Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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87歳の恋人
前回の最後に書いたように、26日の午後は、ひと月ぶりに時間ができたので、東京杉並のスーパー銭湯に行って、泳いだり、湯に浸かったりして、心身を休めた。

高校2年の娘には、今日は、いつ帰るかわからないから、晩メシは冷凍庫のものをテキトーに温めて食え。遅くなったとしても、捜索願いは出すなよ、と言っておいた。

「そんな面倒なもの、出すわけないだろ!」と娘に言われて、泣いた。

プールに入り、色々な温泉に入ったあとで、レンコンのはさみ揚げを食いながら、ジョッキをゆったり気分で飲んだ。
そんな風に、夜の11時半までノンビリ過ごし、呆れるほどのゆっくりした速度(サドルが取れかけているため)で、自転車を漕いで、12時40分頃、武蔵野のオンボロ・アパートに帰った。

ドアを開けると、娘が起きて待っていて、「満足したか?」と聞かれたので、満足? 俺の人生に満足はない。満足を感じるのは、死んだときだけだぜ、と言ったら、ボディにパンチを食らった。

ハハハハ、そんなヤワなパンチ、効きはしねえぜ(涙目で)。

舌打ちとともに「クリアアサヒ飲んで、静かに死ね!」と、娘に言われたので、はい、と答えてやった。



ところで、我がオンボロ・アパートから百メートルほど離れたところに、公園がある。

広さは、テニスコート2面分くらいだろうか。

春や秋は、子どもたちが遊び、ママさんたちが屯(たむろ)しているが、夏は日差しを遮るものが全くないので、百パーセント無人の公園だ。

鉄棒があるのだが、真夏はバーを触ると火傷するほど熱い。
ブランコも熱くて、手とケツが火傷する。

つまり、夏は危険な公園なのである。

だから、夏は私ひとりの空間と言っていい場所だった。

ところが、ふた月ほど前から、70歳代と思われる女性が、大きな傘を持ってベンチに座ることが増えたため、この公園は、私の独占ではなくなった。

しかし、私は、領土問題に関しては寛大なので、もう一つあるベンチに座って、いつもどおり体中の筋肉を弛緩させる作業に没頭した。

老婆との遭遇は、いままで5回くらいか。

その4回目(8月19日ころ)の遭遇のときに、老婆が私のベンチまで来て、話しかけてきた。
「塩飴いりますか?」

シワだらけの手のひらに、パッケージングされた塩飴が、1個のっていた。

本当だったら、大人の対応として、素直に受け取るのだろうが、私は「すみません。塩飴、オレ、ダメなんですよ」と断ってしまったのである。

「アラアラ、ごめんなさいねえ。余計なことしちゃったみたいですねえ。ほんと、ゴメンナサイ」
そう言いながらも、老婆は、私の隣に「ちょっと、座らせてね」と言って、私の方に傘を差し出しながら座った。

いえ、暑いので、どうか、ご自分の上に傘をさしてください。
私は、太陽が好きなんで。

またも可愛げのない言い方で、老婆のご親切を拒絶するホネホネ白髪おやじ。

きっと、気を悪くしただろうなぁ。

すると、「アラアラ、ごめんなさいねえ。余計なことばっかりして、怒らないでくださいねえ。年寄りは、しつこくてゴメンナサイね、ほんとに」
老婆に、深く頭を下げられて、私は慌てた。

ダメだなあ、俺は。
もう・・・・・人間として、完全に下等だ。

なんで人の好意を素直に受け取れないんだろう。

井の頭公園の池の底に一度沈んで、体長7メートルの鯉に頭を齧られたほうがいいかもしれない。
(あのぉ、もちろん、そんな鯉はいませんから・・・念のため)

「でも、暑いのに大丈夫なの? 日傘もささないで、熱中症になるんじゃない? 麦茶あるけど、飲む?」

さすがに、連続でご好意を無にしたので、それだけは、ありがたくお言葉に甘えた。

麦茶、うまい!

しかし、ここでまた私は、言い訳をするように、余計なことを言ってしまうのだ。

私は、あまり医者や専門家の言うことを信じないんです。
水分をたくさん摂りましょう。
スポーツドリンクなら、さらにいいですね。
塩分の補給もしたほうがいいですよ。

熱中症が大きく取り上げられるようになって、とってつけたように、そんなご忠告をしてくれるが、私は自分の体験上、水分と塩分の過剰摂取が、人の暑さに対する耐性を下げていると思っているので、人には絶対に薦めない。

水分は、喉が渇いたら、少し摂ればいい。
塩分の摂取は、いらない。
暑くて耐えられないと思ったら、水を含ませたタオルで体を吹いて体表面温度を下げるか、日陰に避難する。

過剰な水分と塩分は、体の負担になる。

その過剰摂取が、暑さに弱い人を増やしているんですよ。
私は、これで十分なんです、と言って、左手に持った濡れたタオルを小さく振った。

そんなことを調子に乗って言ったら、意外にも「アラアラ、それって同じですよ、私の考えと・・・」と、感心されてしまった。

「私も、この年になって、何で暑い中、公園にいるかというと、暑いからといって、外に出なかったら、余計暑さに弱くなると思っているからですよ。
ただ、お兄さんと違うのは、塩飴と麦茶は必ず持って出るところかしら。
でも、今度からは、お兄さんの言うとおり、濡れたおしぼりを持ってこようかしらね」

そして、唐突に「アタシ、いくつに見えますか?」と聞いてきた。

私が苦手な質問の中に、「私いくつに見える?」「俺、何歳に見える?」というのがある。

世の中に、これほど、どうでもいい質問はない。
何歳に見えようが、俺は、あんたの歳に興味はない。
20歳でもいいし、115歳でもいい。

1億光年歳だって、俺は驚かない。
(オレは、他人に歳を聞かれた場合、270歳、寛保二年生まれ、と誇らしげに答えている)


それを他人に聞いて、誰が何を得するというのだろう。
時間の無駄ではないのか。
(若く言ってもらいたいなら、最初に、実は33歳ですが、お願いですから25歳に見えると言ってください、って言えよ)

それは、食い物屋のレジの前で、「ここは私が」「いえいえ私が!」と、財布を手に持って猿芝居をするのと同等の愚かな行為だと思う。

とは言っても、初めて言葉を交わす、はるかに年配のご婦人に対して、そんなことを言えるわけがない。
私は、そこまで非常識な男ではない。

だから、駆け引きが大嫌いな私は、思ったままの数字を言った。

77歳でしょうか。

それより実年齢が若かったら、気分を害されるだろうが、そうなったら、笑って誤魔化せばいい。

ハハハ、そうですか、目が悪いんで、よく見えないんです。
すみませんでした。

そんな風に防御の姿勢を取ったら、「あらあ、嬉しい。10歳も若く見られたわあ!」と立ち上がって、拍手をし、万歳をしたではないか。

(その可愛い仕草に、ちょっと胸キュンした)

え? 10歳も若く見られた?
つまり、実年齢は87歳。

サプライズ!

