Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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はてしない妄想
消費税増税に反発して、いつもながらの「へ理屈」を。

高校時代の私は陸上部に所属していた。
だが、私は体育会系の非科学的な根性論、精神論に馴染めなかったので、意味のない猛練習をほとんどしたことがなかった。

「疲れきったときに力が抜けて、初めてフォームが固まるんだよ」


固まらねえよ。
疲れたら、怪我をしやすくなるだけだよ。
あんたらに、俺の体を潰す権利はない。


人とは違う練習をして、まわりからは白い目で見られることもあったが、走ることが好きだったので、無知な指導者や先輩がいても、陸上部は辞めなかった。

おそらく、練習量は、他の部員たちの3分の2以下だったろう。
無駄に疲れるのが嫌だったからだ。
ただ、自主的に体を追い込むことは、月に1回程度はやった。

20メートルダッシュ30本、30メートルダッシュ20本、100メートルを全力で10本というように。
汗をかき足りないと思ったときだけ、これをやった。
そして、足がもつれるくらい疲れた。

こんな風に疲れきったとき、私の頭には、いつも同じ妄想が浮かんだ。


俺たち人間が見ている世界というのは、実は違う形をしているのではないか。
それを人間が自分勝手な解釈で、都合のいい形として見てしまっているのではないか。


たとえば、俺が走っている地面は固いと思っているが、実際はマシュマロのように柔らかくて、脳が固いと思い込ませることによって誤魔化し、柔らかいのに固い走り方をしているのではないか。

あるいは、犬や猫というのは実際はいなくて、あれは人間なのだ。
ただ、人間がペットだと思い込みたい人を犬や猫だと思っているのではないか。
彼らは、本当は人間の言葉で話しているのに、人間の都合で、犬猫の形だと思い込まれ、鳴き声も「ワン」「ニャン」と聞こえているのではないか。

そして、ライオンや虎、シロクマなども本当は人間で、怖い存在の人間を、そう思い込んでいるだけなのかもしれない。

炎なども本当は熱くないのではないか。
熱くないのだが、熱くなくても触ればヤケドをしてしまうので、熱いと思うことで、人間は火を触らないようにしているとか。

自分でもバカだと思う。

しかし、私の妄想は、さらに進む。

もしかしたら、俺が親しくしているサクラダという男は、実際には存在していなくて、俺にだけ見える存在ではないのか。
私にしか見えないのに、まわりの友だちが憐れに思って、私に合わせ、サクラダがいるフリをしているのかもしれない。
担任なども私に気を使って、サクラダの存在が、さもあるように装っているのではないか。

走ることもそうだ。

自分が足が速いというのは嘘で、実は私が走るときだけ、まわりの人の時間が緩やかになって、その隙をついて、ただ私が速く駆け抜けているだけかもしれない。


要するに、この世界は、自分の、あるいは人間の都合だけで「都合のいい世界」が作られているのではないのか。

バカとしか言いようがない妄想だ。


そう思うと、ロシアのプーチン大統領というのは、私と同類ではないかと思ってしまうのだ。

プーチン氏は、ウクライナという国が、「自分の国」だと妄想していたのではないか。
資源なども含めて、あの国があれば、ロシアは大国としての体面を保てる。

もともとソビエト連邦の一つだったではないか。
だから、いまもウクライナは、ロシアの一部だ。

いや、ロシアにしか見えない。


「大阪都構想」を政策に掲げる政治家も同類。

俺の人気は普遍的なもので、選挙で勝てば民意を得たと思い込んで、都合のいい選挙を繰り返す。
「選挙費用は民主主義のコストだ」という主張は、一回だけなら説得力を持つが、2回目には開き直りにしか聞こえない。

さらに、「大阪都構想」に関して、他党との「対話は無理」と答えている以上、最初から話し合いを排除しているのは明白。
民主主義の根幹がわかっていない。
自らが民主主義がわかっていないのに、「日本人には民主主義が根付いていない。本気の住民投票を経験してもらわないと、民主主義は変わらない」という根拠のない独善的な理論を展開するところは、国民を「自分以外はみんなバカ扱い」するプーチン氏と同類。

