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● ビール泥棒チーズ泥棒 |
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家族の晩メシをほぼ作り終えた昨日午後7時7分前、大学時代の友人であり、コンサルタント会社の社長であるオオクボから電話があった。
「大丈夫か、おまえ」と突然言われた。
もちろん、俺はいつだって大丈夫じゃない男だ、気にするな、と答えた。
どう大丈夫じゃないかと言えばな・・・・オオクボ、俺はこの間、京橋のウチダ氏の事務所に行ったんだよ。 ウチダ氏は、例によって忙しかったから、不在だった。
だから、俺は当たり前のように合鍵で侵入して、冷蔵庫の中のクリアアサヒを飲み、身分不相応だとは思ったが、スーパードライも飲んでしまったんだな。
ウチダ氏は、このブログで何度も書いているが、イケメンである。 そして、仕事もできる。 さらに、決して人を不快にさせない卓越した話術も持ち合わせている。
つまり、人間として、とてもイヤな奴だ。
彼は、自分が不在のときに、五歳年上の貧相な白髪オヤジが来ることを想定して、絶えず事務所の冷蔵庫に、私の大好物であるクリアアサヒと各種のチーズを常備している奴なのである。
2日前、午後1時過ぎ、侵入に成功した私は、まずクリアアサヒの500缶を飲みながら、カマンベールチーズをかじった。 次もクリアアサヒの500缶。 そして、二つ目のカマンベールチーズ。
飲んで食ってだけでは飽きるので、自宅で撮りだめしておいたTVドラマ「ゴーイングホーム」を3話から観はじめた。
TVは、42インチの液晶。 レコーダーは、ブルーレイ。
成功者め!
私には、到底理解不能なのだが、世の中には、フジテレビの番組というだけで忌み嫌う人が、いらっしゃるようだ。 しかし、私は嫌う理由がまったくないので、ゆったりとした気分で、映像を堪能した。
このドラマは、BGMがないのと、会話の密度が薄いところが好きだ。 そして、物語の進行が緩やかで穏やかなところがいい。
つまり、監督と俳優の力量が如実に出る。
それぞれの俳優さんの表情、会話の間に感嘆しながら、今度はスーパードライの350缶を飲んだ。 つまみは、チェダーチーズだ。
そして、チェダーチーズをかじりながら、2本目のスーパードライ。
幸せ過ぎて、チーズ臭い屁が出た。 (下品でスイマセン)
さらに、スーパードライを飲んで、幸せ絶頂のとき、突然の眠気がやって来た。 「ゴーイングホーム」は、第5話が終わろうとしていた。
尻の居心地がいい、やや硬めのレザーのソファ。 まぶたを閉じる前に見たデジタル時計の数字は、15:57を示していた。
夢を見ているという感覚はあった。
突然、目の前に広大な竹やぶが広がったのだから、これは夢に決まっている。
漆黒の闇の中に、浮き上がって見える魍魎の巣のような竹やぶ。 鳥肌が立つくらい、おぞましい光景だ。
そこに足を踏み入れるのは勇気のいることだったが、私の足は勝手に動き出していた。 滑るように竹やぶに侵入し、アッという間に竹やぶの中心まで到達した。
その竹やぶの中心にいたのは、何故かピアノを弾いている宇多田ヒカルお嬢様だった。
その光景を見たとき、私は夢の中で、これは間違いなく夢だということを確信した。
ピアノの音に合わせて歌われる「誰かの願いが叶うころ」。
名曲だ。
聞き惚れた。
しかし、聞き惚れているときに別角度から唐突に聞こえてきた「We will rock you」。 QUEENの代表曲である。
まさか、この竹やぶには、QUEENもいらっしゃるのか。
まあ、夢だから、いてもおかしくはないが・・・・・。
しかし、その「We will rock you」は、夢にしては、妙に現実的な音だった。 無遠慮に私の左耳に侵入してくる。
これでは、宇多田ヒカルお嬢様の歌声が聴こえないではないか。
この無礼者が!
