Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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呆れるしかない
まったく無責任なサーバー会社である。

ブログ内にリンクが貼れない。
貼れたとしても、すぐに切れる。

コメント欄が機能しない。
ブログが、突然消滅することがある。

何度メールで改善を促しても、何の返事もない。

今年の3月26日に、奇跡的に返事が来たが、「検査中」というだけで、一向に改善するつもりはないようだ。

そして、昨日から、ブログのページが白紙。


http://2.suk2.tok2.com/user/skydesign-protok2/ のアドレスでは見られるので、申し訳ありませんが、こちらから見ていただくしかない。

ただ、このように告知しても、白紙なのだから、見えない人には、見えないという腹立たしいほど不思議な現象。



呆れるしかない。



2012/04/30 AM 10:15:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | [怖い話]

ゴールデンウィーク前の怪物
おはようございます。
ホームレス・デザイナーのホネホネ白髪おやじです。


ゴールデンウィーク前の駆け込みの仕事が2件。

浦和のドラッグストアと杉並の建設会社のGW用の折込チラシの仕事だ。
この2つを6日間で仕上げた。

そして、WEBデザイナーのタカダ君(通称ダルマ)からのSOS。
GIFアニメを作ったのだが、サーバにアップすると、上と右横に原因不明の筋が入るというもの。

ダルマからデータをもらって検証してみたが、アップする前にブラウザで確認すると線は確認できない。
しかし、サーバにアップすると線が入ってしまうのである。

まったく原因がわからないので、FLASHで作り直したら、線は消えた。

「師匠! ありがとうございます!」

よし! 今回のは、百万を要求する!

「わかりました。1万回払いでお支払いします」

よかろう。


この4日間が、あまりにも忙しかったために、日常生活で記憶障害が頻発した。

オンボロアパートの庭に住みついた猫に、丸一日餌を与えるのを忘れて、次の日に、猫に非難の目で睨みつけられた。

2時間でもいいから寝なければ、と思って、パジャマに着替えたつもりが、全裸で寝てしまい、目覚めてトイレに行こうとしたら、娘と遭遇。
娘にケツを蹴飛ばされた。

「晩御飯はイタリアンが食べたい」というヨメのリクエストを忘れて、ちらし寿司を作ったら、「エーッ! イタリアンって言ったのにィ!」と、しつこく責められた。
自分は、人の言うことをまったく聞いていないのに、私には厳しいヨメである。

ガッキー主演のテレビドラマを録画したつもりが、時間を間違えて10時からのドラマを予約してしまった。
激しく落ち込むオレ。

しかし、いいこともある。


杉並の建設会社のチラシが校了になったとき、社長が「忙しくさせて悪かったな」と言いながら、森伊蔵の一升瓶をドン! とテーブルの上に置いたのである。

「2本手に入ったからよお。あんたに1本あげるよ。酒、好きだったよな」

おお! 幻の焼酎!
抽選でしか手に入らないと言われている貴重品が、目の前に。

ホ、ホントーに、よろしいので?

「本当も何も、目の前にあるじゃねえか」

やはり、幻ではなかったようだ。
社長の気が変わらないうちに、さっさと貰って帰ろう。

「俺は、お湯割りで、毎日1杯飲んでいるんだが、たまんねえぜ!」

では、私は毎日2杯飲むことにしましょう。

「お! 意外と負けず嫌いだな」

ガハハハハハハ・・・・・・。

最近、やっとだが、社長のでかい顔にも慣れてきた。

それが果たして、いいことなのかどうか・・・・・。


浦和のドラッグストアのチラシの担当者は、度々変わる。

社長の方針で、宣伝の方向性が硬直しないように、アイディアを色々な人に出させるためらしい。
人によっては、思いもよらない斬新なアイディアを提示する場合があるから、それは、こちらの勉強にもなるし、刺激されていいと思う。

ただ、斬新すぎて、ほとんどがボツになるのであるが・・・・・。

今回は、担当者が季節外れのインフルエンザに罹ったというので、4年ぶりに社長自らが担当した。

普段は、浦和の本社に行っても、社長の顔を拝むことはない。
最初のうちは、毎回挨拶をしていたが、「気を使わなくていいですよ」と社長が言うので、特別用がない限りは、担当者とだけ話をすることになった。

社長と私は、同い年。
しかし、社会的な必要度、存在感、人間性では、社長側が100対0のワンサイド・ゲーム。

比較することさえ、身の程知らずというものだ。

私など、部屋の隅に溜まる、ダニやカビの付着した有害なホコリのようなものである。


今回、そのホコリの前に、社長の他に、若い女性がひとり。

社長の娘さんである。

娘さんには、5年近く前に、4ヶ月ほどMacの操作を教えたことがある。

そのとき、驚異的な吸収力で、たった4ヶ月間で、イラストレータ、フォトショップ、クォークエクスプレスをマスターした姿を目の当たりにした私は「この世には、間違いなく怪物が存在する」ことを実感した。

4ヶ月間、と言っても、毎日教えたわけではない。
月に2、3回、一日3時間程度教えただけである。

それなのに、いとも簡単に(当時の)デザイナーの三種の神器をマスターし、尚かつ、デザインセンスも非凡なものを持つ「怪物」。

その怪物は、大学を卒業したあと、アメリカに渡ってビジネススクールに2年通い、昨年の10月から東京港区のコンサルタント会社に就職したという。

怪物は、大学時代は、頭の良さそうなお嬢様、という感じだったが、2年のアメリカ暮らしで、洗練された大人の雰囲気を身に付け、威厳さえ感じさせる雰囲気を持った人に変わっていた。

長かった黒髪も短くして、「自信」が全身から漲っているように見えた。


その自信に圧倒され、心の中で、ワォ! ワォ! ワォ! と唱え続けたら、徐々に心拍数が上がっていった。


何から話をしていいか分からず、「向こうで、ボーイフレンドはできましたか?」と聞いてしまった部屋の隅のホコリ。

聞いたあとに、マズイ! と思って、社長の顔を盗み見た。
父親にとって、それは不愉快な話題だということに気づいたからだ。

しかし、社長は柔和な笑顔を崩さずに、娘の横顔を見ている。

怒っては、いないようだ。

娘さんも気を悪くした様子もなく、時々社長の顔を見ながら、笑顔で言った。

「ボーイフレンドは、一人います。遠距離ですが、毎日連絡は取り合っています。
でも、アメリカで知り合った日本人の友だちは、アメリカ人のボーイフレンドができて付き合ったのですけど、2ヶ月付き合って、その人がゲイだということを知って、とても落ち込んだんですよ。
そんなことがありますから、私のボーイフレンドも安心できません」

3人で大笑い。

それが本当のことなのか、アメリカン・ジョークなのかは分からないが、間違いなく私の緊張は解けた。


ところで、この日は、平日。
会社は、休みなんですか? と聞いた。

しかし、休みではなく在宅ワークだという。
娘さんの勤めているコンサル会社は、社員には決まった机を提供せず、会社では、どの机を使ってもいいことになっているという。
役員や部長にも机はない。

そして、社員にノートパソコンとスマートフォンを与えて、それで全ての仕事の処理を任せる。
ノートPCとスマートフォン、WIFI端末、USBメモリだけで仕事ができるから、会議やクライアントとの打ち合わせのない日は、会社に行く必要がない。
その結果、在宅ワークが多いのだという。

さすが、コンサルタント会社。
仕事効率化のプロだ。
無駄がない。

そんな部屋の隅のホコリの間抜けな感心顔を見て、娘さんが鋭く言った。

「M先生。まさか、この話、先生のブログに書くつもりでは?」

いや、その・・・あのぉ・・・。



(ワォ! ワォ! ワォ! カ、怪物ゥ!)

