Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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3割の男
あらためて「友」と言ってしまうと照れる。

だが、そうとしか言いようがない友がいる。
頻繁に電話をかけたり、会って長話をすることもない。
ただ、そこにいるだけでいいと思える「やつ」。

尾崎のことだ。


「おまえの意見が聞きたい」と尾崎の声を真似て電話をかけてきたのは、尾崎の妻の恵実だった。
最近は、このパターンが多い。

照れもあるのだろうが、尾崎自身、意外と恵実の尾崎真似が気に入っているのかもしれない。


尾崎なじみの居酒屋が、待ち合わせ場所だった。
場所は中野。
普段は5時半が営業開始らしいが、その日は4時。
尾崎が店主に頼み込んだのだろう。

つまり、本当になじみの店。

当然のことながら、客は尾崎と私だけだ。

10畳にも満たない小さな店だ。
店の奥に、壁をくりぬいた形の小さな個室があるが、それは、おそらくカップルか小家族のためのものなのだろう。
そこだけが異質な空間となっていた。

私たちはカップルではないので、カウンターに座った。

カウンターに座る前に、私の父の葬儀に参列してくれたことに感謝の意を表した。
すると、’尾崎が珍しく私の目を真っすぐに見て言った。

「俺は、お前の葬儀だったら行かなかったろうな。行ってしまったら……俺が壊れる」


尾崎とは、30年前、新潟長岡駅の待合室で出会ったのが最初だった。
「帰りの電車賃が足りなくなったんで、これを買ってくれないか」とペリカンの万年筆を私に差し出した男が尾崎だった。

貧相な顔で眉間に皺を寄せて頼む姿に腰が引けたが、旅では何が起こっても不思議はない。
だから、買った。

それ以来の付き合いだ。

そのとき尾崎は、20代前半の若さだったが、死んだ母親の跡を継いで、中野でコスメショップを経営していた。
死神のような顔の男が、コスメショップ。
ミスマッチも甚だしいが、その落差の激しさが気に入って、酒を飲む仲になった。

ただ、尾崎と酒を飲んでも会話が弾むということはなかった。
1時間近く話さないこともあった。
だが、それでも尾崎との酒は、私にとって居心地のいいものだった。

だから、いまも続いている。

尾崎のことは、よく知らない。
そして、尾崎も私のことは、よく知らないはずだ。

おそらくお互いが相手のことを3割程度しか知らないだろう。
だから私は、尾崎のことを密かに「3割の男」と呼んでいる。

その3割の男が言った。
「医者が、胆のうを切るって言っているんだが」

胆石か。
いつから胆石と友だちだったんだ。

「20年以上前だな」

これで、尾崎のことを、また少し知ることができた。
確実に3割を超えた。

奥さんには言ってあるのか。

「おまえが先だろう」

わかった。
じゃあ、切れ。

「そうか。そう言うとは思ったが…」
尾崎が、バランタインのロックを飲み干した。
珍しくペースが早い。

怖いのか。
切られるのが。

グラスに残った氷をカラカラと回しながら尾崎が「まあな」と、乾いた声で言った。

喧嘩は無敗だが、切られるのは怖いか。
これで、また尾崎の情報が一つ増えた。
こうやって、私たちは、年とともに4割に近づいていくのかもしれない。


だが、5割に近づく前に、俺たちはきっと………。


見舞いには行かないぞ、と言おうとしたとき、店の戸が開いた。

入ってきたのは、恵実と子ども二人。

お互い会釈を返した。

恵実に手術を報告するつもりで、時間をずらして呼んでおいたのだろう。
時刻は、5時前だった。

そうなると、私はお役御免ということになる。
尾崎も私がいない方が、恵実に説明しやすいだろう。

腰を上げた。

恵実が「終わりましたか」と言った。

尾崎にとっては、始まりかもしれませんが、と答えた。

恵実は、「それは怖いですね」と笑ったあとで、子どもたちの前にしゃがんで、二人に耳打ちをした。

二人の子どもに手招きされて、私もしゃがんだ。
水穂と里穂が両頬にキスをしてくれた。

二つの頭を両手で撫でた。
そして、店を出た。



頬に、心地よい感触が残っていた。

頬にキスの余韻を感じながら、見舞いには行かねえぞ、と呟いた。




歩きながら、俺も思った。


尾崎がいなくなったら、俺もきっと壊れるに違いない、と。




2013/10/31 AM 06:06:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

みのさんローラさんタモさん
まとまりのない話だということを最初にお断りしておきます。


7年前に、家族で鬼怒川温泉に行ったとき、息子が、旅館の部屋の障子に穴を開けたことがあった。
大きな面積ではなく、2カ所、小さな穴をあけた。

旅館を出るとき、正直に申告したら、補修費用として2千円請求された(1穴千円というザックリ計算?)。
ヨメは、いまだに、そのことを根に持っていて、「あんな旅館、二度と行くもんか!」とお怒りである。

