Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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ひどい父親
名優・三國連太郎氏が亡くなったとき、息子である俳優・佐藤浩市さんが「そりゃあ、ひどい父親ですよ」と言ったという。

歴史に名を刻んだ俳優さんだから、犠牲にしたものも多かっただろう。
その不運な犠牲をまともに受けたのが、おそらく佐藤浩市さんだったのかもしれない。

その怨嗟が、「ひどい父親」という表現になったのか。

稀代の名優を父に持った悲劇。

名優だが、「ひどい父親」。

それは、身内だからこそ言える言葉なのかもしれない。


私にも父がいる。

彼はいま、都内の民間老人ホームに入っている。
87歳。

3年半ほど前に入所したのだが、私は最初の日だけ顔を見に行って、それ以後は一度も行っていない。

嫌っているわけではない。
「ひどい父親」だと思ったこともない。

そう思うほど、接点がなかったからだ。

彼は、家に帰ってこない人だった。
そして、家に稼ぎを入れるということをしない人だった。

だから、母は病弱な身体を気力だけで奮い立たせて、フルタイムで働き、私たちを養ってくれた。

彼は名の通った会社に勤めていたが、その稼いだ金を全て「酒と女」に使った。
なぜかギャンブルだけはしなかった。
家に帰ってくるのは、月に一度あるかないかだ。

世間の常識では、この状態を「夫婦」とは言わない。
「父」とも呼べない。

たまに帰ってくると、彼は肺に持病を持つ母の前で、矢継ぎ早にタバコをふかした。
まるで、酒とタバコが、「男の勲章」だと思っているかのような愚かな振る舞い。

そのたびに私は、家中の窓、ドアを全開にして、澱んだ空気を浄化した。
彼は、そんな私に何も言わなかった。

そして、そんなことをしても、彼の全身にこびりついた「澱んだ感情」だけは、浄化できなかった。

会話のない夫婦。
会話のない親子。

その関係は、彼の定年まで続いた。

60で定年を迎えた彼は、そのまま70まで会社に嘱託として務めた。
しかし、給料は激減。

それまでは、東京港区新橋か中央区京橋にアパートを借りて暮らしていたが、激減した稼ぎの中からアパート代は払えなかったようだ。
だから、60歳を超えると、中目黒の自宅に帰ってきた。

しかし、その頃の私は、もう結婚して家を出ていたから、彼と遭遇することはなかった。

母に自分の子どもを見せに行くときは、目黒駅近くの座敷のある料理屋で会ったから彼の顔を見ることはなかった。

繰り返すが、彼のことを、ひどい父だと思ったことはなかったし、嫌ってもいなかった。
「父」だと思うほど、彼に密接な空気を感じたことがなかったからだ。


ただ、俺は、こんな父親にはなりたくないという思いだけは強かった。

だから、自分が父親になったとき、彼とはまったく違う生き方をしようと思った。

タバコは吸わない。
家には、どんなに仕事が長引いて遅くなったとしても必ず帰った。
独立した今は、どんなに仕事が忙しくても、睡眠時間を削って、家族との会話の時間を持った。

子どもの学校行事には、必ず参加した。
子どもたちの友だちとも積極的に関わった。

家族のために料理を作るようにした。

共通の趣味を持つようにした。

教育者だった祖母や母の方針を踏襲して、子どもたちに「勉強しなさい」とは、絶対に言わないようにした。
子どもたちが自分の小遣いで、何を買ってきても文句を言わないようにした。

子どもたちの行動に干渉はしないが、会話だけは絶やさないようにした。


おそらく自己満足ではあるが、子どもたちとは、今いい関係を築いていると思う。


世間様から見ても、自分から見ても、私は不足のありすぎる父親だが、「彼」よりは「ましな父親」ではないかと、私は思っている。


いま老人ホームに入っている彼は、脳梗塞の影響で、耳が聞こえず話もできない状態だ。

その彼が、ホームのスタッフに筆談で「サトルに会いたい」と伝えたらしい。

それが、3週間前のことだ。

彼に会いたいという気持ちは、まったく湧いてこない。

私の中で、彼が「父」だという実態が感じられないからだ。

実の姉が死んだときも、私は彼に、その死を伝えなかった。
だから、彼は自分の娘の死を今もって知らない。


嫌いではない。


しかし、「父」ではない。


そんな彼に会って、何を思えばいい?
何を伝えればいい?
何を聞けばいい?


