Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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第三者のつぶやき
おはようございます。
ホームレスデザイナーのホネホネ白髪おやじです。

Twitterをやっていないので、ここでつぶやきます。

因みに、私がツィッターをやらない理由は、家族、友人、同業者の全員がツィッターをしているからです。
(一人くらい、しない人がいてもいいだろうと・・・)
(それに、ツィッターは、個人の意見に過剰に反応しすぎると思う。私のように失言の多い、一般常識に欠ける人間には、怖い媒体だ)


ところで、やっと仕事が落ち着いてきて、いま手元にあるのは、WEBデザイナー・タカダ君(通称ダルマ)と稲城市の同業者からの細かい仕事2件だけになった。

だから、睡眠不足を補うため、ときどき気絶をしながら、ネットサーフィンを楽しんでいた。

すると、こんな記事に遭遇した。

現在大ヒット中の映画「テルマエ・ロマエ」が反日的であると、一部のネット住民が騒いでいるという記事である。

その記事によると、「テルマエ・ロマエ」は、こんな内容を含んでいるのだという。

「日本人を『平たい顔属』という蔑称で呼んでいる」
「銭湯を奴隷用扱いしている」
「マルクスという人物が登場し、左翼ステマの疑いがある」(左翼ステマって、なあに?)
「日本料理の代表が、ラーメンや餃子になっている」
「意図的につり目の人物を多く書いている」

だから、けしからん、と・・・・・。

これは、もちろん冗談で騒いでいるのだと思いますが。


他にも、こんな記事が。

パロディニュースサイトの「虚構新聞」が「橋下大阪市長が、市内の小・中学生にTwitterを義務化」と報じたのを本気にして、それを読んだネット住民が、Twitter上で拡散させてしまったこと。

それに対しての反応が、こうだったという。

「何でも義務、強制をさせたがる、この人のメンタリティは呆れ返るばかり」
「大阪ツイッター義務化はありえねーだろー。大人だって嘘かほんとか判断むずかしいのに小学生にそんなリスク負わせてどうする」
「目玉が飛び出る話だなぁ。義務化もだけど市長へのフォローも義務とか」

これも冗談で反応しているんですよね。

もし真に受けていたとしたら、ネットではシャレも言えないことになる。

私は、冗談で反応していると思いたいのだが、もし本気だったら、・・・・・。


最近の事件として、渋谷駅のエスカレーターで男性が切りつけられるというものがあった。

サバイバルナイフで切りつけられたのだという。
幸いにも被害者は一命を取り留め、容疑者は捕まったが、雑踏の怖さを思い知らされた事件だった。

ただ、それとは別に、ここで私は一つの違和感を持った。
報道に関する違和感だ。

インターネットの記事の中で、容疑者の「キレやすさ」を表現するために、階下の人とのトラブルが載っていた。

下の人がうるさくしたら、容疑者にドンドンと床を叩かれた、というのである。

騒音にまつわるトラブルでは、騒音を受けた人が被害者である。

しかし、この場合は、騒音の元(加害者)である階下の人の一方的な話を掲載して、「うるさい」と床を叩かれたから、容疑者は「キレやすい性格」と決め付けているのだ(他に「キレやすい」ことを示す記事は載っていなかった)。

もしも、その騒音が耐え難いものだったら、誰だって怒るのではないだろうか。
「仏のマツ」と言われている私だって、怒る。
しかし、それで「キレやすい」と言われたら、正当な抗議さえ、できなくなるではないか。

うるさい音を立てた加害者側の意見だけを報じて、容疑者を「キレやすい」と断定する報道は、あまりにも安易で危険すぎる、とひねくれ者のホネホネ白髪おやじは、思うのであります。

(強調しておきたいのですが、私は容疑者を擁護しているのではありません。報道の姿勢について疑問を感じた、と述べてるだけです))


昨今、話題の生活保護受給について。

生活保護受給者は、間違いなく弱者である。
ただ、その制度を悪用して、行政にたかっている人がいたとしたら、その人が悪いのは当たり前だが、制度自体も悪い。

有名人を叩いたり、外国人を叩いたりするのは楽な方式だが、それだけでは叩いただけで終わってしまう。
たとえ、個人攻撃で問題点を提起したとしても、多くの人や報道機関が「マスメディアから叩かれた人たち」にしか興味を示さないのは、今までの経験則で明らかだ(これを私は「マスメディアの一過性の正義」と呼んでいる)。

生活保護世帯の有権者は、どの政党にとっても票にはつながらない(と思う)。
政治家としては、(票を期待できない)彼らを叩いたほうが、他の有権者の票を得る可能性は増える。

そんな目論見を持つ政党が、騒ぐだけ騒いで、選挙が終わったら、結局何の改革もなし、ということもありうる。

一番に直すべきは、制度。

一人の人間や正真正銘の弱者を晒し者にするだけのゴシップ合戦は、「生活保護制度が持っている不備」という本質を逸らすことになると、ホネホネ白髪おやじはつぶやくのです。



最後は、脈絡もなく、最近出会った不可解なオヤジのこと。

稲城市の同業者のマンションに行った時のことだ。

そのマンションは、大手デベロッパーが建てたもので、同じ名前のマンションが関東地方のいたるところにある。

玄関は、オートロック。
セキュリティは、万全らしい。

仕事をいただいて帰ろうとしたとき、「ちょっと郵便局に用があるので一緒に出ましょうか」と同業者に言われた。

そのとき、マンションのドアを出た右手のスペースのところで、何やら険悪な空気を感じた。

見ると、見覚えのある50年配の管理人が二十歳くらいの男に対して、「非常識にも程がある」と、大声で怒りをぶつけているところだった。
人のトラブルを干渉する趣味はないのだが、若い男の萎れようが半端ではなかったので、つい足を止めた。
同業者も、気になったらしく「どうしたんですか」と管理人に声をかけた。

すると、管理人は不必要なほど顔を硬直させて、舌打ちをしながら言ったのである。
「こいつが、チラシをポストに入れたんですよ。うちはチラシ投函禁止って壁に貼ってあるのに、勝手に入れたんで、文句を言ってるんだが、『知らなかったんです』で済まそうとするから、腹が立って」

その言葉に対して、男は、「いや、知らなかったで済まそうとはしてません。悪いと気づいて、自分でいれたチラシは自分で回収するから、ポストを開けてくれませんか、って言ったんですけど、それはできないって言うんです」と、同業者と私の顔を交互に見て言った。

そして、泣きそうな顔でこう続けたのである。
「他人がポストを開けるには、それぞれの所有者の許可がいるから、簡単にできないって、この人が言うんで、じゃあ、僕が自分の責任で一軒一軒許可を得ますので、中に入れてくれませんかって言ったら、そんなことはできない、って怒られたんです」

その話を引き取って、管理人が「素性の知れない男を中に入れたら、セキュリティの意味がないだろ。そんなことをしたら、俺は首だよ。何で、そんな常識がわからないかねえ」と大声で憤った。

男が、「じゃあ、いま会社に電話をかけて、判断を仰ぎますので、待ってくれませんか」と言うと、管理人は「あんた! 何ですぐに人を頼ろうとするんだ! ミスをしたのはあんたなんだから、ここは、あんたが解決するべきだろう。逃げるなよ」と、また怒鳴った。

それに対して、男は項垂れながらも「だから、僕が一軒一軒チラシを回収しようと・・・」と言ったのだが、管理人は、男に最後まで言わせることなく、言葉をかぶせて「だからぁ、それは、できないって!」と怒るのである。

では、どうすればいいんだ。
チラシを間違えて入れてしまった。
そのことを反省して回収したいが、それは管理人の業務を増やすことになるので、できない。

できなかったら、チラシはポストの中に入れられたまま。
チラシを入れた男が、一軒一軒謝って回るのもいけないことのようだ。
それも、管理人の判断では、違反ということになるらしい。

チラシを入れられたことで、管理人の管理者責任が問われるというのなら、管理人の権限でチラシを回収すれば、なかったことになる。
そして、その後に、チラシ配布会社に抗議をすればいい。
というように、私などは単純に考えるのだが、それでは、いけないのか。

