Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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眉間のシワ
杉並の建設会社社長は、独裁者である。

私の苦手なタイプだ。

顔がでかい。態度がでかい。声がでかい。社員を叱り飛ばす。そして、感情の起伏が激しい。

特に、社員や下請けさんを叱り飛ばすときの容赦のない罵倒が、聞くに耐えない。

いつも私はビクビクしているのだが、ただ、人間というのは、どんな環境でも慣れてきてしまう生き物らしく、建設会社の隅っこのデスクをお借りして仕事をしているうち、そのビクビクの大きさが段々と小さくなってきた。

直径1メートルくらいのビクビク風船が、最近では直径5センチくらいに縮小。


お互いの疲れた時期が合致したとき(つまり休憩時間)、たまに暇つぶしで会話をすることがある。

会話の内容といえば・・・・・

私が過去に、スポーツはするのは好きだが、見るのは退屈だ、と言ったことを社長が覚えていたので、スポーツの話題が出ることはない。
女性の好みであるが、社長は「巨乳派」、私は「太もも派」なので、好みが違う。
だから、女性の話題が出ることもない。
二人ともグルメではないので、食い物の話もしない。

私は、休憩時間やメシを食っているとき、酒を飲んでいるときは、仕事の話をしないのがポリシーなので、仕事の話もしない。
歌は、社長は「演歌」、私は「演歌嫌い」なので、これもない。

結局、読書の話題か、最近のニュース中心の話題になる。

最近では、大阪桜宮高校バスケ部生徒の自殺が、話題に上った。

社長は、「叩かなきゃわからねえやつは、叩いてもいいんだよ。まあ、加減は必要だがな」という、いかにも社長らしいご意見を持っている。

私の方は、体罰というと、いかにも教育的な匂いがするが、受ける側にとっては、「いじめ」「暴力」「陵辱」でしかない。
人ひとりが亡くなっているときには、「体罰」という言葉は、ふさわしくない。
「犯罪」と言ったほうがいい、という意見だ。

それに対して、社長は「まあ、あんたらしい意見だと思うがな」と言ったから、白熱した議論にはならなかった。

社長の機嫌がいいようだったので、その後、私は普段思っていることを口にした。

あとで、40代の女性事務員さんから「Mさ〜ん、わたしぃ〜、ハラハラしましたよ。いつ社長が怒鳴るかと思って、ずっと腰を浮かしていましたよ」と言われた。

それほど、失礼なことを言ったつもりはないのだが、もしかしたら薄氷を踏む話題だったのかもしれない。

それは、社長の眉間のシワのことだ。

社長は、いつも眉間にシワを寄せている。

単純に、もったいないな、と思ってしまったのだ。

よく、政治家や胡散臭い評論家、芸人上がりのMCなどが意見を述べるとき、眉間にシワを寄せ、口を歪めてアピールしている姿を見る。

あれって、何のために、そうしているのだろう?
何かメリットはあるのだろうか、と私は、いつも思っていた。

話の内容を吟味してみると、たいして重要なことを言っているわけではない。
誰もが考えそうなことを言っているだけだ。

つまり、自己演出?

眉間にシワを寄せることによって、自分の発言が重要であることをアピールしたいだけなのか。
しかし、話の中身は、眉間にシワを寄せ、口を歪めるほどのこともない。

普通に話しても、十分に伝わる話ではないか。
そのアピールは、不必要だろう、といつも思っていたのだ。

だから、社長に対しても、いつも社長は眉間にシワを寄せていますよね。
話すとき、メシを食っているとき、お茶を飲んでいるときも、と言ってしまった。

もしかして社長は、風呂でくつろいでいるときも、眠っているときも、眉間にシワを寄せているんじゃないですか。

今は亡くなってしまいましたが、伊丹十三さんという人がいました。
彼は、映画監督であり、俳優であり、エッセイストである才能溢れた人でした。

その彼のエッセイの中で、恩師に、こう言われたことが書いてありました。
「伊丹くん、君は、いつも眉間にシワを寄せているが、それでは視野が狭くなって、世の中のことが、よく見えないだろう。一度、眉間にシワを寄せないで世の中を見てごらん、世界が変わるから」

もちろん、眉間にシワを寄せただけで、視野が狭くなるなんてことはない。
それは、「心の視野」のことを言っている。

ずっと眉間にシワを寄せっぱなしのまま、世の中を小さなスコープで見ていると、物事の本質が見えなくなる、ということを言ったのだと思う。

伊丹氏は、それからは、恩師の言うことを気にしながら、自分の眉間のシワに気を配りつつ、数々の名作映画を世に残した。


どうですか、社長。
社長も自分の眉間のシワを少しは気にしながら生きてみたら、面白いものが見えるんじゃないでしょうか。


事務員が腰を浮かしながら、我々のやり取りを聞いているとも知らずに、私は、社長にそんな無神経な提案をした。

それに対して、社長は、大笑いで返した。

「あんたよお、俺の出て行ったカァちゃん(奥さん)と同じことを言うんだな。
俺のカァちゃんも、同じことを言っていたよ。
『あんた、いつも眉間にシワを寄せているけど、そんなに、生きてるのがつらいの?
あんたの眉間のシワが消えているのは、犬と遊んでいるときだけだよ。
あんたは、犬にしか心を開かないの!
淋しい男だね、アンタ』ってな」

オレ、もしかして、社長の心に踏み込みすぎたのだろうか。
開けてはいけない箱を開けてしまったのだろうか。

一瞬、後悔の気持ちが胸を満たしたが、そんな私に、社長は「眉間のシワかあ」と言って、自分の顔を乱暴にゴシゴシと擦った。

そして、「なあ、シワは消えたかよ。年をとったシワじゃなくて、心のシワのことだけどよ」と言って、右手の指でシワを伸ばす仕草をした。

それを聞いて、ああ、意外とこの人、「人間臭い」人なのかもしれない、と思った。

そんな風に感心していたら、社長に言われた。

「あんたさあ〜、あんたは逆に、たまに眉間にシワを寄せた方がいいんじゃないかい? なんか、締まりがねえっていうか、叩いても響かねえ太鼓っていうか・・・・・世捨て人、みたいになってるぜ」