何も思い浮かばないのだ。

だから、そのままにしている。

仕事の忙しさを言い訳に、耳をふさいでいる。
思いを老人ホームの方に向けないようにしている。

脳梗塞、前立腺ガン、軽い認知症。

おそらく彼の肉体は、朽ちる寸前なのかもしれない。

それを覚悟して、息子である私に、「何か」を伝えたいのかもしれない。


だが、私は彼に伝えて欲しいものなど何もないのだ。

私の心の中で、彼に繋がるものは、何もないのだから・・・・・。


だから、私はホームに足を運ぶのを先延ばしにしている。



こんな私は、薄情すぎる息子だろうか。




2013/04/28 AM 08:17:58 | Comment(3) | TrackBack(0) | [日記]

いま一番の悩み
忙しさが続くと、人間は変になる。

これから3週間、ドラッグストアのチラシが毎週1件ずつ続く。
稲城市の同業者から細かい仕事を大量にいただいた。
WEBデザイナーのタカダ君(通称ダルマ)からも「HELP」コールが来た。

忙しい。
しかし、忙しくても毎週金曜日のベビー・シッターには必ず行く。

私が行かないと、大学時代の友人、カネコの娘・ショウコとその3歳のガキ(女の子)が泣くからだ。
私は、女を泣かせる趣味はないので、嫌々ではあるが、行ってやっている。

ショウコは、そのことを大変感謝していて、先週の金曜日に、私にこう言ったのである。
「サトルさん! 変態丸出しのブログばかり書いていると、お客さんが減るよ」

素晴らしい感謝の表現だと思う。
ショウコは、私のことを心配してくれているのだ。

だから私は、その気配りに感謝しつつ胸を張って言った。

大丈夫だ。
もう十分にお客さんは、減っている。
これ以上、減りようがない。

それに、残ったお客さんは、変態ばかりだ。

杉並の建設会社社長は、巨乳好き変態。
テクニカルイラストの達人、アホのイナバは、私と同じ太ももフェチ。
ダルマは、顔全体が変態。
稲城市の同業者は、異常にモーニング娘。を愛する変態。

極道コピーライターのススキダは、全方位型の変態だ。
彼は、どこを歩いていても、周りから「変態」と後ろ指をさされている究極の変態だ。
彼に比べれば、私など、まだまだ修行が足りない。

他にひとり、ドラッグストアの社長がいて、この方は完璧な人格者だが、「完璧な人間と変態は紙一重」と村上春樹氏も、その著書で書いていた(書いてない?)。
だから私は、畏れながら、この社長も我が「変態同盟」のメンバーに入れている。

つまり、私だけが変態なのではない。

み〜〜〜〜んな変態なんだから、心配することはない。


そんな自信たっぷりの私に向かって、ショウコが呆れ顔で言った。
「サトルさんさあ・・・・・悩みってものはないの?」

それに対して、重々しい口調で私は答えた。

もちろん、あるさ。

一番身近な悩みは、ショウコのパンチが右から飛んでくるか、左から飛んでくるか読めないところだな。
君の前では、絶えず緊張していなければいけないから・・・・・それが、悩みだ。

腿の内側に激痛が走った。
床を見ると、片方のスリッパが、妙な余韻を持って暴れていた。

つまり、スリッパが高速で飛んできて、私の太ももに直撃したということだ。
至近距離から発射されたスリッパは、凶器である。

相当に痛い。
(みなさま、お気を付けくださいますように)

しかし、ここで抗議をすると、もう一つのスリッパが飛んでくるであろう。
だから、私は、泣き寝入りすること選んだ。

そして、話題を変えた。

もう一つ、悩みがあるんだけどね・・・・・。

この間、あまりにも忙しくて晩メシの支度をする気力が湧いてこなかった私は、家族で中央線武蔵境駅前の「餃子の王将」に行ったのだ。

餃子やら焼豚やら焼き飯やら春巻きやら海老の天ぷらやら酢豚やらエビチリやらカニ玉やら・・・・・。
いろいろと食ってみて、世間が騒ぐほどの味か・・・・・と思ったが、私は悪口が嫌いなので、口には出さなかった(結局いま書いてしまったが)。

