Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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やめさせてもらうわ
呼びもしないのに、集まってくれた人たち。

尾崎、ススキダ、ウチダ氏、オオサワさん、イナバ君、タカダ君。

身内だけで済ますから、という私の要望は完全に無視された形だ。
告別式なしで、いきなり斎場で葬式。
ただの儀式で済ますつもりが、そうはいかなくなった。

骨になるまでロビーで待つつもりだったが、人が多くなったので、急遽個室を借りることにした。

私以外は、みな車だった。
だから、ビールを飲んだのは、私ひとりだ。
他の連中は、飲み物は日本茶、ジュース。
食い物は、サンドイッチ、ポテト。

重い空気になるのが嫌いな私は、バカ話を披露して、場を苦笑の空気で満たした。
沈黙よりも苦笑の方が、気が楽だ。

しかし、たまに生真面目な沈黙が訪れるときがある。
そんなとき、私の頭に浮かんだこと。

実の父親が死んでも涙を流さず、バカ話をする自分の親父を見て、子どもたちは、どう思っただろうか。
薄情だと思っただろうか。
人でなしだと思っただろうか。

しかし、薄情だと思われようが、人でなしだと思われようが、泣けないものは泣けないのだ。
私は、演技派ではない。
バカ話しかできない、バカ親父で結構だ。

3度目の沈黙が訪れたとき、普段は私と決して目を合わせないで話す尾崎が、私の目を真っすぐ見ながら、乾いた声で言った。
「俺は、お前の軽薄な話の奥にある本当の気持ちを知っている。おそらく、ここにいる皆もそうだろう。あまり背負い込むなよ」

涙が出るきっかけなど、こんなものだ。

普段は家族に見せない泣き顔。
無様なものだったが、泣いてしまったものは仕方がない。

私が一番嫌いな重い沈黙の中に、三つの泣き声。
私と私の娘、そしてイナバ。

これだけ泣けば、儀式としては十分だろう。


儀式が終わった後で、みなに挨拶をして回った。

「また会おう」は、尾崎。
「今日は休め」が、ススキダ。
「ご苦労さまでした」が、ウチダ氏。
「Mさんらしかったですよ」が、オオサワさん。
「師匠、師匠!」と、最後になって泣いたのが、タカダ君。
「車で送りますよ」が、イナバ君。

イナバのベンツで、足立区から武蔵野市まで送ってもらった。

去り際に、イナバが言った。
「Mさん、痩せましたね」

いや、俺、太ったんですけど………。
(いつもそうだが、イナバとは、話が噛み合わない)


夜1時過ぎ、家族が寝たあとで、ダイニングのテレビで、撮りだめしておいたテレビドラマ「WOMAN」の第3話を、クリアアサヒを飲みながら見た。

気がついたら隣に高校3年の娘が座って、柿の種をポリポリしながら、画面を食い入るように見ていた。

ドラマが終わったあと、娘が感嘆の声で、「満島(ひかり)さんは、上手いよな。あんなにいい女優さんだとは思わなかったよ。完全に役柄が乗りうつった感じで、見終わった後も余韻が残るな」と言った。

はい、満足いたしました。


そして、そのあとで、娘が声のトーンを低く抑えて、私に聞いた。
「なあ、もう教えてくれてもいいんじゃないか。おまえの本当の職業は何なんだ。あの二人は、絶対におかしいだろう。ヤバい仕事をしてるなら正直に言え。もう心の準備はできてるから」

あの二人……尾崎とススキダ。

娘は、ススキダには2回会ったことがある。
最初、ススキダの顔を見たときには、カラダ全体で怯えを表現したが、ススキダの職業を説明したら何とか理解してくれた。
ススキダも気持ちの悪い笑顔で話しかけるという努力をしてくれたから、疑問は大きくならなかったようだ。

しかし、今回の尾崎である。
娘が尾崎を見るのは、初めてだ。
二人目となると、ススキダのときの疑問がぶり返して、さらにその疑問が大きくなっても不思議ではない。

二人が並んだら、その筋の人にしか見えないのは、二人を見たときの斎場の係員の怯えた反応が、それを如実に表していた。
(どこかの組長の葬儀だと思われたのかもしれない)


やはり、本当のことを言わなければいけないか。

わかった。
教えよう。

実は……。

「実は?」

俺たち3人は……。

「3人は?」

漫才トリオなんだ!
名前は、「ごくどう倶楽部」。

「まんざい〜!?」


担当は、俺がボケで、ススキダが「カツアゲ」、そして尾崎が「殺し」だ。


「まんま犯罪者やないかい!
もう、やめさせてもらうわ!」







不謹慎すぎて、スベッたか・・・・・・・。




2013/08/27 AM 07:53:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

非常識人のツィート
Twitter、Facebook、タブレット。

便利なツールが出てきて、コミュニケーションの幅が広がった。
ただ、便利すぎて、使い方を間違える人たちが最近増えてきた。

従業員が、店の食材を使って悪ふざけをする。
あるいは、店の冷凍庫などに寝そべった画像などを配信する。
今年は猛暑だから、冷凍庫が居心地がいいんですかねえ。
……というのは、冗談ですが。

