Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
[TOP] [RSS] [すくすくBLOG]








来年も右から左に
正月は、仕事。

有難いことに、杉並の建設会社からいただいた会社案内、チラシのデザインを練るという仕事がある。
これは一人でやるには、かなり密度の濃い仕事なので、どれほどの時間がかかるか、想像がつかない。

正月気分では、いられないと思う。

ただ、仕事があるのは、ありがたいことである。

感謝。


正月の仕事といえば、4年前までは、1月第2週か第3週に出す社内報の仕事で、三が日を潰されるというのが恒例になっていた。
このとき、この得意先の担当者は二人いたため、毎回意見にまとまりを欠いていた。
寸前まで方向性が決まらず、原稿を集めるのが、年末ギリギリということが日常茶飯事になっていた。

だから、いつも校了が正月まで、ずれ込んだ。

しかし、一昨年から担当者が変わり、「Mさん、正月は休みましょうよ」と提案していただき、それからは年末25日くらいまでに終わるようになった。

なぜ、こんな当たり前のことが今まで出来なかったのか、と思う。

こんな些細なことでも、人間の力量というのは、差がつくものだと改めて思った。



ところで、一昨晩、年末の挨拶回りを終えて、都営地下鉄大江戸線の「大門駅」のホームのベンチに座っていたときのことだ。

酔ったサラリーマン4人が、私が座るベンチの後ろで、大声で話し始めたのである。
おそらく、仕事納めの帰りに、新橋あたりの焼き鳥屋で、今年一年間溜め込んだ鬱憤を晴らしたのだと思われる。

その酔っ払い4人が叫ぶ。

「俺、今月、200時間働いた!」
「俺、210時間!」
「俺なんか、215時間!」
「俺も! ああ、疲れたぁ!」


ケッ! うるせえよ! 俺なんか、月に333時間以上働いてるよ! それが、普通だよ!

(こんなことを自慢するようになったら、俺も終わりだな、と思った)


その酔っ払いの一人が、「あーあ」と言う。
「今年も代わり映えのしねえ一年だったな」

他の3人も同調。
「ほんと」「ああ、つまらない一年だった」「何もなし!」

(お前ら、忘れてないか? 今年一年は、日本にとって激動の年だったことを)


今度は、一人が唐突に言う(酔っ払いは、いつでも唐突だ)。

「経理のアキナちゃん、高速で結婚しちまったな。会社入って、まだ7ヶ月だぜ。7ヶ月!」
「しかも、できちゃった婚(授かり婚と言ってあげてください)」
「AKBのアッちゃんに似て、可愛かったんだけどな」
「そうそう」

(コメントは控えさせていただきます)


4人の中で一番、声のでかい男が叫ぶ(しかも呂律が回っていない)。

「なんか、飲み足りねえなぁ! 俺んちで飲み直さないか? トリスのでっかいボトルがあるんだけど、みんなで開けちまおうぜ!(おそらく、そんなようなことを言ったと思われる)」

「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「撮りだめした番組があるから、俺は遠慮しとくよ。休みになったら、まとめて観ようと思ってたんだ。悪いな」

「俺も帰る」「俺も!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

4人は入ってきた電車に無言で乗り、車内が空いていたせいか、みな離れた位置に座って、全員が携帯をいじりだした。
新宿西口駅で降りたときも、「良いお年を」という挨拶なしに、無言で別れていった。

(意外と冷めたお付き合いなんですね)



ところで、昨日、ヨメが、白菜二束を抱えて帰ってきた。
「そこの野菜販売所で二つで98円で売っていた。思わず買っちゃったぁ!」

しかし、いつものことであるが、買ったあとでお決まりのことを言うのだ。
「あ! でも、こんなにいらなかったかなぁ。白菜二つあっても、意味ないかな。腐らせちゃうかな?」
(買う前に考えずに、いつも買ったあとに悩むのである。買う前に、私に相談することもない)

いやいや、一つのうちの半分は、普通の漬物、もう半分は、キムチにしよう。
あとは、豚バラ肉を交互に挟んで、蒸し鍋にしてもいい。
クリームスープにも合うし、ロール白菜も甘くてうまいな。
ホワイトソースを作って、パスタかグラタンにしてもいい。
春雨と一緒に煮込んで、最後に、そぼろあんかけをかけて食ってもうまい。

その気になれば、いろいろ使えるよ。
大丈夫だよ。
(しかし、言った後で無駄なことを言ったと後悔した)

いつものことだが、私の言うことは、右から左に流れていくだけ。
決して、脳の記憶中枢に格納されることはない。

「失敗したなあ、衝動買いは良くないよね。ナカムラさんちに、一個あげようかしら、あそこは大所帯だし。あと一個は・・・・・チバさんのおばあちゃんが、漬物を漬けるのが趣味だって言ってたから、あげたらきっと喜ぶわね。聞いてみよう」

結局、98円で買った白菜は、右から左に、ヨメの知り合いの家に収まるという、予期していた結末。



まあ、来年も、こんな感じかな。




では、みなさま、良いお年を。



2011/12/30 AM 08:19:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

年末の事件
年末に、ちょっと嫌な出来事。


埼玉から東京武蔵野に越してきて、初めて出来たジョギング仲間がいる。
イトウさんという。
今年の1月に知り合ったから、そろそろ一年になる。

イトウさんは、中学で国語の教師をしていたが、体調を崩して辞めたあと、塾の講師になり、原稿書きなどもしながら生計を立てているという。
46歳の独身。

そのイトウさんに、仕事を紹介してもらった。
最近知り合った印刷会社から誰かデザイナーを紹介して、と頼まれたというのだ。

仕事は、車のディーラー会社が来年1月第3週に出すチラシのコンペだ。
「コンペだから、採用されなかったら無報酬らしいんだけど、Mさん、やる気あります?」

それは、車のチラシのデザインの仕事なんですね、と確認した。

「先方は、そう言ってるんだけど、俺、その方面のことは詳しくないから、Mさんが、電話で直接確認してくれます?」

そう言われたので、担当者に電話で確認した。

「そう、コンペ用のチラシのデザイン。でも、知ってると思うけど、採用されなかったら一銭にもならないよ」
最初から最後まで、タメグチで言われた。
相手の年齢は不詳。

そこで、もう一度、念を押して聞いてみた。
それは、デザインの仕事なんですね。
私が、デザインしたものをコンペに出すんですね。

「そうだよ」

22日の午後、東京板橋区の印刷会社に足を運んだ。
担当者は、30代半ばくらいだろうか。
私が、彼が想像していたよりオッサンだったせいか、電話とは感じが違って、丁寧な言葉で応対してくれた。

「わざわざご足労いただきまして」などという背中がくすぐったくなるような丁寧語まで使われた。

悪い気はしなかった。

しかし、よかったのは、そこまでだった。

話が進んでいくうちに、これは話が違うだろう、という展開になった。

ほとんどのレイアウトは既に出来ていて、採用する車の写真やキャッチコピー、説明文、会社の地図なども用意されていたのである。
つまり、私がすることは、車の画像をフォトショップで切り抜いてレイアウト通りに配置し、指定通りの大きさと色でキャッチコピーを配置し、あとは文字や地図を配置するだけだったのだ。

私の概念として、これはデザインとは言わない。

だから、私は聞いた。

これは、オペレーターの仕事だと思うんですが、御社には、オペレーターの方はいらっしゃらないんですか。

「いや、いるんですがね。誰もやりたがらないんですよ」

誰もやりたがらない?
どういう意味だろう。

意味不明だ。

掘り下げて聞きたいところだが、複雑な社内事情があるかもしれないので、そこは我慢した。

そこで、私は素直に、疑問を口にしたのだ。

電話では、デザインの仕事を任せると仰っていましたが、これは、デザインでは、ありませんよね?