「正直に申告して損をした。申告していなかったら、金を取られることはなかった」と言うのである。

それに対して私は、旅館の財産を損害したのだから、金を取られるのは当たり前、と言った。
ただ、ごく小さな面積の穴を開けただけで、2千円は正直高いな、と思った。

部分的に張り替えればいいだけのことだから、精々が千円だろうな、と私が言ったら、ヨメは「そんな問題じゃない! 客商売が、あれくらいで金を取るな!」と、さらにお怒りになった。

しかし、未成年の息子がしたことの責任は、親にある。
修理代を支払うことは、親として客として、当然のことだ。

私は、今も、そう思っている。
(2千円は、法外ですがね………修理したあとで、実費を請求されたならヨメも少しは納得したかもしれない)


一昨日の同業者との飲み会の席で、みのもんた氏の子どもが罪を犯したという話題が出た。

私以外の全員が、「息子の犯罪に関しては親に責任がある。みのもんたが謝罪をするのは当然」という意見だった。

しかしですよ、30歳過ぎの定職を持った男は、独立した存在ではないのか。
親は、関係ないだろう。

たとえ同居していたとしても、成人で定職をもった子は、「分離した家系」ですよ。
その「分離した家系」が起こした犯罪まで、親が謝罪することはなかろう。
それは「親の責任」を拡大解釈している。

迷惑をかけた相手に親が謝るのはありかもしれないが、世間や芸能レポーターに謝る必要はない。
釈明できない状況を作って、問答無用で謝らせるのは、いじめだ。

みのもんた氏は、普通に仕事を全うすべきだ。


しかし、そんな私の主張は完全に無視されて、そのあと、私は知らなかったのだが、タレントのローラさんの父親が何かやらかして逃げているという話題が出た。

それに対して、ほとんどが「ローラに責任なし。同居していない親の犯罪は、子どもには関係ない」という意見を述べた。

しかし、一人だけ異を唱えた人がいた。

個人情報は控えるが、昔は「16の頃からゼロハンに乗って、世間をブイブイいわせていた」「高3のとき退学を食らった」「不良がやることは、ほとんどやった」「悪そなやつは だいたい友だち」だったが、現在は温厚になって、妻一人息子二人の家族がいる、今年47歳のカマタさんだった(全部バラしてしもた)。

「子どもにだって親の不始末の責任はある。子どもが何も知らないわけがない。それなのに、毎日テレビに出て、ヘラヘラしているのは反省がない証拠だ。本気で謝れ、謹慎しろ」と、カマタさんは言うのである。

彼の「黒歴史」が、かいま伺えるような、見事な巻き舌で啖呵を切る姿に、座のみんなが引いた。

お馬さん(人類史上最も馬に激似の男)などは、泣き出しそうな顔をしていた。
ヒヒ〜〜〜〜ン!

だが、「悪そな友だち」も「死にそな友だち」もおらず、「うまそな百円カレー」か「マズそな学食」しか知らなかった私は、その程度のことでは怯まない。

カマタさんに対して、私は叫んだのである。


ローラの太ももが見られないテレビなんて、何の価値があるんだ、バカモノぉー!
ローラの太ももと親の犯罪は、何の関係もないんだぞぉ、バカモノぉー!
太ももに罪はないんだぁ!


しかし、そんな私の叫びは、同業者の長老・オオサワさんの「Mさんの太ももネタは、もう飽きたよね」という正しい議論の正論にかき消され、消化不良に終わった。

だが、一応、何か抵抗しておこうと思って、私は右手を振り上げた。

太ももが、いいともー!


すると、同業者が「笑っていいとも、終わるんだよね。残念だよね」と食いついてきたのである。

「残念だよね」
「永遠にやって欲しかったよね」
などなどと郷愁に浸る同業者たち。

しかし、去年の今ごろ、こいつらは「なんだよ、まだやっていたのかよ!」「もうマンネリだよね」「痛々しいね」と言っていたのではなかったか。

私ひとりが、タモさんの芸は、「引き出しの芸」という高度なものなんだよ。彼が楽しむ姿を見ることで、まわりの人が楽しいという感情を「引き出される」んだ。
それは、他人を貶したり下品なことを言って口先だけで笑いを取る芸より、遥かに上品で高等な芸なんだ。あの域に達している人は他にいない。

関根勤氏が同類だが、彼は脇役でタモさんは主役だ。
あの芸を主役で30年以上続けるのは、大変なことだよ。
それは、評価されていい、と熱弁した。

それに対して、「それは買い被り過ぎだ」「運が良かっただけだ」「彼は何もしていないよ」と全否定したのは、お前らじゃないか。

それが、残念だよねえ、だあ?
調子よすぎないか!