しかし、ヨメ、息子、娘は「うまいウマイ!」と、豪華料理に、かぶりつき、しゃぶりついていた。

その姿を見た私は、不愉快になってしまったのである。

ひとことだけでいい。

なぜ、「パパの作る中華の方が断然オイシイよ」と言えないのか。
家族であっても、それくらいの気配りは必要じゃないのか。

もっと俺に、気を使えよ。


餃子焼豚焼き飯春巻き海老の天ぷら酢豚エビチリカニ玉を食いながら、ジョッキを4杯消費した私は、会計を終えたときも不機嫌だった。

店を出て、仏頂面を隠そうともせず、商店街を歩く私。

そのとき、私の横に、高校3年の娘が寄ってきて、小声で言ったのだ。
「あのなあ、俺はさあ、お前が作る中華の方が13倍美味いと思っているからな」


オオ! なんて、いい娘なんだろう!


こんな娘を育てた父親の顔を見てみたいものだ。
きっと、「変態」という言葉からは、一番遠いポジションにいるお人に違いない。

そして、この娘は、これからもさらにさらに素晴らしい人間に成長していくであろう。
しかし、あまり、素晴らしい人間に成長されても困るなあ・・・。

娘の将来に思いを馳せると、私の心配事、悩みは尽きない。


つまり、ショウコ・・・・・これが、今の私の一番の悩みだ!



頭を相当な圧力で、叩かれた。

痛かった。

痛かったが、その痛さを私は決して嫌いではない。



やっぱり・・・・・変態か。




2013/04/23 AM 05:53:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

みんな持ってる?
ヨメが、突然、携帯電話をスマートフォンに機種変更したいと言い出した。

「だって『みんな』スマートフォンなんだもの!」

なぜ女性は、自分が買いたいものがあると「みんな」と言い出すのだろうか。
俺なんか、「『みんな』と同じ」というのは、完全に拒否理由にしかならないぞ。

4年使ったヨメの携帯電話。
ソフトバンクはつながりが悪い、と毎回のように文句を垂れていたヨメであるが、よく4年の間、我慢したものだと思う。

「で、スマホって、何ができるの?」

いや、その前に、スマートフォンを「スマホ」って、略し方がおかしくありません?
スマートフォンを略したら、普通「スマフォ」じゃないでしょうか。

まあ・・・どうでもいいか。

機種変更の現場に私を強引に連れていき、ファイブをゲットしたヨメは、百八ほどの質問を畳み掛けてきた。
それが面倒になった私は、細かい設定まで勝手にしてしまったのであるが、珍しくヨメが怒ることはなかった。

そして、わからないことがあったらWEBで・・・・・とは、言わずに、わからないことがあったら、Kちゃん(娘)に聞いて、と私は丸投げをした。
高校3年の娘は、私と同じくらいiPhoneの知識が深いのである。

娘のiPhone歴は3Gからだから、もう5年になるだろうか。
我が家では、一番歴史が古い。

iPhoneが4になったとき、その3Gを私がお下がりとして貰ったので、私のiPhone歴は丸3年。
娘が4Sにしたとき、またお下がりを私がもらって、今はその4を使っている。

ソフトバンクショップの店員が言う。
「え〜と、ご主人も2年以上経っていますから、機種変更は可能ですが・・・・。みなさん、5にしていらっしゃいますよ」

そうですか。
「みなさん」がしていらっしゃるなら、私は、結構です。

私がそう言うと、ツチノコを見るような目で、店員の目が私を凝視したが、私は、その視線を右から左に受け流した。


これで、我が家族のうち、iPhoneファミリーが3人。

今年大学をめでたく卒業して就職浪人中の息子は、未だにソフトバンクの携帯を使っている。

息子は、「マイペースこそ人間としての歩む道」という私の教えを忠実に守って、「みんなが使っている」からといって、スマートフォンに乗り換えることはしない。
スマートフォンにしたからって、人生が劇的に変わるわけではない。

友だちは、みなスマートフォンらしいが、「俺は別に、今のままで十分だからね」というスタンスを貫いている。

あっぱれなやつだと思う(親の欲目?)。


しかし、いい年をして、「あっぱれではない奴」もいる。

同業者の「お馬さん」(人類史上顔が最も馬に激似の男)である。

彼は、2年前からiPhone4を使い始めた。

私に言わせれば、馬がiPhoneなど、とんでもない話なのだが、本人は、それが何か特別なステータスとでも思っているかのように、何かにつけて「iPhoneは革命を起こしましたよね」と、荒い鼻息を吹きかけるのである。