また、心拍数が上がった。


2012/04/26 AM 05:46:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

あと3年、生きたい(心の変態父娘の話)
数少ないレギュラーの仕事、病院のホームページの(大量箇所の)更新が、昨日終了した。

いつものことだが、急ぎの仕事が終わると、心地よい開放感が味わえる。

だから、唐突に、今朝はオジサンが見られなかったのが残念だ、と昨日の晩メシの話題にした。

それに対して、高校二年の娘が、「ああ、確かに最近曇っているからな。オジサンも出てきにくいんだろうな」と言った。

そう、オジサンを見ると、心が和むよな。
日本人は、やっぱりオジサンが好きなんだな。
白いものを被っていると、余計キレイに見えるな。

「そうだな。あれがないと魅力が半減するかもな。学校の屋上からもオジサンは見えるんだが、うちで見たほうが、絶対にキレイだよ」

いつものことだが、こんな風な私たちの会話についてこれないのが、ヨメと息子だ。

ヨメが言う。
「ねえ、そんなキレイなオジサンがいるの? もしかして、オネェ? その、オネェは、どこにいるの?」


たとえば、娘が好きなロックバンド・ラルクアンシエルのことを我々は、こういう風に話題にする。

ラルクが、オジサン・スクエア・ガーデンで、ライブったらしいな。日本のロックバンドでは、初めてらしいぞ。

「ああ、知ってる。少女時代もオジサンでやったの知ってるか?」

いや、知らなかった。
少女時代も、オジサンでやったのか。
それは、すごいな。

オジサンのキャパは、2万人だろ?
満員になったのかな。

「どちらも満員にはならなかったみたいだが、この場合、やることに意義があるからな。オジサンの歴史の扉を開いただけでもいいんじゃないか」

そうだな。
オジサンで、やれるなんて、昔は考えられなかったからな。

・・・・・・・・・・。

この会話も、ヨメと息子は、ついてこれなかったようだ。

「オジサンの庭って、そんなに広いのか?」と息子。


こんな風に、ヨメと息子は、どこまでも真面目。
つまり、融通が利かない。冗談が通じない。

それに対して、娘と私は、いい加減。
要するに、テキトー。


料理を作るときも、ヨメと息子は、レシピ通りにしか作らない。
しかし、娘と私は、レシピを当てにしない。

この味だったら、この食材とこの調味料を合わせて、化学反応の結果、こんな味になるだろうな、ということを予想して料理を作る。

レシピ通りに作ったら、他の人と同じ味の料理しか作れない。
そんなの意味がない、新しい発見がない、と理数系の娘と私は思ってしまうのだ。

むかしSMAPのバラエティ番組で、メンバーが料理をしているのを見て感心したことがある。
手際も見た目もよくて、とても旨そうに見えたからだ。
しかし、そのレシピは全部専門家が考えたものらしい、というのをヨメに聞いてからは、興味を失った。

レシピ通りなら誰でもできる(SMAPファンが怖いので、小声で)。

文科系のヨメと息子は、他の人と同じ味でないと落ち着かないと言う。
だから、二人とも流行に弱い
人と同じことをするのが、当たり前だと思っている。

娘と私は、流行りものには背を向ける。

そこが、根本的に違う。


さらに、これは確実に、こんな奴は他にいないと断言できるが、我々はテレビを見るときも、なるべくリアルタイムでは見ないようにしている。
同じ時間に同じように、人と同じ番組を見るということが、我々にはとても居心地が悪いことに思えるからだ。

だから、特別見たい番組があったら、録画して、少しだけ時間をずらして見る(ハードディスクレコーダーは、その点で便利だ)。

CS放送などは、見ている人の数が少ないだろうから、スポーツ中継に限って、CS放送で放映されたときは、リアルタイムで見る。

たとえば、映画なども、同じ時間、同じ場所で、同じ方向を向いて、同じ画面を見ると居心地が悪いから、見たい映画があっても、映画館には行かず、DVDやブルーレイが出るまで我慢する。

「そこまでやると、性格を疑われるわよ」とヨメに、よく非難されるのだが、今のところ、誰にも迷惑をかけていないようなので、その方式を貫いている。

「でも、Kちゃん(娘)が、そんな風に偏屈だと、将来絶対に苦労するわよ」とヨメ。


そうなのだ。
それが、いま現在の、私の一番の心配ごとなのある。

私などは、もう終わった人間だから、これでもいいだろうが、将来ある娘が、これでいいのか、とは、いつも思っている。
たいへん心配している。

そのことを躊躇いながら娘に言うと、娘はこう答えたのだ。

「それが変だってのは、わかってるからな。
それが、わかってやってるんなら、いいんじゃないのか。
社会に出たら、周りと合わせるさ。
合わせられる自信は、あるよ。
人に迷惑をかけない『心の変態』なら、誰にも気づかれないだろ。
お前も筋金入りの『心の変態』だけど、誰にも迷惑をかけていないだろ」


なんて、大人な発言。


この娘と、酒を飲める時間が、楽しみになってきた。

そのときまで、あと3年とちょっと。



それまでは、何とか頑張って、生きていたいと思う俺だった。





ところで、今日は、娘の通う高校の授業公開日。

心の変態は、洗濯をしてから、出かけることにしよう。



2012/04/21 AM 05:37:19 | Comment(1) | TrackBack(0) | [日記]

娘と私が知らない人
自称・人見知りの高校二年の娘のお友だちの何人かが、よくオンボロ・アパートにやって来る。

みな眩しいほどの女子高生。

最初のうちは、メシ食っていくか、と無理やり食わせていたのだが、最近では、一人の子は我が家の風習に染まって、週に一回、必ずサンデーカレーを食いに来る(我が家の日曜の晩メシは、いつもカレー。私は毎週来る彼女のことをサンデー・メグちゃんと呼んでいる)。

毎週違うテーストのカレーを食うたびに「超ヤバイ!」を繰り返す今どきの子。
しかし、お邪魔します、失礼します、いただきます、ごちそうさま、お邪魔しました、は普通に言える子。

他に、昨年の7月まで我が家に居候していた子は、今でも週に3度は、学校の帰りにメシを食いに来て、「やっぱ、パピーの料理は最高!」と言いながら、丼メシの大盛りを最低2杯は胃袋に収めて帰る。

その食いっぷりを録画して、YouTubeにアップしたいくらいである。

あとは、「今日の夜ごはんは、何ですか?」とメールしてくる子が、2人いる。
ビーフシチューだよ、と返すと、「ゴッツァンです」と言い、オンボロアパートに侵入して、メシを食って帰る。

ハンバーグだよ、と返すと、「デミグラスすか?トマトソースすか?」と聞いてくる。
トマト、と返すと、やはり「ゴッツァンです」と言い、食って帰る。

他にもたまにメシを食いに寄る子がいるが、レギュラーと言っていいのは、その4人だ。

その4人の子の一人、サンデー・メグちゃんが、「いい牛肉が手に入ったんですけど、すき焼きパーテーしませんか?」と火曜日の昼間に電話をかけてきた。
彼女の父親が佐賀の出身なので、日頃のお礼に佐賀牛を持っていけ、と言われたらしい。

私は肉に全く興味がないのだが、肉好きの息子が「佐賀牛、スゲェー」と飛び上がってダンスをしたので、きっとスゲェんだろう。

だから、慌てて百円ローソンでネギとシラタキ、春菊、焼き豆腐を調達して、準備にかかった。


午後6時前に、「お邪魔します!」という元気な声がして、4人が入ってきた。
肉の他に、昨年7月まで我が家に居候していた子が、背負ったでっかいバックから10キロの米袋を取り出したときは、ビックリした。

そんなものを背負って、学校に行っていたのかい?
まるで修行だな。

「ママが、日頃のお礼に持って行ってって言うもんでぇ」

珍しい(?)高知県産のコシヒカリだ。
元居候さんの母親の実家から送られてきたものらしい。

まあ、助かりますわな。

円卓を二つつなげて、それぞれにカセットコンロを乗せ、鍋を乗せた。

私はすき焼きや鍋に対して、ご立派な主義は持っていないので、適当に味付けをして、適当な頃合を見計らって、肉を投入していった。

サンデー・メグちゃんが、「わっ! 雑!」と言ったが、美味ければ、文句はなかろう。

「お先にィ!」と真っ先に肉をさらっていったのは、元居候さんだ。
それから後は、誰もが肉と格闘。

たまにする会話は、クラスの男の子たちの悪口。
他は、俳優の向井理さんを礼賛する言葉。
ツィッターの話題など。

私は肉は全く食わず、クリアアサヒと冷奴(自家製豆腐)だけだったが、メシは少人数で食うより、間違いなく大人数で食ったほうが美味しい。
だから、冷奴も、いつも以上に美味しく感じた。

後片付けは、息子と元居候さんの役目。
その役割は、1年以上前から決まっている。
手際よく片付けた。

食後のデザートは、白玉団子中心の自家製フルーツポンチ。

「ヤバッ!」「ヤベ!」「ヤンバイ!」という「ヤバイ」の3段活用(?)。

その頃、テレビでは、厳格なPTAの方々が大嫌いな「ロンドンハーツ」が映し出されていた。

晩メシを食っている間は、全然テレビ画面は目に入らなかったのだが、食後のデザートになると、自然と目に入るらしい。
私は、3回程度しか見たことはないが、目くじらを立てるほど有害な番組ではないと思っていた。

JK(女子高生)たちも、「超おもしれえ!」と手を叩いて喜んでいた。

しかし、時刻は9時まであと15分というところだったので、全員が帰る時間。
「見たかったのになあ」と言いながら、帰り支度をした。

帰り支度をしながら、元居候さんが、「年寄りのお笑い芸人って、面白いか」と、みんなに言葉を振った。

年寄りって?

「たけしとかさんまとかタモリとか・・・・・このロンドンブーツとか」

そうか、ロンドンブーツも君らにとっては、年寄りなのか?
でも、いま笑っていただろ?

