Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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仙人様との遭遇
その光景を見たとき、何が起こったのかと思った。

いや、目と感覚では何が起こったか理解していたが、頭の中でその現実が結びつかないでいた、と言ったほうがいいかもしれない。

夜の8時過ぎ、若い男が金属バットで、自転車を叩いていたのだ。
その中に、私の自転車もあった。
ただ、私の自転車は、直接叩かれたわけではなく、間接的な衝撃を受けただけだった。

それを見て、私の口から咄嗟に出た言葉が「OH! MY GOD!」だった。
さすが、ニューヨーク生まれだ(嘘だが)。

場所は、はじめて仕事をいただく、東京久我山にある会社のそばのマンションの駐輪場だった。
会社の前に自転車を置くと邪魔になるので、近くのマンションの駐輪場に停めたのである。

昨年武蔵野に来てはじめてできた友人の紹介で仕事をもらうことになった。
彼は、私にたまに原付バイクを貸してくれる親切な人でもある。

相手の仕事の進行上の都合で、打ち合わせ時間が夜7時という遅い時間になった。
打ち合わせを終えたのが、8時過ぎ。

さあ、帰ってクリアアサヒでも飲むか、と駐輪場まで歩いたら、冒頭の光景を目にしたのだ。
乱暴狼藉を働いていた男は、「何しとるんじゃい!」という私の怒声を受け、私を素早く見たが、私に危害を加えることなく、バットを右肩に抱えて逃げ出していった。

残されたのは、将棋倒しになった自転車たち。
15台程度あったかもしれない。

誰にも感謝されない虚しい作業ではあったが、一台ずつ自転車を起こしていった。
中には、スポークが折れているものが、数個あった。

では、私の自転車はといえば、お隣の自転車のスポークが後輪に刺さり、見事にパンクしていた。

この時間帯に、この場所でパンクかよ!

武蔵野のアパートまで、8キロ以上ある。
元気なときだったら、1時間15分程度で歩いて帰れる。

しかし、このときは極端な寝不足だった。

私の場合、寝不足には二つの原因がある。
一つは、仕事が押しているとき。
もう一つは、実の姉が何か事を起こしたときだ。

まず、珍しく仕事が忙しかった。
レギュラーのドラッグストアの仕事は、この時期B4が中心だが、今回は新規オープンの告知が重なったのでB3になった。
そして、友人のWEBデザイナーのタカダ君(通称ダルマ)が、全身に蕁麻疹ができるという、まるで人間がかかるような病気にかかったため、ホームページの更新を2件押し付けられた。

さらに、姉が意味不明なことをして、時間を取られた。
最近の私は、姉は、私を疲れさせることを喜びにしているのではないかと思うことがある。
私の思い過ごしだったら、いいのだが。

ということで、睡眠時間ゼロ。
だから、歩くのは、つらい。

自転車を直さなければならない。
だが、時刻は午後8時過ぎ。
自転車屋さんはコンビニとは違うから、24時間やっているわけではない。
遅くても、営業は午後6時くらいまでだろう。

どうする?
所持金は1060円。
アパートまで8キロの距離をタクシーで帰るには足りない金額だ。
バスを乗り継げば、何とかなりそうだが、私の唯一の足である自転車をこの場においていくのは、明日からのことを考えると痛い。

2秒間、そんな現実を噛みしめていたとき、ここに来る途中、自転車屋さんがあったのを思い出した。
この駐輪場から500メートル程度しか離れていなかったと思う。
絶対に閉まっているだろうが、行ってみて損はない。
シャッターは下りていても、まだ誰かが残っていることもありうる。

そう思って、パンクした自転車を引いて、自転車さんまで行ってみた。

思ったとおり、シャッターは下りていた。
閉じたシャッターに書かれた営業時間も10時から18時となっていた。

しかし、私は1パーセントの望みでも捨てない男である。
だから、非常識な行為だとは思ったが、切羽詰った状態を言い訳にして、シャッターを何度か叩いてみた。

すると、優しい声で「ああ、いま開けます」というのが、中から聞こえたではないか。
日ごろの行いのいい人間を神は見捨てることはない、ということか。
シャッターが、ゆっくりと開いた。

顎に仙人のような白ヒゲをはやした穏やかな表情の男の人が、姿を現した。
それは、神々しささえ感じさせるお姿だった。

この人だったら、事情を言えば、わかってくれる。
私は誠心誠意つくして、仙人に事情を説明した。

そして、仙人は神のような大きな慈悲の心を目に浮かべ、大きくうなずきながら、「わかりました。すぐ直しましょう」と言ってくれたのだ。
そして、「でも、2、30分くらい時間を見てくれるかな」と言われた。

30分くらい何でもございません。
待たせていただきます。

しかし、肝心なことを聞いておかねばならない。
修理代は、おいくらでしょうか。

仙人顔を少し傾けて、「普通だったら800円だけど、悪いけど時間外料金を入れさせてもらって、千円かな」。

千円。
オー! かろうじてセーフ!

お願いします。

「じゃあ、隅っこに椅子があるから、座って待ってて」

椅子かぁ、座ったら危ないな。
眠ってしまうかもしれない。
しかし、目をつぶらなければ、大丈夫か。
頑張ってみよう。


肩を揺すられた。

「お客さん、お客さん!」

目を開けた。

「修理終わったんだけどね・・・・・」

ああ、すみません。

眠ってしまったようだ。
壁のデジタル時計を見たら、21時41分が点滅していた。

咄嗟には理解できなかったが、6割方覚醒した頭で考えると、1時間半くらい眠ってしまったようだ。

すみません!

椅子を倒す勢いで立ち上がった私は、仙人に頭を下げた。

そんな私に、仙人は相変わらず穏やかな顔で「いやいや」と言った。
「あまりにも疲れた顔で眠っていたもんだから、起こすのが可哀想になってね」
そして、「ピクリともしないから、少し心配になって、たまに息をしているかどうか確かめたけどね」と笑った。

さらに、暖かい缶コーヒーを私に手渡して、「悪いね。もっと寝かせてあげたかったけど、10時に駅まで娘を迎えに行かないといけないんで」と右頬を掻いた。


返す返すも、申し訳ないことを、いたし申した。

本当に、申し訳ござらん!


仙人様に、頭を下げ続けたオレだった。



2011/02/28 AM 07:20:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

地震と性同一性障害
雑感をまとめて。

恐ろしい直下型地震。
ニュージーランドは、日本と同じで島全体を火山帯が走っているから、地震の頻度が高いという。

つまり、人ごとではない。

被災された方は、お気の毒というしかない。

ただ、自分でもひねくれた性格だと思うのだが、「日本人の行方不明者が」という表現を何度もされると、違和感を感じる。
さらに、報道だけを聞くと、日本人の被災者を救い出すために救援隊が日本から行ったというのだが、これにも少し違和感を感じた。

すべて日本の報道が中心。

日本が、日本が、日本が・・・・・。

日本の報道だから日本人主体なのはある程度理解できるが、場所は外国のニュージーランドである。

「日本人の行方不明者は、どうなりました?」
「日本からの救援隊が、日本の被災者を救いに来ました」

現地の救急隊員(消防隊員)に、日本のことばかり聞いている。

そして、安否を気遣う被災者の家族に、マイクを向ける仕事熱心な人たち。

違和感を感じる。

たとえば、日本で大地震が起きて、中国の方々が被災した。
中国から報道クルーが大挙して押し寄せ、「中国人の生存者は」と何度も同じことを聞いて回る。
そして、中国から救援隊が来て、中国人の行方不明者を探し回る。

彼らが、日本人の前で「中国人が、中国人が」という質問ばかりしていたとする。

あるいは、自分の家族が外国で被災して、安否がわからない。
頭には家族のことしかないのに、突然カメラとマイクを向けられる。

どう思いますか。

心の狭い私は、そんな光景を見たら、少し腹が立つ。

わがヨメは、「ここは日本だから、日本人が日本のことをニュースにするのは当たり前」と私のひねくれ心に対して、本気で怒っている。

皆様は、どうでしょうか。

こころ、ひろいですか?



