Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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上りも下りも歩け
私は自他ともに認める薄情者だ。

ただ、家族への愛情は過剰なほどあるし、友人の一人でもこの世界から欠けたら、確実に壊れるほどの臆病者でもある。

3年前に、大学時代の女ともだちが死んだとき、私は2ヶ月間、心を誰かにさらわれた状態だった。
肉体はメシを食って眠ることを繰り返したが、心は標高8千メートルの山の上のように、空気が希薄で「薄い生き方」しかできなかった。

30年以上会っていない人の死で、自分がこんなに壊れるとは思わなかった。

去年は、もっとひどかった。
7月に、友人の父親が死んだ。

私は彼のことを「親父さん」と呼び、親父さんは、私のことを「サトル」と呼んだ。
父・息子のような関係だった。
(リンクが切れていなければ、コチラ

半年以上、私の心は、「薄い空気」だけを吸っていたように思う。
昨年の初夏、私の体は胃潰瘍になったが、それは全く他人ごとで、「胃がかゆいよう〜」と寝言を言っていられるくらい現実感がなかった。

今年に入ってからは、空気の濃度は少しずつ上がっていったが、思い出を辿る決意は、まだ心の中に沸き上がってこなかった。


親父さんは、世田谷池尻で隠れ家的な喫茶店を開いていた。
花に囲まれた家の一室を喫茶室にして、自分が人に出したいメニューだけを置いて、気ままに暮らしていた。

もうすぐ、親父さんの一周忌が来る。
一周忌を機に、友人は池尻の家を売ろうかと考えていた。

ようするに、もうあまり時間がない。
このまま「薄い空気」を吸い続けていたら、私は「親不孝もの」になる、と思った。

だから、池尻の家を訪問したい、と友人に頼んだ。

「いいよ」と即答してくれたので、昨日「親父さんの家」に行ってきた。

築30年以上経つ木造の一戸建て。
去年までは、家の外と内が花で覆われていたが、今は庭にモクレンの木があるだけだ。

ご近所に引き取ってもらったり、大切な花だけは田園都市線「たまプラーザ」の友人の家に持ち運んだという。
親父さんには奥さんがいた(私は、かあちゃんと呼んでいた)が、奥さんは今、たまプラーザの友人の家で暮らしていた。

つまり、池尻の家は無人だ。

以前は、駐車場の奥の西部劇に出てくるような短いドアを押して喫茶室に入ったものだが、今そのドアは、頑丈なドアに付け替えられていた。

家のすべての鍵を預かってきたので、私は熟練の泥棒さんのように、簡単に入ることができた。

友人が、月に一度母親とともにやってきて、空気の入れ替えをするから、空気は澱んでいなかった。
しかし、一応入れ替えてくれ、と言われたので、すべての部屋の窓を開けた。

家具やタンス、喫茶室の備品は、そのまま置いてあった。
友人から「形見のものが欲しいなら、好きなものを持っていっていいぞ」と言われたが、これ以上背負いたくないので遠慮する、と答えた。

俺は、華奢なんだよ、と言ったら、友人が「心がな」と、聞こえるか聞こえないかの大きさで呟いた。

そう。
俺は、きっと心が華奢なのだ。

だから、喫茶室に入ったときから、親父さんの空気を全身で感じていた。
そして、室内に充満していた花がない分だけ、その空気は濃密だった。

空気の重さに耐えられなくなって、エアコンをつけた。
電気、水道、ガスはまだ使える状態だった。

窓を全開にしておいたから、エアコンをつける行為は非経済的だったが、臆病者がすることを親父さんはきっと許してくれるだろう。

カウンター内の壁の棚を見た。

大きめのガラスのボトルにコーヒー豆が入っていた。
ボトルは2つ。
色は似ていたが、同じ豆ではない気がした。

親父さんはハリオのドリッパーしか使わなかった。
ペーパーもハリオだ。

私はハリオに関しては素人だ。
使ったことがないから、適当に豆をすくって、細長いミルで挽いた。
どの程度挽いたらいいかもわからなかったので、荒めに挽いた。

細かく挽くのが、面倒くさかったからだ。

お湯の温度も抽出時間もわからなかったので、香りで決めた。
経験のある香りが鼻を刺激したら、それが正解だ、と思った。


「思い出の香り」に近い香りが鼻を刺激したとき、棚の一番手前にあったカップに注いで、匂いを嗅いだ。
そして、飲んだ。

鼻を刺激する酸味と、喉を通る酸味。
似ていた。
しかし、違っていた。

それは、そうだ。
そんなに簡単に再現できるわけがない。

コーヒーを飲み干したあとに、気づいたことがあった。
コーヒーカップのことだ。

そのコーヒーカップは、私が陶芸教室で作ったものだった。
呆れるほど不細工な形だったが、親父さんとかあちゃんの分を作って、何も言わずに喫茶室に置いてきたのが、2年前のことだ。

それを親父さんは、使ってくれていたらしい。

意味もなく、カップの底を見た。
そこには、文字が彫ってあった。

「息・暁 作」

二つとも同じものが彫ってあった。

つまり、息子のサトルが作ったもの。


息子なんかじゃないのに。
血の繋がりなんか、ないのに。


親父さんは、なぜ私のことを可愛がってくれたのだろう。
この喫茶室には、親父さんの息子の友だちが数多く遊びにきたのに、その中で、なぜ私をこんなにも気にかけてくれたのだろう。

それは、きっと私が、「危うい男」だからだ。

私は、ヤクザや犯罪者になる度胸はないが、世間に背を向けて、いじける素質は持っていたと思う。
誰かに監視されていなければ、私は確実に、独りで野たれ死にをしていたに違いない。