「それは、ロンドンブーツ以外が面白いから」
みんなが頷く。

そして言う。
「たけしやさんまなんか、自分の言ったことに自分で笑ってるでしょ。あれ、見ていて痛々しいんだけど・・・」

ああ、それは、よくわかる。
おそらく照れもあるのだろうけど、プロとしては、お客さんに一番見せてはいけない部分だよね。
プロは、お客さんを笑わすのが仕事で、自分が笑うのは確かにおかしいよね。

それを見て笑う客も悪いと思うし、芸人の自己笑いにつられて笑うってのは、俺も一番理解できない部分だね。

「あと・・・自分の意見に、自分で頷いている奴」

ああ、それは、俺も知らないうちにしているかも・・・・・。
それって、ダサい・・・のかな?

全員が、揃って、「ダサい!」。

つまり、自己満足ということ?

そうか・・・しかし、タモリ、たけし、さんまはお笑い界をリードしてきた実力者なんだけどな。

「でも、私は、この人たちの話で、生まれてから一度も笑ったことないよ。寒くなるだけだよ。面白くなければ、実力者でも何でもない」とサンデー・カナちゃん。
みんなも頷いている。

「だってさ、他の人がいないと何も出来ないだろ。この人たち」と私の娘。

しかし、人の面白さを引き出すというのも立派な芸だと思うんだが。

すると、全員が「それは、ずるい!」の合唱。

「そんなことでしか笑いが取れないなら、それは、表に出ないで裏でやって欲しいね。表に出て偉そうにしないで欲しいよ!」と、元居候さん。
そうそう、と頷くJKたち。


なかなか、厳しいご意見ですな。


となると・・・・・君たちが、いま面白いと思う芸人さんは?

娘以外が、声を合わせて「すぎちゃん!」。

す、すぎちゃん?

それは、男なのか、女なのか?

「おとこ!」

そんなに、人気が?

し・・・・・・・知らない。
知らなかった。


JKたちが帰ったあとに、娘に聞いてみた。。

「すぎちゃんって、知ってたか?」

娘が即答。
「知らん!」

さっきは、知っていそうなふりをしていたようだが。

「だって、あの雰囲気で、知らないなんて言えるわけないだろ」

さて、どうする?
YouTubeで、その人のネタを見てみるか?

「いや、やめようぜ」

そう・・・・・だな。
もし面白く感じなかったら、我々の感性が古いということだもんな。
それは、怖いな。

「だろ? その人が、一発屋であることを祈ろうぜ。それが一番、無難だ。」


了解。




しかし、すぎちゃんって・・・誰だ? ・・・チョット気になる。
(YouTubeで見るべきか、それとも一生知らないで過ごすべきか・・・それが問題だ)



2012/04/18 AM 06:16:32 | Comment(1) | TrackBack(0) | [日記]

私に興味がない人
身近な面白すぎる人の話を。


我がヨメは、人の話を聞いてない。

「私は、K-POPとお花にしか興味がない」と自ら言っているが如く、それ以外の話題には、ほとんど興味を示さない。
だから、頭の中に言葉が浸透しないようだ。

こちらが一度言っただけだったら、百パーセント素通り。
2度目に、5%くらいが断片的に記憶に残るくらいだ。

この間、夜桜を見に行こうか、という話をした。
ヨメは、「いいわね」と返したが、反射的に答えただけで、おそらく聞いていないだろう。

だから、次の日に同じことを2度繰り返した。
ヨメは、「いいんじゃない」と答えた。

しかし、これでやっと10パーセントくらいの脳内浸透率か。

そこで、息子と娘に、1度ずつ「夜桜に行くよ」と言わせた。
ヨメは「いいわね」と答えたという。

これで何とか50パーセントくらいの浸透率になっただろうか。
そこで、私はカレンダーに赤丸をつけて、「夜桜」と書き込んだ。
ヨメの部屋の壁に貼ってあるSHINEEのポスターの下に、「12日夜桜」と書いた紙も貼っておいた。

浸透率60パーセントにアップしたと思う。

しかし・・・・・・・。

当日、午後5時過ぎ、夜桜用の弁当を作っていると、「あら、なに? 今晩は、お弁当なの?」と聞かれた。

ある程度予想はしていたが、完全にヨメの脳内から「夜桜」は消え去っていたようである。

「だって、今日の夜は、お友だちとお花の勉強会の約束をしてるんだもの」

いつ約束した?

「今日のお昼に」

夜桜見物のことは?

「忘れてた」

この展開は毎度のことなので、当然のことのように、私は、子どもたちと3人で武蔵野公園に夜桜を見に行った。

大変、美しかった。


ヨメは、自分の部屋は、ゴチャゴチャと乱雑にしているが、他の家族が整理整頓をしていないと、「気分が悪い」という。

先日、高校二年の娘が玄関のそばに折りたたみ傘を綺麗に折りたたんで置いておいたのだが、ヨメの感覚では、玄関のそばに折りたたみ傘を置いておくことは許されないらしい。

「みっともないじゃない!」
そう言って、その傘を移したらしいのだ。

今週の水曜日、朝から雨が降っていたので、娘は、当然のように自分の折りたたみ傘を探した。
しかし、自分が置いたところに、その傘がない。

学校に行く前というのは、時間的にギリギリの状態で支度をするものだ。
娘は「傘がない! 傘がない!」と焦って探し回る。

しかし、ない。

ヨメは、その日、パートが休みの日だったので、イビキをかいて寝ている。
一度寝入ってしまったら、揺らしても起きないくらい根性のあるヨメである。

結局、娘のお気に入りの折りたたみ傘をどこにしまったか、我々は探し出すことができず、娘は仕方なくビニール傘を持って学校に行った。

8時過ぎに起きてきたヨメに、Kちゃんの傘、どこにしまった? と聞いたら、「ああ、玄関に置いてあったから、移したわよ」とヨメが答えた。

どこに?

少し考えて「さあ・・・・・?」

要するに、傘をしまったところを忘れたのである。

「え? どこに? え? どこに?」と言いながら、探し回ったのだが、ヨメは、見つけることができなかった。

半日、探した挙句出てきたのは、ヨメのバッグの中からだった。

「え? なんで、こんなところに? え? なんで?」

そして、ヨメのバッグから他に出てきたものは、私が半年前から探していて見つからなかったグレイの水玉のネクタイとWACOMのペンタブレット用のペンだった。

「え? なんで、こんなところに? え? なんで?」

完全に、記憶が抜け落ちているらしいのだ。


K-POPとお花にしか興味がないヨメは、これも当然のことだが、夫である私にも興味がない。

私は、独立してから12年間、お小遣いゼロ円の生活をしているのだが、ヨメは、そのことに関して、何の不思議も感じないようなのだ。

このブログで、何度も年下の友人たちに奢ってもらっている私のことを書いているが、それに対してお叱りの言葉をたまにいただくことがある。

だが、小遣いがゼロの男は、人に奢られる資格がある、と私は思っているのである。
健全な社会というものは、富める者が貧しきものに、得た財産を分配するのが、経済学に照らし合わせた場合、正しい法則となる。

資本主義社会下の人民は、その法則に則って行動すべきである。
だから、私のしていることは、間違いではない(と思う)。

私が、持病の不整脈に悩まされながら汗水たらして働き、寝不足で気絶しそうになり、脂肪を身につけることもできずに得た金は、業者への支払いや公共料金、家賃などを差し引いて、全額ヨメに渡す。
私の手元に残る金は、端数の1円から999円くらいだ。

では、私が最近愛し続けているクリアアサヒを買う金は、どこから捻出するかというと、一週間の食材を買い貯めするときに、ヨメから渡される5千円の中から、四方八方、安い食材を探し回った末の努力の結果として残った金で買うのである。

これほどの努力をして飲むクリアアサヒの美味さといったら・・・・・。

だが、お小遣いゼロ円の男が、なぜケチな同業者との飲み会に参加できるかというと、これには、秘密のカラクリがある。

売上をごまかしている・・・・・ということは、ない。
私は、犯罪に手を染めてはいない。

私の「黒い金」は、ブックオフや中古用品店で買った品物が資本になっている。

たとえば、ブックオフに置いてあっても誰も買わないだろうが、マニアの間では、意味のある本というのがたくさんある。
(ブックオフの場合、評価の基準は内容ではなく見た目のようだ)
それを、まず買う。

そして、CDやDVDも同じ。
売れ筋ではない「その他」の中に、宝石が埋もれていることがある。

え? こんなものを、こんなに安く売っていいの? という宝石を探し出して、オークションに出すのである。

中には、金に糸目をつけないマニアの方もいらっしゃる。

そういった方々に出会うまで、何度も繰り返しオークションに出す。

そうすると、こちらの予想を超える金額で落札されることもある。
105円の資本が、数千円の価値を生むこともあるのだ。

これは、頻繁にやると古物商の資格がいるようだが、常識的な範囲(継続的に大儲けしない)なら許されることらしい。

そうやって得た利益を私は貯めているのである。


同業者との飲み会ではなく、友人と飲みに行くときなどは、小銭しか入っていない財布を持って、「お小遣いゼ〜ロォ」と友人に中を見せ、奢ってもらうことにしている。

途中で気が変わって、「奢らない」などと非人道的なことを相手が言った場合だけ、SUIKAとPASMOの間に挟んだ万札を出して、支払う。
友人は、明らかに眉をひそめるが、「あれ! 何でこんなところに福澤様が?」と言って、迫真の演技で誤魔化せば何とかなるものだ。

文句を言ってきたら、「どうせ俺は性格破綻者だよ!」と言って開き直る。
これで駄目だったら、「ゴメンクサイ」と謝る。

そうやって、私は世間の荒波を渡ってきた。


先日、ヨメが珍しく真面目な顔をして、私に言った。

「お願いがあるんだけど」

嫌な予感がしたが、もう私には失うものは何もないので、思い切って聞いてみた。

なんだい?

