には、そのサービスを行っています」

つまり、私が、デコピンをされたがっているという判断でよろしいでしょうか。

「はい、やんどころなく」

やんどころなく、とは、難しいロシア語を使ってきたな。
あなたは、ロシア人ですか、と聞いた。

冗談のつもりだったが、片エクボさんが、「母親がロシアです」と答えた。
確かに堀北真希、いや、彫りの深い顔と色白の肌には、ロシア系の「かほり」がないこともない。

ブラーヴダ?(本当ですか)

「プラーヴダ」と、毅然として片エクボさんが答えた。


「え? え? え?」
お馬さんが、パニックに陥ったように、片エクボさんと私の顔を交互に見て、鼻を鳴らした。


お馬さんが「ひひ〜ん」と鳴く前に、片エクボさんと私が「ヒッヒ〜ン!」と、ロシア語で、いなないた。


合コンをしていたらしい男女6人が、私たちの方を見て、「チッ」と舌打ちをした。



お邪魔をしてしまったようである。



2014/07/20 AM 06:38:01 | Comment(1) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

今どきの大人は
今どきの若者は、とは違って、今どきの大人は……の話を。

武蔵境駅そばのファミリーマートで、大学1年の娘に頼まれた唐揚げを買っていたときのことだ。

60歳くらいの腹の突き出た男が、でかい「きゃりーぱみゅぱみゅ」、いや、キャリーケースを引きずりながら入ってきた。
男が、キャリーケース?
流行っているのか?

ビジネスマンが出張に使うのなら、多少はわかる。

だが、ビジネスマンに見えない、ただ腹の出っ張ったオッサンが、キャリーケースを持つというのは、違和感がある(偏見)。
しかも、世界は俺が回している風な尊大な態度で、肩を揺らしながら反り返って歩いているし(偏見)。
こう言っては悪いが、その姿は、見苦しい(偏見)。

その見苦しい男が、若い女の子に、怒られた。
「おじさん、ゴメンナサイは?」

声のした方を見ると、10代半ばの小柄な女の子が、見苦しい男(偏見)を睨んでいた。
しかし、男は無視。
聞こえているはずだろうが、知らんぷりである。

すると女の子が、「年上とか年下は関係ないよ。パパより年上の人だって、ダメなものはアタシは叱るよ。バッグを足に当てて知らんぷりですか」と男に近づいていったのだ。

幼い顔をしているが、目力がすごい。
その目力に負けたのか、男が立ち止まった。
そして、男も少女を睨んだ。

「睨んでもダメだよ。ゴメンナサイが先でしょ。その重いバッグが、アタシの足に強く当たったんだよ。アタシ、転びそうになったよ。知らないわけないよね。一回バッグが止まったんだから。音もしたよ」
そして、さらに目に力を込めて「ここは、ゴメンナサイだよね」と仁王立ちをした。

その堂々とした態度と目力に圧倒されたのか、男は体を反らせながらも「ゴメン」と謝った。

すると、少女は瞬時に表情を変えて、あどけない笑顔を作った。
「どういたしまして」

尊大な男に対して、一歩も引かずに毅然とした態度を取った少女の姿は、凛々しかった。

それに対して、男は、ばつが悪かったのだろう。
何も買わずに、ケースをゴロゴロと引いて、店を出た。

店を出るとき、舌打ちが聞こえたが、その舌打ちは、よけい男を見苦しく見せた。


中央区新川の得意先に行ったときの帰りの中央線。

東京駅始発に乗った。
車内の座席は、7割がた埋まっていた。

その車内で、携帯電話で話をしている30代のビジネスマンがいた。
ビジネスマンと言っても、仕事の話をしているわけではない。
バイク・ツーリングの話だ。

彼の真ん前には、30代の母親と、ランドセルを膝に乗せた10歳くらいの女の子と8歳くらいの男の子が座っていた。
そのうちの10歳くらいの女の子が、電話をしている男の前に立って、男の目を覗き込みながら、「電車で電話はいけないんだよ」と言った。

しかし、男は無視。
すると、女の子は、今度はしゃがみ込んで、下から見上げるように「いけないんだよ。ママに、そう教わったよ」と言った。

男は、無視。

女の子は、しゃがんで、男を見つめていたが、男は鼻で笑うような感じで、電話を続けた。

女の子が、立ち上がって、母親の方を見た。
そして、言ったのである。
「ママ、『駅長さん』を呼んだ方がいいかな」

それを聞いた母親は、「そうだね。タクミとふたりで、『駅長さん』を呼んでくれば」と小さく頷いた。
母親のお許しを得た女の子は、男の子の手を引いて、ホームに降りようとした。