そんな報道を見て、老若男女の常識人たちが「非常識! モラルに欠ける! まったく最近の若者は!」と憤っている。

それは、当然のことだろう。
衛生的でなければいけない場所を遊びの場にするなど、言い訳のできない行為だ。

もし店側が、そのことで損害を受けたのなら、それは弁護士さんと相談をして、しかるべき手を打たなければ、同様のことが繰り返されるに違いない。
感情論ではなく、ビジネスとして公平な判断をしていただきたいと思う。


「今の人のモラルは、どうなっているのかねえ」と呟く常識人たち。

間違いなく、今の人のモラルは、高度経済成長期より上だと思うし、民度も格段に上がっていると私は思っている。

悪さをする人は、ごくごく一部の人だけだ。
そして、その種の悪さをする人は、昔もいたのである。
昔の人の方が「常識人」が多かったというわけではない。

高度経済成長期には、日本人は外国から「エコノミック・アニマル」と呼ばれて、疎んじられ侮蔑の対象だった。
世界の都市を我が物顔で闊歩し、ブランド品を買い漁った。
成長途上のアジアの国々を見下して、自分たちの流儀をアジアの新興国に無理矢理押し付けた。

まるで今のアジアの超大国と同じように。

このような内容の文章を書くと、ネットの世界のルールでは「あいつは在日だ」と評されるらしい。

私の家系は江戸時代中期からは、間違いなく「やまとびと」。
しかし、それ以前のことは、記録にないから知らない。
もしかしたら、千年以上前にご先祖様が半島からわたってきたかもしれないから、そうだとしたら、これは「在日」に入る?
どうでもいいことだが。


現在の日本の海外旅行者たちは、世界各国で最上級の評価を得ている。
日本人と日本製品への信頼度は高く、中韓鮮をのぞけば、日本人のモラルの高さを疑う国は少ない。


だが、昔を遡ると、常識はずれの人が、少なからずいた。
昔にもし、今のようなITツールがあったら、彼らも昨今と同じような恥知らずなことをしたかもしれない。
しかし、しなかったかもしれない。

このような、仮定の話には、説得力がない。

だから、私の知っている「非常識人」のことを書こうと思う。

渋谷のハチ公にまたがって、大型の水鉄砲で道行く人に水をかけ、警官に激しく怒られた男がいた。
賭けに負けた罰ゲームとして、代々木公園の中を全裸で百メートル走った男がいた。

どちらも、私のことだ。
申し訳ありません。
表向きだけ反省しております。


「昔は、今みたいにフリーターなんていなかったよ」と勘違いしている人が、たまにいる。

たしかに、「フリーター」という言葉はなかったが、定職に就かずアルバイトで生計を立てていた人を、私は数多く知っている。

大学1年の夏休みで、部活休みのとき、2週間ほど、ダイレクトメールの宛先を書くアルバイトをしたことがあった。
そこには、15〜6人のアルバイトがいたが、その中の3人が大学生で、他は今で言う「フリーター」だった。

その中で親しくなった男の名が、アサオだ。
アサオは、一人暮らしのフリーターだった。

彼は、給料日前に手持ちの金が少なくなると、山手線に乗って、網棚に捨てられた本、雑誌類を集めるのを習慣としていた。
そして、大量に集めた雑誌を駅前の目立つところに並べて、道行く人に売るのである。
それで、給料日までをしのいだ。

しかし、これは犯罪である。

まず、駅前の道路の使用許可を得ていない。
そして、常習的に古本を売るには、古物商の免許が必要だ。

おまえ、それ、犯罪だぞ、と私が言っても、「知らないって言えば済むんだよ」と平気な顔でアサオは答えるだけだった。
当時ツィッターがあったら、彼は間違いなく「古本売ってるなう」と呟いたに違いない。

アサオの実家は、千葉房総半島で漁師をやっていた。
彼は、年に数回、親がいない頃を見計らって里帰りし、家に代々伝わる骨董をリュックに入れて持ち帰り、東京の骨董屋に売るという「非常識」なこともやっていた。

親のものでも承諾なく盗んだら犯罪だぞ、と私が言うと、「いつか、承諾を貰うから、いいんだよ」と言うアサオ。
彼がFacebookをやっていたら、実家から盗んできた骨董の画像を載せたあとで、ネットオークションにかけたに違いない。
そして、ツィッターで、「骨董品売れたなう」と呟いたはずだ。

その後、1週間ほど、冬のアルバイトをアサオとしたことがある。
東京新橋のホテルのベッド・メイキングだ。

お客様がチェックアウトした後の部屋に入って、掃除をし、ベッドのシーツを替え、バス・トイレを洗浄し消毒する。
これを短時間で行った。
ハードな仕事だったが、時給はよかった。