よ・・・・・世捨て人ぉ・・・・・。

そ、そうですか・・・・・叩いても響かない太鼓。

それって、当たっているような気がします。

俺も、実は薄々感づいていたんですよ。


自分のことは、人に言われないとわからないんだな・・・・・と、只今、大いに反省している私でございます。



2013/01/30 AM 05:51:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

ベビーシッター
ネットで見た記事によると、丸岡さんという女性の元ニュース・キャスターが、東日本大震災の取材後に「欝」になっていたらしい。

震災直後の余りにも凄惨な現場をリポートしたのが発端らしい。

しかし、最近、その欝を乗り越えて、結婚をしたというのである。
それは、とても明るいニュースだと思う。

微笑ましいニュースだ。


同じように、「震災うつ」になった知り合いがいる。
埼玉県桶川の得意先の人だが、彼は、私にとっては「お得意さん」というより、友人と言っていい人である。
歳は、30半ば。

呼ばれて行くと、いつも馬鹿なことを言いながら時を過ごし、2時間の訪問のうち、バカ話が1時間半、仕事の話が30分というような楽しい時間をいつも過ごした。

その彼が、震災のあと、彼の会社の社長が宮城県出身ということもあり、社長に引っ張られるような形で、ボランティアにのめり込んでいった。

もともと真面目すぎるほどの男が、その現場で何を見たのかを聞く勇気は、私にはない。
彼が、その目で見たものが、どれほどのものだったのか、想像することも申し訳ないくらい、私は平和な日常を生きていた。

だから、彼と会うたびに彼が違う方向に流れていくのを、私は黙って見ているしかできない「完全な阿呆」だった。

しかし、専門家でもない私が、できることなど何もない、というのも事実だ。
彼が、会社を休職した、というのを聞いたとき、地団駄するほどの後悔を感じたが、もちろん、私ごときに何ができるわけでもない。

私ができることは、数ヶ月に一回、彼に電話をして、彼の声を聞くことだけだった。
それも、ほとんど一分以内の会話だ。

その短い会話の中で、彼の小さな変化を感じただけで満足する。
その小さな変化を、まるで赤子の成長を感じるように声だけで判断して、電話を切る。

そんな日々が、一年以上、続いている。

たまにだが、彼の奥さんと話をすることがある。

明るい前向きな奥さんだ。
彼女は、彼の心をそのまま受け止めて、決して無理やり背中を押すことをしない賢明な方でもある。

その奥さんが、先日言ったコトバ。

「変な言い方になりますけど、私は、震災のボランティアをする主人のことが好きでしたし、そのことで震災うつになった主人のことも好きなんですよね。だから、治って欲しいとは思いますけど、それは私だけの事情だから・・・病状が長引いたとしても、今は不幸だとは思わないんですよ」

その言葉が重すぎて、深すぎて、私は咄嗟に言葉を返すことができなかった。
軽々しいことは言えないな、と思った。

いま「戦っている人」に、外野が余計なことを言うのは、僭越以外の何ものでもない。

また、声を聞かせてください、と言うのが精一杯だった。
家族が、彼のことを温かく見守っている、ということだけでいいのではないか、と思った。



そんな深刻な話から一転して、ホネホネ白髪おやじの話を。

ご近所に蔓延する「プータロウ疑惑」を晴らすため、毎日ノートPCを抱えて、カフェを彷徨う毎日の私に、手を差し伸べてくれた人がいたのである。

私のブログを毎回読んでくれている、大学時代の友人カネコの娘・ショウコだ。

「ねえ、行くところないなら、うちで仕事をすれば」と言ってくださったのである。

しかし、私は、ありがたい申し出だが、武蔵野から八王子は遠いぜよ、電車賃がかかって、スタバでコーヒー飲むより高くつくぜ、といって難色を示した。

するとショウコは、優しい声で、「マサ(ショウコの夫)が、往復の交通費出してくれるって言ってるんだけどね」と願ってもないことを言うではないか。

ショウコは、今年25歳。
既婚で、二人の子持ち(3歳の女の子、6ヶ月の男の子)。
旦那のマサは、中学の英語教師。
そして、ショウコは大学院の院生でもある。

夫が勤めに出て、ショウコが大学院に行くときは、マサの知人がやっている保育所に、ガキ二人を預けているという。

「まあ、かなり恵まれた環境だし、上の子には保育所にお友だちもいるから、不自由はないんだけど、サトルさんが困っているっていうのなら、うちのダイニングを貸してやってもいいよ。毎日は、さすがに無理だろうけど・・・そこは、相談に乗るよ」

話が、段々と「上から目線」になってきやがったな。

つまり、ホームレス化したホネホネ白髪おやじに、自分たちがいない間だけ部屋を貸してやろう・・・・・と。
そして、その代わりに、ベビーシッターをしろ・・・・・と。

タダじゃ悪いから、往復の交通費くらいは出してやろう・・・・・と。

いい話のようで、悪い話のような気も・・・。

「ねえ、どう? 水曜と金曜日だったら、貸してやってもいいよ」

完全なる上から目線。

しかし、ショウコには逆らえない気弱な私。

週2日ですか。
まあ、それだったら、負担は少ないかな。
いい気分転換に、なるかもしれないし。

カフェを彷徨うより、落ち着いて、仕事ができるかもしれないな。

「それにね、うちの子、親の教育がいいから、素直で礼儀もしっかりしているって言われてるんだ。絶対サトルさんの仕事の邪魔はしないから。それは断言するよ!」

そうか・・・・・では、とりあえず、一回だけ、試験的にやってみるか。

やってやってもいいぜ。

私のその返事に対して、ショウコは、鼻息荒く、こう言ったのである。

「サトルさん。なんか誤解しているようだから、ハッキリとしておきたいんだけど・・・。私たちの家を仕事場として使わせて『やる』代わりに、ベビーシッターもさせて『やる』んだからね。そこのところ、間違わないようにね!」

