Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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「誰か」とは俺のことだ
驚いた。

味噌汁を作っていたときに、「変な親子丼ね」とヨメに言われたからだ。

家族から「今日の晩御飯は何?」と聞かれることが多いので、手書きの「お品書き」を朝、冷蔵庫の前に貼ることにしている。

たとえば、その日の献立は、里芋とゴボウ、牛すじの煮物。
カニカマと銀杏、椎茸の茶碗蒸し。
長ネギとナス、豆腐を焼いて田楽味噌を乗せたもの。
親子丼。
油揚げ、ワカメの味噌汁。
(ちなみに、この中で私が食うのは、長ネギとナス、豆腐を焼いて田楽味噌を乗せたものと白米だけ。何種類も食うのが面倒くさいので)

この味噌汁を仕込んでいるときに、ヨメから「変な親子丼!」と言われたのだ。

おそらく、ヨメの頭の中には、「親子丼」という言葉だけがインプットされていたのだと思う。

つまり、それ以外の文字は、ヨメの脳には認識されていない状態だった。
だから、私が味噌汁を作っているのを見て、「これは、自分が知っている親子丼とは違う」と瞬時に判断したのだろう。

そこで、「変な親子丼!」と言った。

しかし、世界中の誰もがきっと、人が味噌汁を作っている姿を見たら、その料理は「味噌汁」と思うはずである。
その姿から、「親子丼」を想像する人は、限りなくゼロに近いのではないだろうか。

では、味噌汁を作っていて「親子丼!」と言われたとき、人はどんなリアクションを取ればいいだろうか。

違うだろ!
どこが親子丼だよ!
味噌汁! これは、味噌汁!

などと言ってはいけない。
それでは、不合格だ。

「だって、今日の晩御飯は、親子丼なんでしょ? 誰だって、親子丼を作っていると思うわよ」という論理的なご意見が返ってくるだけだ。

だから、この場合は、これが奇跡的にも美味しい親子丼に変身するんだから、世の中は不思議だろ? いま味噌汁に見えているものが親子丼に変わる、これがDaigoのメンタリズムです、と答えるのが正解だ。

このように答えておけば、晩メシは美味くなる。

メンタリズム、バンザイ!


という話と繋がるのか、繋がらないのか。

11月23日午前10時過ぎ、毎年の恒例のように、ヨメが「今日は、勤労感謝の日! 働いているお母さんに感謝して!」と、子どもたちに言った。

実は、恥ずかしながら思いがけなくも偶然にも困ったことに、私も働いているのだが、私は極端に内気な男なので、そんな図々しいことは、地球最後の日が来ても言えない。

そして、ヨメのその言葉を聞いたすぐあとに、私は、体調を激しく著しくイヤらしく崩したのである。

その原因は不明。
熱はなかったし、頭も喉も痛くなかった。
咳も出なかった。

だから、おそらく、風邪ではない。
ただ、持病の不整脈が絶えず顔を出した。
脈が飛ぶのを数えていると、その多さに、絶望的になった。
(このように絶望的になることは過去にもあったが、今回のように死を意識するほど不調になることはなかった)

まる4日間、自分の体が自分のものではないと思えるくらい、経験したことのない疲れが全身を犯して、何をするのも辛かった。

立っているのが辛い。
そして、普通以下の速度で歩いているのに、20歩くらい歩くと、全身に乳酸が溜まってしまうのか、体が異様に重くなるのだ。

自転車に乗っていても、坂とは言えないような勾配が辛くて、腿から下に力が入らず、向かい風でもないのに自転車が前に進まないという状態だった。

週に一度の食料品の買い出しのとき、自転車で何軒も近隣のスーパーを回るのだが、普段は1時間弱で終わる買い物が3時間かかるという異常さ。
スーパーの中を歩いていても、20歩進むと疲れるから、立ち止まっては歩き、立ち止まっては歩きの繰り返しだった。


オレ、いったい、どうしちゃったんだろう?


これが、老いというものだろうか。

しかし、こんなにも突然、全身が老化することがあるだろうか。

風呂に入ろうとして、湯船を跨ごうとすると、腿が重くて持ち上げるのに一苦労だ。
湯船から上がるときも、余程の覚悟がないと、足が持ち上がらない。
風呂に入っただけで、フルマラソン並みの体力を必要とした。

料理をしているときの包丁が重い。
立っていられない。
普段は40分程度で終わる晩メシの支度に1時間半かかった。

仕事をしているときの右手に持つマウスさえ重く感じられるのだ。

そして、座っているのも辛い。
座っていても、眩暈(めまい)がする。

キーボードの打ち間違いが、頻繁に起きる。

いきなり立ち上がると、地面が沈み込んだようになって、思わず膝立ちになる。


なんじゃあ、こりゃー! と叫ぶこと、39回。


とうとう、死神様がお迎えに来たか、と思った(大袈裟ではないのですよ)。

しかし、私は、意地でも、ツライという言葉を口にするのが嫌、という変態体質である。

辛いときは、絶対に、その辛さを告知しない。
どんなに辛くても、アピールしない。
リアルタイムで、告知したことがない。

その辛さが過ぎ去ってから、笑い話のように告知することがあるが、告知しないこともある。

他人の痛み、辛さなどは、他の人にはわからない。

その辛さは想像できるが、私は、相手の痛みや辛さを、想像だけで慰めることができない欠陥人間なのである。

だから、自分も人から慰めて欲しくない。
慰めの言葉は、いらない。
辛いと思うのは、俺一人でいい。

そして、我がヨメのことであるが、彼女は、(私に対して)絶対に、想像だけで慰めの言葉をかけない人である。

そこが、嬉しい。

私が辛そうにしていても、絶対に何も言わない。
言うと私の機嫌が悪くなることを、30年近い付き合いで学習したからだ。

ただ、ときに、容赦ない要求をすることもある。

高校2年の娘と私は、アレルギー体質を持たない原始人だが、ヨメと大学4年の息子は、生まれが上品なせいか、一年中アレルギーを起こして、クシャミを連発していた。

ダニやカビ、花粉、その他のホコリなどに反応して、クシャミをするのだろうと私は推測している。
そのため、カーペットは月に1回クリーニングしてもらっているし、畳は除菌効果のある「マイペット」で頻繁に拭き掃除をしている。
そして、ホコリなどが付着しやすいカーテンは、週に1回洗って、毎日ファブリーズかリセッシュを噴射している。

