Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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希望の轍で お題目
桑田佳祐氏と宗教の関係について語りたい。


だが、その前に、仕事が忙しいことも語りたい。

今まで月に2回だった浦和のドラッグストアの仕事が、今年から毎週になった。
毎週だと途切れがない気がして、忙しく感じる。

他に、テクニカルイラストの達人、アホのイナバが不定期に持ってくる同人誌の仕事が来た。
今回も原稿が2件間に合わないというので、私がねつ造、いや代筆をすることになった。
テーマは、「関東のサクラ」だそうです。
図書館で勉強しなくては。

他に、稲城市の同業者から、画像の切り抜きと地図のトレースの仕事が大量に来た。
まともにやっていたら、おそらく一日の睡眠時間は3時間以下。

しかし、今年は頼もしい援軍をポスティングで獲得したのだ。

高校3年の娘である。
我が娘は、小学2年のときからMac G3を使って、フォトショップ、ペインターでお絵描きをしていた。

夏休みや冬休み、春休みになると、私の隣で、仕事部屋の余ったMac G3を毎日飽きずに、5時間以上動かしていた。
そして、小学5年のときには、私が習得まで丸2日を要したイラストレータのベジェ曲線を、いつの間にか会得していたのである。
同じ小学5年のときには、教えてもいないのに、ホームページも作れるようになった。

結局は、「環境」が一番重要だということだろうか。

その娘は、大学合格が決まったあと、スーパーのアルバイトをする予定だったが、私が土下座をして、仕事を手伝ってください、と言ったら、快く(両腕を組み上体を反らせながら)「手伝うことに、やぶさかでない。ギャラをたんまりくれるのなら、やることに、やぶさかでない」と答えてくれた。

親孝行な娘である。
画像の切り抜きとトレースは、娘に任せることにした。
これで、睡眠時間4時間半は確保できそうだ。

しかし、ホッとしたのもつかの間、杉並の建設会社の顔でか社長から、「俺の知り合いの仕事してくれねえかな」と、絶対に断れない雰囲気で仕事を押し付けられた。

「レンタルボックス、レンタルコンテナの会社でよお。今まで、やっていなかったんだが、会社の看板をアッチコッチに立てようって話になってよ。あんたのことを話したら、是非って言うもんだから………なあ、できるよな!」

は、はい!
できるでございます。


という経緯があって、相手の会社に行ってきた。

場所は杉並区高井戸。
自宅で営業しているらしい。
ご主人、奥さん、息子さんの3人で経営している家族会社だ。

顔でか社長とは、どのようなお付き合いを……というような話は、私は絶対に聞かない。
興味がないからだ。

自己紹介のあと、早速仕事の話を始めた。
コンテナボックスを設置してあるのは、都内2カ所。
今は、幟を立てているだけなので、それを見栄えのいい看板にしたい。

そして、環八通りにも2つ看板を立てたいというご要望だ。
「急ぎでお願いします」と言われたが、最低2ヶ月はかかります、3ヶ月かかる場合もあります、と答えた。
すると、ご主人は、少し落胆したような態度を示したが、奥さんと息子さんは、にこやかに「まあ、それくらいはかかるでしょうね」と頷いてくれた。

第一印象としては、穏やかで気配りのあるご家族だな、と思った。
顔でか社長とは、真逆なような感じがしたが、それは、どうでもいいことだ。

私は人様の家の中を無遠慮に見ないようにしているのだが、つい目に留まってしまったものがあった。
ある宗教の大先生が、奥様らしき人と映っているお写真である。

おそらく、その宗教を信心してらっしゃるのだな、と推測した。
ということは、我がヨメと同類ということになる。

ヨメは、物心ついた頃から、両親の影響を受けて信心したというから、筋金入りの信者と言っていい。
片や私は、目に見えないものに手を合わせることができない「罰当たりもの(亡くなったヨメの母親が絶えず私に言っていた)」だ。

人が何を信じようが、私は何も言わないが、逆に、人様が私に無理やりに「信じろ」と喧嘩を売ってきたら、断固戦うというポリシーを持っている。

我がヨメは、私のそんな性格を熟知している「大人」だから、何も言わない。
それは、とても、ありがたいことだ。

話が、それた。
私の目の前に、慈悲深いお顔が3つ。

和やかに仕事の話は進行し、見積書を提示するところまで行った。
「一日だけ、検討させていただきます」と、ご主人に言われたので、承知しました、と答えた。

そのとき、サザン・オールスターズの「希望の轍」が、壁のスピーカーから流れてきた。

家に入ったときから、音楽が流れていたのには、気づいていた(おそらく有線?)。
曲はサザンばかりだった。

そして、名曲「希望の轍」。

この曲は、私の大学時代の友人シバタ(通称ハゲ)が、喉頭がん手術で入院していたとき、たいへん勇気づけられた曲で、ハゲは、カラオケでこの歌を号泣しながら歌うという。
「この歌がなければ、俺は心が折れていただろう」とまで言うほど彼にとって大事な歌なのである。

だから、私にとっても、これは大事な歌だ。


その大事な歌が流れはじめたとき、私は信じられない光景を見た。

三人家族が、手を合わせ、小さな声でお題目を唱えはじめたのである。

ありえない、と言っては、ご家族に失礼にあたるので、何か理由がおありになるのだろうな、と推測した。
しかし、私には、その理由を聞く勇気がない。

いきなりお題目を唱えはじめたご家族に「どうしましたか?」と聞けるほど、私は勇者ではないし、「あの子は、大事なときには必ず転ぶんですよ」と言えるほど、私は白痴的に無神経ではない。

居心地の悪い心を、無理やり落ち着かせながら、お題目が終わるのを待った。
予想していたが、「希望の轍」が終わったら、お題目は綺麗に終わった。

そして、「ミス・ブランニュー・デイ」。

奥さんが、何事もなかったように、「ああ、コーヒー新しくしますね」と席を立った。
ご主人は、「Mさんは、スリムで羨ましいですねえ。私と息子は、何を食べても太ります。食べなくても太ります。いやあ……羨ましいですなあ」と目を細くして笑った。

私が、ランニングが趣味で、夢の中でも走ってますから太れないんでしょうね、と言うと、コーヒーを運んできた奥さんが「ガハハ」と笑い、つられるように、ご主人と息子さんが「ガハハ」と笑った。

2014年現在の日中韓の状況とは真逆の友好的な雰囲気のまま、客先をあとにした。



自転車に乗っている間中、お題目が頭の中を駆け巡った。

俺、まさか、洗脳された?


しかし、なぜ「希望の轍」でお題目?


知っていらっしゃる方がいたら、ぜひ情報をいただければ……と。




2014/03/01 AM 08:45:00 | Comment(2) | TrackBack(0) | [Macなできごと]



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