その私を救ってくれたのが、ヨメであり、我が息子、我が娘、大学時代の友人、そして、親父さんだった。

彼らは、私が「孤独の穴ぐら」に入り込むことを許さなかった。
いつも穴ぐらに光をあててくれた。
その光をたよりに、私は外の世界を歩いてきたと言っていい。

それは、とても、ありがたい光だった。


喫茶室の壁には、一個だけ、額が掛かっていた。

「立ち止まるな
上りも歩け 下りも歩け」

毛筆で書かれた親父さんの書だった。

人生は、上り調子のときもあれば、下り調子のときもある。
下り調子のとき、立ち止まらずに歩き続ければ、何かにぶち当たる。
立ち止まっていたら、ぶち当たることはない。
ぶち当たることを恐れるな、という、それは親父さんの教訓だった。


それを見て、何かがこみ上げてきたが、私は2杯目のコーヒーを作ることに専念した。
それで、こみ上げてきたものは、引っ込んだ。

2杯目の不味いコーヒーを飲んでいるとき、その書を形見として持って帰ろうかと思った。
しかし、やめた。

その書は、私のものではない。
私は、親父さんの息子ではないのだ。


俺には、資格がない。


ただ、下りも歩き続けよう、ということだけは心に留めた。


私はいま、穴ぐらに籠りたいとは思わなくなった。

穴ぐらに籠ったら、親父さんがあてる光を見失うだろう。


それを見失うことは、とても「親不孝なこと」だからだ。




2014/05/30 AM 06:10:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

えっくすぴーの終わり
根が真面目なので、毎回常識的なことしか書けない。

しかし、今回に限っては、バカバカしい話を書こうと思う。


ここ1ヶ月16日ほど、私には気になっていることがあった。
テレビ朝日の「報道ステーション」の話題だった。

「報道ステーション」は、年に一度、見るか見ないかなので、詳しい内容はわからない。
古館伊知郎氏が番組アンカーを務めているのは知っているし、私はリベラルなニュースショーが好きなので、「報道ステーション」の、そのニュース番組としてのスタンスは嫌いではない。

だが、「報道ステーション」をしている時間、私は風呂に入っているか、皿洗いをしているか、オンボロアパートの庭に住み着いた野良猫・セキトリの相手をしなければいけないので、大変忙しい。
(ときどき仕事もする。そして、宇多田ヒカルお嬢様、安室奈美恵先生、椎名林檎様、柴咲コウ女神、浜田省吾先輩、斉藤和義エロ親父、ガンズ・アンド・ローゼス暴れん坊、マイルス・デイヴィス皇帝、サカナハックション大魔王のライブ映像を観ることもある)

これらの大切な行事を放棄してまで、「報道ステーション」を見る価値があるかと言えば、「ない」と思うので、ほとんど見ない。
ついでに言えば、NHKのニュースも見ないし、保守主義、全体主義を押しつけすぎる日本テレビやフジテレビのニュースも見ない。
東京には、あと一つテレビ局があったと思うのだが、ど忘れした。

たまに見るのは、ひと仕事終えたあとの夜11時過ぎ、テレビ東京の「ワールド・ビジネス・サテライト」くらいだ。
この番組には、この4月から、私がお気に入りのお笑いコンビ・さまぁ〜ず師匠の元相方・大江麻理子才女が出ているので、真面目な番組なのだが、いつも頬を緩めながら見ている。

なぜか癒される。


で………「報道ステーション」の話は、どうなった?

続けます。

ネットを見ていたら、今年4月8日の「報道ステーション」内で、Windows XPのサポート終了について報じたという記事を見つけた。
その中で、小川彩佳アナウンサーの発言に批判が殺到したと書いてあった。

小川彩佳アナウンサーの「(新しいOSと)無料交換して下さればいいのにって思いますよね」のコメントに、一部のネットユーザーが噛み付いたらしい。

「企業にかかるコストを考えていない」「マイクロソフトは慈善事業ではない」「前々から終了は告知されていたのに」「報ステは今後、労働問題を扱う資格はない」

最後の「労働問題を扱う資格はない」は全く意味不明なので放っておくが、私には、小川アナウンサーの発言が批判される理由がよくわからなかった。

極めて、素直な発言ではないかと思うのだ。
私は自分がひねくれ者なので、逆に素直でピュアな人を好む。
だから、この発言にも「胸キュン」(死語?)した。

私は、パソコンと遊びながら、個人で仕事をしている。
パソコンは、ウィンドウズではなくマッキントッシュだ。

だから、ウィンドウズXPのサポート終了に関しては、他人ごとだ。

ただ、得意先のほとんどは、ウィンドウズを使用しており、OSは、圧倒的にXPが多い。

6人のお得意さんに聞きました。
6人全員が、「サポートの終了は困る」と口を揃えてマイクロソフトの一方的な終了宣言に憤っていた。
「大企業のエゴですよ」とまで言う人がいた。

世界的な大企業様のやることに従順な方たちは、前述のごとく「慈善事業ではない」「相当前から告知していた」と、いかにも正論に思えるご意見で擁護している。

確かに、もちろん大企業様は「慈善事業」をやる必要はないし、「事前告知」という親切なこともしている。
マイクロソフトに、落ち度はないように思える。

だが、それは現実を見ない意見・批判だと思う。

少なくとも、私が知っている範囲内(得意先6社)でのXPの占有率は、極めて高い。
所有パソコンの7割くらいがXPだった。

もちろん、もっと広い範囲で統計を取ったら、それほど圧倒的な結果にはならないだろう。
だが、少なくとも、どのOSよりも企業では、4月前半の段階で、XPが使われていたことは疑いがない。

XPの脆弱性を考えたら、安全なOSに移行した方が、安全を確保できるという論理はわかる。
しかし、ではXP以降のOSは、安全なのか、という疑問が私にはある。

まさか、XPよりは、ましだ、という言い訳を盾にして、サポートを終了するのではないとは思うが、私にはその疑問が捨てきれない。

私が問題にしたいのは、これほどユーザーの多いOSをサポートできない企業側の怠慢のことだ。
もしかしたら、XPユーザーは日本だけが突出して多くて、外国では少数派なのかもしれない。
その場合は、世界でのXPユーザーの絶対数は少数派ということになるから、マイクロソフト側から見れば、切りやすいとも言える。

