Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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ウンザリする話
あまり評判がよろしくないのだが、また実の姉のことを書く。

今まで十数回書いて、40通ほどのメールをいただいた。

7割が私への非難。
そして、3割が同情。

私が一番欲しいと思っているアドバイスは一つもない。

姉のケースが特別なので反響がないのかと思ったが、どうやら、そうではないらしい。
そういう問題では、なかったようだ。

前回、姉のことを書いたとき、メールを二通いただいた。
それが、二つとも基本的に、ほぼ同じ内容のメールだった。

「読んでいて、あまり気分のいいものではない」
「つまらない」
「そんな話には、興味がない」

どうやら、アドバイスをいただきたい、という私が切実に希望したことは、伝わっていなかったようである。


「興味がない」と言われたら、撤退するしかない。

そこで、今回で、姉の話は最後になります。



二日前、母から電話がかかってきた。

具合でも悪いのか、と思ったが、「私は、意外と元気」とよく通る声で、母が答えた。

しかし、そのよく通る声が、すぐに曇る。
また姉のことだな、と思った。

「明日、あの子がお医者様に行っているときに、来れないかしら」

急ぎの仕事がなかったので、昨日、知り合いに原付を借りて新丸子まで行ってきた。

ひと通り、母の体のことを聞いたあとで、本題に入った。
「あのね」と言いにくそうに、母が言う。

姉に関することは、いつも言いにくそうである。
お決まりの「私の教育が悪かったばかりに」と言われる前に、話を促した。

姉の行いについては、姉が現在かかっている精神科の先生に「これは教育とか躾の問題ではありません。ご病気です。だから、たとえマザー・テレサや春日局が育てたとしても、結果は同じだったでしょう」と心強いことを言われている。

ただ、「今はお薬も効果的なものがありますし、サポート体制もある程度整ってきました。ですから、もう少し前に受診なさっていたら、ご家族の苦しみは軽減されたのではないかと思われます」とも言われた。

確かに、そこが悔やまれるところだ。


話は逸れるが、姉には際立った性格がある。

姉は、自分のことを「私は世界一不幸な女なの」といつも言っている。
女医さんにも毎回言っているようだ。

普通の人の感覚では、生涯で一年程度しか、まともに働いたことがなく、気が向いたらパチンコや競馬に行き、住むところや食うものにも困らず、毎日グータラしている人間が、不幸な訳はないと思うのだが、姉は真面目にそう思っているのである。

子どものときから、そうだった。

「可哀相な子ねえ」と言われると、異常に喜ぶという性癖を持っていた。

私などは、可哀相とか辛そうだねえ、痛くないの、とか大丈夫? などと言われると、喧嘩を売っているのかと思う(それはそれで異常か)タチだったから、姉のその性癖が全く理解できないでいた。

祖母などは、その姉の性癖を大きく包み込むように理解していたから、「ああ、可哀相だよねえ」といつも言っていたが、毎日フルタイムで働いている母は、そんな余裕がなかったせいか、いつも「ハイハイ」で済ませていた。

しかし、そんな母の反応の方が、私には正常に思えた。

ただ、女医さんは、「いくらでも可哀想と言ってあげてください。本人がそれを望むのなら、それがお姉さまにとっては、一番の薬なんです」と言うのである。

専門家のご意見ではあるが、そのことに、私は全く納得していない(母の苦労が否定されたような気になるからだ)。



話を戻して。

「言わなかったことなんだけどね」と、母が下を向きながら言う。

昨年の12月から、母が色々な面で衰えを自覚したこともあって、家計の管理を徐々に姉に任すようになったというのである。
浪費癖のある姉だが、これから先、母親である自分がいなくなって一人で生活していくとき、一番大事なのは、お金の管理である。
だから、遅ればせながら、お金の大切さを理解させるためにも、姉に財布を預けてみようと思ったというのだ。

公共料金以外の管理を姉に任せた。

しかし、毎月5万円以上の不足金が出る。
そこで、母の乏しい蓄えから、毎月補填する。

その繰り返しだったらしい。

そして、7月末。
年金の支給日まで、あと3週間近くあるのに、姉の財布は、ほぼ空っぽ。

いったい、何に使っているんだろう。
趣味のパチンコか、それとも競馬?

そう思ったのだが、母が言うには、東日本大震災以来、パチンコも競馬もやっていないようだという(それは感心)。

そこで、母が姉の部屋で発見したもの。
姉は、買い物をすると必ずレシートを保管するという、素晴らしい習性を持っていた。
几帳面に、日付の順に、ノートに貼っておくらしい。

母は、そのノートを見て、驚いて私に電話をしてきたようだ。

なぜ、驚いたか。
それは、毎日駅前の東急ストアに買い物に行き、姉が毎日4千円前後の食品を買っていたからだ。

毎日、4千円である。
一ヶ月で約12万円。
エンゲル係数が、異様に高い。

二人暮らしの食費が、12万円!

我が家は、大食漢の居候さんがいたときでさえ、5人家族で5万円を超えたことがない。

何という贅沢。

実家では、母の握力が極端に衰えて、料理をするのが辛くなった。
本来なら、姉がすべきところだが、子供の頃から包丁やハサミが怖いという厄介な恐怖症を持っていたから、姉は料理ができない。

そして、今年の一月に私の義母が火災で亡くなったということを重く受け止めた姉が、ガスコンロを廃棄処分にした。
そのとき、なぜか包丁まで捨てた。

要するに、料理をする環境がなくなった。
だから、東急ストアで、惣菜を買いまくっているのか。

しかし、毎日4千円とは!

どんなものを買っているのだろう、とレシートを詳しく調べたら、調理された肉と刺身ばかり。
4千円分の肉と刺身。

どれだけ、いい食材を使っているんだ!
私には、想像もつかない。

そして、サラダのたぐいは、3日に一度くらい。

バランスが悪い。

白いご飯まで買っている。
炊いたほうが安いだろうに。

これ、全部食ってるの? 全部食ったら、カロリーが多すぎるんじゃない?

「余ったら、冷凍しておけばいいと思うんだけど、『冷凍はまずいから』って、あまったら棄てるのよ」


怒りで、寒気がしてきた。


毎日が、4千円の高級惣菜三昧で、余ったら棄てるだとぉ!


大切な食い物を何だと思っているんだ、あのバカ!
働いたことがないから、金のありがたみがわからないんだな、あのバカは!
(これが最後なので、今まで絶対に書けなかったフレーズを書いてみた)


悪寒がする。
吐き気がする。

この震える握りコブシを、俺はどうしたらいい?


「どうしたら、いいもんかねえ?」

震える声で、母のつぶやき。


財布を即刻没収。

それしかない。



1時間後に、姉が帰ってきたので、電話で精神科の医師の許可を得たのち、財布と銀行のカード・通帳を没収した(財布には、890円しかなかったが)。

その後の修羅場については、書きたくない。


もう、嫌だ!


ああ! もうウンザリだ!








