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● 新年だニャー |
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あけましておめでとうございます。
日本列島を冬の嵐が吹き荒れているようですが、武蔵野は、平穏です。
そこで、平穏な大晦日の話。
アパートのすぐ近くに、公園がある。 幅100メートル奥行き15メートルほどの、そこそこ広い公園だ。 滑り台とブランコ、砂場がある。
そして、木のベンチが四つ。 その右端のベンチに、ノラ猫がやってくる。 2匹だ。
そのノラ猫に、私は勝手に、リョーマとセキトリという名をつけた。 たてがみのようなものがあって、雄々しい感じがするので「リョーマ」。 小太りで、頭の模様がチョンマゲみたいなのが「セキトリ」。
昨日は、セキトリだけがいた。 私がベンチに近づくと、首を5度ほど持ち上げて、「おまえかよ」というような目で私を見上げる。
寒くはないか、と聞いてみる。 猫は、寒いのが苦手なはずだ。 それは、ノラ猫といえども、変わらないだろう。
鼻息を小さく飛ばして、「当たり前だろ」というような顔で、目をつぶるノラ猫・セキトリ。 ふてぶてしい顔に「リョーマはどうした?」と聞いてみたが、セキトリは目を閉じたまま大きく呼吸をして、尻尾だけを振った。
面倒くさいらしい。
10分ほど、セキトリの背中を撫でたあとで、「じゃあ、またな。来年もよろしく」と言って、腰を上げた。 だが、今回は、セキトリの行動が、いつもとは違っていた。 いつもなら、顔を面倒くさそうに一度上げたあとで、すぐに眠りの体制に入るのだが、今回は、ふた呼吸おいて、体を起こしたのである。
そして、私の後を付いて来たのだ。
当たり前のように付いて来るセキトリ。 そして、彼は車道を渡って、アパートの階段まで、私に同伴なさったのである。
戸惑うオレ。
私を見上げるセキトリ。
そして、体に似合わぬ細い声で、ニャー。
どういうことだ。 困ったぞ。 アパートに動物を入れてはいけない。 それは、賃貸契約条項の中に、書いてある。
私は、それを承知で、このアパートに住まわせてもらっているのだ。 規則を破るわけにはいかない。 それは、人間として、恥ずべき行いである。
だから、私は心を引き裂かれる思いで、「セキトリ、またな」と言って、階段を上り始めた。 しかし、その私の背中に向かって、また「ニャー」。
振り返ると、セキトリのつぶらな瞳が私を見上げていた。 すがるような目だった。
その目を見ながら、私は思った。 我が家には、引越しの時に使ったでかいダンボールがある。 あれを組み立てよう。 そして、雨に濡れても大丈夫なように、レジャーシートで、それを包もう。
さらに、15センチ角の切込みを3辺に入れて、「猫らしきもの」が、それを頭で押して、中に自由に入れるようなペットドアを作ろう。 ダンボールの底には、使い古しのバスタオルを敷こう。 そのバスタオルは、敷く前に、セキトリを一度くるんで、匂いを付着させておこう。
それを庭の片隅に置くのだ。
それは、猫の家ではない。 ただ、使い古しのダンボールを庭に置いておくだけだ。
その中に、ノラ猫が住みついたとしても、それは不可抗力である。 何ものかが、住みついてしまったのだ。 私が飼っているわけではない。
庭に置き去りにした、レジャーシートで包んだ段ボール箱。
ノラ猫が、その中に入ってしまったかもしれないが、私は知らない。 その姿を見ていないからだ。
大晦日の夜。 皿に、ホッケのくずし身をのせて、ダンボールのそばに置いた。 それは、餌ではない。 キャットフードを買ってきたわけでは、ないのだ。
私は、ただ置いただけだ。
それは、カラスが食ってしまうかもしれないし、強風が飛ばしてしまうことも有り得る。 たとえ、そうなってしまっても、私にはどうすることもできない。
不可抗力だからだ。
元旦。 朝6時半過ぎ。
澄み渡った空気の彼方に、富士山が見える。 ため息が出るほど、美しい山だ。
皿の上のホッケは、キレイに無くなっていた。 昨日は、この庭にだけ、50メートルの強風が吹き荒れたので、飛ばされてしまったようである。
今度も強風が吹き荒れる予感がした私は、皿にカニかまをほぐしたものと、直径3センチのご飯を二つ置いておいた。
そして、段ボール箱に向かって、囁いた。
鳴き声は、たてるなよ。 静かにしていろよ。
中から、ニャーという声が聞こえたが、それは、私の空耳だったかもしれない。
私の2011年の正月は、そんな風にして、始まった。
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2011/01/01 AM 09:17:59 |
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