ただ、そうだとしても、マイクロソフトの日本法人が、独自のサポートをするという選択肢はあるのではないか。

企業は「慈善事業ではない」という考え方には、一理あるように思えるが、それは詭弁にもならない盲目的暴論だ。
現実に多数いるユーザーを蔑ろにする企業の論理は、責められて当然だと私は思うのだ。

多くのパーセンテージを占める製品ユーザーに無理を強いておいて、「慈善事業ではない」というご意見は、私にはトンチンカンに思える。
慈善事業でないからこそ、マイクロソフトは過去「莫大な利益」を上げてきたのではないのか。
その莫大な利益の元は、ユーザーの財布だ。

莫大な利益を上げておいて、ユーザーを蔑ろにする行為は、都合よすぎませんか。
現実に多くの製品を売った行為は、もちろん「慈善事業」ではなく、純粋な商行為だ。
その商行為に付帯する責任は、どう説明なさる?

もう一度言いいましょう。
どう説明なさる?

「もうサポートは無理!」という幼稚で身勝手な泣き言は、大儲けした大企業様の口から聞きたくはないですぞ。


得意先のひと6人全員が、「ふざけてるよね」「いくら前から告知したと言っても、こっちにだって事情がある」と言っていた。

そうなのだ。

マイクロソフト様にも事情はあるだろう。
しかし、ユーザーにも事情がある。

そして、お互いに事情があった場合、ユーザーに合わせるのが、「企業の良心」だと私は思っている。

そもそも、そんな脆弱性まみれのOSを作って、見切り発車で売った方が悪い。
それをまるで、買った方も同罪かのように、一方的にサポートを終了する行いを、私の辞書では「横暴」というのだが、この件(くだり)に関しては、お得意様6人はみな頷いてくれた。


ネットでは、こんなご意見もあった。
「なんでも『無償で』と要求する消費者がブラック企業を生む」

これも全く意味不明なご意見なのだが、「無償で」ができないなら、「お安い価格で」サポートを継続することはできなかったのだろうか。
それを一般社会では「企業努力」「歩み寄り」というのではないか。

もちろん少しでも金を払うくらいなら、新しいOSにするよ、という人も多いかもしれない。
それは、その人の自由だ。

事前に告知したから責任を果たした、というものではない。
ユーザーに少しでも多くの選択肢を提示するのが、「企業良心」「企業努力」だと私は思っている。


「無料交換して下さればいいのにって思いますよね」という小川彩佳アナウンサーの発言は、私が知っているお得意様6人の言葉を代弁してくれたものだ。

もっと広い世界では、「マイクロソフトは慈善事業ではない」「前々から終了は告知されていたのに」「企業にかかるコストを考えていない」というマイクロソフト・シンパのご意見が占領しているかもしれないが、私は6人中6人が言っていた意見を信じる。


信じるか信じないかは、あなた次第です。


ところで、私はマッキントッシュで仕事をしていると言ったが、悲しいことに、お客様から預かるデータが、ウィンドウズの場合がある。
それに対処しなければいけないので、悲しすぎることだが、実は私もウィンドウズ・ノートを持っている。

そして、もっと悲しいことに、あまり私の仕事では役に立たない「事務所」という統合機能集も、そこには入っている。
「事務所」の年次改作が異なると、文面の体裁が崩れることがあって、その度に私は「事務所」に対して、美しい罵りの言葉を浴びせかけている。


ちゃんと仕事をしろや!
ボケっ!
この忙しいときに 手間をかけさせるんじゃねえ!
カスっ!



取り乱してしまいました。
申し訳ございません。


私が使っている「電脳管理機能」の年次改作は、「窓七つ」です。

援助が終了した「窓経験」よりも順番は、あとだと思う。

「窓七つ」で私が使う機能は、「事務所弐千拾」を開くだけ。
「世界的情報閲覧機能」は開かないし、「電子郵便機能」も全く使わない。

だから、おそらく「電子病毒」にかかる心配はない。
「電子病毒駆除装置」もついていない。

お客様からいただいた「電子的符号」のなかに「電子病毒」がひっついていたら、と思うとゾッとするが、「電子的符号」をお客様からいただく度に「うぃるっすぅ〜」は大丈夫ですよね、とくどいほど念を押す(私は失礼な男だ)ので、いままで病にかかったことはない。

私のお得意様は、いいお客様ばかりだ!
(これは、本当のことでございます)


ちなみに、我がヨメは、ウィンドウズXPユーザー。

XPのサポート、終了するらしいよ、と私が半年前に言ったとき、「えっ! じゃあ、その日から消えちゃうの? どうしよう! どうしよう!」と、慌てふためいていた。

そして、今年の4月10日。
ヨメが言ったのである。
「消えてないじゃない! やっぱり、嘘かぁ!」


こういうユーザーもいることを、最後にお伝えして、このふざけた文章を終わろうと思います。


(なお、この文章は、ウィンドウズに関して無知な白髪オヤジが書いたもので、その無知な内容に関しての責任は、すべて白髪オヤジにあります。でも、最初からサポートはしておりませんので、悪しからず)



2014/05/25 AM 08:24:02 | Comment(3) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

ちょっと何言っているかわからない
2週間、血圧の高い状態が続いている。

原因は、わからない。

今までは、低血圧気味で、下が55、上がマックスで90に届かないことが多かった。
しかし、今は80ー130くらいで、上は140を超えることもある。

たまに、頭がボーッとすることもある。
私の場合、いつもボーッとしているのだが、そのボーッととは、今回は違う気がした。

気がつくと、意味不明のことを呟いていることが多い。
いや……これは、いつものことだった。

ズッキーニ、ゴルゴンゾーラ、トムヤムクン、アノマロカリス、トゥーランドット、アメリカザリガニなど………。

血圧が高いのは、この呟きとは、おそらく関係ないと思う。

もしかしたら、我が家の血圧計が壊れたのかもしれないと推測した。
だから、新しいものを買おうと思った。

どこで買う?

