Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
[TOP] [RSS] [すくすくBLOG]








トラウマになりそうな予感
少し前、ヤフーのトップページを見ていたら、某新聞社の会長が朝日新聞社のことを「品格が、非常に下がった」とご批判なさっていた。
しかし、次の日にトップページを見たら、会長様が誰かのことを「ドブネズミか泥棒猫か知らんが」と罵っていた。

ご本人は、ご自分の言葉には品格があると思っているらしいところが、大物である。

「ナントカは紳士たれ」というのが球団のスローガンだったと思うが、規定外の札束を積み上げて「人買い」をすることが「紳士の品格」という体質には、呆れるしかない。

そんな品格のある会長を持って、その新聞社の方々は幸せだ、と思った。
そして、大新聞社の大会長様に気を使って、無批判に大会長様のお言葉を広めるだけのマスメディアを見て、この人たちは、権威に楯突かないことが仕事の「お気楽な人たち」なんだと思った。


お気楽といえば、立ち食いそば(無理矢理な展開)。

昔は、立ち食いそばをよく利用した。
早いし安いし、たいていは店が駅の中にあるので、移動に電車を利用する私には、時間的な効率もいいから重宝した。

提供される食い物の質には疑問符がつくが、とりあえず腹に何かを入れておこう、という私のような人間には、ありがたい存在だった。

しかし、一昨年の暮れのことだったが、仕事でギロッポン(業界人の真似をしてみた)に行ったとき、打ち合わせの帰りに猛烈に腹が減ったので、ギロッポン・クロッシング近くの「富士そば」に入った。

富士そばといえば、東京近辺でチェーン展開をしている大手の立ち食いそば屋だ。
3回程度は食ったことがあるので、味はわかっていた(と思っていた)。
美味くはないが、オイシクもなく、旨いとは言えない店だったと記憶している。

かき揚げそばを頼んだ。
腹持ちがいいからだ。

当たり前のことだが、55秒で出てきた。

かき揚げをかじる。
鼻を刺激する油っぽさ、油くささ。
衣がカラッとしていない。

ツユを飲む。
色は濃いが、味が薄い。
こんなに薄かったっけ?

過去の記憶を呼び起こしてみたが、色々な立ち食いそば屋の味が思い浮かんできて、正確な記憶をたどることができなかった。

麺をすする。
立ち食いそば屋のソバ全般に言えることだが、蕎麦の香りがしない(蕎麦粉を使ってないから?)。
茹でたてにも関わらず、歯ごたえがない。

丁寧に言えば、美味くない。
簡単に言えば、マズい。

普通、これだけ腹を空かせていたら、味覚音痴の人が握ってくれた塩辛いオムスビでも美味く感じるものだが、口の中に、かき揚げの油が絶えず残っているため、胃袋の動きを邪魔して箸が進まないのである。

だから、私としては滅多にないことだが、半分以上を残した(モッタイナイことをしたと後で反省)。

そのことがトラウマになったのか、それ以来、立ち食いそばは食っていない。
外出先で腹が減ったときは、財布に余裕があるときは、500円前後で食える店を探す。
ないときは、たいていは昼飯を抜くか、駅のホームのベンチで柿の種をかじるだけで済ませた。


しかし、昨日は、魔が差してしまった。


北浦和に引っ越した同業者のところに挨拶に行った帰りに、昼メシを奢ってくれなかった同業者を呪いながら、思わず立ち食いそば屋に入ってしまったのである。

北浦和駅の外の「あずみ」。

券売機で、反射的に「かき揚げそば」のボタンを押す俺。

シマッタ、と青ざめたが、後の祭り。

当たり前のように、54秒で出てきやがった。

かき揚げそばのルックスは、富士そばのものとほぼ同じ。
富士そばよりネギの量が多かったが、トラウマを呼び起こさせるには、十分のルックスだった。

覚悟を決めて、かき揚げがスープを吸い込んでヘナヘナになる前に、ガリっとかじった。
油臭くはなかったが、油自体が古いのではないかと思わせるような死んだ味がした。
しかも具に比べて衣の量が多過ぎるし・・・。

ツユの上には、油が浮いて膜を作っている。
麺も富士そばと同レベル。
ソバでもなくウドンでもなくラーメンでもない、変な食感。

食べるのをやめようと思ったが、昼メシを奢ってくれなかった同業者への呪いを込めて完食した。

呪いの威力、おそるべし。

ただ、完食をして物理的に腹は満たされたが、気持ちが満たされない。
この気持ちをどうしてくれようか、と思った。

そこで、私が取った行動は・・・・・。

北浦和から京浜東北線で上野に行き、そこで地下鉄銀座線に乗り換えて虎ノ門まで行ったのである。
そして、地下から地上に踊り出て、外堀通りを新橋方面に向かって2分程度歩いたところにある「小諸そば」に入ったのだ。

ここは、私の長い立ち食いそば屋通いの歴史の中で、ツユはともかく、ソバ、かき揚げが美味い店との認識がある。
他に、日本橋茅場町の「せんねんそば」も記憶に残る店だ。

「小諸そば」もチェーン店。
しかし、小諸そばに限らず、立ち食いそば屋は、店が違うと天ぷらの質と麺の固さが違うのが当たり前のようだ。
「小諸そば」も「せんねんそば」も違う店で食うと、ガッカリすることがある。

以前、東京駅近くの小諸そばで、ミニかき揚げ丼セット(ざるそばとのセット)を食った時は、かき揚げは衣だらけ、米は芯があってツユを吸収せずパサパサだった。
シナシナの衣とパサパサのメシ。
砂を噛むような味とは、このことかと思った。

丼を投げつけようかと思ったほどだ。
しかし、支払った500円の大金を無駄にするわけにいかないので、怒りをこらえながら食った。
ただ、歯ぎしりをしながら食ったので、顎が疲れたが。

それに対して、虎ノ門の小諸そばの天ぷらは、美味い。
衣がサクサクしていて、麺は蕎麦の香りがしなくてもコシがあるので、かき揚げそばを食っているという実感がするのだ。

2分5秒待って出てきた、かき揚げそばを一口食ったとき、私の手は、ここまで来たことが間違いでなかったという喜びで、小さく震えたものだ。

満足感でいっぱいの帰り道。

しかし、そのとき、私はあることに気づいたのだ。

380円のかき揚げそばを食うために、北浦和から虎ノ門までかかった交通費570円、帰りの虎ノ門から武蔵境までの交通費450円を合計すると・・・・・。


千四百円!