もう一つ、心の狭い話を。

私は「〜をしていたら」「〜だったら」「〜していれば」という言葉が嫌いである。

現実の選択肢は一つしかないのだから、自分でそれを選んでしまったら、それでいいではないか、と私はいつも思っている。

後ろ向きに考えるのは、やめようよ。
過去は、偉大な財産だと思って、今と未来だけを頑張ればいいじゃないか。

しかし、わがヨメは、一日最低5回は、「〜をしていたら」「〜だったら」「〜していれば」良かったのに、を言う。
そんなに好きこのんで、後悔の人生を歩むことはないと思うのだが。

性分というやつなのかもしれない。
あるいは、ただの口癖か。


それにしても、後ろ向きの言葉でイヤだな、そう思っていた。


しかし、昨日、陶芸仲間のコヤナギさんと話をしていて、例外もあるのだと考えさせられた。

コヤナギさんは、おナベ。
外見は男。
しかし、法律上も生物学的にも女である。

そのことは、ブログで書いたことがある。
ただ、困ったことに、そのブログにリンクを貼ることができない。
リンクを貼っても、切れてしまうのだ。

私が利用しているサーバー会社は、ユーザーの意見や要望を無視することに生きがいを感じているようである。
何もしてくれない。
私の勘だが、スタッフの方々が、おそらく技術的に能力を持っていないのだと思われる。

彼らはきっと「〜すれば」「〜したらユーザーが喜ぶのに」ということを一度も考えたことがない人種だ。
その生き様は、尊敬に値する。

ここまで何もしてくれないと、むしろ気持ちいい。
その方針をこれから先も貫いて欲しいと思う。

サーバー会社さん。
これからも頑張らないでください。


ということで、コヤナギさん。

「俺、毎日、男に生まれていたらなあ、って思っていますよ。それを考えなかったことなんてない。毎日ですよ。男だったら、男だったらって」

しゃがれた低い声。
黒くて短い髪をきちっと七三に分けている。
私より遥かにゴツイ指で、コーヒーカップを持っている。
そして、太い首が、コーヒーという名の液体を豪快に飲み込む。

見た目は男。
しかし、女。

自分が女であることを、どれだけ呪ってきたか。

その苦悩は、心の狭い私には、想像できないものだ。

「〜だったら良かった」

こんな切実な「たら」「れば」もあったということに気づかなかった私は、思いやりがないといわれても仕方がない。

コヤナギさんの前で、うなだれるしかない私だった。





2011/02/26 AM 09:03:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

負け戦
パンダが上野にやって来る。

基本的に、動物は好きである。

ウミイグアナだって、コモドオオトカゲだって可愛いと思う。
インドネシアやガラパゴス諸島が、テーマパークだったら楽しいのに、とさえ思っている。

だから、パンダも可愛いと思う。

レンタル料が、約8千万円もしなければ・・・・・。

一体、レンタル料って何?
エレファント様やホワイトタイガー様も、レンタル料を払っているのか?

もし払っていないなら、不公平ではないだろうか。
私はレンタル料を年間8千万円支払う動物は、認めない。

パンダは、可愛いとは思うが、認めない。

だって、レッサーパンダに申し訳ないではないか(?)。

「え? 同じパンダって名前が付いて、俺はゼロ円? じゃあ、パンダ名はいらないから、ファイアーフォックスにしておくれ! その方がカッコいいから」(キツネでもないのに、フォックスと呼ばれるレッサーパンダの立ち位置に、私は涙する)

と、レッサーパンダが怒っているかどうかは、知らない。

確か3年くらい前だったと思うが、都知事様が例によって、質問した記者を睨みつけるように「あんなもんは、いらねえよ。中国に金を払ってまで呼びたくねえよ(江戸っ子風に表現)」と強面ぶりを発揮したような記憶が、私にはある。

それが簡単に、上野界隈の世論に負けて、前言撤回。
年間8千万円を気前よく放出する書類に判を押した(ようだ)。

「世論が、うるせえんだよな」というポーズくらいは、取ったかもしれない。

都民の税金で役に立たない銀行を作って、億単位の赤字を気前よく増やした前科のある都知事様だから、年間8千万円はたいしたことがないとでも思ったのか。
あるいは、「パンダを再誘致した都知事」という冠が欲しかったのか。

政治家は、世論を大事にする、風を読むというが、言い方を変えれば、それは「日和見」ということ。

かつての自民党の総裁・コイズミ氏しかり。
「幻の」剛腕・民主党のオザワ氏しかり。

コイズミ氏もオザワ氏も、マスコミ操作が巧みな、虚構を積み重ねた上の虚像の政治家だと私は思っている。
彼らには、マスコミが作り上げた「架空の実績」しかない。

ただ、私が唯一コイズミ氏を評価するのは、負け戦でも攻めていったところだ。
自民党の総裁選に何度敗れても、まわりに媚を売らずに正攻法で攻め、数度玉砕した。
彼は首相在任時代、格差社会しか残さなかったが、「負け戦」だとわかっていても、果敢に攻めきったところは、すごいと思う。
その男気は、評価できる。

それに対して、負けの歴史を背負ったオザワ氏は、いつも負ける前に逃げ出していた。
自民党の派閥争い、主流派との綱引きに負けそうになったら、すぐに党を飛び出した。
それ以来、新しい党を次々に作ったが、主流とは遠いところで、さざ波を立てるだけ。
彼が真正面から戦ったのは、昨年の民主党代表選だけである。

イシハラ氏も同じ。
自民党時代は、小数派閥だったこともあるが、果敢に攻めたという記憶がない。
彼は、静かに日和る人だった。

最初の都知事選のときに、当時のミノベ氏が高齢を理由に4選出馬断念を表明したとき、日和見を決め込んだイシハラ氏は、「ミノベ氏出馬せず」と聞くと、待ってましたとばかりに立候補すると言い出した。
強面の強気の政治家の仮面をかぶっていた男が、当時の革新の巨頭・ミノベ氏に正々堂々と勝負を挑まずに、あと出しジャンケンをしたのである。

その姑息な出馬表明に怒ったミノベ氏は、前言を翻して出馬を決めた。
その都知事選でイシハラ氏は負けた。
それはそうだろう。
姑息な男を都知事に選ぶほど、都民は愚かではない(愚かな人も多数いたようだが)。

ただ、もしそのとき、イシハラ氏が正々堂々とミノベ氏に戦いを挑んだら、都民は彼を選んだかもしれない。
何せ、当時のイシハラ氏はタカ派のホープだったのだから。

その後、保守都政の巨頭・スズキ氏が都知事になったとき、同じ保守ということもあって、イシハラ氏は戦いから逃げ続けた。
都民に人気のあるアオシマ氏のときも同じ。

そして、前都知事のアオシマ氏が不出馬を表明してから、またあと出しジャンケンのように、出馬を表明した。
つまり、彼は骨の髄から、「勝ち戦」しかしない人なのだ。

また、都知事様は、まともに論争をしようとしない。
恫喝もどきの上から目線で他人の意見を排除し、いつも断定口調で自分の意見をお告げなさる。
私には、その姿は、負けを怖がっているように思える。

言い負かされるのが、よほど怖いのではないか、と。

私ごとき、都知事様から見れば、蝿のようなものだとは自覚しているが、蝿のごとき私にも矜持がある。

負けるとわかっている勝負でも、果敢に攻め続けた「負け戦の歴史」である。

負けを怖がっていたら、フリーランスなんてできない。
いや、サラリーマンの方々だって、負け戦を承知で日々戦っていると思う。
サラリーマン以外の人だってそうだ。

厳しいことを言われて、凹んで、なにくそ! と思って、自分を叱咤する。
何度も壁にぶち当たって、負けて凹む。
そして、立ち上がる。
それの繰り返しではないのか。

勝てる戦にしか出て行かない人は、本当の勝利の味を知らない人だ。
みんなから愛されたお殿様だけが、負け戦を避ける権利がある(はたしてイシハラ氏はみんなに愛されているか?)。

針の穴のような勝機を、一瞬で肌に感じ、玉砕するかもしれないと思いながらも、突進する。
負けるのが当たり前。

しかし、万に一つでも勝利を手にしたら、それが明日への希望になる。
自信になる。

私は、そうやって負け続けてきた男である。

そこだけは、胸を張れる(蝿だけど)。


だから、負け戦を知らないパンダなんか、いらない!

(支離滅裂な理屈ということはわかっておりますので、お許しを)




2011/02/24 AM 06:58:25 | Comment(7) | TrackBack(0) | [日記]

BoA様、お願い
東方神起、ボア、スーパージュニア、シャイニー、少女時代、エフエックス、ビースト、2エーエム、2ピーエム、エムブラック、シーエヌブルー、ユンナ、大国男児、ティンタップ、ゼア、ピ(レイン)、カラ、ミスエー、フォーミニッツ、ブラウンアイドガールズ、トゥエニーワン、シークレット、シスター、ワンダーガールズ、ビッグバン、超新星、レインボー、エフティーアイランド、ブラウンアイドソウル、ティアラ、アフタースクール、男女共学、セブン、アイユー、ダビチ、ジーナ、フィソン・・・・・(面倒くさいので全部カタカナ表記)。

東方神起や少女時代はわかるだろうが、そのほかは、「なんのこっちゃ!」という方のほうが多いと思う。

実際、私と同年代の男に聞いてみたら、知っているのは、東方神起、少女時代、カラくらいだった。

50過ぎのオッサンが、K-POPアーティストをこれだけ知っていて、しかも全て聴いたことがあるというのは、よほどの変人か暇人の証拠だ。

だが、私の場合、変人というより「変態(ビョンテ)」。


少女時代の太もも・・・・・。


という話をしたいのではなかった。

要するに、これは中学3年の娘と、我が家に居候中の娘のお友だちの影響を受けて、知らない間にK-POPに詳しくなってしまった「門前の小僧」状態の中年男の話なのである。

我が家のテレビは、CS放送のK-POPに占領されている。
KBSやらM-netやらの音楽番組が、絶えず映っている。
音楽番組が放映されていないときは、録り貯めした映像を見ている。

つまり、K-POP漬けと言っていい状態だ。

この状態で、覚えないわけがない。
自然に、振り付けも覚えてしまいましたよ。

料理をしているとき、知らないうちに、シークレットの「SHY BOY」の振り付けを踊っている自分に気づき、赤面する。
腕を組んで考えごとをしているとき、ブアゴル(ブラウンアイドガールズ)の「小生意気ダンス」をしている自分に気づき、苦笑する。
娘たちに買い物を頼むとき、何の抵抗もなく、スーパージュニアの「ソリソリ」を歌っている自分がいる。

大丈夫か! オレ?