そのアルバイトの最中に、アサオは部屋にサービスで入れられた新聞の中で、まったく読まれなかったものを集めた。
そして、それを人に格安で売ったのである。
他に、ホテルの備品で使われなかったサービス品を集め、それも知り合いに売っていた。
たいした金額ではなかったようだが、「晩メシ代にはなるぜ」と得意げだった。

使われなかったとしても、備品の所有権はホテルにある。
だから、それは窃盗だよ、と私が言ったら、「じゃあ、おまえの顔を立てて、やめてやるか」と言って、アサオは2日目には、その行為を止めた。

みなさま。
犯罪ではありますが、1日目のことは、どうか大目に見てください。
時効でもありますし。


そんなアサオが、毎日のように、宿泊客のマナーの悪さを罵った。
部屋の備品が、毎日かなりの数、亡くなるからだ。

「バカやろー! 灰皿はサービス品じゃねえぞ! あれは備え付けのもんだ。なんで、勝手に盗むんだ! ああ、バスタオルも持ち帰りやがった! なんで、シャワーヘッドなんか持って行く! 泥棒じゃねえか! 恥を知れ、恥を!」

アサオに、そんな風に言われても、まったく、説得力がないが。


私が大学を卒業してからは、アサオとは会っていない。

大人になったアサオは、最近の若者の行動をどう思っているだろうか。


彼のことだから、どこかで「まったく、モラルがない! 俺が若かった頃は、もっと常識があった。これから、日本はどうなっていくのだろうか。日本の未来が心配だ……なう」と、ツィッターで常識的に呟いているかもしれない。



2013/08/22 AM 07:14:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

サヨナラの向こう側
猛暑らしい。

得意先に行くと百パーセントの確率で、挨拶代わりに「記録的な暑さですよね」と言われる。

世界を敵に回したくないので、そうですね、と答える。

夏ですから、暑いのは当たり前ですよ、などと答えたら、頭にゲリラ豪雨をかけられそうだから、絶対に言わないようにしている。
自分でも、大人になったな、と思う。

私が大人になったのには、理由がある。
2年前までは、夏になると必ず高校野球の話題を振られたが、最近では、私が高校野球に関心がないことを世間が認知してくれて、その話題が出なくなったからだ。

そうなると、他の話題は、天気ということになる。
まったく知識のない高校野球の話題が出るより、天気の話題の方が合わせやすい。

アツイ、の連呼は、選挙運動で繰り返される名前の連呼ほど平穏な生活を侵さないから、精神衛生上許せるレンコだ。

アツイレンコ。
阿津井蓮子さん……いそうな名前ではないか。
(いないか)


ただ、アツイのレンコさんを許しているからと言って、何でも許しているわけではない。

「いまの人は暑さに弱いよね。救急車で運び込まれる人なんて、『昔は』いなかったよ。『昔の人』は、俺も含めて暑さに強かったからさ。『昔は』熱中症で倒れる人なんかいた? 俺の記憶には、ないなあ。なんで暑さに弱くなったのかねえ、『今の人』は」

そんなことを言われたら、私は、整髪料で固めた頭にゲリラ豪雨を「倍返し」で、かけてやろうと思ってしまうのだ。

昔は、「日射病」か「熱射病」と呼ばれていたのが、今は、ひっくるめて「熱中症」。
あなたの言う「昔」に、「熱中症」はなかったのです。

過去の統計は調べようがないが、むかし「熱射病」で倒れ、救急車で運び込まれた人は相当数いたのではないだろうか。
インターネットがない時代は、台風以外の大気現象、個別の事故に関して、世間はそれほど大騒ぎしなかった。

「天変地異だ!」と言って騒いだのは、売り上げ部数を増やすことが使命の雑誌媒体だけだったと記憶している。
新聞とテレビは、死者が出たときだけ取り上げたが、大きな扱いではなかったと思う。

1990年代半ば以後と、それ以前とでは、世界の気象や報道情勢は歴然と変わってきている。

気象に関して言えば、「昔は」が、通用しない時代になった。

まったく関心がないとはいえ、高校球児たちが、炎天下で球を追いかけている場面は、私にも想像できる。

たとえば、炎天下の甲子園で球児たちが熱中症で倒れて救急車で運ばれたという記事を私は見たことがない。
地方レベルの大会ではあるかもしれないが、本戦では記憶にない。
(ただ、無関心だから見過ごしたことはあるかもしれないが)

どんな時代も、アスリートたちは、過酷な夏でも元気だ。

日々の鍛錬と生まれながらの体質。

それは、「昔」も「今」も変わらないのではないだろうか。


酷暑。

たとえば、工事現場の人たちや、交通整理をする人たち。
彼らは、納期に間に合わせるために、どんなに暑くても自分の仕事を全うしようと努力している。

それは、尊敬に値することだ。

私は、オレは暑さに強い、と自慢しているが、それは、せいぜい暑い中10キロのランニングをする程度の強さである。
時間にして40分程度だ。

しかし、工事現場の方々は、日が出ている間、働いているのである。
身体から噴き出す汗の量の多さは、相当なものだと想像する。

水分の摂取をコントロールし、疲れを最小限に抑える方法を彼らは知っているのだと思う。
それが、経験というもの。

その技術は、「昔」も「今」も変わらないはずだ。


昼間のパパは いい汗かいてる
昼間のパパは 男だぜ
昼間のパパは 光ってる
(尊敬する忌野清志郎さんの歌です。忌野氏が天に召されたあと、私は丸二日間、腑抜けだった。これに関しては、3万字を費やしても書き記せないので割愛)