三鷹市・東八道路沿いにあるドン・キホーテなら、クリアアサヒの500缶が10本買えると気づいたときの、私の落ち込み様といったら・・・。



トラウマになりそうだ。
(もう一生立ち食いそばは、食わないかもしれない)


2012/03/28 AM 08:13:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

偽の真実と1割増 〜支離滅裂な朝〜
徹夜明け。

交感神経がバリバリに緊張して、体内の全神経がピリピリしているところだから、何を書くか考えがまとまっていない。

しかし、とりあえず更新しておかないと忘れられそうなので、最近交わした同業者との会話を書いてみる。

睡眠不足で支離滅裂な話になると思うので、そこは笑ってこらえてくだされ。


今回の徹夜の原因は、東京稲城市の同業者からいただいた仕事のせいである。
この稲城市の同業者から回ってくる仕事は、急ぎの仕事が多い。

工業用部品のトレース、不動産屋さんの間取図、地図、宣伝などに使うグラフが多い。

これらの仕事は、恵比寿で会社を経営している同業者の奥さんから回ってくるようだ。
単価は安いのだが、超特急の仕事で、時にこちらが、いつも通り安い単価で請求すると「Mさん、今回は無理を聞いてもらったんだから、これより5割増で請求してくださいよ。忙しい思いをした分は、当然の権利ですから」と言ってくれることがあって、大変助かっている。

仕事の質を理解してくれるのは、大変ありがたいことだ。


今回の徹夜の原因を作った仕事をもらいに行ったときのことである。
同業者が、私に真顔を向けて言ったのだ。

「Mさん、ブログでホームレス・デザイナーなんて言ってますけど・・・あれ、真に受ける人がいるんじゃないですか。ネットの住民って、意外と冗談が通じない人が多いんですよね。大丈夫ですか?」

心配してくれているようである。

心配してくれている同業者には申し訳ないが、笑って誤魔化した。

誤解されることを承知で、「遊び」で書いたことだからだ。
本気にされたとしても、大したことではない。

悪意を持った噂は、一般社会でもネット社会でも、根拠の有る無しは無視して、真実を通り越して広まってしまうものである。

そうなったら、笑うことしかできない。


その現象は、ネットの方が余計に顕著と言えるかもしれない。

顔が見えない人の作り話に、説得力は、いらない。
ただ「あるかもしれない」と思わせるだけで、噂は簡単に「偽の真実」に変化するのである。

それは、大震災以降、さらに顕著になったように、私には思える。

稲城市のデザイナーの奥さんは、東京恵比寿で会社を経営しているが、事務所の一角で文具などの販売もしている。
震災後、レジのそばに義援金を募る箱を置いたのだが、そのことで誰かが悪意あるコメントを奥さんのブログに書き込んだという。
まったく根も葉もないことだったのだが、その噂に追随して、店を中傷するコメントが多く寄せられたらしい。

それは、全くの出鱈目だったのだが、たった一つの中傷コメントが拡散して、偽の真実に変化し、店に来るお客さんが激減する事態に直面した。

コメント欄を閉鎖したのが遅かったため、一年経った今も「悪意」は、根強く残っているという。
(その悪意のメカニズムは、私も体験者なので、非常によくわかる)

「『今の世の中は、火のないところにも無理やり煙を立たすんだから、笑い飛ばすしかないわね』って、家内は、今はもう完全に諦めてますよ」
同業者も苦笑い。

私も、その意見に同意する。


それとは、少々話の方向性は違うが、私は最近のネット社会に関して、こんな感想を持っている。

昨年の大震災直後、大手の電力会社、政府がこぞって、事実を隠蔽するという作業に没頭していた時期があった。
そして、日本のマスメディアには、そのことを正確に検証したり、糾弾する能力がないこともわかった。
(騒ぎ立てるお祭り場面にだけは、積極的に参加していたようだが)

このとき、市民やネット住民の間で、悲劇的な「疑いの文化」が形成されたのではないか、と私は思っている。

そのとき、多くの人が、権威の言うことは信じられないと感じたのだと思う。
つまり、多くの人が、彼らは「嘘を言う人」だと、強く認識したのではないか。

その結果として、「疑いの目を向ける文化」が形成された。

だが、全てを疑うわけではない、という点が人間のややこしいところだ。

日本の政治家やマスコミの言うことは疑うが、海外のマスコミや国内外のネットで無責任なデマを撒き散らす妄想集団の言うことは信じる、という極めて合理性に欠ける非理性的な選択をする人が増えてきたのではないか、と私は思っている。

根拠のない噂でも、断定的な表現で勢いのある言葉を吐くと、情緒不安定なネット社会では、意外なほど素直に受け入れられるようだ。

それまで信じていた権威が崩壊したあとだから、それは尚更「偽の真実」を真実らしく見せたのだろう。
権威たちがつく嘘に背中を向けて、その反動で、根拠のない勢いだけの言葉を信じるようになった。
そうなると、極めて危険なことだが、最低限の判断力も鈍ってしまうことになりかねない。


ファシズムやハシズムは、そんな風にして、やってくるんだよね。


得意気に語っていたら、同業者が、「しかしですね」と笑いながら言ったのである。

「Mさんのブログを読むと、俺の奥さんは、女優の酒井和歌子に似ているって書いてありますけど、あれ読んで二人で大笑いしたんですよ。どこが? って感じなんですけど」

(・・・・・・・・・・)

いや、それは・・・・・だね(うろたえている)。
俺が、その人が誰かに似ていると表現した場合、1割だけ好意的な感情を追加するんだよ。

この人は、あと1割だけ何かを増量すれば、その有名人に似るに違いないって、俺は確信して書いているんだよ。

だから、君も想像してごらんよ。
君の奥さんに、何かを1割追加するんだ。
ほら、ほら・・・・・酒井和歌子に似てきただろ(やや焦り気味に)。

同業者は、顔を斜め上にあげ、宙に目を留めた。
懸命に想像している様子だ。

しかし、すぐにその作業を諦めて、ため息をついた。
そして、首を横に振りながら言ったのである。

「Mさん、俺の妄想力では、それは無理です」

ああ・・・・・で、でも、君の奥さんは、美人だよね。
それは、否定しないよね。

同業者の苦笑い。

「まあ、そういうことにしておきます。ブログに書かれたときに、困るんで」

はい、書いてしまいました。





やっと副交感神経が、脳の睡眠分野を刺激し始めたようだ。

完全に眠くなる前に、子供たちの朝メシを作っておくことにしよう。



では、おやすみなさい。
(支離滅裂な内容で、すみません)



2012/03/24 AM 07:54:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

おめでた続き
若い男というのは、2年も経つと(外見が)相当に変わるもんだな、と思った。

最近、仙台市在住のデザイナー・イトウ君の話をしたが、もう一人イトウくんという知り合いがいる。

埼玉から武蔵野に引っ越す前のブログには、彼のことを何度か書いたことがある。
当時大学生だったイトウくんにPCの操作を教えていたからである。
上達の速度は、いたって普通だったが、イトウくんの最大の長所は、人柄が穏やかなところと、完成されたバカだというところだ。

私の長いバカ歴史の中で、私のバカな会話に、初日から正常に反応してくれた人は、桶川のフクシマさんとイトウくんだけである。
普通は、真昼にお化けを見るような顔で、引きつり笑いをする人が多いものだ。
だから、イトウくんは、大変貴重な人種といっていい。

そのイトウくんは、昨年誰もが名前を知っているお菓子メーカーに入社し、真面目の仮面をかぶりながら、いま会社に行っている(らしい)。

武蔵野に越してきてからは、イトウくんとの接触手段は、電子郵便配信受信機能(メールとも言う)だけだった。
新入社員だから、覚えることがたくさんあったようで、私とバカな会話をする余裕がなかったようだ。

そんなこともあって、久しぶりにかかってきた携帯型双方向音声伝達装置(携帯電話とも言う)で、イトウくんが切実な調子で、私に言ったのだ。

「俺、バカを忘れそうで、怖いんですけど」
「だから、先生、俺にバカを思い出させてくださいよ」
「それに・・・・・・・(後の沈黙が気になる)」

というSOSの携帯型双方向音声伝達装置が来たので、日曜日に会うことにした。
場所は吉祥寺。

スイーツ・バイキングで、会いましょう・・・・・だと?