それなりに、気を使っているのだ。
そうすることで、上品なふたりのクシャミは、多少は軽減した。

しかし、今回は、体が辛かったので、それをサボった。

すると、ヨメが言うのだ。
「誰か、カーテンを洗ってくれないかしら? クシャミが止まらないわ」

この場合の「誰か」は、百パーセント私のことである。

「誰か、新宿でナニナニを買ってきてくれないかしら」
「誰か、役所に行って住民票をとってきてくれないかしら」
「誰か、頭痛薬を買ってきてくれないかしら」
「誰か、自転車の前カゴを直してくれないかしら」
「誰か、花の培養土を買ってきてくれないかしら」
「誰か、肩を揉んでくれないかしら」
「誰か、竹野内豊に会わせてくれないかしら」
「誰か、百億円をくれないかしら」

この「誰か」も、すべて私である。

その「誰か」が元気だったら、ご要望にお答えするのは簡単だったが、今回の「誰か」は、死にかけだった。

だから、無視した。

しかし、ヨメのクシャミは止まらない。
息子のクシャミも止まらない。
そして、ありえないことに、娘までクシャミをし始めたではないか。

仕方なく「誰か」は、あした洗濯するから、と宣言した。

それを聞いて、ヨメは、54万石のお殿様のように、満足気な笑みを浮かべて、うなずいた。


カーテンを洗うのは、全自動洗濯機様がしてくれるので、手間はかからない。
力は、いらない。

しかし、干すときには、体力を使う。
洗濯物を干すのって、こんなにも体力がいったんだなあ。
健康なときは、全然気づいてあげられなかった。

洗濯物、ゴメンな。
これからは、もっと真面目に干すからさ。

生まれて初めて、洗濯物を干す大変さを実感した。

冗談ではなく、干している間、余りにも辛すぎて涙が出た。

まさか、この年になって、洗濯物を干しながら泣くとは思ってもみなかった。

世の奥様方は、大変なんだなあ、と尊敬した。

干し終わって、仕事部屋の椅子に座るとすぐに気絶をした。

朝の9時前に干して、すぐ気絶。
気がついたら、午後2時半になっていた。

慌てて、オンボロアパートの庭の洗濯物を見たら、カーテンは取り込まれていた。

気絶していて、まったく気付かなかったのだが、仕事部屋のサイドテーブルに、リポビタンDがひと箱、置いてあった。


きっと、私ではない「誰か」が、洗濯物を取り込んで、リポビタンDを置いたに違いない。



昨日の朝突然、何事もなかったかのように、ファイトー、いっぱ〜つ! になった私だが、それがリポビタンDのおかげかどうかは、わからない。

想像することはできるが、想像で、ものを言いたくないからだ。





2012/11/29 AM 05:59:54 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

ショウ油がミソに
最近の私は、得意先の人にも遠慮をしないようになった(らしい)。

というより、私の方は、少し遠慮をしているつもりなのだが、そう見られなくなったと言ったほうがいいかもしれない。

杉並の建設会社の社長は、強面の独裁者である。
社員の誰もが恐れ、下請けも腰を引きながら社長に接している様子を見て、私は、いつも心の中でビビっていた。

しかし、その社長に言わせると、「あんたは、ひとに気を使わない人だなあ」ということになる。

いや、十分気を使っていますよ。
やせ細るほどに。

だが、その建設会社の40代の女事務員に言わせても、「お客様以外で、うちの社長に対等に話しかける人を私はじめて見ました」というのである。

第三者が言うのだから、そうなのかもしれない。


先日、3年ぶりにお呼ばれしたので、港区芝公園の得意先に行ってきた。
軽印刷の会社だ。

そこは、お役所の簡易印刷もしているが、お客が作った原稿をそのまま印刷するオンデマンドが主流の会社だから、私のような業種に仕事が回ってくることは、ほとんどない。

だから、浅い付き合いだと言っていい。

その会社の社長T氏は、港区だったか品川区だったか忘れたが、過去に区議を一期だけ務めたことがあるから、政治家体質の人、と言えるかもしれない。

性格は、一見温和。
滑舌がよくて、いつも笑顔を絶やさない微笑みの貴公子だ。
年齢は、53〜57くらいだったと思う。

本人曰く、世の中で、喧嘩、言い争いが一番嫌いだという。

ただ、(元)議員さんの笑顔と言葉を真に受けるほど、私はウブではありませんがね。


仕事の話をしている最中に、突然「今の時代こそ、独裁者が必要なんです」と、T氏が微笑みを浮かべながら言い出した。

いや、まだ仕事の話が、途中なんですが・・・。

「もうお題目だけの民主主義なんか、必要ないですよ。ヒーローは一人だけいればいいんです。私たちは、彼(大阪のH氏のこと)に付いていくことで幸せになります。それは、歴史が証明するでしょう」

(話の飛躍に躊躇いながらも、一方的な意見に同調するのは嫌なので)いや・・・それは、認識不足ではないか・・・と。

歴史上、独裁者の末路は哀れである。
そして、その国の民は悲惨である。

ヒトラー、マルコス、フセイン、チャウシェスク、ビン・ラディン、カダフィー、ムバラク、朴正煕。
ドイツ、フィリピン、イラク、ルーマニア、アフガニスタン、リビア、エジプト、韓国


彼らは、本当の英雄でしたか。
民は、幸せだったろうか。
民も独裁者本人も、最後には、その心身がボロボロになったのではありませんか。

それに、独裁者といっても色々あります。
もし社長とは真逆の政治信条を持った人が、たとえば社長の嫌いな共産党が独裁政権を持ったら、社長は、その独裁者を認めますか。
その独裁者の靴を舐めますか。
ひれ伏して股をくぐりますか。


(この言葉は、自分でも言い過ぎだと思った。
仕事の打ち合わせの途中に、突然『独裁論』が出てきたので面食らってしまったからだ。
それに、昨年の大震災の後のH氏の対応に関して、T氏は賞賛していたが、彼が何をなしたのか、私は覚えていない。
震災に際して、民主党は、ほとんど何もできなかったが、自民公明は何の協力もしなかった。そして、当時知事だったH氏が何をしたのかを聞いても、T氏は、具体的に答えてくれなかった。
根拠のない話を押し付けがましく言う能力は、政治家特有のものだと思うが、その話法は、素人の私には通用しない)