「まあ、うちとしては、れっきとしたデザインの仕事なんですがね」

しかし、すでにデザインは出来上がっている状態だと私は思うんですが、今のこの段階では、私が手を加えることは、もうありませんよね?

「そうかな? うちは、デザインとして受けて、印刷もうちでやるつもりですよ」

話が、かみ合わない。
確かに、この会社はコンペに参加するのだから、この会社にとっては、デザインを請け負ったことは、間違いがない。
しかし、既にほとんど出来上がっている仕事を、よそに「デザインの仕事がある」と言って出すのは、話の辻褄が合わないのではないだろうか。

そこで、もう一度、念を押した。

このレイアウトを考えたのは、どなたですか?

「うちの会社の専属デザイナーですよ」
いともアッサリと言われた。

それなら、フィニッシュまで、その方がやられればいいのでは?

「まあ、色々と事情がありまして」

まったく話がかみ合わない。
事情が、つかめない。

これは、話が違う。
だから、私は言った。

すでに出来上がっているデザインのフィニッシュをするだけなら、私がする必要はありません。
電話で、仰っていたことと話が違うので、この件は、お断りします。

すると、相手は身を乗り出して、「それは、こっちのセリフでしょ。電話で、受けると言ったのは、そっちですよ」と言ったのである。
唇が小さく震えているのが見えた。

この程度のことで興奮する人間に、あまり深く関わるのは利口ではないと思ったので、残念ながら、お受けできません、と頭を下げ、話を打ち切った。


その夜、イトウさんから電話がかかってきた。
「仕事、断ったんですってね。それは俺の顔を潰したってことですよね」
声が震えていた。

仕事を紹介してくれた人には、詳しい事情を話しておかなければいけないと思ったので、この業界に詳しくないイトウさんにも理解できるようなわかりやすい表現で、事のいきさつを説明した。

イトウさんは、私の説明を聞いて一応はわかってくれたようだが、最後にこういったのだ。

「まあ、話の食い違いということでしょうが、Mさんには、もっと大人の対応をして欲しかったですね」

イトウさんの突き放すような、その言葉を聞いて、私が、その日一日こらえていたものに火が付いた。


この場合、大人の対応をするということは、俺にプロとしてのプライドを捨てろ、と言っているようなもんですよ。
デザインを任せてくれるというから、無報酬でも受けようと俺は思ったんですよ。
Macの初心者でもできるような仕事を貰うために、俺は板橋まで頭を下げに行ったんじゃない。


すると、イトウさんは、ひと呼吸おいて「面倒くせえ男だな」と捨て台詞を吐いて、電話を切った。


無礼な奴だ。


ただ、面倒くせえ男だというご意見には、私も同意する。



クリスマス・イブ。

杉並の建設会社に、仕事の打ち合わせに行ってきた。

「会社案内用の資料とチラシ用の資料が、ダンボール箱いっぱいにあるからさ。自転車じゃ、無理だぜ。往復のタクシー代は、俺が払うから、タクシーで来てくれないか。頼むよ」

お言葉通り、タクシーで会社に行くと、確かに、今まで手がけた建物のネガ、ポジ、写真から、建築資料、会社設立書のコピーなど、中くらいの段ボール箱に満載されて、テーブルの上に乗っかっていた。

これを全部見ろ、と?

「まあ、一応、俺が必要だと思うものには付箋をつけといたが、あんたの判断で必要だと思うものもあるだろうから、一応全部持ってってくれよ」

承知しました。
それは業務命令でしょうか。

「命令はしないよ。頼んでるんだよ」
(冗談が通じなかった。あるいは、ミタさんを知らない?)

密度の濃い打ち合わせは1時間半続き、最後に、社長がデカイ顔に照れ笑いを浮かべて、シャンパンのボトルを手にした。

「今日はイブだからさ。あんたのとこもパーティーはやるんだろ。これ、まあ、結構な値打ちのシャンパンなんだけどよ。持ってってくれないかな。荷物が増えて悪いんだけどよ」

後でネットで調べたら「シャンパーニュ・バロン・ド・ロートシルト・ブリュット」という下を噛みそうな高級シャンパンだった。

恐縮でございます。

「じゃあ、タクシーを呼ぶから」と言って、社長自らタクシー会社に電話をしてくれた。

なんか、この人が、とてつもなく「いい人」に思えてきた。
最初の印象とは、だいぶ違ってきた。

会社の前に、タクシーが到着した。

ダンボールを私が持とうとすると、社長が「俺が持つよ。あんたは華奢だからな。あんたは、シャンパンを持ちな」と言ってくれた。

恐縮でございます。

ダンボールを持って、ドアの開いたタクシーの後部座席に、社長がダンボールを置いた。
これは、別に間違っていない行為のように、私には思えた。

しかし、そのとき、運転手が、信じられないことを言ったのだ。

「チェッ! 今トランクを開けようとしたのにぃ! 何で段ボール箱を座席に置くかねえ! 普通は、トランクでしょ! シートが汚れたら、どうすんのよ! まいっちゃうなあ、まったく!」

耳を疑った。
それが、お客に対して、言う言葉か。

唖然とした。

その言葉に対して、社長が怒りの抗議をしたのは、当然のことのように思えた。

「何だァ! おまえ! それなら、最初に言えよ! 俺が、ダンボールを持っているのは見えただろうが! それなら、最初に言うのが常識だろうがァ!」
デカイ声だ。
通りを歩く人の百%が、振り向くほどの大音量である。

しかし、運転手も負けてはいない。
「言おうとしましたよ! でも、言う前に置いちまうんだもの!」

「この野郎!」
社長の声が、さらに大きくなる。

「おい!」
フロントガラスのそばに置いてある登録証を見て、社長が「カワイさんよぉ!」と叫ぶ。

「いま、お前の会社に電話するからな。逃げるなよ!」

タクシー会社に電話をする社長。
さらに声がでかくなって、雄叫びのように聞こえる。

「あんたのとこのカワイさんがなァ、段ボール箱を後部座席に置くなって言うんだよ。汚れていない、綺麗なダンボールだ。新品のピカピカのダンボールだぜ。あんたのところは、ダンボールを後部座席に置いちゃいけないって決まりがあるのか。もし決まりがあるんなら、車体にそれを書いとけよ! ああ? 決まりはない? ただ、状況によっては、トランクに入れてもらうだと? どんな状況だァ! あん? 今までは普通にダンボール積んでも、誰も文句は言わなかったぞ。俺はT建設のTってもんだが、カワイさんじゃ、埒があかねえ! 他のタクシー、呼んでくれねえか。追加分は、俺が払う。俺の言っていることがわかるか?」

