Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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年末に照れる
年の暮れ 今日もお仕事 嬉しいな。

稲城市の同業者からいただいた2種類の仕事は、思いのほかボリュームがあって、年末の忙しさを実感している。

毎年正月に原稿が入る社内報の仕事は、一昨年から担当者が変わって、年内に校了になるので、正月の風物詩ではなくなった。
それで、肉体的にも精神的にも楽になるはずだったが、むしろ物足りなさを感じるのだから、人間というのは勝手なものだ(いや、私だけが勝手なのか?)。

今年の年末年始は、とりあえず2種類の仕事を自分のペースでこなすつもりだ。
この状態が、私の精神を安定させるのだから、つくづく俺は貧乏性なのだと、自分で呆れている。

振り返ってみると、正月の私は、絶えず動き回っていた気がする。
高校時代は、陸上部の友だちの別荘にお邪魔をし、温泉三昧の暮らしをしていた。
大学時代は、毎年スキーに行くか、スキー場のホテルに住み込んで、皿洗いや布団の上げ下げのバイトをした。

ヨメとつき合いはじめの頃は、毎年正月は旅行だった。
京都、伊勢志摩、金沢、草津、札幌。
そして、結婚して、子どもができるまでは、大阪神戸、軽井沢、仙台松島、高山、函館札幌。

子どもが生まれてからは、お年玉をもらうために、数箇所をあいさつ回り。

そして、独立してからは、仕事。

年末だからといって、大掃除はしない。
大掃除をする意味がわからない。

正月だからといって、特別なことはしない。
おせち料理は作らないし、食わない。
初詣にも行かない。
意味がわからないからだ。

仕事の合間に、子どもたちとゲームをし、ツタヤで借りてきたDVDを見ることと、子どもたちにお年玉を与えることだけが、変わったことと言えば、変わったことか。

今年、唯一変わったことと言えば、娘の中学校のお友だちが、今年の7月から我が家にいるということ。

正月は、どうする? 家に帰るか? と聞くと、お友だちは、無言で私を見上げる。
顔に、「帰りたくない」と書いてある。

正月もうちで過ごすか? と聞くと、満開の笑顔で、大きく頷く。
帰りたくない事情を私は知っているので、ヨッシャ! と私が言うと、お友だちも「ヨッシャ!」と答える(お友だちの親御さんには了解を取ってある)。

うちは、おせちも雑煮もないよ、と私が言うと、不満げに「餅が大好きなんだけど」と言われた。
じゃあ、きな粉餅と磯辺焼きを作ろうか?
そうすると、また「ヨッシャ!」とガッツポーズ。
サトウの切り餅を二袋買ってきた。

今度は、年越しソバは、うちはやらないんだけど・・・と私が言うと、「私んちは、私だけ、どん兵衛だった」と、なぜか淋しそうに答えた。
よし、じゃあ、豪華な天ぷらソバを作って、みんなで食おうぜ! と言うと、「ほんとうですかぁ!」と喜ばれた。

だから、今年は、年越しソバを食うことになった。
世間様と同じことをするというのは、どこか気恥ずかしい。
俺なんかが、世間様と同じことをしていいのかと、いつも思っている。

だから、照れる。

そう言えば、いつもと違うことが、もうひとつあった。
普段は、1本3百円程度のワインしか飲まないのだが、年末年始だけは、1本千円前後のワインに格上げする。
格が3倍以上も上がるのだ。
身分不相応だと思う。

これも、照れる。

年末30日。
稲城市の同業者のところに、年末のご挨拶に行った。

そのとき、はじめて同業者に奥さんを紹介された。
奥さんは、同業者より9歳年上の姉さん女房。
東京恵比寿で、小さな事務所を構えていると聞いていた。
つまり、女社長さんである。

そして、この社長さんは、とても綺麗な人だった。
美人というのではなく「綺麗」と表現した方が、正確な形容詞であるような気がした。

同業者より9歳上ということだから、30代後半、あるいは、40に届いているか。
若い方はご存じないかもしれないが、女優の酒井和歌子さんに似ていると言ったら、オジさん世代の方は、きっと大きく頷くに違いない。

上品で、とても姿勢のいい社長さんだ。

「いつも主人がお世話になっています」と、完璧なお辞儀で挨拶された。
綺麗な空気が事務所全体に充満して、まるで季節が春に変わったかのような錯覚に陥った。

「これからも主人をよろしくお願いします。頼らせていただきます」と、また完璧にお辞儀をされた。

照れた。
体が、火照った。

帰りに自転車で、多摩川原橋という長い橋を通る。
その中間地点で自転車を止め、火照った体を冬の風に曝して、火照りを冷ました。

火照りを冷ましているとき、声をかけられた。
声の方に顔を向けると、60過ぎの桂歌丸似の男の人が、首に一眼レフのカメラをぶら下げて、立っていた。

そして、意外なことを言われた。
「一枚、撮らせていただけませんか?」

俺を、写真に?
「はい。幸せそうなお顔をしているので」

まさか! この貧乏顔が、幸せに見えるわけがありませんよ。

「いやいや、幸せそうですよ。いい顔をしていらっしゃいます」

パチリ!