Amazonでしょ!

買うのは、むろんOMRONの製品と決めていた。
手首式のやつだ。

サイトを開き、5千円以内だったので、手頃だと思い、注文しようとした。
そのとき、突然のめまいに襲われて、スクロールが狂った(本当はマウスが暴走した)。
画面が、下の方にまでスクロールされてしまったのだ。

そこにあったのは、レビュー欄。

私は、ひねくれ者なので、レビュー欄を信用していない。
それを参考に、Amazonで製品を買ったことはない。
最近では全くレビュー欄を読まないで買うようになった。

だいたい高評価なものは、「言わされている感満載」の「撒き餌」が多いと疑っている。
そして、極端に低評価のものは、どの製品にもケチを付けるクレーマーが書いたものではないか、と疑っている。

そんなひねくれ者の私だから、今回はスクロールされたついでに、最高と最低は無視して、星2つか3つの評価のついたレビューを見てみようと思った(最高は星5つ)。

評価の多くが、「計測にバラツキがある」「左右で計測結果が全然違う」「パナソニックの方がいい」「病院のと数値が違う」などというものだった。

これらのレビューは、参考にならなかった。
私は、数千円の血圧計に、それほど正確な能力を求めていない。
計測数値の一定の傾向が、わかればいい。

左右の手で計測結果が違うなら、安定している手を選べばいいのだから、その程度のことで私は文句は言わない。

他に、「慣れるまでは大変でしたが、慣れてからは、安定してはかることができるようになりました」というのがあった。
これは星3つの評価。

星3つです!

慣れれば安定してはかることができる、というご意見は参考にせず、最初から決めていた商品をカートに入れた。


朝注文して、その日の夕方に我が家に届いた、むろんOMRONの血圧計は、それほどの慣れもいらずに、最初から安定した数値をたたき出している。
また、手首式血圧計は、もともと左手(心臓のある方)で計るように設計されているようで、右ではエラーが頻発した。

むろん病院のもの(水銀タイプが多い)とは精度が違うのは当たりまえだまえだ。
自分の血圧の傾向が判断できれば、それで充分。

2日間、計ってみた。
時間は、朝起きて30分後と夜風呂に入る前の2回に決めた。

その結果は、下が76〜80、上が125〜133だった。
標準値内に入っているから、心配はないのかもしれないが、いまだにボーッとする(あるいは、めまい)現象には襲われる。
頻度は少ないが、1億円の宝くじが当たる確率よりは、若干多いと思う。


昨日の夜、包丁を砥石で研いでいたら、ボーッとしたせいか知らないが、包丁の先端1.5センチが突然折れた。
心は折れなかったが、長年使用してきた包丁クンが折れた。

その日は、中華包丁で誤魔化したが、新しいものを買わなくては、と思った。

どこで?

Amazonでしょ!

和包丁三徳包丁を注文した。
いままで使っていたものは1万円以上した(私は毎日の食材はケチるが、台所用品と調味料には金をかける)が、今回はケチって6千円前後のものを選んだ。

そのとき、めまいはしなかったが、なぜかレビュー欄に目がいった。
製品説明が少なくて、1回のスクロールで下の方までイッテQしてしまったからだ。

その中で、星2つというのが1つしかなかったので、それだけを読んだ。
「たった1ヶ月で錆びて刃こぼれしてしまいました。高い包丁を買うのは初めてだったので、ガッカリです」という内容だった。

それだけガッカリして、星2つは偉いな、と妙なところで感心した。
星1つにしなかった理由は、何なのだろう?

ただ、包丁が1ヶ月で錆びるというのは、手入れをしていない証拠だ。
おそらく、この人は、どんなに高い包丁を買っても、手入れを怠って錆び付かせ、製造会社のせいにすることを繰り返すだろう。

包丁に限らず、どんな製品でも、手入れをしなければ長持ちはしない。

包丁を使ったら、熱湯で消毒し(衛生を考慮)、乾いたあとで丁寧に拭き、手ぬぐいに包んで保管する、という手間をかけないと、包丁は長持ちしない。
そして、切れ味が少しでも悪くなったら、砥石で研ぐ。
それで、81歳のおばあちゃんが、見た目40歳の熟女になる。

次に82歳になったら、また研いで41歳にしてあげればいい。
それの繰り返しで、熟女は、味が出てくるのでございます。
(ちょっと何言ってるかわからない? ………この言葉は娘と私の最近のブーム)


話が脱線した。

で………私の血圧は、どうなるのか?

医師に診てもらっても、「そんなの正常範囲ですよ。気にしなくていいです」と言われるのがオチだろう。
だから、行かない。

(ここからは空想)
いや、しかし、元々は低かったのが、高くなったんですから。

「生活習慣を変えると血圧が上がることもあります」

変えていません。
カレーライスとライスカレーの違いを知るために、カレーを食べる回数が増えただけです。

「あるいは、精神的な不安かもしれませんね。不安が血圧を上昇させることもありますから」
(空想終わり)


不安か………?

以前、極道コピーライターのススキダにイタズラを仕掛けたら、「次に会ったときは、殺す!」と言われたような気がする。

それが、潜在的な不安になって、血圧が上がったのかもしれない。

それだ。
それに違いない。


よかった。


原因がわかって。




ちょっと何言ってるかわからない?