道行く人が、誰もが一度は立ち止まって、社長のデカイ顔を凝視していた。

それほど、大音量の社長の独り舞台だった。

電話の相手は、それが得意先の社長だということがわかったらしく、社長の主張を受け入れてくれたようだ。

新しいタクシーが来る間の10分弱、社長は、腕組みをして仁王立ちだった。
気軽に声をかけられる雰囲気ではなかった。

タクシー運転手のカワイさんも、蒼白な顔をして、ハンドルを握っていた。

空気が重かった。

新しいタクシーが来た。
カワイさんは、痩せぎすの吊り上がった目にメガネをした人だったが、新しい運転手さんは、塚地武雅を思わせる風貌の小太りの人だった。

最初から恐縮している。

「この人と、ダンボール箱とシャンパンを運んでもらいたいんだが、無理なのかい?」

社長が、塚地武雅の顔を覗き込んで、相変わらずの大音量で聞いた。

「と、とんでもない! 承知しました!」(ミタさん?)
塚地さんが深くお辞儀をして、自分のタクシーを指差した。

それに対して、社長が聞く。
「ダンボール箱は、後部座席なのかい? トランクなのか?」

「後部座席で結構です!」
90度のお辞儀を崩さずに、塚地さんが小さく叫ぶように答えた。

「じゃあ、頼むよ。この人の家に着いたら、悪いけどよ、ダンボールは、あんたが運んでくれないかな。その分は俺に請求してくれていいからさ」

「かしこまりました」
塚地さんの90度のお辞儀。

「じゃあ、頼むな。俺は、カワイさんと、ちょっと話があるからさ」

最後は、不気味なくらい優しい声で塚地さんに話しかけ、その後で私に頷いてみせた。


その迫力ある笑顔を見て、背筋が寒くなった。


あのあと、カワイさんの身に何が起こったのだろうか。

無事でいればいいのだが。

我が家では新聞をとっていないので、細かい事件を知ることは出来ない。
事件が起きていないことを願う。

今年は、もう杉並の会社に行く予定はない。

だから、事の顛末を聞くことができない。

いや、聞くのが怖い。


カワイさんが、無事であることを、ただ、ただ祈ります。



2011/12/25 AM 08:26:04 | Comment(4) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

笑いのツボ
お笑い、である。


昨日、埼玉県鴻巣の同業者のところに呼ばれたので、行ってきた。
行ってきたといっても、向こうが武蔵野まで車で迎えに来てくれたから、楽な道中だった。

一昨日、「Mさん、パソコン、具合、悪い」という、言葉を覚えたての幼児のような、たどたどしい日本語で電話がかかってきた。

どこ、具合悪い?

「フォトショップ、落ちる」

いつ、落ちる?

「よく、落ちる」

ということで、一年半ぶりに、彼の仕事場に出向いたのである。
ビール飲み放題と牡蠣フライてんこ盛りの誘惑に負けて。


彼のパソコン環境は、私のものと酷似している。
なぜなら、パソコン音痴の彼のために、私がまったく自分と同じ環境のパソコン、周辺機器を配置したからだ。

だから、彼のパソコンの不具合に関しては、ある程度の想像がつく。
フォトショップをバージョン・アップしたために、Mac本体のグラフィックカードの性能が、追いつかなくなったようだ。

だから、グラフィックカードのドライバをアップデートした。
それで、不具合はなくなった。

これくらいは、電話で説明すれば平均的なパソコンの知識を持つ人間は、すぐに理解できるのだが、幼児には難解だったようだ。
目の前で実践しなければ、まったく理解できない37歳の幼児。

これで可愛ければいいのだが、ただのデブ。
目の前で、ケンタッキーの何とかというセットのテイクアウトを貪る様は、脂ぎった家畜を見ているようで、牡蠣フライの上品な旨さが台無しである。


「Mさん、アリガトウ、助カッタ」

ドウイタシマシテ。

ビール飲み放題といっても、そんなに飲めるものではない。
まして、真っ昼間だ。

クリアアサヒの350缶、3本がいいところである。

私は、常識的な人間なのだ。

クリアアサヒと牡蠣フライを胃袋に収めたら、こんな田舎に長居はしたくない。
だから、帰る、と言った。

帰りも車で送ってくれるというので、お言葉に甘えることにした。

カキフライをたらふく食って、クリアアサヒを3本。
車の中は、適度に暖かくて、眠るには最適な環境だ。

だから、眠ろうとした。

しかし、寝かせてくれなかった。

同業者が、最近テレビで放映した漫才のコンテストのことを熱く語りだしたからだ。

同業者は、滋賀県出身。
俺は関西の出身だから、お笑いに関して、子供の頃から関心を持ってきた、と仰有る。

関西のお笑い、サイコー!
関東の気取った笑いは嫌い、と主張する。


まあ、別に、いいんじゃない?


適当にあしらって、眠りに入ろうとした。

しかし、ネットで、優勝した漫才コンビより、東京の漫才コンビの方が面白かった、と騒いだのがけしからん。
あれは関東の人間の世論誘導だ、と同業者は憤るのだ。

あ、そう?
別に、いいんじゃない?

お笑いに関しては、風土、環境、性格によって、感じ方は人それぞれだから、俺は、正解なんてないと思うんだけどな。
どっちが面白い、つまらないなんて、個人的な感覚だから、それぞれ意見が違って当然。

関西のお笑いが面白いと思うのは、その人が関西のお笑いが好きだから。
関東のお笑いがつまらないと思うのは、その人が関東のお笑いが嫌いだから。

好き嫌いに、理屈をつけても意味はない。

君は佐々木希が好きだと言っていたが、わざわざ理由をつけて、好きになったのかね。
まあ、理由なんて後付けで付けられるだろうが、最初は直感だろ?
直感で相手をいいな、と思う。

お笑いもそれと同じだ、と俺は思うよ。

直感で、面白いか、つまらないか。

関東の笑いが気取っていてつまらない、と思うのは、正解だ。
ただ、それはあくまでも、君にとっては、という意味だけでだが。

むかし「ギター侍」が流行っていたとき、俺が、あんなので笑えるか、と言ったら、皆から白い目で見られた。
お笑いのわからないヤツ、と取られたこともあった。

俺は「笑点」を一度しか見たことがない。
中学生頃のことだったが、初めて見たとき、着物を着たジジイが数人で古臭い言葉を使って、じゃれ合っているとしか俺には思えなかった。
どこか次元のずれたジジイのはしゃいだ姿を見ても、俺は笑えないと思った。
それ以来、見ていない。

俺は、関西の漫才師のツッコミが、ボケの頭を叩いたり、どついたりするのが嫌いだ。
人の悪口や身内だけにわかるような話で笑いを取る方式も嫌いだ。

俺は、下品でもいいから、自分で体を張って、人を決して貶めない不器用な笑いが好きだ(志村けん師匠、高田純次師匠、出川哲朗師匠、坂田利夫師匠、江頭2:50師匠、上島竜兵師匠のように)。

しかし、だからといって、他の笑いを否定しようとは思わない。

嫌いになるだけだ。
俺は、嫌いなものは見ない。


お笑いは、好き嫌いで見るものだと思うから、人の悪口を言ったり、楽屋落ちばかりの笑いが好きな人は、それでいいと思う。

笑いのツボは個人的なものだから、人と共有するには無理がある。
人が笑うから自分も笑うというのは、お笑いの本質として間違っている。

だから、お笑いに関して、君が何を言おうが、それは君にとってすべて正しいから、俺は否定しない。



しかし・・・・・・・。

朝見た時から言おうと思っていたんだけど、君の・・・その金髪、誰が見ても似合っていないと思うんだ。

それは、笑いを取ろうとしたのかい?
それとも白髪を隠すため?