はい、わかりました。
ワタクシが、間違っておりました。
申し訳ありませんでした。

そんな経緯があって、水曜日にベビーシッターに行ってきた。

3歳の女の子は、すでに私になついていて「しらがジージ」と、まとわりついてきやがる。
6ヶ月の男のガキは、私の顔を見て、「キャーハ」と笑いやがる。

だから、離乳食を作って「やった」。
昼メシを作って「やった」。

3歳のガキは、しらがジージは、これから仕事をするから邪魔しないでね、と私が宣言すると、本当に邪魔せずに、お絵かきなど一人遊びをしていた。

手間のかからないお子様だこと。

その健気な姿を見て、ジジイは涙しながら仕事をした。
たまに、ガキに絵本を読んで「やった」。

6ヶ月のガキが、眠りが浅いとき、ぐずることはあったが、ショウコに教えられたとおり、抱っこして安心させてから、ベビー用のハンモックに寝かせると、静かになってくれた。

健気な子やなあ。
また涙が出てきた。
ほっぺにチューをして「やった」。

一応、絶えず気を配っていなければいけないので、神経は使ったが、私の仕事が滞ることはなかった。
掃除と洗濯は、しなくていいことになっているので、楽。

もともとガキどもの性格が穏やかなのか、それとも、本当にショウコたちの教育がいいのか。
あるいは、私にベビーシッターの才能があるのか。

ここは、才能がある、ということにしておけば無難ではなかろうか。

これからは、ホネホネ白髪オヤジではなく、ベビーシッターおやじ、と名を変えることにしようか。

などと考えていたら、約束通り4時過ぎに、ショウコがご帰宅なさった。

「大変だった? 疲れた?」と聞きながら、エコバッグから、クリアアサヒとカットよっちゃんを出して恵んでくれた。

受け取りながら、大変じゃなかった。疲れなかった、と答えた。

「大丈夫? 続けられそう?」と聞いてきたので、続けてやってもいいぜ、と答えたら、両手を腰において仁王立ちのポーズをしたショウコが、「また、スタバとマックを放浪する? 私は、どうでもいいんだけど!」と、上から目線でおっしゃった。

おお! 別に俺は構わないぜ!
さすらいのホネホネ白髪おやじだからな!

と、心の中で答えたが、口は、違うことを言っていた。


ハイ! ベビーシッター、やらさせていただきます。

金曜日から、真面目にやらさせていただきます!



これで、月曜日は、杉並の建設会社の空いたデスク。
水曜、金曜日は、八王子のショウコの家。
火曜、木曜日に、カフェか建設会社というスケジュールになった。


少しは、落ち着いてきたかな。


いや・・・・・やっぱり、変だよなあ。


どこかが、変だ!


2013/01/25 AM 05:53:59 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

ふたつの目標
もう、年が明けて、だいぶ経ってしまいましたが・・・。

今年の目標を2つほど。

一つは、今より体重を5キロ増やすこと。
二つ目は、ホームページをリニューアルすること。

どちらも、大変・・・難しい。

「ドーピングをして、1日8回メシを食えば太る」と言ったバカがいたが、俺を筋肉増強サイボーグにするつもりか。
金メダルを剥奪されたら、どうするつもりだ!

こういうバカは、放っておいて・・・。


ホームページは、さらに難しい。

まとまった時間が、まったく取れないのだ。

半年くらいのレンジの中で少しづつ作っていけばいい、と何人かの同業者からは言われているのだが、そういう面倒くさいことは、私らしいやり方ではない。

作るなら、チャチャッと5日くらいで作って、その都度修正を重ねていく方が、能率が絶対にいい。

そうすると、まず手をつけるのは、レンタルサーバ探し。

いつ、この稼業をやめるかわからないので、高価なレンタルサーバは、もったいない。
容量は少なくていい。
つまり、安いやつがいい。

いま利用しているところが、ほとんどサポートを受け付けない「アッパレ!」な会社なので、サポートを普通にしてくれるところがいい。
送られてくるメールが、文字化けしないところがいい。
トップページが、突然真っ白にならなければ、さらにいい。

そんな素晴らしいレンタルサーバが、果たしてあるだろうか。

高望み、しすぎだろうか。

ここは、よく吟味すべきだろう。

そして、アップしたブログが、何者かに突然削除されるという怪奇現象が起きなければ、いいサーバーであると私は判断する。

それは、欲張りすぎ、だろうか。


いずれにしても・・・・・

ブログに関しては、いま使っているところが、ブログ記事を移行させるシステムを持たないアッパレすぎる会社なので、ブログは新たに1から作ることになる。

テンプレートに頼らず、自分でシンプルなものを作ろうかと思う。

まあ、これが、少々面倒くさい作業だと思うので、いつも後回しになってしまうのです。


こんな私に、WEBデザイナーのタカダ君(通称ダルマ)は、「師匠、俺がホームページ作りましょうか。ある程度のデザインができていれば、それに合わせて作りますから、あとの仕上げは師匠がやれば手間が省けるでしょ」と言ってくれている。

しかも、無償でやるというのだ。

いつの間に、私の弟子は、こんなにも成長したのだろうか。
私は、それを聞いて、布団を涙で濡らしたものだ。

その申し出は、大変ありがたいものだった。
しかし・・・・・プロが、よそ様にホームページを作ってもらうというのは、日本国憲法上、許されることだろうか。

東京地裁に告訴されても文句を言えないのではないか。

だから、私は、タカダ君、俺は君を犯罪者にしたくないんだ、ゴメンな、と言って彼の申し出を丁重に断った。

「師匠・・・・・師匠は、俺のことをそこまで・・・・・」と、ダルマが泣き崩れた、なんてことはなかったが、とにかく私は自分のホームページは自分で作ることに決めたのである。