そんな風に反論したら、社長に「帰ってくれ」と言われた。
顔は、微笑んでいなかった。

靴を舐めますか、股をくぐりますかは、さすがに言いすぎたと思ったので、頭を下げて、事務所を出た。


仕事は、ものの見事に砕け散った(最近は、よくあることですけどね)。

昔の私だったら、仕事をもらうために自分を殺して自己主張を抑えたものだが、今は、それをするのが馬鹿馬鹿しくなった。

自分を殺してまで貰う仕事に、意味はないとさえ思っている。
残り少ない人生を我慢を重ねたまま終えるのは、悔いが残る年齢になった。

「仏のマツ」は、もう店じまいしたい。

そう考えると、私は、自分の性格が、どんどん破滅型に退化していっているように感じるのだが、それでも悔いが残るよりはいいとも思う。


そんな風に、自分の性格を分析しながら電車に乗っていたら、いきなり中央線武蔵境駅に着いた。

反省と分析を繰り返していたら、腹が減った。

そこで、武蔵境駅前のイトーヨーカ堂に入った。
地下の食品売り場で、まずクリアアサヒの500缶を1本だけ買った。
コンビニで買うよりは、はるかに安いからだ。

そして、地下のフードコートに移動する。

実は、このフードコートでは、アルコールは厳禁である。
易しい日本語で言えば、飲んではいけない。
つまり、違反だ。

しかし、同じ店で酒を売っていながら、そこで飲んでいけないというのは矛盾していないか。

おそらく、過去に酔っぱらいの方々が、数々のご迷惑を店側におかけしたので、アルコール禁止になったのだと推測する。
スーパーのフードコートは、家族が集う場所なのだから、それは当然のことだ。

立派な大人としては、禁止と言っているものを守らないのは、確実にルール違反であるという認識はある。
それは、絶対にしてはいけない。

しかし、ペットボトルなら、どうだろうか。
傍から見て、アルコールだとは、判断されないのではないだろうか。
(私は、クリアアサヒ1本ごときでは酔っ払わない自信があるし、酒を飲んで人様に迷惑をかけたことは、一度もない。開き直るようですが、これは詭弁です)

なぜかは知らないが、飲み干して空になったミネラルウォーターのボトルが、奇跡的にも私のバッグに存在した。
私は、地味だと思ったが、フードコートの一番端っこ、柱の影の人様に存在を気づかれないテーブルで、クリアアサヒをペットボトルに移す作業に没頭した。

やったことのある人は、お分かりかもしれないが、この作業は結構難しい。
世界で2番目に不器用な私としては、直径0.1ミリの針の穴に、直径0.11ミリの糸を通すほど難しい作業なのだが、時間をかけて、やりきった。
終わったあとは、相当な達成感があった。
(少し泡が溢れた・・・・・世界で2番目に不器用なので)

これで、この飲み物は、クリアアサヒではなく、ペットボトルに入った「何かの炭酸」という液体になった。


さて・・・・・腹が減ったので、ラーメンを食おうと思う。

ポッポの醤油ラーメンだ。
390円。

ポッポは、明快な店である。
安くて、値段相応の味を提供するということを追求している店だ。

味噌には、スープによく絡む太麺が最適だ、だの、豚骨には細麺が合うよね。コッテリしたスープが、喉を通るときの満足感はたまらない、だの、チャーシューはトロトロがいい、煮玉子の染み込み具合がドウタラコウタラ、という上品な感想からは、無縁の店だ。

だから、気軽な気持ちで食うことができる。

味に拘わるお方たちは、激安の牛丼を食うときも御宅を並べるのだが、私は、牛丼は牛丼だろ。焼肉は、ただの肉だし、カレーだって、カレーと認識できれば、どこだっていいじゃないか。
ラーメンも、その時々で美味ければいい。

私は、美味い、と思うことに理由付けはいらないと思う貧しい味覚の持ち主である。


話は少々脱線するが、年に数回「ゴチになります」という番組を見る。
そこに出演なさっているTOKIOの国分太一氏は、実に明快な人だと思う。

彼は、自分が気に入ったものを食べた後の感想のほとんどが「うめえ!」か「超うめえ!」なのである。
それを見て、彼が、そう言うときは、本当に美味しいのだろうな、と私は思うのだ。
逆に、彼が、それを言わないときは、それほど美味しくないのだろう、と推測する。

こんなにわかり易い感想があるだろうか。
明快すぎるほどだ。

だから、私は、誰の感想よりも、国分太一氏の「うめえ!」「超うめえ!」を信用している。

味を評価するというのは、そういうことだと思う。
余計なウンチク臭い表現はいらない。

うまい、まずい、だけで、私はいい(『超』はなくてもいいが)。


ところで、ポッポでは、注文時に金を払って、その料理の出来上がりを知らせるポケベルのようなものを持たせられるシステムになっている。

私は、醤油ラーメンを注文し、ポケベルを持って、隅っこの席に戻り、「ペットボトルの液体」を飲んだ。

ベルが鳴ったので、食い物を受け取るテーブルに行った。
しかし、そこに待っていたのは、私が持つ番号札と同じ番号を持つ味噌ラーメン。

私が頼んだのは、醤油ラーメン。

ポッポでは、半券も渡してくれて、そこに注文の品が書いてある。
だから、間違いは、一目瞭然。

この場合、「これ、違いますよ」と多くの人は、半券を見せながら言うであろう。
意義を唱えるのが当然の権利だと思う。

しかし、私は言えないのだ。

あのォ・・・・・違うんですよ、と言うのは簡単だろうが、ラーメンができるには、それなりのプロセスが必要になる。
ひと知れない苦労もあるに違いない(山に籠って修行したとか、ラーメン道を極めた有名なラーメン職人に、罵倒されながら教えを請うたとか?)。
一生懸命作ってくれたものを即座に否定するのは、申し訳ない。

たとえ間違いだったとしても、そこには崇高な一つの労働が存在する。

だから、黙って受け取った。

ここで文句が言えれば、俺の人生はもっと楽しいものになるだろう、と思うのだが、得意先には強気の態度に出ることができても、ここでは、それはできない。

体の奥底から醤油ラーメンを欲していて、これを食わなければ死んでしまうという状況なら文句を言ったかもしれないが、別に味噌だろうが、とんこつだろうが、塩だろうが、坦々麺だろうが、カレー風味だろうが、イタリアン風味だろうが、月見うどんだろうが、焼きソバだろうが、たこ焼きだろうが、トンカツだろうが、極上の握り寿司だろうが、松阪牛のステーキだろうが、伊勢海老のグラタンだろうが、塩むすびだろうが、生のモヤシだろうが、腹が減っているときは、食えるなら何でもいい。