すると、ヨメが真面目な顔を崩さずに、言ったのだ。
「今月、家計がピンチだから、パピーの来月のお小遣い、カットしてもいい?」

ん? どこのパピーの?

平然と「うちのパピーの」。


あのさ・・・・・俺さ・・・・・お小遣い、一度ももらったことがないんだけど。


「エーーーーーーッ! ウッソーーー!!!!!!」



私のヨメは、私には、まったく関心がない。



2012/04/15 AM 08:28:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

ホネホネ白髪おやじのお尻ペンペン
知り合いのWEBデザイナー・タカダ君(通称ダルマ)からの唐突な急ぎの仕事のせいで、3日間クリアアサヒを飲んでいない。

3日間の睡眠時間、トータルで7時間。
(ダルマめ!)

だから、少々イライラしている。

そこで、高校二年の娘を送り出して眠る前に、イチャモンをつけたいと思う。

以下の文は、一般人を攻撃する内容が含まれていますので、その種の話が苦手な方は、ご遠慮ください。
(寝不足のため、考えがまとまらず、長文になる予感)


まず武蔵野の歩道は狭い、という話。

私は自転車で移動することが多いのだが、東京都では自転車は車道を走りましょう、という話になっている(らしい)。
だから、普段は、自動車に注意しながら車道の端っこを走ることが多い。
(自動車にとって、近辺を走る自転車は鬱陶しい存在だということは百も承知なのだが、車道を走れと言われれば、走るしかないのです)

しかし、車の量が多い場合は危険なので、仕方なく歩道を走ることもある。
(武蔵野特有の)人ひとりがやっと歩けるほどの狭い歩道。
そして、その狭い歩道を、当たり前のように飛ばして走る自転車たち。

当然、その自転車と行き違うときは、どちらかが道を譲らなければいけないという状態になることが多い。
その場合、私は類まれなる人格者なので、百%の割合で、歩道の隅で自転車を待機させて、道を譲ることにしている。

しかし・・・・・である。

このとき、たとえば、10代から60代の女性とすれ違ったとき、5割の確率で相手は会釈をしてくれたり、「すみません」と言ってくれたりする。

10代から40代の男性は、5人に1人くらいが、こちらが譲ったことに対して何らかの意思表示をしてくれる。
20%の割合でも、嬉しいものだ。

だが、見た目50代以上のオヤジは確実に知らんぷりなのである。
リアクションが返ってくることは、ほとんど無いと言っていい。

中には、顎を心持ち上にあげて横を向き、まるで道を譲るのが当然というような尊大な態度で通り過ぎるお方もいる。
道を譲った私の存在など、全く見えないと言わんばかりのマイペースさで、呆れるほどゆっくりとしたスピードで、すれ違いなさるのだ。

見た目50代以上のオヤジで、それなりのリアクションを返してくれる人は、半年に一人いるかいないかだ。

これは、何故なんだろう、と私はいつも思っている。


満員電車で足を踏まれたとき、自転車と同じような比率で、多くの人が反応する。
「すみません」と謝ってくれる。

しかし、50代以上のオヤジのほとんどは、知らんぷりだ。
そこに足があるのが悪い、とでも思っているような傲慢さと言っていい。

そのときも、私は、この人たちは、いったい何者なのか、と思ってしまうのである。

「すみません」という言葉は、マナーというものを抜きにしても、簡単に言える言葉ではないか。
何故だかはわからないが、彼らは、それを絶対に言わない、というご立派な主義に凝り固まっているのかもしれない。


まさか・・・・・とは思うが、そういった人に限って、「最近の若いものは」などという「たわ言」を世間に撒き散らす「俺だけは特別人間」だと勘違いしている、ということはないでしょうね。


さらに、こんなことを書きたくはないのだが、腹立ち紛れに書いてみることにする。

川崎新丸子に住む母親に頼まれて川崎市中原区役所に行ったときのことである。

私は普通に、区役所の階段を上っていた。
階段は、どちら側を上っても下ってもいいとは思うが、私は基本的に右側から上る癖がついている。

もちろん、それが決まりというわけではないが、少なくとも関東圏では、そういう人が多いという印象が私にはある(右側に手すりがついていることが多いから?)。
だから、私もそうしている。

そのときも、私は、階段の右側を上っていた。
しかし、そのとき、上から降りてくる人がいたのである。

私の正面。
要するに、その人は彼にとって、左側の階段を下りてきたのだ。

このままでは、当然鉢合わせになる。
だから、私は、よけた。

すると、相手もよけたから、私と彼は鉢合わせをした。

今度は私が逆によけると、その人もよけたから、また鉢合わせ。

すると、その人は顔を真っ赤にして、「あんたは、こっちだろ!」と私の逆方向を指差して、怒鳴ったのである。

年齢は60歳前後。
背が低く、腹が少々出っ張った肥満体型の髪型七三分け、高級そうなスーツを着た男の人だった。

「あんた」は、咄嗟に「ああ、すみませんねえ」と言って、彼が言う方向によけて、階段を上った。
しかし、後から考えると、何も怒鳴らなくてもよかろうに、と腹が立った。

中原区役所で書類に書き込みをして、証明書が出来上がるのをソファに座って待っていたとき、私の視界の真ん中に、先ほどの男が歩いてくるのが見えた。

そして、彼は腹を突き出しながら、職員側の通路を通り、自分の席に座ったのである。
要するに、彼は川崎市中原区役所の職員だったのだ。
区役所の職員が、階段の昇り降りで、一般人を怒鳴る?

なんだ、それ?

俺は、彼の部下でも何でもないのに、何故階段の昇り降りで怒鳴られなければいけないんだ、と思うと何だか無性に腹が立ってきた。
しかし、そこで抗議しようとしても、誰もそのときの現場を見ていないのだから、信用してはくれないだろう。

だから、腹立ちを胸に抱えながら、証明書を受け取って、中原区役所を後にした。


まったく、怒られ損だな、と思ったら、余計に腹が立って、東横線に乗っている間、私はずっと不機嫌だった。
移動中の電車で必ず読む文庫本も、腹が立ちすぎて、まったく内容が頭に入ってこなかった。


そんな話を先日の日曜日に、友人のラーメン大好きチャーシュー・デブのスガ君にしたら、「ヒヒヒヒヒ」と笑われた。

「Mさん、階段の昇り降りで怒るなんて、らしくないですよ。相手も、たまたま機嫌が悪かっただけでしょうから、気にしないほうがいいですよ」と言われた。

横浜日本大通にある「横浜ラーメン」系(?)の店。

一年のうち、5百食はラーメンを食うという130キロの巨漢・全身ラーメン男のスガ君。
自身も静岡で4年半、ラーメン店を開いていたという過去を持つ男。

しかし、あまりにも商売っけ抜きの経営をしたため、固定客は多かったが、儲けが足りずに店を閉めることになったという過去を持つ男。

要するに、人がいいやつなのである。
商売に向かない男、ということもできる。

私たちが入ったラーメン屋は、ネットのクチコミでは、そこそこの評価を受けているらしい。
ネットのクチコミを見たことのない私などは、他人の評価ほど当てにならないものはないと思うのだが、素直な性格のスガ君は、クチコミがいいだけで信用してしまうようだ。

二人して、チャーシュー醤油ラーメンを注文。

大きなチャーシューが2枚と煮玉子、大量のワカメ、キャベツがてんこ盛りのラーメン。

あっさり味だが、スープに若干の臭みが残っている。
だから、スープは残した。
麺は細いからか、あまりコシを感じない。

チャーシューは、口の中ですぐ溶ける。
美味いかと言えば美味くはなく、ただ不味くもない。
大きさの割に、チャーシューを食ったという感じがしないのが、物足りないところ。

煮玉子とワカメ、キャベツに関しては、当たり前すぎて評価のしようがない。
ただのアクセントだと思ったほうがいい。

しかし、スガ君は、お気に召したらしく、スープを最後の一滴まで飲み干していた。
「うめえわ!」

ここまでは、スガ君の機嫌は良かった。

ラーメンさえ食わしておけば、機嫌のいい男なのである。

さて、この後のことを書くにあたって、一つ説明が必要かもしれない。

スガ君は巨漢だからなのか、汗を大量にかく。
だから、その補充のために、水を大量に飲む。

席に座ったときに出された水は、すぐに飲み干し、テーブルに置いてあったウォーター・ピッチャーの水もラーメンを食い終わる頃には、空になっていた。

口をつけていない私のコップも彼に渡したのだが、それもすぐに飲み干した。

ウォーター・ピッチャーの中は空。
そこで、当然のことだと私は思うのだが、スガ君は「水をください」と、ピッチャーをカウンターの中の人に掲げてリクエストした。

しかし、我々が店に入ってきたときから、ずっと仏頂面の50歳くらいの、愛想は悪いが血色だけは驚くほどいい男が、「ないよ!」と言うではないか。

ない?
水がない?