俺には、迷走した「金髪白豚ジャイアン野郎」にしか、見えないんだが。


同業者は、私の言葉に、ご気分を害されたらしく、それからは静かになって、私は平穏な眠りに着くことができた。


ただ、車を降りるとき「送ってくれて、ありがとう」と言っても、そっぽを向かれたのには参ったが・・・・・。



2011/12/22 AM 05:46:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

たかが歯痛されど歯痛
歯痛のお話。

金曜日、高校一年の娘が、学校から帰ってくるなり「歯が痛い」と言い出した。

私に似て、痛みを極限まで我慢する娘が「痛い」というのだから、相当痛いのだろう。
慌てて、近所の歯医者をネットで探した。

クチコミを読んで、一番評判のいい歯医者を探し出した。
そこは、我がオンボロ・アパートから約1キロ離れたところにあった。

午後6時を過ぎていたが、緊急を要すると判断してくれたらしく、すぐ来なさい、と言ってくれた。

「じゃあ、行ってくる」
自転車に乗って、娘は一人で歯医者に行った。

帰ってくると、娘は「やっぱ、親知らずだった。抜かないで様子を見ようって言われた。消炎剤と鎮痛剤をもらった。先生、イケメンだった。テヘッ」と頭を掻いた。
そう言ったあとで、娘は「お騒がせしました」と皆に頭を下げた。

「親バカ」と罵られるのを承知で言うが、その姿を見て、真っ当な人間に育っているな、と誇らしくなった。



しかし、世の中には、こんな人もいる。

大昔の話。

中学2年の女がいた。
彼女は、痛みにとても弱く、すぐに精神的にまいって、周りに迷惑をかける子だった。

ある日、その子が歯が痛いと泣き喚きながら、中学校を早退して家に帰ってきた。

そのとき、家には祖母しかいなかった。

歯が痛い、歯が痛いと泣き喚く彼女に、祖母は優しく声をかけた。

「どこの歯が痛いの?」
「痛み止めを飲みましょうか」
「我慢できないなら、歯医者さんに行きましょう」

しかし、その子は、ただ泣き喚くだけ。
1時間以上も、体をバタバタさせて、泣き喚くことを続けたという。

その声を聞いて、隣のスズキさんの奥さんが、声をかけてくれた。
「歯が痛いのなら、歯医者さんにいきましょう。私が車で連れて行きますから」

祖母は、その申し出を聞いて恐縮したが、この場合、それが最善の方法だと考え、スズキさんの提案を承諾することにした。

しかし、女は、泣き喚くことをやめず、女の手を取ったスズキさんの手を乱暴に振り払ったという。
泣き喚き続ける中学2年の女。

その泣き声は、当たり前のことだが、近所まで響き渡った。

そのとき、たまたま家で調べものをしていた弁護士のナカノさんが、泣き声を聞いて、玄関から声をかけた。
「あまり興奮すると、余計痛くなるから、とにかく鎮痛剤を飲ませたら、どうですか? あるいは、我慢できなくて仕方ないなら、救急車を呼んだほうがいいかもしれないな」

しかし、その優しい声を聞いても、女は首を大きく左右に振り、今度は柱にしがみついて泣き続けたというのである。

次に、30メートルほど先で、おでん屋さんを営んでいるヤマダさんのご夫婦が駆けつけてきて、ひとつの提案をしてくれた。
「歯医者さんに往診をお願いしたら、どうかしらね。私の息子が夜中、歯が痛くて我慢できなかったとき、来てくれた歯医者さんがいたの。自分で行くよりも高くつくけど、この状態だったら、それが一番いいんじゃないかしら」

その方法しかない、と思った祖母は、丁重にお礼を言いながら、ヤマダさんに歯医者の電話番号を聞いた。
そして、電話をかけようとした。

だが、女は「歯医者、嫌い! 絶対に嫌だ! 歯医者にかかるくらいなら目黒川に飛び込む!」と、今まで以上の大声で、泣き叫んだという。


誰もが、途方に暮れた。


しかし、祖母のまわりの人は、いい人ばかりだった。
みんなが、女を優しく説得してくれたのだ。

「その歯医者さんは名医でね。少しも痛くないから、安心して」
「このまま何もしないと、余計悪くなるから、今のうちに治しておいたほうがいいわよ。治療なんか、すぐ終わるから」
「つらいわよねえ。歯が痛いのは、我慢できないからねえ。でも、泣くともっと痛くなるから、もう泣き止みましょ。落ち着けば、痛みも和らぐわよ」
「歩くのが辛かったら、俺がおぶっていくから、とにかく歯医者に行こう。みんなHちゃんのことが心配だからさ」


しかし、まだ泣き喚く女。
延々と泣き続ける女。

だが、そんな女に対しても、まわりの人はずっと優しいままだった。

弁護士のナカノさんは、ずっと耳元で、女を説得してくれたらしい。
人の説得に決して耳を貸さない女に対して、忍耐強く宥める様子は、職業柄身に付いたことかもしれないが、誰もが感心せずにはいられなかったという。

そんな風にして、女が泣き喚く光景が続く。


そして、そこに突然現れた歯科医。

おでん屋のヤマダさんが、こっそりと歯医者さんに電話をしてくれたようだ。

歯科医は、泣き喚く女に、最初は戸惑ったようだが、そこは様々な患者を診てきたキャリアは伊達ではない。
数分もすると、女の泣き声は小さくなり、小さい泣き声のまま治療を受けたというのである。

治療が終わったとき、最初の泣き喚きの時から3時間が経過していた。


静かになった女。


それを見て、安堵する人々。

午後4時過ぎ。
安心した女は、その後寝続けて、次の日の朝まで、目を覚ますことはなかったという。


その間に、フルタイムで働いていた女の母親が午後8時過ぎに帰宅した。
事態を知り、恐縮し、詫びを入れに向かった近所の家が10軒以上。

心と体を休めるはずの家が、重荷になる毎日。
母親にとって、彼女が全力で守ったはずの家は、休める存在ではなかったのかもしれない。

そのとき吐いた母親のため息の重さは、絶望的すぎて、祖母も声をかけるのをためらうほどだったという。


次の日の朝、中学2年の娘を気遣って、女が登校するときに近所の人たちが声をかけてくれたが、それは、虚しい親切だったようだ。
女は、無言で親切な近所の人の前を通り過ぎたというのである。