このフレーズは、半笑いをしながら使ってください。




2014/05/20 AM 06:11:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

ノリが悪かった日
5月9日の同業者との飲み会の席でのことだった。

彼らが、「ノリが」「ノリが」という話をしているのが、私の可憐な耳に入り込んできた。

そのイントネーションは、食べる「ノリ」ではなく、「ノリが悪い」の「ノリ」でもなく、私の知らない「ノリ」だった。
しかし、話が進むうちに、それがどうもプロ野球選手のことではないかと察した私は、可憐な耳のスイッチをオフにした。

アホなジャイアンツ・ファンが話題にするのだから、どうせジャイアンツの選手のことだろうと思ったからだ。

私は、雑音を消して、マズくもない「アジの開き」、マズくもない「豚の角煮」、マズくもない「焼きソラマメ」を食い、ジョッキを4杯消費した。
静かにジョッキを傾け、所在なく店内を見回すと、馴染みになった片エクボの女性店員が、目が合うたびにウィンクをしてくれた。

その度に、血圧が上がった。


そして、話は飛んで、3日前の夜のことだった。
大学時代の友人ハゲ(人間としての名前はシバタ)から、電話がかかってきた。

ハゲも「ノリのことなんだけどな」と言ったのである。

また「ノリ」かよ。
なんの「ノリ」だよ。

ハゲは元ジャイアンツ・ファンだった。
「アホ」がつくほどのファンだった。

しかし、彼が大好きな中畑清氏がどこかの球団の監督になったので、彼はどこかの球団のファンに鞍替えした。
アホは、すぐ心変わりをする。

彼は横浜の三ツ沢に、オール電化の豪邸を構えていた。
しかし、横浜の球団のファンにはならずに、ずっとジャイアンツ・ファンのままだった。
だが、中畑氏が来たことで、ファンになった。

つまり、節操がない男。
一つの球団に貞節を捧げようという気概がない、誠意のカケラもないただのアホだったのである。

どうせ、中畑氏が、どこかの球団の監督を辞めたら、またジャイアンツ・ファンに戻るのだろう。

ただ、ハゲの心の中に潜む「底のない恐怖」のことを考えたら、その心変わりは、わからなくもない。
4年前に、喉頭がん手術を受けたハゲは、再発の恐怖と戦っていた。

ときにネガティブになりそうな心を奮い立たせるものが、横浜のどこかの球団の勝利だったとしたら、その勝利の喜びは友である私も共有すべきなのかもしれない。

だが、根がひねくれ者なので、たかが球遊びの勝ち負けに大騒ぎするんじゃねえよ、という温かい言葉しか、私はかけたことがなかった。

ハゲは、その度に「いいんだよ。わかってくれなくても、話がしたかっただけだから」と気持ち悪いことを言って、私の全身をトリハダまみれにするのだ。


「ノリは何か勘違いをしているんだよな」という出だしから始まったハゲの話を私は、まったく理解できなかった。
まるで、スワヒリ語訛りのスペイン語を聞いているような感覚だった。

だから、もう一度、言ってくれないか、とハゲに言った。

最近の私は、悲しいことに、1回言われただけでは、内容を理解できないようになっていた。

それを老化というのは、知っている。
我がヨメのように、何事も「あれ」「それ」「これ」で表現するまでには至っていないが、理解力は確実に衰えた。

もう大分前になるが、宮部みゆき氏の「理由」というミステリーを読んだ。
直木賞を受賞した傑作である。

しかし、私は最初読んだとき、どこが面白いか全く理解できなかった。
これは、ただ長いだけの小説ではないか。
登場人物が多すぎるし、時系列が前後して、話の展開についていけなかった。

これが直木賞とは、直木賞の権威も地に墜ちたな、と思った。

しかし、半年後、読みたいものがなくなったので、暇つぶしに、もう一度読んでみた。
面白かった。
よく計算されているな、と思った。

さらに、1ヶ月後に読み返してみたら、今度は、これは傑作ではないか、と最初の印象を改めた。
このミステリーは、この方式でなければ、整理しきれないだろう。
長いが無駄のないミステリーだと思った。

直木賞の選考委員の方々の読解力には、頭が下がる。
一回しか読む機会がなかったら、私なら完全に選考外にしたに違いない。

恐れ入りました。

という完全に衰えた理解力では、ハゲの2回目の説明も、半分以下しかわからなかった。
3回目をお願いします、とリクエストしたら、人格者のハゲは、嫌がらずにまた説明してくれた。

それで、やっと理解した。

要するに、「ノリ」というベテランの打者が、自分が打席にいるとき、ランナーがウロチョロすると気が散るので、場面によっては動かないで欲しい、とコーチと相談したところ、それが「采配批判」と受け取られ、中畑氏から2軍行きを命じられたというのだ。
(こんな簡単な話をなぜ理解できなかったのだろう)

この話を理解するまで19分の時間を要した。
ハゲの携帯の通話料が、来月天文学的な額になるかもしれないと心配になった。

ハゲが、「チームの和を乱す選手は、いらないんだよな」と憤慨した。

しかし、プロ野球選手は、個人事業主だと聞いたことがある。
それぞれが独立した事業主で、毎年球団と翌年の年俸について折衝するというシステムなら、個人事業主が自分の稼ぎを守るために自己主張をするのは当たり前だと思う、と私は答えた。

プロフェッショナルは、エゴイストであるべきだ、と私は思っている。


チームの和。
私の一番嫌いな概念である。

たとえば私がサッカーをするとき、一度球を受け取ったら、他人にパスなどせず、ドリブルで一気にゴールまで行くつもりで蹴る。
バレーボールなども、トスをせずに、自分のところに来た球は、即アタックする。
バスケでも、球を貰ったら、ドリブルで一気にゴールを狙うかロング・シュートに挑む。人に球を渡したりしない。

野球の場合でも、「ピッチャーで打順は1番」を確約されない限り参加しなかった。
野球の勝敗は9割がピッチャーの出来で決まる。
そして、1番バッターは、人より多く打席が回る。