まさか水道を止められているとか?
水道を止められてながら、ラーメン屋を開業するなんて、何てMAGIC!

しかし・・・・・ないっていうのは、いったい、どういうことなんだ?
我々の聞き間違い・・・・・かな?

そんな風にためらっていたら、仏頂面が「水は、ただってわけじゃないんだよ」と言うではないか。

もちろん、水はただではない。
それは、私も知っている(私も水道局から水道料金を引き落とされている身だ)。

しかし、真っ当な営業をしている店なら、「サービス」という方式が、あるのではないだろうか。
ウォーター・ピッチャー1杯分の水のサービスを拒否する店が、日本にあるとは思わなかった。

感心していたら、スガ君のでかい声が聞こえた。

スガ君との付き合いは10年近くになるが、スガ君の罵声を初めて聞いた。

(我が家のテレビの音量26くらいのレベルの大きさで)「では、いくらですかァ? お金は払いますから、水をくださいよォ!」

スガ君が、そう言ったら、仏頂面が「何言ってんの? メニューに水なんか書いてないだろ。メニューにないもので金は取れない」と言うではないか。

メニューにないから、金は取れない。
しかし、水のサービスもしたくない。

要するに、金を払って、とっとと帰れ、ということか。

その論理が、あまりにも職人らしい偏り方をしているので、私はつい声を出して笑ってしまった。
笑うしかない論理だったからだ。

私なら、美味しいという気持ちを体全体で表して、満足気に食べ終わったお客様に対しては、感謝の思いしか抱かない。
しかし、職人さんは、水を飲み過ぎるのが気に食わない、という独特の論理を持っていらっしゃるらしいのだ。
(ラーメンがマズイと思って、水を大量に飲んだと勘違いしたのかな)

その論理の前では、客は無力である。
この店を選んだ自分が悪い、と思うしかない。

だから、私は、怒りで肩を震わせたスガ君を宥め(私の体重の倍以上の巨漢だから、ハイエナが象にくっついているようにしか見えないが)金を支払って、店を出た。

そして、店を出てすぐのところに設置された自動販売機で、ミネラルウォーターを2本買って、スガ君に手渡した。

フガフガと、まだ怒りで鼻息の荒かったスガ君も、2本飲み干したあとは、徐々に冷静になっていった。

スガ君にとって、水は精神安定剤の役割があるようだ。


スガ君が落ち着きを取り戻したあと、我々は、何をしたかというと・・・。

店の前まで戻って、店の外から店にお尻を向け、二人揃って「お尻ペンペン」をしたのである。

これは、意外とスッキリするものだ。


その大人げない振る舞いに対するご批判は、いさぎよく受けたいと思います。



(ただスガ君の『お尻ペンペン』は、出来の悪いブタの創作ダンスにしか見えなかったことだけは、書き記しておきたい)

(さらに、花粉症がつらいので、代わりに仕事をしてください、と言って私に仕事を押し付けたタカダ君。今回の仕事は、通常の2割増を請求する!)



2012/04/12 AM 05:40:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

ムツゴロウ化してきた?
年初に、得意先の杉並の建設会社で、会社案内とチラシの仕事をしたことを書いた。

それに対して、「いやあ、チラシの反響が思いのほか良くてよお! まあ、実際、仕事に結びついたのは1件だけなんだがな、問い合わせの電話とメールは、ホームページの比じゃないわな。驚いてるよ」という社長のお言葉を頂いた。

それは、善き哉。

「でよお、今月中に、もう一発チラシで攻めようと思うんだよ。ホームページの更新は、適当にお茶を濁す感じでいいからよ」
と言ったあとで、眉間にしわを寄せ、遠くを見るような目をして、社長が言葉を続けた。

「ホームページの中に『問い合わせ』っての、あるだろ? あれ、やめねえか。
9割が、冷やかしじゃねえか。バカなヒマ人の相手をするのは、ウンザリだ。
中には喧嘩売ってんのか、てのもあって、俺、本気で喧嘩したくなったぜ。
喧嘩して俺が警察に捕まったらシャレにならねえからな。あれ、やめようと思うんだが、あんた、どう思う?」

たとえば、ペットのための家だけを建てて欲しい、という要望があった。
なるべく豪華な家を建ててやりたいという希望を聞いて、自分でも犬を飼っている社長は、その熱心さに打たれて、家を作ろうかという気になったらしい。

しかし、何度かメールのやり取りをするうちに、最初は大型犬だったという話が、猿になり、最後には、そのペットはウサギだということがわかった。
腹立ちを抑えながら再度予算を聞いてみたら、最初百万だと言っていた予算が、1万円以内に変わった。
だったら、ペットショップに行ってみたらどうか、と社長が提案したら、逆ギレして「お前のところは、ウサギの家も建てられないのか。シロウトが!」と罵られたというのだ。

嫌がらせ、としか思えない。

他に、家でピアノ教室をやりたいので、完全防音の部屋が欲しい、というのがあったという。
メールで見積もりを提示すると、予定通りの金額だというので、メールの主と会社で会う約束をしたら、すっぽかされた。
相手から謝罪のメールが来たので、次に会う日時を決めて、相手が言う通りの自宅住所に行ってみたら、その住所は公園だった。

そんなこともあったかと思えば、建築のこととは全く関係のない杉並近辺のグルメ情報を教えてくれ、というしつこい「問い合わせ」があったりもするらしい。

無視をすると、違うメールアドレスを使って、同じような内容のメールを立て続けに送ってくる。
「営業妨害で訴えるぞ」と返信すると、しばらくは大人しくしているが、しばらくすると、また違うアドレスで送ってくることの繰り返し。

「おい、世の中には、こんなにヒマなバカが多いのかよ!」

社長は、大変なご立腹である。

「俺は、こんな奴らの相手をするほど、ヒマじゃねえぞ。首根っこ捕まえて、肥溜めに落としてやろうか! 柔道の絞め技で落としてやろうか! ●●が!(放送禁止用語・差別用語)」

それに対して、「顔が見えないのは怖いですよね」という在り来たりの答えで誤魔化したら、「バッカヤロー! こんなやつら、顔が見えたって見えなくたって、何の役にも立たねえよ! テキトーなことを言うんじゃねえ!」と火に油を注ぐ結果となってしまった。

申し訳ござらん。


でも・・・・・しかし・・・・・あのぉ・・・・・ワタクシ、あなたより10歳ほど歳上なので、もう少し、手加減していただいても・・・・・もう少し優しいお言葉で・・・・・。


しかし、社長のMAXの怒りの前では、そんなことは言えるわけもなく・・・。

ハイ、「問い合わせ」はやめましょう。
今すぐやめましょう!

そう言うのが、精一杯だった。

これで、いいのか、俺?


黙っていたら、社長が私の顔を覗き込んで、唐突に「あんた、貧相な顔をしてるけど、陰険じゃあ、ないよな。シャレも通じるしな」と言うではないか。

陰険、という言葉を使って何か洒落たジョークを言おうとしたが、下ネタしか浮かばなかったので、やめた。

しかし、人間というのは不思議なものである。
言ってはいけないと思うと、自然と口が滑ってしまうものらしい。

「まあ、確かにインキンでは、ありませんが」

言ったあとに、そのフレーズの下品さに気づいて青ざめた。

また、社長のお怒りを買うのでは・・・。

しかし、「ハハハ、おもしれえじゃねえか!」と、社長は手を叩いて喜んだ。

怪我の功名。
社長は、下ネタがお好きなようだ。

そればかりか、「俺も若い頃、苦しんでよぉ」という体験談まで、5分間に渡ってお話になったのである。

この話、下品すぎるので、5分後に軌道修正に成功。
(社長は、まだ体験談を話したがっていたが)


インターネットの世界では、確かに、悪さをして人の反応を面白がる人は、少なからずいますよね、という話を社長の目を覗き込みながらした。

見つめたいと思う目ではなかったが、お下品な社長の話をそらすためには、仕方なかったので、そうした。
その結果、背筋に寒気に近いものが走ったが、足を踏ん張って堪えた。


全体の比率で言えば、1%以下だと思うのですが、人を否定することでしかアイデンティティを保てない人が、インターネットの世界ではいるようです。

そういう人たちは、すべてを否定することで心の安定を図っているのです。
その「すべて」のなかに、自分も含まれていることは自覚しているのですが、それを公に認めたくないので、なおさら他人をネガティブな位置に置くことによって、心の均衡を保っているのです。

そして、インターネットにどっぷり浸かっている人間は、他者は容赦なく否定しますが、自分の意見の「賛否両論」の「賛」は許しても「否」は許さない傾向にあります。
自分の意見が否定されることを、病的なくらいに怖がるのです。

マスメディアは、そのごく一部の偏向的な人の意見をまるで百%の意見のようにして報道しますが、マスメディア自体も病んでいますから、信用なさらない方がいいと思います。

要するに、相手にしない方が、いいということです。

社長の仰るとおり、それは、時間の無駄です。

だから、「問い合わせ」は、削除しましょう。
いますぐ、削除します。

テクニカルイラストの達人・アホのイナバから永久的に借りているMacBookを社長の前に提示して、私はすぐ「問い合わせ」ボタンを削除して、アップロードした(社長の会社はWiFiなので、直ぐに継った)。

その神業的な私の作業手順を見て、社長は、「おお!」と言い、「OH!」と言い、「ワオ!」と言って、尊敬の眼差しで私を見た。


どんなもんじゃい!