「構想」には広がりと大義名分があるが、「妄想」が基礎の「構想」には、迷惑な自己満足しかない。

人が自分の頭の中で、何かを確信してしまったら、その人の中では、それは妄想ではなく「事実」になる。

ただ、はたから見ると、とてつもない妄想家、危ないやつ、人格破綻者に見える。


このブログも、実は存在していなくて、これは頭の中で作られた私の妄想ということもありうる。
あるいは、そもそも人間などというものも、この世界には存在せず、実は私自身がパソコンなのかもしれない。

私自身がパソコンなら、私は勝手に電波で他のパソコンと繋がっているということ。
他のパソコンたちも、本人は人間だと思っているかもしれないが、実はパソコンそのものなのだ。


この世界には、パソコンだけがある。

彼らは、勝手に自分で充電して元気になる。
そして、グルメを気取った人も、実はグルメなどは妄想で、何も食べたことがないパソコン。

絵が上手いと自慢している人は、自分が作ったお絵描きソフトで、自動的に描いているだけのパソコン。

俺はモテるんだぜ、と自慢している人は、自分の妄想の中の女性を画像にしてストックしてあるだけのパソコン。

俺んち広いんだぜ、と自慢している人は、ただハードディスク、あるいはフラッシュストレージの要領が大きいだけのパソコン。

俺は金持ちだ、と威張っている人は、宅内ネットワークに繋がっているパソコンの数が多いだけのパソコン。

そして、消費税なども、政治家を気取ったパソコンが、妄想の中で設定した架空のものだ。

絶対にそうだ。



だから、私は8パーセントに上がる消費税は、払わない。




そういうわけには、いかないか。




2014/03/28 AM 08:42:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | [怖い話]

一生の不覚
どうでもいいことだが、私にとって画期的なことが起きた。

トーキョー・ジャイアンツの選手に、知っている人が一人もいないことに気づいたのだ。
唯一知っていた小笠原道大選手が、最近他のチームに移ったというのを聞いた。

見事なものだ。
あとは、誰ひとり知らない。
名前も顔も思い出せない。

ただ、監督の原辰徳氏のことは知っている。
だから、速やかに辞めていただいて、知らないジャイアンツの選手が監督になって欲しい。

そうすれば、清々しいほど、私の誰も知らないチームが出来上がる。

そんな嬉しいことになったら、私はお赤飯を炊いて、オンボロ・アパートの庭に住み着いたセキトリ(野良猫)に食ってもらうだろう。
セキトリは、赤飯が大好物なのだ。

はやく、辞めないかな。
(原ファンの方、申し訳ありません)


全員がアホなジャイアンツ・ファンである同業者との飲み会の席で、そんなことを言ったら、「俺たちが毎回話しているのに、なんで選手の名前憶えないんですかね」とキレられた。

アホじゃないか。

聞く気がないから、憶えないに決まってるだろ。
あなたたちだって、ホーキング博士の「ブラックホール否定理論」を俺が説明したら、「サッパリわからん顔」になるだろう。
それと同じだよ。

「ブラックホールは知っているけど、ホーキング博士って誰ですか?」
むかし相当ワルだったカマタさんが、「サッパリわからん顔」で聞いた。

ホーキング、というのは、英語で「ほうきで掃く」という意味で、つまり、彼はホウキ星の研究をしているのです。
ホウキ星の研究では、世界的な権威だ。

「嘘でしょ!」

あたりまえだまえだ。

それを聞いていた、最長老のオオサワさんが、「Mさんの話は、どこまでが本当で、どこまでが冗談かわかりませんね」と、あきれ顔を作って首を振った。

もちろん、本当以外は全部冗談です。

あきれ顔のままのオオサワさんが、「Mさん、相当友だちなくしたでしょ」と聞いてきた。
(何故わかった?)

そのとき、吉祥寺の居酒屋の片エクボの店員が、ししゃもとサイコロ・ステーキを運んできた。
いままで全く気づかなかったのだが、店員の胸の下に、名札がついていた。
私はセクハラ親父ではないので、女性の胸の位置を見ることに関して、ストイックだった。

しかし、今回久しぶりにセクハラ親父になった。
胸の下の名前を見てしまったのだ。

ああ、下河辺(シモコウベ)さんですか? と言った。
そうすると、片エクボさんが、「あら、よく読めましたね。9割以上の人が、『しもかわべ』か「したかわべ』って読むんですよ」と口を丸く開けた。