ただ・・・・・心の中で決めはしたが、そこから先が進まない。

ホームページ経由で入ってくる仕事は、年に1〜2件程度だから、これ以上の伸びしろは望めないだろう。
(メールが文字化けしているせいもあるだろうが)
そんなに焦ってホームページをリニューアルする必要があるかね、と思ってしまうのだ。


それに、毎日が一杯一杯で、本当に時間がない。

私は、世間から忘れられたネガティブなイケメン・デザイナーではあるが、そんな私にも、私のことを気に入ってくれて、仕事を出してくださる慈悲深いクライアントが、数人いるのである。

その方たちの仕事は、ダイヤモンドよりも輝かしい私の宝石だ。
その宝石を磨くことを私は何よりも優先したい。

そして、料理、洗濯、食材の買い出し。
これに割く時間も、捨てることはできない。
(ストレス解消になるので)

さらに、子どもの学校行事への参加。
子どもたちとの触れ合い。

これらを取ったら、私の人生は、何の履歴も残されないブラウザのようなもので、日々の足跡が記憶されず、検索窓だけが表示される味気ない検索サイトになってしまう(喩えがわかりづらい?)。


まあ・・・・・とにかく、仕事と時間に追われて、気分がネガティブになるという悪循環で・・・・・。

さらに、最近は、突然の「プータロウ疑惑」により、カフェをさまようホームレス状態で・・・・・。
(最近では、もう面倒くせえので、フリーランス辞めちまおうか、とも思っている私です。
誰か私を雇ってください! いいクライアント、持ってますよぉ〜)


ただ・・・ネガティブになりっ放しでも仕方がないので、時間を無理やり作って、レンタルサーバ選びから始めましょうか。

まず、始まりは、そこから。


などと考えていたら、テクニカルイラストの達人・アホのイナバから電話がかかってきた。

「Mさ〜ん、またMさんの大好物、同人誌の仕事取ったど〜」

大好物なんかじゃねえよ。
そもそも同人でもない俺が、文章を捏造(いや代筆だった)するなんて、発想がおかしいんだよ!

「今回集まったのは6人分だ〜。だから、他の5人分の代筆をお願い。3週間あればできるよね〜!」

いいのか、それで?

それで、本当に同人誌と言えるのか?

そんなことで、モラルは保たれるのか? 大丈夫なのか?

「ダイジョブデ〜ス」

まあ・・・・・こいつに何を言っても無駄だな。


しかし、私の友人は、なぜ、こんなにも変人ばかりなのか。

私は、呆れるほど「まとも」だというのに・・・・・。



ということで、ホームページ作りが、また遅れることになる。

まったくなあ・・・。




(意外とホッとしている私でした)



2013/01/21 AM 05:57:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

出すひと貯めるひと
胃下垂だということを最初に断っておきます。

世間では、胃下垂は太らない。
胃下垂の人は、意外と大食いが多い、という概念を持たれている。

しかし、私の大学時代の後輩は、自称胃下垂だが、身長176センチ、98キロという迫力ボディ。
だが、食は細い。

ラーメン一杯食って、「ああ、食いすぎたァ! オレ、死ぬぅー」という50男である(外見は芋洗坂係長に激似)。

世間の噂は、あまり当てにならない。

ただ、私は胃下垂で、少食を気取っているが、本気で食べたら、一般人の3.9倍は食える男だ。
そのことには、だいぶ前から気づいていた。

古い知人で、ミズシマさんという人がいる。
数年前に何度かブログに書いたことがある。

大学時代に、数々の特許を取り、その報酬をもとに20代の若さで世田谷区下北沢にアパートを建てた男。
そして、定職につかず、気が向いたときにアルバイトをしながら、アパートの家賃と特許の歩合だけで暮らし続ける優雅な男。

61歳、独身。

たとえば、寿司を食うときは、庶民お馴染みの回転寿司ではない。
東京の一等地に店を構えるお鮨屋さんである。

回転寿司は、ごくまれに入るが、それは私と入るときだけだ。

そして、そのときは、いつもミズシマさんの奢り。

先週の土曜日もそうだった。

「久しぶりに回転寿司が食べたくなりましたよ」という電話があったので、調布市つつじヶ丘の「くら寿司」に行った。
(自転車で行くと、武蔵野から調布は長い坂が多くて、いい運動になるので行き帰りが楽しかった)

1年半ぶりに会うミズシマさんは、相変わらず痩せていて、小さかった。
言い方は悪いが、「老人臭さ」が増していた。

ただ、年に2回必ず受ける健康診断では、医者から「年齢からすると、かなり優秀な数値」だと太鼓判を押されたという。
(ストレスがないからでしょうね)

血色は、かなり良く見える。
喜ばしいことである。
そのミズシマさんが言った。

「Mさん、今日は新年の挨拶がわりに、遠慮しないで本気のMさんを見せてよ。Mさんさぁ、いつも遠慮して、僕より少ない量しか食べないからね。本当は、もっと食べられるんでしょ。遠慮は、過ぎるとイヤミだよ」

