Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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11枚綴りの回数券
高校・大学時代の友だちの父親が、世田谷区池尻で趣味の喫茶店を開いている。
開店して、20年近いかもしれない。

自宅のサンルームを改造して小さな店舗にしたものだから、テーブルは2脚、あとは小さなカウンターだけ。
10人で満員だ。

住宅街の一角で、看板は表札程度の大きさだから、そこが喫茶店だということは、常連さんしか知らない。
気の向いた時だけしか営業しないので、「隠れ家」的な存在と言ってもいい。

メニューは、酸味の強いコーヒーとハム&レタスサンド、アップルパイだけ。
どれも特別美味しいというわけではないが、庭からサンルームにかけて、綺麗に花が配置されているので、よく晴れた日の開放感を肌に感じたときは、華やいだ気分になる。

その感覚を味わいたいために、晴れた日に行くことにしているのだが、気がついたら3年近く行っていなかった。
友人から「親父がな、最近何度も、Mくんは元気かって、聞くんだよ。気になってるみたいだぞ」という電話がかかってきたのを機に、おととい行って来た。

久しぶりの世田谷区池尻。
そこから大橋ジャンクションを山手通りに進路を取り、真っ直ぐ3キロほど行くと、私が結婚するまで住んでいた目黒区中目黒の家がある。
そこは、もう10年以上前に人手にわたって、オンボロの木造の家は、今では2階建ての綺麗な住宅になっているようだ。

池尻の住宅街は、3年前と変わっていなかった。
友人の家も、花の数が若干増えたくらいで、私の記憶の中にある家のままだった。
築30年以上の木造家屋だが、花が彩りを添えてくれるからか、それほど古びては見えない。

門の横、駐車場の奥に、木製の手押し式のドア(西部劇に出てくる居酒屋のドアのような)があって、そこから喫茶室に入ることができる。

友人は不在だったが、ドアの向こう側で、友人の父親が出迎えてくれた。

最近79歳になったばかりだという割には、背筋が伸びて実際の年齢より10歳は若く見えた。
それは、この年の人にしては高い175センチという背丈とスリムな体型のせいかもしれない。

私の場合、久しぶりに会う人には、必ず「痩せたね」と言われるのだが、この親父さんは、それを絶対に言わない。
毎回の行事といえば、180センチの私に対抗するように、踵を持ち上げて背比べをすることか。
その時の親父さんの少年のような笑顔が、いいと思う。


喫茶室の佇まいも3年前と変わっていなかった。
午後2時過ぎ、外気温16度。
元々がサンルームだったから、陽当りは格別にいい。

体中の筋肉が徐々に緩んでいく感覚は、何とも言い難い。

客は、一人もいない。

変わることのない酸味の強いコーヒー(モカとキリマンジャロのブレンドらしい)。
頼んだ覚えはないが、アップルパイも出された。

酸味の強いコーヒーとアップルパイは合わないと思うのだが、「俺の趣味だから」で、いつも誤魔化される。

一口目、酸味の強い味と香りが、鼻と口に充満すると同時に、懐かしさもこみ上げてきた。
そう言えば、時々この味を思い出す自分がいたことに、今さらながら気づいた。

つまり、体に染み込んだ味。


喫茶店開店と共にタバコを止めた(チェーンスモーカーだった)親父さんが、口寂しさを紛らわすために舐める塩飴を頬に含ませながら言った。

「で・・・・・今日は、どんな面白い話を聞かせてくれるのかな」

親父さんは、私に対してだけのようだが、面白い話をすると、店の支払いをタダにしてくれるのである。

「つまらない話の場合は、金を取るからね」
しかし、今まで金を取られたことはないから、もともと取る気はないのかもしれない。

久しぶりなので、その儀式のことは、すっかり忘れていた。

何を話そうか・・・。

数秒間考えて、高校一年(今日で、もう二年生か)の娘の話をすることにした。


娘が入学したクラスは、生徒の約5分の1が、中学時代、遅刻の常習犯だったという。
そして、高校に入ってからも、最初のうちは、遅刻、早退を繰り返す生徒が、少なからずいたらしい。

要するに、学校が好きではないということだろう。

しかし、5月の課外授業(遠足)を境に、突然クラスのまとまりが良くなった。
課外授業の帰りのバスでは、疲れきって寝てしまうのが普通らしいのだが、よほど楽しかったのか、全員が眠らずゲームをしたり、それぞれ少人数でまとまって談話したりして、和気合い合いと過ごしたらしい。