照れた。



私が幸せかどうかは、わからないが、皆様は、幸せな新年を迎えられますように。

良いお年を。




2010/12/31 AM 08:33:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

一度しかない
市販のハンバーガーというものを一度しか食ったことがない。

それも今年のことで、今年のいつだったかは、もう忘れた。

マクドナルドの百円のやつ。
ハンバーガーは、百円の味がした。
コーヒーも飲んだと思う。

マクドナルドのコーヒーは、よく飲む。
大好物のひとつと言っていい。

同じように、スターバックスのコーヒーも一度しか飲んだことがない。
3年ほど前だったと思う。
注文のシステムがよくわからなかったので、飲みながら後悔の波が押し寄せて来て、味の記憶がない。

吉野家の牛丼も一度しか食ったことがない。
それは確か4年前の夏だったと思う。

マイカーを売るつもりだったので、その思い出深いマイカーで、家族と最後のドライブに行った帰りに、立ち寄った。
味はほとんど覚えていないが、吉野家の牛丼の味がしたと思う(当たり前)。

サーティワンのアイスクリームも一度しか食ったことがない。
今はスリムになったが、友人のWEBデザイナーのタカダ君(通称ダルマ)が100キロ近い体重だったころ、30キロ痩せたら、好きなだけサーティワンのアイスを食わせてやる、と約束したことがある。

サーティワンのアイスが死ぬほど好きなダルマは、節制を重ねて、1年足らずで30キロ痩せた。
約束を果たして奢ったとき、私も一緒に食べた。
美味しかったとは思うが、5年近く前のことなので、記憶が死んだ。

天下一品のラーメンも一度しか食ったことがない。
10年以上前に、友だちの結婚式に出席するために京都に行ったとき、結婚式で知り合った人に、本店に連れて行ってもらった。

その人が推薦したものを言われるままに食ったのだが、コッテリスープに胃が驚いて、不覚にも完食できなかった。
それ以来、食っていない。

東京タワーには、一度しか行ったことがない。
中目黒に住んでいた子どもの頃、家の裏のお寺の鐘突き堂に上ると、真正面に東京タワーが見えた。
それで充分だった。

遠くから見ていても東京タワーは充分東京タワーなのだから、行かなくてもいいだろう、と私は思っていた。
しかし、いま二十歳の息子が小学2年のとき、突然「東京タワーに行きたい」と言い出したので、親バカの私は家族四人で行くことにした。

私だけ展望台まで階段で上った。
上りきったとき、疲れは感じなかったが、息子に「意外とつまんない」と言われたとき、途端に疲れが出た記憶がある。

生の滝川クリステルには、一度しか遭遇したことがない。
2年前の8月の終わり、家族でお台場に遊びに行ったとき、普通に目の前を歩いていた。
その神がかり的な美しさに、家族全員見とれて、立ち尽くした。

中山美穂には、一度しかお目にかかったことがない。
10年以上前、NHK放送センターの駐車場で、そのブリリアントなオーラに触れたとき、私のハートはブレイクした。
その美しさは、ゴッドだった。

フルマラソンは、一度しか走ったことがなかった。
3年前の冬、ホノルルマラソンを走る準備をしていたが、その年の10月、得意先のハウスメーカーが倒産して、50万円近い請負代金を踏み倒された。
ホノルルの夢は、消えた。

そこで、傷心の私は、ホノルルマラソンと同じ日、団地の周りを42.195キロ分走ることにした。
早朝のフルマラソン。
記録は、3時間7分27秒だった。

そして、昨日、私は小金井公園をジョギングした。
ケツが痛くて、ジョギングをサボっていたのだが、走りたいという欲求が突然湧いて出たので、まだケツは痛かったが、走ることにしたのだ。

10キロくらいの予定だったが、物足りなさを感じたので、さらに走りを続けることにした。
20キロの距離を超えたとき、いつも出る両膝の痛みが出なかったので、止まらずに走った。