そこで、男の電話が唐突に終わった。

そして、男は、怒ったような顔をして、隣の車両に移っていった。

これも見苦しい大人の姿だった。


これは番外だが、三鷹駅近くの狭い歩道で、絶え間なくベルをチリンチリンしながら自転車を走らせていた50歳くらいの女性の方を見かけた。
これは、特殊な例だろうと思ったら、川崎武蔵小杉の歩道でも、ずっとチリンチリンしていた60歳くらいの男性の方を見かけた。
「聞こえないのかよ! 危ないだろうが!」という、その男性の罵声も聞こえた。

それと同じ日の武蔵小杉。
人通りの多い狭い歩道を、3台横一列で自転車を走らせていた奥様方を見かけた。
そのうちの一人の自転車が、若者のバッグにぶつかっても、知らんぷりだった。
(いずれの例も、おそらく『道路交通法違反』だろう)

この方たちが、もし「最近の若い人は」と、ご意見を述べたら、私には、ギャグにしか聞こえないのだが。


2日前、新宿の「世界堂」に、娘が行くというので、私も買いたいものがあったから、ついていった。

しかし、ただ買い物をするだけでは、つまらない。

だから、店内を回っているとき、私が唯一できる物まねをしながら、回った。
藤岡弘、氏である。

いや〜、これ、欲しかったんだよね〜。
似ているかどうかはわからないが、物まねは、雰囲気だ。

そして、それに合わせるように、娘も彼女ができる唯一の物まね、ローラさんの真似をし始めたのである。

「あー、これ、可愛い! ホントー、いい感じ〜、ウフッ」

店にいる間、藤岡弘、氏とローラさんだった。

誰も私たちに近づこうとしなかった。

レジで会計をするときも、ハッハッハ、どうもありがとう、と言ったら、レジの人にガン見された。
娘が「嬉しい〜、キャハッ」と言ったら、笑いを堪えるように、顔を歪めた。

面白かったので、帰りの中央線でも、遊びを続けた。

いや〜、よかったよ、偶然、席が空いていて、座れたからね〜、ハッハッハ。
「うん、楽ちんだね、パッパ〜、ウフッ」

そんな遊びを続けているうちに、電車は当たり前のように、吉祥寺駅に着いた。

そこで乗ってきたのが、妊婦さんと3歳くらいの男の子だった。
娘と私は高速で立ち上がって、お二人に席を譲った。

しかし、遊びは、まだ続けた。

もうすぐ、ボクたちの目的地、武蔵境だよ。楽しみだね〜、ハッハッハ。
「あっ、そう? もう着いちゃうの〜、早いね〜、信じられな〜い、テヘッ」

妊婦さんとお子様が、見たことのない生き物を見るような目で、我々を凝視していた。

さすがに、やり過ぎたか、とは思ったが、武蔵境で降りるときも、ヘンタイ親子はヘンタイだった。

ズッキーニを買って帰ろうか、ハッハッハ。

「そうだね、時代はズッキーニだからね〜、ウフッ、テヘッ」

降り際に、3歳の男の子が、「あのひと、キチガイ?(差別用語ですが、臨場感を出すために、そのまま使いました)」と言うのが聞こえた。

もっともだ、と思った。

それを否定する勇気は、私にはない。




もちろん、イトーヨーカ堂でズッキーニを買って帰ったが、皆様は、こんな大人にならないように、お気をつけ下さい。


必ず、まわりの空気を汚しますから。



2014/07/15 AM 07:23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

牛丼、カレー、ホットドック
私は、協調性の欠落した男だ。

友人たちは、そのことを理解してくれているから、私がひねくれたことをしても、「またか」で済ましてくれることが多い。

しかし、お得意様相手に、ひねくれていたら、商売にならない。
だから、不本意ではあるが、努力をして、なるべく相手に合わせようとしている。
それが、大人社会の常識だと思っているからだ。

そして、3日前の出来事も、私が悪いのは、強く自覚している。

ただ、相手の価値観を認めない人に対しては、私は断固戦うという言い訳だけは、させて頂きたい。

唐突な話だが、私は牛丼を食わない。
吉野家さんに一度入ったことがあるだけだ。

松屋さんやすき家さんには、カレーを食うために、数回入った。

理由は、牛丼は、自分で作った方が、確実に原価が安いからだ。
牛丼は、安い食い物としては定番だが、家族4人で牛丼を食ったら、1200円は、かかるだろう。
自分で作れば、半分以下で済む。
そして、自分好みの味で食える。