アドバイスは、もういりませんので。

(あるわけないか)





(なお、これからの実家の食事については、仕出し弁当屋さんと契約するつもりだ。一日三食だと毎月7万2千円かかるが、肉と刺身の惣菜より遥かにバランスはいいだろう。来週、試食をさせてもらう予定だ・・・・・・ただ、その弁当も姉の分は棄てられる運命にあるかもしれないが)



2011/07/28 AM 08:07:41 | Comment(3) | TrackBack(0) | [日記]

3.3パーセント好きに
人間の意外な一面。

7月12日のことだから、二週間近く前のことになる。

お得意先、杉並の建築会社の社長からお呼びがかかったので、気が進まなかったが、行ってきた。


ここの社長は、どうでもいいことで電話をかけてきて、私の貴重な時間を潰すのを趣味としている。
そして、HPのどうでもいい箇所の更新をしたあとで「ああ、また元に戻しておいてよ」と平然と言って、私の時間を奪うことを趣味としているという素晴らしい性格を持った人でもある。

そして、「アクセス数向上のために金は使わねえよ」と言いながら、「アクセス数が上がらねえんだよな」と毎回のように恨み節を言って、私を困らせる男だ。


今回のご依頼は、今後のホームページの展開に関して「話し合おうじゃねえか」という極めて「悪い予感」を感じさせるものだった。

そのとき、私はある事情があって、首から下が不自由だったのだが、脂汗を流しながら自転車に乗って杉並の建築会社まで行ってきた。


事務所に入るなり、言われた。

「おい、おい、何だよ、アンタ! 病人じゃねえか!」

見抜かれた?

いやいや、そんなことはなかろう。
私は、体調の悪さを隠す能力・世界一の男である。
そんな簡単に見抜けるわけがない。

いつものハッタリに決まっている。

ありえませんよ。

病人って、何のことですか。
とぼけた。

すると、社長は、身を乗り出して、私を指差したのだ。

「おい! 俺をなめるなよ。俺は、高校を出てすぐにドカタになったんだ。ペーペーのドカタの頃から、色んな事故を見てきたよ。俺は自分は事故に遭いたくねえと思っていたから、その辺のことには敏感なんだよ。事故ったあと、人がどんな表情になるか、どんな動作をするか、で大体のことは判断できるんだ。このまま作業したら、コイツは絶対に危ねえってのも俺にはわかるんだよ」

そこで、社長は大きく息をついで、また一歩私に近づいた。

「俺はな、会社作るときに誓ったんだ。絶対に事故だけは出すまいってな。事故ったら、そいつも含めて家族や恋人とか、みんなを悲しませることになる。そんな悲劇は、俺には耐えられねえ! だから、事故に関しては、毎日毎日厳しく、うるさいくらいに念を押すんだ。どんなにうるさく言っても言い過ぎってことは、こういう稼業には、ねえんだよ! 命がかかってるんだからな」

そして、ひときわ大きな声で、「俺は人様の命を預かってるんだ!」。

「事故ったら、会社を畳む。毎日、その覚悟で俺は仕事をしてるよ。中途半端な気持ちじゃ、この稼業はやってらんねえ!」

すごい迫力だった。
圧倒された。

そのあと、少しトーンを落として、社長は言った。
「アンタ、絶対に、どこか悪いよ。俺にはわかる、骨とか折ったような顔色だぜ」


な、何をおっしゃいますか。
私は・・・・・、まったく健康です。
ホント正常ですよ。


フン! と鼻で笑われた。
「医者には、行かないのか?」

どこも悪くないのだから、医者に行く必要は、ありませんね。


ハァーッ、とため息をつく社長。


「俺も面倒くさい人間だと思ったが、アンタはもっと面倒くさい人間みたいだな」
口元に、呆れたような笑いがある。

そして、呆れた顔のまま、社長が言った。

「まあ、しかし・・・・・チョッとだけだがよぉ・・・アンタのことが、俺、好きになったかもな」


社長さん。

(正直言うと、俺もアンタのことが、今までより、3.3パーセント好きになりましたよ)



ハハハハハハハ・・・・・(痛ッ!)。





2011/07/25 AM 06:21:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

なくしたもの三つ
私は、薄情な男である。

ずっと、そう思っていた。


昨年の7月に、ある事情があって、我が家に転がり込んできた娘のお友だち。
私は、その子を「居候さん」と呼んでいた。

飛び抜けてK-POP好きな女の子。
ご飯が大好きな女の子。

「マツコ(私の娘)のパピー(私)の作る料理は、どストライクです! うますぎます。俺は、幸せだぁ!」

ちなみに、娘と居候さんは、自分のことを「俺」と言っている。

我が家に来た最初の頃、洗濯物をどうしようか、迷った。
年頃の女の子が、汚い中年のおっさんと一緒の洗濯機で洋服や下着を洗うことを喜ぶわけがない。

そこで恐る恐る聞いてみた。
「洗濯は別にする? それとも自分で洗う?」

私の問いかけに、居候さんは、何のわだかまりもない声で、こう言ったのだ。
「えー! 何でですかぁ? 別々に洗う理由がないじゃないですか。一緒に洗ってくださいよぉ」

それを聞いたとき、私は、この子は俺の娘だ。この子は、絶対にこの家から嫁に出そう、と決心したのだった。


どんなに仕事が忙しくても、睡眠時間を削って家族のメシを三食作り、洗濯をし、買い物に出かける私を見て、居候さんは「マツコのパピー、神ですよ、神! 俺、尊敬します!」と言ってくれた。

神は、居候さんに、こっそりとお小遣いを渡した。

中学3年の冬、推薦入試で、娘と同じ都立高校を受けた居候さんは、試験に落ちた。
内申点が、娘より少しだけ悪かったようだ。

小学校・中学校を通じて無遅刻無欠席だった実績を評価しない内申点って、なんだ!

激しく憤り、そして落ち込む私に、居候さんは言った。
「マツコのパピー、落ち込まないでくださいよ。俺、面接よりも普通の試験の方が得意なんですよ。絶対に受かって見せますから」

その言葉通り、居候さんは、いつにも増してメシを食い、いつにも増して勉強をし、一般入試に受かった。
インフルエンザにかかるというアクシデントはあったが、無事合格した。

ハイタッチで喜んだ。

そして、居候さんは、この四月から娘と同じ高校に、仲良く通っている。
二人して、私が作るお揃いの弁当を毎朝バッグに詰め込み、居候さんは、米粒ひとつ残さず食べて「美味かったぁ!」と最高の笑顔を毎日見せてくれるのだった。

高校に上がると、いつの間にか私の呼び名が「マツコのパピー」から「パピー」に変わっていた。
それは、私にとって、かなり嬉しいことだった。

パピーはまた、こっそりと居候さんに、お小遣いを差し上げた。

休みの日には、娘と居候さんは、少女時代のコンサートに行き、SHINEE、SuperJuniorのライブにも行った。
吉祥寺に行ったり、下北沢、中野に行ったりもした。

高校生活を満喫する二人の娘を見て、私自身も満足感を味わったりしていた。


俺は、いい娘をふたり持った。


それは、紛れもなく幸せな日々だと言えた。


2011年7月。
都立高校の期末試験が終わった日。

居候さんの実家のトラブルが、突然解決した。

つまり、居候さんが、我が家にいる理由がなくなった。

それは居候さんにとっては喜ばしいことなのに、なぜかうろたえ、混乱する俺。

その結果、自転車で転んで、大怪我をするという喜劇を演じることになった俺。

薄情な俺が、何でこんなことで取り乱すのだろう。
自分がわからなくなった。


居候さんが、いなくなる。

米の消費が減る。
弁当が、娘ひとつ分になる。
洗濯物が減る。
小遣いを渡す楽しみがなくなる。
「パピー」と呼んでくれる人間が一人になる。

なくなるものが多過ぎる。


居候さんは、夏休み中は、新潟に単身赴任中の父親のところに行くという。

居候さんの実家は、我がオンボロアパートから500メートルも離れていないところにあるので、「パピー、2学期になったら毎日学校の帰りに寄るからね」と言ってくれている。