30キロも順調。
あまりにも快調なので、そのまま走り続けて、気がついたら、40キロを超えていた。
40キロを超えたら、もうフルマラソンを走るしかないだろう。

ということで、走りきった。
2度目のフルマラソン。
タイムは、3時間13分04秒だった。

そして、走り終わったら、あら、不思議!
10日間苦しめられたケツの痛みが、消えていた。

昨日の夜も今日の朝も、痛みはない。
なんで、こんなにも簡単に痛みが消えたのだろう。

不思議だ。

今日は、ヨメと、息子、娘、居候そして私の5人で、はじめてスシローに行く。

今から、ワクワクしている。





2010/12/28 AM 09:05:22 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

年末、月を見て思う
地球外生命体が、地球を観察すると・・・・・というお話。

たとえば、そこは、狭い陸地に60億人以上の人間なるものが住んでいて、200以上の国を作り、仲間内だけで通じる言語を喋っている不思議な世界。
そして、そこには、時に同じ言語を喋るもの同士が殺し合いをしたり、たった一人の狂人が、「隣国の人民を殺害せよ」と命じることが当たり前の歴史が繰り返されている。
そこでは、たくさんの人間を殺したものは、すぐさま英雄になる。
つまり狂人が命じる戦争は、全ての法を超越して、何百万人もの殺人者を作るシステムになっている。

戦争が、全ての法律を超越する世界に、平和と民主主義はない。

地球は、狂人たちが支配する惑星。

狂人たちは、たった数発で世界を滅亡させる殺戮兵器を好んで所有し、その数が多い国が、超大国の称号を得る。
そして、それを真似た他の狂人たちは、我先にと殺戮兵器を開発し、その兵器を持つ国だけが、持たざる国に対して発言権を持てる。

「選挙」という名の権力者にとって都合のいい似非民主的な方法で選ばれた人たちは、国を私物化し、国民が得た財産を食い潰し、恥じることがない。

殺戮兵器を開発することに無駄な労力を費やしすぎたせいで、宇宙開発は遅々として進まず、一番近い衛星である月にも満足に行けないという笑い話が、この星にはある。

何千万人もの人が、その病気で死んでいるのに、その犠牲を生かすことが出来ず、いまだに癌の特効薬を開発できない勉強不熱心な医学者たちが数知れない。

最高の頭脳を持った数人のエンジニアを集めれば、今より数倍速いパソコンやソフトが作れるのに、開発費を名目に、小さなバージョンアップを繰り返して金儲けをするIT界の一人の巨人がいる。

地球上の5分の1の人口を持つ国でいながら、毎回自分だけの流儀を押し通し、他国を批難することしか出来ない21世紀の新しい大国が、数の力で地球を支配しようとしている。

地球環境を声高に叫びながら、自国の産業を守るために、電気を惜しげもなく消費する産業大国は、己の国の発展にしか興味がない。

限りある石油資源を公平に分配しようとせず、富を狭い世界に閉じ込めようとする、一握りの権力者たちに、地球のエネルギーは牛耳られている。

近代的なシステムのはずの金融と株をコントロールできず、貨幣をただの紙屑に変える金の亡者たちが、後を絶たない。

狭い地球で、たった一つの小さな島を巡って領海を主張し合い、感情的な領土論を繰り返す国権主義者たちは、歩み寄ることを知らない。

飽食の国。グルメを気取り、星の数を競って食を神聖化し、数億人の飢えた人たちを置き去りにする美食家たちは、自分たちの胃が満たされることにしか興味がない。

自然界の災害を全て地球温暖化のせいにして、目の前の人災に目をつぶる為政者たちは、人の命を自分の地位よりも軽いと思っている。

ある日突然、巨大な隕石が地球に激突して、予期せぬ氷河期が訪れ、人類が死に絶えたときも、科学者や政治家たちは「私に責任はない」と書き残すだろう。


はるか彼方の星からやってきた地球外生命体には、人類は、そんな風に愚かな生き物に見えるかもしれない。

しかし、数時間前の真夜中、寒空の下、近所の公園のベンチに座って、月を見ていて思った。

タコの姿をした火星人や、お月様の模様を見て、ウサギが餅をついている姿を想像する人間の想像力は、決して悪くない、と。
その想像力に、あと少しの思いやりが加われば、月世界旅行など行かなくても、地球人は、このままでもいいのではないか、と。