しもかわ へん さんと読む人はいませんか。

「『しもかわさん』って言うひとも多いですよ。でも、ビックリしました。すぐに当てるなんて」と片エクボを作った。

それは、私もシモコウベだからですよ。

下河辺ゴースト守、と言います。

「うっそー!」

もちろん、冗談です。

客なのに、頭を殴られそうになった。
あぶねえ居酒屋だな。
可愛くなかったら、「つぶやき」で悪口を書いていたかもしれない。

「お客さん、毛が黒から白に生え変わってきましたね」と、余計なことまで言われた。

そのやり取りを見ていたオオサワさんが、「Mさんは、なぜか若い子にウケがいいですよね」と言った。

それは、私が人が嫌がることを絶対にしないし、言わないからでしょうね。

偉そうに私がそう言うと、片エクボさんが、「もうすぐ真っ白ぉ」と笑いながら、フェイドアウトしていった。

たとえば、私がジャイアンツファンだとしたら、ジャイアンツが嫌いな人の前では、その話題は出しません。
私は、相手の気持ちを配慮しますからね。

「そうですか。僕だったら、みんなが同じ話題で盛り上がっていたら、自分も加わろうとしますけどね。のけ者はイヤですから」

いや、のけ者、結構。
私は、仲間はずれが居心地がいいと感じる男です。
多数決では、いつも少数派ですから。

だから、どうぞ、永遠に、某大新聞社のお抱え球団の話で盛り上がっていてください。
私は、何も文句は言いませんから。

アホどもの盛り上がる様を視界から消し、耳をオフにしながらジョッキを傾けていたら、一人の女性が近づいてきた。

「もう上がりますので」

あがりますので?
なにを言っているのだ、この女は? と顔を上げたら、私服姿の片エクボさんだった。

何もいちいち客に帰ることを断らなくてもいいのに、と思いながら、目線を下に移した。

ミニ・スカート!

しかも、美脚。

百点!

「ありがと」と頭を下げて、片エクボさんが背中を向けた。


いいものを見せていただきました。


満足感に浸っていたら、片エクボさんが振り返って、「あたしもジャイアンツ・ファンなんだ」と言うではないか。

零点!

次回からは居酒屋を変えましょう、と提案したら、「お客さん、大人げないよ」と片エクボさんに言われた。

「そうだ、そうだ!」
同業者の大合唱。

本来なら、この疎外感は、決して嫌いではないはずなのに、居心地悪く感じた。
なぜだろう。


そんな私をのけ者にしたまま、片エクボさんに、お馬さん(人類史上最も馬に激似の男)が、「誰が好きなの?」と、鼻息荒く聞いた。

「サカモト選手!」



しまった!

名前を憶えてしまった。




2014/03/23 AM 08:35:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

ブラちゃんは人見知り
ディズニー・シーに行った。

楽しかった。
疲れた。
金を使った。

報告は、以上。


さて、毎月来る、極道コピーライター、ススキダの仕事があった。
その仕事に関して、昨日、横浜のススキダの事務所で、ススキダの奥さんと打ち合わせをした。

最初の頃、奥さん離れしていない心配性のススキダが、打ち合わせにゴミのようにくっついてきたが、今は奥さん一人でできるようになった。
おそらく私の教え方がうまかったからだろう(嘘。奥さんが勉強熱心だったから)。
よどみなく打ち合わせができるようになった。

1時間弱の打ち合わせが終わって、コーヒーを飲んでいたとき、ススキダの奥さんが「ブライアンがMさんのこと気に入ったみたいですよ」と言った。

ブライアンというのは、ススキダ夫妻の娘さんの旦那だ。
カナダ人。
バンクーバーで、警察関係の仕事をしているという。

昨年、ススキダ夫妻と忘年会をしたときに、娘さん、ブライアン、クリス(子ども)の3人も同席したのである。

ブライアンは、日本語の聞き取りは、半分程度はできた。
そして、私も英語の聞き取りは、51パーセントはできる。

だが、日本語表現、英語表現になると、お互いが33パーセント程度しかできないから、最初は意思の疎通が難しかった。
しかし、国は違っても同じ人間である。
どこかで、思考方法が合致することがある。

最初私が、ビートたけし名人の物まねをしたら、ブライアンが、大きなどツボにはまって、笑いが止まらなくなった。
それを見た私は、「なんて日だ!」やら、「トゥース」「アイ〜ン」「かい〜の」「欧米か!」「オッパッピィ」「フライング・ゲット」などを立て続けにブライアンに放り投げた。

