Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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オレを責めるな
イチロー氏は、マリナーズでMLBの生涯を終えるものだと思っていた。

しかし、考えてみると、MLBでは、幸福な形で選手生活を終えた人は稀である。

ヤンキースのような常勝球団にいるデレク・ジーターやマリアーノ・リベラなどの、ごく限られたエリートだけが、おそらく同一球団でアスリート人生を全うすることができる。

イチロー氏の野球人生の終焉も、その偉大なキャリアを、ただ消耗させた形で終わるのかと思うと、心が痛む。

巨大化したアメリカのスポーツビジネスは、偉大なアスリートの晩年を、まるでジェットコースターのように急降下させたままエンディングを迎えさせる。

イチロー氏には、新たな地ニューヨークで、緩やかに上昇し緩やかに下降する、デパートの屋上にあるジェットコースターのような終焉を迎えて欲しいものだ。

スポーツ界の巨大ビジネスの象徴であるヤンキースでは、無理かもしれないが・・・・・。



ところで、話し変わって・・・。

お中元、お歳暮は、日本の美しい慣習である。

だが、その美しい慣習を、私は3年半前からやめている。

まず貰う側として、考えてみた。
友人のチャーシューデブ・スガ君からは、毎年洒落た高級調味料の詰め合わせをもらう。

私は、食材は低コストのものを使うが、調味料だけは安いものは使わない。
調味料まで安いものを使ったら、料理が安っぽくなる。
常日頃から私がそう言っているのを知って、スガ君は、厳選した調味料を贈ってくれるのである。

感謝。

天才WEBデザイナーのタカダ君(通称ダルマ)からは、いつも高級そうなインスタントコーヒーの詰め合わせをいただく。
極道コピーライターのススキダからは、スーパードライをワンケース。
浦和の一流デザイナーのニシダ君からは、外国製ビールの詰め合わせをもらう。

感謝。

もちろん、全てが嬉しいのだが、ある日突然、私はパターン化していないか、もらうのが当たり前になって感謝の気持ちを忘れていないか、と考えたのである。

次に、自分が贈る側として考えてみた。

お中元は、缶ジュースの詰め合わせかカルピス。
お歳暮は、ほとんどが洋菓子。

これこそ、パターン化して、感謝の気持ちのない惰性で送る贈り物。

それなら、感謝の気持ちを込めて贈ればいいではないか、と言われるかもしれないが、贈って感謝されているかどうかもわからない贈り物に誠意を込めるのが、そのときの私は面倒くさく思えたのだ。

私の場合、お中元やお歳暮をいただいたら、必ずお礼のハガキを送る。

しかし、私は今までに一度も贈った先から、お礼のハガキをいただいたことがない。

だから、お中元やお歳暮を贈っても、本当に感謝されているか、わからない。

俺は、無駄なことをしているのではないか。

無駄なことをするのは、いまエコが声高に叫ばれている時代に逆行していないか。
そう思った私は、3年半前、突然宣言した。

俺、お中元とお歳暮やめる。
贈るのもやめるし、貰うのもやめる。

そこんとこ、ヨロシク。

ダルマから貰うインスタントコーヒーの詰め合わせは、大変重宝したし、スガ君の調味料も料理好きの私には大変ありがたかった。
ススキダやニシダ君からのビールの贈り物も、アル中の私には、最高のギフトであると言えた。

それを断るのは、道端に落ちている百円玉を見逃すくらいの悔しさがあったのだが、贈るのをやめる以上、貰うのもやめないとフェアではない。

ただ、得意先には、あらためてお中元、お歳暮をやめます、と宣言したわけではなかった。
何も言わずに、贈るのをやめた。

先方は、おかしい、と思ったかもしれないが、どこからもクレームは来ず、仕事も今まで通りいただいている。

お中元、お歳暮をやめたことで、私の仕事に何の影響もなかったことは幸いである。

ダルマたちも、聞き分けよく、贈るのをやめてくれた。

結局、あまり意味のない慣習だったのだな、と私は結論づけたのだが、ただ一社だけ、印刷をお願いしている東京の会社だけは、毎年お中元、お歳暮を贈ってきた。

いただいて、お礼のハガキを書くとき、感謝の言葉とともに、次回はご遠慮いたします、と毎回書き添えるのだが、それでも贈ってくる。

一回や二回なら、まあ、いいか、で済ませられるが、毎回贈ってこられると、心に波が立つ。

だから、昨年の夏、その会社の事務の方に、申し訳ありませんが、お中元等の風習はやめておりますので、と直接言ったことがあった。
その場では了解されたが、昨年も、その会社からは、お中元、お歳暮が贈られて来た。

こんなとき、多くの人が、まあ、一社くらいいいだろう、と思うはずである。
目くじら立てることもあるまい・・・・・と。

だが、私は、この程度のことでも、チェッ、約束事くらい守れよ、と思うタチなのだ(面倒くせえ男)。

相手が、わかりました、と一度でも答えた以上、それを守らないのは、不誠実であると思ってしまったのだ。


ということもあって、私は、今年から印刷会社を代えた。

4年半のお付き合いだったが、迷いはなかった。

それを聞いた同業者からは、「そんなことで代えるの!」「可哀想じゃないか!」「印刷屋さんに同情するね!」「相手は、精一杯誠意と感謝の気持ちを見せてるのに、何ですか、その仕打ち!」と、やかましいほどの非難を受けた。

非難囂囂(ヒナンゴウゴウ)とは、このことかと思った。

そんな風に、嵐のような激しさで言われると、自分が、ものすごい人でなしに思えてくる。


俺は、ひとでなし・・・・・。


気分が、井戸の奥深くまで沈み込んでスネていたら、その印刷会社から、今年もお中元が来た。

いつもなら半年に2〜4回頼む仕事が来ないのだから、先方も、「ああ、他に頼んでいるな」と思うのが普通だろう。
もう贈る必要はないだろう、と考えるのではないか。

しかし、来た。

紅茶パックの詰め合わせを目の前にして、ホネホネ白髪おやじは、どうしたもんかなあ、と頭の毛が白くなるほど悩んだ。
食事が喉を通らず、体重が30グラムも減ったホネホネ白髪おやじ(痩せすぎて、減るべき体重が数グラム単位しかない)。

さらに、中央線で寝過ごしてしまい、武蔵境駅で降りるはずが、終点の高尾まで行くくらい激しい寝不足の中で考えた、ホネホネ白髪おやじ。

そして、結論が出た。

いただいたお中元を、お礼状を添えて、お返ししよう。

そして、いま手がけているオーガニック・レストランのポイントカード兼割引券の印刷をお願いすることにしよう。

自分でも、単純な出来事を複雑なものにしているとは思うのだが、いらないものはいらない、という意思表示だけは、しておきたい。

そこだけは、はっきりしておきたい。
そうでないと、全体のバランスが取れない。


お中元をお返しし、新たに仕事をお願いする。

相手は、快く了解の意思を示してくれたから、これで一件落着のはずだったが・・・うるせえのが、同業者どもだった。

「なんか、余計なことしてませんか!」
「最初から印刷会社を代える必要は、なかったんじゃないですかね!」
「非常識! 非常識! 非常識!」


ああ、うるせえ! うるせえ! うるせえぞ! ボケッ!




それ以上責めると、オレは、泣くぞ!

家出するぞ!

青春18きっぷで、旅に出るぞ!

(ああ・・・・・それも、いいかも・・・)




2012/07/26 AM 07:08:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]



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