運動会のリレーでは、私は必ず一番手で走った。
一着でバトンを渡せば、あとのことは、知ったこっちゃない。
負けたって、私は文句は言わない。

チームの和なんか関係ない。
失敗したら、自分が全部の責任をかぶる覚悟で私はスポーツに参加していた。

こんな私だから、中学でクラブを選ぶとき、個人競技は陸上しかなかった。
ボクシング部があれば入っていたかもしれないが、中学にボクシング部はなかった。

人格の壊れた私は、団体競技では人に迷惑をかけることがわかっていたので、陸上競技を選ぶしかなかった。
(私が団体競技に興味がないのは、『チームの和』『自己犠牲』を強制する封建主義に馴染めないからだ)

そんなこともあって、いま私はなるべく人様に迷惑がかからないように、「チームの和」のいらないフリーランスで仕事をしている。

「ノリ」と呼ばれている人が、私と同じ考えかどうかはわからないが、自分の意見を上司に言うことは、決して悪いことではない、と私は思っている。

個人事業主である選手と球団から直接雇われている監督、コーチとの関係は、私にはよくわからない。
球団には、社長がいるだろうから、監督は社長ではないだろう。
おそらく部長クラスだと想像する。
そして、コーチは課長。

一年契約の部下が、直属の上司である課長に相談するのは、私には当たり前のことのように思える。
課長を飛び越して、部長に相談したり、ましてや球団社長に相談するのは、ビジネス社会ではタブーだろう。
(この序列は、封建主義ではなく、組織を円滑に運営するため、各々の役割をピラミッド状に繋げただけだ)

部下が直属の上司に相談し、さらに上司は自分の上司にそのことを伝える。
何も間違っていないと思う。

それを聞いて、中畑氏が怒って、部下を左遷したというだけのことだ。
その左遷に関しても、悪いとは思わない。

それは中畑氏のキャラが、そういうタイプの上司だったということだ。
そして、ハゲが中畑氏を擁護し、「ノリ」を批難するのもわかる。
保守的なファンというのは、そういうものだからだ。
保守的な人は、権力に寛容だ。

ただ、私が中畑氏の立場だったら、こんなことをするかもしれない。


ノリちゃ〜ん。
コーチから話は聞いたよ。
でも、もっと具体的なことを聞きたいからさあ、一緒に話そうよ。

できれば、コーチも一緒に、ヨコハマ・ホテル・ニューグランドのバーで、夜景でも見ながら3人で話をしちゃおうよ。
みんなで、言いたいこと、全部言っちゃおうよ。

きっと、いい夜になるよ。
サッタディナ〜イト!
イエー!


電話口に、長い沈黙があった。

面倒くさいので、このまま切ってしまおうか、と思ったとき、ハゲが息を吸う音が聞こえた。

「要するに、おまえに電話をした俺が馬鹿だったということだよな」


そうだな。
確かに、俺も、そう思う。

悪かったな。
「ノリ」が悪くて………。



電話が切れた。




2014/05/15 AM 06:26:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

ブッキヨウ
不器用だと困ることが、たくさんある。

私は、家族の髪を切るのを使命としている。
自分の髪も切る。
もちろん、理髪店、美容院の経費をケチるというのが、目的だ。

しかし、不器用なので、最初は苦労した。
家族からは、ブーイングの嵐だった。

いま大学一年の娘は、子どもの頃、外見に無頓着だったので文句は言わなかったが、ヨメと息子は切るたびにクレームを付けた。

だから私は、そのクレームに対処するため、友人から貰った新聞紙(我が家では新聞を取っていなかったので)を細かく切って髪のような形を作り、それを大きなプーさんのぬいぐるみの頭にかぶせ、髪の毛に見立ててカットの練習をした。

最低限の技術を習得するのに百年の年月を要した。
とは言っても、それほど上手くなったわけではない。
まあ、詐欺的なほど下手クソな理髪師、美容師と同レベルと言っていいだろうか。

しかし、まわりは、その仕上がりを見て、ヨメに「おたくのご主人、お器用ですね」と、嘘くさいことをほざくのである。

それを聞くたびに、けんか売ってんのか、と思った。


他に……………私は寺子屋で学業に励んだので、毛筆は巧みだが、ペン字は、おぞましいほど下手だという現実がある。

だから私は、ペン字の上手い人は、無条件で尊敬することにしている。
たとえ、その人が極悪人だったとしても、字が上手ければ、私は尊敬する。
悪魔のようなジャイアンツ・ファンだったとしても、尊敬する。

彼らは器用な人なんだろうな、と羨ましく思う。

私は、普通に自分の字が読めるのだが、人からは、ときどき遠慮がちに「あのー、これって?」と聞かれる場合がある。

そのたびに、私は、アラビア語を勉強していまして、と答える。

それを聞いた相手は、ダイオウイカ、リュウグウノツカイを間近に見たような顔になって、固まる。
その繰り返しである。


昨日、同業者との飲み会の席で、「Mさんは、器用でいいですよね」と言われた。
殴ろうと思って、右手でグーを作った。

「いや、Mさんは、字は下手だし、2回に1回は、ボタンを掛け違えていますけど、総合的に見たら、器用ですよね」

人やイヌ、サル、キジとの付き合いが上手いことを器用の判断材料にしているようなのだ。

同業者の中で最年長のオオサワさん(カピバラとブルドッグの混血)が、「ボクたちは、この中で特定の人としか話しませんけど、Mさんは、みんなと等間隔で話していますよね。それって人間として、すごい器用ってことじゃないですか」と言う。

確かに、皆様の行動を見ていると、話す相手は、固定されているように思える。

ただ、私の場合、度の過ぎた人見知り、対人恐怖症、赤面恐怖症、顔面崩壊、さらに極端な臆病者なので、人と深く関わることが苦手である。
だから、人とは、絶えず広く浅く接することにしている。

その臆病さを、器用と言われるのは、不本意だ。

だから、そんなことは、ござらん! 拙者は、不器用でござる! と、おしぼりをチョンマゲに見立てて頭に乗せ、異を唱えた。

すると、同業者全員が「またまたぁ! 謙遜はイヤみですよ」と非難するのだ。

こいつら、全員、グーで殴ってやろうか、と思った。
なんで、おしぼりチョンマゲを突っ込まないのだ?