しかし・・・・・・・(寂寞)。


別れの日。
居候さんが、私にぶつかってきた。

抱きしめた(いや、抱きしめられた?)。

言葉はない。
私は、自分の両手をどうしたらいいかをずっと考えていた。

居候さんは、私の背中に手を回して、確実に抱きついている。
しかし、私の両手は、不器用に固まったままだ。

どうしたらいい?
考えているうちに、居候さんの体が離れた。

そして、私の手に残ったものは、折りたたまれた紙。

知らない間に、居候さんが、私の手に押し込んだようだ。

自分の手を見ているうちに、言われた。
「パピー、また来るからな。メールするからな」


居候さんが、帰っていった。


手を開いて、紙を取り出した。

その紙には、カラフルな「LOVE」の文字の下に、力強い字で「ゴッツァンデス」「もっと休んで」「もっと太って」と書かれていた。




今年なくしたもの。


義母と大学時代の女友だち、そして居候さん。





また・・・・・泣くか。



2011/07/22 AM 06:41:00 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

怖い国
女子サッカーW杯、優勝。

Yahooの見出しだけ見ました。
快挙ですね。


ということとは、別の話。
(米国が絡んできます。米国はサッカーは怖くないが、根本的なものが怖い)


高校一年の娘が、飽きずにハングル語を勉強している。
英語も同じように、真剣に勉強している。

何の根拠もないが、語学を勉強することは、いいことである。
違う言語を使うと、脳が活性化する(気がする)。

そこで、娘に負けぬように、私もハングル語を勉強している(娘に命令されているというのが実情だが)。

最初は、記号のような文字の組み合わせに、ナンジャコリャ、と思ったが、半年もするとハングル語の法則のようなものが、それなりにわかってきて、「ヒアリング」はアリの一歩だが、「リーディング」は上達してきた。


ただ、こういうことを書くと、反感を持つ人が少なからずいるのではないか、と危惧する。

インターネットの世界では、韓国や中国を中傷することに、多大なエネルギーを消費する人種が存在する。

そんな人たちにとって、ハングル語は敵性語だと思うからだ。


そして、怖いのだろうか、とも思う。
韓国や中国が。


石原都知事や橋下府知事、楽天星野監督のように、弱い犬は、怖いものに敏感だから、すぐに吠える習性がある。

議論をして負かされるのが怖いから、あるいは、相手の存在が怖いから、相手の意見を無理やり押さえつけて、極論で相手を封じ込めようとする。
討論番組で、政治家や評論家が相手の意見を聞かずに、自分の意見だけを怒鳴るのも、同じように相手が怖いからだろう、と私は思っている。

それに、政治家が相手の意見を封じ込めるのを見て「オラが先生、勝った! 勝った!」「頼もしいセンセだ!」と喜ぶ、愛すべき有権者の存在があるから、強面を気取ったセンセは、よけい吠えることをやめられなくなる。

愛すべき有権者は、誰も正論など聞きたいとは思っておらず、声のでかいほう(もしくは恫喝)が「勝った!」と思う人種なのである。


ところで、北朝鮮、韓国、中国、怖いですか。


北朝鮮は、ミサイルを持っている。
核開発も密かに行なっている気配がある。

だから、怖い・・・・・と。

だが、私は、それは小さな国が他国と交渉するときのアドバンテージを得るための手段として保持する交渉アイテムに過ぎない、と思っている。

独裁者にとって一番大事なのは、「自分の永遠の命」と「自分が支配できる国」の二つである。
ミサイルを使ってしまったら、彼は、一番大事な、その二つを失うことになる。

権力と富を、独り占めしている人間が、その権利を放棄するだろうか。

国とともに滅びるという破滅的な決断をするのは、独裁者の性癖かもしれないが、自らを「○○様」と呼ばせて悦に入っている権力者が、二つの大きな特権を簡単に放棄するとは、私には思えない(楽観的というお叱りは甘んじて受ける)。

だから、○○様は、国民を餓死させることは平気だが、おのれの身分が危うくなる「破滅のボタン」は押さない(と思う)。


北朝鮮もそうだが、韓国、中国は、過去の歴史の中で、世界をリードしたという実績がない。

中国は、遠い昔、アジアをリードしたことがあったかもしれないが、それは周辺諸国が余りにも幼かったからできたことだ、と私は思っている。

小学6年生が、小学1年生を教える。
その程度の優位性だ。

では、日本の場合は、どうか。
異論はあるかもしれないが、無謀な世界大戦に挑むことで、日本は負けはしたが、確実に世界の歴史を変えた。

世界をリードすることはできなかったが、愚かながらも、とりあえず世界に挑んで、歴史の針を僅かではあるが、違う方向に向けさせた。

それは、反省点しかない米国に仕組まれた挑戦だったが、その挑戦に敗れたあと、世界のわずか2パーセントしか人口を持たない国が、世界の17パーセントの経済を担う国に生まれ変わった。
(中国は、世界の20パーセント以上の人口で、いま日本と同等の経済力を有している。逆に考えれば、日本は中国の10分の1以下の人口と資源しかないのに、いまだ同等の位置にいるのだ)

中国、韓国、北朝鮮と同じように、世界をリードしたことがない日本だが、負けた国の実績としては、私は、その業績は「歴史に残る」と胸を張っていいと思っている。

北朝鮮はともかく、韓国は、日本と同じ方向を向いて歩いているもの同士だと、私は勝手に思っている(米軍のアジア基地の一環であるというマイナスの意味も含めて)。

中国は、その独特の中華思想が害をなすこともあるが、お互いの利害関係さえ損なわなければ、米国に対抗するパートナーとして、手を携える相手になりうる国だ。

愛国心が強すぎ、そして未だに第二次世界大戦の傷を引きずっている両国は、終始一貫して「降伏した敗戦国」を仮性敵国にしている。
きっと、怖がり屋さんのネットユーザたちは、そんな両国の姿勢が気に食わなくて、反発をしているのだろう。

もし日本が「敗戦国」のまま没落して、世界の片隅からも置いてきぼりを食らった貧乏国家であったなら、彼らは日本をこれほどまで敵視することはなかっただろうと思われる。

敗戦からずっと歴史に埋もれたままで、世界の進歩から取り残された島国。
彼らは、それを望んでいたかもしれないが、幸運にも日本は復活した。

東日本大震災で、日本は多大な犠牲を払ったが、おそらくこれから先も日本が沈没することはない。

ネガティブ報道が好きなマスメディアや結論を無駄に長引かせることしか能がない与野党政治家は、日本の世紀末を叫んでいるが、彼らのように臆病で狡猾な人種は、懸命に復興しようとしている時期には不要なものだから、彼らの言うことには、聞く耳を持たないほうがいい。
(国家存亡の危機のときは、なぜか官僚のほうが思考がポジティブなようだ)


たとえ韓国、中国が、どれだけ日本を敵対視していたとしても、彼らに世界をリードする力は無いのだから、私は怖いとは思わない。
経済で日本を追い越した中国ではあるが、政治手法は日本と同じで、子どもそのものだ。

やっと手に入れたオモチャを見せびらかしているだけだから、彼らが成熟した大人になれるとは私には思えない。

それに、交戦国でもないのに、平然と反日教育をするような臆病で幼稚な国が、怖い国であるわけがない。
WEB情報を制限するような統制国家の未熟な臆病さも、私は怖いとは思わない。
むしろ、その臆病さを同情したくなる。