すると、ブライアンは笑い転げ、最後は「ヘルプ」と涙を流しながら、両手で腹を押さえた。

それで何かが繋がったようで、細かいニュアンスはわからなくとも、ブライアンと会話ができるようになった。
お互いの前にあった透明な壁が消えて、ブライアンの空気と私の空気が混ざり合うようになった。

ブライアンは、知的な目をしていた。
警察関係の仕事と言っても、おそらく警官ではない気がした。
細かいことを聞けば教えてくれたかもしれないが、私はその手のことを聞く趣味がないので、聞かなかった。

ブライアンは、私のことを「サトルゥ」と呼んだ。
普通、欧米人が私を呼ぶとき「サトル」か「サトール」と「ト」にアクセントを付けて呼ぶことが多い。
しかし、ブライアンだけは、「サトルゥ」と「ルゥ」にアクセントを付けて呼んだ。

皆さんはもうご存知だと思うが、私は根がひねくれ者なので、変な呼ばれ方をされたことが嬉しくて、一方的にブライアンのことを友だちだと思うことにした。

だから、「ブラちゃん」と呼んだ。

「ブラちゃん? ホワット?」

This is a close nickname (親しい呼び方だよ)
In the words of friends (友だちとしてのね)

お互い、右手でハイ・ファイブをした。

そのとき、私はブラちゃんのことを友だちだと思ったが、ブラちゃんが私のことを友だちだと思った確信はなかった。

しかし、ススキダの奥さんに言わせると、私のことを気に入ったのだという。
「バンクーバーに来る用があったら、休暇を取って案内させてもらう」とまで言っていたらしい。

忘年会のとき、全員で撮った写真を何枚もリビングに飾ってあるというから、まるで外人ではないか。

ブラちゃんたら、まったく………。

そして、その写真の中の私を見て、ブラちゃんの1歳10ヶ月の息子、クリスが「シェー」と指さすのだという。
昨年の忘年会では、私は、クリスの前で「シェー」を10回はした。
その印象が強かったのだろう。

彼の中で、私は「シェー」ということになっているようだ。


しかし、バンクーバーは遠いな。

走って行くには限度があるし、泳いで行くほどの根性もなし。
飛ぶことができればいいのだが、私は不器用だから、キキ(魔女の宅急便)のようにホウキを乗りこなせない。
だから、バンクーバーには一生行けない。

残念なことだ。


「でも…」とススキダの奥さんが言った。
「不思議なんですよね。ブライアンは、白人にしては珍しくシャイなんです。ススキダともなかなか打ち解けなかったんですよ」

それは、ススキダの顔が、殺人的に怖いからでしょう。

「でも、もっと怖い外人の犯罪者の相手をしているんですよ。ススキダなんて、可愛いものです」

それは、見解の相違ですね。


しかし、私には、それは理解できます。
私も同じように人見知りなので、人見知り同士が化学反応を起こしたのでしょう。
いわば、同じ「人見知り国」の人種です。

きっと、そうです。

私がそう言ったら、ススキダの奥さんが、突然デヴィ夫人になった。

「Mさんが、人見知りだなんて、オーホッホッホッホ!! 冗談でございましょう!」



かなり、傷ついた。



2014/03/17 AM 08:37:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

25パーセントのジョーク
親バカ、だということをお断りしておきます。

先週、高校3年の娘の卒業式があった。

クソつまらない卒業式だった。
呆れるほど長い、内容のない校長のスピーチ。
PTAや来賓の型通りのスピーチ。

学校側から言わされた感満載の在校生の送辞と卒業生の答辞。

なんじゃこりゃ!
私の嫌いな「儀式そのもの」ではないかい!

と思った。
犬のクソを投げつけてやろうかと思ったほどだ。

しかし、このクソつまらない卒業式でも、最後の卒業生たちのコーラスを聴いて、バカ親父は泣いてしまうのである。

娘が産まれたときから幼稚園、小学校、中学校、高校時代を回顧して、目から水が出てしまうのだ。
娘がその姿を見ていたら、確実に中村俊輔選手のフリーキック並みの蹴りが私のケツを襲うであろう。

「ウザいんだよ、おまえは!」

キャイ〜〜〜ン!