しかし、だからと言って、かぶれているわけではない。
どっぷりと浸かっているわけでもない。

冷静に音楽を聴いている。

K-POPアイドルのレベルは、特別高いというわけではない。
日本のアイドルより、歌はしっかりしているが、では本当にみんながプロのレベルかと言えば、そんなことはない。

日本のアイドルの歌のレベルに関しては、悪口と取られる可能性があるので、述べない(述べないと言うこと自体、悪口と取られたら弁解のしようがないが)。

K-POPの場合、ダンス主体の音楽だから、音源が貧弱である。
どのヒット曲も、同じような「打ち込みサウンド」と「繰り返しメロディ」で展開していくから、ファン意識がないと、長時間聴くのは、かなりつらい。
音だけを聴くなら、音の作り方、演奏技術は、日本の方が上である。

単純な言い方をすると、日本の方が「ゼニの取れる音」だ。
さらに言うと、K-POPは、K-POP全体で一つの個性である。
しかし、日本の音楽は、ひとり一人のミュージシャンが、単体で個性を持っている。

J-POPは、個々の音楽性。
K-POPは、全体で一つの流れ。

乱暴な言い方をすると、そうなる。

音楽に個性がない分、エンターテインメントに徹して、ダンスに磨きをかけているのがK-POPだ。
サウンドが薄っぺらいから、見せるほうに重きを置かざるを得ない。
その見せる部分が、「カッコいい」ということになる。

BoAという歌手がいる。
アジア全体で人気がある、日本でもおなじみの歌手だ。
ハスキーでパワフルな声は魅力的だし、切れのあるダンスは天性の音感を感じさせる。
若いのに、まとまった歌手だと思っていた。

ただ、私はBoAに興味を持ったことがなかった。
すべてが平均点以上だが、同レベルの歌手は、日本にも数多くいる。
特別BoAでなければ・・・・・という強い思い入れは持てないでいた。

しかし、昨今、娘たちのK-POP漬けの毎日に付き合いはじめてから、私はBoAを過小評価していたことに気づいたのだ。

韓国語で歌うBoAの「Haricane Venus」を聴いたとき、これが本当に私の知っているBoAなのか、と愕然とした。

日本語の歌は、プロレベルの歌手が歌っても、どこかモタモタ感がある。
BoAもそうだった。
ダンスナンバーを歌っても、バラードを歌っても、小節の最後の音は、引きずるようなモタモタした伸び方をした。

だが、そのモタモタ感が、韓国語の歌では、まったくない。
言葉の一つ一つが切れているから、ドライブ感が強い。
そして、ダンスも、その音に引きずられるように、小気味いいほどリズムに乗っている。

その後、何曲かBoAの韓国語の曲を聴いてみたが、どれも完成度が高いものだった。
才能のある歌手だな、と思った。

BoAは、日本では、その実力の半分も出していなかったのだ、とも思った。

ダンスが生命線の歌手にとって、日本語は、決して表現しやすい言語ではない。
日本語は、リズムに乗りにくい言語だ。
そして日本のAVEXという会社のプロデュース力の貧困さというのもあるかもしれない。
彼らに、BoAという良質の才能を開花させる能力がなかったのではないか、と。

韓国語で歌い踊るBoAは、まさに水を得た魚。
躍動感があるし、貫禄さえ感じさせる。

K-POPの中では、BIGBANG、2NE1とともに、頭一つ抜け出ているような存在だ。


そのBoAを神のように崇めているのが、昨年の7月から我が家に居候している娘のお友だちだ。

娘が、「椎名林檎様」と言うように、お友だちは「BoA様」と呼んでいる。

「BoAに会えたら、死んでもいい」とさえ言っている。

しかし、その居候が、インフルエンザに罹った。
昨年12月に、私の息子、娘と同じ日に予防接種をしたにもかかわらずだ。

インフルエンザB型だという。
予防接種したのに、なぜ?

さらにタイミングが悪いことに、今週の水曜日は、都立高校の一般入試がある。
大丈夫なのか?

「マツコのパピー、オレ、大丈夫ですよ。39度までは、正気でいられますから」

高校に問い合わせたら、インフルエンザの場合、医務室で「別室受験」というのが受けられるらしい。
だから、試験を受けることはできるようだ。

ただ、それも当日、試験に行ける状態だったらの話だ。

「オレ、小学校・中学校、無遅刻無欠席です。もっとつらいときもありましたから、大丈夫」

そうは言っても、オジさんは心配だ。
心配しすぎて、仕事に身が入らない。
食欲もない。


だから、BoA様、お願いです。
どうか、彼女にパワーを!


BoA様、ぜひ・・・・・・・。




2011/02/22 AM 06:48:15 | Comment(1) | TrackBack(0) | [日記]

今日も渋谷で偶然
渋谷を歩くと、ホッとする。

渋谷は危険な街という人がいるが、私はむしろ安心感を持って歩いている。

それは、渋谷という街が、小さいころから私のそばにあったからだろう。

中目黒に住んでいた子どものころ、歩いて渋谷までよく行った。
小学生の足で、40分くらいで行けたと思う。
友だちと行ったこともあったし、一人で歩いていったこともあった。

東急百貨店の前を路面電車が、走っていた。
のんびり優雅に動く路面電車を、「でっかいなあ、カッコいいなあ」と思って眺めていた。

高校・大学は、渋谷だった。

道玄坂宮益坂は庭のようなものだったし、246を通る西麻布までの道、あるいは渋谷警察署から恵比寿までの道、明治通りを通る原宿までの道も、ほとんど把握した。

今の表参道ヒルズは、むかし同潤会青山アパートという名だった。
歴史を主張する蔦のからまる威容が、どこか誇らしげだった。
木の駅舎だった代官山駅の、田舎の駅めいた風情は、今も目に焼きついている。

渋谷には、私の歴史がある。

街並は変わっていても、歩くたびに、歴史がよみがえるような気がする。
だから、落ち着く。

昨日足を運んだのは、宮益坂下の画材店・ウエマツだった。

むかし油絵とパステル画を趣味で描いていたころは、画材は必ずウエマツで買った。

しかし、埼玉に越してからは、時間的にも精神的にも全くゆとりがなくなったので、絵にはほとんど感心を持つことがなかった。
油絵の道具は、大学時代の陸上部の友人・出っ歯に引き取ってもらった。

出っ歯は、意外なほどの画才を発揮して、3年か4年に一度、絵描き仲間と共同で展示会を開いている。
出っ歯の風景画は、どこか郷愁めいた侘しさがあって、私は気に入っている。

ウエマツに足を運んだのは、だから17、8年ぶりになるかもしれない。

細かいところを言えば、門構えも店内も変わっていたが、イメージ自体は、私の頭の中にあるものと、それほど変わっていなかった。

今回求めたのは、陶芸に使う絵付け用の筆だった。
筆だったら、吉祥寺のロフトにも売っていそうだったが、今回はウエマツで買うということにこだわった。

私の絵の基本は、このウエマツにある。

だから、基本に戻ろうと思ったのだ。

筆は、何も陶芸用でなくてもいい。
自分の手に馴染めば、それが専用の絵筆になる。
とにかく、自分の手にしっくりくるものを選ぼうと思った。

10分ほど、色々な種類の絵筆を見て触って、感触を確かめた。

細い筆、中ぐらいの筆、太い筆。
色々ある中から、やや太い筆を選んだ。
太いと細かい作業ができないだろうと思うかもしれないが、太くても細かいところを塗ることはできる。

油絵を描くとき、太い筆一本で、風景画を描いたことがある。
太くても、工夫をすれば、細かいところも描けるのだ。
細い筆を使ったのと同じ描き方ができる。
それを経験上知っていたので、自分の手に馴染むということにこだわって、やや太目の筆を選んだ。