私が怖いのは、むしろ米国である。

民主国家のふりをして、自分の意に沿わない国を見つけると、突然殺人兵器を手に取り、他国を蹂躙する。

理屈などないのだ。
自分たちの国に利がないと思えば、どんな理由をつけてでも、他国を破壊しようとする。

金と力を持っているから、それが簡単にできる。
そして、世界の人々が、良かれ悪しかれ「米国が世界のリーダー」だと思っているから、よけいタチが悪い。

米国は、そんな彼らの恐怖心を熟知しているので、いくらでも恐怖心を煽ってコントロールできる。

だから、言ってみれば、第二次世界大戦後の世界は、米国による恐怖支配の図をなしていると言っていい(ソ連は政治的に大人だったが、実力が伴わない独りよがりの大人だった)。

米国は、自国の文化をさりげなく輸出するのがうまいから、いま世界の人々は気づかないうちに米国方式を受け入れている。

しかし、そんな風に緩やかに飼い慣らされているうちに、世界の国々は、米国の諜報機関によって、米国の意に沿わない現象をチェックされ、いつの間にか、米国の敵国にされるという現実に直面する。

第二次世界大戦以降、世界をリードしてきた米国は、その方式で敵国を無理やり作り、破壊しようとしてきた。

時に、住民たちの反撃にあって失敗したことも多々あったが、それでも富と力を持つ唯一の超大国である米国は、いまもお構いなしに、その独断的な方式を崩そうとしない。


どんな国だって、米国から敵対国のレッテルを貼られることは有りうる。

中華思想は、子どもの自我が少しだけ肥大しただけのものだが、米国思想は、絶対的な富と力を持っている分だけ、中国とは比べものにならないくらい現実的な怖さがある。

民主国家の仮面をかぶっている米国。

彼らの言う民主は、「自分に素直に従う子分」に対してだけ保証される民主である。


ありあまる富と力をもったガキ大将に、理屈はいらない。
気に食わなければ、破壊すればいいのだ。

ジャイアン化した超大国には、日米安保同盟や米韓相互防衛条約などは、冤罪をでっち上げれば、簡単に破棄できる程度のものだ。

これは、私の完全なる妄想だが、世界の紛争の半分は、米国が自己の権力と自国の軍事産業を維持するために仕組んでいるのではないかと思っている。

影で、隣接する国の民族意識を煽り立て、紛争の種をつくる。
そして、頃合を見計らって、口を出し、ときに手を出す(兵を派遣する)。
手を出す必要がないときは、裏で武器商人を送り込む。

兵を派遣すれば、当然のことながら自国の兵を失うこともあるだろうが、そのときは敵国を「悪の帝国」あるいは「国際的な犯罪国家」と言ってキャンペーンを張れば、歪んだ愛国心を持った米国民は、戦争を仕掛けた米政府を非難せず、必ず他国を非難するだろうから政府は安泰である。

日中韓の関係なども、それぞれの歴史的な感情を少し焚きつけるだけで、感情的な泥仕合を演出することができる。
中が韓を嫌い、韓が中を嫌う。そして、中韓が日を非難する。
あるいは、米国人の大好きなロビー活動の中で、中韓から日本に対するネガティブな情報を導き出し、米議会で日本を糾弾することなど、米国にとっては、簡単すぎて、むしろ物足りないことかもしれない。

唯一の超大国である「悪代官様」なら、その程度のことは簡単に出来るだろう。


そんな米国が、私は韓国、中国などより、はるかに怖い。


韓国、中国の言うことに、感情論で対抗しているうちに、米国の「AKB(アメリカ仮想敵国撲滅)総選挙」で、いつのまにか一位に輝いていることが、ないとはいえない(1930〜40年代のように)。

米国にとって、アジアの有力国が仲たがいしているほうが都合がいい。

誤解を恐れずに言うと、日中韓が仲良くする、新しい方式の「大東亜共栄圏」は、米国にとって脅威だろうと思う。

感情論に、いちいち反応していたら、米国がアジアを分断する戦略に、いつのまにかハマることになる。



おそらく同じルーツを持った人種同士。
米国の蹂躙を受けないためにも、お互い仲良くしたほうがいいと、私は思っているのだが。



ただ、米国の手のひらで転がされている、この世界。

米国の囁きによって、日中韓のどれもが疑心暗鬼になり、いとも簡単に同盟国を裏切ることがないとも言えない。




裏切りそうな国は・・・・・。




2011/07/18 AM 08:59:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

面倒くさい女心と男心
一昨日、クリアアサヒを飲んでも何ごとも起こらなかった。

体をひねると脇腹が痛いが、完全に痛みのピークは過ぎた。
鎮痛剤も飲んでいない。

治ったとは思わないが、治りつつあると思う。

だから、今日もクリアアサヒを飲む。


ということとは関係ない話を。

女心も男心も、私には、わからない、という話。


ヨメが、頻繁に私に聞く。
「今日、雨降るかしら? 傘持っていったほうがいいかな?」

今日の降水確率は0パーセント。
雨は降らない。
そう答える。

「でも一応、傘、持っていこう!」
(傘が邪魔だった! と帰って愚痴)


「今日、上着必要かな? 寒くならないかな?」

今日は、一日、蒸し暑い。

「じゃあ、上着、持っていこう!」
(荷物になっちゃった! 持っていくんじゃなかったと愚痴)


「パイレーツ・オブ・カリビアン、面白いんでしょ。まだ混んでるかな、入れないかな?」

かなり混んでいると思う。

「そう、じゃあ、観に行ってこよう!」
(希望した時間帯が空いておらず、結局観ないで帰ってきた。もちろん愚痴)


要するに、私の答えなど、どうでもいいのである。
私に何かを聞いてきた時点で、ヨメはもうすでに答えを決めているということだ。


高校一年の娘が通う都立高校の夏の制服は、夏用の指定のスカートとワイシャツにネクタイ、あるいは淡い色のポロシャツ。

ヨメが私に聞く。
「夏はポロシャツの方が、涼しくていいかな? 半袖のワイシャツの方が涼しいかな?」

ヨメが最初にポロシャツといった以上、答えは決まっている。
ポロシャツ以外の選択肢はない。

結果が決まっているのだから、最近の私は、自分の意見を述べないようにしている。
だから、黙っている。


また、先日ヨメが、立川でタオルケットを6枚買ってきた。
何と、一枚5百円だという。
6枚で3千円。

それは、相当お買い得だと思う。
いい買い物をしたのではないか。
だから、褒めた。

しかし、ヨメがいつものように言うのだ。
「買いすぎたかな? 6枚もいらなかったかな?」

買ったあとで、そんなことを言われても困る。
普通、そういうことは、買う前に悩むものであって、買ったあとで悩むものではない。

私は、そんなことでは絶対に悩まない。

私は、そういうのが面倒くさいタチである。


この話を友人たちにすると、意外とみんな紳士なのか、「おまえ、女心がわからないなあ。とにかく、おまえも悩んだふりをしておけばいいんだよ。女はそれで満足するんだから」と、逆に説教された。


女心が、わからないやつだなあ。


開き直るわけではないが、俺は、男心もわからない。

友人たちと待ち合わせて、酒を飲みに行くとする。
「どこに行こうか」「あそこにしようか」「いや、あっちだ」
時間の無駄。


面倒くせえ!

養老乃瀧に行くぞ!

どこで飲んだって、食ったって、おまえら味なんか、わからないだろうが!