管理人さんが、仕事熱心なのはわかる。
彼が、プロフェッショナルであることは認める。

しかし、怒るだけでは何の解決にもならない。

ミスをしない人間などいないのだから、そのミスをどうしたら解決できるかを先ずは考えるべきではないだろうか。
一応、男が解決方法を提示し懇願しているのだから、頭ごなしにそれを否定するのは、どうかと思う。

反省して頭を下げ、何とか解決方法を見つけようとしている人間に対して、優位なポジションにいる人間が妥協点を与えないというのは、私には底意地の悪い「言いがかり」としか思えない。

怒るのは、一回だけでいい。
そのあと必要なのは、具体的な解決方法だろう。

男の行為が不正だというのなら、管理人が、規則に則った有効な解決方法を提示して、男に伝えるべきだ。
あるいは、事態の収集方法を管理人とチラシ配布会社の責任者が協議するのもいい。

同業者も同じように感じたらしく、「まあ、ここに住む人間として提案させていただきたいのですが」と、管理人に対して自尊心を傷つけないような言い方をして、管理人の正面に立った。

しかし、管理人は、頑固だった。

「いや、これは、私の仕事ですから、第三者は口を挟まないでください」
毅然と拒否をしたのである。

実際のマンションの住民(購入者)に対して、第三者?

聞き間違いをしたのかと思ったが、同業者が呆気にとられたような顔をして黙ったので、おそらく管理人様は、間違いなく同業者(正規の住民)のことを「第三者」と言ったのだろう。

呆れた。

管理人様は、高い金を払ってマンションを購入し、毎月管理費を払っている住民に対して、「第三者」と言ったのである。

その不条理な言い分に対して、私は何か言おうとしたが、同業者は無言で自分のポストを開けて中のチラシを取り出し、それを折り畳んでポケットに入れた。
そして、私の肩に手を置いて出口の方に誘導したので、完全なる「第三者」は、それに従った。
私には、何も言う権利がないことに気づいたからだ。

ただ、一つだけ気になったことがあったので、首だけを後ろに回して、管理人様に聞いた。

「変なことをお聞きしますが、このマンションで一番偉いのは、どなた様ですか?」

仏頂面で、睨まれた。
(その態度は、どこかの知事様、市長様に似ているような・・・・・。綺麗事は承知ですが、都政、市政の中心は、長ではなく市民だと私は考えております)


今回の事件の結末に関しては、聞いていない。

私は「第三者」なので、関係ないからだ。

(ただ、ポスティング男子を救えなかったことだけは反省している。そして、同業者が小声で「石頭野郎!」と歯を噛み締めて罵ったことも書き留めておく)





私が、ツィッターをしない理由がわかった。

ツィッターでは、こんな長い文章をつぶやけないからだ!

2012/05/30 AM 05:43:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

ナイスさんの入れ墨
入れ墨、刺青、タトゥー。

大阪市では、職員に入れ墨をしている人が多いらしく、それに対して、橋下市長が「非常識だ」と怒っているという記事をネットで見た。
本当かどうか知らないが、申告をしない人は、昇進の道も閉ざされるらしい。
懲戒処分の対象になるかもしれないという。

入れ墨は、筋者(スジモン)の匂いがするから、堅気の人間としては、眉をひそめたくなるのは、わかる。
ただ、これは、そのように単純に考えていいものでもないような気がする。

入れ墨を悪と決め付ける単純な印象操作だけでは、本質は見えないのではないか。

イレズミにも事情がある。


たとえば、同業者の奥さんはパティシエをしているが、奥さんの左腕と左足首には刺青がある。
左腕には、9歳の長男の名の刺青。
左足首には、7歳の長女の名の刺青。
仕事が忙しいので、いつでも、自分の分身が身近にいることを感じていたいからだという。

「俺の名前は彫ってくれないんですよ」と同業者が悔しがる。

奥さんが言う。
「だって、子どもたちとは絶対に別れることはないけど、あんたとは別れるかもしれないでしょ」

「そんなことを言われたら、何も言えねえ」
同業者の苦笑い。


そして、入れ墨にまつわる想い出。

小学生の頃、家の近所に飯場(季節労働者のための寄宿舎)があって、そこの飯場にいたお兄さんに、キャッチボールをしてもらったことがあった。
同級生4人、そして、お兄さん。

子ども好き、野球好きの明るいお兄さんだった。
年齢は25から30歳くらいだったろうか。

子どもたちが投げるボールを受けるたびに「ナイス!」「ナイス!」と声をかけたから、我々は彼のことを「ナイスさん」と呼んでいた。

飯場に隣接する草ぼうぼうの空き地。
そこで、ナイスさんの仕事が休みの日曜日の午後、2時間程度キャッチボールをするのが習慣になった。

特別運動神経がいいようには見えなかったが、絶えず陽気に声を出すキャラを我々みんなが気に入っていた。
日曜日のキャッチボールを、我々4人は楽しみにしていたと言っていい。

しかし、ある日を境に、そのキャッチボールの習慣が、突然終わった。

初夏6月。
一気に30度近くまで気温が上がった日曜日。

強い日差しに耐えかねたナイスさんが、青い長袖のシャツを脱いだときのことだ。

我々4人は、その背中を見て、固まった。

ナイスさんの肩から背中にかけて、絵が書かれていたからである。

おそらく、これが入れ墨というやつか。
ヤクザ映画の予告やドラマでは見たことがあるが、本物を見るのは初めてだった。

模様は、よく憶えていない。
右肩のところに大きな赤黒い花(牡丹?)が書かれていたような記憶はあるが、細かいところは全く記憶にない。

ただ、驚いて、立ち尽くしたことだけは鮮明に憶えている。

我々4人が唖然とした顔をして固まっているのに気づいたナイスさんは、その理由がすぐにわかったらしく、いつもの陽気さを消して、「あああ、ゴメンゴメン、驚かせちまって」と言いながらシャツを着たが、慌てていたせいか後ろ前になっていた。

そして、ナイスさんがシャツを着直している間に、我々4人は、全速力で空き地から逃げた。

「ヤクザだったのかぁ!」「ヤクザぁ」「ヤーさんかよ!」

誰もが裏切られた思いがして、うなだれた。

そして、怖くて鼓動が早くなり、10分くらい呼吸が苦しかったことも記憶に残っている。

それ以来、我々は一度も飯場にも空き地にも近づかなかったから、ナイスさんと顔を合わせることはなかった。

しかし、入れ墨は怖かったが、ナイスさんのことを我々4人は、嫌いではなかった。
ただ、もう一度キャッチボールを、とは言い出せなかった。

ナイスさんを拒否する理由付けが、入れ墨だけ、という一点しかないことに、我々は戸惑ってもいた。

そして、誰の心にも、ナイスさんに悪いことをした、というわだかまりがあった。


飯場は、季節労働者の集まるところだから、年中稼働しているわけではない。
真夏には、もう飯場は閉鎖されていた。

夏休み初日、久しぶりに空き地に集まった4人は、揃って飯場に足を向けた。
もう誰もいないことを知っていたから、怖さは感じなかった。

飯場のまわりは、鉄線で囲われていたが、そんなものは簡単にかいくぐることができた。

プレハブの小屋はまだ残っていたが、鍵がかかっているので、中に入ることは出来ない。
窓も、すべて閉められていた。

飯場の敷地の隅に、水呑場があった。
蛇口が2つ地面から生えているだけの簡単な水呑場だ。

そこで、キャッチボールしたあと水を飲み、たまに水浴びをした。

これも止められているだろうなと思いながら、蛇口をひねると水が出た。

そして、もう一つの蛇口をひねろうとしたとき、蛇口に木の切れ端が糸で括り付けられているのに気づいた。
手にとってみると、細いサインペンのようなもので書かれた文字が見えた。

そこには、我々4人の名前と、「ごめんね」の文字、そして7月9日と書かれた日付の横に、「楽しかった サヨナラ」の文字とナイスさんの姓名が、意外なほど端正な書体で書かれてあった。