私は、気に入った絵筆を見つけた満足感に浸った。


それをレジで清算していたとき、「おや?」という声を聞いた。
「Mさんじゃないですか」

振り返ると、得意先の会社の社長・澁谷氏の顔があった。

渋谷で澁谷氏に会う。

心の中で「ははは」と笑った。

渋谷氏とは、何か因縁めいたものがある。

このブログに一度書いたことがあるが、澁谷氏の奥さんが、むかし埼玉にある事務機器の会社に勤めていたとき、出張でパソコンを教えたことがあった。
その後、奥さんは澁谷氏と結婚して、澁谷氏の会社をサポートすることになった。

そして、奥さんが妊娠したとき、出産・子育てで、数ヶ月間、夫のサポートができなくなるため、奥さんは、パソコンを教えた私のことを思い出して、一時的に夫の仕事を助けて欲しいと依頼してきたのである。
デザインにまつわる仕事だったので、私はそれを快諾した。

さらに、澁谷氏と仕事をしているとき、面白い偶然を発見した。

澁谷氏が今の新宿御苑近くの会社で起業する前、私の桶川の得意先に、籍を置いていたというのだ。
二人して、愛犬を異常に可愛がる社長の噂話をして、盛り上がった。

澁谷氏の奥さんとは、埼玉でパソコンを通して知り合い、それが縁で仕事をもらい、澁谷氏とは、桶川の得意先で繋がっていた。

要するに、我々は縁があるということだ。

そして、今日、私が10数年ぶりで足を運んだ画材店で、顔を合わせるという偶然。

偶然って、面白い。


さらに、この偶然には、もっと面白いオチがある。

澁谷氏には、二人の子どもがいる。
最初の子どもは、私が澁谷氏の仕事をサポートしたときに生まれた子だ。

男の子で、名前は「コウヘイ」。

そして、画材店のレジ前で、澁谷氏は一年前に生まれた女の子を抱っこしていた。
その子の名前が「カホ」。

どちらも、私の子どもと同じ名前だったのだ(漢字は違うが)。




こんな偶然って、すごくないですか?




2011/02/20 AM 09:15:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

生姜忌
コーヒーが、値上がりするらしい。

ブラジルなどの大手原産国が、好景気により、自国内の需要が上がったため、外国に回す豆の総量が減ることになるから、とネットの記事には書かれていた。


インスタントコーヒーは、よく飲む。

友人のWEBデザイナー・タカダ君(通称ダルマ)が、お中元、お歳暮に必ずインスタントコーヒーの詰め合わせを贈ってくれるからだ。
それも、けっこう高級そうなやつ。
ただ、インスタントコーヒーに、高級なものがあるかどうかは知らない。

何となく高級そうで、俺だったら絶対に買わないな、というような買うのをためらう趣のラベルが貼ってあるから、高級そうに見えるだけかもしれない。


味は・・・・・うまいような気がする。


ダルマがインスタントコーヒーを送り続けてくれる限り、我が家はコーヒーには困らないのだが、いくら私よりはるかにダルマが金持ちだとは言っても、コーヒーの値上がり幅が予想を超えていたら、ダルマも贈答品の内容を考察しなおすだろう。

いつか、コーヒーが飲めなくなる日が、来るかもしれない。

しかし、私は、それでもかまわない。

あれば、美味しくいただくが、なければ飲まない。

それだけのことである。

マクドナルドが、「コーヒー無料キャンペーン」をしているときだけ飲みに行けばいい。
コーヒーは、その程度のものでいい。


飲み物といえば、我が家の人間が、月曜の朝に必ず飲んでいるのが「ショウガ湯」だ。

これは、先日死んだ義母が、ショウガが好きだったからだ。
だから、義母が死んだ月曜の朝に、ショウガ湯を飲むことにしている。

私は、その日を勝手に「生姜忌」と名づけている。

義母がショウガが好きだったのは、私が勝手に糖尿病にいいと思って、ショウガ料理を必ず出したからではないか、と思っている。

最初のころは、肉しか食わず、野菜をまったく食べなかった義母だったが、ある日、ショウガで濃く味付けをすると、白菜や大根を残さず食べるということを発見した。

冷奴なども、ショウガを山のように積むと、残さず食べた。
厚揚げの生姜焼きは、普段の3倍くらいのショウガを入れて作っても食べた。
豆腐ハンバーグにショウガ味噌を乗せると「美味い」と言った。
ブリ大根にショウガ味噌を乗せると、「おかわり」と言った。

義母が死んで、部屋を整理していたとき、ベッドの下に、大きな平たい缶の入れ物があるのを見つけた。
熱風は、下までは及んでおらず、缶は少々の煤はついていたが、中は被害をこうむっていなかった。

開けてみたら、ショウガ湯の粉末が、大量に入っていた。
その全てが、試供品と書かれていた。
数は、200個近くあったかもしれない。

なぜ、こんなにもショウガ湯の試供品があるのか。

それは、今となってはわからない。

とにかく大量のショウガ湯が、あった。

それを毎週月曜日の「生姜忌」に、家族と居候の5人で飲んでいるのである。
私だけは、毎朝飲んでいる。

だから、コーヒーを飲む回数が、少し減った。

このまま地上からコーヒーが消えても、私は「ショウガ湯」だけで生きていけそうだ。


ショウガ湯は、飲むだけではない。

風呂に入ったとき、洗面器にショウガ湯を入れ、それを溶かして、足湯にする。
さらに、左足の薬指を長い時間ショウガ湯に浸して、マッサージをする。

それが正しい方法なのかどうかは、わからないが、私は勝手に、いいと思ってやっている。
血の巡りがよくなりそうな気がしたから、続けている。

自己流だから、誰に薦めようとも思わない。
私だったら、足の薬指の血の巡りが悪くなって、痛みも何も感じなくなったら、医者に行くことをお薦めする。
その方が、絶対に治る確率は高い。

民間療法なんて、非科学的だ。
本当に治したいなら、専門家に任せるべきだ。

無駄なことは、しない方がいい。

絶対に、そうだ。


しかし、最近、左足の薬指が、熱を持つようになってきた。
感覚が、少し戻ってきたのである。
2ヶ月以上、黒くて不気味な姿をさらしてきた指が、紫色に変わってきた。

その指の変化を見て、これは、期待が持てる、と思った。

このまま続けていけば、末端まで血が通うのではないか・・・・・と。



しかし、、だからと言って、それが義母のおかげだとは思っていない。

そんなことは、絶対にない。

ありえない。




2011/02/18 AM 06:44:57 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

できの悪いサスペンス
天気予報に騙された。

東京に雪が降った14日夜。
午後4時の段階では、まとまった雪が降るなんて言っていなかった。

低気圧が関東地方の内陸部を通るので、降っても雨かみぞれだろう、という予報だった。
直前の予報なのだから、低気圧の進路は完全に把握されているものだと思っていた。

長期の予報なら、不測の事態が絡めば、予測が狂うことはありうるが、直前の予報だったら外すことはないと、普通なら考える。
つまり信用していたのだ。


14日の午後、実の姉から11回留守番電話が吹き込まれていた。

姉が、わけのわからない留守電を吹き込むのは毎度のことなのだが、今回は母の体のことを告げようとしていたようだ。
ただ、一体何を言いたいのか、何を伝えたいのか、留守電の内容では、まったく把握できなかった。

長年の飲酒の影響で、滑舌が異常なほど悪い。
そして、これは子どものときからのことだが、いつも話が前後するから、話の筋が読めないことが多い。

話している最中に、違うことに意識が捕らわれるから、そのたびに話がいつも飛躍する。
話の前段と後段が、まったく違う種類のものになることが多く、結末が当初とは予測のつかないものになる。

たとえば、医者の悪口を言っていたと思ったら、結論は自分は犬が嫌いだ、というようなことになる。
豆腐が・・・・・という話が、5秒後にはマンションの階段が滑るという話になり、5秒後には薬が見当たらないという結論に至る。

医者の悪口の結論が、ダックスフントは醜いことになるなど誰も予測ができないし、豆腐の話が薬に変わる転機を、私はまったく読むことができない。

それが、わずか20秒ほどの会話で、そうなるのだから、姉の話を真面目に聞くというのが、いかに無駄かというのを私は身を持って知っているのだが、親切で人間愛にあふれた人は、そうは思わないようである。

人が言うことには、必ず理由があるのですから、すべてを受け入れるべきです。


そうですか。
わかりました。


だから、今回、私は受け入れた。

姉が、意味不明ではあるが、母の体調を気遣って11回も電話をしてきたのだから、私は新丸子に行くことに決めたのである。

一応念のため、母の携帯電話に電話をしてみたが、「電話を取ることができません」のアナウンスが流れていた。

少し、不安になった。


14日は、同業者のニシダ君から頼まれたフリーペーパーの編集の校了日である。
午後4時までに、この仕事を終えないと、私は自由にならない。

天気予報をチェックしつつ、仕事を高速で仕上げた。
そして、仕上げを送ってすぐ、ニシダ君から了解のメールをもらった。

あとは、家族の晩メシ。

バレンタインデー。
ということで、ハート型のハンバーグを作り、冷蔵庫で保存した。

これを晩メシどきになったら、耐熱皿に乗せたハンバーグにトマトソースをぶっ掛け、一個当たりオーブンで7分ほど温めるように、ヨメに指示しておいた。
付け合せは、知り合いからもらった手作りのソーセージを塩茹でしたものと、自家製のザワークラウトだ。

近所の友人から、原付バイクを借りる段取りをして、また天気予報をチェック。
午後5時前の時点で、「雨またはみぞれ」の予報は変わっていなかった。

それなら問題ないだろう。
雨が激しくなったって、こっちにはカッパがある。

雨なんか「屁のカッパだ」(?)