と胸を張っていたとき、来客が。

ピンクのジャージの上下を着た、30半ばくらいの女性。

女性の顔もスタイルも、まったく目に入らなかった。
真っ先に目に入ったのは、女性が両腕に抱いたミニチュアダックスフント。

私好みの上品な顔立ちをしたキュートな犬だった。

最近の私は、可愛い動物を見ると自制が効かなくなっている。
だから、思わず立ち上がって、「おお! ワンコ! ワンコ!」と言いながら、犬の顔を両手で挟んでしまったのである。

その突然の行動にびっくりしたピンク・ジャージは、腰を引き気味に、体をひねって逃げようとした。
両手から犬の鼻が抜けた。

そのとき、「失礼だろうが!」と肩を叩かれた。

シマッタ!
やっちまった!

「申し訳ありません! オダワラ様、こいつ、極度の犬好きなもので」
頭を押さえ込まれて、無理矢理頭を下げさせられた「こいつ」。

本当に、申し訳ござらん。

しかし、二人の平身低頭に恐縮したピンク・ジャージの女性は、「いえいえ、少し、ビックリしただけで、犬を可愛いって言っていただけるのは、ものすごく嬉しいんですよ」と社長をなだめ、大人の対応をしてくれたので助かった。

それでもなお「こいつ」は、頭を下げ続け、「失礼をいたしました。お許しください」と声に誠意を込めて言った。

しかし、また肩を叩かれた
「いいんだよ、もうオダワラ様が、いいって言ってるんだから、もう頭を上げようよ」

その社長の言葉に思わず反応して、なぜか私は、頭を上げると同時に「キャン!」と言ってしまったのである。

またまたシマッタと思ったが、これも社長には受けた。
手を叩いて喜んでくれたのである。

それを見たオダワラ様は、「あらぁ! 社長って、こんな風に笑うこともあるんですね。初めて見ましたわ!」と大笑い。

座が、和んだ。

犬も、私を見つめて話しかけたそうな顔をしていたので、また両手で顔を挟んでスキンシップをした。
今度は、ピンク・ジャージの女性は、腰を引かなかったので、存分に可愛がることができた。

そして、ピンク・ジャージに聞かれた。
「ここの社員の方?」

私が答えるより早く社長の方が答えた。
「いや、彼は、うちが仕事を頼んでいる人です」

「こいつ」から「彼」に昇格した。
嬉しかった。

ピンク・ジャージに色々と細かいことを聞かれたが、売れないデザイナーです、とだけ答えた。

ピンク・ジャージは、最近社長の会社が施工した3階建ての賃貸マンション兼住居の依頼主だった。
要するに、セレブ。
お犬様も、セレブ。

賃貸マンションの管理も社長の会社の不動産部門がしているので、たまに犬の散歩がてら、各種の要望を伝えに来るのだという。

チラシの打ち合わせが、まだだったので、気をきかせた私は、セレブVS野獣の会話の邪魔をしないように、応接セットの端っこに移動しようとした。
しかし、社長に「まあ、座っていろよ」とスーツの腕の部分を引っ張られた。

社長の顔が、珍しく弱気なものに見えた。

まさか・・・まさか、セレブ様のお相手は苦手なのか?


この日、社長の丁寧語を初めて耳にした。
両足を閉じて座る姿を初めて見た。
人と話をするときに、ソファの背にもたれて、ふんぞり返らない姿も初めて見た

初めてづくし。

長生きは、するものである。

そんなことを考えていたら、ピンク・ジャージが、「この方(私のこと)、本当に社長さんが使っている方ですか?」と言い出すではないか。

「はぁ・・・」
突然の質問に、社長の声が、少し裏返った。

「社長さんが、お客さん以外に気を使っている姿を初めて拝見しました。お友だちなんですか?」
犬は、おとなしく床に寝そべっている。
眠っているのかもしれない。

「いや、本当に僕が使っているデザイナーさんですよ。まあ、気を使うというか、僕より10歳上なので、言葉遣いには気をつけてます」

まず、社長が、自分のことを「僕」と言うことに驚いた。
そして、私が10歳年上だということを忘れていなかったことにも驚いた。
言葉遣いに気をつけている、というところは、「どこがやねん!」と突っ込みたくなったが、私は吉本興業の芸人ではないので、できなかった。

そして、ピンク・ジャージは、最後に迷惑な爆弾を落としたのである。

「あの・・・短い時間だけの印象で、こんなことを言って申し訳ないのですが、お二人を見ていると、こちらの方(私です)が、気の荒いクマさんを上手に手懐けるムツゴロウさんのように見えてしまいましたわ」

(・・・・・・・・・・)

「だって、家を建てるとき、しょっちゅう現場に伺いましたけど、明らかに50歳以上と思える下請けの方とかに、社長さんは怒鳴り散らしてましたよ。社員や業者の方も叱り飛ばしている記憶しかないんですよね、私」

いいのか、そこまで言って。
その爆弾は、大きすぎないか。

一応、社長は「ハハハハハ、いやあ、鋭いことをおっしゃいますね」と上機嫌の様子を見せたが、私の位置からは社長の顔が見えないので、本当にご機嫌麗しいかは、判断できない。

私の心臓は、瞬間冷凍で凍りついて、そのまま冷凍庫行きになりそうだった。

しかし、そんな空気を作ったご本人は「あら、もうこんな時間! 長く喋りすぎたわ」とダックスフント様を抱え、笑みを浮かべたままドアの外に瞬間移動したのである。

心臓は冷凍室に直行。
どんなに心を奮い立たせても、打ち合わせをするというテンションまで、私の心は上がっていかなかった。


逃げ出したい・・・・・。


ここは、死んだふりをするしかない。
そう思ったとき、社長が「さあ、ムツゴロウさんよ。打ち合わせをしようじゃねえか」と、笑い混じりで、言うではないか。

社長の顔を恐る恐る窺ってみると、柔和な目をしている。

怒っては、いないようだぞ・・・・・。

それからは、何かあるたびに「ムツゴロウさんよ」と私のことを呼ぶ社長。

それが気になって、打ち合わせの内容が、あまり頭に入ってこなかった。
だから、何度も聞き返した。

しかし、社長は機嫌を損じることなく、その度に「ムツゴロウさんよ」を言葉の最初に付けて、説明してくれたのである。

その姿を見ていると、私の目には、社長が確かにクマさんに見えてくるのだった。


ただ、もちろん、その姿は、私には少しも可愛く思えなかった。


私は、猫や犬やミニブタ、モルモットの方が、断然好きだし・・・・・。



(今日のブログは、長すぎましたね。いつもは、40分前後で終わるのに、今日は1時間もかかってしまった。読み返す習慣がないので、どんなダラダラした文章になっているか、想像すると怖い。今度からは、もう少し頭を整理してから書くようにします)


2012/04/08 AM 08:26:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

この続きはブログで
昨日の雨風は凄まじかった。

自然界は、毎年のように「俺を侮るな」と教えてくれるのだが、被災地の方々にとっては、もう勘弁してくれという思いの方が強いだろう。

もう自然界の偉大さは十分わかったので、お願いですから、しばしの間、そっとしておいて・・・・・。



ところで、話は極端に変わって、自分が、最高に「面倒くさい男」だと思った瞬間。


埼玉から武蔵野に越してきて、埼玉在住の同業者との飲み会が何故か増えた。

埼玉に暮らしていたときは、年に1〜2回程度しか飲み会はなかった。
つまり、それほど同業者同士との横の関係が親密では、なかったということだ。

しかし、昨年の夏あたりから、飲み会の回数が、いきなり増えた。
今は、2ヶ月に一回の割合で、開いている。

要するに、同業者たちが、飲み会を理由にして、吉祥寺に来たがっているようなのだ。

まったく、田舎者ってやつは・・・・・。


一昨日の晩も午後5時から吉祥寺の居酒屋で、飲み会だった。
本当は、花見をする予定だったが、開花が遅いこともあって、急遽居酒屋に変更になったのである。

メンバーは、大宮のオオサワさん、カマタさん、浦和のニシダくん、そして、以前私が住んでいた埼玉の団地に住む「おウマさん」。
(名前を出さないでくれというので、その顔に相応しい名前を付けてみた)

彼は、今回が初めての参加だ。
つい最近、彼のパソコンの不具合を直したことを恩義に感じて、そのお礼として私に奢るという殊勝な振る舞いは、評価されていいと思う。
彼は、人間として一回り成長した。
それを私は、喜ぶ。

しかし、彼が、というより、この夜集まった4人の男たちには、大きな欠点があった。
それは、寄らば大樹の蔭、長いものには巻かれろ、付和雷同型の保守バカ、ジャイアンツ・ファンだということである。
(全員が東京以外の出身。中には愛知や広島の人間もいた。カープ愛やドラゴンズ愛はないのか?)