87歳で、この炎天下に、何も遮るものがない公園までお散歩とは。
近くに手押し車は見当たらないので、普通に歩いてきたのだろう。

それに、耳も普通に聞こえていらっしゃるようだし、背も丸まっていない。
ご老人が苦手なラ行の発音も完璧だ。

私も立ち上がって、深く頭を下げた。

いままでの失礼をお許し下さい。

「いえいえ、10歳も若く見られるなんて、冥土へのいい土産ができました。
ありがとうございました」

両手を膝の上において、完璧なお辞儀を返された。

そして、顔を上げると、「アラ、もう20分たってしまったわ。ここにいるのは、20分って決めているんですよ。では、ごきげんよう」とそのまま、歩いて行ってしまったのである。

後ろ姿が、ものすごくカッコよく見えた。


8月29日・・・また、公園でご老人と会った。

ご老人と、ベンチ・トーク。

私は人のプライバシーを聞く趣味はないのだが、相手が勝手に話してくる場合は拒まない。

「私はいま、長男夫婦と暮らしてるんですけどね。生活費は自己負担。
家のローンも私の年金から少しお手伝いしてるんですよ。
食事は自分の分だけ自分で作って、食べるのは家族一緒だから、寂しくはないし。
ただ、死ぬまで、息子と嫁の世話にはなりたくないと思ってるんですよ。
死ぬときは、息子たちに迷惑をかけないで、ポックリ逝く。
葬式もして欲しくない。
それが理想だと思っているから、こうやって、いつも体を動かしているんですよ。
お迎えが来るまでは、これを続けるつもりですよ」


それを聞いて、私は驚いた。

まったく同じ考えだったからだ。

私が、むかし30歳近くになって、ボクシングを始めたりジョギングを始めたのは、年を食ったときに、寝たきりにならないためである。

ヨメに、迷惑はかけない。
子どもたちにも、迷惑をかけない。

くたばるときは、ひっそりと突然に。
自分でも知らない間に、くたばっているのが、理想だ。


「ハハハ、同じ同じ!」

ご老人とハイタッチをして、喜びを共有した。


まさか、87歳のご老人と話が合うとは思わなかった。

そう思っていたら、ご老人が「9月2日が誕生日。もうすぐ88歳の米寿でございます」と口元に手を当てて、恥ずかしそうに笑った。



いかん。

俺、このおバアちゃんに、惚れてしまったかもしれない。




2012/08/31 AM 09:33:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

主に我慢してます
忙しいということは、いいことである。

しかし、度が過ぎると、憂鬱になる。

忙しすぎて、この4週間、私が一日に摂取したカロリーは、平均して1000キロカロリー前後だ。
睡眠は一日平均3時間を超えていないだろう。

家族の料理を作るときに、味見をしながら、つまみ食いをする程度の食事量である。

朝は、トマトやキュウリをかじりながら、子どもたちの朝メシを作る。
昼は、面倒なので食わない。
気まぐれに柿の種、よっちゃんのカットイカを食うだけだ。

夜は、クリアアサヒを飲みながら、3人分の食事を作り、あとは残飯を食う。

かなり少ないカロリーだと思うが、もともと痩せているので、体重は、55.2キロから54.8キロになっただけだ。

だから、憂鬱になったのは、400グラム痩せたせいではない。


浦和のドラッグストアのチラシの最終校正を終えたあとで、テクニカルイラストの達人・アホのイナバから電話があった。

珍しく仕事の話を真面目にしたあとで、アホのイナバが言ったのだ。

「俺、ウナギが大好きで、この一週間、毎日食べてますよ。今の俺、元気すぎるくらい元気です」

それは、結構なことで。

元気ですかー!
元気があれば、何でもできる。

俺は今、元気がないから、何もできない。

私がそう言うと、アホのイナバは、「でも、Mさんにも、好きな食べ物はあるでしょうよ。それを食べれば、元気になりますよ。人間って、そんなものです」と、またまた珍しく真面目なことを言うではないか。

ウナギの食い過ぎで、頭が正常に戻ったか。

そして、イナバが、また言う。
「今から、ウナギ、奢りましょうか?」

ウナギ、イラナイ。オレ、ウナギ、キライ。ウナギ食ウト、腹コワス。

「じゃあ、何が好きなんですか。食べたいものを言ってくださいよ」


ハテ? ハテ・・・・・・・・・・・ハテ? はてな?


そこで、私は思い出したのだ。


古い記憶をたどってみて、突然気づいた悲しきメモリー。

あんなに大好きだったブドウを私は、10年以上食っていなかった。
10年前までは、子どもを連れて、毎年ブドウ狩りに行ったのに、今はデラウエア、マスカットの味さえ忘れてしまった。

どんだけ、我慢していたんだろう!

あれほど好きだったヴァイスヴルスト(ドイツ製の白いソーセージ)も、もう10年以上食っていない。

どんだけ、我慢したんだ!

以前は毎日のように、朝メシで食っていたクロワッサンも、この5年、食った記憶がない。

オレ、我慢しすぎだろ!

全国40ヶ所以上の水族館を制覇した水族館オタクの俺が、もう5年以上、水族館に行っていない。

どんだけ、我慢を重ねたんだ!


オレ、いくらなんでも我慢のしすぎじゃないのか。


そのことに気づいたとき、俺は、とても憂鬱な気分になったのだ。

ただ、だからといって、いまデラウエアやヴァイスヴルスト、クロワッサンを食いたいとは思わない。
むしろ、死ぬまで食わない方が俺らしいのではないかとさえ思っている。

水族館もきっと、もう行かないだろう。

我慢を貫くというのは、そういうことだ、と俺は思うのだ。


そんな話とは別に、私はアホのイナバに、「ピザ、食わせろ! 死ぬほど、食わせろ!」と、電話口で土下座した。

場所は、アホのイナバの東京日野市の豪邸(豪族のアホのイナバに、ベンツで迎えに来てもらったから楽だった)。

奥さんは、家庭菜園ネットワークの中心人物として忙しいから、不在だった。
アホのイナバのアホの子どもたちも、いなかった。

デリバリーは、ピザーラ。

マルゲリータ(ピザはすべてMサイズ)、イタリアンバジル、洋食屋のナポリタン、ローステッドポテト、ツナタルタルサラダ、締めにまた、マルゲリータ、そして、当たり前のようにビール。

それらのトータル・カロリーが、どれだけあるのか、知らない。

満腹感は、ある。

自分が、それほどの量を食えるということにも驚いた。


しかし、満腹感はあったが、満足感はない。

好きなピザを食っても、結局は、その程度なのだ。

1時間も経てば、忘れる。

アホのイナバに、「さすがに、満足したでしょう」と言われて、奢られた手前、「ああ、大満足だよ」と答えたが、ピザを大量に食って満足するほど、俺は、単純じゃねえよ、とも思ってしまったのである。


結局、好きなものを食っても、疲れただけだった。


だから、憂鬱。
とてつもなく、憂鬱。



ああ、水族館に、行きたい!