飯場が閉められたあと、我々が来るかもしれないと思って、ナイスさんが書き残していったものだった。

その文字を我々4人は、無言で見つめた。

それぞれ色々な思いがあったと思う。

私は、不思議なことに、入れ墨のことは思い出さずに、ナイスさんの明るい声と、笑ったときにできる左頬のエクボのことを思い出した。
「運動のあとは塩分を取ったほうがいいんだ」と言って、塩水を飲まされり、梅干を食わされたりしたことを思い出した。
誰かが金属バットを持ってきて、これでトスバッティングをしようと言ったら、「近所迷惑になるから、キャッチボールだけにしよう」と言われたことを思い出した。
「コンニチハとサヨナラの挨拶だけは忘れるなよ」と言われたことを思い出した。

木の板に書かれた「サヨナラ」の文字。


ナイスさんは、サヨナラと書き残してくれたが、我々はナイスさんにサヨナラを言えなかった。


ナイスさんの入れ墨を見て怖くなったのは、我々4人の素直な感情だから、仕方ないと言える。


ただ、入れ墨だけを見て、ナイスさん本人を認めようとしなかったことだけは、今も悔いが残る。

あれほど楽しい日々を私たちに与えてくれたのに・・・・・。



(その木片は、4人の中で一番ナイスさんに懐いていたヨコミゾが、大事そうに持ち帰った)



2012/05/26 AM 06:39:44 | Comment(4) | TrackBack(0) | [日記]

心配してくれた柔道三段(三段腹)
2ヶ月続いた眩暈が治ったあとは、快調である。

ジョギングは2回した。
仕事で一回、徹夜もした。

食欲は元々ない方なので変わらないが、睡眠が不足気味でも目覚めは悪くない。
ただ、録り溜めしておいた映画やドラマを見ていると、10分くらいで眠ってしまうという困った現象がいま起きている。

だから、映画にしてもドラマにしても、さっぱり話がわからない。
連続ドラマなどは、話が繋がらないので、見ていて少しも楽しくない(ただガッキー主演のドラマでは眠ることはない。これは何故だ?)。
ということで、録画してもハードディスクの肥やしになるだけなので、録画をやめようかと、高校二年の娘に提案したのだが、娘に「いつか見るから録っておけ」と却下された。

昨日の夜も、以前WOWOWで放映したミスチルの20周年ライブを見ていたのだが、始ってから17分後に寝て、1時間後に目覚め、まだやっていたのでまた見ていたら、10分で瞼が下がり、次に起きたのは、ライブの終わりに桜井氏が手を振ってステージから消えるところだった。

何を歌ったか、ほとんど憶えていない(桜井さん、申し訳ござらん)。


時刻は、午後10時44分。
本格的に寝るのはまだ早いと思っていたら、iPhoneが震えた。

ディスプレイを見ると、チャーシューデブ・スガ君だった。

出ると「夜分遅くにすいません」という、生真面目な、そして安心感のあるスガ君の声が聞こえた。
デブは、体全体が楽器だから、声が響いて心地よく聞こえるのかもしれない。
デブは、得だ。

「Mさん、俺、Mさんに謝らなければいけないですね」
突然の懺悔だ。

ん? だって、君は好きで太ってるんだから、謝る必要なんかないだろ。
俺は、好きで痩せてるんだから、誰にも迷惑をかけていない自信がある。
だから、気にするなよ。

ドント・ウォーリー・ベイベ〜〜♪

(電話が沈黙)

オレ・・・・・なんか、マズイことでも言ったか?

数秒の沈黙後、スガ君が言った。
「以前、横浜で一緒にラーメンを食べたとき、Mさん、めまいで苦しんでいたんですよね。シマコ(チャーシュー妻)から、俺、怒られたんですよ。何で一緒にいて気づかなかったんだって。もっと気を配ってあげないとダメでしょ、あなたは鈍感なんだからって、すごく叱られました。本当にスミマセン」

スガ君の名誉のために言うが、スガ君は、少しも鈍感ではない。
むしろ気を配りすぎる男だ。
彼の体の半分はチャーシューで出来ているが、もう半分は気配りで出来ているといってもいい。

それくらい、周囲に気を配れる男だ。

ただ私の演技力がアカデミー主演男優賞クラスだったので、彼のその高い能力が活かせなかっただけである。

だから、私は言った。

オスカー男優の演技力を侮るな。
チャーシュー役者の君など、足元にも及ばない・・・・・と。

(再び沈黙)

気まずい沈黙のあと、スガ君が「Mさん、無理をすると、いつか取り返しのつかないことになりますよ。痩せ我慢もほどほどにしてくださいよ」と切実な口調で言った。

俺が痩せ我慢なら、太った君は、チャーシュー我慢・・・か?

と言おうとしたが、また沈黙が来そうな予感がしたので、「スマンスマン」と素直に謝っておいた。

そして、これから先、誤解されることがないように、痩せた男の痩せ我慢の理由について、私は語ることにしたのである。

話は少々長くなるが、いいか? トイレに行くなら今のうちだぞ、と言ったら、スガ君は「さっき、行きました」と生真面目に答えた。

(本当に真面目なヤツ)

俺が痩せ我慢をする理由。
それは、痩せ我慢が好きだからだァ!

「(大きく息を吐きながら)Mさん・・・・・時間と電話料金が勿体ないんですけど」

ゴメンナサイ。

気を取り直して、突然シリアスな口調で話を進めたオレ。

私には、50代後半の姉がいて、この人が子どもの頃から自己中心的な性格の人で、世界中のジコチューを1万人集めたくらいパワーのあるジコチューだった。

だから、祖母や母は、絶えず姉の行状に怯えながら暮らしていた。
そして、私の父は、同じように世界中のジコチューを250人くらい集めたくらいの人だった。

父は、それなりに名の知れた企業に勤めていたが、稼いだ金を家に入れることなく、新橋にアパートを借りて、そこを拠点に毎日飲み歩いていた。
家に帰ってくるのは、ひと月に1度あるかないかだ。

だから、家計を支えるために、私の母は、フルタイムで働いていた。
そして、母は、極度の心配症でもあった。

そんなこともあって、私は祖母と母には決して心配をかけないように、何があっても辛いとか痛いとか言わない可愛げのない子どもに育ったのだ。

さらに生まれ持った私の変態体質もあって、人から心配されると逆上するという歪んだ性格がある。

たとえば、人から「熱があるんじゃないか」と心配されると、ボケ! 誰でも熱はあるわ。熱がなかったら死んでるわい! と怒る。
「つらそうだね」と言われたら、辛いかどうかは俺が決めることだ。お前になんか決めて欲しくねえわ! と怒る。
「顔色悪いよ」と言われると、うるせえよ! お前の顔のが悪いだろうが! 整形して出直してこい! と罵る。
「休んだ方が・・・」と言われると、テメエ、喧嘩売ってんのか! 表へ出ろ! と拳を握り締める。

心配して怒られるのだから、相手はたまったものではないだろう。

だから、友人は、どんなに私の具合が悪く見えたとしても、何も言わなくなった。
ヨメも、絶対に言わない。
子どもたちも言わない。
言うだけ無駄だというのが、わかっているからだ。

ときどき、体の不調が終わってから、私の方から、熱があってね、とか、今回の眩暈は長かったよ、と言うことがあるが、相手は私の顔色を伺いながら、「そうだったんだ」とアッサリ受け流してくれる。

私としては、その反応が一番嬉しい。

娘からは、「お前は、世界一医者に向かない男だよな。人が痛いとか苦しい、辛いって言っても、『我慢せい!』と患者を怒鳴るだろうからな」と言われる。

いや、そんなことはない。

ひとの体に関しては、私は心配症である。
この点だけは、母の血を受け継いでいると思う。

ヨメや子どもたちが熱を出したら、寝ないで看病をする。
オンボロアパートの庭に住み着いたセキトリ(猫)が下痢をしたら、すぐにビオフェルミンを与える(少量)。
電車で辛そうに立っている人を見かけたら、百パーセント席を譲る。
髪の毛が薄い人がいたら、カツラ屋さんを紹介しようか、と思う(?)。

わかったかい? スガ君。
だから、君は俺の体の心配なんかしなくて、いいんだよ。

俺は、心配されるのが、大嫌いなんだ。
余計な心配をしたら、俺の得意の右フックが、君の脂肪たっぷりの腹に突き刺さるだろう。

気をつけたほうがいいよ・・・・・フフフフフ。

そう言ったら、「Mさん、俺、最近10年ぶりに柔道を始めたんですよ。言わなかったかもしれないけど、俺、三段です」とスガ君が、生真面目な声で言うではないか。

ん? 柔道三段? 三段腹の間違いでは?