「でも、Mさんは、『笑っていいとも』は、まったく見ないんだよねえ。見ない人が言っても説得力がないよね」
「そうそう」

風向きが悪くなったので、私は貝になった。
貝になった私は、ジョッキを傾け、「活き貝3点盛り」を頼み、一気食いをした。

味が気に入ったので、お代わりを頼もうとして店員を呼んだ。

「活き貝3点盛り」を頼んでもいいかなー?

すると、3、4回来て馴染みになった女性店員が見事な困り眉を作って「いいともって言わなきゃダメですか」と、半笑いの迷惑顔で言うではないか。
もしかしたら、この居酒屋では、「いいとも!」が再ブレイクして、店員がその余波をかぶっているのかもしれない。


ああ、すみません。
「活き貝3点盛り」をぜひ、お願いいたします!


「いいともー!」


結局、言うのかよ!





2013/10/26 AM 07:46:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

あたためますか
「ガラケー」という言葉がある。
よく使われている言葉だ。
だが、私は恥ずかしいことに、いまだに詳しい意味を知らない。

「ケー」は、携帯の略だろうということは想像がつく。
しかし、「ガラ」がわからない。

ただ、「スマートフォン」に対しての「ガラケー」ということを知っていれば、言葉の意味まで知らなくても不便はないので、ネットで意味を調べることはしない。


他に「NAVERまとめ」というのも、よく目にするのだが、これもわからない。

おそらくNAVERさんが、何かをまとめてくれたのだろう、と推測しているのだが、そのNAVERさんが誰だか、いまだにわかっていない。
わからなくても不便はない。


よそ様のブログに、たまに「DQN」という言葉が出てくる。
話の流れからすると、どうやら悪口のようなので、それなら意味を知る必要がないと思って、そのままにしている。


我が家の二人の子どもは使わないのだが、何年か前から、「ww」というのを文末につけるメールやブログ、ツィッターなどを見かけることが多くなった。
最初は、打ち間違いだろう、と思っていたら、たまに、いい年をしたオッサンまで、メールに「ww」をつけてくるようになった。

これなども、あまりいい意味として使っていない気配があるので、知らないままにしている。


先週の金曜日、テクニカルイラストの達人・アホのイナバから、「小金井公園でランチしませんか」という気持ちの悪いメールが送られてきた。

気持ち悪いことが決して嫌いではない私は、コンビニで適当に総菜を調達してこい、飲み物とレジャーシートは、俺が持っていく、という返信メールを送った。

中央線武蔵境駅で、イナバのベンツに拾ってもらって、小金井公園に行った。

想像して欲しい。
いい年をした男が二人、公園の木陰で、レジャーシートの上に座っている姿を。

吐き気が、しそうではないか。

だから、吐き気がする前に、それを抑えるためにクリアアサヒを飲んだ。
イナバは、車なので、日本茶だ。

「広いところだなあ」とイナバ。
イナバは、小金井公園に来るのは初めてである。
つまり、ビギナー。

それに対して、私は200回は来ているベテランだ。
あるいは、マエストロと言ってもいい。

そのマエストロである私に、イナバが聞いてきた。

「この公園は、東京ドーム何個分なんだろう?」

知らない。
俺は、東京ドームの広さを知らない。
小金井公園の広さも知らない。
だから、わからない。

「ネットで調べましょうか?」

広いって思っただけでいいんじゃないか。
いちいちネットで調べるのは、脳の退化のもとだよ。
そんなこと知ったからって、公園の印象が変わるわけでもないしな。

「まあ、知ってても意味ないもんなあ。東京ドーム1個分って言われても、でかいんだな、くらいしか思わないし。むしろ卓球台何個分って言ってくれた方が、わかりやすいよね」(余計わかりづらいわ)

俺なんか、姚明(ヤオミン)が歩いて、東西何歩、南北何歩って言ってくれた方がわかりやすいんだがね。

「ヤオミンって誰ですか?」

ヤオカワ ミンノスケのことだよ。
NBA(米バスケットボール)の選手だったが、その昔、歩いて日本地図を作った、あの伊能忠敬の一番弟子でもあるんだ。
彼は、一歩を正確に1メートルで歩くことができるんだ。
歩く「メートル法」とも呼ばれている男だ(何のこっちゃ)。