無批判に某新聞社のやることを全て受け入れ、「契約金はいくら払ったって、ルール違反じゃないんでしょ?」「そのときは、規定はなかったんでしょ?」「いい選手を取るために金を使うのは、あたりまえじゃん!」というお気楽なおバカさま。

さらに、このバカさまたちは、「朝日新聞の記事は、けしからん!」「どこから情報が漏れたか、追求せよ」とまで言うのである。
ネットの記事で見る、某新聞社の主張そのままではないか。

これは、完全に「ジャイアンツ教」ですな。
私は宗教を否定するものではないが、物事の本質を理解できない無批判的なバカさまは、受け入れられない。

盲目的信者たちを相手にするのは時間の無駄なので、会話に参加せず席を立とうと思ったが、最低限「奢られた」という実質的な恩恵は受けたい。
生ジョッキ3杯とカキフライ1皿、ジャガイモピザ1皿くらいは腹に詰め込んでおきたいという貧しい欲望が、私に席を立つことを思いとどまらせた(その私の意地汚さが、不幸を招いた)。

欲望が満たされたら、敢然と席を立とう。

その心構えで、信者たちの会話を眉間にしわを寄せながら聞き、いつでも席を立てるように腰を浮かせ、私は渋面を作りながら生ジョッキを呷った。

「取材にもルールってもんがあるだろう!」「泥棒猫のようなことをしやがって!」「だから朝日は嫌いなんだよ!」
(なぜ自分の言葉で語らないのだろうか。いや・・・できないのか)

留まることを知らない信者たちの会話。
しかも恥ずかしいくらい声がでかいし・・・。

世の中は、新聞社所属球団の信者ばかりではない。
信者たちが多数派であることは認めるが、数が正義というわけでもない。
それに、居酒屋だからと言って、声を張り上げていいものでもない。

そんな世の常識を教えるのは、大人の役目である。

だから、大人である私は、深呼吸をしたあとで、教祖がお告げを告げるように厳かに、そして上品に口を開いたのである。

「黙れ! いい加減にしろ!」

と声を発したが、自分の声のでかさに、自分でビックリした。
それに、あまりにも、下品な言い出しだったことを反省。

オオサワさんとカマタさんは、私より年上だったことに気づいて、また反省。

口を噤んだ。

私が何を言うかと身構えていた信者たちは、一様に固い表情を見せ、私の次の言葉を待つ体勢になった。

しかし、1分12秒たっても、私の口から言葉が出てこなかったので、信者たちは、あからさまに眉を寄せて私を見た。

ひとりニシダ君だけが、「先生は、巨人軍が嫌いでしたもんね!」と反応した。
(私は、そのナントカ軍というのも嫌いなのだよ。野球チームに「軍」って、どの時代の話だ)

それに、誰もが野球の話をして喜ぶと思う、その単純な神経が私には理解できない。

しかし、信者たちにそんなことを言っても、お目出度い頭には響かないだろうから、それは時間の無駄。

だから、ケツをテーブル席の端まで滑るように動かして移動し、生ジョッキを口に運び、新たな料理を頼んで、それを食うことに没頭することで信者たちの会話に加わらない意思表示をした。

それは、たいへん大人げない行為だと自分でも思ったが、変なところで妥協したくないから、私はフリーランスになったのだ、と心の中で自己弁護した。

だが、そんな私の行為を非常識だと感じる人も、いるだろう。

現に、この場での最年長者であるオオサワさんが、「Mさん、ちょっと、いいかな」と言って、私の横まで来て、私を嗜めたのである。
「楽しい酒の席なんだからさ、どんなご立派な主義があっても、それを隠す努力を少しはしましょうよ」

もちろん、そのご意見は、一理あると思う。
極めて常識的であるとも思う。

だが、私はその言葉に、感情的に反応してしまったのである。

しかし、オオサワさん。
いくら多数派だからといって、いや、多数派だからこそ、俺だったら、その話題を嫌がっている人が一人でもいたら・・・・・間違いなく話題を切り替えますよ。

今までの付き合いの中で、共通項を探して、盛り上がりそうな話題を提供しますよ。

俺は、それが気配りだと思っているんですがね・・・・・。

酒の席だからって、何でも許されるわけじゃありません。

俺が野球に興味がないってことを知っていながら、ひとりの人間に我慢を強いるのは、数の暴力だと俺は思うんですがね。


さあ・・・・・空気がしらけたぞ。


確実に、酒が、料理が、不味くなったぞ。

誰のせいだ。

俺のせいですよね。

しかし、ここまで言い切って、ガラリと反省の態度に切り替えられるほど、私は器用ではない。


だから、私は「この続きはブログで」と言って、席を立ってしまったのである。


ここは、さすがにおウマさんに奢ってもらうという状況ではなかったので、五千円札をテーブルの上にカッコよく置いて、決然とケツを上げたホネホネ白髪おやじ。

肌寒い夜、いまだ開花せず(4月2日現在)の井の頭公園の桜の木を鑑賞しつつ、家まで6キロの距離を歩いて帰ったホネホネ白髪おやじ。

もちろん、途中のコンビニでクリアアサヒの500缶を買って、飲みながら帰ったことは言うまでもない。

夜風が、身に沁みた・・・・・・・。


ところで、その夜の酒の場で私が言いたかったことの続きだが・・・。

新聞というのは、真実を書くというのが大前提だが、大きな権力の不正を暴き出すのも仕事だと私は思っている。
大きな権力の中には、政治家や大企業、そして新聞社も含まれている。

もし彼らが不正を働いたら、それは暴くべきだ。
たとえ、法律に違反はしていなくても、モラル上不適切だと思うことがあれば、白日の下に晒すべきだと思う。

そして、その場合、取材源を秘匿するのは、報道の自由に照らして当然許されることである。
取材源を晒してしまったら、大事な取材に支障をきたすときもある。
取材源が閉ざされてしまったら、ジャーナリズムにとって、命取りになる。

特に、政治、国際社会、自浄能力のないマスメディアへのスクープに関しては、取材源の秘匿が最優先事項と言ってもいい。

今回、朝日新聞を批判している大新聞社の会長は、彼が現役の記者時代、取材源を公にして取材をしていたのだろうか。
そんな「おきれいな」仕事ばかりして、大新聞社のトップに上りつめたのだろうか。
あらかじめ全ての取材源を提示して、フェアな記事を書いたというのだろうか。

昔の新聞は、ニュースソースを提示せず、記者の署名記事も少なかったと記憶している(私は、ニュースソースを提示しないのは、記事の性質上認めるが、署名のない記事が信用置けないから新聞を取るのをやめたのである)。

会長の日頃の言動を見ていると、私には、その「おきれいな」姿が、想像できないのだが。

自分は汚い取材をしても許されるが、他社は許さないと思っているなら、それは驕りであり、あるいは、過去の自分を忘却した「耄碌老人」の成れの果て、と言っていいものだ。

非常識な契約金も問題だが、もっと大きなことは、明らかにジャーナリズムの本質を勘違いした大新聞社の筋違いの批判の方なのである。

そして、流出の源を「球団前代表」にミスリードしようとしている会長の言動も、名誉毀損の問題を含んでいる。

確かな証拠も提示せず、印象操作をして、人に罪を着せようとする行為は、悪質な魔女狩りに近い。

それは、ジャーナリストの仕事から逸脱して、ただの「腹いせ」と言っていい行為だ。

日本のジャーナリズムなんて、その程度のものだ、と某大新聞社の会長の脳が「耄碌」に侵食されて機能停止に陥っているなら、周りが止めればいい。

それができないなら、勝手に唯我独尊の世界に浸って、新聞社ごと自爆すればいい。
自らの死に、大新聞社を道連れにすればいい。

ただ、たった一人の耄碌老人のために、マスメディアと野球機構は、間違いなく信用をなくすと思うが。


私が言いたかったのは、以上のこと。




しかし、2ヶ月に1回の同業者との飲み会。

あそこまで言ってしまったら、次はもうないだろうな。


そう思うと、少し、寂しい気が・・・・・・・。




2012/04/04 AM 08:45:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

11枚綴りの回数券
高校・大学時代の友だちの父親が、世田谷区池尻で趣味の喫茶店を開いている。
開店して、20年近いかもしれない。

自宅のサンルームを改造して小さな店舗にしたものだから、テーブルは2脚、あとは小さなカウンターだけ。
10人で満員だ。

住宅街の一角で、看板は表札程度の大きさだから、そこが喫茶店だということは、常連さんしか知らない。
気の向いた時だけしか営業しないので、「隠れ家」的な存在と言ってもいい。