その態度が、母親と祖母の肩身を狭くすることに気づかない女は、その性格のまま歳を重ね、50代後半の今も母親に肩身の狭い思いをさせている。


歯痛は、辛いものだ。
しかし、だからといって、人様に迷惑をかけていいものではない。



たかが歯痛、されど歯痛。



2011/12/18 AM 08:49:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

白い鼻毛
ブログ経由でいただくメールが、ほとんど文字化けをする(8割以上の確率)。
10ヶ月前からだ(以前にも頻繁にあったが)。

メーラーを変えても、現象は変わらない。
文字コードの認識を他の形式に変えても、自動認識にしても結果は同じ。

だからメールアドレスの設定を変えて、他のものを使いたいのだが、最初に設定したメールアドレスだけは変更できないようになっている。
不親切なサーバ会社だ。

さらに不親切なのは、このサーバ会社は、問い合わせをしても一向に返答する気配がないことだ。
頑なに沈黙を守っている。

その無視ぶりは、徹底していて見事なものである。

尊敬する。

だから、この10ヶ月間で、ブログ経由で来たメール33件のうち、28件が解読不能になっている。

メールを送られた方、申し訳ありません。
お詫び申し上げます。



さて、話は飛んで年賀状ですが、仕事柄、年賀状のデザインを依頼されることが、たまにある。

ただ、あるといっても、毎年ごく僅かだ。
最高で年に6件。

しかし、パソコンで簡単に年賀状が作れるようになったここ5、6年は、年2、3件ほどしか来なくなった。
東京武蔵野に越した昨年は、ついにゼロ。

だから、このままゼロ成長が続くだろうと、私は覚悟をしていた。

しかしである。
今年は、いま現在、なぜか7件の依頼が来るという乱れ咲き(?)。

営業に、全く力を入れていないのに。

な、な、な、なんでだろう?

依頼人は、近所の自治会長さん。
私が住んでいるオンボロ・アパートのオーナー。
高校一年の娘の友だち二人。
移動豆腐・納豆販売のお兄さん。
ヨメのパート先の花屋さん。

そして、杉並の建設会社の社長。

正規の印刷ではなく、インクジェットプリンタでいいというのだが、それならご自分でなさったほうが・・・・・。
などと、商売人が言ってはいけません。

なぜ依頼が増えたかを詮索しても意味がないので、インクを大量に買い込み、ただいまデザインを練りこみ中。

まあ、しかし、どうせ、来年はまたゼロですよ。
そうに決まっている(ネガティブな発想)。



ところで、杉並の建設会社の社長さん。

私は、この人が(マイペース過ぎて)大変苦手なのだが、なぜか最近仕事を回してくださるようになった。

最初は、ホームページだけだった。
しかも、まったくHPの仕組みを理解していないから、毎回クレームの嵐で、それに対処するのが大変だった。

いまもクレームは多いが、同時に、いただく仕事も多くなった。

まずは会社創立12年目で、初めての会社案内。
初めてのチラシ。
ロゴのリニューアル。
名刺のリニューアル。
そして、年賀状。

「忙しいのは、わかるけどよ。ちょっと急いでくんないかな」

急ぎと言われましても、一ヶ月以上は、かかりますよ。
会社案内は、印刷会社とも相談しないといけませんし。
それに最初にお断りしておきますが、印刷会社さんは年末忙しいので、年内の印刷は無理です。

世界で一番せっかちな顔デカ社長は怒るかと思ったが、思いのほか機嫌よく「俺も、そこまで無理は言わないわな」と頷いてくれた。
「ただ、ロゴと年賀状だけは、大急ぎだぜ」


承知しました(無表情に)。


ロゴは不得意分野なので、友人の一流デザイナー・ニシダ君に、丸投げした。
(申し訳ありません。わたくしはデザイナーのクズでございます)

ロゴ以外の仕事に関しては、ほぼ7時間かけて、詳細に打ち合わせをした。
その間に、昼メシとして、出前で天丼の上を取ってくれた(生まれて初めての「天丼のジョー」。美味かったジョー)。

そのとき、社長に言われた。
「チラシなんだけどよ。あんた、他の会社のチラシは、参考にするのかい?」

いや、参考にはしません(恐る恐る答えた)。

なぜ恐る恐る答えたかというと、むかし熊谷のハウスメーカーにチラシを依頼されたとき、私が他社のチラシは全く見ませんと言ったら、そこの社長に「それは勉強不足だ! おたくは、どれほど偉いんだよ!」と言われたことがあったからである。

そのとき私は、さらに、こう答えた。

ハウスメーカーのかたが他社のチラシを見て、他社が採用している住宅設備や間取り、そして価格設定などを参考にするのはわかりますが、それは売る側には参考になっても、デザインする側は、むしろ参考にしないほうが、オリジナリティのあるものが作れると私は思っています。
だから、私はチラシは見ないんです。

すると、社長は「話にならないな」と言って、問答無用で私を干したのである。
一年以上、その会社からは、お呼びがかかることはなかったが、ほとんど忘れていた時に「頼めるかな」という電話があった。

そのとき、お互いの心に前回のわだかまりがあったとは思うが、お互いそのことに触れることなく、チラシを見る見ないの話題を避けて、チラシづくりをすることになった。
ただ、どことなくギクシャクは、していたと思う。

その社長は、考えが毎回迷走する人だったが、以前にも増して迷走の度合いが強くなり、結局その会社は倒産した。
チラシ2回分とホームページの請負代金の回収は、できないまま終わった。


だから、今回私は、その社長の問いに対して、恐る恐る答え、身構えたのである。
この社長なら、「勉強不足野郎が!」と罵るかもしれないと思ったからだ。

しかし、社長は、上機嫌の顔を崩さず言った。

「ああ、いいね。そうだよ。それでいいんだよ。他のチラシや会社案内なんて、絶対に真似てくれるなよ。そんなんじゃ意味がねえからな。ここは意外なヤツをさあ、作ってくれよ。まあ、じっくり時間をかけようじゃねえか」

身構えていた時に、想定外の男前のお言葉をいただき、私は身が震えた。

感動した、と言ってもいい。

これは、頑張らなければ、と思った。


だが、そんな風に、両方の拳に力を入れて感動に浸っているとき、社長がデカい顔を私の前に突き出し、私の顔を指さして言ったのである。

「あんたさあ、苦労してるよな。鼻毛が出てるぜ。それも白い鼻毛がな。なんか、白髪の鼻毛って・・・・・哀れだよな」


ハッ、ハナゲー!!