それは、すべての外食に言えることなので、私は、なるべく外食を控えている。
貧乏でケチだからだ。

そのことは、色々な人に話している。

今回、仕事をいただいた牛丼好きの神田のイベント会社の担当者にも、「俺、牛丼食わないんですよ」という理由を一度だけ説明したことがある。

だから、相手は、納得してくれたものだと思っていた。

だが、打ち合わせが終わったとき、お昼近かったせいか、「Mさん、お昼まだですよね。近くの松屋で牛丼食べましょうよ。奢りじゃないですけどね」と誘われた。

そこで、私は、松屋さんのメニューは牛丼だけではないことを知っていたので、「俺は、カレーにしますよ」と答えた。

すると、私にとっては、かなり意外なことだったのだが、担当者は「え? 俺と牛丼食べるの嫌なの?」と、露骨に嫌な顔をしたのだ。

チョット待ってくれ。
私は、松屋さんに行くことは同意した。
しかし、そこで私が何を食おうが、自由ではないか。

なぜ、「つれ牛丼」をしなければいけない?

松屋さんには、そんなルールがあるのか?
同席した人は、同じメニューを食わなければいけないとか?

私は、大人げなくも抵抗した。
俺、牛丼は食わないって、前に言いましたよね。

そうすると、担当者は不機嫌なまま、「知ってますけど、ここは、相手に合わせるのが礼儀でしょ!」と口を尖らせるのだ。

確かに、一般社会の中では、お得意様の言うことを聞くのが礼儀だというのは、ヒネクレ度359度の私にもわかる。
お客様の要望を素直に聞いていれば、すべてが丸く収まることが多い。

でもですね………、厄介なことに、私は外で牛丼は食わないって決めているんですよ。

食わないと決めているのに、食うのは嫌なんですよ。
そして、人から背中を押されて食うのは、私が最も嫌いとするところなんですよ。

「たかが牛丼ごときで」と、世の中の99.61パーセントの方々は、思うでしょう。

だけど、食わないと決めているものを食うのは嫌なんだもん!
(こどもか)


「本当に、牛丼は嫌なんですね」と、20代半ばの、ほぼ息子と同世代の担当者に、眉をひそめて言われた。
そして、「じゃあ、席は別々にしましょう」とも言われた。

それでは、一緒に松屋さんに行く意味はないと思うのだが、抵抗するのが面倒くさいので、行きましょう、と答えた。

お互い、カウンターの端っこに席を取って、若い担当者は、牛めしの大盛りを食い、私はトマトカレーの並を食った。

美味しくいただきました。
適度な酸味とアッサリしたスパイスの融合。
かなりクォリティが高かったですぞ。

長年の修行を積んでおられる「カレー通」の方々には、「ケッ!」という味かもしれないが、370円で、この味が出せる企業努力は、たいしたものだ。

松屋さん、すごいですよ。

尊敬します。


そして、席は離れていても、同時に食い終わった、若い担当者とホネホネ白髪おやじ。

出口のところで、「美味かったすか?」と聞かれたので、美味かったす、と答えた。

「じゃあ、機会があったら、今度は、俺も一緒にカレーを食いたいすね」
店の外で、そう言われた。

いや、俺は、今度はビビン丼がいいスね、と言ったら、担当者は、眉をひそめて、無言で去っていった。


もちろん、私が悪いのは、わかっていますから。



そして、昨日、大学時代の友人と新橋駅近くのドトールコーヒーに入ったときのことだった。

私は、マクドナルドやスターバックスコーヒーより、ドトールコーヒーを愛している。
コーヒーが美味いから、というのではなく、マクドナルドほど雑然としたファミリー感を強調せず、スターバックスほど意図的なおしゃれ感を出していないところが好きなのだ。

ジャーマンドックを食いながら、ブレンドコーヒーを飲んだ。

そのとき、ドイツに5年間在勤したことがある友人が、「何がジャーマンドックだよ。本場のソーセージは、もっと美味いぜ。パンも比べ物にならないくらい美味い!」と、ほざいたのだ。

おまえは、バカだろ!

なぜ、いま、本場を持ち出す?
いま、俺たちが食っているのは、日本の店のホットドックだ。
ドイツの食い物が、どれだけ美味かろうが、ここは日本だ。

これは、ジャーマンドックというカタカナで表記されている。
つまり、日本の食い物だ。

ドイツの食い物がそんなにいいなら、今すぐ全日空のフランクフルト行きの便で、ドイツに飛べ。
本場のソーセージと本場のビールをたらふく腹に入れて、死ね。

日本に、帰ってくるな。

おまえに食わせる、ジャーマンドックはねえ!