「いえ、正真正銘の三段です。黒帯です」

そう・・・・・か。

スガ君、心配してくれて、ありがとう。

心から感謝するよ。
(柔道三段に、喧嘩は売れないぞ)



では・・・・・おやすみなさい。

電話を切った。



2012/05/22 AM 05:43:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

豆腐屋さんを尊敬する和尚
先月のことだが、ヨメが、「来月家計がピンチだから、パピーのお小遣い減らしてもいい?」と聞かれたことを、このブログに書いた。

そのとき、「俺、独立してからお小遣いもらったことないんだけど」と私が言うと、まるで初めて気づいたように、素晴らしいリアクションで驚いてくれたヨメ。

そんな風に、ヨメは本当に、私に興味も関心もない。

ただ、このとき、なぜ家計がピンチなのか、私は聞かなかったのだが、最近になって、その原因がやっとわかったのである。

ヨメは、今月末に、K-POPアーティストのSHINEEのコンサートに行くのだという。
チケットは、もうすでに買ってあるが、そのとき買うコンサートグッズのために、おそらく家計がピンチになるだろう、というのがヨメの言い分だったのだ。

家計がピンチになるほどグッズを買うというのが、私には理解できないのだが、「みんな1万円以上買っているのぉ。すごい人は5万円以上買っているのよぉ!」と、ヨメが熱弁する(なぜ女の人は、一部分の人のことを「みんな」と言うのだろうか)。

たとえば、1万円のグッズを買ったとしたら、それは我が家では半月分の食費に相当する。


それは、確かにピンチだ!


そこで、家計をピンチにしないために、私は寝る暇も惜しんで錬金術を会得した結果、コツコツと貯めたヘソクリの中から、福澤さんを2枚ヨメに渡した。

それをヨメは、何の疑問も持たずに、「ゴッツァンデス」と、ひったくった。

普通なら、小遣いをもらっていない男が、なぜそんな大金を持っているか怪しむものだと思うが、ヨメは、そんなことは聞かないのである。

つまり、それくらい、私に関心がないということだ。

そして、さらに悲しいのは、福澤さんが、おふたり家出した、という重い現実。

それを補充しなければならない。
また、寝る暇を惜しんで、錬金術に励むのか・・・・・さらに痩せるぞぉ、と思ったとき、iPhoneが震えた。

ディスプレイを見ると「極道」だった。

出る義理はないのだが、福澤さんの喪失で大きなショックを受けていた私は、反射的に「応答」ボタンを押してしまったのである。

「お前に、教えて欲しいことがあるんだけどよぉ」

毎回言っているが、おまえ、ではなく、師匠だ。
俺は、お前より2つ歳上なんだからな。

そう言ったが、極道ススキダも、人の話を聞かない男だった。

「お前んちのアパートが見えるところに、もう来てるんだがな」

そう言われて、窓から外を覗くと、品のないエスティマが路肩に停められていた。
今年の正月も、こんな展開があったような気がしたが。

デ・ジャブか・・・・・?

私は強い口調で、断る! とっとと横浜のドブ川に帰れ! と言ったのだが、極道に日本語は通じなかったようだ。
「じゃあ、コインパーキングに車を停めてから行くよ」と言われた。

アパートのドアを閉めて拒否すれば、平穏無事な生活ができるのだが、私は「意地悪」と「仕事」が大嫌いなタチなので、快くドアを開けてやった。

私が知る限り、こんな素晴らしい人格者はいない、と自分で自分を尊敬した。

類まれな人格者は、可哀想な極道の話を聞いてやった。

極道は、コピーライターだが、たまにデザインの仕事を請けて、自分がやることもある。
今回極道が請けた仕事は、知り合いの書道家の書道展の案内状だった。

それを生まれたての赤ちゃん並みの覚束なさで作ったのだが、極道の妻(極妻)に、「全てが変!」と酷評されたらしい。
そして、極妻に言われたのだ。

「師匠(私のこと)のところに行って、教えを請うて来い!」

ということで、威厳に溢れた師匠の下に、跪(ひざまず)きに来たということだ。
しかも、即金で授業料を払うというのである。

何という天啓!

神は、私を見捨てては、いなかった。


極道の作品を見ると、元々がコピーライターのせいだからか、言葉が主張をしすぎていると思った。
言葉を大切にするのはいいが、案内状を細かく読む人は、そんなにいない、と私は極道を諭した。

2行くらいの案内文と今回の書道展を象徴する「書」を一つだけ。

あとは、小さく地図を載せる。
地図は、ランドマークを一箇所載せて、そこから展示場までの経路を分かりやすく書く。

それだけで、いいのではないか。

余白を文字で埋めたって、鬱陶しいだけだ。
書道展だということが、一目でわかればいい。

イラストレーターを30分ほど操りながら、極道にそう言ったら、「さすがだな、和尚」と言われた。

和尚じゃねえ、師匠だ。

「わかったよ、丸正」

俺は、スーパーか!(丸正は東京・神奈川のローカル・スーパー)
ひと玉98円で、春キャベツを売ってるのか!

「おお! いまどき、春キャベツが98円とは、破格だな。それは、ぜひ買って帰ろう。麗子(極妻)が喜ぶぞ。キャベツはどこの棚だ?」

おい! 横浜のドブ川から、わざわざコントをしにきたのか?

OH SHIT! GOKUDO GO HOME!

完璧なイングリッシュで罵ったら、目の前にみずほ銀行の封筒が差し出された。

卑しくも、お辞儀をしながら封筒を直ぐに手に取り、中身を覗いたら、予想外の大金が入っていた(福澤さんが複数形で)。
だから、ふざけているのか、と極道に聞いた。

たった30分の授業だ。
世間には、常識ってものがあるだろう。

私がそう言うと、「おまえに常識を教えられるとは思わなかったな。熱でもあるのか」と極道が皮肉な調子で言った。

そうそう、朝から50度の熱があって、サハラ砂漠にいるみたいだよ。
・・・・・そんなわけ、あるかぁ!

そんな風に、ノリツッコミをしようと思ったが、また不毛なコントが続くことになるので、かろうじて抑えた。

これは、受け取れないな、と答えた(心の中では泣いていたが)。

「金が嫌いなのか?」

嫌いなわけないだろ。
柴咲コウの次に好きだ。

もし道に、柴咲コウと1億円が落ちていたら、俺は迷うことなく柴咲コウを拾うだろう(柴咲コウさん、変な喩えに使って申し訳ござらん。大好きです)。
しかし、1億円しか落ちていなかったら、1億円を拾う。
それくらい、金が好きだ。

「じゃあ、受け取れよ」

適正価格以上のものを受け取ることを、世間では、「施しを受ける」という。
俺は、おまえに施しを受けるほど、落ちぶれちゃいない。
(本当は、落ちぶれすぎて、どこまで落ちたか分からなくなっているのだが)

「麗子に、日頃のご迷惑のお詫びにって、持たせられたんだが」

極妻が、そんなことを・・・・・・・。

確かにこの極道には、いつもご迷惑をかけられてばかりいる。
本当に、我が侭な悪い子なのだ。

その言葉に、心を動かされて、手に持った封筒を懐に入れかけた。
この金があれば、しばらくは、いかがわしい錬金術による寝不足からは解放される。
平穏な生活が、送れる。