全身の力が、抜けたワタクシだった。


2011/12/14 AM 05:33:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

時間の無駄
図書館で、出会った男。

今年の10月頃、これから書くコラムのネタを提供して欲しいという、大学の後輩からの依頼があったので、そのネタを探すために最近図書館に行くことが多くなった。

インターネットで、ネタ探しをしてもいいのだが、ネットの情報は正確でない場合がある。
引用元を間違えていたり、歪んだ自己主張を所々に取り入れたりしている場合があって、信頼の置けない記述があったりもする。

だから、自分で図書館で調べたほうが、正確な情報を手に入れることができる。
この程度のことで、手を抜いていてはいけないと思い、暇を見つけては図書館に通っているのである。

行くのは、武蔵境駅前の、今年開館したばかりの図書館だ。
天井が高く、空間が広々ととってあって、圧迫感が全くない。
配置に気を配っているので、動線がしっかりしている。
だから、歩き回ったり、目的の本を探すのに、ストレスを感じない。

なかなかよくできた設計だと思う。

この図書館には、週に1回以上、行っているかもしれない。
そして、毎回ではないが、この二ヶ月の間に、何度か見かける男がいた。

2度目に、お互いの存在を認めたとき、どちらからともなく会釈を返した。
ただ、会話を交わすことはしなかった。

おそらく40歳くらいだと思うが、人慣れした営業マンのような雰囲気の男で、時に話しかけたそうな空気を発散したが、それを感じるたびに私は、同じフロアの違うエリアの椅子まで早足で歩いていって、本を読むことに没頭したから、話しかけられることはなかった。

一見、人当たりの良さそうな人は、時に胡散臭いことがある。
私の高感度のアンテナが、そう警告を発していた。


しかし、昨日は油断していた。

本を調べている間、男の存在を完全に忘れていた。
男が来ていることも知らなかった。
だから、「近づくなオーラ」を出すのを忘れていた。

話しかけたがっている人間に、隙を見せてしまったのである。
調べ物を終えて立ち上がったとき、男と目が合ってしまったのだ。

「いつも熱心ですね」と声をかけられた。
客商売を長年してきたかのような、人当たりのいい声と喋り方だった。
適当に相槌を打っているうちに、1階のマガジンラウンジのそばのテーブルセットに座らされていた。

私は、初対面の相手に、相手の素性を聞く趣味はない男だ。
しかし、相手が勝手に喋るなら、とりあえず全部聞くという親切心と忍耐力は持っている。

43歳の男。
9月に会社が倒産して、求職中らしい。
ハローワークの帰りに、いつも図書館に立ち寄って、資格関係の本を読んでいるという。

「いいですよね、この図書館は。何時間いても苦になりませんよ」
「図書館って、こんなに居心地のいいところなんだって、初めて知りましたよ。なんせ9月までは、そんな余裕もなく働き詰めでしたから」
「ただ、こんな居心地のいい空間に慣れてしまうと、体全体のネジが緩んでしまいそうで、怖いですがね」
「同じ階にカフエがあるんですが、そちらでお茶でもどうですか。失礼ながら、奢らせていただきますよ」

カフェはいいですが、割り勘で。

カフェに場を移して、男の独演会が続く。
勤めていた会社は、紅茶を輸入していたところで、毎日首都圏のスーパーやショッピングモールでデモンストレーションをしていたらしい。
紅茶の事業に関しては、(私は知らなかったのだが)静かな紅茶ブームだったので、業績は悪くなかったという。

しかし、2年前に社長が他の事業を始めてから、それが業績の足を引っ張り、短期間のうちに、いとも簡単に倒産したという。
「年収550万がパーですよ。女房の奴が、しっかり者なので貯蓄がそこそこあるんで、すぐに生活に困ることはないんですが、家では肩身が狭いですね。無職なんですから」

そう言ったあとで、男は「それに、子どもたちが揃って反抗期なんで、よけい神経を使うんですよ」と大袈裟にため息をついた。

子どもは、上が中学2年の女、下が小学5年の男だという。
「娘はもう、半年以上、口を聞いてくれませんよ。息子もお姉ちゃんの真似をして、最近は僕を完全に無視です。理由を聞いても、まったく答えてくれません。まあ、理由がないから反抗期なんでしょうけど」
男がまた芝居がかったため息をついて、コーヒーカップを口に運んだ。

一見、深刻に悩んでいるように見えるが、どこか芝居を演じているような他人事めいた雰囲気も、その姿からは微かだが感じられた。
まるで営業で、シナリオ通りにデモンストレーションをしているような、胡散臭い部分も、聞いているうちに感じられた。

私の高感度アンテナがマイナスに触れたが、今さら席を立つわけにいかない。
我慢強さでは世界一の私は、相手の話を黙って聞いた。

「どうなんでしょうね、子どもの反抗期って。同じ年頃の子どもを持つ友人に聞いても、いつか終わるから気にするなよ、としか言ってくれないんですよ。どう思います?」

男は目に力を入れて、私の目を突き刺すような鋭さで、見た。

そんな目で見られたら、なにか答えないわけにはいかない。


私の場合は、自分が反抗期がなかったから、自分の子どもに反抗期が来ることが、想像できなかった。

私の思春期には、父親が一ヶ月に一回も家に帰ってこない人だったので、父親に反抗する機会がなかった。
そして、私には3歳年上の姉がいるのだが、この人が、他と比べようがないほど自己中心的な性格をしていたので、幼いころから祖母と母に大きな悩みの種を与えているのを知っていた。

それを知っていたから、家族を養うために一所懸命働いている母に、反抗するなどという罰当たりなことができるわけがなかった。
その結果、私は反抗期を迎える機会をなくしたため、とても歪んだ性格になった自分を、今になって持て余しているところである。


人間としての精神形成の過程では、反抗期は、あったほうがいいと思う。


ただ、私の子どもたちも、反抗期を通らずに大きくなっている。

時に、母親の無神経な言葉に反応して、反発することはあるが、毎回反発しているわけではない。
無神経な言葉に、反発するだけだ。

あんな言い方をされたら、俺だって反発するよな、という程度のものだから、これは反抗期ではないだろう。


「弁当のおかず、レンコンのキンピラだけ残したからな。今日は、キンピラを食べたい雰囲気じゃなかったんだ。反抗期だからな」
娘が、笑いながら言う。

これも、おそらく反抗期ではないだろう。

「白のダウンジャケットを買おうと思ったんだけど、濃い紫のにしたよ。白は、なんか、つまんねえし」と息子が言う。

これも、おそらく反抗期ではない。


フリーランスになって、12年。
その間、濃厚に子どもたちと接触してきた。
学校行事には積極的に参加したし、子どもの友だちとも仲良くなった。

子どもたちは、そんな私を父親とは思っていないのではないだろうか。

ともだち。
遊び相手。

父親だと思っていないから、彼らは私に反抗しないのだ。
喧嘩になることもない。


だから、父親ではなく、友だちになってみたらどうですか?


そう言おうと思って、「うちの子には、反抗期はなかったですね」と話し始めたら、男は突然シャッターを占めるように「ああ、じゃあ、参考になりませんね。いいです、いいです!」と勝手に話を終わらせてしまったのである。


それは、見事なほど徹底した拒絶だった。


中学生というのは・・・・・特に女の子は、多感な年頃ですから、と私が言っても、男は無言。

一生反抗期の子どもなんていませんから、と言っても、無言。

完全に無視された。



何だよ! ただ愚痴を聞いて欲しかっただけかよ!