ミズクラゲが、見たい!

見て、浮遊感を味わいたい!



でも、オレ、我慢する。

おそらく、一生・・・・・・・。




今日は、午前中にラブホテルのポイントカードが校了になる。

午後は、久しぶりに、クリアアサヒをギンギンに冷やして、「逃亡の旅」に出かけましょうかね。

(少し、ワクワクしているオレ)




2012/08/26 AM 06:57:37 | Comment(1) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

ピンチヒッター
「ちょっと、相談したいことがあるんだけどよぉ」
という、いつもながらの威圧的な電話が、8月20日朝に、かかってきた。

お得意先の杉並の建設会社。

相談じゃなくて「命令」だろ、と心の中で毒づきながら、8月20日午後、蒸し暑い中、武蔵野から自転車を漕ぎ漕ぎ、杉並まで行ってきた。

朝の電話のとき、暑いので、ポロシャツと短パン、サンダルで伺いますと言ったら、怒られるかと思ったが、「ああ、俺も普段は短パンだからよ」という、上機嫌な声が帰ってきた。

行ってみると、社長は白のTシャツ、グレーの短パン姿だった。
足元は、素足にスリッパ。

しかも、おでこには、冷えピタが貼ってあるし。

「悪いな、こんなカッコで。軽い熱中症みたいなんだよな、オレ。熱が体にこもって、頭がガンガンしてよお」

それなら、家で寝ていらしたほうが。

「恥ずかしい話だけどよお、さっきまで、そこの簡易ベッドで寝てたんだよ。ホラッ」

ホラと言って社長が指さしたところは、窓の反対側の事務所の隅っこ。
そこに、通販で売っているような、簡易ベッドが、場違いな感じで置かれてあった。

ベッドの上に置かれた、少し薄汚れた桃色のタオルケットが、妙に物悲しく目に映った。

「あのなあ、あんたに作ってもらった内覧会のチラシ、あれのおかげでよお、2日間の内覧会に、7組も来てくれてよお。
暑い中、盛況だったぜ。まあ、そのせいで、熱中症になっちまったんだけどな。
アチッくてな、もう体中の水分が取られた感じだぜ。
年取ると、暑さには、弱くなるわな。あんたもだろ?」

いや、申し訳ございませんが、ワタクシ、暑さにはギネス級に強くて、かなりの暑さでも耐えられるでございます。

ずいぶん昔のことだが、20年くらい前、京都市で39.8度という温度を記録したことがあった。
そのとき、当時知り合いに雑誌記者をしている人がいて、「Mさん、京都で40度近い気温が記録されたんですけど、体験してみませんか」と言われたことがある。

その暑さを体感して、雑誌にレポートを書いて欲しいという依頼だった。

ほかの皆さんは忙しいんですか、と聞いたら、「みんな暑いのが・・・・・・・ね、ハハハハハ」と笑ってごまかされた。

暑さが大好きな私は、二つ返事で引き受け、当時住んでいた横浜から京都へ疾った(もちろん新幹線で)。

事前に温度計を渡されていたので、それで計ったら、京都駅前の気温は、37.2度だった(夕方5時近かったせいもあるが)。
40度近いと言われていたので、なぜかガッカリ。

蒸し暑さは相当なものだったが、40度を期待していた私には、物足りない温度だった。

先斗町やら清水寺やら嵐山に行ってみたが、どこも37度前後。

な〜んだよ、ちっとも暑くないじゃないか。
拍子抜けしたことを覚えている。

四条烏丸のビアレストランでビールを飲みながら、原稿を書いた。
写真は、もちろんデジタルではなくフィルム式のやつ。
36枚撮りを5本消費した。

ただ、期待したほど暑くなかったし、あまりホットな記事が書けない、そしてインタビューが下手くそという私の能力不足もあって、その原稿は、非情にもボツになったが・・・・・。

だが、暑さ好きの私に、幸運が訪れたこともある。
それは、7〜8年前、山梨県甲府市で、40度以上を記録したときのことだった。

私は、そのとき、たまたま仕事で国立市にいたので、足を伸ばして、甲府まで行ったのである。

駅前の気温、40.0度。

キター! と思った。

生まれて初めて、40度を体感した。

元気な太陽を浴びるのは、気持ちがいい。
2時間ほど、40度を体験して、満足して帰った。


「なんかヒョロっとして、暑さに弱そうに見えるんだが、人は見かけによらねえな。ああ、しかし、この間、チラシ用の写真を撮ったとき、3時間くらい外にいたが、平気な顔していたな。水分も取らなかったしな。しかし、水分も取らずに外にいて、よく熱中症にならねえな。なんか、自分が情けなく思えてきたぜ」

そうなんです。
ワタクシは特殊な体質のせいか、夏でも水分は、朝起きたときと寝る前に飲むコップ一杯の水で十分なのでございます。

「あとは、酒で水分を取るのかい?」

いえ、お酒は、利尿作用がありますので、むしろ体の水分を放出することになります。
つまり、逆効果です。
それに、ワタクシは、昼間は、酒を飲むことはしません(ときどきは飲むが)。

水分は、キュウリをかじったり、トマトやセロリをかじったりして、食品から取るのでございます。
どの食品にも水分は含まれておりますので、それで十分かと。

「しかし、それにしても汗はかくだろう。水を飲まなきゃ、補給はできねえんじゃねえか。家の中、冷房をギンギンにしているのか」

いえ、ワタクシの仕事部屋では、冷房はかけておりません。
2台の扇風機を使っていますが、1台はパソコンに向け、1台はレーザープリンタに向けております。

でも、冷房を使わなくても、窓は全面的にスダレで覆い、その上から二重に遮光カーテンをしておりますので、外から熱気は入ってきません。
気温は、昼間でも29度前後、夜は24度くらいまで下がりますから、まったく暑さは感じません。

「エコじゃねえか」
冷えピタを交換しながら、感心したような口調で社長が言った。

冷えピタを交換する仕草が、痛々しかった。

そして、交換し終えたとき、「そこで相談なんだがよ」と社長が、大きな顔を私に近づけて言ったのである。

大きな顔に冷えピタ。

なんか・・・・・笑える。

しかし、笑ったらもちろん怒られるだろうから、眉間にシワを寄せることで、懸命に笑いを抑えた。

そのあと、社長の口から、思いもよらない丁寧な言葉を聞いた。

「お願いがあるんだけど、ピンチヒッターをやってくれないかね」


ピンチヒッター?