スイーツ・バイキング?
しかし、それは乙女が行くところでは?

「先生、スイーツに、性別とキャベツはありません。それは差別です!」
(何のこっちゃ。バカ健在・・・か)

ということで、スイーツ・バイキング現場に出向いた。

すると、受け付け前には、2年前よりも遥かにキリッとした顔立ちのイトウくんが立っていた。
その立ち姿を一目見て、私は愕然とした。

バカのオーラが、極めて薄くなっている。

これは、本当にイトウくんか。
髪の毛、七三分けだし。
銀縁のメガネかけているし。

さらに、さらに、横には、若い女性がご同伴。

しかし、その女性を「リンリンリンのリンちゃんで〜す!」とイトウくんが紹介したのを聞いて、こいつは間違いなくバカのイトウだ、と確信した。

ただ、昔イトウくんは、好きな女性のタイプを「エビちゃんみたいにスリムな子」と言っていたのだが、同伴の女性は、どう見ても・・・・・。

お笑いコンビ・アジアンの馬場園さんに外貌の似た「ポッチャリさん」だった。

スリムなエビちゃんは、いずこに?
エビちゃんのボディは芸術品だ! と叫んだ、あのイトウくんは、いったいどこに?


席に案内されるなり、馬場園似のリンちゃんは、簡単な挨拶の後で、すぐに戦闘態勢に入った。
そして、戦場から勢いよく帰ってきたリンちゃんの皿には、ケーキがギッシリ。

「まずは、8個だけ」
・・・・・だそうです。

イトウくんが言うには、「吉祥寺初めて、スーツ・バイキング(スイーツだよ、イトウくん)初めて、デート初めて」とのことだ。

ん? 初めてのデート?

普通、初めてのデートに、ホネホネ白髪おやじを呼ぶか?

(疑心暗鬼の目で)まさか奢れというのでは・・・・・?

私の鋭い殺意を感じ取ったのか、イトウくんは、首を強く横に振って、「いやいや、今日は俺の奢りですから、日頃のお世話に対するカンチャのチルチでチュ」とバカ言葉で答えたのであった。

私は、相手が年下だろうが、奢ると言っているものを拒むほど、非常識な大人ではない。

だから、苦チュウナイ、苦チュウナイ、と答えてやった。
それを受けて、イトウくんが「カンチャ、カンチャ」とうなずく。

良かった。
バカが健在で・・・・・。

そんなバカどもの会話には一切加わらず、リンちゃんは、ずっと戦闘態勢のままだった。

ケーキの後は、カレー、その後にケーキ、たまにパスタ。

私は、パスタとコーヒー。
イトウくんは、ケーキ、カレー、カレー、カレーだった。

味は、パスタがフニャフニャのような気がしたが、ソースが美味かったので、許す。

戦闘の制限時間が20分を切った頃、落ち着いたイトウくんとやっと世間話ができた。

会社では、スーパー担当の営業をしているという話。
リンちゃんとは、幼馴染みだが、昨年10年ぶりの再会を果たしてから恋愛感情に発展したという話。
そして、最近は、忙しくてパソコンは会社では使うが、家ではほとんど使うことはないという話。

そんな生真面目な話をしたあとで、生真面目な仮面をかぶったイトウくんが、突然身を乗り出して、私に迫ったときは驚いた。
私の顔の31センチ手前まで、顔を接近させてきたからである。

「せ、先生、最近、芸能人のデキ婚・・・・・に限らず、突然の結婚が増えていますよね」

そ、そうか・・・・・?

「増えているんですよ! 先生!」
(顔が近いよ。イトウくん)

「でも、リンちゃんの情報によると、ネットでは批判的な意見も多いらしいんですが、先生は、それに関して、どう思われますか?」

バカのイトウが、「思われますか?」などという正統派の日本語を使うのを初めて聞いた。
イトウの成長に、私は涙した。

(顔を引き気味に)し、しかし、イトウくん。
デキ婚であろうとフツウ婚であろうと、人と人が結ばれるのは、喜ばしいことではないだろうか。
それは、無条件で祝福すべきことである、と俺は思うぞ。

私がそう言うと、4杯目のカレーで歯を黄色くしたイトウくんが、「さすが、先生!」と言って、さらに顔を近づけた。

スパイスの香りが鼻を刺激して、私は大きくのけぞった。

そのとき、すでに制限時間は、残り2分を切っていた。

横ではリンちゃんがエクレアにかぶりついているところだった。

(いったい、何が言いたいんだ、イトウ!? もうタイムアウトだぞ!)

「せ、先生、俺、リンちゃんと結婚するつもりです」

え?
し、しかし、今日が初めてのデートではなかったのか?

「いや、外でのデートは初めてという意味でして・・・」
「普段は、リンちゃんの家で会っていたんですよ、俺たち」

まさか、デキ婚なんてことは?

「ハハハ、想像におまかせします」とイトウ。

しかし、リンちゃんが「できてます」。

はい、タイムアウト!


何なんだ! この展開は?


店を出たあとで、イトウくんは「じゃあ、先生、俺たちは買い物があるので、これで」と、黄色い歯を見せ、リンちゃんと手をつなぎながら、背中を見せてアッサリと去っていった。


二人の後姿を見て、私は思った。


今年は、イトウが、めでたい年なのか・・・・・・・?



2012/03/20 AM 08:33:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

ホネホネ白髪おやじのつぶやき
大学時代の友人・カネコの娘、年齢23歳、夫あり、子ども一人、他に一人を懐妊中、現在大学院に在学中、身長158センチ、体重不明のショウコが、私を呼ぶとき、普段は「サトルさん」だが、陰では「ホネホネ白髪おやじ」と言っているらしい。

ひどい言われようだが、その呼び名を私は、結構気に入っている。


そのホネホネ白髪おやじのつぶやきを。


「橋下徹大阪市長の友人で民間人校長として採用された大阪府立和泉高(岸和田市)の中原徹校長が、卒業式の君が代斉唱の際、教職員の口の動きを見て実際に歌っているかを『監視』していたことが(3月)13日、府教育委員会などへの取材で分かった。
府教委は式後、校長に歌わなかったことを認めた教員1人の処分を検討している」


この記事を読んでの感想は、ひとこと、「陰険」。
大阪府の教員にならなくてよかったと思った(教員免許を持っているが、大阪府のではない・・・ホームレスのくせに?)。


告白。

私は、国歌も校歌も、いつも口パクだった。

開き直るつもりはないが、口パクかどうかで、愛国心や愛校心は測れるものではない、と私は思っている。

声を出して歌った人だけを愛国心や愛校心を持っていると判断するというのは、明らかに権力者の奢りだ。
彼が、人を屈服させて、支配者気取りでいたいだけだろう、と私は判断している。

橋下大阪市長を見ていると、首相として大統領を遠隔操作したロシアのウラジミール・プーチン氏とイメージが重なる。
権力という名のリモコンは、それを一度手にしたら、彼らを、その魔力の虜にさせる力があるのだろう。