私は、彼に一度も会いたいと思ったことはないのだが、お馬さんの方で、ひと月に一回、勝手に吉祥寺に出てきて、「Mさん、昼メシ奢りますよ」と誘ってくるのが、いま当たり前のできごとになっていた。

哀れな家畜を放し飼いにしてしまっては、世間様に迷惑がかかるので、私は家畜の世話をするために吉祥寺まで足を運び、昼メシを一緒に食ってやることにしている。

その家畜への崇高な愛は、あっぱれである、という賞賛の声が、私の耳に数多く届いている。

自分でも、あっぱれ、だと思う。


一昨晩、「Mさん、俺、ファイブにしたんですよ。快適ですよ」という電話が、お馬さんからかかってきた。

ファイブ?

いきなり、「ファイブ」と言われると、多くの方は戸惑うかもしれないが、極めて狭い範囲にしか興味がないお馬さんのことだから、それは「あのファイブだな」と瞬時に私は悟ることができた。

「フォー」から「ファイブ」に、ということだな。

で、Siriの使い心地は、どうだい?

「尻? ですか? まあ、こないだまで出来物ができてましたけど・・・・・なんで、そんなこと知っているんですか」

嘘だと思うかもしれませんが、家畜は、本当にそう返事をしたんですよ。

ヒヒ〜〜〜〜〜〜〜ン!


無駄な会話は面倒なので、私は、昼メシを一緒に食いたいということですね、と違う表現をした。

家畜が「ヒヒ〜〜ン」と答えた。

普段なら、吉祥寺で昼メシ、ということになるのだが、今回は私の方からリクエストをした。

最近お気に入りの調布のバーミヤンで昼メシを、と提案したのである。

「じゃあ、車で行ったほうがいいですね」

なんと、お馬さんは、馬のくせに車の運転ができるのである。
しかも、愛車はボルボだ。

馬がボルボですよ。
ミスマッチにも、ほどがある、と思いませんか?

まあ・・・・・別に、いいのだが・・・。


約束の時間は2時。
私は、いつものように待ち合わせの10分前に、オンボロ自転車でバーミヤンに到着した。

バーミヤンは2階にあるので、階段を上らなければならない。
そのとき、階段を上る私の目の前、2メートル41センチのところに、ショートパンツから出た美しい太ももが目に入った。

ビューティフル!

腹が減っていたこともあって、ヨダレが出た。

ナイスな太もも。
もうそれだけで、一瞬のうちに、お腹がいっぱいになった。

店内に入ると、その女性は、早足で従業員用のドアの中に消えようとしているところだった。

横顔が見えた。

あらまあ!
最近私が気に入っている、女優の宮崎あおいさんに47パーセント似た店員さんではないか。

彼女を見るために私は、ストーカーのように、10日に1回、バーミヤンに足を運び、ズボンの上から太ももを想像しながら、W焼き餃子を食うという変態行為を繰り返している。

それが、想像ではなく、本当に拝むことができたなんて!

彼女の出勤時間に偶然遭遇するなど、「天の恵み」としか、言いようがない。


感謝感謝。
お馬さんに感謝。


彼が電話をかけてこなかったら、こんな幸運には、一生お目にかかることはできなかったであろう。

待ち合わせ時間を14分過ぎてお馬さんがやってきたが、私はその遅刻を寛大にも許し、お馬さんに、W焼き餃子と四川マーボー豆腐、生ジョッキを奢らせてやった。
お馬さんが何を食ったかは、覚えていない。

ニンジンだったかもしれない。


お馬さんが、なにか「ファイブ」に関する話をしていたようであるが、私の耳には、決してそれが到達することなく、私は先ほどの太ももを思い出しながら、ジョッキを数杯消費し、餃子、マーボー豆腐を食うことに専念した。

今年初めての「至福の時間」だった、と言っていいかもしれない。


さて、この行為が、ストーカーになるのか、ならないのか・・・・・私は、もちろんならないと思っているのだが・・・。



(自信がない)