些細な間違いで食った味噌ラーメン。
美味かったですよ。

本当に、美味かった。

満足しました。


もちろん、この意見には異論が多いことでしょう。

しかし、そのご意見は、重く受け取りつつも、そのご意見に対しては閉店ガラガラ。




そして、ポッポでは醤油よりも味噌の方が値段が高い、というクレームに関しては、間違えた方が悪い! という理論で対抗しようと思います。


(ただ、得をしっ放しでは申し訳ないので、メガポテトを追加注文したことだけは書き記しておきます)




2012/11/23 AM 07:52:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

アイアン・シェフ
料理が日課。

どんなに仕事が忙しくても、家族のメシは私が作る。
家族以外では、高校2年の娘の友だちに食わすことがある。

ただ、料理が好きだからと言って、料理番組やグルメ番組は見ない。
ネットで、レシピを見ることもしない。

参考にならないからだ。

私の場合、料理は化学実験のようなもので、この素材なら、この火加減で、この調味料を使ったら、こうなるだろう、という予測の元に作る。
実験だから、予測通りにいかないことも多々あるが、経験の蓄積のおかげか、食えないほど不味くなることはないようだ。

私独自のレシピは、頭の中にある。
レシピを書き残したりはしないし、出来上がった料理を画像にして残すこともほとんどしない。

美味かったら、それでいい。

商売人ではないのだから、それでいいと思っている。

気楽な立場だから、いろいろな実験ができる。

そんな私とは違って、責任ある立場のプロのシェフの皆さん方は、大変だなあ、と思う。


「アイアン・シェフ」

料理番組、グルメ番組は見ない私だが、この番組だけは録画して観ている。

決められた時間内に、課せられた具材を使って、ひと通りの料理の出来栄えを競うというのは、プロであればなおさら相当なストレスだろうから、単純に尊敬する。
当たり前のことだが、私にはできない。

化学実験に、時間制限をかけられても困る。
イマジネーションが、やせ細る。

ただでさえ貧困な想像力が、時間を区切られることで遮断される。

この番組に出る方々は、その状況の中で、想像力と技術力を存分に発揮して、見栄えのする料理を作り上げている。

それは、私には、大げさではなく「神の領域」に思える。

本当に、無条件に尊敬する。


この番組は、名作の誉れ高い「料理の鉄人」の流れを汲むものだという。

だが、私は「料理の鉄人」を観たことがない。
番組名は聞いたことがあるが、そのときは関心がなかった。
そのときの私は、テレビ番組を見る習慣がなかったからだと思う。

私がテレビを観るようになったのは、娘が物心がついてテレビに興味を持ち始めてからだ。

だから、12、3年以上前のテレビ番組のことは知らない。
有名なドラマやバラエティも、ほとんど見ていない。

そのせいか、「アイアン・シェフ」は、私には、とても新鮮に思える。
むかしの名作ドラマも知らないから、最近のドラマがつまらないというご意見は、私には通用しない。
(最近のお気に入りは、阿部寛氏のゴーイング・マイ・ホーム。長澤まさみさんの高校入試だ。まだ2話までしか見ていないが)


アナウンサーの過剰な情報が鬱陶しいとは思うが、音声を消せば楽しく観られる。

残り時間を知ったときに垣間見せるシェフたちの「生の焦り」を目にすると、真剣勝負なんだなと思う。

勝ち負けに関しては、どうでもいい。
興味ないと言ってもいい。

グルメを気取った文化人や料理の専門家だって、評価の決め手は、結局は好みだと思うからだ。

頂点に立つシェフの作品だから、美味いに決まっている。

だから、美味い、不味いではない。

好みだ。

審査員好みの料理を作った人が勝つ。
つまり、審査員好みの料理を作って、審査員の過剰なプライドを損なわない人が「アイアン・シェフ」なのだと思う。

それは、自分に当てはめてみても、同じことである。

私は、家族や娘の友だちの好みを熟知している。
言い方を変えれば、彼らの好みの料理しか作らない。

要するにそれは、私は、家族や娘の友だちにとって「アイアン・シェフ」だということ。


ところで、ネットで「アイアン・シェフ」の評判を見ると、あまりよろしくないようである。

それは、おそらく昔の「料理の鉄人」と比較しているからだろう。

だが私は、「料理の鉄人」を知らないから、面白くないとは思わない。
毎回、新鮮な気持ちで、感動しながら観ている。

主宰の玉木宏氏の進行も、凛として爽やかである。
審査員に関しては、音を消して観ているので、わからない。


このブログで何度か書いたことがあるが、私は、インターネットが流行る前と後では、状況がまったく違うと思っている。
だから、同じものでもインターネット前と後では、比較の対象にならない。

それを比較するのは、フェアではない。

ネットが流行る前は、口コミは徐々に浸透していった。
しかし、ネット時代には、口コミは高速で広まる(拡散する)。

その速度の差は、歴然としていると思う。

えてして、悪い評判は高速に伝わりやすく、そして、人は悪い評判には極めて敏感な習性を持っている。
良い評判は、そのあとを緩やかについて行く。

悪い評判の方が、到達速度が速いのである。

これは、どの分野でも言えることだと思う。

「昔のナニナニは良かったけど、今は・・・」「あいつの意見と態度は、気に食わないな」「あいつはもうダメだよ」という評判は高速で伝わるが、「いや、待てよ、そんなことはないよ」という消極的な意見は、高速には伝わらないか、あるいは前者の勢いに、かき消される。

いつだって、高速に伝わる意見の方に、マスメディアや世間は反応するものだ。

たとえ、本心でそう思っていなくても、知らない間に意見を誘導されて、そう思ってしまうのである。

それが、インターネットの持つ「負のエネルギー」だ。


昔は、その「負のエネルギー」をテレビ、ゴシップ誌が撒き散らしていたが、今、その役割はインターネットに移った。

「昔は良かったよ」という懐古趣味の意見や何か(誰か)を否定する言葉は、ネットの世界では、簡単に共有しあえる「おいしい前菜」なのである。
そして、その「おいしい前菜」だけで、ネット社会は満足してしまうのだ。

本当においしい「メインディッシュ」が来る前に、おいしさを評価してしまうから、「本当」が伝わりづらい。

繰り返すが、ネットの流行る前は、その種の意見は緩やかな速度で伝わったから、「意見の共有」に時間差があった。

誰もが同じ方向を向いて意見を共有するということが、今ほど極端ではなかった。

「昔は良かった」という意見は、ある程度の年配の人にはあったが、若い人にはなかった。

しかし、今は若い人でも「昔は・・・」と言う人が多いように、私には思える。
昔のことを知らない若い人でも、ネットで「昔は」という意図的な意見を読まされると、サブリミナルのように、それは簡単に脳に浸透してしまう。