居酒屋に入ると、「何食う?」「ここ、何がうまかったっけ?」「何飲む」「いきなり、日本酒いっちゃう?」。
時間の無駄。


ああ、面倒くせえ!

枝豆、つくねスタミナ揚げ、じゃがバター、エビチリ、串焼き大皿盛合わせ、なんこつ唐揚げ、一口餃子、飲み物は全員、大ジョッキだ!


勘定を払うとき、「おい、4人で割るといくらだ? 俺、細かいの持っていたかな?」「えーと・・・・3千いくらだ?」。


面倒くせえんだよ!

イイヅカ、お前が、まとめて払え! 店を出たら、一人3千5百円ずつイイヅカに払う。端数はイイヅカの奢り!


こんな面倒くさい男心なんて、俺はわからなくていい。



先日、ヨメが言った。
「近所に、普通の家を改造したイタリアンレストランが出来たらしいの。ランチが日替わりで980円ですって。まあまあ、安いと思わない?」

要するに、食いに行きたいということだな。

しかし、980円も払って、自分がつくるイタリア料理より不味いものを食わされたら、腹が立つので、私は遠慮した。
娘も、遠慮した。

結局、ヨメと息子、娘と同じ高校に通う居候さんの3人が、食いに行くことになった。


帰ってきたとき、居候さんと息子は「腹いっぱい! 美味しかったぁ!」と言ったが、ヨメは仏頂面。

その日のランチは、鮭のムニエルとショートパスタのトマトソースサラダ。
そして、パンが食い放題だったらしい(これで980円なら安いかもしれない)。

「オレ、パンのおかわり、3回もしたから、ウエストがきつくて死にそうですぅ!」と居候さんは、大変満足そうだった。
息子も負けじと、3回おかわりしたから「満足、満足」と、腹をさすっていた。

しかし、ヨメの言葉は、きつい。

「パパがつくるムニエルの方が、断然美味い! サラダもスパイスが効きすぎて、トマトの良さを生かしていない。あんなので980円も取るなんて詐欺だわ! もう絶対に行かないから!」



面倒くさい女心ではあるが、私の料理の方が美味いと言ってくれたので、その女心は、認めようと思う。





そんな私も、面倒くさい?





2011/07/16 AM 08:41:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

タマシイレボリューション
7月6日、自転車で転倒。

全身を強く打つ。

右の足首が腫れた。
右膝も腫れた。
右肘は腫れて、皮が剥けた。血が出た。
右の手のひらの4分の1の皮が剥け、血がにじみ出た。

そして、肋骨を激しく打った。


突然の雨だった。

傘なしで帰ろうと思ったが、雨足が激しくなったので、折りたたみ傘を開いてさした。
自転車に乗って、傘をさすのは違反である。

つまり、私はバチがあたったのだろう。

普段なら、転ぶことはなかった。
後輪が溝に取られたとしても、バランスをとって転ばないようにするテクニックは、持っていたはずだ。


思いが、他のことに囚われていた。


だから、転んだ。
それも見事に、頭以外の全身を強く打って、転んだ。

中央線・東小金井駅のすぐそばの歩道。
午前11時過ぎ。
奇跡的に、目撃者はいなかった。

痛みで涙目になりながら、ゆっくりと立ち上がり、自転車を起こした。
ハンドルを握ったときに、右手に激痛が走ったが、右わき腹の激痛の方がひどかったので、痛む右手でわき腹を押さえたら、服が血で汚れた。

怪しいヤツに思われそうだが、血の付いたポロシャツのまま、駅近くのドラッグストアに行って、ジェル状の消炎剤と鎮痛剤、消毒液、肌色の包帯、ハサミ、5センチ幅のテーピングと傷口用のガーゼ、太めのサージカル・テープ、アクエリアスを買った。

現金を344円しか持っていなかったので、クレジット・カードで支払った。
数年ぶりのクレジット払い。
ドラッグストアが対応してくれていたので、助かった。

まずは、治療をしなければいけない。
小金井市の公団の公園の一角に、屋根のある東屋があったことを思い出し、傘をささず、約600メートルの距離を、自転車を転がし、夢遊病者のようにして、たどり着いた。

まずしたのは、右の手のひらの治療。
消毒液をたっぷりと傷口にふりかけ、ヒーヒー言いながら、傷口から泡が出るのを見ていた。
血は、ほとんど止まっているようだった。

そして、乾いたら傷口用のガーゼを適当な大きさに切って患部に当て、テープで固定した。
包帯を巻く。
不器用なので、時間がかかった。

一番痛いのは、右の肋骨の一番下だった。
押して確かめる勇気がなかったので、強引にテーピングで固定したのだが、泣いた。

泣きながら、アクエリアスで鎮痛剤を飲んだ。

右足のくるぶしが赤く腫れているのが見えたので、消炎剤を塗った。
右肘にも塗った。

膝も痛かったが、ジーパンを脱ぐ訳にいかなかったので、我慢した。


我が家まで約2キロ。
自転車で普通に走れば、10分程度の距離だが、無事にたどり着く自信がない。

雨は、やみそうだったが、立ち上がる気力が湧いてこない。

鎮痛剤が効いてくれるのを待った。


iPodを取り出して、曲を探した。
私を元気にしてくれるのは、Superflyの音楽だ。

タマシイレボリューション。


スタンドアップ! モンスター 頂上へ
道なき道を 切り開くとき
スタンドアップ! ファイター とんがって
going on、moving on
戦いの歌 未知の世界へ
タマシイレボリューション


4回、曲を繰り返したら、痛みが少し和らいできた。

もう一回聴いたら、帰ろう。

帰れるはずだ。

雨も小降りになってきた。

自転車を出した。
強い振動があると肋骨が痛んだが、気絶するほどではない。
いつもの半分程度のスピードで、左右に気を配りながら、自転車を転がした。


ぼろアパート到着。


痛む横腹を押さえながら、仕事部屋にテントを張った。

そして、ヨメがパートから帰る前に、台所で、冷凍庫にストックしてあった冷凍ものを使って、晩メシの支度をした。

デミグラスソースで煮込んだハンバーグとジャーマンポテト。前日の晩に作った自家製バターロール。
ハンバーグは、弱火で10分煮込め、ジャーマンポテトは、レンジで2分チンせよ、とメモ書きして、冷蔵庫の扉に貼っておいた。

そして、仕事部屋のテントには、「今夜は瞑想の日。瞑想の邪魔をするものは、呪われるであろう」と書いた紙を貼っておいた。


しかし、高校一年の娘だけは、呪いを恐れずに入ってきたが、私の青白い顔を見て、素早く姿を消し、数分後、ゼリー飲料とオロナミンCを差し入れに持ってきてくれた。

そして、言った。
「おまえの痩せ我慢は、本当の意味の『痩せ我慢』だから、笑えないよな」
そう言いながら、新品の制汗シートを置いていった。
俺、汗臭かった?