そういえば、最近、野球やってないなあ。
最後にやったのは、6〜7年前じゃないかなぁ。

たしか、相手のピッチャーがダルマのケツにぶつけて、ダルマが戦意喪失したとき以来だとおもうが、あのときの俺は、3打数1安打2三振。
その1本の安打は、内野安打というイチローばりの俊足で稼いだものだった。

しかし、私の記憶では、ピンチヒッターは、やったことないぞ。

一回の打席で結果を出すなんて、そんな緊張感のある場面は、俺は、嫌だ!

これは、お断りすべきではないのか・・・・・。


そんなことを考えていたら、社長が、急に頭を下げて、「俺に代わって、オダワラサマの相手をしてくれないかな」と言うではないか。

オダワラサマ?
なんか、聞いたことのある苗字だな。

最近のような気もするし、昔のような気もする。

この会社で会ったのは、間違いない。
いつだったっけ、か?

私が首をかしげていると、社長が「ほら、ダックスフントだよ」と、自分の右手を鼻の前に持ってきて、手で長い鼻のフォルムを作った。

その笑えるジェスチャーで思い出した。

たしか、ピンクジャージを着たセレブ様だった。
可愛いダックスフントのママだった。

そして、社長はセレブ様が苦手だったのだ。

だから、私にピンチヒッターを ということか・・・。
しかし、ほかに社員はいるだろうに。
何も、私のような部外者に頼むことはなかろう。

「他のやつらでは、役不足でな。留守番を押し付けられらた小学生並みの応対しかできないんだよ。その点、あんたなら、余計な話もせずに、要点だけを聞いてくれるんじゃないかと思ってな。俺が元気なら、こんなこと頼まないんだが・・・」

いや、しかし、専門的な話をされても、私には答えようがありませんよ。

「大丈夫だ。俺が社長室に隠れて聞いているから、適当に話を合わせてくれれば、問題はない」

社長室に隠れるんですか?
それなら、誰が応対しても同じじゃないんですか。

要するに、社長が話を聞いているわけですよね。
ただ聞き役がいれば、いいだけのことじゃないですか。

「しかしよお、小学生並みの応対しかできねえやつが、お得意様の相手をするってのは、小田原様に失礼じゃねえか」

(いや、それは、あなたの社員教育の問題でしょうよ)

そう思っていたら、社長が、いきなり私の右手を両手で挟み込むように掴んで、「お願いするよ。本当にお願いしますよ」と頭を下げてくるではないか。

真夏に、悪い夢を見ているのかと思った。

しかし、社長の次の言葉で、私は大きく頷いたのである。

「また森伊蔵が手に入ったんで、あんたに上げるからよお。プラス今回の出張費○万円!」

幻の焼酎、森伊蔵。
そして、○万円。

ヨダレ・・・・・・・・・・。

ピンチヒッター、やらせていただきます。


前回お会いしたときは、ピンクの上下のジャージを着ていらしたが、今回は薄いピンクのタンクトップに白いサマーカーディガン、ピンクのスカートという格好の小田原様だった。

相変わらず、ダックスフントが可愛いので、可愛がらせてもらった。

小田原様が、家のメンテナンスについて、どのようなご要望をお出しになったかは、ほとんど覚えていない。

私は、相手が言うことをメモを取りながら復唱して、頷いていただけだからである。
私の脳の中の記憶スイッチは、完全に切れた状態だった。

つまり、留守番を頼まれた小学生並みの応対しかできなかったのだが、社長は「完璧だぜ」と、私に森伊蔵と封筒を差し出しながら、喜んでくれた。



「4番、顔デカ社長に代わりまして、代打、ホネホネ白髪おやじ、背番号082(オヤジ)」


ホームランとは言いませんが、3塁前のボテボテの内野安打くらいには、なったのではないでしょうか。






ところで、私が「ホネホネ白髪おやじ」である理由。

黒い毛より、白い毛が多いから。

そして、ホネホネ白髪オヤジの骨だらけの肉体情報。

身長 180センチ。
体重 54.8キロ
BMI値 16.9
体脂肪率 9.7パーセント
内臓脂肪レベル 1 (1〜30で、数値が少ないほど、内臓脂肪が少ない)
骨格筋率 40.2パーセント(この数値は、よくわからない)
基礎代謝 1424キロカロリー(何もしないでも一日に消費するカロリー)
体年齢 24歳

これは、OMRONの体重体組成計 カラダスキャンの数値を参照したものです。

この数値に、私が暑さに強い理由が隠されているような気がするのですが、その件に関しましては、気が向いたら書くことにします。



2012/08/22 AM 07:16:57 | Comment(1) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

99パーセントの我慢
忙しい8月。

忙しすぎると、なぜか私の場合、憂鬱になり、思考が少しネガティブになるようだ。


ブログを書くときの私の心構えが、昨年の夏あたりから、少し違ってきた。

以前は、強く意識しないようにはしていたのだが、不特定多数の方々に読んでもらう、というのを前提で書いていたと思う(ブログって、そういうものですもんね)。

それは、思いのほか、アクセスしてくださる方が多かったというのが、理由の一つ。
有難いことに、本当に多くの方が訪問してくださって、それは、間違いなくブログを書き続ける大きなエネルギーになった。

多いときで、一日2000以上のアクセスというのは、想定外だった。

有難い、という思いと同時に、なんで? という疑問も持った。

世間から忘れ去られた、売れないデザイナーの文章のどこが面白いのかと思った。
そんな疑問を持ちながらも、読んでくださる方がいる以上、書き続けるべきだろう、と思った。

調子に乗って、身の回りのつまらない出来事を書いた。
面白いネタを探して、面白おかしい話を書こうとアンテナを張り巡らした。

読み返すことはあまりないが、何かの気まぐれで読み返すと、恥ずかしさで、身が縮まった。


そんなとき、昨年の6月のことだったが、大学時代の女友だちが死んだ。

身近な人の死を経験したのは初めてではないが、私にとって、その死は、かなり大きなダメージを与えた出来事だった。

その女友だちに関しては、大学時代も、それ以後も、それほど近い存在ではなかったのだが、大学のとき、同じ時代を共有した人を亡くすのは、私にとって初めての経験だったから、自分でもわけがわからないまま、私はうろたえ、落ち込んだ。