私は、プーチン氏を「強権主義の狂犬」と呼んでいるのだが、橋下氏には、確実にその素質がある。
というより、もうすでに「ミニ・プーチン」になっている。

怖いことである。



マラソン五輪代表の選考について。

話題の公務員ランナー・川内優輝選手を候補から外したのは、妥当なことだと私は思っている。
彼の走りを見ていたら、申し訳ないが、五輪選手としての価値は、まだないと思う。
才能はあると思うが、まだ価値はない。

選考された他の選手に関しても、男子は価値の薄い人が多いが、川内選手は皆無と言っていい選手だ、と私は判断している。

走りに、余裕がなさすぎる。
だから、駆け引きができない。
そして、レースが練習の延長という意識が強すぎる。

それは、彼の置かれた環境が、そうさせるのだろうが、練習のためのレースは、結局は練習でしかない、と私は思うのだ。
そのレベルの練習を遥かに超えた位置まで到達しないと、ほとんど神がかり的な記録を持つアフリカ勢に対して、同じスタートラインに立つことさえ難しい、と私は思っている。

なお、マラソンの選考は、アメリカのように一発選考にすべきだという意見がある。
しかし、世界の趨勢では、アメリカのような選考方法は、稀である。

それぞれの国の事情を考えずに、何でもかんでもアメリカの真似をすればいいというものではない。

それよりも、猫ひろし氏。

私としては、好きな芸人さんの範疇に入る猫氏だが、国籍を変えてまで、オリンピックに出るという考えが理解できない。
あの程度の記録でオリンピックに出るということにも、強い違和感を持っている。

参加することに意義がある、という建前がオリンピックにはあるようだが、そんなことは誰も信じてはいないと思う。

オリンピックは、トップアスリートが躍動する様を見る競技大会。
私は、そう思っている。

だから、トップアスリートではない猫氏が、ただ出たいために出ることに、強く反対する。

私の感覚では、それは「自己満足」「独りよがり」、そして、カンボジア人アスリートにとっては「迷惑」ではないかと考える。

さらに、猫氏が、もし万が一、五輪に出場できたとして、もし万が一、完走できなかったら、悲劇的なバッシングを受けるのではないかと、悲観的なことも想像してしまうのである。

猫氏が、私にとって好きなキャラクターであるだけに、彼には、とびきり足の速いお笑い芸人というポジションで満足して欲しい、と身勝手なことを思っているのだ。



東日本大震災の義援金。

震災に際して、各国から多大の義援金を頂いたという。
人間の崇高な精神は健在なんだな、と思った。

そして、クロアチアでは震災から一年目の3月11日に、反政府デモがあったのだが、5000人のデモ隊が日本大使館の前まで来ると、シュプレヒコールを止めて、全員で黙祷したというのである。
その記事を読んで、私はクロアチア人のことが、とても好きになった。

義援金は、台湾から思いがけないほどの額が寄せられたという報道があった。

それに対して、韓国に関しては、2ちゃんねる発信らしいが、「韓国からの支援は『五人と犬二匹』」という都市伝説が語られていたことを、高校一年の娘の情報により、最近知った。

調べてみると、確かに韓国は最初に犬を派遣したようだが、その他に食料品や水、毛布などを支援し、救助部隊も送ったという情報がある。

義援金の額は、もともと全ての国の額が不透明なので、詳しくはわからない。
ただ、韓国から40億円以上の支援があったという記述もある。

「犬二匹」というのが、2ちゃねらーにとって、食いつきやすい話題だったせいで、そのことだけで韓国を貶める材料にしたのだろうが、「犬二匹」だけを強調して、後の救援を知らんぷりするという体質が、私は好きではない。

何でもかんでも韓国を叩けばいいというものではない。
どこの国からでも、援助を受けたら、感謝の意を表す。
それが、常識だろうと思う。


もし相手が大震災を笑うなら、笑わせておけばいいではないか。


笑う様を第三者が見たら、どちらが惨めで人間として劣化しているかは、一目瞭然だろう。

相手のレベルに合わせて、つまらない腹いせをするのは、幼稚園児の発想だ。

ネットは有効に活用しましょう。



これも高校一年の娘からの情報だが、最近、子役の芦田愛菜ちゃんをバッシングする勢力があるらしい。

何で、と思った。

理由はと問えば、「テレビやCMに出すぎだから」「飽きた」と言うではないか。

あれほど健気に懸命に働いている7歳は、世界中のどこを探しても、それほどいないだろうと私は思っている。

それは、大人の都合で働かされながらも、あれだけ健気に笑顔を振りまいている子どもに向かって、かける言葉か、と思った。
私はテレビドラマ「MOTHER」での芦田愛菜ちゃんしか知らないが、あのドラマでの愛菜ちゃんの演技には、何度泣かされたことか。

バッシングする方向を間違っているのではないか。

話の方向性は違うかもしれないが、私は東京ジャイアンツ(親会社名の付いた正式な名称は口にしたくない)が、子どもの頃から大嫌いである。
しかし、そこに所属する選手は、嫌いではない。

彼らは、プロとしての職務を全うしていると思う。
それは、尊敬できる。

だから、という言い方も変だが(会社に酷使されているという意味だが)、健気な7歳の天才子役に対しても、尊敬の念を抱いている。

それをバッシングするなんて・・・・・・。

君たちは、鬼か。
・・・・・残酷すぎるだろう。



これは、ヨメからの情報なのだが、ソフトバンクのCMで、鳥取ではまだ糸電話を使っているというのがあって、それを見た鳥取県民が怒っているというのである。

本当だろうか。
その程度のシャレが通じないものだろうか。
それは、ネットの妄想記事が拡散しただけのものではないのか。

私の読んだ記事には、こういうものがあった。

鳥取砂丘情報館「サンドバルとっとり」では、長さ4メートルの糸電話を1個100円で売り出したところ、80個がアッという間に売れたという。
そして、今度は赤い糸の糸電話を作って「カップルには、砂浜の真ん中で愛をささやきあってほしい」と情報館の関係者は、言っているという。

私は、そちらの話の方が好きだ。



昨日の昼間、仕事の打ち合わせの帰りに、中央線に乗っていたときのことだ。
目の前に、脚を135度ほど開いて座る30代のジョン・レノン風のメガネをかけた長髪の男がいた。
両サイドには、20代の女性が座っていた(男の知り合いではないようだ)。

私は、何が嫌いと言って、大きく開脚して座る男ほど嫌いなものはない(それだけの理由で、私は哀川翔氏が好きではない)。
大開脚して、何が得なのか意味がわからない(大開脚したいなら、自分の家で存分にやればいい)。

だから、肩身の狭い思いをしている女性のために、私は、男の股間を、いや脚をずっと見ながら念力を送ることにした。

「足を閉じろ〜!」

中野駅から武蔵境駅まで、ほぼ14分間、私は、それを念じ続けた。
しかし、私の命を懸けた念力は、全く効き目がなかった。

結局、私が武蔵境駅で降りるまで、男は開脚しっぱなしだった。

そこで、私は思ったのである。
他の魔法はいらない。
男の股間を、いや大きく開脚した足を閉じる魔法だけが欲しい・・・と。

誰か、男の股間を、いや脚を閉じる魔法の呪文をご存じないだろうか。



3月11日のブログで書いたが、仙台在住のデザイナー・イトウ君は、結局3月11日には入籍せず、小栗旬・山田優ご夫妻と同じ日の、3月14日、ホワイトデーに入籍したと報告があった。