わかりました。
本気食いを見せましょう。

えび天、いか天、もりもりポテト、納豆巻き3皿、ホタテ、タコ、イカ、イクラ、ウニ、あとは忘れた。

そして、食べること、51皿。
生ビールを3杯。

ミズシマさんは、8皿。

申し訳ないくらい、食いましたよ。

満足、満腹、いい気分。


ミズシマさん、ごちそうさまでした。

この朝、一応体重を量っておいた。
55.2キロ。

そして、大食いして家に帰って量ったら、56.5キロ。
しかし、トイレに行ったあとに量ったら、55.4キロ。
0.2キロしか増えていない。

つまり、食った分だけ出てしまうんですね。

もったいない。

その結果、やっぱり、大食いはやめよう、と思ったのであります。


私の勝手な推測だが、胃下垂の人は、胃の働きが弱いから、食い物がすぐ腸に下りてしまうのではないだろうか。
だから、食い物を消化しない。
腸だけが頑張って働くが、その作業にも限界がある。

出しちまったほうが、腸も楽だ。
そこで、腹痛が起きる。
腹痛のあと、大量に出る。

ほとんどが、出る。

要するに、燃費が悪い。

もったいない。

せっかく奢っていただいたのに、ほとんどが出てしまうなんて、なんて罰当たりな体だろう。

我が高校2年の娘も、私と体質は同じだ。
身長159センチ、体重40.5キロは、この2年間変わらないという。

娘は、よくお友だちと「シェーキーズ」のランチバイキングに行くが、時間内に腹痛が1〜2回起きるらしい。

元を取ろうとして、一気食いするが、すぐ腹痛。
その結果、出しては食い、出しては食いの繰り返し。

「なんか、お金をトイレに捨てているような気がするんだが」と、いつも言っている。

俺も、そう思う。


昨日、ほぼ1年ぶりに家族でメシを食いに行った。

「ムーの子孫」という、もんじゃ焼きのお店だ。

「時間制限なし食べ放題」というのがあると聞いて、娘と私は気が進まなかったが、ヨメと息子が強く主張するので、仕方なく行ったのである。

食べる前から、娘と私は、戦意喪失。
「どうせ、食ったって出ていっちまうんだから」

ヨメと息子は、食べ放題を選んだが、娘と私は、「焼きうどん」ひと皿を、ふたりで地味に食った。
飲み物は、娘は、コーラ。
私は、ドリンクメニューの中で一番安い「特製『ムーの焼酎25度』」を飲んだ。
(我ながらケチだと思うが、自分で支払うとき、酒はあまり飲まない)

テーブルのコチラとアチラで、温度差の激しいこと。

もんじゃ、お好み焼きを次から次に頼み、カレーうどんやチキンの分野まで攻め込むヨメと息子。
エアコンの関係で、もんじゃ、お好み焼きの風が、こちらに容赦なく吹き込んできて、全身がもんじゃ、お好み焼きのマントを纏ったようになった。

食い終わって外に出たとき、満足そうに顔を上気させたヨメが「なんか、二人とも臭いよ。食べ放題の匂いがプンプンするわよ。恥ずかしいから、離れて歩いて」とおっしゃった。


俺たちが食ったのは、焼きうどんだけなのに、明らかなる冤罪事件。


しかも、そのあとで、お二人が、さらにおっしゃるのだ。

「ワタシ、そう言えば、もう5日間くらい出ていないかも」
「ああ、俺は一週間以上出してない気がする」


毎日、たくさん食って、体の中に溜め込んで、経済的な肉体を保つおふたり。
かたや、食い物の量にかかわらず、食ったものは、ほとんど出ていってしまう虚しいふたり。


はたして、どちらがいいのでありましょうか。


2013/01/16 AM 05:49:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

イケメンなやつ
年末から新年にかけての仕事は、2件。

かなり、順調にいったほうだと思う。

神田のイベント会社からいただいた仕事は、昨年12月のブログに書いたように、「ミスター横柄」が喧嘩を売ってくれたため、お尻ペンペンをして断ったが、そのあと奇跡的に手元に舞い降りてきてくれたものだ。

最初は、「前回の仕事は見せねえ」とミスター横柄氏が拒んだ表紙のデザインも、本来の担当者は見せてくれて、前回の雰囲気を踏襲するということで話がまとまり、あと1回修正すれば校了になるほど、順調に仕事が運んだ。

展示会場の設営に回された「ミスター横柄」さん。
今年の冬は、とびきり寒いですが、設営、頑張ってください。


もう一件は、年始恒例、ある企業の社内報。

これは、もう9年目のお付き合いになるので、フォーマット通りに進行すればいい、という慣れた仕事だ。
4日程度で、年末に仕上げた。

どちらも、気持ちよく仕事が出来ました。


しかし、世の中には、気持ちのいい仕事ばかりがあるわけではない、というのはフリーランスの誰もが思っている、抗いがたい摂理だと思う。


極道コピーライターのススキダ。

こいつが、昨晩、私の愛しきiPhone4に電波を飛ばしてきやがったのである。

「あのよお〜」と言われたので、「あの世」から来たのかと思った。

しかし、現世から来たようだ。

「お前にさあ〜」と2歳年上の先輩に向かって、この傍若無人な振る舞い。

無礼者! と怒鳴りたいところだが、怖いので、黙って話をお聞きした。

「去年の11月に、込み入った仕事を頼んだよな」

そう、頼まれてやった。
ある商店街の歳末セールのポスターを頼まれたのだ。

歳末セールのポスターといえば、赤字でドーンと「歳末」とか「売り切り」とでも書いて、あとは歳末セールの期間を載せればいい、というのが一般的な考え方だと思う。

しかし、人一倍言葉を大事にし、その大事な言葉で商売をするススキダは、紙面全部を言葉(文字)で表現したいとおっしゃったのである。
つまり、商店街の店一つ一つの個性を、言葉だけで紹介するポスターを作りたいというのだ。