待ちに待った平和な日常が訪れる。

目の前に壮大な花畑が出現した気がした。

しかし、下の道路を通る豆腐屋のラッパの音が、私をすぐに現実に引き戻した。

お豆腐屋さんは、朝早くから起きだして、小さな大豆から、とてもヘルシーな白い塊を毎日作っているのだ。
その一つ一つの単価は、驚くほど安い。
しかし、彼らは、冬の朝は手が凍えるほどの冷たい水に耐えながらもコツコツと丹念に、ヘルシー食品を作り続けているのである。

その姿は、崇高ささえ感じさせる。

私のようなヤクザな職業の男が、たった30分で、高い授業料をいただくのは、豆腐屋さんに対する冒涜だ。

だから、私は、極道ススキダに、封筒を返そうとした。


しかし・・・・・。


目の前に、極道は、もういなかった。

極道は、玄関でベネトンの靴を、既に履いていたのである。

そして、「助かったよ、和尚。今度は、お経を教えてくれ。ああ、領収証は、郵送でヨロシクな、和尚」と言って、ドアを蹴破って出て行った極道ススキダの後ろ姿は、けっこう格好良かった。




さて・・・・・と、(大金をゲットしたので)クリアアサヒを2ケース、買いに行きましょうかね。



(この結末、どこか変なところが、ございましょうか?)


2012/05/18 AM 05:34:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

武蔵小杉、自由が丘、中野そしてZARD
それは、あまりに唐突すぎて、不意打ちと言っていいものだった。


川崎新丸子の実家からSOSがあったので、昨日行ってきた。

新丸子に行くとき、最近は知り合いに原付を借りて行くことが多いのだが、あいにく所有者が使っていたので、今回は電車で行ってきた。
ルートは、オンボロアパートから南武線の矢野口駅まで9キロの距離を自転車で行く。
そして、そこから南武線で武蔵小杉駅まで行き、後は歩く。

この方法が、一番交通費がかからない。
すべて電車を利用するのとでは、片道で310円違う。
その差は、貧乏人には大きい。

実家からのSOSの内容に関しては、詳しくは書かない。
いつもながら、姉が「やらかした」とだけ記しておく。

姉の不可解な行状を書くと、なぜかブログかHP経由で、批判的なメールが来ることがあるからだ。
ただ、現在ブログ、HP経由で来るメールの9割は文字化けをするので、どんなに批判的な内容のものが来ても読めないが(とても残念だ)。

緊急事態を素早く処理すると、やることはない。
母に、「夕御飯食べていきなさいよ、お寿司とるから」と言われたが、高級なものを食うと腹を壊す貧乏体質だから、仕事が忙しいときに腹を壊すと困る、と言って逃げてきた。
(本当は、姉と同じ空気を吸いたくない、という理由だったが)

武蔵小杉駅までの634メートルの帰り道。

東横線の高架沿いを歩いていると、右手にはポツポツと店がある。

食いもの屋が多い。

歩いているとき、どの食いもの屋から流れているのかわからないが、音楽が聴こえた。

それが、QUEENの「The Show Must Go On」だった。

その曲を聴いて、酒が飲みたい、と思った。
普通に飲む酒ではなく、バーで一人で飲む酒だ。

南武線で矢野口駅まで帰るのをやめて、武蔵小杉駅から東横線に乗った。

自由が丘で降りる。

駅前から自由通りに向かって歩いていく。
昔は、その途中に「ボヘミアン」というバーがあった。
しかし、そのバーは6、7年前に閉鎖したということは、人から聞いていた。

ボヘミアン。

13年前、私が独立しようと決めたとき、何か今までと違ったことをしてみよう、と思い、意を決して入ったのが、そのバーだった。

一人でバーに入るというのは、そのときの私にとって、かなりハードルの高いことだった。
だから、してみたかったのだ。

13年前のことだから、というわけではなく、そのときのことを私は、あまり詳しく憶えてはいない。
おそらく、極度に緊張していたからだと思う。

どんな酒を頼み、何杯の酒を飲んだのか、全く憶えていないのだ。
店の内装も、記憶にない。
マスターの顔を、おぼろげながら憶えているだけだ。

ただ、その店では、QUEENの曲だけが流れていた記憶は鮮明にある。

そして、「The Show Must Go On」が頻繁に流れていたことも、強く印象に残っている。


俺は 笑いながら立ち向かう  絶対に屈したりしない
ショーは 続けなければいけないんだ。


俺の「独立」というショーも、これからずっと続いていく。

俺が、自発的に人生を降りるか、何かの力が働いて、人生の幕が降りるまで、俺のショーは続く。

そんな暗示を与えてくれたのが、「ボヘミアン」だった。

その店が既にないことは知っていたが、原点に帰ることは悪いことじゃない。
もし、同じ場所に、バーがあったなら、入ってみるのもいいんじゃないか、と思ったのだ。


思い出の場所。

しかし、そこには、バーは、なかった。
いや、バーだけでなく、店自体が、なかった。

店の名残はあったし、ドアもあったのだが、そのドアに「テナント募集中」の紙が貼ってあったのである。

私の心は、自由が丘で酒を飲むことで満たされていたから、その「肩透かし」に、私は、どう対処していいかわからなかった。

貼り紙の前で、立ち尽くした。

数分立ち止まって、考えた。

近くの他のバーに入ろうか。
そこで、欲求を満たそうか、と思った。

しかし、そう思っただけで、また緊張している自分がいることに気づいた。

俺は、きっと独り酒に向かない男なのだ。

駅のベンチに座って、ひとりクリアアサヒを飲むことはできるが、店で酒を飲むのは、怖い。
そこには、俺の居場所は、絶対にない。
そこは、俺がいるべき場所じゃない。

だから、無理だ。

しかし、酒が飲みたい。
駅のベンチで飲む酒ではなく、「大人の酒」が飲みたい。

その欲求は、切実にある。

貼り紙の前で立ち尽くす、ホネホネ白髪おやじ。

その姿が不審なものだということは、自分でもわかっているのだが、おそらく10分弱、私は立ち尽くしていたと思う。

だが、ひとつのヒラメキを得たとき、私はまた東横線に乗っていた。

渋谷まで行き、山手線に乗って新宿に、そして中央線で中野駅。

友人の尾崎がやっているスタンドバーが、そこにあった。

ただ、尾崎はオーナーではあるが、店に出ることはしない。
店は、尾崎の妻の恵実の弟が一人でやっていた。

店のドアを開けたとき、午後5時42分だった。

客がいるか、と思ったが、誰もいなかった。

繁盛していないのかもしれない。

ジャズしか流さない、気取ったスタンドバー。
いつも陰気臭い顔をした男だけがカウンターの中にいる店。

そんなバーが、流行るわけがない。

私の顔を見ると、陰気な男は、「ああ、お久しぶりです」と言った。

そして、「義兄の尾崎を呼びましょうか」と言った。

陰気な顔が、もうひとり増えたら、陰気がステレオになる。
それでは絶望的すぎて、「酒がまずくなる」と答えた。

頼みもしないのに、ワイルドターキーのロックが出された。

これしか出すな、と尾崎に言われているようだ。

まるで、従順な犬だな。

人のことは言えない。
俺は、臆病なウサギだ、と思ったら、笑えてきた。

実際、自分でも気づかないうちに笑っていたらしく、「いいことでもありましたか」と聞かれた。

いいことは・・・・・他の客がいないってことだけだな。

「私のせいです、とだけ言っておきます」と頭を下げられた。

古臭いビクターのスピーカーからは、ウイントン・マルサリスの「スピリチュアル組曲」の中の「リセッショナル」が流れていた。
リズミカルな軽いタッチの曲だが、演奏が完璧すぎて、鼻持ちならない。

そして、このバーも鼻持ちならない。
照明は、部屋の両隅にある間接照明だけ。
おまけに、マイルス・デイヴィスのポスターだ。

こんな気取った店が、流行るわけがない。

道楽にも程がある、まったく嫌味な店だ、と毒づいたとき、「リセッショナル」が終わった。

ワイルドターキーのお代わりを注文した。

そして、2杯目を口に運ぼうとしたとき、まるで今まで観ていた演劇で、突然舞台が違う場面に変わったかのような、不思議な感覚が私を襲った。


何だ、これは!?