四日前、東京足立区の老人ホームに入所している父の様子を3年ぶりに見に行った。
ほとんど意識なく眠っている父の寝顔を見ても、何の感情もわいてこない自分が怖くなって、気持ちを鎮めようと、帰りに調布市深大寺のバーミヤンに寄った。

W焼餃子とジョッキ1杯。

うつむきながら食っていたとき、遠くの席にいた小柄な人が私に挨拶に来た。
「ああ、ここで会うとはねえ。この近所にお住まいですか」と聞かれた。

親しげに話しかけられたが、私には見覚えのない顔だ。

50歳前後の、小柄だが筋肉質。
そして、かなり日焼けした顔。

このタイプの方は、私の身近にはいないはずだ。

だから、ああ……としか、言えなかった。
まだ心の整理ができていなかったから、顔を思い出す作業が面倒くさかった。

話を早く終わらせるために、どなたですか、と聞いた。

男は、「名前を聞いてもわからないでしょうねえ。制服じゃないし」

制服?
コスプレ?
いかがわしい場所?

いや、俺、行ったことないし……。
行ってみたい気は、4パーセントあるが(さすがヘンタイ)。

私の顔がイヤらしく見えたのかもしれない。
男は、右手を大きく振って、「交通整理の制服。あれ着ればわかると思うけど」と言った。

その言葉で、瞬時に思い出した。
近くの工事現場の前で、いつも交通整理をしているオジさんではないか。

なんだ、そっちの制服だったのか?
コスプレじゃなかったのか。

危なかった。
ヘンタイがバレるところだった。
(もうバレてる?)

「いつも自転車乗っているよねえ。前を通るとき、『ご苦労さま』って頭を下げるよね。あれって、嬉しいもんなんだよ。ほとんどの人が無表情だからね。嬉しいってことを伝えたくて話しかけたんだけど、迷惑だった?」
間寛平氏のように、笑うと一筋になる目の光が温かく感じられて、私の心を浮き立たせてくれた。

立ち上がって、握手を求めた。

小柄な割には、でかくてゴツゴツした熱い手が、私の手を力強く握った。
そして、和みを感じさせる一筋の目。

一瞬で、和んだ。
心が浮き立って、ハグしたくなったほどだ。



心が浮き立ったまま、父の目を思い出そうとした。

思い出せるわけがない。

父と目を合わせた記憶が、俺にはないのだから。


おそらく、もう見ることはできない。

目を開けてくれ、と祈ることもないだろう。



ただ、穏やかな心で、サヨナラを言うことだけは、できるかもしれない。



2013/08/16 AM 07:51:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

社長がブヒブヒ
「Mさん、ラーメン食べても大丈夫ですか?」と聞かれた。

静岡在住の友人、チャーシューデブのスガ君からだった。

ラーメン食べたい。
食べさせてください。

ということで、デブに新宿のラーメン屋に連行された。
1時前後だったが、行列はできていなかった。

食後、スターバックスで「美味かったですか?」とデブに聞かれたので、高かった、と答えた。
私が払ったわけではないが、ラーメン一杯に950円もとりやがったのだ。

それが600円だったら、私は、美味い、と答えただろう。
500円だったら、めっさ美味い。
400円だったら、鬼うまい! と答えたと思う(意味もわからず若者コトバを使ってみた)。

食い物のうまさは、それが価格に見合っているかどうかだ。
私がよく行くバーミヤンや、なぜか世間の評判がいい餃子の王将の餃子を、私は美味いと思ったことがない。

ただ、安い、とは思う。
あの価格で提供する企業努力は、大いに讃えられるべきだと思う。

しかし、繰り返すが、美味くはない。
200円前後だから許せる味だ。

だから、950円という高価格で提供するラーメンなら、600円クラスのラーメンを重戦車でなぎ倒すような圧倒的な破壊力が欲しい。
ひと口目から有無を言わさぬ初速で、舌に旨味の爆弾を落として欲しい。
そして、味覚、嗅覚、視覚、触覚のすべてを満足させて欲しい。

逆に、200円の餃子に、それらはいらない。
まずくなければいい。
200円で、それを要求するのは失礼だ。

そして、店の雰囲気。
私ひとりの感覚かもしれないが、バーミヤンは、自分の世界をすぐ構築することができる空間を持っている。
それは、店が「店の流儀」を押し付けないからだと思う。

しかし、この日行ったラーメン屋は、カウンターの中で皆が厳しい顔をしていた。
怒ったような顔で「いらっしゃいませ」を言う感覚が、私には理解不能。
そして、会話もなく、ラーメンを黙々と食うお客様。