ということで、午後5時過ぎに、原付にまたがった。

途中、ご立派なみぞれが降ってきたが、カッパにものを言わせて、6時前に新丸子の実家に予定通り到着した。

予想していたことではあったが、母は、元気だった。
私の顔を見て、不思議そうな顔をしていた。

母に「この雨の中、なんで来たの?」という当たり前のことを言われた。


いや・・・・、まあ・・・・・ご機嫌うかがいかな。

ハハハ、元気そうで、何より・・・・・。


せっかく訪問したので、晩メシに、シメジとコンニャクの即席混ぜご飯とホウレン草のおひたし、油揚げとオクラのソテーの上にカリカリベーコンを乗せたもの、大根の千切りの味噌汁をチャチャッと作って、食卓に並べた。

一緒に食べましょうと言われたが、窓の外を見ると、みぞれが雪に変わっとるやないか〜い!

慌ててカッパを着込み、ヘルメットをかぶって、また原付に乗った。
午後7時25分。

慌しいことだ。

オレは、結局実家に晩メシを作りに行っただけか。

外は、大雪。
まだ道に雪は積もってはいなかったが、大粒の重たい雪が上から容赦なく落ちてくる。

寒い。

天気予報は、雨かみぞれだったよな。
低気圧は、関東地方の内陸部を通過するから、まとまった雪に変わることはないって言っていたよな。


低気圧さんが、突然気が変わって、内陸部を通るのはイヤだもん! 沿岸部を通りたいんだもん! その方が景色がいいし、 って言い出したのか。

そんな子どものような我が儘を、気象庁は、なぜ許した!

「そのまま内陸部を通りましょうね。ダメでちゅよ、遠くに行っちゃ。目の届くところにいないと、危ないでちゅよ。はい! いい子は、こっち」と、なぜ教え諭せなかったのか。

指導力が、ないんじゃないの?


雪で、目が痛いじゃないか。
歩道側は、どんどんと雪が積もっているじゃないか。
危なくてスピードが出せないじゃないか。

どんどん視界が悪くなっていくじゃないか。

まるで吹雪じゃないか。

武蔵野に着く前から、公園は見事な雪景色。
車道にも雪が積もってきた。

ソロソロソロリと安全運転。

9時過ぎに家にたどり着いたころには、まるで雪の白川郷にいるような気持ちになった。
午後9時の雪景色は、きれいだった。

しかし、安物の長靴の中から寒気が全身を駆け上がってきて、歯がガチガチと震えた。


寒いじゃないか!


もう一度言わせてもらう。

たしか、午後4時過ぎの時点では、天気予報は、「雨かみぞれ」だった。

それが、なぜこんな大雪に?

しかも夜のニュースを見ていたら、誇らしげに、これから明け方にかけて雪はさらに降ります、と言っているではないか。


いったい、数時間後の低気圧の進路も予測できない「天気予報」って何?

結果がわかったあとで、解説されたって、少しもありがたみを感じない。
天気予報は、まるで最初から犯人がわかっている出来の悪いサスペンスのようなもの。

私には、気象予報士が、簡単なトリックの殺人事件を得意気に解説する無能な探偵のように見える。



母が私に持たせてくれた茄子の漬物が、ビチョビチョになってた。

これ、どうしてくれるんだ! 気象予報士!




2011/02/16 AM 06:48:04 | Comment(1) | TrackBack(0) | [日記]

生き返った指
3週間ぶりにジョギングをした。

色々な出来事があったあとのランニング。

病み上がりでもある。

38度以上の熱が4日続いたあと、四谷と東京八重洲の得意先に行ったときは、体が宙を浮いている感覚を絶えず味わっていた。
歩いていると、しゃがみ込みたくなる欲望に襲われる。
自分の体が異次元のはざ間に落ちていくような違和感が絶えず纏わりついていたのだ。

だから、走るのはまだ早いかもしれないと思った。
無謀かな・・・・・と。

だが、とりあえず自転車で小金井公園まで行ってみた。

自転車に乗っているときも、何となく宙を浮いている感覚はあって、絶えず「やめようかな」とブレーキをかけている状態だった。

無理はしない。
ジョギングを長く続けるこつは、これに尽きる。

ジョギングは、頑張るものではない。
自分の体調を整えるものである。

体調を整えるためのスポーツで、体を壊してしまったら、何にもならない。
だから、私はいつも自分の体の声を聞きながら走っていた。

走る前は、10キロ走ろうと思っていても、違和感を感じたら2キロでやめた。
「根性論」に酔って、一心不乱に走るのは、私の一番性に合わない行動だ。

だから、自分の体調を確かめるように、慎重に走り始めた。
浮いている感覚は、まだかなりある。

視野が狭い感覚もある。

これは、やめたほうが、いいか。

3百メートルほど走って、スピードをさらに緩めた。
歩くより少し速いスピードだ。

息はまったく上がっていないが、腰から下に力が入っていないのが、明確に感じ取れた。
インフルエンザのダメージなのか、それとも他のダメージなのか、おそらく両方だろう。

からだが、走りたいと言っていないのだ。
私は、そう判断した。

止まった。
走るのをやめた。

天を仰いで、大きく息を吸う。
そして、体の力を抜く。

手を大きく振りながらのウォーキング。
あまり大きく手を振ると、後ろにのけぞって倒れそうな感覚になった。
だから、少し前傾姿勢になって、手をいつもより小さく振るという微調整をした。

それで、安定した。

全身のどこにも力が入っていないような状態で歩くと、違和感が小さいのがわかった。

「ウォーキング」と言うほどの、格好のいいものではない。
ただ手を振り、足を前に動かして体重移動するだけの小さな作業である。

それに没頭した。
ひたすら没頭した。

頭を悩ます雑事も、仕事のこともすべて忘れて、座禅を組むような無の境地で、ただ体重を移動させることだけに集中した。

どれくらいそれを続けていたかは、知らない。

それまでは、まったく目に入っていなかった、日陰の雪の存在が視界の片隅に見えたとき、自分の体に血が通ってくるのが、徐々に実感できた。
汗はかいていない。
息もまったく苦しくない。

ただ指先、足先に、懐かしい感覚がある。

足が特に熱い。
足の指が、膨らんだような奇妙な熱さを持って、自己主張していた。

立ち止まって、公園の歩道からはずれた木のベンチに腰を下ろした。

そこで、靴を脱いだ。
ついでに、靴下も脱ぐ。

左足の薬指。

黒く変色して、爪も生えなくなった左足の薬指。
トンカチで叩いても痛みを感じなかった指。

それが、熱を持っていた。

つまんでみた。

指の根元に、感覚があった。
根元に爪を立ててみた。

少し、痛かった。

指先を叩いてみた。

鈍かったが、小さな衝撃があった。

つねってみた。

痛かった。

嬉しくなった。

指先は黒く変色していたが、それは何かを訴えていた。

確実に何かを訴えていた。



忘れていた感覚・・・・・。


この指に血が通うことなど、もうありえないと思っていた。


涙が出た。




2011/02/14 AM 07:57:22 | Comment(3) | TrackBack(0) | [日記]

新宿事変
昨日、新宿駅南口に、殺人予告があったらしい。

「午後21時に殺人を決行する」というような内容だったらしい。

午後21時って、と細かいところを突っ込むのは、やめにする。
予告されると怖いので。

そのとき、中学3年の娘は、ジャストタイム新宿にいた。
南口ではなく西口のマクドナルドで、さいたま市に住んでいたころのお友だちと久しぶりに会っていたのである。

駅から少し離れていたので、新宿駅が大騒ぎになっていることに全く気づかなかった。

気づいたのは、一通のメールからだった。

「新宿事変」

そんなタイトルのメールが、娘のもとに届けられた。

「新宿事変? 東京事変ではなく?」
何の冗談だろうか、と思って発信人を見たら、韓国のお友だちからだった。

韓国のお友だちが、真っ先に「新宿駅で殺人予告があったらしいけど、Kちゃんは大丈夫? 新宿にいたりしない?」というメールを送ってきたのだ。

ソウルに住む正真正銘の韓国人が、遠く離れたところから、日本語で娘の安否を気遣う。
しかも、娘が東京事変が好きだということを知っていて、タイトルに「新宿事変」とまで付けるご親切さだ。