泣いた。


寝ようと思ったが、寝返りを打つと、息ができないほど痛んだ。

脇腹を二つのクッションで挟むと、多少痛みが和らぐのがわかったので、出来るかどうか不安だったが、寝返りを我慢して、眠る体勢をとった。

眠りは浅い。
全身が痛いのだから、当たり前といえば、当たり前か。

しかし、2度目の鎮痛剤を飲んでからは、楽になったので、深く眠ることができた。

夜中痛んだときも、鎮痛剤を飲めば、深く眠れた。
もちろん、服用間隔は、きっちりと守った。


翌朝、5時過ぎに起きたとき、やはり全身が痛んだが、耐えられないものではなかった。
だから、家族の朝メシを作った。

私が何も言わない限り、家族は、居候さんも含めて、私の体調については、何も言わないという暗黙の了解ができていた。

どう見ても不自然な姿勢でメシを作っているのは、丸わかりだが、誰も何も言わない。

ありがたいことである。


そして、怪我から8日目の今日。
くるぶしは押せば痛いが、小さな痛みに縮小した。
膝も肘の痛みも縮小した。
肋骨は寝返りをうつと、それなりに痛むが、泣くほどではない。
間違いなく、回復していると思う。

自転車に乗って、買い物にも行った。
料理も作れる。
得意先に行って打ち合わせもできた。

酒は、先日一度だけ飲んだが、みっともない結末になったので、あれから控えている。


しかし、今夜あたり、クリアアサヒを飲んでみようかと思う。



その結果、どうなるかは、もちろん、わからない。






2011/07/14 AM 09:05:40 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

スタンドバーで無駄な一日
気分だけが完璧に持ち直した7月9日、尾崎が持っている中野のスタンドバーに行ってきた。

だが、そのとき、尾崎はいなかった。

妻の恵実と一緒に、京都に恵実の母親を見舞っていたというのだ。
恵実は、安定期に入ったとはいえ、その腹に二人目の子供を宿しているのだから、頻繁な移動は母体に負担がかかるはずである。
以前も、恵実は母親の様子を見に行っていたようだから、かなり母親の状態が悪いということだろうか。


スタンドバーのカウンター内には、男が一人いた。

店を開けたばかりだったので、客はいない。

尾崎は、と言ったら、「義兄は京都です」と言われた。

義兄(あに)?

「私は社長の妻の弟です」と言われた。
つまりは、恵実の弟。

外見上では、恵実と似ているところは、あまりないような気がする。

恵実は、太ってはいないのだが、全体的なイメージとして、ふくよかさを感じさせる人だ。
しかし、目の前の男は、貧相で少し偏屈な雰囲気がある。
むしろ死神・尾崎の弟といったほうが、しっくりくる。

だから本人も「まったく似ていませんよね」と自嘲気味に笑うのである。

私の名前を言うと、「ああ、聞いています。Mさんからは勘定をいただくなと、義兄からきつく言われております」と、丁寧に頭を下げられた。

そして、目の前にワイルド・ターキーのボトルを出され、素早い動作でロックを作ってくれた。

フォア・ローゼスの方がよかったんだが、と言うと「義兄からは、あいつはそう言うだろうが、タダで飲めるのはワイルド・ターキーだけだ、と言われておりますので」と、几帳面な顔を作って、男が無表情に言った。

他に尾崎から聞いていることは、と聞くと「必ずチーズの盛り合わせを出せと聞いております」と言って、少し歪んだ器にチーズを盛って出してくれた。

その無表情な顔を見て、あなたは尾崎の方に似ているんじゃないですかね、と聞いた。
本当は、尾崎の弟なんじゃないか、とも聞いてみた。

すると、自称・恵実の弟は、生真面目な顔を崩さずに「おそらく、僕の知っている限り、義兄には兄弟はいないはずです」と答えた。

その生真面目さは、少々鼻につくが、スタンドバーのカウンターの向こうにいる男としては、悪くない。
きっと彼は、ギリギリまで客の秘密を守る男だろう。
それは、客商売としては、最高の適性であると言えた。

ジャズが控えめに流れるスタンドバー。
今は、ウェザー・リポートの「バードランド」が流れていた。

尾崎からは、ジャズしか流すな、って言われてるのかな。

「はい、ジャズのCDしか、ここには置いておりませんので」
目を伏せ気味に言った。

アナログレコードもたくさんあったと思うんだが。

私が聞くと、一度頭を下げ「あれは、俺の宝物だから、人の目には触れさせない。宝物は、人に見せるものではない、と義兄は言っておりました」と、また生真面目に言われた。

その生真面目な様子を見て、尾崎は、この男に店を持たすために、この店を買い取ったのではないか、と思った。

尾崎を尊敬しているんですか、と聞いてみた。

すると男は、まるで体を硬直させるようにして、気を付け、の姿勢をとった。
そして、首だけを大きく強く肯かせて「もちろんです」と答えた。

顔を見ると、赤く上気していた。

それを見て、間違いなく尾崎は、この男のために店を買い取った、と確信した。

チェダーチーズのかたまりを口に入れた。
チーズは好きだが、どこが好きなのか、自分でもよくわからない。
酒と一緒に何を食うかと考えたら、いつもチーズしか思い浮かばないのだ。

食っていて飽きない。
要するに、それが好きということなのだろう。

一杯目が空になるとすぐ、恵実の弟が、二杯目を作ってくれた。
氷の大きさが一杯目と同じ、ワイルド・ターキーの量も同じだった。

それは、プロとしては当たり前の技術とはいえ、悪い気はしなかった。

バーテンの経験は、と聞こうと思ったが、面倒くさいのでやめた。

そうすると、話すことは何もない。
黙ってワイルド・ターキーを飲み、ときどきチーズを齧った。

訳あって、右の脇腹が痛い。

右肘も、右膝も、両肩も痛い。
2杯目のワイルドターキーが体の中で暴れて、その痛みを思い出させたようだ。

ただ、私は人にその辛さを感じ取らせない才能だけは、持っている。
それは、私に備わっている唯一誇れるものだ。

これが、私の最高の特技。

しかし、三杯目のワイルドターキーを催促したとき、恵実の弟に言われた。

「これ以上飲むと、きっと帰れなくなります」
そして「お医者さんに診てもらう気がない場合は、ご自分で節制なさることです」と言われた。

目が合うと、「余計なことを言いました、お許しください」とも言われた。

消炎剤が、匂った?

「いえ、2杯目の途中から顔が少し青ざめてきましたから、体のどこかが痛んだのではないかと。それに右手の包帯。それは誰にもわかります」

迂闊だった。
肌色の包帯だったので、気づかれないと思ったのだが。

「申し訳ありません。余計なことを」
頭を下げられた。

余計なことついでに、鎮痛剤は、あるだろうか?

「バファリンなら、私用のがございますが。それでよろしければ」

いただこうかな。

鎮痛剤を飲んだあとで、「奥の事務所で、休んでいかれますか」と聞かれたので、一度休んだら、明日の朝まで起きないかもしれない、と言って断った。

恵実の弟は、どう答えていいかわからないような途方に暮れた顔をしていた。

顔に、少しだけ「人間くささ」が覗いた。
私は、この方がいいと思うが、余計なお世話なので、言わないでおいた。

薬を飲むために貰った500ccのミネラルウォーターを飲み干したとき、痛みが少し和らいだ気がした。

薬を飲んでから、まだ5分もたっていないのだから、効くわけがないのだが、気分は大事である。
歩けそうな気になったので、「また寄らせてもらいます」と言って、カウンターにおいた両手を離したら、見事に尻餅を付いた。


肋骨に激痛が走った。


それからのみっともない出来事については、あまり詳しく書きたくない。

恵実の弟に、肋骨に貼った不細工なテーピングを見られ、テーピングをやり直してもらい、包帯をきつくまかれ、腫れた体のあちこちにチューブの消炎剤を塗りたくられ、一時間無理やり寝かされたあとで、武蔵野のアパート近くまで、車で送り届けてもらった。