2013/04/17 AM 06:06:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

間違いなく変態
おそらく生まれてはじめてのラーメン店のはしご。

メシを食うことを極度に面倒くさがる私にとって、それは画期的なことだった。

理由は、とにかく太りたいから。

ラーメン・パートナーは、友人のチャーシューデブ・スガ君。
場所は、川崎駅周辺。

最初に入ったのは、スガ君が見つけてきた、いわゆる「行列のできるラーメン屋さん」だった。
しかし、この日は1時前に入ったのに、行列はなし。

なんか・・・・・拍子抜けした。

本当は、人気ないのかも(有名なチェーン店らしいが)。

二人で頼んだラーメンは、店の名前がついた豚骨ラーメン。
店の名前がついているのだから、店の看板メニューなのだろう。
にんにくの焦がし油が特徴らしい。

年間500食はラーメンを食うという、ラーメン愛にあふれるスガ君は、自身もかつてラーメン屋を経営していたこともあって、決して味をけなすことはしない。

旨そうに麺をすすり、豪快にスープを飲み干す姿には、爆発せんばかりの幸福感が詰まっている。
その幸福感の詰まった巨体は、他のものもたくさん詰まっていて、その肉塊は130キロ近い。

私の2.5倍ですよ。

うらやまし〜〜〜〜。

スガ君のラーメン愛を見習って、私も味をけなすことはやめることにした。
ただ、濃厚なのか、塩辛いのか、舌にしょっぱい油の香りが水を飲んでも消えなかったことだけは、記しておきたい。
(結局けなした?)


話は脱線するが、私が勝手に思っている、ほぼ言いがかりといっていいラーメン理論をここで述べたい。

スガ君に引きずられて、有名ラーメン店に行ったとき、いつも思うことだが、どの店のスープも私にはしょっぱく感じた。
スガ君は、ラーメン詩人なので、その味を濃厚で深みがある、と美しい言葉で表現する。

しかし、ラーメン素人の私は、塩辛い、とピントの外れた文句を毎回言うのである。

だってさあ・・・・・と、私はスガ君に言う。

店の厨房って、やたら暑いだろ。
だから、厨房内の人は、当然我々よりも多くの汗をかくわけだよ。
店主が、ラーメンの味を決めるとき、体内から出て行った塩分を補給するために、知らず知らずのうちに濃い味付けを選んでいるんじゃないかね。

だから、どれも、しょっぱいんだよ。

それに対して、スガ君は冷静に言うのだ。

「それって、Mさんの味覚が貧しいだけじゃないですかぁ〜」


・・・・・・・何も言えねえ!!(古い?)。


2軒目は、私が選んでいいことになった。

当然のことながら、行き当たりばったりだ。

事前学習も何もなく、適当にぶらつきながら、店構えが私好みのものを物色しながら歩いた。

歩くこと13分。
狭い間口、レトロな空気を漂わせた店を、メインストリートから大きく外れた雑然とした路地の中に見つけた。

中に入ると、先客が3人。
2時前の店内としては、それなりの混みようではないかと思った。
L字型のテーブルには、8人程度しか座ることができないから占拠率は高い。

厨房内は、店主がひとり。
先ほどの有名店は、黒い鉢巻を頭に巻き眉間にシワを寄せた若いのが3人いたが、ここはゴマ塩頭の53歳から61歳くらいに見える年齢のオヤジさんだけだった。

オヤジさんは、眉間にシワを寄せることなく、「空いてる席に座ってや」とにこやかに言った。

スガ君が、「メニューください」と言うと、「そんなものは、ない。後ろの壁を見て選んで」と後ろの壁を指差した。

壁を見ると、店は狭いくせに、30種類ほどのお品書きが、個性的な書体で書かれていた。

ラーメン、チャーハン、麻婆豆腐、カレー、エビチリ、焼きそば、天津飯など。

要するに、ラーメン屋ではなく、中華料理屋だったんですな。

しかし、まわりを見回すと、食べているのは、みな同じ醤油ラーメンらしきもの。

つまり、これが一番無難な味だということだろう。

だから、我々も醤油ラーメンを注文した。

「麺は固め? 柔らかめ?」と聞かれたので、固めを、と答えた。
スガ君は、柔らかめを注文。

「海苔を乗っけてもいいかい?」と聞かれたので、モッチロンと答えた。

ラーメン屋で、海苔を乗せるかどうか聞かれたのは初めてのことだ。
海苔嫌いの人が多いのだろうか。

そう言えば、たまに「ラーメンに海苔って必要なのかよ」という人がいる。

教えよう。
醤油ラーメンには、海苔が必需品だ。

海苔のない醤油ラーメンは、ノリの悪いラッパーのようなものだ(?)。


7分5秒たって出てきたラーメンを食った。

麺を硬めに、と言ったのに、ちっとも固くない。
ためしにスガ君の方の麺を食ってみたが、固さは同じだった。

意味ないじゃん!