そのとき、焼きソラマメと生マグロのぶつ切り、長なすの浅漬けを持ってきた、最近馴染みの片エクボの女性店員が、私の前のアジの開きの残骸を見て言った。

「おサムライさん、ブッキヨウだわねえ。これでは、アジが可哀想でございましょう!」と私のボケに乗っかってくれた。

そして、片エクボさんが、実践した。
「よろしい? 魚は、身を解しながら骨と頭を分離し、そのあと身を解しながら小骨を取り除き、身をいただくのが基本でございますわ。まだ、こんなに身が残っておりましょう。これでは、アジが可哀想でございます。このように、分けて食べてくださいな。おサムライさん」

確かに、骨と身が分離して、食べやすくなった。

最後まで、美味しくいただきました。

だが、私の割り箸を見て、片エクボさんが、態度を豹変させた。

「なにィ! その割り箸? 割り箸もまともに割れないのぉ!」
心地よい罵り(マゾ?)。

そうなのだ。
私は、10回に9回、割り箸を綺麗に割れない人種なのである。

そのときも、割り箸の片方が、片方の残骸を引きずって、「おまけ」がついた状態だった。

「普通に、二つに割れないの?」

申し訳ございません。
割れないのでございます。

片エクボさんが、実践してくれた。

「体の近くで、割り箸を横にして、上下を同じように引っ張れば、普通は綺麗にまっ二つに割れるよ」

確かに、綺麗に二つに割れていた。

それを見て、私は同じ感覚で実践したのだが、また、下の箸に「おまけ」がついていた。

それを見た片エクボさんが、「ブッキヨウだねえ! お客さん、大丈夫? 今まで、よく生きて来れたね」と呆れた口調で、足を仁王立ちにさせ見下すように言った。


その「ブッキヨウ」は、とても心地よかった。


そのとき、俺って、もしかして「M」なのかもしれない、と本気で心配になった。

でも、不器用よりも、「M」の方がいいな、と思ったのも事実だ。


そんな私に、片エクボさんは、追い討ちをかけるのだ。

「何をヘラヘラ笑ってるの? 真面目にやろうよ! 私は真剣なんだから!
ほら! もう一回、箸割ってみせて!」


お、俺、客なのに………普通、そんなに怒ります?


しかし、その罵倒が気持ちいい私は、やっぱり…………?


ところで、結局3回やって、すべて失敗。

そのブッキヨウさに呆れた片エクボさんは、「もう、いいわぁ。お箸の無駄だわ。今度お箸を使うときは、私を呼んでくださいな。『キレイに』割ってあげるから」と言ったあとで、「Let it go ブッキヨウ〜」と歌いながらお皿を片付け、去っていった。

そんな私たちのコントを見ていた同業者たちは、「不器用さをダシにして、若い子と仲良くなるなんて、Mさんは、やっぱり器用じゃないですかぁ!」「そうだ、そうだぁ!」と口々に、批難した。


まあ、確かに、3回目のときは、箸がキレイに割れそうになったので、微調整をしましたがね。

それが、なにか………?



ああ………頭におしぼりを乗せたままだった。




2014/05/10 AM 06:28:58 | Comment(1) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

やる気スイッチ
第一印象では、人間は、わからないものだ。

5月2日、杉並の建設会社で、打ち合わせをした。

打ち合わせで、分譲地の広告の話が出たので、うちのアパート、今年中に取り壊されて分譲地になるんですよね、という話をした。
すると、建設会社の顔でか社長が、「え? あんた、大丈夫なのか? なんだったら、そのアパート、俺が買い取ろうか。そうすれば、住み続けることが出来るぞ」と言った。

もちろん、それは冗談か、場を盛り上げるために、思いつきで言ったことだと判断したので、私は、ご好意だけ、ありがたく頂戴します、と答えた。
こんな話を真に受けたら、人格を疑われる。

しかし、顔でか社長は、「ほんとに、いいのか? ほ〜〜んとに、いいのか?」と、大きな顔を近づけて言うのである。

近すぎまする、お代官様。


そのとき、社長あてに、電話がかかってきた。

歯医者からの電話だった。
歯医者の治療を受けることを、顔でか社長が忘れていたらしい。

「次に伸ばして欲しい」と社長が言ったが、相手は、だいぶ先の日にちを指定したようだ。
「え? そんなに先になるのかよ」

そこで、社長は、今日(5月2日)行くことを決意した。

「ほ〜〜んとに、悪いんだけどよお、ちょっと、30分くらいだと思うんだが、脱けさせてくれないか。ほ〜〜んとに、悪いんだけどよお」

頭を2回下げられた。

この日は、急ぎの仕事がなかったので、どうぞ、と答えた。
すると、顔でか社長は、「ほ〜〜んとに、悪いな」と言いながら腰を上げた。


顔でか社長が、いない時間。

事務所を見回した。
数カ所パーテーションで区切られた中で、整列した机が30ほど。
あとは、隅に応接室と玄関ドアから一番遠いところに社長室があるだけ。

この会社の従業員が何人いるのか、私は知らない。
興味がない。
お金がない。

私が来たときに絶えずいるのは、40代の女性事務員と30歳前後の男性ふたりだ。
他の人たちは、いつも現場に張りついているか営業に出ているのだろう、と推測する。

そのいつもいる男性二人が、私のところにやってきた。
そして、言った。

「社長は、なんでMさんと話をするときだけ、穏やかなんですかね」

知らんわ。

「俺なんか、毎日怒鳴られてますけど、Mさんは、俺の知る限り怒鳴られたことないですよね。この3年間、社長に怒鳴られなかった世界記録を更新中ですよ。下請けの壁紙屋のオッサンや改修工事のオッサンなんか、来るたびに怒鳴られていますよ。社長より年上なのに」