そして、最後に恵実の弟に「尾崎には内緒にしておきます」と無表情に言われたとき、借りを作ったと思った。
悔しい思いを隠して、こちらも無表情に、頭を下げた。


アパート近くの夜の公園で、暴れる体の痛みに耐えながら、iPodでSuperflyを聴いた。

「Hi-Five」を繰り返し聴いて、暴れる痛みを抑え、右脇腹を押さえたい欲望と戦いながら、家に帰った。



無駄な一日だったような気がする。




2011/07/12 AM 10:17:15 | Comment(1) | TrackBack(0) | [日記]

南方仁だって
首から下が、全部イタい。



古い話だが、6月18日に「M様の携帯でよろしいでしょうか」と精神科の女医さんから電話がかかってきた。

姉がかかっているクリニックの医師である。

治療の中で必要なので姉のことを少し聞きたい、と母に電話をしたが、母が「息子に聞いてください」と言って、私の番号を教えたらしい。

電話ではなく、できれば会ってお話がしたい、と女医は言うのだが、私はそのとき、ある事情があって、仕事に無理やり没頭しているときだったから、今は無理です、と答えた。

そして、心の整理と仕事の整理が少しできた昨日、川崎のクリニックに行ってきた。
ただ、肉体は、ある事情があって悲鳴を上げていたが。


若い女医さん。
声は穏やかだが、回り道をしない無駄のない話し方をする人だった。

女医さんは、いきなり「6月8日のことですが、お姉さまの住むマンションで、孤独死をされた方がいました」と切り出した。

姉が、興奮した様子でそのときの模様を語ったのだという。
取り乱して、息をするのも苦しそうなほどの興奮状態で、溢れる涙を隠そうともせず、姉は女医さんに訴えかけた。


その日、デイ・サービスの人が、姉と同じマンションに住むご老人の部屋に、決まった日時に訪問したのだが、応答がまったくない。
電話にも出ない。
そこで、上司に相談して、救急車を呼ぶことになった。

管理人に合鍵がないと言われたので、救急隊員が姉たちが住む部屋のベランダから入り込み、ベランダづたいにその方の部屋に入って、死んでいることを確認し、またベランダ伝いにご遺体を運んで、姉たちの部屋から搬送したのだと、姉が言ったらしい。


「その死顔を見た私は、ショックでショックで、あれからまったく眠ることができないの!」


だから、お願い! 助けて!


しかし、誰が聞いても、この話には、おかしなところがあることに、すぐ気づくはずだ。
私も、すぐに気づいた。

まず、管理人がマスターキーを持っていないのが、不自然だ。
そして、救急隊員が、ベランダから入ったのはいいとしても、中に入り込んだのなら、内側から鍵は開けられるはずだから、搬送はその玄関からするのが普通だろう。
わざわざまたベランダに戻ってきて、姉たちの部屋の玄関から搬送することは、ありえない。
それは、無駄だ。

女医さんも、そのことにすぐに気づいたのだが、姉の前では黙っていた。
予定時間を一時間も超えて、取り乱した姉の相手をし、姉が落ち着くのを待って帰らせた女医さんは、すぐに消防署に確認の電話をしたのだという。

孤独死は、確かにあった。
姉の話とは、日にちが若干ずれてはいたが、姉たちの住むマンションで、孤独死された方はいたという。

しかし、事実は大きく違っていた。
管理人が常駐していないマンションだったので、緊急の場合は、すぐにマスターキーを手に入れることができない。
だから、救急隊員は姉たちの部屋を通ることなく、三連梯子でベランダに入り、鍵のかかっていなかったベランダ側の部屋から入って、住民の死亡を確認した。

そして、亡くなってから少し日にちがたっていたから、自分たちの出番はないと判断して、あとの作業を警察に任せたというのだ。
つまり、救急隊員は、ご遺体を搬送することなく帰ったというのである。
普通に玄関から。
(それに、孤独死された方の部屋は、姉たちの隣ではなく、4軒離れていた)

警察もご遺体を確認した後、マンションの住民の目に触れない時間を選んで、ご遺体を搬送していった(ご遺体が、かなり傷んでいたので)。

要するに、マンションの住民は、おそらく誰もご遺体が搬送されたことを知らないだろう、と消防署と警察の関係者は言うのである。


「そこで、弟さんにお聞きしたいことが、あるのです」


「これは、これからのお姉さまの治療に必要なことですので、正直に答えていただきたいのですが」と、私の目を真っ直ぐに見て、女医さんが言った。

姉が、女医さんに語った話をカルテを見ながら、7つ、8つほど聞かされた。
その話だけで、一時間近くを費やした。

そして、女医さんが、私の目を見つめ、やや身を乗り出し気味に聞いた。
「これらは、すべて真実ですか」



いえ、全部が創作です。



わたしの目から一時も視線を外さずに、女医さんがうなずいた。
「そうですか」

そういったあとも、私の目をずっと見ていた。

息苦しくなったので、私は言わなくてもいいことを言った。

姉は、子どもの頃から、人の気を引くために、話を作るクセがありました。

すると、女医さんは穏やかな笑顔を作って「まあ、それは誰にでもあることです。私にもあります」と言った。
それは、安心を感じさせる笑顔だった。

吸い込まれそうになる笑顔だった。

その笑顔を見て、気が遠くなる年月、人を信じることを忘れていた姉が、女医さんだけは信じることができた理由が、わかったような気がした。

しかし、その笑顔が、一瞬にして曇る。

「全部が創作だとしたら、治療方針を変えなくてはいけませんね」

右手に持ったボールペンの底で、机を叩く仕草。
そして、小さなため息。

不安になった私は、女医さんに、恐る恐る聞いてみた。

姉は、大丈夫なんでしょうか。
少しは、良くなりますか。

切れ長の目で、私を射抜く女医さん。

「長いときをかければ、症状を改善させるのは可能です。
ただ、私は宗教家ではないので、お姉さまの性格までは治すことができません。
それは、私の分野では、ありません」

男前に、キッパリと言われた。

ハハハ、と笑うしかなかった。


この世の中で、姉がただひとり信頼しているのは、先生だけです。
姉の足元を照らすことができるのも、先生だけです。
どうかよろしくお願いします。


立ち上がって、頭を深く下げた。

しかし、女医さんは「医者に万能を求められても困ります。南方仁だって、坂本龍馬を生き返らせることはできませんでした。医療には、限界があるんです」と、強いメヂカラで私を見上げて言った。

え?
ここで、南方仁を出すか!?


え? え?


そう言ったあとで、女医は口元を隠そうともせずに「グハハ」と豪快に笑って、「嫌だわ、ジョークにもなっていませんね」と言った。



力が抜けた。


クリニックからの帰り道、強烈な熱気を反射するアスファルトに向かって、私はつぶやいた。


龍馬さん! 龍馬さん!
姉に、「夜明け」は、来るでしょうか?