A1サイズに、商店街42店舗の店の特徴を網羅し、その上で歳末セールだということが誰にでもわかるポスターを作ってくれ、と脅されたか弱い私。

極道ススキダを強要罪で訴えることも考えたが、波風を立てることが、この世で25番目に嫌いな私は、素直に要求を受け入れた。

しかし、これは難航した。

なんと言っても、言葉のボリュームが多すぎる。

歳末セールのポスターで、文字だらけのやつなんて誰も見ねえよ、と思いながら作ったから、ススキダが奥さんの次に大事にしている言葉を軽く扱ってしまったのだ。

「ダメだな。文字が並んでいるだけで、一つ一つがまったく主張していない」
「これでは、歳末セールだということが、全然伝わらない」
「どの店も同じ扱いをしろよ。店のデカさ、規模は関係ない。みんなが平等だ」
「少しは余白を生かしたらどうだ。余裕がなさすぎる」
「俺は、この文章を考えるのに二週間を費やしたんだ。簡単な気持ちで作られても困る」
「全然ダメだ。文字が浮かび上がってこない。全部が、配列に殺されている。もっと工夫しろよ」

毎回のように、お叱りを受け、直すこと8度。
9度目に、何とか「俺は気に食わないんだが、クライアントがいいって言うから、これでOKだ」という偉そうな態度で校了を宣言されたときは、人生で26度目の殺意が芽生えた。

さらに、インクジェットプリンターで出力する寸前に、直しが2箇所入ったときは、一気に27〜28度目の殺意が、胸の中で増殖した。

しかし、ススキダが怖いので、すぐにその殺意を封印した。

横浜港に沈められるのは・・・・・嫌だ。


ススキダは、おそらく、その仕事のことを言っているのだろう。

仕事が終わっても、まだクレームをつけやがるのか。

いくら臆病な子羊だって、反撃することはあるんだぞ!
水鉄砲で、最近薄くなってきた頭を濡らしてやろうか!

などと勇ましいことを考えていたら、「あんときの請求書だがよ〜」とススキダが、妙に優しい声で言った。

つまり、そのポスターの請求書のことでクレームをつけてきたのだな。

請求額が、高すぎるということだろうか。

ススキダと私の間では、仕事のやり取りのとき、金額を取り決めることはない。
それは日本的な悪い風習だとは思うが、これくらいの仕事なら、この金額で、という暗黙の了解のもとに我々の仕事が成り立っているからだ。

だから、今回も、仕事の密度、かかった時間、今までの仕事とのバランスを考慮し、私が値段を決めて請求書を送った。

ススキダの会社は、月末締めの翌月10日支払いという、インターバルの短い間隔で支払ってくれるから、大変助かる。
支払いに関してだけ言えば、優良なお得意さんと言っていい。

極道ではあるが、そこは認めてやってもいい。

しかし、その請求書の額で、今回は新年から文句を言う気なのか。

上等じゃねえか。
受けて立つぜ!

かなりの勢いで気負っていたら、「安すぎるんじゃねえか」というススキダ様の優しいお声が。

「俺は、かなり迷惑をかけたと思うんだよな。
普通のポスターと違って、倍以上の手間がかかったんじゃねえか。
俺の勝手な都合でお前に手間をかけさせたのは、俺にもわかっているんだよな」

大丈夫か、ススキダ。
熱があるんじゃないか。
それとも、年が変わって、人格も変わったか?

顔に似合わない優しい声は、鳥肌しか立たないぞ。
寒気がするぞ。

そう思ったが、ススキダの優しい声は、さらに続く。

「あんな金額では、おまえ、報われないだろうが。
あの倍の値段で、やっと釣り合う仕事だぞ。
自分を安く見積もるんじゃないぞ。
俺は、お前に無理を言ったことはわかってるんだ。
俺を悪者にするんじゃねえよ」


ススキダ。
おまえ・・・・・イケメンだな。


「わかってるよ。レイコ(ススキダの愛妻)は、俺のことを、世界で一番のイケメンだと、いつも言ってるぜ」


まあ・・・・・価値観の違いだな。


で・・・・・請求書を書き直せ、ということだな。

「まあ、そうなんだが、もう倍の金額をさっき、振り込んどいた。まあ、書き直しはゆっくりでいいからよ」


おまえ・・・・・本当に、ススキダか?

イケメンすぎるぞ。


ネットで確認したら、確かに、倍の金額が振り込まれていた。

ススキダ様。
ありがとうございます!

思いがけない大金をいただき、クリアアサヒも喜んでいることでしょう。

私のわけのわからない言葉に、ススキダは苦笑しながら、言った。

「ああ、年賀の挨拶の代わりに、クリアアサヒ、ワンケース送っといたから・・・・・今日あたり、着くんじゃねえか」


確かに、昨日の午後7時すぎ、クリアアサヒがワンケース届いた。



ススキダ。

改めて言わせてもらうが、おまえ・・・・・イケメンだな。


2013/01/11 AM 05:58:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

新幹線にて
新年の挨拶回りは、4件。

浦和のドラッグストア、杉並の建設会社、稲城市の同業者、そして静岡の広告代理店。

今年の仕事はじめは、どこも余裕を持って7日からだろうと思っていたら、真面目に4日から始めるところが多いのは、意外だった。

ということで、4日に3件、5日に1件、挨拶回りをした。


この中で、浦和、杉並、稲城は、いつも問題なく終わることが多い。
しかし、静岡の方は、毎年担当者が変わるので、たいへん困る。

なぜ困るかというと、箱根駅伝の話題が必ず出るからだ。

このブログで何度か書いているが、私は箱根駅伝には全く興味がない。
そのことは、浦和、杉並、稲城は知っているが、静岡では、担当者が変わっても、そんなことは引き継がれないから、話がいつもリセットされる。