イトウ君ご夫妻が、小栗旬ご夫妻と同じように美男美女かどうかは知らないが、ルックスはともかく、めでたいことに変わりはない。


イトウ君。

おめでとうございます。

末永くお幸せに。



2012/03/17 AM 08:30:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

最高のおばちゃん
朝の5時からブログを更新しようとしている、ホームレス・デザイナーの「ホネホネ白髪おやじ」です。


昨日は、サーバが2度ダウンした。
今までの対応を見ていると、サーバ会社は、「シロウトさん」のようだ。


ところで、今朝のホームレス・オヤジは、暇である。

息子は、春休みのアルバイト。
娘は、高校の授業が午前中で終わるので、弁当を作らなくていい。
朝メシを作るだけでいいから、楽だ。

仕事も、町内会の年度末決算書を頼まれたのだが、これは昨年もしているから、フォーマットは既にある。
会長の挨拶文を打って、決算の数字を変えるだけでいいから、2時間もかからずに終わるであろう。

明日中に、浦和のドラッグ・ストアのチラシを校了にしなくてはならないが、今回は修正箇所が少なかったので、これも明日の朝から始めても、2時間程度で終わる。

しかし、我が家には、私が心身を休めていると、心配になる(仕事がなくなったと思うらしい)人がいるので、年度末決算書を5時間以上かけて、のんびり仕上げようかと思う。
一応、懸命に働いている振りだけは、しておこう。


ところで、仕事場では、今では化石となったG4/450MHzにiTunesだけを入れて、音楽を流しっぱなしにしていることが多い。

ただ、最近は、リサイクルショップで5千円で買った16インチの液晶テレビに、ハードオフで1050円で買ったジャンク品のDVDプレーヤーを繋げて、音楽DVDや映画を流すこともある。

もちろん仕事中は映像は見られないのだが、不思議なことに、音や声が聞こえるだけで仕事の効率が上がるのである。

椎名林檎/東京事変、柴咲コウ、宇多田ヒカル、安室奈美恵、浜田省吾、B\\\\\'zのライブ映像。
そして、映画は洋画と邦画が、8:2くらいの割合だろうか。

あとは、たまにBSやCS、WOWOWの放送を流すこともある。


今年の一月のことだった。
仕事の合間に、リモコンをいじってザッピングしていたら、WOWOWの「男はつらいよ」にチャンネルが合った。

男はつらいよ、かぁ。

私は、「男はつらいよ」は、あまり真剣に観たことがない。
おそらく1本フルに観たことは、ないと思う。

観ていて、寅さんのことを身勝手な男としか思えず、感情移入できなかったからだ。
それに、人情話が苦手ということもある。
登場人物が「いい人」ばかりで、類型化しているのも気に入らなかった。

つまり、私好みではなかった。

だから、すぐにチャンネルを変えようと思った。

しかし、画面に映った、浅丘ルリ子のハリウッド女優張りの堂々とした美人っぷりに見とれ、ついリモコンをテーブルに置いてしまったのである。

すでに映画は後半らしく、妹の櫻(倍賞千恵子)が、リリィ(浅岡ルリ子)に、兄の奥さんになってくれと頼むところだった。
リリィは、その気だったが、それを寅さんは照れながらはぐらかし、結局ふたりは「仲のいいふたり」ということで話は終わった。

そのシーンで俳優が見せるテンポのいい会話に、私は感心した。

全ての日本語を耳で聞き取ることができたというのも、私にとっては嬉しいことだった。

最近のドラマやバラエティ番組、あるいはニュースでさえも、私には早口すぎて聞き取れないことが多い。
右耳が聞こえないというハンデがある私には、この状況は好ましいものではないのだが、「男はつらいよ」は、テンポのいい会話でも早口になりすぎず、俳優さんたちの滑舌もいい。
たから、たいへん日本語が聞きやすかった。

それ以後は、WOWOWの「寅さんシリーズ」をすべて録画し、週に2、3回の割合で、仕事中に流すようになった。

画面を見なくても、小気味いい江戸っ子の会話が、耳を心地よく振動させて、いいリズムで仕事をすることができた。

ああ、俺は日本人なんだなあ、と再認識させられたものだ。

なぜ、もっと早く、この映画の良さがわからなかったのかと、最近の私は大きく後悔しているところである。

インターネットも携帯電話もない時代の話だから、古臭い感は否めないが、これが、ある意味で日本の原風景だと思えば、興味も湧く。

そして、何よりも俳優さんたちがいい。
以前は、人情話がくどすぎる部分が気に食わなかったのだが、俳優さんたちのテンポのいい日本語が、そのくどさを打ち消してくれることに気づいてからは、全く気にならなくなった。

我ながら、いい加減なものだと思う。

「男はつらいよ」の出演者の中では、亡くなった方も多い。

まず、主演の渥美清師匠が亡くなっている。
御前様役の笠智衆氏、タコ社長役の太宰久雄氏、おいちゃん役の下条正巳氏、そして「男はつらいよ」シリーズで私が一番好きなキャラクターである三崎千恵子さんも先月亡くなった。


仕事をしながら、三崎さんの声を聞いていると、なぜか癒される。
なぜ癒されるのだろうか、と思った。

そして、すぐにそれが、至極簡単な理由だったことに気づいた。

お人好しで、お節介で、馬鹿正直で、騙されやすく、心配性で泣き虫。


なんだ、私の母親と、まったく同じじゃないかと思ったのだ。


当たり前すぎて、拍子抜けするほどだ。

寅さんのおばちゃんが、日本の母親の典型だから、というような考え方は好きではない。

ただ、あの声を聞いていると、ときに私の目から「何か」が出ることがある。


寅さんは、気づかないで死んでいったかもしれない。

もしかしたら、他の人も気づいていないかもしれない。


だが、たぶん、おそらく、間違いなく、おばちゃんは(子供がいない設定だが)、最高の母親なのではないか、と私は思うのだ。



遅ればせながら、おばちゃん(三崎千恵子さん)のご冥福をお祈りする。




2012/03/13 AM 05:32:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | [映画]

婚姻届の決意
産経新聞の社会部長が、震災に関して書いた記事がある。


「(前段略)日常では、震災と“無縁”となってしまう現実がある。
東京には今、1年前に体験した「帰宅困難」も「計画停電」も多くの人が覚えていないかのような「3・11前」の生活が戻っている。
東北の被災地でさえも、津波被害が甚大だった沿岸部や、人影が消えたままの原発周辺の自治体と対照的に、中心部(仙台のことを言っているらしい)は、震災前の日常を取り戻している。
時間の経過とともに、その落差は際立つばかりだ」



ピントの外れた意見だ。

震災を忘れないのは大事だ。

ただ、あの大震災を少しでも経験した人なら忘れているわけはない、と私は思う。
(忘れようにも、あらゆる媒体で、来たるべき大地震に対して毎日のように警鐘を鳴らしているのだから)

そして、誰もが、震災前の日常を少しでも取り戻すように、懸命に努力をしてきたはずである。
私は、震災から復興するというのは、震災前の日常に戻り、さらに地震に強い街づくりをし、必ずまた来るであろう地震に対して、準備を怠らないことだと思う。