俺が、一番「俺らしかった時代」の仲間が、死んだ。


その現実に打ちのめされ、メッタ打ちのまま、私は息を吸い、息を吐いた。

自分が何をすればいいか、わからなくなった。

もちろん、仕事をして家族を養うのが最優先事項だとは、頭ではわかっていたが、その理由づけが、私の中で機能しなかった。

わからないまま仕事をして、消耗し、体に空虚な風船を埋め込みながら、ただ惰性で日常生活を送ったような日々が続いた。

働いて家族を養い、毎日の日課として料理をし、子どもたちの世話をする。

それは、とても有意義なことだが、そんな俺は、本当の俺じゃない。

99パーセントの我慢の暮らしの中で、俺は一体どこにいるんだ、と、そのときの私は思ってしまったのである。

四人暮らしの家族の生活は、私の中で、大きな拠り所だが、それは、もっとも俺らしくない生き方なのではないか。

ただ、誤解しないで欲しいのだが、私に懐古趣味はない。
昔は良かった、なんていうのは、都合良く作られた脳内の幻想だ。

今が一番いい、と絶えず私は思っている。

しかし、矛盾しているとは思うが、今の俺は、本当の俺じゃない、と思っている俺もいるのだ。


昔の私は、自分が家族を持つこと、子どもを持つことなど、1ミリも想像したことがなかった。

そんなことは、俺に一番ふさわしくないことだ、とずっと思っていた。
なぜか、それを確信していた。

しかし、そんな私が家族を持った。

そして、普通に、当たり前のように仕事をして、いま当たり前のように家族を養っている。
さらに、異常なくらい我が子を愛している。


俺は、そんな人間じゃないのに。


大学時代は、友だちと陸上競技が、一番大事だった。
それ以上のものは、想像できなかった。

しかし、いまは、家族が一番大事。

99パーセント我慢しているのに、そのことに、喜びさえ感じるオレ。


じゃあ、本当の俺は、どこに行った?


そのことが、濃霧の中で彷徨い続ける、迷走した人魂のような実態のなさで、私を不安にさせたのだ。

では、どうしたらいい?

私は思った。
その不安を取り除くために、まず俺は、「本当の俺」を吐き出す出口を探すことこそが、一番重要な課題なのではないか、と。


大学時代の女友だちの死に遭遇したとき、私は、そこまで考えてしまったのである。

それが、どうブログの話に繋がるのか、説明するのは難しいのだが、そのときの俺は、ブログの中だけでも俺らしい文章を書こう、と思ったのだと思う。


人に媚びないブログ。


無理に面白いことを書かなくてもいい。
適当に、そして、思いついたままに、俺だけが書けるブログを書き残すということ。
それが出口だ・・・・・昨年の夏、私はそう思ったのだ。

その小さな変化に気づいたのは、親友カネコの娘、ショウコだけだったが、間違いなく、私の中で、意識は変わった。

人には、わかりづらい変化だったと思うが、間違いなく変わった。


だから・・・・・これからは、もっと気ままに、適当なことを・・・・・。

我がままで、バカバカしくて、359度ひねくれた俺自身のことを書こうと思っている。





しかし、しかし、しかし!!!!!

あああああああああああああ・・・忙しい。

体のすべての細胞が、毒ガスを放出するのではないかと思うくらい、私の体は、いま腐ったガスで充満している。

大丈夫だろうか・・・・・?

我ながら、とても心配だ。



さらに・・・ダルマの野郎、冗談で言ったのに、本当にお土産に「ダルマ落とし」を買ってきやがった。


この野郎! イガグリ頭を優しく撫でて、キスしてやろうか!



2012/08/18 AM 07:44:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

忙しい白髪おやじ
おはようございます。
ホームレスデザイナーのホネホネ白髪おやじです。


私はいま、おそらく独立して以来、初めての忙しい8月を過ごしていると思う。

まずは、稲城市の同業者。
8月2日から2週間のバカンスをオーストラリア、ニュージーランドで過ごしている。

極度の人見知りである彼は、今まで仕事を頼む相手がいなかった。
仕事は、東京恵比寿に事務所を持つ奥さん経由で入ってくるから、営業をしなくてもいい。
人見知りでも、今まで何とか生きていけた。

しかし、長期の夏休みを取ろうとした場合、どうしても人に仕事を任せないといけない場合がある。
奥さんの知り合いにデザイナーが一人いるらしいのだが、大量の仕事は引き受けてくれないらしい。

だから、今まで夏休みは取れても3日程度だったという。
3日の休みでは、海外旅行は難しい。
そして、温泉旅行に行っても、かえって疲れるだけ。

その結果、夏休みは、家で3日間、寝て過ごすだけというのが、毎年の行事だった。

しかし、そんなときに現れたのが、ホームレスデザイナーのホネホネ白髪おやじだ。

一昨年から、この稲城市の同業者とは親しくさせていただいているが、極度の人見知りの同業者は、なぜか私とは、緊張せずに話せるらしいのだ。

奥さんの目さえ見つめることが苦手な同業者が、私の目だけは見つめることができるという。
(俺に惚れるなよ・・・・・火傷するぜ)

その同業者が、今年の5月あたりに、私にこう言った。
「今年は、長い夏休みを取りたいですねえ」

勝手に、とれば・・・。

その2週間後。
「久しぶりに、オーストラリアに行ってみたいですねえ」

だから、勝手に行けよ・・・・・。

さらに、2週間後。
「家内はニュージーランドにも行きたいと言っているんですよね」

10歳以上年上の奥さんとですか・・・・・・・さっさと、行けば・・・。

そして、6月半ばのことだった。
同業者が神妙な顔で、私に頭を下げ、言ったのでのある。

「Mさん、俺たち、夏休みにオーストラリアとニュージーランドに旅行に行きたいんです。その旅行の間の仕事、引き受けてもらえませんか」
(随分と回りくどい話だったな)

で・・・・・どれくらいの期間?

「2週間です。恐縮です」

いいでしょう。

ということで、住宅会社の間取り図やら地図やら、工業製品のトレースやら、ポケットティッシュのデザインやらを押し付けられ、ただいま格闘中。

夫婦揃って今ごろ、ニュージーランドで、羊を追いかけているのかしら・・・。


次に、弟子のWEBデザイナー、タカダ君(通称ダルマ)。

「師匠! オレ、トモちゃんと子どもと3人で、箱根に行くんですけど、1週間分の仕事、まるまる引き受けてくれますよね。ホームページの更新の仕事なんですけど、師匠なら、チャチャッとやっつけちゃいますよね」

何件あるんだ? 更新は?