表情を映すテレビは、映し出される顔と言葉、声によって、判断の選択肢が増えるが、ネット社会では、言葉と自己主張の強い一方的な映像だけである。

言葉とサブリミナル的な映像は、信じてしまうと「呪文」になる。
想像力と理解力が、言葉の中だけに限定される。

だから、いったん信じてしまうと、言葉に縛られる。

「誰かの言ったコトバ」が、まるで自分の意見であるかのように錯覚する。


同業者の通称「お馬さん」(人類史上最も馬に激似の男)は、その典型である。

彼は、本はベストセラーしか読まないし、歌はヒットした曲しか聴かない。
アメリカで大ヒットした映画やネットで評判の映画は、たいていは観ているようだ。
テレビの視聴率を疑いもなく信じていて、視聴率が高いものが、いい番組だと思っている。
行列ができる店やネットでの評判がいい店は、絶対に食い物が美味い店だと思っている。
特に、「ラーメン二郎」が大好きだ。
数年前までは、みのもんた氏が最高の司会者で、次に島田紳介氏、今は上田晋也氏が最高だと思っている。
某新聞社所有の野球集団が、他人と情報を共有しあえる確率が高いので、大好きだ。
最初は自民党を支持していたが、民主党に移り、大震災後に、また自民党に戻ってきた。
さらに、「知ってますか、叶姉妹が本当の姉妹じゃないってことを」と、得意げに言う。

そして、彼は自信たっぷりに、こう言うのだ。

「アイアン・シェフは、料理の鉄人に、遠く及ばないですよ。二度と観たくありませんね」


まあ、ご自分で、本当にそう思っていらっしゃるなら、私は何も言いませんが・・・・・。





2012/11/19 AM 07:05:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

お泊りで悩む
まずは、タラコをオーブントースターで焼いて、冷ました後でポロポロに崩しておく。

次に、生クリーム100cc、牛乳50cc、バター30グラムをフライパンで温める。
温まったら、昆布茶の粉末を小さじ一杯と塩ひとつまみを入れて軽くかき混ぜ、火を止める。

別の鍋では、太目のパスタを茹でておく。
茹で時間は、規定より1分半短めに。

茹で上がったら、フライパンにパスタを移し、中火で温めながら、生クリームと絡める。
そして、タラコを上からふりかけ、さらに絡める。

パスタがアルデンテになったら、トングを使って器に綺麗に盛り、白ゴマを散らし、きざみ海苔を散らす。
そして、盛ったパスタの真ん中辺に窪みを作り、そこに卵の黄身を乗せたら完成だ。

卵の黄身を崩しながら、お箸でいただく。

美味いぞ!
このタラコ・カルボナーラは。


などということを、ポニーテールさんに説明していたら、突然、ポニーテールさんから、「あのね、お話があるの」と言われた。

少し、生真面目なトーンになったので、身構えた。
まさか、彼氏と別れたなんてことを報告されても困るぞ。
私は、そういう話題が一番苦手なのだ。

どう慰めていいかわからない。

しかし、ポニーテールさんの口からは、仰天の言葉が発せられた。

「今年のクリスマス・イヴ。彼にディズニー・シーに行こうって誘われてるんだけど・・・・・ホテルも予約していいかなって言われて」

いいとも!

てなわけに、いくわけないだろ!

血圧が上がったぞ。

つ、付き合って半年足らずで、お泊りですか。
若いのに君は、何を急いでいるんだ。

真面目なお付き合いをするんじゃなかったのか。
お父さんは、悲しいよ。

「許して、お父さん! でも、彼を紹介したじゃない? あれは、真面目なお付き合いをするつもりだから、紹介したのよ。だから、お父さん、お願い!」

最近、ポニーテールさんにも私のバカが伝染ってきたようだ。

ノリが良すぎる。


しかし、奄美大島に51年住んでいらっしゃるご両親には、言ったのかね。

すると、「おい! キリンおやじ! こんなデリケートな話を実の親に電話で言えると思うか? 私は、そこまで厚かましくないぞ!」とポニーテールさんに、逆ギレされた。

お父さんから、キリンおやじに格下げですよ。

俺は、日本の国債か、シャープか、ソニーか、パナソニックか!

「何をわけの分からないことを言っている? 大丈夫か? ひとりごとは老化のしるし。老けるのはまだ早いぞ、キリンおやじ!」

はい、ありがとうございます。
ご心配をおかけしまして・・・。

などと言いながらも、頭は混乱。
だから、ゴメン、一度頭を整理したいので、一時間だけ時間をくれないか、一時間後に電話をかけ直すから、と懇願した。

「許す」


考えた。

たった3回しか会ったことがないとはいえ、彼氏を紹介された以上、感情としては娘も同然。

その子が、クリスマス・イヴにお泊りをするという。

俺には関係ねえよ。
本当の娘じゃないし、と言うのは簡単だが、そこまで単純に割り切れるものでもない。

奄美大島のご両親が、どんな方かは知らないが、遠く離れた娘さんを心配しているのは確かだろう。
まして、異性との付き合いに関しては、もっとも敏感なのではないだろうか。

赤の他人の私が、簡単に許していいものか。

それは、ご両親に対して申し訳なさ過ぎるだろう。

ここは、毅然とした態度で、若い者にブレーキをかけるべきではないだろうか。

ああ、しかし、ポニーテールさんの彼氏は真面目だしなあ。
信じてもいいような気もするし・・・・・。

頭が痛くなってきた。

バファリンは、どこにあったっけ?

と思っていたら、iPhoneが震えた。

ポニーテールさんだ。

「1時間11分、経ったんですけど」

そんなにオレ、悩んでいたのか。

だらしない男だな。

しかし、ここは、毅然とした態度で、言わなければならない。


で・・・・・あのぉ・・・・・も、もしもですよ・・・・・そのぉ・・・・・。


「何が言いたいんだ、キリンおやじ!」

はい・・・・・あのぉ・・・・・そのぉ・・・・・。

「あの、と、その、は一回でいい!」


はい、思い切って言いませう。

もし俺が、反対したら、どうするんだ?

そう言ったら、ポニーテールさんが、穏やかな口調で、こう言ったのだ。

「キリンおやじが反対するのなら、やめるよ。一応、親代わりみたいなものだからね」

何という身に余るお言葉。

無条件に感激。

その言葉を聞いて、私の口は、勝手に動きだしていた。

いや、反対はしないよ。
彼氏は信用できる人だし、ご実家が横浜市戸塚にアパートを2軒持っているなんて、将来有望だよ。
遠慮せずに、クリスマス・イヴを楽しみなさい。

「本当かよ、キリンおやじ! ありがとう、大好きだぜ!」

最後のフレーズを、もう一度。

「大好きだぜ」

よ〜し、行って来〜い!