被害を受けた地域の方々は、復興への強い意思を持って生活している、と私は推測する。

そして、誰もが、もう一度、震災前の暮らしを取り戻したい・・・と願っているはずだ。

しかし、それと、大きな被害がなかった地域の人たちが日常を取り戻すことを同列に扱うのは、前提が間違っている。

それぞれの地域に、震災に対する取り組みに落差があるのは、当然のこと。
被災地の現在と、その他の地域の現在は、確実に違う。

ただ、震災前の日常に戻りたいと思っていることだけは、同じだと思う。

震災前の日常を取り戻して、何が悪いのか、理解に苦しむ。

一人一人が、震災を忘れなければいい。
そして、備えを怠らなければいい。

大事なのは、そのことではないだろうか。

震災を「悲劇だけで語る(テレビを含めたマスメディアは、そのことに懸命のようだ)」ことは、復興の何の役にも立たない。



何度か書いたことがあるが、仙台市に知り合いがいる。
彼は、仙台市内でデザイナーをしている。
歳は30半ば(だったと思う)。

彼も当然ながら被災した。
二日間、彼とは連絡が取れなかったが、しばらくたって、メールをくれたときは、嬉しかった。

彼の仕事場は、キャビネットが倒れただけで、他は無事。
彼も同居の家族も、かすり傷ひとつ負わずに無事だったことを聞いて、力が抜けたことを思い出した。

その彼が、二日前に「Mさん、俺、結婚することにしたんですよ。・・・ていうか、もう一緒に住んでいるんですがね。婚姻届は、まだですけど」と、突然電話をかけてきたのである。

筋肉ヲタクのイトウ君は、週に最低2回は、スポーツジムに行く。
デザイナーになる前のイトウ君は、冬はスキー、スノボのインストラクター、春夏秋はスポーツジムでインストラクターをしていた。

俳優の岡田将生さんを一週間寝不足にして、顔を両手で挟んだような顔をしたイケメン(?)のイトウ君は、自称ずっとモテキだったというが、縁遠い男だった。

「俺、もしかしたら、一生独身かもしれません」

しかし、震災後に「運命の人(イトウくん談)」に出会ったらしい。

予想はついたが、スポーツジムで知り合った女性だという。

相手の歳を聞くのを忘れた。
名前も聞いていない。
国籍も趣味も好きな食べ物も、どこにホクロがあるかとか、太ももの美しさも、体重、体脂肪率さえ聞いていない。
(人の詳しい履歴を聞くことができないタチなので)

ただ、とにかく「運命だ」としか聞いていない。

それだけで十分だと思うからだ。

その運命のイトウ君が言う。
「3月11日に、婚姻届を出そうと思うんですよ。震災を忘れないために。でも、家族も友だちもみんな反対してるんですよね。俺には理解できないんだけど、不謹慎じゃないかって、怒るやつもいたりして・・・・・Mさん、どう思います?」


不謹慎かどうかは、俺には判断できない。

モラルというのは、普遍ではないと俺は思っている。
その時々の、人間の感情のメーターが、どちらに振れるかで判断されるものだ。

もし、君の行為が不謹慎だと判断する人がいたら、それは、その人のメーターがそちら側に振れているからだ。
あるいは、メーターが逆に振れて、君のその覚悟を賞賛する人もいるかもしれない。

ただ、俺は逃げるような言い方になるが、どちらにも振れない。

俺は、本人が揺るぎない信念を持っているなら、自分の信念を貫けばいい、と思うだけだ。

ただ、道徳観は別にして、俺がもし君の立場だったら、俺は、そんなに重いものは背負わないだろう。

結婚というのは、お互いが幸せになること。
そして、それを見た周りの人が、幸せだと感じること。
それが、大事だと思うんだ。

駆け落ちした俺が言える立場じゃないが、だからこそ、周りから祝福される結婚の重要性が、俺にはわかるんだ。

震災と結婚は、別物。

違うものを無理にくっつける必要はないという気がする。

震災は、忘れなければいい。
カレンダーに赤丸をつける必要のある人は、付ければいいし、必要のない人は、付けなければいい。

ただ、忘れないこと。
それだけで、いいと思うんだ。

しかし、震災を特別な日だと思い込みたい君の気持ちは、わかる。
全部がわかるわけではないが、思いは伝わる。

あとは、二人の考え方一つだな。

無責任な言い方になるが、俺には、君たちの背中は押せないよ。


小さな沈黙のあと、イトウ君は「わかりました。よく考えてみます」と言って、電話を切った。



今日、彼が婚姻届を出すかどうか。

気にはなるが、私は、いずれにしても彼の決断を、文句なく受け入れるだろう。


祝福する気持ちに、変わりはないからだ。



2012/03/11 AM 08:17:09 | Comment(3) | TrackBack(0) | [日記]

笑うしかない嘘
嘘も10回言えば、本当になる。


三流デザイナーが、彼が2年前まで住んでいた埼玉の団地に、久しぶりに行ったときのことだ。

その団地には、同業者が二人いて、メールでは連絡を取り合っていたが、会うことはなかった。
団地に足を運ぶ気に、なれなかったからである。

だが、同業者のうちの一人、機械音痴の40代のデザイナーからMacの調子が悪いという、切実なSOSがあったので、仕方なく行くことにした。

JRの最寄駅からバスで15分。
団地に至るまでの景色も団地の醸し出す空気も、2年前とほとんど変わっていないように、男には思えた。

2年ぶり。

見慣れた建物と記憶にある歩道、憶えのある樹木たちが目に入ってきても、男の中に懐かしさは浮かんでこなかった。

男は、今の生活の中で、15年間住んだ埼玉の団地を思い出すことは、まったくと言っていいほどなかった。
家族とともに、ここで暮らし、ここで独立し、仕事を得ていたにもかかわらず、彼にとって団地での暮らしは、自分の小・中学校時代の記憶よりも薄いものになっていた。

なぜ、そうなってしまったのか。
もちろん、男には、その理由がわかっていた。


それは、積み重ねられた嘘のせいだ。


心で何度も舌打ちをしながら、団地の歩道を歩き、舌打ちが消えないうちに、同業者の家のインターフォンを押した。

2年ぶりに見る同業者は、大きなマスクをしていた。
彼が、毎年重い花粉症にかかっていたことを思い出した。

つらそうですね、と言うと「でも、今年は去年よりは楽ですよ。頭痛はないですからね」と、同業者は自分の頭を指さした。
そして、男の頭からつま先にまで目を移して、「Mさん、痩せましたか」と言った。

男にとって、それは予想された挨拶だったので、小さく笑って返事に変えた。

余計な話をするのが鬱陶しかったので、男は、すぐにMacの前まで行き、状態を確認した。
スリープ状態になった時に、復帰できないことが多いというので、スリープ時間を短くして試してみた。

スリープしたあと、確かに復帰せず、画面は暗いままだった。
2度試したが、2回とも復帰せず。
(スリープの設定を解除して使えばいい、といった男の意見を、なぜか同業者は採用しなかった。それはきっと、行き過ぎた節電意識に彼が囚われているからだろう)

この場合、やることは色々あるが、時間をかけるのが面倒くさいので、とりあえず、余分なメモリを外し、基本的なメモリ1枚だけにして起動してみた。
メモリが原因なのではないか、と見当をつけたのだ。