時間の無駄だった。



2011/12/10 AM 08:56:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

老後、人生の幕引き
埼玉から東京武蔵野に引っ越してきて、確実に変わったことがある。

得意先で、倒産する会社が、なくなったことだ。
請負代金の支払いも、滞らなくなった。

東京に越してくるとき、失礼ながら顧客を選別した。
これから先、お付き合いさせていただいても、私にとってメリットのない取引先は、丁重にお断りしたのである。

それが、良かったのだろうか。

ストレスまみれの生活から開放された。

埼玉にいた頃は、一番悲惨だったときは、一年に3社の得意先が倒産した。
もちろん、請負代金の回収は、できなかった。

倒産までいかなくても、支払いの先延ばしを受けたことは、数限りなくあった。
多いときで、月に3社から延滞の申し込みを受けた。

もともと稼ぎが少ない中での、支払いの先延ばしである。
外注先への支払いと家賃を支払い終えたら、いくらも残らない、という絶体絶命の危機に瀕したこともあった。

さらに、我が同居人は、一日でも入金が滞るとパニックになるという性質を持っていたから、それに対処するのにもエネルギーがいった。

「どーすんのよ!」の連射で私を攻撃するのだが、相手が払えないというものを、今すぐ払え、と強要するわけにはいかない。
毎回、ここは、とりあえず何とかするから、と言って、パニック真っ只中の同居人を説得した。

しかし、これが度重なると、私の身の置き場がなくなる。
病気がちの義母を引き取ってからは、ますます自分の居場所がなくなった。
身が細った。

「どーすんのよ」攻撃を受けたあとは、家族が寝た後で、1.5キロ離れた「隠れ家(知り合いが所有している倉庫)」まで行き、毎回金属バットの素振りを500回して、心の中で膨れ上がった黒いものを吹き飛ばした。

予定通り入金されていたときは、嬉しくなって、やはり夜「隠れ家」に行って、いいちこで祝杯を上げた。

こんな生活が、心と体にいい訳がない。

だから、いつも周りからは「疲れた顔してるね」「不健康な顔だな」などと言われた。

うるせえよ、と、その都度反発したが、そのことには、自分でも気づいていた。

鏡を見る習慣はなかったが、自分がどれだけ荒んだ顔をしているかは、想像できた。

家族あっての自分だと思っていたから、フリーランスを辞めたいと思ったことはなかった。
しかし、続けていく自信は、かなり薄らいでいた。

あっちこっちに無数の穴があいた船で、目的地まで行くのは無理ではないか、と弱気になったこともあった。
一つの穴を補修しても、違う箇所に、穴が一つ二つまた開くのである。

疲れるだけではないか。

だが、穴が開いていても、進まなければ、船は沈没するだけだ。
進んでいけば、前に行きさえすれば、沈没はしなくてすむかもしれない。

それだけを信じて、前に進む。


埼玉では、そんなことの繰り返しだった。


東京武蔵野に引っ越した事情に関しては、以前書いたので、ここでは書かない。

自分の中では、逃げたつもりはないが、埼玉での生活にウンザリしていたことは、事実だ。
嫌な柵(しがらみ)を切るつもりで、自分にとって役に立たないと思った得意先は、切った。

まとまった仕事を出してくれた得意先でも、私が気持ちよく仕事ができないと思ったところも、切った。
いつか、私の生活に穴を開けそうだな、と思った得意先も、切った。

その結果、自分が納得できる仕事を回してくれるところだけが、残った。


いまのところ、それが、いい方向に回っているようだ。


浦和のドラッグストアの社長、静岡の広告代理店、新宿御苑の澁谷氏、桶川のフクシマさん、横浜元町の松雪泰子似の美女、杉並の建設会社の社長、アパートのオーナー、小平市の病院、稲城市の同業者、WEBデザイナーのタカダ君、一流デザイナーのニシダ君。

感謝しています。

月々の入金が計算できることが、こんなにも気持ちに、ゆとりを与えるなんて。
当たり前のことが、こんなにも嬉しいなんて。

逆に考えれば、埼玉にいたときの商売が、どれだけいい加減だったか、ということだ。

要するに、商売が下手くそだった。

それは、間違いなく私のせいだったから、誰かを恨むのは、自分勝手というものだ。


私の今の目標は、息子が大学を卒業して、普通に就職してくれること。
そして、娘の大学入学費用を工面すること。

子どもたち二人が、無事大学を卒業して就職したら、俺の役割は終わる。

普通の人が考えたら、ずいぶん低いハードルと思うかもしれない。
しかし、己れの力量と性格を冷静に分析すると、この俺が、自分の子どもを大学に進学させることができるなんて、とてつもない奇跡に思える。

生きるのが下手で、商売が下手で、人間関係を構築するのが下手な俺が、普通の親のように家族を養っていけるなんて、夢だ、とずっと思っていた。


本当に夢だったりして・・・。


先日、高校一年の娘が、私の顔を正面から見て、言った。

「おまえ、オレが大学を卒業したら、放浪の旅に出ようなんて思ってるんじゃないだろうな」


図星だ。


ヨメは、物心ついたときから、ある宗教を信心しているから、ゆとりができたら、そちらの方にさらに深く傾倒するだろう。
しかし、私は、生まれついての罰当たりなので、宗教の有難みがわからない男だ。
だから、宗教に傾倒することはない。

すると、自ずと別々の老後を歩むことになる。

放浪こそが、俺の人生。
などと、格好をつけて、ノートパソコンひとつをバッグに忍ばせ、それで仕事をしながら、各地を歩き回るのが、一番ふさわしいのではないかと思っている。

パソコンの中に、仕事道具を格納しておけば、今のご時世、それなりに仕事はできるだろう、と楽観的に考えている。

旅先で体の自由がきかなくなったら、そこで幕を引けばいいだけのことだ。



そんな老後を、私は夢見ている。



2011/12/06 AM 05:35:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

迷子がウジャウジャ、そしてクリストファー
ネット住民のごく少数が、嫌いなもの。

韓国、中国、在日、K-POP、フジテレビ、民主党、蓮舫、ワタナベツネオ、シマダシンスケ、創価学会。


ごく少数の人たちに流行っているもの。

K-POP、AKB48。


狭い世界の少数が、歪な形で少数を排除する。



自分が嫌いな対象を表現するとき、言葉を崩して表現することが、ネットでは流行っている。

たとえば、マスゴミ、ウジテレビ、キモヲタ、ゴミウリ、姦国など。

表現している本人は、相手を貶めて得意げかもしれないが、これは、本人が思っているほど気の利いた表現ではない。
むしろ、そう言っている本人が、貶めているはずの対象物と同じ程度か、あるいは下のレベルで強がりを言っているとしか捉えられない。

私の場合も、大新聞社が所有する野球集団を「東京ジャイアンツ」と称して、正当なチーム名で表現するのを拒否している。
その表現が、幼稚な批判精神から来ていることや、自分が大新聞社に対して、ちっぽけすぎる存在であることを強調するものだということを、私自身は承知している。