「イエーイ!」



果たして、これで、良かったのだろうか。



なんか・・・オレ、付き合いが短いのに、ポニーテールさんに、完全に性格を読まれているような気がする。









ところで、まさかこの時期に、出来の悪い茶番劇を見せられるとは思っていなかった。

また、首相、変わるんでしょうか。



彼らは、いったい、どこを見て、いつを見つめて、誰のために働いているんだろう。




2012/11/15 AM 06:00:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

ヒョウタンと香水(犯罪者を免れたオレ)
サーバーが、メンテナンスもしていないのに、4日間も「機能停止」だって。
それも、私のだけだったらしい。

呆れる。



気を取り直して・・・いつだったか忘れたが、仙台在住のキャバクラ好き、塾経営者ノナカから、東京でミニパソコン教室の開店準備をしろ、と偉そうに命令されたことを、このブログに載せたことがある。

今年の11月末までに、2店舗。
慣れない仕事なので、最初は手間取ったが、とりあえず最終段階近くまでは行った。
何とか間に合いそうである。

この仕事は、本来ならキャバクラ好きノナカがするべき仕事だが、キャバクラ好きノナカの愛妻の手術があったので、愛妻家の彼の代わりに私が引き受けたのだ。

奥さんの病名が何かは、知らない。
聞いたら教えてくれるだろうが、聞く理由がないから聞かなかった。

ただ手術は成功し、今はそれなりに家事もこなしているというから、キャバクラ好きノナカも一安心だろう。

そのキャバクラ好きノナカ(長い名前なので、以下ノナカと略す)が、東京にやって来た。
「新宿にホテルを取ったから、新宿で会おうぜ」と、傲慢で自分勝手な元知事(日中関係を悪化させた張本人のくせに、新党結成を理由に逃げ出した逃亡老人)のように、高飛車に言うノナカ。

俺をホテルに連れ込んで、何をするつもりだ?
俺は、キャバクラ姐ちゃんじゃないぞ。
プラチナのブレスレットなんか、いらない!
俺は、そんな安っぽい女じゃないわよ!

ということを言ったら、完全に無視された。

ノナカの機嫌が悪そうなので、私は戦略を変えて、吉祥寺の大戸屋でカキフライ定食をご馳走してください、とiPhoneに向かって頭を下げた。

溜め息まじりに「わかった」と言ったノナカの声は、疲れきっているように思えた。
大丈夫だろうか。


吉祥寺駅前の大戸屋。

久しぶりに会うノナカは、相変わらずヒョウタンのような顔をして、顔だけで私を笑わせてくれた。

ノナカが、私と同じ「広島産カキフライ定食」を頼もうとしたのを見て、私は、おまえ、なに考えてるんだ? 俺が人と同じものを食うと下痢をする体質を忘れたのか! おまえは、「ミニまぐろ丼と板うどんせっと」を食え! と優しく威嚇した。

ノナカはまた、溜め息まじりに「わかった」と答えた。
疲れているのだろうか。

その疲れているノナカに、私は遠慮がちに、俺の分の生ビールを忘れるなよ、と穏やかに凄んだ。

やはり、ノナカは溜め息まじりに「わかった」と答えた。
大丈夫か、ノナカ!


メシを食っている間は、仕事の話は絶対に許さないというポリシーを持つ私は、ノナカが仕事の話をしようとするたびに、メルヘンチックに睨んだ。

ノナカは、今度は、溜め息を吐かずに、メシを食うことに専念した。
彼も大人になったものだ。

メシを食い終わった後で、ノナカは爽健美茶を飲み、私は追加の生ビールを飲んだ。
そして、奥さんの具合はどうだ? と聞いた。

「調子は、いいようだ」と言うノナカの嬉しそうな顔を見て、心の中でガッツポーズをした。
最近、富みに涙もろくなった耄碌(もうろく)ホネホネ白髪おやじは、勝手に涙目になる目をノナカに見せないように、目が疲れたふりを装って、さりげなく両方のまぶたを揉んだ。

で・・・今晩は、どこのキャバクラに行く予定ですか? そこにも日露のハーフはいますか? と、私は突然、謙虚な芸能レポーターに変身した。
しかし、見事に無視された。

眉間に皺を寄せたヒョウタン顔・ノナカ。
その笑える顔のまま、ノナカが言った。
「仕事の経費に使えって、会社名義のキャッシュ・カードを送ったよな」

ま、まさか、使い込みがバレタのでは?
上手くやったつもりだったが・・・・・。

「明細書を見ると、教室の賃貸契約費と備品の金しか引き出していないんじゃないか? 交通費とか、他にも経費があるだろうよ。遠慮せずに必要経費は使えよ。領収証があれば、それは正当な金ってことだからな。トータルで、どれくらいかかるか、その初期費用も次に教室を開くときの参考になるんだから、曖昧なままは、やめようぜ。経費は、正確にはっきりと記録に残すこと。ビジネスって、そういうもんだろ?」

ヒョウタンの皺が、細い目を覆い隠して、妖怪みたいで怖かった。
妖怪・ヒョウタンシワ坊主。
だから、背筋を伸ばして、頭を下げた。

ハイ! 社長、わかりました!
以後、気をつけます!

「わかってるのかねえ、ホントに」と言いながら爽健美茶を飲み干すヒョウタンシワ坊主。
そして、「とりあえず、今までの作業費を今月10日までに請求してくれるか? そうすれば、今年中に支払えるからよ。頼んだぜ」と言って、伝票を手にノナカが立ち上がろうとした。

そのとき、勢い余って、ノナカが手にしたバッグから、男性用コロンの瓶が飛び出して地面に落ちた。
バッグのチャックが3分の1開いていたようだ。

ノナカが手に取るより早く、私が拾った。
香水?
このヒョウタンシワ坊主が、男性用コロン?

ラベルを見た。
Kalvin Kleinだって?

いま、ノナカからは、コロンの匂いはしないから、これから着けるということか。
つまり、これから、香水を着けて良からぬ場所に行こうということだな。

私の眉間には、自然と皺ができたようだ。
それを見て、ノナカは、カンニングを見つかった劣等生のような顔をして、私の顔を伺い見た。
目には、怯えの光がある。

カルバンクライン。
香水。
キャバクラ。
日露混血のお姐さん。

事情は、読めた。

私は、無言でカルバンクラインをノナカに返した。

そして、言った。
病気療養中の奥さんが、仙台で待っているんじゃないのか?