「ああ、それは偉い! すごい人だなあ!」

相変わらず、ピュアな男である。

私のように、精神も財布もプアな男はダメだ。
イナバを見習わなければならない。


しかし、イナバ君。
このサラダは、味が変だよね。
というか、野菜の歯触りが変だ。

イナバが買ってきた総菜は、唐揚げ、餃子、おにぎり、フライドポテト、サラダだった。

サラダには、レタス、キュウリ、トマト、コーン、ツナが入っていた。
そのレタス、キュウリ、トマトの食感が、完全に死んだ状態だった。
コンビニのサラダって、こんなにまずかったっけ。

イナバが言う。
「店員に、『温めますか』って聞かれたんで、全部お願いしますって答えたんだけど、サラダは温めない方が良かったかな」

イナバもすごいが、その店員もすごいな。
何の疑いもなくサラダを温めてしまうなんて。

サラダも温めるんですかって聞かれなかったのか。

「いや、後ろを向いて、なんかスマホで調べていたみたいだったよ。『おお、そうか』とか言っていたから、納得いくことが載っていたんだろうね。冷たい野菜が苦手な人は、レンジでチンしてもいい……とか」

しかし、冷たい野菜が苦手なら、そもそもサラダなんか買わないと思うが。


「ああ、それもそうかあ〜、ギャハハハハーーーーーハーハハハハハ!」


無限のアホ笑い。

アホ笑いが収まった3分39秒後に、イナバが言った。

「そう言えば、Mさん、髪染めた?」

いや、俺は、昔から真っ黒だったよ。

「ああ、そうだったよねえ。じゃあ、俺の知っている白髪のオッサンは、誰だったんだろう?」

ああ、あのイケメンの白髪のオッサンだな。
3ヶ月もすれば、戻ってくるんじゃないかな(白髪染めの効力は、その程度だろう)。
戻ってきたら知らせるから、と言って私はiPhone 5sを取り出した。

「ああ、それ、ファイブエスじゃないですか!」

よくわかったな。
そうなんだよ、ファイブエスなんだよ。

「実は俺もファイブエスにしたんですよ」と言って、イナバが取り出したのは、ゴールドだった。

私のは、シルバー。

負けた。
イナバに、負けた。
完敗だ。

そう呟いたら、イナバが「乾杯?」と言って、日本茶のペットボトルを私のクリアアサヒに近づけた。


カンパ〜イ!


クリアアサヒと日本茶で乾杯をした。



私たちの脳も温めた方が、いいんじゃないだろうか。



2013/10/21 AM 06:01:58 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

アベノミクスを不真面目に考える
「貧乏臭いよね」と言われたのは、先週の金曜日のことだった。

大学時代の友人カネコの娘、ショウコの家にベビーシッターに行ったのだ。
そのとき、ショウコから「サトルさん、最近特に貧乏臭くなったよね。きっと、その白髪のせいだよね」と言われた。

君は、日本語の使い方を間違えている。
貧乏臭い、ではなく、ビンボーだ。
これが、正しい。

「でもねえ、愛する娘のKちゃんが、この間、言っていたよ。『パピーは、白髪を黒く染めたら、ガイコツから人間に昇格できるのにねえ』って」

あとで、娘にそのことを確かめたら、言い分が違っていた。

「オレは、そんなことは言っていない」(娘は、自分のことを家では『オレ』と言う)

そうだよねえ。

「オレが言ったのは、こうだ。
『ガイコツの標本』から、人間に昇格できるのにねえ」

どうも、ありがとうございます。
光栄です。


「だから、白髪を染めようよ」とショウコ。

しかし、俺はなあ、白髪染めを使うと、かぶれるんだよな。
いや、かぶれるどころか、顔まで腫れてしまって、竹野内豊と瓜二つの顔が、松村邦明になってしまうんだな。
無理無理。

「だから、これをね」と言って渡されたのが、マロンなんとか、と書かれた箱だった。
手に取ってみると、髪染めと書いてあった。

ショウコは、俺を松村邦明氏にするつもりなんだな。
まあ、3日間くらいは松村氏になっても構わないか。
貧相な顔が、ふくよかになるのも悪くない。

わかった、オレ、松村邦明になるよ。

「なに言ってんの! これは、ヘアカラーにかぶれる人でも大丈夫な成分でできているんだって。騙されたと思って、使ってみたら」


騙されたと思って使ってみたら、本当に騙されたァー!