ところで、綾瀬はるかさんもいい女優さんだが、中谷美紀さんは、その全身すべてから演者の空気を発散する稀有な才能を持った女優さんだ。

ドラマの中で彼女は、幕末の女の、潮流に抗えない運命を、全身からほとばしり出るような切なさで演じていたと思う。

それは「気迫」と表現するのが一番適切で、その時代の日本女性の強さと優しさを髪一本、皮膚の呼吸感、爪の皮まで感じさせるものだった。

そんな女優さんは、なかなか、いないと思う。
(なぜ突然こんなことを書いたかというと、昨日遅ればせながら「仁」の最終回を見たから)




2011/07/09 AM 08:10:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

君の居場所
お別れ会のことは、終わったことだから、詳しく書かない。

「泣かない」をルールにしたが、ほとんどの人が泣いていた。


発起人である野中の馬鹿が、一番泣いていたかもしれない。
馬鹿は、いつまでたっても馬鹿だ。



見知らぬ人に声をかけられる確率、33パーセント。
かなり高い。


梅雨の晴れ間の午前11時20分過ぎ。
久しぶりに小金井公園に、散歩に行った。

驚くべきことに、16日間、酒を飲んでいなかった。
お別れ会で、野中はバカ酔いしていたが、私はまったく飲まなかった。
こんなに飲まなかったのは、一昨年の4月に入院をしたとき以来かもしれない。

俺は、アル中ではない。

芝生に腰かけて、17日ぶりにクリアアサヒを手にとった。
久しぶりだからといって、味わうことはしない。

500缶を一気に5分の4ほど呷った。
一滴もこぼさず、飲むことができた。

久しぶりのクリアアサヒ。
自分の口と喉と食道と胃袋を実感した。


つまり、これが生きているということだ。


これが生きている人間の特権だとしたら、随分と小さなものだが、その小ささの繰り返しは、悪くない。
止まってしまった時計を持つ人のために、俺は、これからも、その小ささを積み重ねていこうと思う。


2本目のクリアアサヒを、ゆっくり飲んでいるとき、白い雑種が、私の足元にやってきた。
リードの先に人間が付いていたから、飼い犬のようだ。

犬は、私の汚いジーパンの裾の匂いを嗅いでいた。

「ごめんなさい」と人間が言った。
10歳から20歳くらいの女の子だった。

ただ、10歳にしては老けていたし、20歳にしては幼すぎた。
しかし、10歳の老けた女がいないとは限らないし、20歳に見える幼女がいないとも限らない。

要するに、年がわからない。

その年のわからない子が、「不思議だわ。この子、人見知りがひどくて、はじめての人にはまったく懐かないのに」と首をかしげた。

それは、俺も人見知りだから、犬がそれを感じたんでしょう。
人見知り同士、仲良くしようよってね。

その私の言葉を聞いて、女の子が、やや投げやりな口調で言った。
「私も人見知り」

そうか、人見知りが、三人か。

すると、女の子が一転して笑った。
「三人か。二人と一匹って言わないところが、いいね」

犬にとっては、三人か、一人と二匹かもしれないからね。

「私たちが、二匹?」

そう。
ときどき、犬の方が人間より上等じゃないか、と思うときがあるよ。

「たとえば?」


心を誤魔化さないだろ。
危険なやつには、本能的に牙を剥く。
好きな人は、とことん信頼する。
そして、裏切らない。

小さな国で、老人たちが権力を奪い合うことだけを考え、困っている人たちを置き去りにして、全員で「辞めろヒステリー」をまき散らしている生き物より、犬は確実に自分のことをよく知っているよ。


「面白いね」
そう言って、女の子は、私の横の芝生に腰を下ろした。

そして、犬の体を撫でながら言った。
「私ね。登校拒否生徒なんだ」

月曜の朝から犬を散歩させているのは、そんな事情があったからか。
しかし、その事情を聞きたいとは思わない。
誰にだって、事情はある。

それを聞くのは、親か教師か兄弟か姉妹か、親切な大人だけだ。
私は、親切な大人ではないので、聞かない。

そう思っていたら、「私、虐められてるんだよね。韓国人だからね。両親とも韓国人で、名前も韓国名なんだ。でも、私は、韓国語が喋れない。だから、ニセ韓国人って言って、虐められてるんだ」と唐突に告白された。
口元に、諦めたような笑いがある。

ありがちな話である。
だから、クラスに、そういうバカは何人いるの、と聞いた。

「バカじゃないよ、バカどもだよ」

つまりは、全員?
担任も含めて?

女の子が、大きく頷いて、顔を私に向けた。
私は世間知らずなので、純粋な韓国人の顔を知らない。
どこから見ても、日本語を話す日本人にしか見えない。

その日本人にしか見えない顔が、「クラスまとめてバカ」と言った。

そうか。
それで、登校拒否、か。

「まあ、そのクラスまとめてバカ、のうちに私も入っているんだけどね。登校拒否は、いけないことだもんね」

それが、わかっているなら、バカではないな。
君は、その犬クンの飼い主になる立派な資格がある。
バカじゃないほうの人間だ。

そして、高校生? と聞いた。

「そう、高校2年。1年の時は皆勤賞だったけど、2年では、十日も学校に行ってないな」
右手で、ずっと犬の背中を撫でていた。
犬は、幸せそうな顔をして寝そべり、時おり薄目を開けながら、まるで我々の会話を聞いているかのように、両耳を立てていた。

そうか、高校2年か。
うちの娘は、高校1年。
K-POPが大好きで、お気に入りのアーティストのコンサートに毎月のように行っているね。
絶えずハングル語を勉強しているから、言葉も文字も、ある程度はわかるみたいだ。

K-POPは・・・・・聴く?

「聴かない。韓国語わからないから・・・・・、J-POPの方が好き」

そうか、逆転現象だな。

私が呟くように言ったら、少女が、犬をなでるのをやめて、私の目を見た。
目の奥に、挑戦するような光があった。


「それは、おじさん、きっとね・・・・・それは・・・ね、娘さんが日本に住む韓国人じゃないから、K-POPが好きなんですよ」


ここで、議論をするつもりはない。
少女の意見は、彼女がそう思う以上、おそらく当たっているのだろう。
韓国語の話せない韓国人の心のうちを憶測することは、私にはできない。

日本人として生まれてしまった私に、わかるはずもない。

クリアアサヒの2本目を飲み干した。
バッグから袋を取り出して、柿の種、食べる? と聞いてみた。

少女が「ああ、だ〜いスキ!」と両手を叩いて喜んだ。

小さなパックを二袋渡した。
「なんで、ふたつ?」

だって、そっちは二人だろ。

「はは、おかしいね」と笑われた。

柿の種を齧りながら、少女が言った。
「このまま、学校に行かなくていいのかな、わたし。親は、無理しなくていいって言ってくれてるんだけど」

いい親だね。

「そうかな。甘やかされているんじゃないかな」

それは、違うな。
誰にでも、自分の居場所は、必ずどこかにある。
君の親は、それを知っているんだよ。
異国の人が、よその国で暮らす。
その大変さを君の親は身を持って知ったんだ。

そして、君の親は、自分たちの居場所を見つけた。
まわりにバカは沢山いるだろうが、そんな中で君の親は、懸命に居場所を見つけたんだ。
自分たちの韓国名を守りながら、ね。

ご両親が君に韓国語を教えなかったのは、君が生まれたとき、異国で生きていく覚悟を決めたからじゃないかな。


だから、おそらく・・・、君にも居場所は必ずある。
そして、おそらく・・・、君の今のクラスは、君の居場所ではない。


君の親は、君を甘やかしているわけじゃないんだ。

必ず居場所があるってことを知っているから、君を見守っていられるんだ。

登校拒否なんて、たいしたことじゃない。

居場所を見つけるための「小さな旅」だと思えばいいんだ。


そう言ったら、「おじさん、クッサー! クサいよ! クサッ!」と肩をポンポンポンと叩かれた。


犬も薄目で私を見上げて、「バカ一匹!」というような顔をしていた。



2011/07/05 AM 09:33:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



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