混乱した。

しかし、すぐに、それがZARDの歌だったことに気づいたとき、私の目から水が出た。

ジャズしか流さない店で、なぜZARDが流れるのか、とは考えなかった。

ただ、とにかく不意打ちを食らった、という感覚が強い。

だから、目から水が出た。

その曲は、「夏を待つセイル(帆)のように」だった。

この曲のタイトルには、「夏」と「帆」という二つの言葉が使われていた。
だから、この歌を初めて聴いたとき、これは、坂井泉水さんが、私の娘のために書いてくれた曲だと、私は確信を持ったのである。
そして、今もかわらず、私はそう思っている。

この曲を聴くと、たいていは、泣く。
泣くような歌詞ではないのだが、泣く。

曲が流れている間、私はグラスを握り締めたまま、ずっと下を向いていた。

「馬鹿か、お前は!」と、娘には、いつも怒られるのだが、こればかりは止められない。

止まらないのだ。

最近は、聴かないようにしていたのだが、まさかの不意打ちだ。

尾崎の野郎が、義弟に吹き込みやがったな。

しかし、怒る気にはならない。

何となく、感謝したい気もある。

心の中で、この歌を欲していたのかもしれない。

曲が終わって、店内に沈黙が来た。

尾崎の義弟に背を向けて、2杯目を乱暴に飲んだ。

そして、背を向けたまま、「ありがとう」と言って、店を出た。


下を向いて中野の街を歩きながら、坂井泉水さんの命日は、いつだったろうか、と思った。


たしか、5月だったような気がしたが。




2012/05/14 AM 05:29:52 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

めまいのあとの職質
3月初めから悩まされていた眩暈(めまい)が、やっと治まった。

今回は、長かった。
この症状が、2ヶ月以上続いたのは、初めてのことである。

それは、20年近く前に、突発性難聴(右耳)を患ってから、毎年の恒例行事のように起きる症状。

春先が多いが、たまに秋に症状が出ることもある。
たいていは、2週間程度で、突然に治まる。

絶えず地面が揺れている感覚があり、仰向けに寝て目をつぶると天井が回る。
頻繁ではないが、ときに強烈な立ち眩みがする。

ただ、治るのが分かっているから、ジタバタはしない。
誰にも言わず、ただひたすら我慢するだけ。
そして、普段通りの日常を送る。

原因については、難聴の影響で、季節の変わり目に交感神経と副交感神経の切り替えがうまくいかないのだろう、と推測しているが、医者に行っていないので、詳しいことはわからない。

私にとっての医者とは、レントゲンを撮って、薬を処方する人というイメージしかない。
お医者様には申し訳ないが、少なくとも私にとっては、必要不可欠なものとは思えない。

だから、当然のことだが、今回2ヶ月以上に渡って眩暈の症状が続いたときも、医者に行くという選択肢は除外した。

どうせ、いつか治るのだ。

いつか治る、いつか治る、と思いながら治る気配が一向にないときは、不安にはなったが、「いつか治る」という言葉を、キリスト教の信者のように、信念を持って念じ続けた。

そして、治った。

信じるものは、救われるということだ。

ありがたや、ありがたや・・・・・。


眩暈の原因は、わからないが、今回、治った理由に関しては、おそらくこうでないか、という推測は成り立つ。

眩暈によって、2ヶ月間ジョギングをしていなかった。
だから、私の体の奥底から、走りたい、という欲求が、1ヶ月を過ぎたあたりから絶えず湧いて出ていた。

しかし、途中でぶっ倒れたら、世間様に迷惑をかけることもありうる。
そんな事態を引き起こしたら、申し訳ない。
そう思って、自重していたのである。

だが、小金井公園が「おいでよ、おいでよ」と言っている夢を見たとき(嘘みたいですが、本当です)、その声に応えなければ、これから先、小金井公園が入園を拒否するかもしれない、という強迫観念に囚われたので、小金井公園の声に従って、走ることを決心したのだ。

午後からは、大気が不安定になって、荒れ模様になるというので、朝の9時頃から走りはじめようと思った。

2ヶ月ぶりのジョギング。
もちろん不安はあった。

途中で倒れたら、どうしようか。
すぐタクシーを拾って、家に帰れるように、5千円札を靴下の中に忍ばせた。

もしも倒れて意識不明に陥り、救急車のお世話になった場合のことを考えて、保険証と高校2年の娘の携帯の番号を書いた紙も、ケツのポケットに入れておいた。
走るときに、必ず持ち歩くシチズンのストップウォッチの裏に、名前と血液型を書いたシールも貼っておいた。

これだけすれば、万全だろう。


走り始めた。

オンボロアパートから、小金井公園までは、およそ3.5キロ。
久しぶりなので、息は上がったが、思ったより疲労感はない。
足も痛くない。

公園内を走る。

20度前後の気温。
微風。
心地よい。

小金井公園内を300メートルほど走ったそのとき、突然、体にスイッチが入った感覚が私を襲った。

それは、本当に「スイッチが入った」としか表現できないほど、明瞭な感覚だった。

簡単な表現で言えば、ジョギングからランニングに切り替わった、という感覚。

体が、勝手にギアチェンジをしたのである。

このとき、私は、2ヶ月間の眩暈から解放されたことを確信した。
交感神経と副交感神経が、ランニングをすることによって、正常なバランスを取り戻したのだと思う。

ギアをトップにあげたまま、小金井公園内を10キロ走った。

そして、そのまま休まずに公園を出た。

気分が良すぎて、叫びたいくらいだ。

途中、五日市街道沿いにあるセブンイレブンの前を走っていると、セブンイレブンから「クリアアサヒ、あるよ。寄ってらっしゃ〜い(LOVE)」という声が聞こえた(これは、もちろん幻聴)ので、その声に素直に従って、クリアアサヒの500缶を2本買い求めた。


五日市街道に隣接する桜堤遊歩道を歩きながら、クリアアサヒを飲み、「クゥー リィー アー アッサヒが いえで ひえてるぅ こころ ウッキウッキ ワックワクゥ♪」と熱唱した。


後ろから猛スピードで走ってきた自転車に乗っていた若者が、私を追い抜きざま、私の方を振り返って見たのだが、なぜ見たのか、意味がわからない。

前から歩いてきた犬を散歩させているご婦人が、私の横を大きく迂回して、逃げるように去っていったのだが、なぜ逃げるように去ったのか、意味がわからない。

五日市街道を走る車の後部座席に座っていた子どもが、私を見て指差したのだが、それもなぜ指差したのか、意味がわからない。


意味がわからないまま熱唱し、クリアアサヒを気持ちよく飲んでいたとき、後ろから肩を叩かれた。

熱唱しながら、振り返った。

その人は、頑丈そうな自転車を引いていた。
紺の帽子をかぶっていた。
右耳にイヤホンを付けていた。
そして、紺のネクタイと紺の制服を着ていた。

これも、意味がわからないのだが、その人は、鋭い目で私の顔を覗き込んで、「ちょっと、いいですか」と言ったのである。

彼の右手は、何か強い意志を持ったように、私の左肩を軽く掴んでいた。
そして、「何をなさっているんですか?」と聞いた。

この場合の、「何を」は、何を意味しているのだろうか。
いま現在の私の行動を聞いているのか、それとも、職業を聞いているのだろうか。

だから、私はこう答えた。

小金井公園のランニングの帰りに、クリアアサヒを飲んでいるところです。
職業は、仕事があるときはデザイナーですが、ないときは無職です。
今日は朝まで仕事をしたのでデザイナーですが、今は仕事をしていないので、無職です。
また家に帰ったら、仕事をするので、デザイナーになります。

すると、紺の帽子と紺の制服の男は、「何か住所が確認できるものはありますか」と眉間にシワを寄せて聞いてきた。
(からかっていると思ったのだろうか。視線が怖いぞ。私は正直に答えただけなのに)

幸いにも保険証を持っていたので、それを制服の男に見せた。

制服の男は、保険証に目を止めながら「○○○○○○○さんですか。失礼ですが、口頭で住所と生年月日をおっしゃっていただけますか」と、さらに濃くなった眉間のシワを見せびらかしながら聞いた。

私が、スラスラと住所と生年月日を言うと、制服の男は満足げに微笑み、帽子のひさしに手をやって、軽く頭を下げ、「失礼しました」と言い、自転車にまたがった。

拍子抜けした私は、あのぉ、名前とか住所は、手帳にメモしなくてよろしいのですか、と聞いた。

すると制服の男は、面倒くさそうに、こう言ったのである。

「酒を飲みながら歌を歌っている人を、いちいちメモしていたら、大変ですよ」


・・・・・・・。


おい、警官!