……というのは嘘で、2日たっても頭と顔が腫れないという奇跡が。
しかも、当たり前のことだが、髪の毛が黒い。

久しぶりに黒い。

ということで、私は今日からホネホネ白髪おやじではなく「Skeleton Blackhair Daddy」となった。
どこから見ても竹野内豊氏ですな。

と、感動していた私に、娘が言った冷酷なコトバ。

「なんか、あまり代わり映えがしないな」

どうも、ありがとうございます。
光栄です。



その代わり映えのしない「Skeleton Blackhair Daddy」が考える不真面目な経済論。

アベノミクスは、順調なんでしょうか。

私のまわりでは、「景気が良くなったね」という人がいれば、「全然変わらないね」という人もいる。
ただ、これは当たり前の反応だと言える。
職種や家計の基本要素、家族構成などが各自違うからだ。

バブルのときは、景気がいいことは、目で判断できた。
街も人もバブルを着飾っていた。
わかりやすい、絵に描いたようなバブルだった。

しかし、終わらないカーニバルはない(とアダム・スミスも言っていた。言っていない?)。
景気のカーニバルは、街も人も疲れさせる。
カーニバルのあとの疲労感は、そのカーニバルが盛大であればあるほど強いものだ。

それに対して、今の景気は、目に見えない。
だが、そもそも、景気が目に見える方が異常だ、と私は思っている。

景気がフラットなときは、街が落ち着いて見える。
それを『不景気』と言うんだよ、という人と私とでは価値観が違うが、『不景気』と表現することについては、やぶさかでない(我が家でいま流行っているコトバ)。

つまり、私の感覚では、今は、先進国として、ごく普通の経済環境を維持している状態に思える。


景気がいいか悪いかを判断するのは、統計学、経済学における種々の「指標」「マインド(意識)」らしい。

要するに、ある部分、イメージ。

「さすが、アベノミクス」と思っている人は、景気がいいと思うだろうし、「アベノミクス? 関係ないね」という人には、景気の実感がない。

その中で、マスメディアの一部は、そのイメージだけを政治家の思惑通りに喧伝する。
あるいは、マスメディアが定期的に報道する、実態を反映していない「景気情報」「GDP情報」は、政府とお役人の述べる都合のいい話だけを伝達しているように、私には思える。
マスメディアは、いつの時代も権力者たちのスピーカーだ。


ここに、「お馬さん」(人類史上最も馬に激似の男)という生物がいる、と思っていただきたい。

彼は、馬なのに分譲マンションに住み、馬なのにボルボを乗り回し、馬なのに今年の7月には家族でグアム旅行に行き、馬なのにイタリア製のスーツを着込み、馬なのにMacを4台所有し、馬なのにアルテックの大型スピーカーで音楽を聴き、馬なのに有機栽培のニンジンを食っているのである。

そのお馬さんが「景気悪いですよねえ。生きていくのがやっとですよ。もう生活のレベル落とせませんから。何がアベノミクスですか!」と言ったら、あなたはどう思うだろうか。

多くの温厚な皆様方は聞き流すだろうが、私だったら、お馬さんのケツの穴に、有機栽培の唐辛子を詰め込んで、そのケツを思いっきりムチで叩き、再起不能にしてやる道を選ぶだろう。

もちろん、嘘ですよ。


先日、極道コピーライターのススキダから、ロイヤルホストの株主優待券を10枚もらった。
5000円相当ですよ。
大金です。

そこで、ランチをいただきに、嬉々として家族4人で行ってきた。

「まさか、ロイヤルホストで食事ができるなんて、ススキダ様のおかげでございます」と、家族4人、涙を流しながらメシを食った。

全員、大感激。

ビンボー家族は、こんなことでも幸せを感じるのである。
きっと、プチ金持ち(セレブは『著名人』という意味。お馬さんは著名人ではないので、こう表現している)のお馬さんには、この感覚はわからないであろう。


話が少しそれた。

私の場合、はるか昔から暗く長いトンネルに入り込んだ筋金入りのビンボーなので、むかしは良かった、今はダメ、というのがない。

ずーーーーーっとビンボーだから、景気がいい、悪いと言っても、ほとんど実感がない。

たとえるなら、携帯の電波が届かない離島にいる感じ、と言ったらいいだろうか。


アベノミクスは、「自民党」というブランドに頼った政治家と経済界の老人たちが作る下手くそな蜃気楼みたいなもの。
遠い昔の「泡の時代」を「違う泡」で浮かび上がらせようとしているだけだ。

そして、浮かび上がった泡が金色をしていたら、ごく一部の人だけが、その金色の泡を奪いとり、一般の民は、泡とともに落とされるか、消される。
だから私は、その泡には近づかない。