だから、新年の挨拶に行くと「箱根、見ました? 俺の母校が〜」てな話を持ち出されることになる。

これが、面倒くさい。

私が箱根駅伝を見ない理由を説明するのに、私が飽きてしまったからだ。

そこで、今年からは、旅行に行きましたので、見るチャンスがありませんでした、と説明することにした。

「どこへ旅行に?」と聞かれたら、母の生家に、と答える。
「それは、どこですか?」と聞いてきたら、山陰の〜と答える。

関東近辺の人は、山陰と言ってもピンと来ないから、それ以上は聞いてこない。
ここで、間違いなく話は終わる。

そうか、この手があったか!
これは、いい方法である、と帰りの新幹線の中で、私は、ひとり思い出し笑いをして悦に入った。

新幹線の上り自由席は混んでいたが、なんとか座ることができた。
面倒くさい儀式を終えたあとのクリアアサヒが、ことのほか美味かった。

普段のつまみは柿の種だが、この日は気分がよかったので、崎陽軒の焼売を買って、ワイルドに2個ずつ口に放り込みながら、クリアアサヒを飲んだ。

ウキウキ ワクワク〜〜〜〜ララララララ〜


そんな浮かれ気分のとき・・・新横浜を過ぎようとしていた新幹線車内から聞こえてきた声。

「赤ちゃん置いて、神戸の実家に帰ったって、今ごろ言われても・・・それで、最後はあたしに頼る気?」という、関西訛りのヒソヒソ声が私の左耳に届いた。

聞くつもりはなかったが、勝手に耳に入ってきた。
最近の私は、電車の中で音楽を聴くことをやめ、文庫本を読むこともやめた。

右耳が聞こえず、右目が極端な弱視の私は、仕事以外で、まだ正常を保っている左目と左耳を酷使することを抑えることにしたからだ。
しかし、新幹線では、たとえ左目をつぶっていたとしても、左耳だけは生きているから、会話が勝手に入ってきてしまう。

本当に、聞きたくて聞いたわけではないのですよ。

オレ、人の領域に無闇に踏み込まないのが、ポリシーなので。

それに、ヒソヒソ声というのは、意外と耳に届きやすいものなのです。
皆さん、お気を付けください。


「まだ、産んでから2ヶ月もたってないのに、旦那に押し付けて実家に帰ったら、旦那さん、怒るの当たり前やわ」

それに対して、聞こえた言葉。
「わかっとるわ! アイツが怒ってるから、帰りたくないって言うとるの! だから、あんたンとこ、泊めてって言ってんの!」


要するに・・・・・

生まれて間もない赤ん坊を旦那に押し付けて、妻は実家で正月を過ごし、友だちと遊んだ。
それに対して旦那が怒り心頭なので、家に帰りたくない。
友だちに、あんたの家に泊めてくれ、と半ば開き直りつつ、お願いしているところだと推測した。

「泊めてよ! あたし、ホテルに泊まる金ないんだからさ!」

それは、新幹線の自由席の中で主張する会話ではないと思うのだが・・・・・。


要するに・・・・・

赤ん坊を産んだあとに、すぐ育児放棄。

色々と事情はあるかもしれないが、育児放棄。
赤ん坊の世話をしたくないから、旦那に赤ん坊を押し付けて、自分は(独身時代と同じように)気ままに過ごしたいということですね。

友だちは、それに対して・・・・・

「まあ、しょうがないか。怒っているところに出ていっても修羅場になるだけだからね。うち、来るしかないか」


要するに・・・・・

お友だちは、積極的に解決するつもりは、まったくないようだ。


赤ん坊を押し付けられた旦那さんは、どうなんでしょうか。
人様のうちのことだから、どうでもいいことだが、ほんの少しだけ気になる。


育児放棄。

これは、この会話だけ聞くと、奥さんの方が悪いような気がするが、もしかしたら、旦那の方に問題があるのでは、と考え直した。

たとえば、DV(家庭内暴力)とか・・・・・。
稼ぎを家に入れないとか・・・・・。
あるいは、旦那のお母さんが、やたらと干渉したがるとか・・・・・。


などと考えていたら、唐突に野太い女の人の声が、私の左耳を襲った。

「何よ、あのバカだちの話。いまどきの女って、みんなあんなよね!」

声のした左を向くと、50歳前後のステレオタイプの教育ママ的なメガネをした女性が私の目を睨みながら、口を歪めているところだった。


なんか、面倒くせえ展開になったぞ。


こんなとき、この人のご意見に簡単に同調したら、会話が長くなることは目に見えている。
それだけは、避けなければいけない。

事情のわからない話に、迂闊に同調したら、話がスパイラルになる。

今の会話でわかることなど、真理のごく浅い部分だけでしかない。
本当の事情など、第三者にわかるわけはないのだ。

だから、ここで軽薄に頷くことは、地雷を踏むようなものだと私は判断した。

そう思った私は、耳が聞こえない振りをした。

つまり、耳が聞こえないという意思表示を手話で表現したのである。

昔、法律事務所に勤めていたころ、事務員に聾唖者の方がいた。
その人とコミュニケーションをとるために、簡単な手話を覚えた。

そして、自分の右耳が聞こえなくなったとき、もし次に左耳が聞こえなくなったらという恐怖から、手話の必要性を感じ、日常で困らない程度の手話を少しずつ覚えた。

このとき、隣の女性の吐く毒に危険なものを感じた私は、咄嗟に手話で応対したのである。


そのときの隣の女性の反応。

「なんだ、あんた、×××(差別用語)かい!
まったく、バカ女と×××って・・・・・最悪の新幹線に乗ったな!
今年は、のっけから、いいことないな!」


殴ってやろうかと思った。

そして、クリアアサヒをぶっ掛けてやろうかと思ったが、クリアアサヒをぶっ掛ける価値もないと思いなおしたので、我ながら気持ち悪いほどの薄ら笑いを隣の女性に返した。

ニヤ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。

そうすると、「ああ、気持ち悪い! 早く東京駅に着かないかしら。耐えられないわ、ああ、鳥肌が立ってきた!」。
そして、搾り出すような声で、「ああん! キチガイどもがぁ!」と唸った。