麺にはガッカリだったが、スープとチャーシュー、味玉は、悪くない味だった。
特にスープが、しょっぱくないのがいい。

このオヤジさん。暑い厨房でも、あまり汗はかかない体質の人と見た。
とし食っているからかな。
(俺、失礼なこと言ったかもしれない)

ラーメンどんぶりを飲み込まんばかりにスープを飲み干したスガ君が、笑顔で言う。
「こういうラーメンもありですね」

俺も、そう思う。

ただ、ホネホネ白髪おやじ、こと小言ジジイは、必ず何かを言わなければ気がすまない生き物なので、店を出た後でスガ君に「何か」を言った。


ひとつ気がついたことがあるんだけどね。
この店の客は、3人ともスマートフォンを左手で動かしながら、ラーメンを食っていたよね。
しかし、最初に入った店では、誰もが無言でラーメンを食うことに集中して、食い終わったら、すぐに店を出た。
この違いは何だろうね。

「それは、店構えの違いじゃないですかね」

つまり、年季の入った店構えの中で、くたびれたおっさんが作る中華を食うときは、スマートフォンをいじりながらメシを食ってもいいが、有名店では、それはNGだということだな。

要するに、客のほうが有名店の威圧感に圧倒されて、店側に気を使っているということか。
ケッ!
情けねえな!

「というより、単純に専門店と庶民的な店との違いではないでしょうかね。お客が、それを選んでいるからですよ」


そうか・・・・・しかし、なんか、気に食わねえな。


毎度ながらの私のひねくれた思考方法に慣れきったスガ君は、「だから、いつも言っているじゃないですか、Mさん!」と、でかい顔に笑みを浮かべ、でかい声で言うのである。


「Mさん好みの食い物屋を作りましょうよ。俺は、いつでもサポートする用意はできてるんですよ」


そして、130キロ近い巨漢、柔道3段の逞しい体を私の体にすり寄せ、私の肩を撫で撫でするのだ。


想像してほしい。

スーパー・チャーシュー・デブから、体を撫で撫でされる、おぞましさを。
しかも、川崎の街中、雑踏の中ですよ。

通りすがりの人が、ガイコツとイベリコ豚のじゃれ合いを横目で見て通り過ぎるんですよ。

警察に通報されても文句は言えません。

あ〜〜あ、恥ずかし・・・・・・・。


しかし、それが決して嫌いではない私は、間違いなく変態だと思う。



変態といえば、太ももフェチ。

私は太ももを出さない女性に興味がない、という潔(いさぎよ)い男だ。

得意先に寄った帰り道、調布のバーミヤンでW焼き餃子定食を食った。

ここの店のユニフォームは、ズボンである。
何を出し惜しみしているのか、と私は本気で腹を立てた。

だからメシを食って、さっさと店を出た。
女性店員の顔を見ることさえしない。

別の日、やはり得意先からの帰りに立ち寄って、ジョッキを頼み、W焼き餃子を食った。
私は同じ店に長居をする趣味はないので、食い終わったら、いつものようにレジに直行した。

レジには女性がいるが、顔は見ない。
太ももを見せろ、無礼者! と思いながら金を払った。

すると、お釣りを受け取るとき、「今日は疲れた顔をなさってますね」と言われた。

ん? 疲れた顔をなさって・・・?

つまり、この女は、私が前回来たことを覚えているということだな。

気持ちの悪い奴だな。

そう思いながら、顔を見た。

あらまあ!
女優の宮崎あおいさんに47パーセント似た可愛い子ではないか。

それからの私は、用もないのに10日に1回、調布のバーミヤンを訪れ、47パーセント宮崎あおい似の太ももを想像しながら、ビールを飲み焼き餃子を食うという変態行為を繰り返している。



ストーカーとして、警察に捕まる日は、近いかも知れない。




2013/04/12 AM 05:54:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

豪雨・・・はなの舞
恥ずかしいことに、小遣いが、ほとんどなくなってきた。

このブログで何度か書いたことがあるが、私は独立して以来、お小遣いをもらったことがない。
必要なものがあるときは、「ある手段」を用いて、資金を調達してきた。

その「ある手段」とは、オークションのことだ。
ブックオフなどの大型古書店で、宝物を見つけてオークションで買っていただく。

大型古書店の場合、見た目が大事で、本の中身はどうでもいいらしいので、運がいいと神田神保町なら5千円くらいの値がついている本が、105円から5百円くらいで本棚に並んでいることがある。