これは、当たりだった。
メモリ1枚なら、スリープしても普通に起動する。
要するに、他のメモリが壊れているか、相性が悪かったということだ。

予備のメモリはあるか、と同業者に聞いたが、「ない」というので、応急的に基本の2GBで仕事をするように勧めた。
それで、仕事のパフォーマンスが落ちたとしても、動かないよりはましだ。

同業者は、「原因がわかっただけでもよかった」と言い、「まあ、とりあえず、このままで」と苦笑いをした。

そして、缶コーヒーをテーブルに置きながら、「しかし、噂って、しつこいですよね」と男の顔を伺うように見た。


あの話か。


男は露骨に不愉快な顔を作って、投げやりな仕草で缶コーヒーを開けた。

男の不機嫌な様子に、同業者は少したじろぎ、「でも、しつこいっていっても、言ってるのは一部の人だけですから」と取り繕うように言った。

噂。

男の家は、妻がキャリアウーマンで、妻が一家を養っている。
あるいは、男の妻は、花屋を経営している。
あるいは、お華の教室を開いている。

男の息子と娘は、不良で登校拒否、家出を繰り返している。

そして、男はプータローである。
その結果、男の家族は、夜逃げをした。

男と彼の家族をよく知る人間なら、それが嘘だということは、すぐにわかるが、「誰か」が意図的にばら撒いた嘘を10回聞かされたら、男をよく知らない人には、それが本当になってしまうという、嘘が持つ「恐怖の法則」が、この世界にはある。

そして、その嘘をばら撒いた「誰か」が、すでに、この世の人ではないという現実。

男にとって、そんな嘘が一部分でも存在する世界に足を踏み入れるのは、大袈裟な言い方は承知だが、自分がまるで関ヶ原の戦いで、東軍3万余の敵の中を、たった3百の手勢で突破した薩摩島津勢のように思えるのである。

思わず、舌打ちが出た。

その舌打ちの大きさに、男は自分でも驚いたが、同業者も驚いたようだ。

不安げに瞬きを繰り返す同業者の姿を目の前に見て、男は、飲みかけの缶コーヒーを置いて、腰を上げた。

「すみません、わざわざ来て・・・・・」という同業者の言葉を背中に聞いて、男はドアの外に足を踏み出した。

もう二度とこの団地に、足を踏み入れることはないかもしれない、と男は思った。

もう、うんざりだ、と思った。

そして、酒が飲みたい、と切実に思った。

16号沿いにコンビニがあることを思い出した男は、コンビニまで歩いていき、クリアアサヒ2本とイカの燻製を買った。
男は、それを持って団地の一番はずれにあるベンチまで行って、腰を下ろした。

そこが、団地の住民に遭遇する確率が、一番低い場所だったからだ。

目の前に大きなマンションはあるが、カーブになった道路から見えるのはマンションの裏側の壁だけ。
目の前の道は、車は通るが、歩道は犬を散歩させる人がたまに通るだけだ。

男は、心を穏やかにして、イカの燻製をかじり、クリアアサヒを飲んだ。

団地との決別。

そのつもりで、クリアアサヒの1本目を飲み干したとき、「あらぁ」という声が、男の耳に届いた。

人生では、嫌なことが起こる確率の方が高いのを忘れていたことを、男は後悔した。

声の方を向こうとしたが、心が拒否をした。
だから、咄嗟に横を向いた。

しかし、声は、切れ味鋭いナイフのように、男の体を引き裂いた。

「Mさん、ですよねえ!」

女の声。
彼の記憶に確実に存在する、娘の中学二年時の同級生の母親の声だ。
(誰とでも仲良くする娘だが、その同級生とは、ほとんど会話したことがなかったという)

男は、自分の子どもの学年行事には、必ず参加するという信条を持っていた。
だから、男の顔は、自分が思う以上に、まわりに知れ渡っていた。

それを後悔しても仕方がないが、己れの信条が、そのときほど煩わしく思えたことはない。
心の中で舌打ちをした。
今日何度目の舌打ちだ?

女が言う。
「帰っていらしたんですかぁ。また、こちらに」
そう言いながら、昼間からベンチに座って酒を飲んでいる男に、軽い蔑みの目線をくれた。

彼女の右手の先には紐が付いていて、その先にはパピオンという名の犬がいた。

犬の散歩コース。
知ってはいたが、まさか、ここで出くわすとは。

口から舌打ちが出そうになったが、かろうじて抑えた。
投げ遣りになった男は、2本目のクリアアサヒを乱暴に開けた。

泡が飛び散る様子を見た女は、一瞬眉をひそめたが、パピオンを右手に抱え、仁王立ちするように男の前に立った。
そして、言う。
「お子さんたちは、お元気ですか」

女の全身が、無遠慮な好奇心に支配されていた。

男が、この世の中で、一番嫌う人間の性(さが)だ。

男の全身から、力が抜けた。
ため息が出た。
諦めのため息だ。

そして、女の目を真っ直ぐ見て、友人に会いに来ただけです、と告げた。

女の目は、好奇心を消すことなく、男の目を見返した。
その目を見て、我の強い女だったことを思い出した。
一度意見を言い出すと、歯止めが効かないタイプの女だった。

女が、ためらうことなく言った。
「おかあ(義母)さんの年金だけで生活していくのは、大変でしょう?」


何を言っているのか、まったく意味がわからなかった。


しかし、鬱陶しい好奇心が、押し付けがましい圧力で男の体に絡まり付いたとき、創作話の大筋が見えた。

今度は、男は、妻の稼ぎで食わせてもらっているのではなく、妻の母親の年金で生活している、というシナリオが勝手に作られていたのだ。


こんな非現実的なことって、あるんだな。


もう笑うしかなかった。

実際、男は、声を出して笑っていた。

そして、笑いながら言った。

義母の年金は、ひと月8万円程度。
その金で、どうやって一家四人が、武蔵野で暮らすことができる?

それに、肝心な情報が抜け落ちているな。
義母は、昨年の一月に亡くなっているんだよ。
俺たちは、そのあと、どうやって暮らしているのかな?

夜逃げして、年金で暮らして、そのあとは、家なき家族かい?

家なき家族の息子が私立大学に行き、娘が高校に通えるなんて、日本は、なんて素晴らしい国なんだ。

そんな国に生まれてきて、俺は幸せだよ。

笑った。
自分でも、馬鹿馬鹿しいと思うほど愉快に笑った。


女は、男の笑う様子を見て、二歩後ずさりしたあとで、踵をかえし、犬を抱えたまま足早に逃げて行った。
そして、すぐに、男の視界から消えた。


少しだけ冷めたクリアアサヒをゆっくりと飲みながら、男はまた笑った。


笑うしか、なかったからだ。


そして、思った。


今日の話は、どんな嘘として、団地に広まっていくのだろう・・・・・・俺は、アル中のホームレスに、されているかもしれない。


まったく・・・・・笑うしかなかった。




2012/03/07 AM 05:53:55 | Comment(4) | TrackBack(0) | [日記]