それなら、なぜ止めた。

せっかく気持ちよく歌っていたのに。

(めまいから解放された男の喜びを、君はなぜ理解できないのだ!)



2012/05/10 AM 05:25:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

事件はグラッチェガーデンズで起きた
オリンピック出場をめぐって、話題の猫ひろし氏。

そして、ボクシングで五輪を目指す南海キャンディーズのしずちゃん。

どちらも好きな芸人さんだが、私は、二人が五輪に行くことには反対である。
それは、お二人が、アスリートの手順を踏んで、五輪を目指している人たちとは違うと感じているからだ。

アスリートの手順とは、たとえば・・・・・

アスリートの誰かに憧れて、スポーツに興味を持つ。
そのスポーツをやり始める。
そのスポーツが、心底好きになる。
そして、上手くなりたい、強くなりたいという向上心を持つ。
レベルが上がる。
さらに上を目指したいと思う。
そして、スポーツの頂点であるオリンピックを目指す。

お二人は、向上心はあると思うが、果たして、そのスポーツが心底好きなのかという点に、私は疑問を持っている。
テレビやマスメディアの事情でスポーツを始め、ただ踊らされているようにしか、私には思えないからだ。

お二人が懸命に練習する姿は、美しいし感動するが、裏に安易な業界事情が透けて見えると興ざめをする。

無理に作られた「オリンピック感動物語」は、見たくない。

ただ、お二人が、練習に打ち込む姿を見るのは好きだ。
それは、悪くないと思う。

しかし、それは、五輪出場とは別の次元の話である。
私は、あくまでも反対の立場だということだけは、強調しておきたい。


話は変わるが、AKBの商法に関して、ネットでは否定的な意見が多いような気がする(ただ、ネットでは普通の人は意見を述べないものだから、実際の世論とは大きく異なるが)。

その商法が、どのようなものなのか、ネットを見ても私にはよくわからないので、それに関しての感想はない。
アイドルを認知させるために、何をすれば良くて、何をしたら悪いのか、私にはわからないからだ。

最初から否定的な感情で見れば、全てが胡散臭く思えるし、好意的な感情で見れば、何でも許せると思う。

しかし、興味がない場合、批判も礼賛も、どちらも現実感がなく、騒ぐほどのことか、と思ってしまう。

ただ彼女たちを見て、私が強く感じるのは、少なくとも同年代の誰よりも、彼女たちは懸命に生きているように見えること。

(彼女たちの歌う姿をテレビのスポットCMで見る限り)歌も踊りも完成品には程遠いように思える(ファンが怖いので控えめに)が、懸命さは伝わる。

そこは、素直に尊敬できる。

プロとしては、人に真似できないほどの高度な技術で、人に感動を与えて欲しいところだが、その過程を見せることに意義があるとプロデューサーとファンが思っているなら、それはそれでいいのではないか、とも思う。


何故こんな話をしたのかというと、昨日、久しぶりに入ったファミレスで、不愉快な思いをしたことを伝えたかったからだ(話が繋がらない?)。

稲城市の同業者からの急ぎの仕事を1日半で仕上げ、また新しい仕事をくれるというので、同業者のところに行った帰り道。

世間はゴールデンウィークだというのに、睡眠時間50分という過酷過ぎる労働の結果、途中でエネルギーが切れ、グラッチェガーデンズというファミレスの「ピザ食べ放題」の字に釣られて、夢遊病者のように、店に侵入してしまったホネホネ白髪おやじ。

「食べ放題」もいいが、とにかくビール。
とりあえず、ビール。

ビールを飲めば、気絶からは免れるホネホネ白髪おやじなのである。

ジョッキを呷って、人心地が付いたおやじは、ここで「ピザ食べ放題」を注文した。
メインディッシュのパスタも注文した。
シーザーサラダも食った。

ビールをお代りした。

ファミレスで、こんな風に豪遊したのは、私の270年の生涯(寛保二年生まれ? 江戸で大洪水があった年)で、初めてのことである。

そんな豪遊生活に、満足感でいっぱいの私の耳に入ってきた声。

隣のテーブルを占拠する(40代と思われる)オバさん3人組の会話だった。

それが、呆れるほど悪口ばかりだったのだ。
猫ひろし氏、しずちゃんに始まり、AKB、特に真ん中で歌っている方の悪口。
K-POPに対しての批判。
政権に関する批判(ただ、民主党のことを社民党、社会党と間違えたり、都知事や小沢一郎氏のことを自民党の所属といってみたり、かなり勘違いが多かったが)。

そして、全体の会話の半分は、レンジャースのダルビッシュ有選手の元奥さんへの悪口雑言だった。

その後に、SMAPを強烈に礼賛。

要するに、このお三人は、SMAPとダルビッシュ選手の素晴らしさを強調したいために、他の全てを否定したいようなのだ。

そのための、オバ様トリオによる悪口合戦。

おそらく私が入る前から、その悪口は始まっていただろうから、周りでそれを聞かされるお客は、辟易したのではないだろうか。

ピザを食いながら、聞くまい、関心を持つまいと思っていても、強烈な圧力で耳に入ってくる「言葉の毒」に、寝不足と疲労で痺れた頭は、爆発寸前。

早く食い終わって出よう、と思い、次から次にピザに喰らいついていった。

ジョッキ2杯。
ピザ8分の1サイズを10枚。
パスタひと皿。
サラダひと皿。

それを30分程度で胃袋に収めた。

美味かった。
満足した。

悪口さえ聞こえなければ、どんなに平和な時間だったことだろう。

しかし、それを呪っても仕方がないので、いさぎよく腰を上げることにした。

と思ったとき、隣のテーブルから「椎名ナントカって、嫌い!」という声が聞こえたではないか。

椎名? まさか、高校2年の娘と私が、神と崇める椎名林檎様のことか、と体全体が反応し、上げた腰をすぐに下ろした。

その予想は、見事に当たって、「何なの、あれ! 男に媚びた目線と下手くそな歌。化粧品のCMに出てるけど、ちっとも綺麗じゃないじゃない!」という毒を含んだ悪口が、私の左耳に到達したとき、私の体は怒りで震えた。

そして、「なんだっけ? 椎名ミカンだったかしら?」「違うわよ、椎名バナナよ」「あら、椎名スイカだわよ」という、まるで幼稚園児のような程度の低いおフザケが続く。

右手に水が大量に入ったコップを持った私は、それを3バカに浴びせかけようと思ったが、私の中の数少ない理性が、かろうじて思いとどまらせた。

それは、犯罪だ。
3バカのために、犯罪者になってはいかん。

しかし、怒りで震える体。

その震える体に、さらに追い打ちをかける3バカ。

「あいつがいるから、私は絶対にリンゴは食べないことにしてるの。いい年して、可愛い名前つけちゃって、恥ずかしくないのかしら」
「どうせ、一発屋よ!」
「そうそう、今年中に消えるわよ!」

14年間、第一線で活躍してきたアーティストを「一発屋」呼ばわり?