最初は、冗談かと思ったが、何気なく「ツィッター」でつぶやいてみたら、本当らしいという情報がリアルタイムで、押し寄せてきた。

他の韓国人のメル友が、ツィッターで追加情報を寄せてくれたのである(日本語で)。

だから、娘はマクドナルドにいながらにして、「新宿事変」のあらましをつかむことができた。

いま新宿南口を通るのは危険である。
西口をひっそりと通り、ひっそりと中央線に乗って、ひっそりと武蔵野に帰ろう。

そうやって、娘はひっそりと帰ってきた。

中央線に乗っているときも、メールとツィッターはフルに機能していて、「東京は何年ぶりかの大雪なんだって」という問いかけが、韓国人のお友だちから絶えず入ってきた。

「大雪っていうほどではないよ」と娘が返すと、「いや、夜からが大雪なんだよ」と娘が知らない天気情報まで教えてくれるのだという。

娘の韓国人のメル友は、4人。
全員が高校生だ。

年は、16から17歳。
娘より少し年上。
しかし、この年代の子にとって、少しくらいの年の差は問題にならないらしい。

まるで同い年のような付き合いをしているようだ。

K-POPを通じて仲良くなったのだが、韓国人のお友だちはみな、それほど熱心なK-POPファンではないらしい。
好きなアーティストはいるが、特別「入れあげている」わけではないという。

「ちょっと興味がある」程度だというのだ。

その点で、娘とは温度差があるようだが、娘いわく「みんながいい子」なので、それは全く気にならないという。

最初は、ハングルの勉強のために、と思ってメールを始めたのだが、相手の日本語が上手すぎるため、今では全てが日本語での会話になっているようだ。

日本に一度も来たことがない韓国人が、普通に日本語でメールする、という状況が私のような固い頭のおじさんには理解できなかったのだが、「ジブリ」というキーワードを通すと、「ああ、なるほどね」と納得できた。

娘の韓国人のメル友は、全員が「ジブリファン」だったのである。

幼いころから日本語版の「トトロ」を見て育ち、「猫の恩返し」、「魔女の宅急便」を飽きるほど見て育った彼らが、日本と日本語に興味を持つのは、当然のことのように思える。

それは、日本人が、韓国のエンタメを見て「カッコイイ!」と感じるのと同じ理屈である(違う?)。

彼らは、「もののけ姫」の作品背景を研究し、物語に秘められた歴史世界を勉強することにより、日本という国を理解する法則のようなものをジブリから感じ取ろうとしたというのだ。

その思い入れの深さに、驚く。

いったい、日本人のどれだけが、「もののけ姫」から、そんなものを感じ取ろうとしただろうか。

しかも「ジブリ」だけで、日本語を理解しようとする彼らの濃密な真剣さに、私などは、ほとんど感動すら覚えてしまうのである。

そして、さらに彼らは言う。

「韓国が、日本の文化の流入を制限している今の状態で、K-POPだけが日本でもてはやされているというのは納得できない。日本の文化を制限している状態で、K-POPとJ-POPの優劣を決めるのは公平ではない。まるでK-POPのひとり勝ちのような単純な勝敗論はむしろ恥ずかしい」


日韓には、複雑な歴史的背景がある。

そのすべてに「日本に非がある」と言ってしまえば、納得する人もいるだろうが、納得しない人もいる。

娘のお友だちは、意外と冷静に、そのあたりを見ているような気がする。

遠い昔の確執は忘れて、若いものが仲良くなれば、いいんじゃない?

いいものはいい、悪いものは悪いって、普通に言い合おうよ。


キムチも美味いけど、讃岐うどんも美味いよね。


実際、娘の韓国のメル友4人は、なぜか讃岐うどんがお気に入りだという。

日本には、一度も来たことがないのに、「讃岐うどんは最高だよね」と言っているのだという。

娘は、そのお友だちが日本に来たときに、美味しい讃岐うどんを食べてもらいたいと思って、いま美味しい讃岐うどんの店を物色中である。


日韓友好は、讃岐うどんから。


そんな些細なことで、いいんじゃない?




2011/02/12 AM 10:22:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

インフルエンザ
学習能力がないと人様に迷惑をかける。

今回迷惑をかけたのが、ヨメだ。

昨日花屋のパートから帰ってきたヨメが、「熱が出た。腰が痛い。のどが痛い。苦しい、アイタタタ!」と叫んだ。

熱を測ってみたら、38.2度。
私には平熱でも、ヨメにとっては死ぬほどの高熱である。

痛い、苦しいを連発するヨメを、ご近所の医者に連れて行った。
結果は、「インフルエンザA型」。

「インフルエンザァ! なんで! マスクも手袋も消毒もしているのに、なんでぇ!

はい、おそらく犯人は、私です。

私が風邪だと思っていたものが、インフルエンザだったのだろう。

5年前にも、そういうことがあった。
私が最初に高熱を発したのだが、それを隠して普段どおりの生活を続けたため、それがヨメに伝染り、息子に伝染り、最後に娘に伝染った。

その教訓を生かして、それ以降、私以外は予防接種を毎年受けるようにしていたのである。
だから今回も、昨年の12月に、息子と娘、娘のお友だちに予防接種を受けさせた。

しかし、ヨメは今回「もう伝染らないわよ」と確信を持った口ぶりで、予防接種を見送った。
だが運悪く、見事に伝染った。

これは、もちろんヨメが悪いのではない。
私が、自分がインフルエンザだったことに気づかなかったのが悪い。

しかも一昨日などは、電車内で悪寒に体を震わしながら、浦和の得意先までウィルスをまき散らしに行くという非常識なことをしてしまったのだ。

得意先に着くまでは、マスク、マフラー、手袋の完全装備だったが、打ち合わせのときは全て外したから、ウィルスはオープンな常態だった可能性がある。


浦和の皆様方、ご迷惑をおかけしましたこと、この場でお詫び申し上げます。


自分の学習能力のなさに、ほとほと愛想が尽きる。

何度同じ過ちを繰り返せば、私はまともな大人になれるのだろうか。
きっと私のような男こそ、予防接種は必要なのだ。

来年からは、絶対に予防接種をしよう。
そう固く心に留めた。


ヨメが「アイタタタタ」と叫んでいる。
「死にそうに腰が痛い、のどが痛い、膝が痛い、ヒー!
「水を飲んでも痛い」
「咳をすると内臓が痛い」
「頭が痛い、目が痛い」
アイタタタタッタァ〜〜!

数日間は、ヨメの「痛い・苦しい」アピールが続くであろう。

ヨメが、また言う。
「でも、なんで伝染ったかなあ? わたし、いつもマスクしてるんだけどなあ〜。消毒もうがいも欠かさないのになあ〜」


そのとき、娘と目が合った。

娘の目は、「犯人は、おまえだ」と訴えていた。


ギルティ!




2011/02/10 AM 06:35:38 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

ピンクの金庫
風邪をひいた。
土曜の夜から、体温は38度をいったりきたり。

しかし、私は元気だ。

38度は、熱とは言わない。
平熱が上がっただけだ。

この間の日曜日は急ぎの仕事がなかったので、オフにした。

オフとは言っても、寝ていたわけではない。
暇ができたらやろうと思っていたことをすることにした。

義母のマンションの後片付けに行ったのである。

大きな家具は片付けたが、クローゼットの中などの整理がまだである。
これが終わらないと、完全に煤を取り除く作業ができない。

家族に声をかけて、一気に片付けようと思った。
しかし、「心が折れるから勘弁して」と言われた。

確かに今まで2回、ヨメたちはマンションの整理に行ったが、気がついたら、みな泣きながら作業をしていた。
無意識のうちに、重い空気にどっぷりと浸かっていたのである。

薄情な私だけが、事務的に作業をした。

今回は、一人で片付けるしかないか、と思っていたとき、(我が家に居候中の)娘のお友だちが「じゃあ、オレが行く」と言ってくれた。

しかし、受験勉強があるだろう?