ラーメンをすする音しか聞こえない。
たとえは悪いが、その従順さは、飼育場で飼いならされている何かの生き物かと思った。

私がそんなことを言ったら、スガ君に、「Mさんの意見は当てになりませんからね。他の人と全然違うんだから」と笑われた。

はい。
申し訳ありませんでした。


175センチ、130キロの柔道3段、チャーシューデブ。42歳。
このデブの職業は、社長。
静岡で、駐車場、カラオケボックス、貸し倉庫、食肉の卸業を多角的に経営し、その合間に、年に500杯のラーメンを食うという「スーパーチャーシューラーメンデブ社長様」なのである。

そんな彼は過去に、一人でラーメン店を営業していたことがある。
しかし、経営が下手だった(本人談)ため、4年半で店を畳んだ。

そして、同時期に離婚。
子どもの親権も奥さんに渡した彼は、失意のどん底の中で、静岡から東京に越してきた。
そして、東京の地で、ラーメンを食いまくった。
その結果、もともと太っていた体が、ヤケ食いでさらに膨張し、本当のデブになった。

私という男は、こういう友人の緊急事態の不幸に対して、何の役にも立たない木偶の坊である。
何のアドバイスもしてやることができない。

ただ、デブに誘われるままに、ラーメン店をハシゴするしかなかった。
そして、愚痴を聞く。
何のアドバイスもできず、ただ頷くだけの、ラーメンを何杯食っても太れない、貧相な「木偶の坊」。

そんなことを繰り返しているうちに、唐突にデブの再婚が決まった。
子どもも生まれた。

ほどなくして、奥さんの父親が亡くなるという不幸に遭遇したが、その亡くなった義父の仕事を継いだスガ君は、今その貫禄ある姿に見合った社長業を難なくこなしている。

その貫禄あるデブ社長が、笑いながら言った。
「ラーメン屋は、残念なことをしましたね」

これには、説明が必要になる。
だから、簡単な説明を。

スガ君、ススキダ、ウチダ氏、そして私の4人で3年前の11月にラーメン屋を立ち上げた。
しかし、当時忙しかったスガ君と私を置き去りにしたプロジェクトは、私たちが思いもよらぬ方向に向かった。

店の方向性が、私たちが嫌いな「ラーメン道」を気取った自己満足型のものになってしまったのだ。
何とか軌道修正しようとしたが、ススキダとウチダ氏が、全員の合議で決めた日にちより前に店をオープンすることで、それが不可能になった。
(スガ君と私は、あきらめが早いので)

その結果、スガ君と私は、半年で店から身を引くことになった。
開業資金を出したのはスガ君だったから、経営者は、それ以後も彼だったが、彼はいっさい口を出すことを止めた。

そして、開店から3年足らずの今年7月末に、店を閉めたのだ。

「引き際は、よかったですよね。さすが、ススキダさんとウチダさんは、経営の極意を知っていますよ」
これは、皮肉で言っているのではない。
スガ君に、焼き肉は似合うが、皮肉は似合わない。
本当だったら、怒って当然なのに、彼は強がりを微塵も感じさせることなく笑って言ったのである。

7月の後半、私のiPhoneに、ススキダとウチダ氏から続けて謝罪の電話がかかってきた。
しかし、私はもう部外者である。

スガ君、ススキダ、ウチダ氏という3人の本物の経営者が断を下したのだ。
経営者ではないホネホネ白髪おやじには、それに関して何の意見もない。

ご苦労さん、とだけ答えた。


スガ君が、貫禄のある笑顔で言った。
「Mさんは変わりませんよねえ。さっきラーメン食べながら、俺にずっと話しかけてたでしょ。カウンターの中の人たち、眉間に皺を寄せてMさんを見ていましたよ」

私は、メシは楽しく食うものだと思っている。
「会話」というのが、最高のオカズになることもある。
だから、黙々とラーメンすすって、どこが楽しいのか、といつも思っている。

食うことなんか、ただのオマケだ。
親しい友人とメシを食っているときは、会話が一番で、メシはオマケ。
会話を邪魔する雰囲気の店を私は認めない。

客が店に合わせるのではなく、店が客に合わせるのが本道。
それが、いつの間にか本末転倒している。

むかしスガ君が静岡で開いていたラーメン店は、絶えず客の笑い声が聞こえていた。
その会話にスガ君も参加して、店にはいつも和みの空気があった。
450円のラーメンが、とても美味く感じられたものだ。

あの会話が、最高のご馳走。

俺は、今でも、そう思っているんだよ。


「そうですね、本当に、あれが、俺も理想だと思いますよ。ぜひ、一緒にやりましょうよ。こんどこそ、本当に、あんな幸せなラーメン屋を」
デブが、血管が切れそうなほど眼圧の強い目で、私を見つめた。

しかし、一転して、風船が急激にしぼんだような脱力した目を私に向けて、デブが口元をだらしなくほころばせた。
「あー、でも、今は無理だなあ。ごめんなさい、Mさん、今は、無理です。ムリムリ!」

デブに、拝まれた。

なんなんだ、この急激な変化は!