俺は、今日これから暇だから、東京駅まで送っていこう。
早く帰ってやるんだな。

「いや、しかし、新宿のホテルをリザーブしてあるし」
怯えと焦りの光を目に溜めて、ノナカが私を見た。

懇願する目だ。
心から誰かに縋ろうとするとき、人は、こんな目をする。

友だちとしては、見逃してやりたいところだが、見ちまったものは仕方がない。
私は、冷徹な裁判官のような顔を作って、「キャンセルだ。まだ、チェックインはしていないんだろ?」と事務的に言った。

まるで、夏、咲き誇っていたヒマワリが、瞬く間に実を落として無残にも萎れたような哀れさを全身で表して、ノナカは小さく頷いた。

中央線に乗っているときも、東京駅のホームを歩いているときも、ノナカは萎れたままで、新幹線の券売機の前に立ったときには、そのまま朽ち果ててしまうのではないかと思うほど、生気の感じられない空気を撒き散らしていた。

その哀れな様子に心を動かされた私は、明日朝一番で帰ると約束するなら、一日の猶予を与えよう。ただし、今夜9時までにはホテルに帰ること。そして、9時ジャストに、奥さんにホテルの電話を使って連絡すること。それが守れるなら、見逃そうじゃないか。できるか、できるだろうな? と、私は萎れたヒマワリの両肩を叩いた。

そして、カルバンクラインは預かっておくと言って、右手を出した。

ノナカは、逆らわなかった。

しかし、中央線の下りに乗って新宿に向かっているときは、上りとは打って変わって、ヒョウタン顏に血の色が戻り、鼻歌まで歌う始末だ。


妖怪ヒョウタンスケベ。


新宿駅で別れたので、そのあと、ノナカが、どんな行動を取ったかは知らない。

ノナカ自身も過去に胃癌の手術をしたことがあるから、愛妻の術後の辛さは承知しているだろう。
だから、世界一ヒマで仕事のできない男に、仕事を預けるという無謀なことをしたのだ。

ノナカが、私の提案を受け入れて、翌日朝一番の新幹線に乗ったことを、私は信じる。


ところで、ノナカから預かったカルバンクラインは、その後どうしたかというと・・・。

私の仕事場のキャビネットの2段目に無造作に置いておいた。
すると、まず最初に、高校2年の娘が、それを見つけた。

「なんだ、この・・・・・・カ・ル・ビ・ン・ク・レ・イ・ンってのは?」
まあ、そう読むこともできるが。

娘には絶対に隠し事をしないと決めている私は、「ヒョウタンシワ坊主事件」のことを話した。

話を聞いて、娘は「当たり前のことだが、変態の友だちは、やっぱり変態なんだな」という言葉を残して、仕事場から消えた。

しかし、翌日、娘が「悪いな。友だちの誕生日パーティーに呼ばれているんだ。そのカルビンクレインってのを着けちゃいけないかな」と19年ぶりに(17歳だが)下手に出た口調で、私に頭を下げた。

いいんじゃねえの、と軽いノリで答えるホネホネ白髪おやじ。

(厳密に言うと、他所様のものだから、窃盗罪になるかも)

とうとう、犯罪者に成り上がった俺。
武蔵野警察の牢屋は、寒かろう。

そんな風に怯えていたら、大学4年の息子が、「コロンがあるんだって? ちょっと着けさせてよ」と、勝手に着けるではないか。

そして、今度はヨメが「お友だちとランチに行く約束したの。カルビンクレイン(カルバンクラインだよ)着けさせて」と、私の返事を聞かずに大量に振りかけたのである。

もう、オレ、完全に犯罪者。

自分が鉄格子の中で震えている様子を想像しながら、クリアアサヒを飲んでいた11月7日午後8時59分。
そのヒョウタンシワ坊主から電話があった。

私は、ノナカが話し始める前に、カルバンクライン、カルバンクライン、カルバンクライン、と呪文を唱えるようにiPhoneに向かって叫んだ。

「カルバンクライン? 何だ、それ?」
とぼけているのか、ノナカが声に不審な気配を滲ませて言った。

だから、新宿、キャバクラ、日露混血、カルバンクラインだよ。

チェッ! という舌打ちが聞こえた。
そして、大きく息を吐く音。

その後、不気味な沈黙。

16秒の沈黙の後、ノナカが言った。
「俺は、カルバンなんとかなんてものは知らない。買ったこともない。見たこともない。着けたこともない。キャバクラになんて行ったことがない。知らない、知らない、知〜らない!」


ナイナイづくしで、つまらない。


所有権の放棄。

どうやら私は、犯罪者にならずに済んだようだ。



2012/11/10 AM 06:59:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

説得力ある母の言葉
8月、9月と忙しく過ごしたご褒美が、やっと実感できるようになってきた。

つまり、その頃の仕事の報酬が、通帳に記録として残るようになった。

お得意先によって、入金日はまちまちだが、基本的に5日、10日、20日、月末が入金の日。

しかし、その習慣を未だに理解できない人がいる。
我がヨメだ。

9月末の入金を確認したとき、「ねえ、8月、9月が、あんなに忙しかったのに、入金額、少なくない? おかしくない?」と、ヨメが言うのである。

独立して13年。
やった仕事の報酬が、すぐ銀行口座に反映されるわけではないことを、ヨメが、いまだに理解できないのは、不思議だ。

私の仕事場の壁には、得意先の締め日と入金日が表にして貼ってある。
中には、締め日から60日経ってからでないと支払いの行われない得意先もある。

だが、私は、それを承知で仕事をいただいている。
だから、あんなに忙しい思いをしたのに支払いが遅い、などとは一度も思ったことがない。

決まりは決まり。
ルールがあってこそ、仕事や人間関係は円滑に動く。

それが、当たり前だと思うのだ。

忙し過ぎて疲れ果てたとしても、それは、あくまでも、こちらだけの事情である。
お得意先には、関係がない。

お得意先が仕事を出し、こちらは、それを納期までに終わらせる。
その結果としての、報酬。

そして、支払いのルールは、それぞれ違う。
お得意先のルールに合わせるというのが、フリーランスに限らず、仕事をいただく側の心構えだと思う。


ヨメが、結婚する前に勤めていた会社は、社団法人で、普通の会社と比較したら、天国のような会社だった。
ボーナスは、年に3回。
そして、アパレル関係の会社でもないのに、被服手当てというのが、年に一回、給料のほぼ1か月分出るという、ありえないほどの気前のよさ。

有休は、勤続年数によって違うが、最大30日ある。
勤続7年のヨメでも、有休が20日あった。
有休を取らないと、会社から文句を言われる。

土日祝日は、当然休み。
勤務時間は、9時から5時15分まで。
残業をすると上司から叱られたという。

2年に1回、5日間の研修があるのだが、研修先はハワイ。
最初の2日間だけ、午前中に3時間研修があるが、あとは、自由時間。
飛行機代、宿泊費は会社持ちで、研修手当てまで出るというのだから、至れり尽くせりだ。

どこが研修だよ!