ただ、アベノミクスの唯一いい点は、「未曾有の不景気だ」「日本はおしまいだ」と騒いでいた内外の経済評論家、エコノミストを黙らせたことだ。
マイナス思考のヒステリックな扇情主義のエコノミストほど役に立たないものはない。
その人たちの影が薄くなったことが、アベノミクス最大の功績だ。

しかし、その役立たずの中に、特定分野の株価が上がっただけで、「株式配当が増えた。もう日本経済は大丈夫だ」と仰っている方がいた。
もうしばらくすると、その方はきっと「再一次 泡沫的時代 安倍經濟學最高!」と唱え始めるだろう。
まあ、オポチュニズム(日和見主義)は、学者さんの特権だから、驚きませんが。


ということで、異論はありましょうが、現在のアベノミクスは、平和なビンボーを楽しんでいるビンボー人には、まったく縁がない政策だと私は思っております。

以上が10ヶ月が経過した「安倍經濟學」に対する不真面目な感想でした。




2013/10/15 AM 05:58:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

下請けのオッサン
まったくツィッターってやつは。


私は、ツィッターを否定しているわけではない。
自分でもアカウントを持っている(4ヶ月以上つぶやいていないが)。

ツィッターをする人がすごい、と私が思うところは、140文字の中でよく言いたいことが言えるものだということ。
私には、140文字で、自分の気持ちを表現できる能力はない。
だから、私のブログは、果てしなく長くなる。

ツィッターをなさる方々は、きっと頭の中の整理機能が格段に優れているのだろう。
それは私には備わっていない能力だから、うらやましい、と思う。


東京神田のイベント兼広告代理店から、年に2回程度仕事をいただく。
ここの担当者は、よく変わる。
おそらく2年に3人程度の割合で変わっていると思う。

今の担当者は、歴代の中で一番若い。
20代半ばだろうか。

顔は、歌舞伎役者の中村獅童氏に、雰囲気が似ている。
多分、自分でもそのことに気づいていて、獅童氏に似せようと思っている気配がある。
あごヒゲなどは、ほぼ一緒だ。

だから、ここでは、彼のことを「シドウ氏」と呼ぶ。

シドウ氏との仕事の打ち合わせは、1時に始まって、2時前に終わった。
そのあと、雑談。

事務所の壁に、auのポスターが2枚貼ってあった。
井川遥さんのものと、剛力彩芽さんのものだ。

それを見て、井川さん綺麗ですよね。
剛力さん、可愛いなあ、と言った。

シドウ氏も、「ああ、いいですよね。こんな人が彼女だったら、最高ですよ」と言っていた。

その日の夜、そのシドウ氏からのメールを開けた。
イベント用のチラシに使う追加画像を送ってもらう約束になっていたからだ。

画像をハードディスクにコピーしたあとで、メールを閉じようとした。
しかし、そのとき、メールの最後に、シドウ氏のツィッターのアカウントがリンクされているのを見つけた。

ツィッターには、あまり興味がないので、普段ならクリックすることはない。
しかし、そのときは、理由もなくクリックしてしまったのだ。

私の右手の人差し指は、勝手に動く生き物らしい。


「今日下請けオッサンと打ち合わせした 最後に井川遥が美人 剛力が可愛い 言ってた 井川なんか在日だし剛力はゴリ押し 無知なオッサンだわ 久しぶりに大笑いさせてモロタ」(こんなニュアンスの文だった)


二回目の打ち合わせの日。

打ち合わせが終わって、雑談タイム。
もう壁のポスターは、トヨタのものに変わっていた。

それを見ながら、在日の井川さんとゴリ押しの剛力さんのやつは、どうしたんですか、とシドウ氏に聞いた。

シドウ氏は、悪びれることなく、「ああ、読んだんですね、あれ。フォロワーになってくれました?」と言った。

いやいや、「下請けの無知なオッサン」の方が、大笑いさせてあげたんだから、それだけで十分でしょう。

すると、シドウ氏は、「意外」という顔を表現したら、こんな顔になるのかという漫画的なキョトン顔で「まさか、怒ってます?」と身を乗り出した。
そして、そのあと、椅子の背に体をもたれさせて、外人のように肩をすくめ、両手を広げた。

その仕草は、歌舞伎役者的な顔に見事に似合っていたものだから、私は、ハハハ、と笑った。

「怒ってないみたいですね」

まあ、ツィッターによる数々の事件と比べたら、平和なツィートですからね。
井川さんが在日で(本当ですか?)、剛力さんがゴリ押し(本当かよ?)という無駄な情報も貰えたので、笑って済ますことにしましょう。