この日は、娘の卒業式とヨメの250歳の誕生日が重なるという偶然もあった。

ヨメには、崩壊したパソコン・ラックの代わりに新しいものをプレゼントし、娘には、合格祝いに自転車をプレゼントした。
そして、豪華カニづくしの食卓。

二人から「ありがとう!」と、両肩をグーで殴られたとき、充足感が俺の心を満たした。
俺、マゾヒストではないのに、その痛みは、とても心地よかったぞ!


そんなことがあった2日後、頻繁に我が家にメシを食いにくる高校3年の娘のお友だちのお父さんから、突然電話がかかってきた。

なんだよ、この忙しいときに!

「いつも娘がお世話になっています。美味しい夕ご飯を食べさせていただき、娘はいつも感激しています」という歯の浮くようなことを言われ、私の背中は鳥肌が充満した。

私は、産まれたときから、褒められたり感謝されたりするたびに、全身に鳥肌が立つという特技を持っていた。
だから、このときも鳥肌が立った。

しかし、私の鳥肌が見えない娘のお友だちの父親は、快活な口調で言うのだ。
「私どもとヤマグチさんのご両親で、日頃のお礼に、カホさんのご両親を招待して、ホテルで会食をしたいと思うのですが、いかがでしょうか」

私は、人様の奢ってやるという申し出を断るような失礼な男ではない。
ただ、一つだけ例外があった。

初対面の人に奢っていただくことは、ご遠慮申し上げている。
私は、病的なほどの人見知りなので、初対面の人と会食などしたら、緊張で食ったものをリバースするかもしれない。
そんな醜態を人様に見せたくないので、お断りしている。

だから、娘さんたちに夕飯をごちそうするのは、私の趣味です。私の勝手な趣味で感謝されても困りますので、お気遣いは無用です。お言葉だけ、有り難くちょうだいします、と辞退申し上げた。

相手は納得してくれたが、次の日、今度はヤマグチさんから電話があった。

「失礼を承知でお願いします。どうか一緒にお食事を」とかなり強引に頼み込まれた。
「カホさんは、稀に見るいいお嬢さんです。カホさんとお付き合いしていれば、親としてこれほど安心なことはありません。そんないいお嬢さんを育て上げたご両親にお目にかかって、子育てのことなどを伝授していただきたいのですが」

全身に、鳥肌が立った。

私は、自分が褒められた場合、その言葉とは逆のことを考えるタチである。
まともな大人が私を見たら、必ず「こいつはバカだ」と思うはずだ。
そう心では思っているくせに、私を褒めるのは、それは嘘をついているに決まっている、と私はいつも判断しているからだ。

ただ、私の子どもたちやヨメのことを褒められた場合は、それを素直に受け止める。
単純に、嬉しいからだ。

だから、今回、娘のことを褒められた私は、「あ、ありがとうございます。恐縮です」と礼を言った。

「では、わたくしどもと食事を」と言われたが、それとこれとでは、話が違う。
初対面の人とのディナーは、そのあとに謎解きをしなければいけないから嫌だ。

しかし、強行に断るのも失礼な気がした。
だから、会食ではなく、いつか他の子たちも呼んで、バーベキューパーティをどこかでしましょう。その場合は、割り勘でお願いします、と言った。

すると、ヤマグチさんが「ああ、カホさんがいいお嬢さんに育った理由が、今わかったような気がします。お父様の教育が良かったせいですね。今度、バーベキューパーティで、それを聞くのが楽しみになりました」と言った。

全身に、鳥肌が立った。

これ以上電話が長引くと、失神してしまうかもしれないので、「ああ、来客のようです。申し訳ありませんが、失礼します」と言って電話を切った。
唐突に切ったので、相手は不審に思ったかもしれないが、これが限界だった。


私に、立派な教育方針などない。
ただ、叱らず怒らず、「自分が嫌な思いをしない」ように、自分勝手な育て方をしただけだ。

うちの子たちが、いい子になったのは、彼らが「いい子になる素質」を持っていたからだ。
私はただ、金を払って子どもを成長させただけ。

二人の子どもを大学に進学させたことは、私にとって、エポックメイキングなことだが、そんな誰もがやっていることでうぬぼれるほど、私は自信家ではない。

金の工面には苦労したが、それは親の事情であって、子どもには関係ない。
その苦労を子どもに悟らせないのが、私の役目だ。
(とは言っても、子どもたちは、我が家がビンボーなことは、なぜか幼少の頃から気づいていた)