言えば言うほど、自分が小さく思える。
こだわれば、こだわるほど、自分が人間として成長していないことを思い知らされる。

それは充分わかっているのだが、心が狭いから、歯止めがきかない。
だから、また言いたくなる。

その結果、心の狭い人間は、己の心の中で迷子になる。
ネットにはまりすぎて、自己の本質を見つける能力が退化するから、出口が見えなくなる。

ネットには、迷子が、ウジャウジャいる。



迷子と言えば、その大新聞社所有の野球集団。

ご老人ふたりが、幼稚な喧嘩をして、晩節を汚し、迷子状態になっている。

その一方の人が、外国人特派員協会で、独演会を開いたらしい。
しかし、外人さんたちの反応は、冷ややかだったといくつかの記事が伝えていた。

その中で、作家のロバート・ホワイティング氏の言った言葉が、面白かった。

「(独演会を開いた老人は)アメリカのGM制度を引き合いに出したが、一緒にするのは違う。メジャーはビジネスとして確立しているが、巨人軍は読売のオモチャでしかない」

私も同意見だ。

かの野球集団は、大新聞社の会長のオモチャでしかない。
オモチャという表現が不適切なら、新聞拡販のための道具と言い換えてもいい。
全国展開をしている大新聞の企業広告アイテム。

だから、他のチームが地域に根付く戦略で集客を増やしているにもかかわらず、かの大新聞社は、球団は新聞拡張グッズだというスタンスを崩さない。
そして、地域密着型の経営方式を取らず、大新聞社の名前を前面に出すことに、強いこだわりを持っている。
(その大新聞社は、かつて自己所有のサッカーチームにも新聞社名を付けて、サッカー協会と真っ向対立した)

同じように球団名に企業の名を記しているが、地域に根ざした経営をして成功しているホークスやファイターズ、タイガースとは、その点が違う。

その野球集団は、新聞拡販という使命を下ろすことをしないから、立ち位置が中途半端だ。
そして、地域の熱心なファンを掘り起こすことに、怠惰である。
いまだに殿様商売をしている。

昔ながらの熱心なファンはドームに足を運ぶが、その熱心さが周りまで広がらない。
地域型は、クチコミが伝わりやすいが、全国型は、伝わりにくい。

プロスポーツ集団の未来は、それぞれが地域に根ざして良質のファンを開拓し維持しなければ、衰退の一途を辿るだけだろうと私は思っている。

球界の盟主だというプライドは、現代の野球経営にとっては、むしろマイナスだ。
その種の自己中心的な幻想に、今のファンは惑わされない。

野球だけが娯楽だった時代は、遥か昔に過ぎて、今や野球は、数多くある娯楽のうちの小さなピースに過ぎない。

そこを見誤るから、野球黄金時代の幻想を持ち続ける老人たちが、埃まみれの既得権を振りかざして、他球団への迷惑も顧みず、オモチャを取り合う喧嘩をするのである。

球団というオモチャを老人たちから取り上げないと、同じような喧嘩は、また起きるだろう。

大相撲も「年寄」という名の親方たちのオモチャだが、大相撲とプロ野球、どちらが消滅するのが早いか、という悲喜劇が起こらないとも限らない。


老人たちに必要なのは、球団という名のオモチャではなく、誰もが納得する引き際ではないか、と私は思っている。



話変わって・・・中央線に乗っていたときのことだった。

新宿駅から同じく乗ってきたのは、小学校高学年と思われる子ども二人。
高価そうなランドセルと、高価そうな制服。
おそらく、私立の小学校に通っている子どもだろう。

その年で、二人とも高級そうな眼鏡をかけて、裕福が洋服を着ているようなセレブさを撒き散らしていた。

ひとりの体型は普通だったが、もう一人は、かなり丸い体型をしていた。
漫才コンビ、中川家の礼二をミニチュアにして、かなり太らせたような容貌だ。

ただ、愛嬌があるとは言えない。
どちらかというと不遜な面構えと言っていい。

午後4時の中央線。
私の目の前に、太った男の子が、両足を全開にして座っている。
もう一人は、足を揃えて座っている。

私は、足を全開にして座る男が嫌いなのだが、そのことに関して、今回は問題にしない。
太りすぎているために、足を揃えることができないかもしれないからだ。

ランドセルからiPadを取り出して、何かゲームらしきものをしているのも気にしない。
家で、ゲームをすると、母親に叱られるかもしれないからだ。

iPadでゲームをする合間に、隣りの男の子に「チョコレートくれ」とアゴで命令して、チョコレートを齧ったままゲームをしているのも気にしない。
腹が減っているかもしれないからだ。

ゲームに失敗すると、両足をドンドンさせて床を踏み鳴らすのも気にしない。
嫌なことがあると、大人でも辺り構わず、ドンドンさせる奴はいるからだ。

しかし、隣の子が荻窪駅で降りるときに、太った子に向かって「じゃあ、また明日な、クリストファー」と言ったのを聞いて、私の眉が吊り上がった。

クリストファー?

この傲慢な顔をした、デブのメガネ(差別用語を使いましたこと、お詫び申し上げます)が、クリストファーだと?

まさかの・・・・・・・外人?

あるいは・・・・・・・ハーフ?

予想外だ。
心の居心地が、急に悪くなった。

しかし、そのあとの彼の行動に、私はさらに居心地が悪くなったのである。

荻窪からは、それなりに人が乗ってきて、彼の隣の席もすぐに埋まった。
それまでは立っている人はいなかったが、荻窪駅を過ぎてからは、立っている人を数人見かけた。

電車が荻窪駅を出てすぐ、目の前のクリストファーが、突然立ち上がって、遠くの方に声をかけたとき、私は驚いた。
私は気付かなかったのだが、4、5メートル先に、杖をついた男の人が立っていたようだ。

それに気づいたクリストファーが声をかけ、その人に向かって自分の席を指さし、手招きをしたのである。

杖の男の人が歩いてくると、デブとは思えない俊敏な動作で、iPadをランドセルにしまったクリストファーは、礼儀正しい仕草で軽く頭を下げ「どうぞ」と言った。

その流れるような見事な「席譲り」行動に、私は見とれ、見とれたと同時に自分を恥じた。

傲慢な顔をしたデブメガネ(またしても差別用語、ゴメンナサイ)が、身についた見事なマナーで席を譲る様を想像できなかった私は、愚か者と言われても仕方がない。

私は、傲慢なデブに対して、明らかな偏見を持っていた。
傲慢なデブ(差別用語、ゴメンナサイ)は、そんなことはしないものだと決めつけていた。

私は、己れの狭い心を恥じた。

吉祥寺駅で降りていく、クリストファーの神々しい後ろ姿。
その姿は、毅然として見えた。


ごめんな、クリストファー。
そして、ありがとう、クリストファー。



私は、クリストファーの後ろ姿に向かって、軽く頭を下げた。


2011/12/02 AM 05:44:33 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]



(C)2004 copyright suk2.tok2.com. All rights reserved.