こんなクラスは初めてだと、教師歴22年の担任も驚いたと言っていた。
現に娘のクラス以外のバスでは、生徒も担任も疲れて爆睡していたという。

突然チームワークがよくなった娘のクラスは、学校の合唱祭の練習でも団結し、結果が2位だったときは、全員で悔し涙を流した。
そして、その後の打ち上げのお好み焼きパーティには、クラス40人のうち38人が参加した。
他のクラスは打ち上げをしても、5、6人単位だったというから、団結の良さが際立っていたということだ。

6月の体育祭で学年1位になったときも、全員が抱き合い、泣いて喜びを表現した。

9月の文化祭の出し物でミュージカルをすることに決まったとき、夏休み中は部活がある生徒が多かったが、部活を抜け出て稽古に参加し、見事「最優秀賞」を獲得した。
もちろん、クラス全員が、抱き合い泣いて喜んだ。

球技大会のドッヂボールとフットサルで学年1位になったときも、同様に喜んだ。

「よく泣くクラスだなあ」と担任も呆れながら、目を潤ませていたという。

そして、そんなことを繰り返すうちに、いつの間にか、クラスに変な習慣ができていた。

体育の前など、他のクラスは男女別のロッカールームで着替えるのだが、娘のクラスは、全員が教室で着替えるというのだ。

高校一年。
普通なら、恥ずかしがるところだが、男女とも下着姿を見られても平気だという。

「だって、恥ずかしがったら、いやらしいだろ」と娘が言う。

確かにそうだが、それはかなり特殊なことに違いない。

ただ、娘たちの担任は、そんな彼らを見ても、何の注意もしなかった。
「面白いね」と笑っていたというのである。

きっと担任にも恵まれたのだと思う。


二年になると、クラスが変わる。

二年からは、別々のクラス。

三学期の終業式。
他のクラスは、成績表をもらうとすぐに解散したが、娘のクラスは、みんなの前で、一人ひとりが一年間の感想を述べた。

普段は、口下手の子も、泣きながら懸命に思いを吐き出した。


中学時代は、学校が嫌で嫌でしょうがなくて遅刻を繰り返した子が、いつの間にか始業時間の30分前に学校に行き、友だちと会話をするのが楽しみになった。

高校は大学受験のための手段だから友だちを作るつもりはなかった。
しかし、勉強も大事だが、仲間との会話はもっと大事だということに気づかされたという子。

中学のときから、男子と会話をするのが苦手だった。
最初は、話しかけられても下を向くか逃げるかだった自分が、いつの間にか男子との会話を意識しないでできるようになった。
それが、とても嬉しかった。

教師が嫌いだった。
偉そうに意見をするだけの教師のどこが偉いのか理解できなかった。
でも、何をしても文句を言わずに、見守ってくれた担任の存在の大きさ。
見守る目の温かさ。
その結果、教師と学校が、とても好きになった。

クラス40人の告白。


「2年も同じクラスだったら良かったのに!」
生徒たちの悲痛な叫び。


全員が泣きながら話し、最後は担任(男)も涙していた。

結局、終業式後の2時間をお別れに費やしたというのだ。
卒業式でもないのに、涙、ナミダ・・・。

まるで学園ドラマ。
本当にそんなクラスがあったということに、驚かされる。

友と友の関係は、化学反応のようなもの。

違う性格、違う思いを持つ人たちが結合して、新たな「何か」ができる。

その「何か」が、これから先にある壁を乗り越えるエネルギーになることもある。

それは、貴重な財産だと思う。

娘たちは、最高の経験をした。


そんな私の話を聞いて、親父さんは「青春だねえ。俺も少しだけ若返ったような気がするよ」と言って、私のテーブルの前に、手作りの11枚綴りのコーヒー回数券を置いた。

「俺が死ぬまでに、これを使い切ってくれよな。あと11回、いい話を聞かせに来てくれ。もし娘さんを連れてきてくれたら、最高のフランス料理を振る舞うんだが」

フランス料理、できるんですか?

「いや、出前だけどね」
若々しいウィンクをしながら、白髪頭をポリポリと掻く親父さん。


11枚綴りのコーヒー回数券。

これは、できるだけ、ゆっくりと使うことにしよう。


そうすれば、親父さんも長生きしてくれることになると思うから・・・。



2012/04/01 AM 08:17:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



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