「たったの14社ですよ、師匠! ただ毎日更新を指示してくる会社が1社あって、時間は朝の6時厳守です。でも、早起きの師匠には、何の問題もないでしょう!」

わかった。
やらせていただく。
しかし、いいなあ、一週間のバカンスなんて・・・さすが、売れっ子は優雅でいらっしゃる。

「いや、箱根でノンビリは、4日間だけなんですけどね。まあ準備やらいろいろありますし、帰ったあとの疲労も考えて、余裕を持たせたということで」

それはそれは・・・・・健康志向で何より。
喜んで、仕事をやらせていただきますよ!
せいぜい楽しんできたまえ! ハハハハハ・・・。

「師匠、怒ってます?」

怒ってないと言ったら、嘘になるかもしれない。
本音を言えば、絞め殺したい・・・と言っても過言ではない。

「師匠・・・・あのお・・・・お土産は・・・何がいいでしょうか?」

ダルマ落としだな。
箱根が発祥の地の「巨大ダルマ落とし」が欲しい。

「ああ、あれは、箱根がルーツだったんですか?」

そうだ(嘘だが)。

というような不毛な会話があって、ダルマの仕事を全部引き受けることになった。


それだけでも忙しいのに、7月の終わりに、杉並の建設会社から、「お盆明けによお、住宅の内覧会を催そうと思うんだけどよお、そのチラシ、出来るよなぁ」という威圧的な依頼があった。

もちろん、できるでございます。

しかし、その会社からいただいた家の画像が、使い物にならないほどのひどさ。

だから、私が現地(世田谷)に行って、仕事に使える絵を撮り直した。
この一日のロスは、大きかった。

そのしわ寄せで、2日間徹夜だった。


あとは、浦和のドラッグストアのチラシ、建設会社の社長が紹介してくれたオーガニック・レストランのポスター。

そのほかに、テクニカルイラストの達人・アホのイナバから、同人誌の仕事まで来やがった。
(おまえは、イラストだけ描いていろよ)

「Mさん、Mさんにうってつけの仕事、取ってきましたよ。まあ、そんなに急ぎじゃないんですけど、ただ一つだけ問題があって・・・・・・・」

アホのイナバの説明によると、同人誌の8人中6人は原稿ができているが、2人は、まったく手つかずだという。
原稿を書いている暇もないのだという。
(それなら、同人誌なんて出すなよ)

そこで、「Mさん、申し訳ないけど、代わりに、2つ分の原稿、書いてくれませんかねえ。これまでの2回の号を渡すんで、それに似た感じで、勝手に書いてくださいよ」と、ふざけたことを言うではないか。

そんな馬鹿なことができるか! それじゃ、詐欺みたいなもんじゃないか! と普通なら怒るところだろうが、私は普通ではないので、ああ、いいよ、と簡単に答えた(モラル的に、これで良かったのだろうか?)。


その同人誌の原稿を明け方まで書いた勢いで、いまこのブログを書いているホネホネ白髪おやじ。

まったく、忙しい。

家族サービスなんて、できやしねえ。

朝から酒(クリアアサヒ)でも飲まねえと、脳が痺れて気絶しそうだぜ(2日間飲んでいなかったので)。

ダルマ様に頼まれた、毎朝6時更新のホームページは、さっきアップした。
あとは、今日中に、4社の更新。


世間様からは強烈な非難を浴びそうだが、今日は酒を飲みながら、仕事をしてやる。

俺はいま、完全に、気持ちが荒んでいるぜぇ〜。
(休みてぇ〜、眠りてぇ〜、逃げ出してぇ〜、遠くへ行きてぇ〜)



呪いのワラ人形でも、作りましょうかね。



2012/08/13 AM 07:26:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

笑って許す会社
私が苦手と思う人。

自分が霊感が強いと思っているやつ。
そして、それを自慢するやつ。


4年前まで得意先だった東京赤羽の軽印刷(企画的なこともしていた)の会社が、最近、各種の展示場などを運営する会社に吸収されたらしい。

世間とは狭いもので、その展示場運営の会社とは、7年前に埼玉県鴻巣の中古車販売のお祭りセールのときに仕事をいただいたことがあった。

赤羽の軽印刷の会社は、我々一家四人が暮らしていくには、絶望的に少なすぎる仕事しか出してくれなかったので、埼玉から武蔵野に引っ越すにあたって、お付き合いを遠慮させてもらうことにした。

それに、この会社には、やたら自分が霊感が強いということをアピールする社員がいたから、打ち合わせを終えると、私は毎回、軽い欝状態に陥ったものだった。

その社員と顔を合わせなくなっただけでも、私の人生は、平穏無事な暮らしを取り戻し、有意義な日常が帰ってきたと言っていい。


だが、その会社が、吸収されて、しかも・・・・・。

どういういきさつかわからないのだが、その展示場運営会社から、一昨日、突然電話がかかってきたのである。


お呼ばれしたので、新宿曙橋の本社に行ってみたら、案内された応接室に顔を出したのは、1年に10キロずつ太っていった「霊感男」。
(電話をかけてきたのは、違う人だったのに)

今の推定体重110キロ。

この「霊感男」は、以前私のことを足軽の生まれ変わり、と言った男である。

それも、通常足軽が持つのは長槍か鉄砲であるはずなのに、その足軽は持て余すほどの長い柄を持つ刀を持っていたと言うのだ。
それは薙刀ではないですか、と聞いたら、「え? ナギナタって何?」と答える「霊感男」(バ〜〜〜〜カ!)。

むかし、その軽印刷会社の向かいにある4階建てのビルの4階が、「1年に何度もテナントが変わるんですよ」と、「霊感男」に言われたことがある。
「それは、4階に霊が住みついていて、霊が気に食わないテナントを追い出すからですよ」と、得意げに言う「霊感男」。

しかし、調べてみると、そこは元々会社や個人などが、自分のビルや家を新築、改築するときの緊急避難の場所として、貸し出されていたものだから、テナントがしょっちゅう変わるのは、当然のことだったのだ。

要するに、3ヶ月単位で倉庫替わりにビルのフロアーを貸していたから、テナントが目まぐるしく変わったのである。

霊とは、何の関係もなかったのだ。
しかし、「霊感男」は、「霊が見えます」と、神妙な顔をして言う。

馬鹿じゃねえか。


そんな「霊感男」との4年ぶりの再会。

彼の顔を見ただけで、軽い欝になる俺。


この仕事・・・・・断れば、よかった。


東京江東区に新しく作る輸入家具展示場の案内図の仕事だったのだが、「霊感男」が、いつ霊感の話を切り出すかに気を取られて、私は半分以上、仕事の内容を聞いていなかった。

プロとして、失格ですな。

何度も仕事内容を確認して、やっと仕事を把握したとき、ついに「悪魔のささやき」が始まった。

「最近分かったことなんですけど」と、身を乗り出す「霊感男」。

「俺、地震予知もできるらしいんですよね」


その言葉を聞いて、早くも殴りたくなったオレ。


5年前の新潟中越地震のとき、「霊感男」は、事前に波動を感じたというのだ。

「あのときは、5分くらい前に、強烈なエナジーを感じましたね」
「背中に悪寒が走って、何か嫌なことが起きるぞ、と思ったら、大地震ですよ。自分が怖くなりました」
「その日の朝、夢でも地面が揺れる場面を何度も見ましたから、気にはなっていたんですけどね」

で、それは、誰かに言ったんですか?