チャーシューの食い過ぎのダメージが、今ごろ出てきたのか。
脳もチャーシューに占領されて、とうとう真性のブタになってしまったか。

ブヒブヒ。

「Mさん、ブヒブヒ、ブヒブヒ………」

ブヒブヒにしか、聞こえねえぞ。

スガ君、悪いが、もう一度、ブヒブヒを繰り返してくれないか。
頭の中で翻訳するから。

「ブヒブヒ(わかりました)、ブヒブヒ(家内が)、ブヒブヒブヒ!(妊娠しまして)、ブヒブヒヒヒヒヒヒィ〜(意味不明……喜んでいる?)」



それは、えー………、まことに、おめでたいことで。

(また、まわりが出産ラッシュに入ったか。動物の発情期のサイクルと変わりませんね、ブヒブヒ)



2013/08/11 AM 07:12:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

そうだ、そうだぁ!
相性問題を書こうと思う。

趣味や好みが一緒でも、気の合わない人というのがいる。
反対に、まったく真逆の考え、まったく違う環境にいるのに、恐ろしいほど気が合う人がいる。


同業者のオオサワさんは、同業者の中で「長老」と言われている人だ。
だが、詳しい年は知らない。

誰かが言っていたかもしれないが、本人が言わない限り、私の脳にそれが届くことはない。
おそらく、私より6〜10歳程度年上だと推測しているが、その推測に意味はない。
長老である、という事実だけがあればいい。

そのオオサワさんは、困った人だ。

ジャイアンツ・ファン、自民党支持者、演歌が好き、という私と真逆の考えを持った人だからである。

福井県出身だが、いつも「ボクは生まれながらの巨人ファンなんですよ。江川問題や長島解任のときも、一度だって心変わりしたことはありませんね。ボクの心は巨人軍に捧げています」と胸を張っている。
どうせ、彼が子どもの頃は、福井県ではジャイアンツの野球中継しかなかったんだろう。
他のチームのことを知らないから、ファンになったに決まっている。

「今の日本の繁栄を築いたのは、まぎれもなく自民党です。日本の政党で、プロの政治集団と言えるのは自民党だけです」
高度成長期から今に至るまで、力を発揮してきたのは、民間企業と官僚である。自民党は、日本の負債を増やし続けただけだ。
そして、低投票率が続く選挙を演出して、大政党だけが生き残れるシステムを作ったのが自民党だ。
所詮は、小政党の芽を摘むテクニックがうまいだけのジコチューな集団ではないか。

「演歌は、日本人の心ですよ」
日本人の心は、あんなにも極端にネガティブではない。
世の中は、もっと楽しいぞ。
希望に満ちているぞ。

そうだ、そうだぁ!(娘の合いの手です)


「ボクはね、NHKしか見ないんですよ。ニュースは、NHKが一番信頼できますね。『あまちゃん』も面白いなあ、あれは、傑作ですよ」

「あまちゃん」は、ヤホーのトップページにタイトルがよく出てくるので知っている。
(「ヤホー」と書くと、「あれはヤフーですよ」と真面目に忠告してくださる方がいるのだが、そのことは私も知っています)
しかし、見出ししか見ないので、何が何やらわからない。

それに、私は逆にNHK以外しか見ない。
タダだから。
知らない間に、私の銀行口座から、「受信料」の名目で大金が引き落とされているが、私はその度に舌打ちをしている。

君たちは、何様だ!?

そうだ、そうだぁ!(しつこいようですが、娘の合いの手です)


「ゆとり教育は、完全に失敗ですねえ。学力が極端に落ちたじゃないですか。教育は国家の基本ですから、昔の方式に戻した方がいいでしょう」

きっと、OECDが調査している各国の学習到達度の順位をどこかで目にしたのだろうが、日本が上位だった頃の参加国は30カ国程度だったが、最近の調査では60カ国以上に参加国が増えている。
調査の基準とする国が倍以上増えたのなら、順位は落ちても当然なのではないか。

新たに調査に加わった新興国では、教育に力を入れることが国力にも繋がるし、それでモチベーションも上がるから、その結果として上位になるのは当然と言えば当然。
それに対して、先進国は軒並み順位を落としている。
米、英、独、仏などは、10位以内に入っていない。

日本は、ほとんどの項目で10位以内に入っている。
つまり、先進国の中では上位なのだ。
統計学を無視して、「下がった、下がった」と騒ぐとは、君たちは、どこまでマイナス思考のクレイマーなのだ。

ゆとり教育が始まったのは1977年。
少し前の居酒屋でのことだが、30半ばの人たちが、若い人に向かって「まったく、ゆとり世代はなあ!」と説教している場面に遭遇したことがあるのだが、君も「ゆとり世代」なんですよ。
お忘れなく。

そうだ、そうだぁ!(娘)