シドウ氏が、意外なほど綺麗な歯並びを見せて「そうですよね」と笑った。

ただ、今日の下請け無知オッサンの話をツィッターに書くのは、やめてもらいたい。
もし書いた場合は、下請け無知オッサンが対抗措置をとるから。

笑顔のまま、「対抗措置ですかぁ〜」とシドウ氏。
「まさか、炎上させるとか? ハハ、それは無理だな。見てるやつなんか友だちだけだし」
余裕の笑顔である。


先日、御社の部長さんに、電話でこう聞きました。

御社では、勤務中にツィッターをするのは、規則として許されますか。

すると、部長さんは、「我が社では、仕事に関係のない勤務中のメールとツィッターは禁止していますが、それが何か?」と言われました。

私は、いや、参考までに伺っただけです、と答えました。


前回のツィートの時刻は、14時26分。
私が会社を出て数分後に、ツィートしていますね。
つまり、勤務中。

もう一度、部長さんに確かめてみましょうか。

私は、テーブルに両手をおいて、立ち上がるふりをした。


「削除します! すぐ削除します!」


まったく、ツィッターってやつは。



下請けの無知なオッサンをナメンナヨ!





ところで、3年近く使っていたiPhone4が昨日5sに変身した。
高校3年の娘は4sが、5sに。

「LTEが使えないと不便だ。3Gは限界だ。何とかしろ!」と娘に脅され、都民の日で休みだった10月1日に、ソフトバンクに行ってきた。
(ちなみに私はpocket Wifiを持っているので、外出先でも快適に使える)

係員に「2ヶ月待ちですが」と言われたが、それは覚悟していたので、とりあえず予約だけして帰った。

「12月まで3G回線で我慢かあ。長いよなあ、2ヶ月って。何とかならないものかねえ」と娘。

早く届くように、呪文でも唱えてみるか。

アイッフォ〜〜ンファイブエッス〜〜オモ〜テナ〜シフナッシー〜〜〜〜〜ィッ!

「アホか、おまえは!」
ケツを叩かれた。

しかし、今回その呪文が、見事に効いたのである。

2ヶ月待ちと言われた5sが、予約して8日目に我が手に。

こうなると、娘も私の神がかり的な呪文を信じないわけにはいかないだろう。

どや!

「わかった。今回の呪文に関しては認めてやることに、やぶさかでない」

やぶさかでない?
何年ぶりに聞いただろうか、その日本語。

それからはファイブエスそっちのけで、「やぶさかでない」合戦。

「今日の晩メシ作りを手伝うことに、やぶさかでない」
制服のスカートにアイロンをかけることに、やぶさかでない。
「風呂掃除の順番を変わってやることに、やぶさかでない」
クリアアサヒを3本飲むことに、やぶさかでない。
「お小遣いを2ヶ月分貰ってやることに、やぶさかでない」
その2ヶ月分のお小遣いを倍返ししてもらうことに、やぶさかでない。


もう終わりにすることに、やぶさかでない。



2013/10/10 AM 05:59:02 | Comment(2) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

棄てることに決めた
丸二日間、休むことにした。

心に、軽〜〜いトゲが突き刺さったので、それを抜くためだ。

稲城市の同業者からいただいた、2日かかるほどのボリュームの仕事は、1日で仕上げた。
極道コピーライター・ススキダからのレギュラーの仕事は、2日間、初稿を遅らせてもらうように頼んだ。

ススキダは殺人的に顔が怖い男だが、根は優しいので、事情を言うと「わかった。永遠に眠れ。目覚めなくていい」と言い、爽やかに電話を切った。
実にナイスガイだ。


一日目の休み。

家族の朝メシを作り、ヨメを送り出し、息子に弁当を持たせて送り出した。
最後は、高校3年の娘と恒例のショートコントをしたあとで、娘に弁当を持たせて送り出した。

4時40分起床。
6時35分に、家族の送り出し完了。

いつもなら、休みの日は、荻窪在住のWEBデザイナー・タカダ君(通称ダルマ)の仕事場に行って、隅っこにおいてあるソファに寝そべり、惰眠をむさぼることが多い。

だが、いまダルマの奥さんの微笑みの天使・トモちゃんがご懐妊中なので、そこは常識人としては遠慮をすべきだろう、という囁きに従って、とりあえず一旦眠ることにした。

ただ、一度眠ってしまうと、起こされなければ19時間17分眠ってしまう私は、午前10時43分に起きるように目覚ましをかけた。

目覚ましが鳴る13分前に目覚めた。
目覚めたとき、爽快感はなかったが、目覚ましが鳴る前に起きることができた、という満足感はあった。

あらかじめ用意しておいたデイパックを背負って、走りはじめた。

小金井公園。
10キロ走った。

日差しが強く、湿度も高く感じたが、ランニングの邪魔にはならない。

木陰にレジャーシートを敷いて、バッグから保冷袋に入ったクリアアサヒを取り出した。
美味さが、全身に染み渡った。

そして、この日初めてのメシ。
普通の握り飯の3倍以上はある、3倍返しの握り飯を食った。
中の具は、タラの唐揚げにタルタルソースをかけたものである。

ウメエな。
塩加減が最高だな。
(皆さん、料理の基本は塩です)