「過去問バッチリ! オレは面接よりも筆記試験のほうが得意みたいですよ。怖いくらい、今オレの頭冴えてますから。だから、ちょっとくらい息抜きをしても大丈夫」

ということで、2人でマンションの整理に行った。

お友だちは、煤で真っ黒の室内を見て、息をのんだ。
そして、「こんなにひどいんだぁ!」と絶句。

煤で全身が汚れるので、お友だちは、学校のジャージの上下。
私は知り合いからもらったツナギ服。
そして、頭にはタオルを巻き、手は軍手、鼻と口は粉塵防止用の大きめのマスクをつけている。

そんな怪しい格好で、整理を始めた。
ダイニングと和室、洋間は、もうすでに片付け終わっていたので、あとは生活には使っていなかった3畳のサービスルームだけである。

ここも人の頭の位置から上あたりが、熱風で煽られ、天井が変形していた。
クローゼットも上の部分は、大量に煤が付着していたが、変形はしていなかったので、扉は簡単に開いた。

幸いにも、煤は内部までは及んでいなかったようだ。
クローゼット内に格納されたものは、ほとんどが綺麗なままだった。

いただきものらしき贈答用の箱が、無造作に何段も積まれていた。
中を調べると、ティーカップや丼などの食器が多かった。
使えそうなものが、ほとんどだった。

これは、「使えるものリスト」に追加しておこう。

こうしてリストにしておけば、あとで義母のバカ息子たちが、「あいつが盗んだ」と大騒ぎしたときも、俺はこれだけ丁寧に整理したんだぜ、おまえらは何もしていないじゃないか、と逆襲することができる。
だから、これは大事な作業である。

使えそうなものは、大き目の段ボール箱に入れて、「Good!」と書いておく。
これで、「Good!」の箱が3つになった。

あまり長く煤だらけの部屋にお友だちをいさせるわけにはいかないので、今日はここまで、と終了宣言をしようとしたとき、クローゼットの奥にピンクの金庫らしきものがあるのに気づいた。

ピンクの金庫?

そう言えば、義母は、ピンクが好きだったな。
金庫まで、ピンクか。
それほどまでに好きだったとは。

しかし、金庫となると、鍵がないと開けることはできない。
この状態で鍵を見つけることが可能かどうか。
そう思って、取っ手を持ち上げてみたら、ふたが自然に開いた。

こんなに簡単に開いたら、金庫の意味がない。
つまり、大事なものを入れていたわけではないということか。

中を覗いてみた。

入っていたのは、携帯のストラップが5本。

3つは、小さなウサギのぬいぐるみ。
他の2つは、子ブタのぬいぐるみ。

それらは、透明なビニール袋に入っていた。

そして、そのビニールには文字が書いてあった。
3つのウサギには、ヨメと息子と私の名前。
子ブタには、娘と娘のお友だちの名前。

義母は、娘のお友だちには一度しか会ったことがないのに、名前を覚えていたようである。
認知症は、それほどまでに改善されていたのか。

これ、Mちゃんに、だって。
私がお友だちにストラップを渡すと、彼女は、それを手に取った途端、しゃがみこみ、声を抑えて泣き始めた。

丸まった背中が震えていた。


ウサギの一つには、「サトルさんへ」と書かれていた。


それを見て、あらためて思った。

義母は、死んではいけない人ではなかったのか。

どうしようもなく薄情な男ではあるが、そんな私でも、そのことだけはわかった。


目が痛い。

きっと天井から降って来た煤のせいだ。




2011/02/08 AM 08:16:00 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

てんてん
昨年の10月のことだが、我が家の脱衣場に、てんとう虫の姿を見つけた。

「可愛い!」と萌えたのは私だけで、他の4人は「早く追い出してよ」と毛嫌いした。

こんなに、可愛いのに・・・・・。

「てんてん」と名づけた、と私が言うと全員が「キモッ!」
「追い出せ!」の総攻撃を受けたが、生き物を労わろうよ、淋しい中年の楽しみを取らないでよ、と言ったら渋々ではあるが了承してくれた。

それから10日間くらいは、脱衣場の天井や壁で「てんてん」が遊んでいるのを見かけた。

しかし、いつのまにか姿を見かけなくなった。

「てんてん」どこに行ったのかね?

「キモッ!」

脱衣場は、常時生活の場というわけではないので、寒い。
11月の寒さに耐えられなくなって、「てんてん」は天に召されたのだろうか、と私は考えた。

もちろん家族の間で、「てんてん」が話題になることはない。

私だけが気を揉んで、鬱になっていた。

しかし、昨日の夜、風呂から上がって、パンツをはき短パンをはきTシャツを着ていたとき、壁に動くものを発見した。

まさか、ね・・・・・・・。

しかし、それは飛んだ。
壁から壁に30センチほどの跳躍であるが、間違いなく「てんとう虫飛行」を繰り返した。

思わず、私は「オー!」と叫んだ。

その叫び声を聞きつけて、家族が駆けつけてきた。

「何だ、痔が悪化したのか!」と娘。
「髪の毛が抜けた?」と息子。
「こんな時間に発声練習なんて!」と娘のお友だち。
そして、「久しぶりに鏡で自分の顔を見てビックリしたんじゃない? あまりにも老けたから」とヨメ。

いや、「てんてん」が、と私が壁を指差すと、全員が「ケッ! 人騒がせな!」と、すぐに解散。

喜んだのは、俺だけかよ。

まあ、いいか、生存を確認できただけでも嬉しい。

ネットで調べたら、てんとう虫は冬眠をするらしい。

気温が下がって、動きにくくなったので、彼は冬眠をしたのではないだろうか。
そして、昨日今日の暖かさで、目覚めた。
そう考えるのが、合理的だ。

生命というのは、素晴らしい。

中年男に、感動を与えてくれた「てんてん」だった。



という夢のある話の次は、現実的な話を。

8年前から私に仕事を出してくれる編集企画会社がある。
それをN企画としておく。

N企画からは、年に2回仕事をいただくが、実は、それは仕事とは言えないものだった。
いや、仕事は仕事なのだが、私のふところに一銭も入らないという意味で、仕事ではないということだ。

それは、タイピングの仕事。
私の場合、仕事の流れで文字を打つことはあるが、大量に文字打ち原稿がある場合は、外注に出すことにしている。

私のタイピングは、猛烈に速いわけではないが、遅くもない。
ただ、正確に打つ方だとは言える。

しかし、文字打ちのプロの方たちと比べたら、チェ・ホンマン猫ひろしくらいの差はある(例えが変?)。
だから、大量の文字打ちは、プロに任せるようにしている。

そして、プロにまかせた以上、プロの領域を侵食してはいけないと思うから、私は儲けを取らないことにしているのだ。
外注さんに4万円を請求されたら、そのままクライアントにその額を請求して、それが入金されたら外注さんにそのまま振り込む。
その工程を8年間繰り返してきた。

厳密に言えば、通信費や外注さんに原稿を送る料金などを考えれば、むしろマイナスの赤字である。
我ながら8年間もよく我慢したと思う。
それは、信頼できる外注さんがいたからこそ我慢できたことである。

これからもその我慢を続けていれば、外注さんに迷惑をかけなかったのだが、今回突然私の「変人気質」が爆発した。
あらゆることで、疲れていたということもある。

昨日、N企画の社長から電話があった。
「文字打ちのミスが、100個以上ありました」

100個以上では曖昧です。詳しい数字を言ってください。

(面倒くさそうに)「131個」

400字詰め原稿用紙で、95枚の原稿。
単純計算で、3万8千字だ。

この仕事は、文字を打ってもらったら、それでおしまい、というわけではない。
私が内部校正をする。
原稿と照らし合わせて、打ち間違いを修正していくのだ。

私が信頼して出している文字打ちのプロは、宇都宮に住む主婦だ。
仕事が速くて正確だから、彼女にしてもらうと、仕事のスケジュールが立てやすい。
6年以上のお付き合いをさせていただいている。

ただ、どれほど早くて正確とはいえ、打ち間違いはある。
それは、本人の勘違いだったり、変換ミスだったり、原稿が汚くて読めなかったりというのがあるから、ミスがゼロというのは、ほとんどありえない。

今回も内部校正で37個の打ち間違いを見つけた。
率としては、約0.1パーセントである。
これは、前日の午後4時に出して、翌日の正午までに仕上げる仕事としては、優秀な結果と言っていいだろう。

それを私が内部校正する。
ただ、内部校正をしたからといって、やはりミスがゼロになるわけではない。
明らかに間違った言い回しや表現は、注釈をつけて正しい文章に変更するから、その勝手に変更した部分をこちらのミスと言い張られたら、ミスの範囲は広がるだろう。

今回、内部校正で37だったミスが、131個に増えていた。
ただ、これはたまにあることだ。
私が気を利かせて文章を直した結果、注釈つきで訂正したその箇所が気に入らず、もう一度訂正しなおされた場合、それを当方のミスとカウントする場合がある。

このN企画は、毎回そうである。

今回は、有名な歴史書から引用した文章が明らかに間違っていたから、それを訂正して打ち直した(注釈つきで)。
出典元とは明らかに記述が異なるから、訂正しただけだ。
意味が違ってしまったら、その引用文は、まったく役に立たなくなる。
それがそのまま通ってしまったら、筆者にとってもよくないだろう。

だから、ここの引用文は、実はこういう表現で、こういう意味です、という注釈をつけて、文章を変更したのだ。
それを打ち間違いととられるのは、心外である。

現行のままだと意味がまったく違ってしまいますよ、と私がN企画の社長に言うと、社長は「それは、あなたの仕事でも俺の仕事でもありませんよ」と言う。

そう言われるのは、実は毎回のことだった。
今までは、それに耐えてきた。
たいしたことではないと思ったからだ。

しかし、今回の私は、意固地だった。

社長が面倒くさそうに言う。
「書いた本人が責任をとればいいんです。俺は、本にすればいいんだ。そして、あなたはいつも通り、文字を打っていればいいんですよ。余計なことはしなくてもいいんです。どうせ、身内だけに配る本なんだから」

しかし、編集者は、自分が作る本に責任をもつべきでしょう。

「いや、責任は、書いた人だけが持つ。儲けを考えたら、余計なことはしていられない。時間を食えば食うだけ損ですからね。俺は細かい内容までは責任をもたない。相手にも、そう言っていますから」

では、明らかに間違った文章でも、訂正しないと?
それで、その人が、恥を書いても気にしないと?