「いや、言いませんよ。だって、誰も信じないでしょうから」

ほーーーーーーーー!

じゃあ、後からなら、誰でも言えますよね。

飼っている猫の毛が突然立ったので、地震が起きた。
水槽で飼っているナマズが暴れたので、地震が起きた。
カラスが、カア! と鳴いたので、地震が起きた。
オタマジャクシがカエルに変身したので、地震が起きた。

私が、皮肉交じりにそう言うと、「霊感男」は、「ああ、そういう報告もあったみたいですよ」と、まったく皮肉が通じることなく、俺は何でも知っているんだよ、というような目で私を見返したのである。


まさか、昨年の東日本大震災のときも、それを察知したと言い出すのか。


そんな無責任な自慢話をし始めたら、本当に殴ってやろうか、と私は己れの右の拳に力を込めた。

私には霊感が全くないのだが、この種のイヤな予感は、腹立たしいほど当たるようだ。

「霊感男」は、眉間にこれ以上ないほどのシワを寄せて、「去年の地震のときは、朝起きてからずっと気分が悪くなるくらい、強いウェーブを感じました」と言ったのだ。

ここ数年忘れていた感覚だが、私は、このときほど、人を絞め殺したいと思ったことはない。

何万人もの方々が亡くなり、行方不明になった災害さえも、自分の霊感が強いというアピールの道具にする人間の神経に、私は怒りを感ぜずにはいられなかった。


てめえ、それでも、人間か!


私の精神は、怒りを通り越して、殺意が芽生えるレベルまで到達していた。

しかし、「霊感男」は、そんな私の殺意に気づかずに、「もちろん、人には言いませんでしたよ。どうせ、信じてもらえないでしょうから」と、涼しい表情をして笑ったのである。

その言葉が、私の怒りのスイッチを押した。
(私には、やる気スイッチはないが、怒りのスイッチは、あったようだ)

「霊感男」のその言葉と表情に逆上した私は、「霊感男」の胸ぐらをつかもうとした。

しかし、世の中には、救世主というものが存在するらしい。

「オキタさん、余計な話はいいですから、仕事の話が終わったら、タカダ設備さん(メンテナンス業者?)のところに行ってくれませんか」と顔を出した人がいたのである。


危ないところだった。


暴力行為で逮捕されるところだった。

「霊感男」の巨体が消えたあとで、男の人が言った。

「あの人、仕事はできるんですが、どこか浮世離れしているというか、夢見がちというか、色々とホラを吹くんですよ。
自分は某大手出版社の会長の隠し子だとか、柔道五段と言ってみたり、いま三股かけてるんだ、と言ってみたり、すぐにバレる嘘を大真面目で言うんですよね。
でも、そのホラは、すぐバレるんで、人に迷惑をかけているとも言えないし、愛嬌だと思って、みんな知らんぷりしてるんです。
仕事は正確ですから、人材としては代えがたいものがあるんで、まあ、笑って許してあげてください」


なんと、大らかな会社。
そして、大人の対応。


「霊感男」の毎回の霊感話に欝になっていた私が、馬鹿みたいに思えてくる。

胸ぐらをつかみ、突き飛ばそうとした俺って、何てちっぽけな存在なんだろう。


人を活かす会社って、こういう会社のことを言うんだな。


自分の狭い了簡だけで、人を評価してはいけない・・・・・・・と、帰り道、刹那的に「霊感男」を絞め殺したくなった自分を恥じた俺だった。



2012/08/09 AM 07:17:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

約束(ささやかな希望)
オリンピック真っ只中。

4日間、仕事に縛られ、なんとか校了にたどりついた達成感に浸りながら、つい4時間前までの深夜、撮り溜めしておいた五輪番組の中で、興味のある種目だけを選んで観た。

一流アスリートの躍動する姿を見るのは、楽しい。

メダルとは関係なく、アスリートの試合後の満足気な顔を見るのも、楽しいものだ。

でも、日本の男子柔道の代表は、ほとんどの人が、試合前から眉間にシワを寄せていましたね。
その表情から窺えるのは、まるで修行僧のような悲壮感。

それは、言い換えれば、使命感というものだろうが、使命感も度が過ぎると、呪縛になる。

「柔道日本」の呪縛から逃れて、JUDO JAPANになれば、眉間のシワもなくなるのに・・・・・と、素人意見ですが、思ったホネホネ白髪おやじでした。



ところで、話はまったく変わって、私の高校2年の娘は、テレビドラマが好きだった、という話を強引に繋げようかと・・・。


わが娘は、小学2年あたりから、毎週4〜5本の連続ドラマを観るのを習慣としていた。

好きな女優は、仲間由紀恵さん、竹内結子さん、菅野美穂さん、篠原涼子さん。
きれいなおネエさんが、好きなようだ。

そのドラマ好きの娘が、昨年の夏すぎから、ほとんどドラマを観なくなった。

なぜかというと、昨年高校の文化祭の出し物で、クラスでミュージカルをしたのをきっかけに、演劇に目覚めたからだ。
ただ、目覚めたといっても、娘が演劇を始めたわけではない。

そのミュージカルのときに、一緒に脚本と演出を手がけた演劇部の女の子の影響を受けて、それ以来、観劇が趣味になったということだ。

お友だちと専門誌を持ち寄って、情報交換をしながら、大きな劇団からアングラ的な小さな劇団まで、興味ある劇を選ぶ。
そんな風にして、ひと月に1〜2本の劇を観る。

もちろん、中にはつまらないものもあるようだが、演者たちの熱気とやる気に圧倒されて、「ゾックゾックするぜぇ〜」と言いながら、劇の内容を説明するとき、娘の目は、とても輝いて見えた。

その娘から見ると、今のテレビドラマは、「同じ人ばかり出ていて、同じような表情で、同じように口先でボソボソと喋るアイドルばかりが主演だから、画面から熱気が伝わってこない」ように感じるらしい。