上等じゃないか、表へでろ!
(SMAPの悪口、マシンガン・トークで炸裂させてやろうか!・・・・・ファンが怖いので、腰を引きながら)

と言ってやりたいところだったが、それでは、3バカと同じ土俵に上ることになる。

それは、愚かすぎる。

しかし、腹が立つ。

怒りは、頂点。


ところで、人間というのは、体中に怒りの感情が駆け回り、それを我慢しすぎると、予期せぬことが起きる生き物らしい。

そのとき、私の体に起きた、異変。

それは、でかい音を発する「屁」だった。
(食いすぎたせいかもしれない)

その音に、一番驚いたのは、自分だった。

何なんだ! 今の音は? 交通事故か!
と思うような爆裂音だった。

しかし、自分のケツが、異様な熱さを持っていることに気づいたとき、事態をすべて察した。


恥ずかしい。


ただ、不思議なことだが、その爆裂音が、どこから発せられたものなのか、お客様は、気づいていないようだった。
みな、周りを見回して、首を鶏のように小刻みに動かしていたが、私の方を見る人は、一人もいなかった。

3バカにも、気づかれなかったようだ。

そして、そのとき、幸いにも、3バカの口から放たれる毒が、止んだのである。

そればかりか、3バカは、席を立ったのだ。

「何の音だったのかしらねえ」
「大きかったけど・・・・・」



はい、ワタクシです。

申し訳ございません。
(食事中の方がおられましたら、お詫び申し上げます)




2012/05/06 AM 08:45:52 | Comment(1) | TrackBack(0) | [日記]

日暮れない人生
レンタルサーバは、死んだまま。

読まれるあてのないブログを書くのも虚しいものだが、こんなサーバを選んだ自分が悪いのだと諦めることにした。

だから、日記のつもりで書き続ける。



ゴールデンウィーク真っ只中。

少し古い話になるが、4月30日は、高校2年の娘は、小学校時代の仲間との同窓会があったので、朝から埼玉県大宮に行っていた。

我が家では、埼玉生まれ埼玉育ちは、娘だけ。
娘は、埼玉が故郷だと思っているから、埼玉に行って、小中学時代の友だちと会うのが、楽しくて仕方がないようだ。

私なんか、日常生活の中で、15年間住んだ埼玉を思い出すことなんて、1ミリもないのに。
やはり、生まれというのは、大きいようだ。

ヨメと息子は、二人が信心している、ある宗教の催し物に朝から出かけていた(ただ、息子が本当に信心しているかは不明)。

罰当たりなことに、宗教というものが入り込むスペースが、私の体にはない。
だから、その日の私は、ひとりだった。

稲城市の同業者から急ぎの仕事をもらっていたが、すでに8割以上が仕上がった状態なので、夜2時間頑張れば、その仕事は確実に終わる。

朝から、なぜか心と体の力が抜けていて、やる気がまったく湧いてこないし・・・。

しかし、家で寝転がるのは嫌だし、音楽を聴いたり、映画を観るのも面倒くさい。
自分のために朝メシを作るのは、さらに面倒。

ということで、ホネホネ白髪おやじ兼ホームレス・デザイナーは、2畳用のレジャーシートと非常用アルミブランケット(毛布)、バスタオル(枕にするため)を自転車の後ろの荷台に括りつけて、三鷹市大沢の野川公園に行くことにした。

広場にシートを敷いて、日が暮れるまで、ホームレスでいようと思ったのである。
本当は、ワンタッチ式テントを設営してホームレス生活を満喫しようと思ったのだが、間違いなく公園管理者から、強制的に立ち退きを命じられるだろうから、それはやめた。
(私は、常識人なのだ)

公園に着いたのは、午前12時前。
連休とあって、人は多い。

すでに宴会をしているグループもいた。
うらやましい限り。

私が、ひとり宴会のために持ってきたものは、クリアアサヒの500缶が3本。
特大の塩むすびが1個(普通のおむすびの3個分)。
あとは、キャベツとキュウリ、ナスの浅漬け。
他に、柿の種。
そして、真打が、180ミリリットルのワインボトルに入れた幻の焼酎・森伊蔵だ。

他に、iPad2、iPhone用のミニスピーカー。

これだけあれば、日が暮れるまでの6時間を堪能できるはず。


まずは、寝っ転がって、空を見る。
雲は多かったが、高過ぎずの気温が心地よくて、ホームレス生活には最適の天候と言えた。

そのとき、無限に広がる空間を見ていて、思ったこと。


子どもたちが独立したら、俺は、いつもこうして一人きりでいるんだろうな。


2年前に、老後のためにと思って始めた陶器作りも、出来た知り合いは一人だけ。
まったく横の広がりがない状態だ。
それに、才能もなさそうだし。

老後の予定として、子どもたちが独立したら、パソコンを抱えて放浪の旅に出ようと思っているのだが、その時期を少し早めて、予行演習をしておいたほうがいいかもしれない、と思った。

そのためのネットワークづくりを、今から始めるべきではないのか。

そうすると、どこから手をつけたら、いいか。

静岡市在住のチャーシューデブ・スガ君は、頼りになりそうだ。
ただのデブではなく、とりあえず社長だから、今から出っ張った腹の肉を掴んで離さない工夫はしておくべきだろう。

スガ君とは、10年来の付き合いだが、彼からは一度しか仕事をもらったことがない。
それは、彼が所有する東京飯田橋のラーメン屋の仕事だった。
ただ、仕事とは言っても複雑な経緯があったために、その報酬は受け取っていない。

それに、弟のような感覚で付き合っているから、改まって仕事の話をすると照れる。

しかし、これからは、そうも言っていられなくなるだろう。
今よりもっと仕事に対して厳しくならなければ、野垂れ死にするだけだ。

ひとり野垂れ死にするのはいいが、家族に多少なりとも財産だけは残しておきたい。


ガバッと起き上がって、クーラーバッグからクリアアサヒを取り出した。

一気に飲む。
さすがに、500ccを一気に飲むことは出来なかった。
俺も歳をとったということか。

しかし、ここで落ち込んでいても仕方がない
歳をとるのは、金持ちも貧乏人もみな同じ。

神は、ヒトを、そこだけは公平に創ってくださった。

ありがたいことである。

感謝の気持ちを抱きながら、私はiPhoneを手に取り、電話リストからチャーシュー・デブを選んでボタンを押した。

しかし、呼び出し音が虚しく響くだけ。
途中で、留守電に切り替わりやがった。

ゴールデンウィークは、家族サービスに努めているのかもしれない。
チャーシュー妻とチャーシュー子の世話をしているのかもしれない。

デブ一家の休みを邪魔しては悪いと思ったので、「ホームレスなう」とだけ吹き込んで、電話を切った。

すると、1分1秒後に、iPhoneが震えた。
チャーシュー・デブからだった。

そして、デブが、いきなり言ったのである。
「Mさん、ラーメン計画、また始めましょうよ。今度こそ、Mさんが主役で!」

それを聞いて、なぜか目から水が出たオレ。

しかし、そんな人間的なところをチャーシューに1ミリたりとも悟られてはいけない。
威厳がなくなる(もともとないが)。

だから、深呼吸したあと、勿体をつけるように重々しく口を開いた。

「なんだい、突然に。話がちっとも、わからないぜ」(棒読み)

そのわざとらしい私の声を聞いて、チャーシューが笑う。
「Mさん、まさか・・・・・ですか?」

ま、まさかって、なに?

「老後が寂しくなって、ひとり泣いていたなんてことは・・・?」

(絶句)

笑い声から神妙な声に変わったスガ君の声。
それは、とても温かなものだった。
スガ君は、こう言ったのだ。


「この10年間のご恩は、俺が、倍の20年かけてお返ししますので」


それを聞いて、自分の口からグガッという音が漏れたのに気づいた私は、慌てて「終了ボタン」を押した。


そのあと喰らいついた特大の塩むすびの味が、いつにも増して塩辛かったのは、なぜだろう。

浅漬けが、普段よりしょっぱかったのは・・・・・。


ラッパ飲みした森伊蔵のアルコールが、透明なダイヤとなって目から滲みだしたのは・・・なぜだろう?




2012/05/02 AM 08:41:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



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