そして、最近もっとも気を使っているのが、確実に私より長生きをするであろう、ヨメや子どもたち、オンボロ・アパートの庭の段ボールに住み着いたセキトリ(野良猫)に金を残すこと。

これは、かなり困難なことなので、根性なしの私は、こんな手っ取り早い方法を考えた。


今かけている生命保険の死亡時保険金を増額することだ。

そして、うまいタイミングで、持病の不整脈をこじらせて、心臓が止まる、という結末。


まあ、25パーセントは、冗談ですけど…………。



さて、今夜は徹夜。

そして、明日は、娘の大学合格祝いで、家族揃ってディズニーシー1泊旅行に行く予定だ。

まだ保険金の増額をしていないので、ここで不整脈をこじらせ心臓が止まったら、困る。


だから、不整脈よ。
どうか暴れないでいただきたい。


俺は、まだ死にたくない!
(矛盾してる?)




2014/03/12 AM 08:32:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | [子育て]

心臓がマヒマヒ
私は、東京ディズニーランドには、興味がない。

千葉にあるのに、「東京」とつける神経がわからないからだ。

それなら、ギターを弾きながら渋い声で歌う40代の男は、みな福山雅治氏ということになってしまうではないか。
小太りで、「やばいよ、やばいよ」が口癖の50代は、みな出川哲朗師匠になってしまう。
あるいは、東京ドームで、MCなしで2時間半、キレのある踊りとともに歌い続ける30代の女性は、みな安室奈美恵先生になってしまう(そんな人ほかにはいない?)。

あそこを東京というのなら、埼玉県秩父市だって、東京に接しているのだから「東京」を名乗ってもいいのではないだろうか。
だいいち、どんなに出来の悪いGPSだって、あそこを「東京」と表示することはないだろう。

別に、それは千葉県が悪いわけではなくて、株式会社オリエンタルランドの戦略がエグかっただけだとは思うが。


ただ、そうは言っても、私がディズニーランドに行ったことがないかと言えば、軟弱な話だが、あるのである。

ディズニーランドがオープンしたての頃、ヨメに「『みんな』行ってるんだから、行かないとみっともないわ」と押し切られて、開園2ヶ月後に行ったのだ。

そして、息子が4歳のとき、「やっぱり、この子もディズニーランドに行っとかないと、他の子と話が合わなくなるわ。行くべきよ」と突っ張り、押し切られて行くことになった。

娘が4歳になったときも、「女の子は、ディズニーが好きなのよ。これは行かせるべきだわ」と、がぶり寄りで押し切られた。

ただ、息子も娘も、それほど感動した様子はなかった。
息子などは、イッツ・ア・スモール・ワールドの音楽が予想以上にでかかったのに驚いて、それがトラウマになり、「ディズニーランド、うるせえ!」と、それ以降、否定的な態度を示すようになった。

娘も「ただのでっかい遊園地だろ。(値段が)高すぎるだろう」とあまり興味を示さなくなった。
だから、娘は、お友だちに誘われても断ることを繰り返していた。


しかし、今回、ヨメが「Kちゃんの合格祝いに、ディズニーに行きましょうよ! 一泊しましょ!」と提案してきたのだ。

いや、合格祝いは、もう大阪で串カツ三昧をしたからいいのでは、と私が言うと「だって、私がしてない! あれは2人だけじゃない!」と抗議された。

あのとき、一応、ヨメと息子を誘ったのだが、「夜行バスなんて貧乏臭い。面倒くさい。ホテルに泊まりたい。ホテルに泊まれないならイヤ!」と断固拒否したのは誰だ?

2回も合格祝いをするほど、我が家は裕福ではない。
それに、俺はいま抜群に忙しい。
無理だ。

普通なら、ここで話は終わるはずだったが、ディズニーランドに否定的だった息子と娘が、突然「行ってもいいかもね」と方向転換をしたのである(ヨメが根回しをしたのかもしれない。あるいは、火縄銃で脅されたか)。

あらら!