新幹線車内は、一瞬にして、シ〜〜〜〜〜〜ン。



キチガイ(手話では『怪しい人』と表現)ですいません・・・・・と頭を下げたが、果たして、相手に伝わったかどうか。



2013/01/06 AM 08:45:56 | Comment(2) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

ヒーローは死なない
2013年、初めて話をした相手は、猫だった。

オンボロアパートの庭のダンボールに住みついた「セキトリ」という名のオス猫。

住み着いている、とは言っても基本的に、彼は野良猫だ。
毎日いるわけではない。

週に2、3日滞在するだけである。
彼との付き合いはもう3年になるから、セキトリがダンボールの中にいる気配は、9割近い確率でわかるようになった。

いる気配を感じたときは、朝、洗濯物を干す前に、ダンボールの横に食い物を入れた皿を置いておく。
私が洗濯物を干しているときに、のっそりと顔を出し、ほとんど私の存在を無視してメシを食い終わり、無言でダンボールに消えることのほうが多いが、たまに、「よお」という感じで私の顔を見上げることもある。

この新年もそうだった。

いつもは、冷えたご飯にツナと鰹節を混ぜ、薄い昆布だしを回しかけたものか、カリカリに焼いたバタートーストが朝メシだ。
しかし、この日は元旦なので、紀文のカマボコを細かく刻んで冷やご飯に乗せ、薄い昆布だしを回しかけたものの他に魚肉ソーセージを追加した。

いつもの皿に、メシを盛り、違う皿に魚肉ソーセージをのせたものを見た「セキトリ」は、私を一度見上げて、軽く頷いた。

その皿の配列を見て、新年だということが、わかったのかもしれない。

「豪華じゃねえか。おめでとう、とでも言っておこうか」
そんな表情を浮かべながら、セキトリは、一気に元旦の食事を終えた。

食欲を満たし幸福感を全身で表したセキトリに、私は話しかけた。


セキトリよお。
君の目線からは見えないだろうが、二階から富士山が見えるんだよ。
今朝は特に、稜線がくっきりと見えて綺麗だったな。


なあ、セキトリ・・・・・ただの山なのに、なんで、あれを見ると俺は感動するんだろうな。

日本で一番高い山だからか。
それとも、俺が日本人だからかな。

私がそう言うと、「まあ、俺には関係ないことだな」というように、セキトリは、そっけない素振りで、無表情のままダンボールの家に消えた。


彼と心が通じているのか、いないのか、これだけでは判断できない。

私としては、通じていると思いたいが、片思いということもありうる。



そんな新しい年を迎えたあと、10時過ぎに起きてきた家族に、お雑煮替わりの海鮮ピザを食わせ、おせち替わりのサラダスパゲッティ、自家製穴子のテリーヌを食わせたあとで、家族みんなにお年玉を渡した(ヨメにもお年玉を渡すのが習慣だ)。

つまり、ことしも、当たり前の正月だった。


そんな当たり前の元日昼に、大学時代の友人シバタ(通称・ハゲ)からiPhone宛に電波が飛んできた。

「2回目の正月を迎えられたよ」と、ハゲが、たまった感情をiPhoneにぶつけるように言った。

2年前の6月に喉頭がんの手術を受けたハゲは、昨年の正月「俺は、新しい年を迎えることができたぞ〜」と泣きながら電話をかけてきた。

そのとき、私は、よかったな、と答えた。

だから、ことしも、よかったな、と答えた。


ハゲが、手術を受けた同じ時期に、ハゲと同じ手術を受けた人が、昨年の9月、ガンが転移して亡くなったことがあった。

そのときのハゲの落ち込みようは尋常ではなかった。

その落ち込んだハゲに対して私は・・・

しかし、お前は生きている。
その人には悪いが、お前は「その人」じゃない。

お前は、生きているんだ。
お前が落ち込む理由は、まったくない・・・と私は叱った。


でも、なあ・・・・・とハゲが言う。

俺は、怖いんだよ。
死ぬのが・・・とても怖いんだ。


そんなハゲに、私はこう言った。

お前は、お前の奥さんにとってヒーローなんだ。
お前の子どもたちにとっても、ヒーローだ。

そして、信じられないかもしれないが、お前は、俺にとってもヒーローなんだよ。

いいか、ヒーローは決して死なないんだ。

ファンがいる限り、ヒーローは死なない。

お前が死ぬことは、許されていないんだ。

わかるか。
お前は、ずっとヒーローで、い続けなきゃいけない。

それが、お前の役目だ。


そんな私の言葉に、ハゲは何も言わず、ため息だけを返し、電話を切った。

私の思いが、彼に通じたのか、通じなかったのか、そのときは、わからなかった。


2013年1月1日、昼過ぎ。
ハゲが言った。

「なあ、マツ、俺は、死なないんだよな。俺はヒーローなんだから、死なないんだよな」

新しい年の始まり。
その晴れやかなときに、まるで相応しくないほどの切羽詰った声。

病の再発に怯える中年男の切実な心の叫び。

その彼の恐怖は共有できないかもしれないが、ひとりの友として、彼をハゲましつづけることはできる。

だから、私は、念仏を唱えるように、お前は死なない、ヒーローは死なない、と何度も繰り返し続けた。


死なない、死なない・・・・・。


そんな私の心温まる言葉を遮って、最後に、ハゲが言った。

「そうか、死なないか。実は、飲むつもりはなかったんだが、2年近く我慢していた酒をさっき一杯だけ飲んでしまったんだ。
正月の朝だからな。軽いノリで飲んでしまったんだよ。
でも、俺は、死なないんだよな。俺は、ヒーローなんだから・・・・・。
なあ、マツ・・・・・オレ・・・大丈夫だよな。
死なないよな?」



てめえ!

残った毛、全部、むしり取ってやる!




そんな下らない電話で、幕を開けた一年だった。




みなさまには 良い一年で ありますことを



2013/01/02 AM 08:49:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



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