そんな地上の楽園のような会社に勤めていたから、ヨメの同期の女性で、結婚したのは、4割くらいだという。
条件が良すぎて、会社から離れたくないようなのだ。

結婚した人の中には、一般的なサラリーマンである夫が、どれほど過酷な労働に明け暮れているかという現実に直面し、その現実を理解できず、1年足らずで離婚して会社に舞い戻った人もいたらしい。

それを思えば、ヨメの感覚が浮世離れしているのは、当たり前と言っていいかもしれない。

ただ、ヨメが勤めていた会社は、規制が厳しくなって、以前ほどうま味はなくなっているらしいが。

いずれにしても、最貧民である私と結婚したヨメは、この地獄のような境遇によく耐えていると思う。

感謝すべきだろう。


そんなヨメは、このブログで何度か書いたことがあるが、K−POPをこよなく愛している。
K−POPがなければ、生きている甲斐がない、とまで思っている。

ただ、昨今の日韓問題の火種の元である竹島に関しては、完全に日本サイドに立っている。

それは、ありがたいことに、ヨメが私の母親を尊敬してくれているからだ。

私の母は、生まれは九州だが、育ちは島根県。
昭和28年に東京に出てくるまで、島根で育った。

だから、島根に対する愛着が強い。

その母が、昔、「竹島は島根県ですから」と言ったのをヨメは、しっかりと覚えていて、「おかあさんが、竹島は島根県って言ったんだから、竹島は絶対に島根なんだから」と、その主張だけは、どんなことがあってもブレることはない。

たとえ、好きなK−POPアーティストが、「独島は韓国領」と言ったとしても、「いや、竹島は島根だよ」と、これだけは譲らない。

私の母が間違ったことを言うわけがない、と思い込んでいるのだ。

ありがたいことだと思う。

ヨメは、もしかしたら、実の息子の私よりも、私の母のことを愛してくれているのかもしれない。

母の誕生日には、必ず母の好きなランの花を贈るし、今年の米寿の祝いには、手編みのひざ掛けをプレゼントしてくれた(睡眠時間を削ってまで夜中に編んでいる姿を見て、胸が熱くなった)。

実家のウォーターサーバーの維持費は、ヨメが支払ってくれている。
年に1回の定期健診のときは、花屋のパートを休んで付き添ってくれる。

だから、ヨメの普段の思考方法が、どんなにピントがずれていたとしても、私は許せてしまうのだ。


先週の日曜日、家族で川崎の母の所に行ってきた。

母は、昔はフルタイムで働いて家族の生活を支えていたから、料理を作るのが苦手である。

だから、おもてなしと言えば、寿司だ。
我々が実家に行くと、食い物は、百パーセント出前の握りずし。

それが、母にとって、最大級のおもてなしであり、誠意だと思っているようだ。

わさびが苦手な子どもたちには、サビ抜きの特上にぎり。
我々は、並にぎり。

以前は、全部「並」でいいよ、と断っていたが、「孫には、いいものを食べさせたい」という母の思いを否定するのは、申し訳ないので、最近は、母の気の済むようにさせている。

子どもたちへのお小遣いも毎回ありがたくいただいている。

この家には、実の姉が同居しているのだが、姉は自分の部屋に引きこもって、絶対に出てこない。
古い表現だが、天岩戸より堅牢な戸である。

だから、私の子どもたちは、姉の顔を全く覚えていない。

それは、とても異常なことだと思うが、戸が開かない以上、子どもたちに姉の顔を思い出させることはできない。
無理強いをすると、想像を絶する修羅場が展開されるので、その戸の存在は、誰もがないものだと思っている。

戸の存在がないと思っているから、我々は、普通に、それなりに賑やかに会話を発展させ、それぞれの近況を伝え合う。

会話の中で、母が、「イ・スンギって可愛いわよね」と言い、「最近のお気に入りなの」と、はにかむのを見て、ヨメと高校2年の娘がすぐに反応した。

「ああ、あれは好青年だわよ」とヨメ。
「まあ、イケメンというほどではないけど、感じはいいよね」と娘。
「親日派らしいよね」と、意外にもK−POP嫌いの大学4年の息子が反応したのには驚いた。

一時は認知症と診断されて、どうなるかと思われたが、若いアイドルに興味を持つことによって、母の認知症は嬉しいことに改善しているようだ。

フルタイムで働いていた頃は、そんな余裕もなく、仕事を辞めてからは、「姉の問題」で、さらに余裕がなくなり、アイドルのことなど知る暇もない人生を送っていた。
しかし、最近はテレビを見て「嵐の相葉クンは、可愛いよね」「チャン・グンソクに会ってみたい」というほど、アイドルにはまっているという。

笑うしかない母の変化だが、それで認知症が改善されるなら、それは私としては単純に喜ばしい現象だと思っている。

そして、「ジャスティン・ビーバーって、いいんじゃない?」と言われたときには、家族全員で顔を見合わせた。

米寿の老人が、ジャスティン・ビーバー。

それを聞いたとき、感激して、母を抱きしめたくなったが、子どもたちがいるので、かろうじて抑えた。

「若い子が頑張っている姿を見ると、私も頑張らなくっちゃと思うのよね」と母が、壁に貼ったチャン・グンソクのポスターに目を留めて言った。
(ポスターは、インターネットショッピングで注文したと言うから驚きだ)

「おばあちゃん、若いよねえ」と、祖母を尊敬の目で見つめる涙目の娘。

そして、言わなくていいことだと思ったが、「チャン・グンソクは韓国人ですよ」と言うヨメ。

サーモンのにぎりを口に運びながら「わかってますよ」と、笑いながらヨメに対して頷く母。

その笑顔のまま、母が言った。


「でもね、竹島は島根県ですからね」


米寿の母の説得力あるお言葉に、家族全員が頷いた瞬間だった。



2012/11/04 AM 07:58:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



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