私がそう言うと、オオサワさんは、いつも「Mさんお得意のへ理屈ですね」で笑って済ませる。

他の人がそんなことを言ったら、耳の穴からから手ェつっこんで奥歯ガタガタいわしたるところだが、オオサワさんから言われた場合は、私は平気なのである(あたりまえだのクラッカー……意味不明?)。

それが、つまり相性ということではないか、と私は思っている。


私の実の姉が死んだとき、同業者には知らせなかった。
1ヶ月近くたってから報告したとき、オオサワさんに怒られた。

「Mさん。ボクたちは、Mさんの何なのかな。友だちじゃなかったの? ボクたちの片思いだったのかね。そうだとしたら、悲しいね」
私の目を真っすぐ見て、悲しい目で言われたときには、申し訳なさで、自分が情けなくなった。

頭を下げることしかできなかった。

「みんなからだよ」と言って香典を渡されたとき、オオサワさんの手から出る優しさのオーラに驚いて、思わずオオサワさんの顔を見つめた。

悲しげな目で頷くオオサワさん。

俺は、とんでもなく失礼なことをしたのだ、と自己嫌悪に陥った。

7月半ばのことだった。
オオサワさんが、吉祥寺のガストに私を誘って、こんなことを言った。
「山口の知り合いに呼ばれて、山口に行くことになりました。お姉さんのお墓は出雲でしたよね。帰りに出雲大社に寄るので、お墓参りをしてきても構いませんか」

もちろん、オオサワさんと姉は、面識はない。
面識がないのに、私の姉だというだけで、オオサワさんは墓参りをしてくれるというのだ。

オオサワさんは、私の祖父と祖母、姉が眠る墓を清めてくれた。
ありがたいことだと思う。


昨日の同業者との飲み会で、オオサワさんから、その話を聞いた私は嬉しくなって、ジョッキのお代わりを注文しようとした。

しかし、オオサワさんに止められた。
「Mさん、ジョッキは1杯までの約束でしたよね。あとは、トマトジュースで我慢するって言ってましたよね!」

いや、しかし、せっかく居酒屋に来て、ジョッキを1杯だけなんて、拷問ですよ。パワハラですよ。セクハラですよ!
じゃあ、なんで、飲み会になんか誘ったんですかぁ!

それを聞いたオオサワさんは、3歳児を諭すように、「だったら、Mさん、断ればよかったじゃないですか。無理に飲み会に来る必要はないんだから」と、牧師のような顔で教えを説いた。


そのあと、まるで打ち合わせたかのように、四方八方から、声が聞こえた。


そうだ、そうだぁ!
(同業者全員の合いの手でした)



2013/08/06 AM 07:13:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

解禁の日
どうでもいいことだと思うが、体重が57.7キロになった。

2ヶ月前は52キロ台にまで減っていたから、順調な回復と言っていい。

だから、昨晩のメシからクリアアサヒを飲みはじめた。
本当は医師のご判断を仰がなければいけないのだろうが、次に内視鏡を鼻から食らうのは9月第1週だ。
まだ1ヶ月以上もある。

そんなに、待っていられない!

自己診断で、クリアアサヒOKのゴーサインを出した。

食事が、うめえなあ、オイ!
と、はしゃいでいたら、高校3年の娘に足を蹴られた。

そして、耳元で、「大嫌いなウーロン茶を飲まなくていいからって、調子に乗るな。バレるぞ!」と言われた。

そう、この2ヶ月ほど、私はクリアアサヒの缶に、台湾産のウーロン茶を入れて飲んでいたのだ。
(4時間水出しをするとクリアアサヒの色に似るので)
毎日クリアアサヒを飲んでいた人間が、突然飲むのを止めたら、家族に変な心配をされると思ったからだ。

クリアアサヒを飲んでいる振りをした。
娘は、それにすぐ気づいたが、ヨメと息子は、全く気づいていないようだった。

しかし、まったく飲む習慣のなかったウーロン茶を飲むことは、私にとって大変な苦行だった。

私は、水分は、ビールとホットコーヒー、トマトジュースでしか取らないという変態体質の男である。
日本茶、紅茶、炭酸飲料などは、30年以上飲んでいなかった。
ウーロン茶に至っては、一度しか飲んだことがなかった。

クリアアサヒの500缶にウーロン茶を入れて飲むのだが、毎回100cc程度しか飲めなかった。

なぜ世の中に、お茶などというものがあるのだ!