おお! 世界記録ですか。
それは、すごい!
自慢できますね。

さらに、「なんで、社長は、Mさんには甘いんですかね」と女性事務員。

知らんわ。

顔でか社長は、社員、請け負い業者を怒鳴り散らすことを日課としているという。
悪いことをしていなくても、少しでも態度が気に食わないと怒鳴り散らすというのだ。
血圧が心配だわ。

しかし、私は、その被害を受けたことが一度もない。

だから、「不思議なんですよねえ」と3人に、首を傾げられた。

それは、私が天使だからじゃないですかぁ、と言ったら、3人の眉間に皺が寄った。

冗談ですのに………。


強面の顔でか社長。

「母ちゃんに逃げられちまってよお」
「俺の子どもは、俺を避けてるんだよな。一つ屋根の下に住んでるのに、もう3年以上、口をきいてくれないんだ」
「先週は、キャバクラ通い皆勤賞だぜ!」
「Eカップのセリナちゃん、なかなか落ちねえなあ」
「俺はバカが嫌いだからよお。大卒はたいていバカだから、俺は、中卒、高卒しか雇わねえんだよ」

ファンキーすぎる社長だ。
彼は、直球しか投げない。

それが、いい、と最近になって思うようになった。

私が、世の中で4番目に嫌いなのが、駆け引きだ。
駆け引きをされると、テンションが下がる。

たとえば、見積書を出すとき、私は、これ以上下げようがない価格を顧客に提示する。
「もっと負けてよ」という駆け引きが嫌なので、最低限の見積もりを出すのだ。

多くの人は、これで納得してくれるが、稀に、「もっと下がらない?」と駆け引きをする人がいる。
その場合は、心では舌打ちをするが、笑顔で、申し訳ありません、この仕事は他の方に、と頭を下げる。

私のこの歪んだ性格を知っている友人は、私に対して駆け引きをすることはない。
しかし、年に一回程度は、駆け引きをするやつがいる。

そんなとき、私は、いつもグーで左肩(左利きのやつは右肩)を殴ることにしている。

バカは、グーで殴らなくてはダメだ。
思いっきり、殴る。

しかし、お客様をグーで殴るわけにはいかない。
だから、駆け引きをする相手には、ストレスが溜まる。

だが、顔でか社長は、いつも直球だから、ストレスが溜まらない。
怖くて、私はいつも緊張しているのだが、ストレスは溜まらない。

その心地よさに、最近気づいた。


聞きもしないのに、男の社員二人が話を始めた。

「俺たち、高校時代はバカで、会社に入ってからもバカで、社長に毎日怒鳴られていましたよ」
「何にも知らないで社会に出て、八方ふさがりの中、怒られて怒鳴られて、毎日泣いていましたよ」
「いまも怒鳴られて、殴られることもあって、毎日が緊張の連続です」
「働くことが、こんなに大変なんて、オレ、ガキの頃は想像もできなかったですよ」

口を衝いて出るのは愚痴ばかりだったが、社員は、こうも語るのである。

「でも、俺たち、バカなのは自分で知っているし、社長に怒られることで、仕事を覚えてきたんですよね」
「怒鳴られなかったら、オレは、いつまで経ってもバカなままでしたよ」
「社長は怒鳴るときは鬼のようだけど、そのあとは、何事もなかったように接してくれました」
「ようするに、社長は、俺たちのバカに、いつでも付き合ってくれるんですよ」


会社のホームページを作り、チラシを数々作った。
はじめのころ、「あんたの言っていること、オレ、全然わからんわ。勉強するからよお。なんか本があれば教えてくれよ」

自分が無知なことを隠さないのである。
その直球は、今にして思えば心地よい。


そして、最後に、社員はこうも言った。

「俺たちは、バカだから、社長に怒鳴られることで、いつも『やる気スイッチ』を押されて、ここまで来たんですよ。オレみたいな半端者は、他の会社では、絶対に勤まらなかったですよ。この会社だから、あの社長だから、オレを一人前にしてくれたんです。いや、まだ半人前だな。だから、どんなに怒鳴られても、何度殴られても俺たちは、一人前になるまで我慢できます」


怒鳴ることで、社員の「やる気スイッチ」を押すというのには、私は共感できない。

私が尊敬している浦和のドラッグストアの社長が、以前こんなことを言っていた。

「社長は、会社を潰さないのが、最大の仕事。そして、その他は、ボランティアですよ。社員に対する奉仕精神。社員、パートさんが、気持ちよく仕事が出来る環境を整えるのが小企業の社長の仕事です。僕はそこにだけ神経を使っています」

それは、共感できる意見だ。


顔でか社長とドラッグストア社長の考えは、真逆。


しかし、第三者にはわからない、その会社の「社員の思い」というものがある。
結局は、社員の「やる気スイッチ」を押せる人が、有能な経営者ではないのか、と最近の私は思うようになった。

顔でか社長とドラッグストアの社長は、どちらも有能なのだ。
彼らは、その方法が違うだけで、実は同じ人種なのではないだろうか。


そんな風なことを思っていたら、顔でか社長が帰ってきた。

「悪かったな、悪かったな。ほ〜〜んとに、悪かったな」

また頭を下げられた。


打ち合わせが終わったあとで、顔でか社長に、聞いてみた。

私の「やる気スイッチ」は、どこにあるんでしょうね。

すると、社長は、鼻で笑うように、こう言った。


「本気で言っているのかい、あんた?
あんたは、人から『やる気スイッチ』を押されるのが、一番嫌いなタイプじゃないのかい?
だから、いつも『やる気スイッチ』を隠しているんだろ?」



は………はい、まさに図星でございます。

お代官様。




2014/05/05 AM 06:45:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]



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