Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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兵役のある国とない国
J-POPとK-POPは、どこが違うか。

最近、音楽は椎名林檎のほかは、K-POPしか聴かない中学3年の娘の影響を受けて、私もK-POPを聴く機会が増えた。

凄まじいほどのK-POPアーティストの洪水が、いま日本に押し寄せている。

いいものもあるが、これは何だ、と思うものもある。
それは、要するに、最終的に、私の好みに合うか合わないか、ということ。

ただ、J-POPとK-POPの間には、大きな違いが、二つあると私は思っている。
一つは「譜割り」である。

面倒な検証は抜きにして、ひとつだけ例をあげる。

たとえば、日本語で「愛してる」と歌うとき、「あ」「い」「し」「て」「る」の5文字に、音符がつく(もちろん例外はある)。
それに対して、英語では、「アイ」「ラブ」「ユー」の3つの音符だけで済むことが多い。
そして、韓国語も「サ」「ラン」「ヘヨ」で済むことが多いようだ。

つまり、日本語は、定型的な「譜割り」に縛られるが、リズムという面では、英語、韓国語の詞の方が、より多くのリズムを刻むことができるということだ。

たとえば、日本のラップは、メロディカルな面を持っているが、英語、韓国語のラップは、概してリズミカルである。
乱暴な表現だということを承知で言うと、日本のラップは定型的でリズムに幅がないから、アーティストの個性を出しにくいきらいがある。

これは、あくまでも私の感性だけで言わせてもらうが、だから日本のラップは、誰が歌っても、同じに聴こえる。
それは、一つの音符に、いくつもの言葉を乗せるという方法が、日本語に適していないから、メロディやリズムの選択肢が少なく、冒険ができないからだ、と私は思っている。

短絡的な言い方をすると、日本語はリズムに乗りにくい言語だ。
たとえば、優れた海外のラッパーが日本語でラップを歌ったとしても、彼らはその実力の半分も出せないだろう。
だから、好き嫌いを前面に出して言わせてもらうが、私は日本語のラップは聴かない。

韓国語のラップは聴く。
リズムとメロディが、適度に融合しているからだ。
その音は、耳に心地よいし、気持ちも弾む。

ただ、繰り返すが、それは突き詰めて言えば、「好き・嫌い」ということ。
申し訳ありません。
私は、日本語で歌われるラップが、ただ嫌いなだけなのです。
音が、耳に心地よく響かないから。

開き直った言い方をすると、素人が比較論を言うとき、その根底にあるのは、「好き」か「嫌い」か、だけである。
ラーメンは、しょう油がいいか、味噌がいいか、とんこつがいいか、という好き嫌いと、それは同じだと思っている。

ただ、いくら無知な私でも、聴いたことのないものとは比較しない。

いま人気の「少女時代」や「KARA」が、ネットで、日本のアイドルグループ「AKB」と比較されているのを呼んだことがあるが、私は、そんなことはしない。

なぜなら、私はAKBの歌を聴いたことがないからだ。
同じように、男性K-POPグループが、日本のジャニーズやEXILEと比較されているのを見るが、私はジャニーズ系の歌をフルコーラス聴いたことがないので、比較はできない。
EXILEに関しても、聴いたことがないので、比較はできない。

だから、卑怯な言い方になるが、私が持っている「J-POP的なもの」への印象との比較しかできない。
J-POP的なもの・・・・・それは、感傷的で、甘いメロディ。
もちろん、それが全部ではないが、海外から見て、日本人が勤勉であるとか、日本の製品は信頼できる、という種類と同等の、それは包括的な印象である。

それに対して、K-POPは、リズムがタイトで刹那的だ。
同じ言葉をしつこいくらいに繰り返して、リズムを強調する「ボディ(体)の音楽」だ。

以前、こんなことを人に言って、笑われたことがあるのだが、今回もあえて言わせてもらいたいと思う。

それは、兵役のある国と、ない国の違いだ。

日本には兵役がないから、生活が断ち切られることがない(フリーターが普通に生きていける国)。
しかし、韓国には兵役があるから、一時期、生活が断ち切られる。
逃れられない運命を持った国と、その気になれば、どんな運命からも逃れられる国。
それが、韓国の歌に「刹那の響き」を与えているのだ、と私は勝手に思っている。

「こじつけ」と言われたら、はい、そうです、と簡単に批判を受け入れますが。


緊張感のあるK-POP。

先月、「Mnet Asian Music Award(通称MaMa)」という放送を見た。

アジアンとは言いながら、ほとんどが韓国のアーティストだから、Korean Music Awardと言っていいものだったが、日本からはPurfumeとChemistryが出て、パフォーマンスをしていた。

その中で私の目を引いたのが、K-POPアーティストの2PM(ツーピーエム)、2EN1(トゥエニーワン)そしてBIGBANGだった。

それは、私が20年以上見ていない日本のレコード大賞や紅白歌合戦とは、まったく違う質を持ったパフォーマンスを演出した音楽番組だった。

日本の年末の音楽祭は、私から見ると「仲良しのじゃれ合い」が、根底にあるように思える。
もちろん、それが悪いことだとは言わない。
日本人が長い間、懸命に培ってきた良好な人間関係を表現する方法として、それは理に適っているかもしれないからだ。

しかし、個人的な感想を言わせてもらうと、その「じゃれ合い」に、私はとっくに飽きてしまっている。
緊張感のない「仲良し同士のお祭り」は、やっている本人はいいだろうが、私には、きつい。


私は、「プロフェッショナルが体を張って創り出す緊張感」が好きなのだ。
(それとは別物だと思うが、ビートたけしや島田紳介が、自分の言うことを聞く子分を集めて、どんなに体を張った芸を見せても、私は馴れ合い、じゃれ合いにしか見えないから、面白いとは思わない)


演奏技術や作曲能力以前に、ピーンと張った緊張感が、私を心地よくさせる。

今回の2PM、2EN1、BIGBANGのパフォーマンスには、その緊張感が、溢れるほどあった。

自分たちが背負っている「刹那的なもの」を極限まで表現すると、こんなパフォーマンスができるのだ、と彼らを見て私は、ほとんど感動したと言っていい。

張り詰めた緊張感が、それぞれのミュージシャンに、いい相乗効果をもたらしてグループ内でパフォーマンスを競うから、そこには「馴れ合い」が、微塵も感じられないのである。

K-POP嫌いの息子は、最初は、冷ややかに距離を置いて見ていたが、BIGBANGのパフォーマンスが始まると、目が画面に吸い寄せられたようになり、食い入るように見つめていた。

そして、終わると、ひとこと「すげえ!」。

もちろん、音楽に緊張感などいらないよ、という人のほうが多いかもしれない。
音楽は、聴きやすくて楽しければいいんだよ、あるいは、カラオケで歌えない歌はつまらない、という考え方は当然だし、私もそれは否定しない。

ただ、私は、馴れ合いのパフォーマンスは、金を払ってまで見たいとは思わないのである。
そして、K-POPや、海外の音楽の中にも、馴れ合いを感じることがある。
その場合も、私は、その種の音楽は聴かないと言っているだけのことだ。

どれが上で、どれが下ということではない。
ただ、緊張感のある音楽が、好きか嫌いか、だけである。

その一つの理由として、兵役のある国の音楽と、兵役のない国の音楽、を好き嫌いの観点で、表現してみた。



ピント外れのことを言っていることは、承知の上で・・・・・。




2010/12/15 AM 06:40:59 | Comment(9) | TrackBack(0) | [日記]



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