私は、それをヨダレを垂らしながら買うのである。
他に、レア物のCDを105円、250円などで売られているのを見つけたときは、鼻息を荒くして買うこともある。

大型古書店は、私の小遣いの源泉と言っていい。
私にとって、こんなにありがたい存在はない。

だが、昨年の7月から忙しい思いをしている私は、オオガタコショテンに行くことができない。
その結果、小遣いがドンドン減っていくという恐怖を今、身をもって味わっている。

そして、ここ最近の私は、仕事の他に色々な雑務に追われている。
川崎新丸子の実家に頻繁に足を運び、色々なことを処理し、色々な書類、イロイロな証明書などを収集することに時間を取られている。

これは、時間もかかるが、金もかかる。

まず交通費がかかる。
そして、証明書1枚なら大したことはないが、たとえば「原戸籍」なるものを窓口で申請すると、呆れるほど高額な料金を請求される。

その金額を聞いた私は、思わず、なんじゃ、そりゃあ! 1部750円じゃないのかよ! と言ってしまったほどだ。

ということで、お小遣いが底をつきかけた。


しかし、普段の行いがいい人を、神が放っておく訳がない、という童話も世の中には存在するのである。

化石化したMacOs9のマシンを廃棄処分にして、Windowsに浮気をする同業者が現れたのだ。

「Mさん、G4(ジーフォー)いらない?」

いらない。
これ以上、化石を増やしたくない。

「じゃあ、Director8は? ハードウェアキー付きだよ」

それは、いる。

それをもらって、ほかの同業者に、それなりの値段で買ってもらったんですよ。
嬉しいことに、少しだけ財布が膨れました。

安堵、AND ありがとうアンドー君。


ということで、少しだけ金持ち。

だが、世の中は、私が思い描いたようには進んでくれないという真理にも直面した。

先日、無情にも高校3年の娘が、私にこう言ったのだ。

「教科書代、1万4570円、くれ!」

娘は決して自分の母親に、金をくれ、とは言わないポリシーを貫いている人だ。

教科書のように、必要不可欠な出費であっても、ヨメは必ず「なんで、教科書代がそんなに高いの! 都立なんだから、もっと安くしなさいよ!」と、まわりが引くほどの勢いで文句を言うからである。

それを避けるために、娘は学校関係の出費は、必ず私に請求することにしている。

要求されるままに、教科書代を娘に渡した。

すると、残りは1万円とちょっと。


大事に使わなくちゃね・・・・・。


普通なら、そう思うはずである。
しかしながら、私は破滅型の性格をしているので、このような状況に陥ったとき、ヤケクソになる確率が百パーセント。

昨日の土曜日は、ヨメはプチ嵐の中を、お友だちと懐石料理のディナーを食いに行った。

それに対して、ヤケクソになった私は、「外出はお控えください」という気象庁の呼び掛けを無視して、豪雨をかき分けながら息子と娘を引き連れ、クーポンを印刷して、はなの舞に繰り出し豪遊した。


ああ・・・美味かった。
満足した。


息子も娘も「満足、満足」と満面の笑みを浮かべていた。

その顔を見て、「幸せ」とはこのことか、と思った。


しかし、今朝、起きたとき、なぜか心が痛かったぞ!


財布の中身が828円だったからか・・・・・。




2013/04/07 AM 08:09:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

カツラの送別会
すこし前(3月18日?)のことになるが、渋谷の東横線のホームがお役目を終えて、地下に引っ越すという事件があった。

埼玉から横浜まで路線を繋ぐためには、東横線のホームが地上にあってはいけないらしいのだ。
そして、渋谷駅周辺の再開発にも邪魔になるかららしい。

それに対して、ネットでは「渋谷駅がカオスになった」とか「迷路だろ」というようなご意見が多く見受けられたが、実際に行ってみて、これが迷路? こんな簡単な迷路があるだろうか、と思った私だった。

まあ、きっとネットネタで「迷路」と表現したか、あるいはニュースを見ただけで実際は行っていないかのご意見ではないかと思った。

そんなお引越しの一週間前のことだった。
大学時代の友人から電話があった。

「渋谷の東横線のホームがなくなるぞ。これは、一大事だ! 送別会を開いてやろうぜ!」

意味不明。

なんでホームがなくなるくらいで、送別会を開かなきゃいけない?