悲観的じゃない人
今さらの話だが、インターネットが盛んになって、一番変わったのは、ニュースの質ではないか、と私は思っている。

特に、ネガティブな情報が増えた。
日本の現状や将来について、悲観的な見方を披露する人が、有識者から記者、一般人まで、増えたような気がする。

さらに、「検索」能力のない有識者、記者、一般人が、ネットの情報を元にして記事を書くと、事実誤認や理解不足による誤信が多くなって、記事の信ぴょう性が薄れるようになった。

そして、最近特に増えたのが、地震予知に関するオオカミ少年的な報道。
(日本の場合、大地震は必ず発生するのだから、その意味で、予知は百%当たりますよ。怪しい占い師が言うところの、あなたは大胆な人ですが、繊細なところも持っています。今年の8月に運命の人に出会うでしょう。しかし、あなたは、そのことに気づかないかもしれません、というのと同じだ)


同業者との酒飲み会で、20代後半から60代半ばまでの男たちが、酒を飲みながら、日本の現状や自己の現状、将来を悲観的に話すのを見ると、彼らには悪いが、私は毎回舌打ちをしてしまうのだ。


マスメディアの論調を真似て、悲観的な材料を探し出す作業が、そんなに楽しいのか。


「だって、楽観的になる要素が、何もないじゃないか」
「孤独死は増えているし、餓死する人もいるんですよ」
「平均年収だって毎年下がり続けているし、国の借金も増え続けているときに、どうやったら明るい未来を想像することができるのか」
「少子化だろ。人口は減る一方だし、日本は、これから格差社会がさらに広がって、転落の道を転がり落ちていくしかないのさ」

酒の肴にならない話題ばかり。

気が滅入る。

この悲観的な思考は、若い層にも伝染しているようだ。

娘と私は、タレントのベッキーさんの明るさが好きなのだが、高校一年の娘の同級生の男子たちは、「あの明るさが、わざとらしくて嫌い」というのである。

「毎回毎回、あんなに明るくしていられるわけがない。あれは、作ってるんだよ」と、多くの男子が言っているのだという。

しかし、作っていたとしても、明るさをまわりに振りまくのは、悪いことではないだろう、と私は思う。
まわりを明るくするのは、それだけで大きな才能だと私は思っているのである。


一流デザイナーのニシダくん(30代前半)が、飲み会の席で言った。

「長島(茂雄)って、記録はたいしたことないですよね。彼よりいい記録を残した人は、大勢いますよ。なんで、彼は特別扱いされるんですか」

それに対して、私はこう答えた

アスリートに記録は大事だが、プロである以上、人の気持ちを浮き立たせ、明るくする能力も必要なんじゃないだろうか。

数々の記録を打ち立てた王選手も落合選手も尊敬すべきアスリートだ。
記録を見れば、その偉大さは、よくわかる。

だが、彼らのプレイを見ても、俺の心は浮き立たなかった。
彼らの技術と残した結果をすごい、とは思ったが、それは記録を見て思っただけのことだ。
プレイを見て思ったわけではない。

だが、長島は、たとえ三振しても、目の前に来たゴロをトンネルしても、勢い余って前のランナーを追い越したとしても、俺の気持ちを明るくしてくれたのだ。

それは、長島が誰よりも「負の要素」から、遠い人間だったからだと思う。

それは大いなる才能だ、と俺は思うんだ。

もちろん、明るいだけの人間など、いるわけがない。
彼にも葛藤はあっただろう。

だが、「負の要素」を隠す際立った能力を持った人間こそが、確実に時代の空気を変えてくれる代えがたい人なのだと俺は思っている。

長島は、そんな貴重な人間の一人だ。

俺は、生来のひねくれ者で、根暗(死語?)な人間だから、明るい人のオーラを目の当たりにすると、それだけで感心してしまう癖があるんだよ。



得意先のフクシマさんが、震災のボランティアによりPTSDを患ったことを以前書いたことがある(そのブログ_2011/11/07_にリンクを貼りたいが、サーバ会社の不作為により、それができない。アッパレなサーバである)。

フクシマさんは、不調を感じても無理をして仕事をしていたが、さすがに精神の傷を仕事で癒すことは出来なかった。

そこで、社長のご厚意により、無期限の療養に入ることになった。
「帰ってくるまで、気長に待つ」と社長には言われたらしい。

いい社長さんだ。

フクシマさんは、おバカだが、強い責任感を持った愛すべきおバカである。

その責任感が、皮肉にも彼の病状の進行を早めたのだが、それは誰が悪いわけでもない。
強いて言えば、自然の力が強大すぎた、ということだ。

休養に入ったのが、昨年の12月初め。
その前に、一度会っていたから、昨日は5ヶ月ぶりに会ったことになる。

場所は、新宿。
ワシントンホテルのラウンジだ。
フクシマさんの主治医が新宿にいるので、治療の帰りに会うことになった。

顔が一回り小さくなったフクシマさんの隣には、女性がいた。
フクシマさんの奥さんだ。

写真では見たことがあるが、実際に会うのは初めてである。

写真では、タレントの「にしおかすみこ」に似ていると思ったが、幸薄そうな顔のにしおかさん(ゴメンナサイ)と違って、外人の血が混じっているのではないかと思うくらい濃い顔立ちをした人だった。

美人、というより「強い顔」と言ったほうがいいかもしれない。

その姿に圧倒され、気後れしながら挨拶をしたら、「陽のオーラ」を発散する笑顔が帰ってきた。

「この人が、いつもお世話になっています」

目に優しさを秘めた強さを感じた。
声にも張りがあって、若々しい。

しかし、その強さは、決して押し付けがましいものではなかった。

フクシマさんには、合わないのでは・・・と思ったが、外見だけで他所様のご夫婦のことがわかるわけがない。

フクシマさんは挨拶はしてくれたが、席に座ると口を閉じたままで、下を向いたり横を向いたりして目を合わせてくれなかった。
先週、電話で話した時は、少し声に力が戻っていたので、回復を期待していた。
しかし、そんな単純なことではなかったようだ。

この病気に対する理解のなさに、自分でも呆れた。

奥さんの話によると、薬物療法と心理療法を施してもらっているという。

私には、立ち入ったことを聞く趣味はないので、こちらから病気のことに触れることはしなかった。

「まだ本格的な治療を始めて4ヶ月ですから」
「ご飯は、よく食べるようになったんですよ」
「散歩も行きたいと言い出すようになりました」

その言葉の一つ一つに、喜びが溢れているようで、私は他人ではあったが、妙に嬉しくなった。
力強く感じた。

そして、思った。


この人は、少しも悲観的になんか、なっていない。

しかし、明るさを人に押し付けているわけでもない。

ただ現実を受け入れて、自然に振舞っているだけだ。

フクシマさんに、不必要に話しかけるわけでなく、彼に答えを求めたりもしない。

ただそばにいることで、フクシマさんの役に立ちたい、と思っているだけ。
そんな風に見えた。

お二人に会っていた時間は、20分足らずだったと思う。

私としては、フクシマさんの顔を見られただけで嬉しい。


そして、一番の収穫は、フクシマさんの奥さんの「陽のオーラ」を肌で感じたことだ。


悲観的にならない強さ。

そして、その控えめな強さは、きっとフクシマさんを確実に再生してくれることだろう。



「その日」は、確実に来る。

私は、それを確信した。



2012/03/04 AM 08:28:18 | Comment(1) | TrackBack(0) | [日記]



(C)2004 copyright suk2.tok2.com. All rights reserved.