「もちろん、監督も俳優もスタッフも頑張っているんだろうけど、ひとりふたり、セリフの喋れない人や芝居を作れない人がいると、話がそこで止まるんだな。セリフが下手ならば、全身で感情を表現して欲しいけど、感情を込めることを『怒鳴ったり大声を出すこと』だと勘違いしているから、演技がワンパターンになる。表情もグラビア撮影的な表情しかできない。だから、話が止まった時点で、観る気がなくなるんだよね」

そんなこともあって、テレビ局は、10年近くTVドラマに親しんできた貴重なファンの一人を失った。

夜、録画したドラマを娘と観るのを楽しみにしていた私の幸福な時間も、それと同時に終わった。


こうやって、楽しみは一つずつ減っていく。


そんな風な一年が過ぎて、寂しさを覚えた私は、楽しみが完全消滅しないように、最近、一つの策を用いることにした。

娘は、キレイなおネエさんが好きだが、カッコいいおネエさんも好きだ。

そこで、私は、娘がハマりそうな、カッコいい主人公が登場するドラマを探すことにしたのである。

「黒の女教師」というドラマ。

高校の女教師が、被害を受けた人から報酬をもらい、課外授業と称して、放課後に悪い奴を懲らしめるドラマだ。
簡単に言えば、勧善懲悪型のドラマ。
「必殺仕事人」の教師版のようなものだ。

黒い洋服、そして無表情、ダークな過去を持つヒロイン。

これは、確実に娘が興味を持つに違いない題材だ。

これは、面白いはずだから、騙されたと思って観てごらんよ。

そう言って、私は、腕を組み、あぐらをかきながら、土下座して、頼んだ。


私の場合、テレビは必ず録画して観る。
リアルタイムで観ることは、ほとんどない。

あとで、時間の空いたときに、まとめて観る。

このドラマの第1回も、テレビ放映から1週間近く経ってから観た。

「おまえ、一緒に観ようぜって言ったくせに、全然観る気ないな」と娘に言われて、慌てて深夜に柿の種をポリポリかじりながら、観たのである。

観終わって、手放しで面白い、と言えるドラマではなかったが、他のドラマとは一線を画すダークサイドな部分があったので、気に入った。

娘は、「まあまあだな。展開が予測できるのが難点だが、現実感がないところが、いいんじゃないか」と評しておりました。

「でも、あれだな」と娘が話を続ける。
「インターネットでは、『女王の教室』のパクリだ、なんてコメントしている人がいたけど、全然似ていないな。似ているといえば、主人公の女教師が無表情というところだけだ。これがパクリだったら、ほとんどの刑事ドラマやサスペンス、恋愛ドラマは、設定が似かよっているから、全部がパクリになる。きっと、本編は観ないで、番組の宣伝を見ただけで批判しているんだろうな。最初から、批判することだけが目的で批判しているのかもな。こういうのを読むと、ネットのコメントを信用するのも考えものだな」

なかなか鋭いことを仰る。

そういうところでしか、自分の世界を構築できない人がいるとしたら寂しい限りだが、それも含めてインターネットだ。
それに、その人たちの存在を否定したら、ネットは、どこかの国みたいに規制で身動きが取れなくなる。

ネットには、そんな風な「負の部分」も必要なんだ、と俺は思うよ。

「おお! まるで情報学の授業みたいだな。しかし、ワレワレには、そんな話、似合わないから、残りの柿の種を食い終わったら、寝ようぜ。
ああ・・・・・次の回もちゃんと録画しておけよ。また一緒に観ようぜ」

(喜)

これで、ささやかな楽しみが、ひとつ増えた。


他にも、娘とは、もう一つ、一緒にお気に入りアーティストのライブに行く、というお約束事があった。

私の方から、4つの希望を出した。

そのうちの3つは、すでに叶えられた。


浜田省吾師匠のライブは、武道館で観た。

東京事変/椎名林檎様のライブは、さいたまスーパーアリーナで観た。

宇多田ヒカルお嬢様のライブは、横浜アリーナで観た。


あとは、安室奈美恵先生だけだ。
(ミーハーで、スイマセン)

安室奈美恵先生に関しては、ブログで5〜6年前、2回ほど書いたことがある。
活動的にやや停滞していたときだったが、安室先生は、必ず再ブレイクする。
安室先生は、過小評価されている。
安室先生は、クイーン オブ ポップスだ、と書いた。

娘は、そのときは、ほとんど安室先生に興味がなかったが、まもなく再ブレイクしたということで、「おまえの言うこと当たったな。すげえな!」とお褒めの言葉を頂いた。

それ以来、娘は、安室先生の歌をヘビー・ローテーションで聴くようになった。

そして、「絶対に、チケットをとれよ」と、上から目線で土下座した。

わかった。


わかった、とは言ったが、安室先生のライブは、いまプラチナチケット状態である。
(今年のドームツアーのチケットは、即日完売だったらしい。即日というより、数分で完売?)

私に残された人生の運をすべて使っても、チケットが取れるかは、わからない。

それに、もし運を使い果たしてチケットが取れたとしても、楽しみがそこで終わる、という悲しい現実が待っている。


それは・・・・・・・さびしい。


それなら、このままチケットが取れない方が、いいのではないか。

と言ったら、娘は、「まだまだ行きたいライブはたくさんあるぞ。少女時代のライブだ。オレは、友だちとは行ったが、おまえとは行ってないからな。おまえの好きな太ももが、全部で18本。おまえにとって、パラダイスじゃないか。今度、行こうぜ」と、私の太ももを叩いた。

おお! 少女時代天女か。

それも、いいな。

じゃあ、柴咲コウ姫のライブは、どうだ?

「いいな、行こうぜ!」
「あと・・・倖田のクーちゃんのライブもあるぞ」

倖田來未菩薩か。
いいな、行こう!

なんだ、まだまだ、ささやかな希望は、探せばいくらでもあるじゃないか。

調子に乗って、THE BAWDIES君のライブは、どうかな? と言ったら、「ボーズゥ? そんなやつ、知らん!」と言われた。


ちょっと、ガッカリ・・・・・・・。



ところで、同世代の友人たちから、よくこんなことを言われる。
「おまえ、若ぶった音楽ばかり聴いているけど、それって痛々しいぞ」

娘からも「俺の同級生の父親が聴いているのは、演歌か懐メロばかりらしいぞ。おまえ、大丈夫か。精神年齢、低いんじゃないか。お願いだから、AKBのライブに行くなんて、言い出さないでくれよな」と言われている。


なんか、オレ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

本当に、痛々しい扱いになっていないか・・・・・・・。


2012/08/05 AM 06:55:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | [子育て]



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