我が家は、民主主義の家庭である。
国民の選挙で選ばれたわけでもないご老人たちが、13億の民を拘束するという横暴さとは無縁の集合体だ。
他国に勝手に侵攻し、武力で政権を揺さぶろうとする、思い上がった雨路国とも違う。

3対1。

多数決は、尊重しなければいけない。
多数決は、民主主義の基本だ。

だから、わかった、と言った。

しかし、いま俺は抜群に忙しい。
この状態でディズニーに行くには、丸一日徹夜をしなくてはならないであろう。

もしかしたら、ディズニーランドで私の心臓がマヒマヒして、倒れてしまうこともありうる。
そのときのために、君たちにはAED(自動体外式除細動器)の操作を憶えてもらいたい。

できるか、と聞いた。

すると、娘が「学校で習ったぞい」と言い、息子も「高校で習ったな」と言ったあとで、ヨメが「去年、市の講習で習ったわよ」とDカップの胸を張った。


あんらまあ!


使い方を知らないのは、私だけだったのか。
幼い頃から「神童」と呼ばれ、知らないことは何もなかった私にも、できないことがあったとは。
これは屈辱だ。

早速、どこかで講習を受けることにしよう。


ということで、ホテルを予約し、ディズニーランドに行くことになった。
(3月13日の予定)

しかし、ヨメから「『ランド』じゃなくて『シー』だからね」と言われた。

ランドでなくて、シー?

何じゃ、そりゃ?
シーって、「彼女」のことか?

ヨメの発音は、明らかに [ ʃ iː ] (発音記号)にしか聞こえなかった。

ん?
ランドではなく、彼女?

「だからぁ! 彼女じゃなくて、シー[ ʃ iː ] だから!」

発音が違うが、聞いているうちに、それは「ディズニーシー」のことを言っているのだな、と突然理解した(理解が遅い?)。

でも、本当は「シー」は、 [ siː ] なんですけどね。

そう言ったら、娘から「おまえ、嫌みなやつだな」と非難された。

そして、ヨメと息子からも「うん、嫌み、嫌み!」と非難された。

非難の嵐。



心臓が、マヒマヒしてきた。


3月13日に、私の心臓が止まらないことを祈る。



2014/03/06 AM 08:45:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

希望の轍で お題目
桑田佳祐氏と宗教の関係について語りたい。


だが、その前に、仕事が忙しいことも語りたい。

今まで月に2回だった浦和のドラッグストアの仕事が、今年から毎週になった。
毎週だと途切れがない気がして、忙しく感じる。

他に、テクニカルイラストの達人、アホのイナバが不定期に持ってくる同人誌の仕事が来た。
今回も原稿が2件間に合わないというので、私がねつ造、いや代筆をすることになった。
テーマは、「関東のサクラ」だそうです。
図書館で勉強しなくては。

他に、稲城市の同業者から、画像の切り抜きと地図のトレースの仕事が大量に来た。
まともにやっていたら、おそらく一日の睡眠時間は3時間以下。

しかし、今年は頼もしい援軍をポスティングで獲得したのだ。

高校3年の娘である。
我が娘は、小学2年のときからMac G3を使って、フォトショップ、ペインターでお絵描きをしていた。

夏休みや冬休み、春休みになると、私の隣で、仕事部屋の余ったMac G3を毎日飽きずに、5時間以上動かしていた。
そして、小学5年のときには、私が習得まで丸2日を要したイラストレータのベジェ曲線を、いつの間にか会得していたのである。
同じ小学5年のときには、教えてもいないのに、ホームページも作れるようになった。

結局は、「環境」が一番重要だということだろうか。

その娘は、大学合格が決まったあと、スーパーのアルバイトをする予定だったが、私が土下座をして、仕事を手伝ってください、と言ったら、快く(両腕を組み上体を反らせながら)「手伝うことに、やぶさかでない。ギャラをたんまりくれるのなら、やることに、やぶさかでない」と答えてくれた。

親孝行な娘である。
画像の切り抜きとトレースは、娘に任せることにした。
これで、睡眠時間4時間半は確保できそうだ。

しかし、ホッとしたのもつかの間、杉並の建設会社の顔でか社長から、「俺の知り合いの仕事してくれねえかな」と、絶対に断れない雰囲気で仕事を押し付けられた。

「レンタルボックス、レンタルコンテナの会社でよお。今まで、やっていなかったんだが、会社の看板をアッチコッチに立てようって話になってよ。あんたのことを話したら、是非って言うもんだから………なあ、できるよな!」