メニューは、酸味の強いコーヒーとハム&レタスサンド、アップルパイだけ。
どれも特別美味しいというわけではないが、庭からサンルームにかけて、綺麗に花が配置されているので、よく晴れた日の開放感を肌に感じたときは、華やいだ気分になる。

その感覚を味わいたいために、晴れた日に行くことにしているのだが、気がついたら3年近く行っていなかった。
友人から「親父がな、最近何度も、Mくんは元気かって、聞くんだよ。気になってるみたいだぞ」という電話がかかってきたのを機に、おととい行って来た。

久しぶりの世田谷区池尻。
そこから大橋ジャンクションを山手通りに進路を取り、真っ直ぐ3キロほど行くと、私が結婚するまで住んでいた目黒区中目黒の家がある。
そこは、もう10年以上前に人手にわたって、オンボロの木造の家は、今では2階建ての綺麗な住宅になっているようだ。

池尻の住宅街は、3年前と変わっていなかった。
友人の家も、花の数が若干増えたくらいで、私の記憶の中にある家のままだった。
築30年以上の木造家屋だが、花が彩りを添えてくれるからか、それほど古びては見えない。

門の横、駐車場の奥に、木製の手押し式のドア(西部劇に出てくる居酒屋のドアのような)があって、そこから喫茶室に入ることができる。

友人は不在だったが、ドアの向こう側で、友人の父親が出迎えてくれた。

最近79歳になったばかりだという割には、背筋が伸びて実際の年齢より10歳は若く見えた。
それは、この年の人にしては高い175センチという背丈とスリムな体型のせいかもしれない。

私の場合、久しぶりに会う人には、必ず「痩せたね」と言われるのだが、この親父さんは、それを絶対に言わない。
毎回の行事といえば、180センチの私に対抗するように、踵を持ち上げて背比べをすることか。
その時の親父さんの少年のような笑顔が、いいと思う。


喫茶室の佇まいも3年前と変わっていなかった。
午後2時過ぎ、外気温16度。
元々がサンルームだったから、陽当りは格別にいい。

体中の筋肉が徐々に緩んでいく感覚は、何とも言い難い。

客は、一人もいない。

変わることのない酸味の強いコーヒー(モカとキリマンジャロのブレンドらしい)。
頼んだ覚えはないが、アップルパイも出された。

酸味の強いコーヒーとアップルパイは合わないと思うのだが、「俺の趣味だから」で、いつも誤魔化される。

一口目、酸味の強い味と香りが、鼻と口に充満すると同時に、懐かしさもこみ上げてきた。
そう言えば、時々この味を思い出す自分がいたことに、今さらながら気づいた。

つまり、体に染み込んだ味。


喫茶店開店と共にタバコを止めた(チェーンスモーカーだった)親父さんが、口寂しさを紛らわすために舐める塩飴を頬に含ませながら言った。

「で・・・・・今日は、どんな面白い話を聞かせてくれるのかな」

親父さんは、私に対してだけのようだが、面白い話をすると、店の支払いをタダにしてくれるのである。

「つまらない話の場合は、金を取るからね」
しかし、今まで金を取られたことはないから、もともと取る気はないのかもしれない。

久しぶりなので、その儀式のことは、すっかり忘れていた。

何を話そうか・・・。

数秒間考えて、高校一年(今日で、もう二年生か)の娘の話をすることにした。


娘が入学したクラスは、生徒の約5分の1が、中学時代、遅刻の常習犯だったという。
そして、高校に入ってからも、最初のうちは、遅刻、早退を繰り返す生徒が、少なからずいたらしい。

要するに、学校が好きではないということだろう。

しかし、5月の課外授業(遠足)を境に、突然クラスのまとまりが良くなった。
課外授業の帰りのバスでは、疲れきって寝てしまうのが普通らしいのだが、よほど楽しかったのか、全員が眠らずゲームをしたり、それぞれ少人数でまとまって談話したりして、和気合い合いと過ごしたらしい。

こんなクラスは初めてだと、教師歴22年の担任も驚いたと言っていた。
現に娘のクラス以外のバスでは、生徒も担任も疲れて爆睡していたという。

突然チームワークがよくなった娘のクラスは、学校の合唱祭の練習でも団結し、結果が2位だったときは、全員で悔し涙を流した。
そして、その後の打ち上げのお好み焼きパーティには、クラス40人のうち38人が参加した。
他のクラスは打ち上げをしても、5、6人単位だったというから、団結の良さが際立っていたということだ。

6月の体育祭で学年1位になったときも、全員が抱き合い、泣いて喜びを表現した。

9月の文化祭の出し物でミュージカルをすることに決まったとき、夏休み中は部活がある生徒が多かったが、部活を抜け出て稽古に参加し、見事「最優秀賞」を獲得した。
もちろん、クラス全員が、抱き合い泣いて喜んだ。

球技大会のドッヂボールとフットサルで学年1位になったときも、同様に喜んだ。

「よく泣くクラスだなあ」と担任も呆れながら、目を潤ませていたという。

そして、そんなことを繰り返すうちに、いつの間にか、クラスに変な習慣ができていた。

体育の前など、他のクラスは男女別のロッカールームで着替えるのだが、娘のクラスは、全員が教室で着替えるというのだ。

高校一年。
普通なら、恥ずかしがるところだが、男女とも下着姿を見られても平気だという。

「だって、恥ずかしがったら、いやらしいだろ」と娘が言う。

確かにそうだが、それはかなり特殊なことに違いない。

ただ、娘たちの担任は、そんな彼らを見ても、何の注意もしなかった。
「面白いね」と笑っていたというのである。

きっと担任にも恵まれたのだと思う。


二年になると、クラスが変わる。

二年からは、別々のクラス。

三学期の終業式。
他のクラスは、成績表をもらうとすぐに解散したが、娘のクラスは、みんなの前で、一人ひとりが一年間の感想を述べた。

普段は、口下手の子も、泣きながら懸命に思いを吐き出した。


中学時代は、学校が嫌で嫌でしょうがなくて遅刻を繰り返した子が、いつの間にか始業時間の30分前に学校に行き、友だちと会話をするのが楽しみになった。

高校は大学受験のための手段だから友だちを作るつもりはなかった。
しかし、勉強も大事だが、仲間との会話はもっと大事だということに気づかされたという子。

中学のときから、男子と会話をするのが苦手だった。
最初は、話しかけられても下を向くか逃げるかだった自分が、いつの間にか男子との会話を意識しないでできるようになった。
それが、とても嬉しかった。

教師が嫌いだった。
偉そうに意見をするだけの教師のどこが偉いのか理解できなかった。
でも、何をしても文句を言わずに、見守ってくれた担任の存在の大きさ。
見守る目の温かさ。
その結果、教師と学校が、とても好きになった。

クラス40人の告白。


「2年も同じクラスだったら良かったのに!」
生徒たちの悲痛な叫び。


全員が泣きながら話し、最後は担任(男)も涙していた。

結局、終業式後の2時間をお別れに費やしたというのだ。
卒業式でもないのに、涙、ナミダ・・・。

まるで学園ドラマ。
本当にそんなクラスがあったということに、驚かされる。

友と友の関係は、化学反応のようなもの。

違う性格、違う思いを持つ人たちが結合して、新たな「何か」ができる。

その「何か」が、これから先にある壁を乗り越えるエネルギーになることもある。

それは、貴重な財産だと思う。

娘たちは、最高の経験をした。


そんな私の話を聞いて、親父さんは「青春だねえ。俺も少しだけ若返ったような気がするよ」と言って、私のテーブルの前に、手作りの11枚綴りのコーヒー回数券を置いた。

「俺が死ぬまでに、これを使い切ってくれよな。あと11回、いい話を聞かせに来てくれ。もし娘さんを連れてきてくれたら、最高のフランス料理を振る舞うんだが」

フランス料理、できるんですか?

「いや、出前だけどね」
若々しいウィンクをしながら、白髪頭をポリポリと掻く親父さん。


11枚綴りのコーヒー回数券。

これは、できるだけ、ゆっくりと使うことにしよう。


そうすれば、親父さんも長生きしてくれることになると思うから・・・。



2012/04/01 AM 08:17:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



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