と叫ぼうとしたとき、夢の中の私は、これはiPhoneの着信音であることに気づいた。 得意先からの電話は、着信音をみな「We will rock you」にしてあったのだ。
夢の中で宇多田ヒカルお嬢様の歌声に心を囚われつつ、現実的な意識の中ではiPhoneの着信音を認識し、早く出なければ、と焦る俺。
意識は覚醒途中なのに、体は、まだ夢の中。
金縛りというほどではなかったが、焦って開けた私の目が最初に捉えたものは、暗い闇だけだった。
真っくろ〜〜〜〜〜〜〜い闇。
全身にトリハダ。
そのあと、突然口から発せられた「ギャーーーーーー!」という自分の声に驚いて、すぐに私の体は目覚めた。 そして、iPhoneの発信音が止んだ。
夢遊病者のような緩慢な動きで、iPhoneとビジネスバッグ、スーツの上着を拾って起き上がり、私は一直線にドアに向かった。 2回ドアに体当たりを食らわしたのは、覚えている。
体が完全に目覚めていなかったこともあって、距離感がつかめなかったのだと思う。
暗闇の中でドアノブを探って、震える手でドアを開けた。
廊下に出た。
廊下は、電灯がついているので明るい。 その明るさが、私を正気に戻してくれたと言っていい。
だから、事務所の鍵をかけることは忘れなかった。 そこは、褒めてくだされ。
ただ、一つだけ心残りがある。
私は、ウチダ氏の事務所で飲み食いしたあとは、いつも完璧に後片付けをしてから部屋を出ることにしていた。 ビール缶は薄く潰してレジ袋に入れ、食い終わったチーズの包み紙は、他のレジ袋に入れて、いつも持ち帰っていたのだ。 ビール泥棒、チーズ泥棒としては、それが最低限のマナーだと思っていたからだ。
な、わかるだろ・・・オオクボ。
だから、俺は大丈夫じゃなかったんだ。 ウチダ氏に迷惑をかけてしまった。 俺は・・・・・ちっとも大丈夫じゃないんだよ。
11秒の沈黙のあと、オオクボが、精神科医のように慈悲深い声で言った。
「俺が今晩、新宿御苑の馴染みの店で飲む約束をしたのは、お前だったような気がするんだが、違ったか?」
新宿御苑? 今晩?
今日は、何日だ? 12月18日?
約束?
記憶をたどってみた。
18日火曜日、午後6時半。 オオクボと約束。
思い出した!
「そうか、思い出したか。で・・・・・今は7時を回ったところなんだが、俺は、いったいどうしたらいい? このまま、お前を待ったほうがいいのか? それとも、帰ったほうがいいのか?」
オオクボさま! 行きます! 行きます! すぐ行きます!
武蔵野のオンボロアパートから自転車を飛ばし、中央線の快速を飛ばし、メトロを飛ばし、地上の道を走って飛ばし、オオクボの馴染みの店に着いたのは7時54分だった。
確実に8時を過ぎると思っていたのだろう。 オオクボは、早すぎる私の到着に、「タクシーで来たにしても早すぎるな」と呆れた。
知らないのか? 俺は、自家用ヘリを持っているんだぜ。
「タケコプターの間違いじゃないのか」と、珍しくオオクボが冗談を言った。
タケコプターは、もう飽きちまったんだ。
(笑い)
そんな他愛もない話から始まった「旧友ひとり」との忘年会は、昨晩11時近くまで続いた。
会計のとき、約束を忘れていたし、遅刻までしたのだから、ここは俺が持つよ、と格好をつけた俺に、オオクボは「これ以上、お前が痩せていく姿を俺は見たくない」と言って、乱暴に私の腹をさすった。
そして、光り輝くカードで支払いを済ませた。
いつもなら、得をしたと思う私だったが、このときだけは、泣きたくなるくらい後悔の念が湧いて出た。
御苑の駅まで、私たちは無言で歩いた。
冗談を言う気にもならない。
申し訳ない、という気持ちしかない。
御苑の駅に着いたとき、オオクボが、「悪いな、本当ならタクシーで送っていってやりたいところだが、明日の朝から出張でな。早く帰って眠りたいんだ。本当に・・・・・悪いんだが、自分で帰ってくれるか」と、小さく頭を下げた。
それに対して、冗談で返すこともできず、頭を深く下げることもなく、ああ、としか言えなかった俺。
帰り道。 踏み出す足が、重い。
年末に、とてつもなく真っ黒い自己嫌悪に陥った俺だった。
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2012/12/19 AM 06:02:35 |
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