もし私が総理大臣だったら、ウーロン茶、日本茶の生産中止令を強権発令するところだ、とまで思った。
権力が欲しい、と思った。


しかし、晴れて、昨日からクリアアサヒ。

幸せだ。

今のところ、胃の調子はいい(と思う)。
クスリ嫌いの私が、毎回真面目にクスリを飲むという優等生ぶり。

良いおクスリをいただいたようだ。
医師に感謝。


そして、唐突だが、杉並の建設会社の社長にも感謝。

「ちょっと頼みたいことがあってよお」と脅されたので、昨日、杉並の会社まで自転車で行ってきた。

私が行ったとき、でかい顔の社長はいなかった。
なぜかマイケル・ジャクソン氏の歌が流れる事務所で、ホットコーヒーを飲みながら待たせてもらった。
(本当は、コーヒーも禁止されているのだが)

この会社では、社長、社員の皆様が飲むのは日本茶オンリー。
しかし、私は意地でも飲まない。

飲みたくないものは飲まない。
それが私のポリシーだ(キッパリ)。

こちらの仕事をするようになって数ヶ月が経ったころ、私が日本茶に手をつけないのに気づいた社長が「日本茶、嫌いなのかよ!」と私の倍の面積を持つ顔で凄んだので、私は震えながら、ホットコーヒーしか飲みませぬ、申し訳ござらん、と土下座した。
その土下座が効いて、それ以後、私にだけホットコーヒーが振る舞われることになった。

40代の女性事務員さんが、首をかしげながら言う。
「なんで、Mさんだけ特別扱いなんですかねえ。普通だったら、ワガママ言うやつには、何にも出すな! って怒るところですよ。会社創業以来の最大のミステリーだわ!」

さらに、「この間なんか、Mさんが急激に痩せたんで、あいつ、絶対にどこか悪いぞ。あの痩せ方は尋常じゃねえ。病院に行けって言ってやろうか。いい病院を紹介してやろうか、なんて言っていたんですよ。私なんか一度も心配されたことないのに」と拗ねられた。

「ホンッとにミステリーだわ!」

そんなことが、ござりましたか。
心配をおかけして、申し訳ござらぬ。

まあ、しかし、会社創業からいる事務員さんがわからないのだから、私にわかるわけがないわねぇ。
ミステリーはミステリーのままで、いいんじゃないですかねぇ。

私がそう言うと、事務員さんに「その捉えどころのない雰囲気に誤魔化されちゃうんですかねえ」と腑に落ちない顔で言われた。

すいませんねえ、捉えどころのない男で………。

と、小さくなっていたら、でかい顔の男が帰ってきた。

私の顔を見るなり、「おお! 血色が戻ったな。腐ったもんでも食ったか? 腹でも下していたのか」と言われた。
機嫌はいいようだ。

調子に乗って、「胃が痒かったんです」と言ったら、「何ふざけてんだ!」と怒られた。

機嫌が良くないようだ。


いきなり、「で、話というのはな」と、でかい顔が近づいてきた。
近すぎでございます、お殿様。

でかい顔が語る話は長かったが、要約すると、会社で慰安旅行に行くのだという。
毎年行っていたのだが、去年は仕事が立て込んでいて行けなかった。
だから、今年は盛大に2泊3日で行くことにする。

そこで、悪いんだが、アンタに会社の留守番をして欲しい。
得意先にはあらかじめ伝えておくし、会社のドアには休むことを書いた紙を貼っておくが、間違って電話をするやつがいたり、会社に来て、「なんで、やっていないんだ!」と、あとで文句を言うやつが必ずいる。

最近、なんでかわからないが、その手のバカが増えたよな。
いま、世間ではバカが流行ってるのか。

だから、そのバカを黙らせるために、アンタに留守番の役を頼みたいんだ。
アンタなら安心だからな。


とんでもございませぬ。
私ごときでお役に立つとは思えませぬが。

「いいんだよ! とにかく、やってくれ! 俺が頭を下げているんだからよお!」

はて……、頭を下げている?
わたくしには、そのようには見えませぬが。

「ほら、これ!」
唐突に、封筒を差し出された。

「もちろん、タダでとは言わねえ。報酬は払うし、お礼もする」と言って、封筒を指さした。

どうやら、その封筒の中身が、「お礼」ということらしい。
震える手で中身を取り出すと、小田急の商品券10枚綴りがズッシリと。

「箱根には懇意の宿が2つあるからよ。好きな日を言ってくれたら、予約しとくぜ。家族4人でいいんだな?」

展開が早すぎて、麺を食ベ過ぎた。
いや、面食らった。

話の本質が理解できないまま「はいはい」と頷いていたら、コーヒーのお代わりを持ってきた事務員さんに、拗ねた目でガン見された。

四十女の嫉妬は怖いぞ。
嫉妬の炎が熱いぞ。
ヤケドをしそうだ。

危険を感じた私は、早々に封筒をバッグに投入し、はい、わかりました。はい、お任せください、と言って珈琲を飲まずに腰を上げた。

「おっ! もう帰るのか? 忙しいこったな。じゃあ……まあ、よろしくな」

そして、最後に信じられない言葉をかけられたのだ。


「お大事にな」


その言葉を当然40代の女事務員さんは、聞いていただろう。

嫉妬が、形を変えた気配がした。


背中に、四十女の「嫉妬の矢」が突き刺さったような気がしたが、それは、絶対に気のせいではない。


だって、朝から背中が痛いんだもん。




寝違えたせいなんですけどね。



2013/08/01 AM 07:08:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



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