は、はい!
できるでございます。


という経緯があって、相手の会社に行ってきた。

場所は杉並区高井戸。
自宅で営業しているらしい。
ご主人、奥さん、息子さんの3人で経営している家族会社だ。

顔でか社長とは、どのようなお付き合いを……というような話は、私は絶対に聞かない。
興味がないからだ。

自己紹介のあと、早速仕事の話を始めた。
コンテナボックスを設置してあるのは、都内2カ所。
今は、幟を立てているだけなので、それを見栄えのいい看板にしたい。

そして、環八通りにも2つ看板を立てたいというご要望だ。
「急ぎでお願いします」と言われたが、最低2ヶ月はかかります、3ヶ月かかる場合もあります、と答えた。
すると、ご主人は、少し落胆したような態度を示したが、奥さんと息子さんは、にこやかに「まあ、それくらいはかかるでしょうね」と頷いてくれた。

第一印象としては、穏やかで気配りのあるご家族だな、と思った。
顔でか社長とは、真逆なような感じがしたが、それは、どうでもいいことだ。

私は人様の家の中を無遠慮に見ないようにしているのだが、つい目に留まってしまったものがあった。
ある宗教の大先生が、奥様らしき人と映っているお写真である。

おそらく、その宗教を信心してらっしゃるのだな、と推測した。
ということは、我がヨメと同類ということになる。

ヨメは、物心ついた頃から、両親の影響を受けて信心したというから、筋金入りの信者と言っていい。
片や私は、目に見えないものに手を合わせることができない「罰当たりもの(亡くなったヨメの母親が絶えず私に言っていた)」だ。

人が何を信じようが、私は何も言わないが、逆に、人様が私に無理やりに「信じろ」と喧嘩を売ってきたら、断固戦うというポリシーを持っている。

我がヨメは、私のそんな性格を熟知している「大人」だから、何も言わない。
それは、とても、ありがたいことだ。

話が、それた。
私の目の前に、慈悲深いお顔が3つ。

和やかに仕事の話は進行し、見積書を提示するところまで行った。
「一日だけ、検討させていただきます」と、ご主人に言われたので、承知しました、と答えた。

そのとき、サザン・オールスターズの「希望の轍」が、壁のスピーカーから流れてきた。

家に入ったときから、音楽が流れていたのには、気づいていた(おそらく有線?)。
曲はサザンばかりだった。

そして、名曲「希望の轍」。

この曲は、私の大学時代の友人シバタ(通称ハゲ)が、喉頭がん手術で入院していたとき、たいへん勇気づけられた曲で、ハゲは、カラオケでこの歌を号泣しながら歌うという。
「この歌がなければ、俺は心が折れていただろう」とまで言うほど彼にとって大事な歌なのである。

だから、私にとっても、これは大事な歌だ。


その大事な歌が流れはじめたとき、私は信じられない光景を見た。

三人家族が、手を合わせ、小さな声でお題目を唱えはじめたのである。

ありえない、と言っては、ご家族に失礼にあたるので、何か理由がおありになるのだろうな、と推測した。
しかし、私には、その理由を聞く勇気がない。

いきなりお題目を唱えはじめたご家族に「どうしましたか?」と聞けるほど、私は勇者ではないし、「あの子は、大事なときには必ず転ぶんですよ」と言えるほど、私は白痴的に無神経ではない。

居心地の悪い心を、無理やり落ち着かせながら、お題目が終わるのを待った。
予想していたが、「希望の轍」が終わったら、お題目は綺麗に終わった。

そして、「ミス・ブランニュー・デイ」。

奥さんが、何事もなかったように、「ああ、コーヒー新しくしますね」と席を立った。
ご主人は、「Mさんは、スリムで羨ましいですねえ。私と息子は、何を食べても太ります。食べなくても太ります。いやあ……羨ましいですなあ」と目を細くして笑った。

私が、ランニングが趣味で、夢の中でも走ってますから太れないんでしょうね、と言うと、コーヒーを運んできた奥さんが「ガハハ」と笑い、つられるように、ご主人と息子さんが「ガハハ」と笑った。

2014年現在の日中韓の状況とは真逆の友好的な雰囲気のまま、客先をあとにした。



自転車に乗っている間中、お題目が頭の中を駆け巡った。

俺、まさか、洗脳された?


しかし、なぜ「希望の轍」でお題目?


知っていらっしゃる方がいたら、ぜひ情報をいただければ……と。




2014/03/01 AM 08:45:00 | Comment(2) | TrackBack(0) | [Macなできごと]



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