私はそう宣言して、友人の食いかけのジャーマンドックを引ったくって、食い散らかした。

そんな私を見て、友人が言った。
「おまえ、絶対に、ドイツでは生きていけないな。きっと警官に捕まるよ」

褒めてくれたようだ。


だが、警官ではない。
ドイツでは、ポリツィスト、だろうが。


「・・・・・・・・・・・まあ、どうでもいいから、俺のジャーマンドック代は返せよな」
まるでドイツ人のように、眉間に皺を寄せ、ケチ丸出しの生真面目な表情を作って、友人が言った。
(ドイツ大使館からレクラマツィオーン(クレーム)が来ても困るので、ヴィッツ(冗談)だと言い訳をしておきます)


その顔を見て、私は、ドイツには一生行かない、と心に誓った。




だが、飛行機代を出してくれて、ホテル代、メシ代も出してくれて、お小遣いもくれて、ガイドにエイミー・アダムス似の若いドイツ人女性をつけてくれるのなら、行ってやることに、やぶさかでない。



2014/07/10 AM 06:36:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

ゴキブリの優しさ
ネット用語は、極力使いたくないのだが、最近、「寝落ち」することが増えた。

まったく眠るつもりはないのに、気がついたら、寝ていたということが多い。

先日は、ドトールコーヒーでジャーマンドックをひと齧りしたあと、自覚なく眠ってしまった。
55分も、右手に齧りかけのジャーマンドッグを持ったまま、眠りこけてしまったのである。

自分が、目を閉じたという記憶さえないのだ。

当たり前のことだが、ホットコーヒーは、一口も飲まないまま、冷めていた。
美味しくいただきましたが、ジャーマンドッグは、齧り口が乾燥して、妙な歯触りだった。

何の記憶もない自分が怖くなった。


その他に、小金井公園を10キロほどランニングしたあとで、恒例になったスーパー銭湯に入ったときのことだ。

1時間ほど、種々の風呂を楽しんだあとで、小腹が空いたので、帰りに、コンビニでおにぎりとクリアアサヒを買って、小金井公園のベンチで食おうと考えながら、スーパー銭湯のレストルームのリクライニングシートで横になった。

そのときも、目を閉じた意識はなかった。
しかし、深い眠りに突入してしまったのだ。

リクライニングに横になったのが、1時前。
目が覚めたときは、5時を過ぎていた。

やりしまた!(やってしまった、の略。おそらく誰も使わない)

今までは、急ぎの仕事があったときは、眠ったとしても心にブレーキがかかって、1時間程度で起きられたものだが、この日は急ぎの仕事があったにもかかわらず、爆睡してしまったのである。

体の中の何かが、狂っているのかもしれない。


こういうこともあった。
静岡の広告代理店に打ち合わせに行ったときのことだ。

東京駅から、新幹線に乗った。
そのとき、自由席で隣り合った40代前半と思える男性と話が弾んだ。

歌舞伎揚げを頂戴しながら、ホットコーヒーを飲んだ。
相手は、東京での出張が終わったせいか、ビールを飲んでいやがった。

しかし、私は、お客様の前で酒臭い息を吐くわけにいかないから、我慢した。
成長したものだ。

隣の人は、京都で降りると言っていた。
私は静岡。

そんなことを話しているうちに、私はまた、眠ってしまったのである。
話している最中に寝たものだから、相手はビックリしたろう。

しかし、彼は、私の眠りを妨げない紳士だった。
静岡駅寸前まで、そっと爆睡させてくれたあと、彼はマグニチュード6.6の震動で、私を揺さぶったのである。
それがなかったら、私は仕事をしくじるところだった。

にゃあ、ぢょうも、なりぎゃとうごだいまふ
(ああ、どうもありがとうございます)

丁寧なお礼を言って、私は、ふらつく足で静岡駅のホームに降り立った。
右手には、仕事用のバッグ。
そして、左手の親指と人指し指には、歌舞伎揚げ一粒をつまんだままだった。
きっと、彼が持たせてくれたに違いない。

それは、人の優しさが、身に滲みた瞬間だった。


そして、昨日だ。

極道コピーライター、ススキダの横浜大倉山の事務所で、打ち合わせをしたときのことだった。

そのときは、ススキダの奥さんとの打ち合わせだったので、ススキダはいなかった。

あの極道顔がいないというだけで、私の心は、梅雨空を忘れるほど晴れやかだった。
永遠にこの環境が続けば、世界は、どれだけ平和なことだろう。

sekai no owari は、永遠に来ない。

目の前にいるススキダの奥さんは、40代半ばとは思えないほど、可愛らしい雰囲気を出していた。
無理に若作りをしているわけではないのに、若々しいのだ(ほとんどスッピン)。