「だって、俺たちの大学時代も、そして今までもお世話になったホームだろ! 感謝して当然だろうが。惜別の宴を開いてあげてこそ、その恩に報いることができる。人として当然のことだ」

確かに大学は渋谷にあったが、お前の出身は和歌山だろうが。
それに、住んでいたのは文京区だ。
今ひとつ説得力がないぞ。

俺は、東京世田谷生まれ中目黒育ちの男だから、東横線にはガキの頃から慣れ親しんできた。
祐天寺、中目黒、代官山、渋谷は、自分の庭のようなものだ。
東横線には、何万回もお世話になってきた。

その俺が、惜別の情を語るのならわかるが、おまえらじゃ・・・関係が薄すぎるだろう?

「しかし、俺の提案に賛同してくれたやつが6人いるんだ。おまえを入れたら8人になるんだけどなあ・・・」

バカは、7人いれば十分じゃないか。
俺を巻き込むなよ。

「いや、それでは、本当のバカがいない」

・・・・・・・・・・・・(褒められたのか?)。


渋谷の東横線のホームには、特別な思い入れがある。
それは、格好をつけた言い方になるが、自分の人生の一部分といっていいほど、濃厚なモニュメントだった。

当たり前のように存在した渋谷東横線のドーム型屋根。
その下を通って、高校に通い大学に行き、友と出会った。

本当に、濃厚すぎる存在だった。

ただ、それほど濃厚な存在だったと言っても、惜別の情が溢れるほどだったとしても、私は感傷に浸る気にはならない。

渋谷は、間違いなくそこにあるし、たとえ地下に潜ったとしても、東横線は渋谷にこれからも存在するのである。

ただ、変わっただけ。

私は、そんな風に受け止めている。

だから、送別会をする意味がわからない。


しかし、たとえば、これが人間がいなくなったり、亡くたったりしたとなると、話は別である。
私は、きっと感情が制御できなくなって、東横線渋谷駅のホームよりも深い底に潜り込んでしまうだろう。


大学時代の友人・サクラダが、札幌への転勤が急に決まったのが、22年前のことだった。
少なくとも10年は東京に帰って来れない、と言われた。
もしかしたら、定年まで北海道にいるかもしれない。

それを聞いた私は、サクラダの送別会には、何があっても参加しようと思った。

ただ、サクラダの送別会の日は、初めての子が産まれた日でもあった。
予定日より2週間早く産まれた長男。

1990年12月17日午後6時11分。

初めて父親になった日だったが、出産に立ち会って、父親であることを少しだけ実感した私は、それからすぐに送別会の開かれる渋谷に向かった。

その送別会に参加したのは、私を含めて3人。
少なくとも10人は来ると思っていたのに、たったの3人。

人数が多ければ2次会の誘いを断れたが、断れる状況ではなかった。

2次会まで付き合って、産院まで戻ったのが真夜中の12時過ぎ。
個人医院だったので、時間の融通がきいたことが救いだった。

2人部屋のもう一つのベッドが空いていたので、親子三人、そこで初めての夜を過ごすことができた。

それは、思いがけないほど幸せな時間と空間だった。

だから、そのことは、今も鮮明に記憶の中にある。


しかし・・・・・・・
おまえらが、サクラダの送別会に来なかったことも、俺は鮮明に憶えているんだよ。

おまえら!
友だちの送別会に来なかったくせに、東横線の送別会には参加するってのか!

なんか、違うんじゃねえか!

俺は、絶対に行かねえぞ!


そんな風に、力みきった私に、友人はひるむことなく言ったのである。

「いや・・・だから・・・今回は、カツラ(ニックネームです)の送別会も兼ねているんだよ」

カツラが?
どこかに転勤するのか?
しかし、もう転勤する年でもないだろうに。

まさか、左遷か・・・?
なんか、やらかしたのか?

「いや、つまり、カツラがカツラに別れを告げるという・・・」

カツラがカツラに別れを・・・・つまり、頭皮を世間にさらすということか。

「そうだ。カツラは、結構メンテナンスに金がかかるらしい。今年カツラの息子がアメリカに留学したんで、カツラに金をかける余裕がなくなったらしいんだな。だから、カツラがカツラとお別れするんだよ。刺激的だろ。つまり、その送別会も兼ねようってことで・・・」


そうか、よしっ、わかった!

それなら、行こう!


結局、送別会に行った俺だった。




2013/04/02 AM 07:38:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



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