白髪ジーさん、いや、自画ジーサンしたあとで、災害用毛布にくるまって、眠りについた。

目覚めたら、空が暗くなっていた。

早いですね、一日って。
オレ、今日、眠った記憶しかないですもんね。

密かに心のトゲを確かめたら、あまり小さくなっていなかった。

オーマイガーッ!


夜、夕食のあとで、ガッキーの出るCMを見ながら、太ももを見せろ、ガッキー! と叫んだら、娘から蹴られた。
何で蹴られたのか、意味不明なんですけど……。

久しぶりに12時前に、眠りについた。


二日目。

何をしようか、と迷うことなく、あらかじめ買っておいた澤乃泉の一升瓶と花を持って自転車に乗った。
何でも良かったのだが、私は、日本酒では澤乃泉が好きなのである。

行ったのは、多磨霊園。
彼岸を過ぎていたので、人は数えるほどしかいなかった(と思う。広すぎて全部数えるのは無理)。


大学時代の女友だちの眠る墓。


それに澤乃泉をかけた。

墓に添える花は、マリーゴールドだ。
それが、墓にふさわしいものなのかは知らない。
花屋の札に「キク科」と書いてあったので、思いつきだけで買った。

墓に似合わなくたって、花は花だ。
哀悼する気持ちが、花に乗り移ればいい。

墓参りは、手を合わせれば終わる。
そう言う考え方もある。

だが、墓の前の歩道に座って、クリアアサヒを飲むという選択肢もあるのではないか、と私は思っているのだ。

クリアアサヒの500缶を飲む。

本来の私なら、亀田の柿の種をポリポリするところだが、霊園で柿の種はいけませんよ、という心の囁きが聞こえたので、それはやめた。
私は、常識人なのである。

墓を前にして、大学時代の色々なことを思い浮かべたのだが、それは個人情報保護法に触れるので、法律に従って、ここでは書かないことにする。


500缶を飲み終わった。

普段の私なら、500缶一本ごときで酔うことなどあり得ない。
だが、人間とは、予測不能な動物である、という真理も成り立つのである。
(霊園に漂う何かが、私の体に取り憑いたのかもしれない)

いつ眠ったのか定かではないのだが、私は、墓の前で座ったまま眠ってしまったのだ。
右手にクリアアサヒの缶を握りしめながら。

墓を訪れたのが、午前9時35分頃。
思いのほか肌寒かったが、ウインドブレーカーを着れば、この程度の気温では、私の睡魔は邪魔されない。

ただ、この日の私がすごいのは、暗くなる前に目覚めたことである。


とは言っても、両肩を叩かれて起きただけなんですけどね。


目を開けると、70歳前後と思われるご婦人がふたり、私の目を柔らかい目で覗き込む姿が、入ってきた。
それと同時に、澱んだ色の空から、小さな雨粒が落ちてきた。

肩に手をおいたまま、「濡れますよ」。
「起こして申し訳ないですけど、この道を通りたかったので」

ああ、すみません。
お邪魔でしたね。

「いえ」と上品な笑顔が、上品な白髪とともに雲に同化した。

そして、今度は、「お疲れなんですね」。
さらに、もう一人の老齢のご婦人が、「棄てることはできましたか?」。

棄てることはできましたか……。

何を?

「背負っているもの、いろいろをね……」
「いない人を背負うなんて、無理なんですよ。残された人間が生きていくためには、棄てるんですよ。棄てなきゃいけないんです」
「棄てなきゃ、墓参りなんかできませんよ。墓参りは棄てるための儀式です」
「そうそう」



夜、ヨメに聞かれた。

「お義父さんの49日、どうする?」

しない。

花で供養する。
それだけでいい。

田舎の年寄りたちが何を言おうが、俺には関係ない。

俺は、棄てることに決めた。

俺は、人でなしでいい。
俺は、年寄りの価値観を押しつけられるのはご免だ。


そう言って、私は邪魔されることのない眠りについた。



朝、目覚めたら、トゲは消えていた。




2013/10/05 AM 07:22:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



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