ススキダの奥さんの顔を見るたびに、私はススキダに対して殺意が芽生えるのだが、その理由は知らない。
絶対に嫉妬ではないと思う。
強いて言えば、「正義感」の方が近い。

可愛い奥さんの他に、BGMには、ウィントン・マルサリスのトランペット、そして、コーヒーはブルー・マウンテン。
打ち合わせが、和気あいあいと順調に進むのは、当然だった。

6回目の仕事だったので、打ち合わせは23分ほどで終わった。
短すぎて、物足りないくらいだ。

打ち合わせが終わったあとで、ススキダの奥さんが、「Mさん、少しだけお時間をいただけます?」と言った。

デートのお誘いですか?

「それは、またの機会に」

お互い赤面。

「20分ほど席を外しますが、帰らないでくださいね」

わかりました。
留守番は、お任せください。
私を、留守番太郎、と呼んでくださっても構いません。

「では太郎さん、少しの間、お願いします」


テーブルの上の皿には、私のために用意された、大量の柿ピーが山盛りになっていた。

その何個かを口に入れたところまでは覚えていた。

ゴキブリの夢を見た。
人相の悪いゴキブリが、私を食おうとしているところだった。

だが、私は、かなり前から、新聞紙たたきの奥義を究めていたので、ゴキブリを一叩きで仕留めることができた。

ゴキブリの顔が、誰かに似ていたような気がしたが、気にしないことにした。


突然の眠りから覚めたとき、仕留めたはずのゴキブリが目の前にいた。

新聞紙を探したが、見当たらないので、他の武器を探そうとした。
団扇があれば代用になったのに、団扇さえもなかった。
しょぼい事務所だ。

「おまえ、何時から眠っていたと思う」とススキダに聞かれたので、眠っていたのではない、落ちていたのだ、と胸を張った。

たいしたことは言わなかったはずだが、ススキダの奥さんが、手を叩いて喜んでくれた。
今のは、笑いを取ろうとしたわけではないのに。
本当に可愛い奥さんだこと。

落ちていたのは、20分。
奥さんとの約束が20分だったからな、と言ったとき、ピーナッツのカケラが、口から出た。
ピーナッツのカケラを口に入れたまま、落ちてしまったようだ。

危ないぞ!

「1時間半近く、落ちていましたよ」とススキダの奥さん。

そ、そうですか。
そんなに、落ち過ぎていましたか?

「はい、落ち過ぎていました」

「おまえら、下らねえ会話をするんじゃねえよ。用が済んだのなら、さっさと帰れ」と、ススキダがスゴんだあとで、私に大きな箱を渡した。
箱には、ラッピングが施されていた。

俺を、買収しようというのか。
この程度のもので、俺は買収されないぞ。

「バカ! カホちゃん(私の大学一年の娘)の誕生日プレゼントだ。レイコ(ススキダの奥さん)が、買ったんだ」

ああ、だから、席を外したのだな。
プレゼントを買いに行ってくれたのか。

それは、かたじけない。
私は、四方八方三十二方に頭を下げた。

「結構でかいものだから、電車じゃ無理だろ。だから、車で送ってやる」とゴキブリが言った。
今日のゴキブリは、いいゴキブリのようだ。

おお、送らせてやってもいいぜ、と胸を張ったら、またススキダの奥さんが、手を叩いて喜んだ。
この人の、笑いのツボが、わからない。


そして、エスティマの後部座席。

もうおわかりかと思いますが、私はまた落ちてしまったのである。

武蔵野のオンボロアパートにつくまで、頭が宇宙をさまよっていた。

着いたとき、ゴキブリが、マグニチュード6.8の揺さぶりで起こしてくれた。


にゃあ、ぢょうも、なりぎゃとうごだいまふ


降りるとき、ゴキブリが優しい声で「気をつけてな」と言った気もしたが、きっと空耳だろう。



プレゼントは、三面鏡の付いた豪華な化粧ボックスだった。
誕生日のメッセージカードもついていた。


「あなたが生まれたことを 喜ぶ人が あふれています
 僕たちは あなたの友だちだ いつまでも
 おめでとう」

(さすが、コピーライターだ)




ゴキブリと美女の優しさに、娘とふたり、涙した。




2014/07/05 AM 07:36:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]



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