「そう、気にしない。俺が間違ったわけじゃないから。ここは大手の編集社とは違うんですよ。客も、それはわかっているでしょ。値段が違うんだから・・・、安いってことは、そういうことですよ。書いた人間だけがリスクを負うんです」

それは、明らかに私の価値観とは、違うものだった。
今までだったら、「まあ、いいか」で済ませられたが、今回は、その意見に屈するのが嫌だった。

自分でも、その感情の動きが理解できない。

上等じゃねえか。
そう思った。
だから、言った。


そうですか。
では、修正箇所は、こちらで修正しなおして再度送りますので、次回からは他に頼んでください。
ご迷惑をおかけしました。


成りゆきで、このような結末になったので、次回から、この仕事が入ることはない。

宇都宮のサカイさん。
ゴメンナサイ。
新しい仕事を持ってきますので、お許しください。

必ず持ってきます。



てんとう虫に誓って・・・・・。




2011/02/06 AM 07:28:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

ポジティブな娘
中学3年の娘が、都立高校の推薦入試に合格した。

ホッとした。

ただ、ホッとはしたが、(我が家に居候中の)娘のお友だちは、同じ高校に合格できなかった。
ほとんど実の娘のような感覚でいたので、嬉しさ半分、悔しさ半分といったところだ。

しかし、「マツコのパピー、落ち込まないでよ。一般入試もあるんだからさ。オレは、そっちの方が得意なんだから」と反対に慰められた。
苦笑いするしかない。

娘たちが受けた高校の推薦入試は、面接だけである。
あとは、調査書の内容がものを言う。
いわゆる内申点というやつだが、それは娘の方が上だったようだ。

面接時間は、各自10分。
その中に、3分間のプレゼンテーションというのが入る。
お友だちは、得意だという英語のスピーチをした。

そして、家に帰ってくるなり「マツコのパピー! もう完璧でしたよ。ひと言も間違えませんでした。これで落ちてもオレは本望だぁ!」と私とハイタッチ!
彼女としては、推薦入試は完全燃焼したのだから「次は一般入試」と簡単にギアチェンジができたのだろう。

たくましい女である。

それに対して、わが娘。
受験勉強らしきものをしていたと思ったら、ハングル語の勉強だった。

要するに、娘の場合、受験に備えるという意識が皆無だった。

3分間のプレゼンテーションも、試験官が自分と目を合わせようとせず、やる気のなさ丸出しで貧乏ゆすりを始めたのを見て、急遽内容を変更するという無謀な策に出た。
英語とハングルを使って、いかに高校生活を有意義に過ごすかをプレゼンするつもりが、突然日本語で椎名林檎について語りだしたというのだ。

推薦入試のプレゼンで、椎名林檎論を語る?

それを聞いて、こいつは、まったく俺ソックリの性格をしている、と私は背筋が寒くなった。
親の影響力って、強いんだな。
いいのか、こんなので。

試験官は、馬鹿にされたと感じたのじゃないだろうか。


しかし、娘は合格。


担任が、よほど調査書に彼女にとってプラスのことを書いていたと思われる。
そうでなければ、椎名林檎論が通るなんて、ありえませんよ。

娘のお友だちは、中学3年間、無遅刻無欠席。
内申点は娘に及ばないにしても、その頑張りは文句のつけようがない。
前向きさ、ひたむきさ、ポジティブさは、百点だ。

それなのに、なぜ合格させない?
内申点が何だ! 馬鹿野郎!

責任者、出て来い!

頭にきた。

しかし、そんな頭に血ののぼった私にお友だちが言う。
「マツコの椎名林檎論のプレゼン、聞いてみたかったな。絶対に面白かったと思うよ」

どこまでも「いいやつ」なのである。
男前(?)だ。


よし! 過去問だ! 過去問をやりつくせ! あと3週間、過去問漬けになれ!

私がそう言うと、「オオ!」とガッツポーズをしたあとで、お友だちは両手で自分の腹をポンポンと叩いた。
そして、「受験の日の朝は、カツカレーをよろしく! オレ、縁起を担ぐほうなんだ」。

そうか、そう言えば、推薦入試のときは、胃にもたれないように朝メシはシャケ雑炊だったな。


もしかして、カツカレーを食わさなかったから、合格できなかったのか?


つまり、俺の責任じゃないか。


よし! 3日前からカレーを煮込んで、美味しいカツカレーを作ってやる。


なんか、燃えてきた。




2011/02/04 AM 06:46:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | [子育て]

本能
「クラスの男のほとんどが、K-POPが嫌いだって言うんだよね」と中学3年の娘が憤る。

「お友だちの女の子の父親の中には、K-POPなんて聴くな、って言うのもいるんだよ。自分はアナ・ジョンソンとかの洋楽を聴いてるのにね。洋楽を聴くのとK-POP聴くのと、どう違うのかね?」

それは、ただ単に好みの問題でもあるし、韓国アレルギーが強い人も、何人かはいるってことじゃないのかな。
とりあえず、無難に答えておいた。

「それは、反韓ってこと?」

そう。
反日に対する反韓。
反日に対する反米というのもあるが、男は単純だから、あからさまにアンチな態度をとられると、力関係のバランスをとるために、こちらも同じようにアンチに傾いてしまうのだよ。

「バーカ、バーカ、ちんどん屋」と言われたら、「おまえのかあチャン、デ〜ベ〜ソ〜」って言い返したくなるんだ。
愛すべき本能だな。

「なんだ、それ! 馬鹿じゃないのか」

馬鹿じゃありません。
本能なんです。

「K-POPが嫌いなのが、本能なのか?」

君だって、韓国のラップ・グループ DJ DOCは、反日の歌を歌っているから嫌いだって言ってたよね。
それと、同じかな。
クラスで、君の悪口を言っている人間がいたら、君もそいつの悪口が言いたくなるだろ。

「オレは、相手の悪口を言う前に、相手に問い質すぞ。その答えによっては、相手が嫌いになるかもしれないけど」

それは、理想的な外交官の姿だ。
しかし、東洋人の男たちは、外交が下手だ。
合理的な思考に弱い、本能で生きる動物なんだ。
東洋の男は、怖いものは遠ざける習性がある。

それに対して、西洋人の男は、怖いものは手なずけて取り込もうとする。
あるいは、ポーズだけでも尊敬するフリをして、心の中で舌を出したりもする、したたかな外交術を身につけている。

東洋では、女性が指導的な立場に立つことが少ない。
それは、男が女を怖がって、相手との距離感がつかめず、結果的に遠ざけることを選ぶからだ。

逆に西洋では、優秀な人は重要なポスト、指導的な立場に据えられることが多い。
性別を超えて優秀な人材を選んだ、というのが男たちのステータスになるからだ。

つまり、東洋的な本能。
西洋的な本能。
それは、「教育」と言い換えることもできる。

反日教育、反米教育などと同列のものだ。

東洋の男たちは、異質なものに触れたとき、怖がって遠ざけようとする。
長く国を閉ざしていた(鎖国)国、中国、韓国、日本は、その時代、男がずっと指導者だった。
彼らは、異質なものには目をつぶって、異国からの圧力という「台風」が通り過ぎるのを待とうとした。

怖いからだ。
怖いから遠ざけるという本能が、骨の髄まで染み込んでいたからだ。

それが、東洋の男たちの本能。

おそらく、女だったら、そんなことはなかっただろう。

韓流の波を、いとも簡単に受け入れた東洋の女たちなら、鎖国を破る異質な圧力を怖がることはなかったに違いない。

「本能だからか?」

そうだ、本能だからだ。


「そうか」
全く納得した顔ではなかったが、娘は、最後に両手の拳を握りしめて言った。

「では、本能と言えば?」


(二人同時に)「椎名林檎様!」



結局、そこか!
(説得力まったくナシ)




2011/02/02 AM 06:26:21 | Comment(3) | TrackBack(0) | [日記]



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