ただ、手術しなくても、ケツの痛みが劇的に消える薬だけは、早く開発して欲しい、と私は流れ星に切に願う(結局、そこか!)。




2010/12/26 AM 09:11:39 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

サプライズなんか
友人のテクニカルイラストの達人・アホのイナバと二人だけの忘年会。

毎回14歳年下のイナバに奢ってもらうのは申し訳ないのだが、今回は、少しもためらうことなく奢ってもらうことにした(奢らせてくださいとイナバが泣くので)。

乾杯のあとで、イナバがいきなり「俺も宇宙人を知ってるんですよ」と言い出した。
前回の私のブログを読んで、唐突に話題を振ってきたのである。

「そして、その宇宙人は、5歳なんです」と、イナバが話を続けた。

アホのイナバが言いたいことはわかった。
その話は、以前に聞いたことがある。
彼の義理の妹の子どもが、「宇宙人」と書いて「ソラン」と読ませる変わった名前だったのである。

イナバは、私にそう自慢げに言ったことを忘れて、今回また同じ話を持ち出してきたのだ。
ここは、とぼけて素直に話を聞いてやってもよかったかもしれないが、時間がもったいないので、私は、ソランちゃんだろ、とその話を無理矢理終結させた。

拍子抜けのイナバ。
アホ顔が満開である。

しかし、焼き鳥をひと口頬張って、イナバは、すぐに立ち直った。
「そう言えば、Mさん。ラーメン屋は、順調なんですか?」

昨年末に友人とともに立ち上げた「幸せなラーメン屋さん」計画。
それが、実は約1ヶ月前に実現していたという意外な展開。

そのことで、私は今もむくれているのである。

ラーメン屋のスポンサーは、友人のスガ君。
いや、スポンサーなのだから、スガさんと呼ぶべきだろう。
そのスガさんと私は、11月の初めに、来年1月15日オープンで合意して、私はそのとき、日付の入ったチラシとポスターをスガさんに見せて了解を取っていた。

それは、全員で合意した決定事項だった(はずだ)。

しかし・・・・・。
私は11月24日に、突然京橋のウチダ氏に電話で言われたのだ。
「Mさん、明日オープンだから」

何が?

「ラーメン屋だよ」

ラーメン屋は、来年の1月15日オープンだろ、冗談はよせよ!

「冗談じゃないよ。とにかく明日オープンだ。明日の朝8時に現地集合。わかったね」

寝ぼけたのか、ウチダ氏。
そこで私は、プロジェクトの一員であるミスター極道顔・コピーライターのススキダに電話をして確かめることにした。
すると、ススキダも「明日オープン。つべこべ言うな」と言って、一方的に電話を切った。

まさか、俺が勘違いしていたのか。
いや、しかし、手元のチラシやポスターには、2011年1月15日オープンとなっているぞ。
間違えるわけがない。
それは、私が作ったのだから。

夢。
これは、夢なのか、と現実逃避をしようと思ったが、このケツの痛みが夢であるわけがない(そのときはまだケツは痛くなかったが)。
季節外れのエープリル・フールかとも一瞬疑ったが、いくらなんでも外れすぎている。

眠れない夜を過ごした私は、約束の午前8時の19分前に現地に到着したが、みんなはもう来ていやがった。
スガさん、ススキダ、ウチダ氏、店長代理、イナバ、その他スタッフゥ〜。

そこで、私は馬鹿げたサプライズを仕掛けられたことを覚ることになる。

つまり、11月25日は、私の参百歳の誕生日。
要するに、このバカどもは、私の誕生日に合わせて店のオープンを密かに決め、水面下で進行させていやがったのである。
私のほうに回ってきたチラシやポスターは、ダミーだったのだ。

ハッピバースデイ・ツゥ・ユー〜〜。

それを聞いて私は怒った。
バカじゃないのか、と。
おまえたちは、ビジネスを何だと思っているのか、と(実は、少しは嬉しかったのだが)。

「Mさん、あのとき、本気で怒っていましたよね。あんなMさん、俺はじめて見ましたよ」
イナバが、焼き鳥で口の中を充満させながら言った。

当たり前だ。
人には役割というものがある。
たとえば、スガさんと私は、ビジネスに対して甘い考えを持っている。違う言い方をすれば、商売が下手な人種だ。
それに対して、ススキダとウチダ氏は、ビジネスに対する姿勢が厳しく、商売がうまい。
悔しいことに、あいつらは上等な人種なのだよ。

だから、ススキダやウチダ氏には、ガキの遊びのようなサプライズなんかして欲しくないのだ。
それは、下等人種である俺の役目だ。
このメンバーの中では、俺だけが、それを許されるのだ。
他のやつがやるのは、許さない。

だから、俺は怒っている。

「それって、無茶苦茶じゃないですか。ただの負け惜しみじゃないですか」と、イナバがアホなりの正論で責めたてる。

そうだ。支離滅裂だ。
だが、俺は、ススキダやウチダ氏には、俺みたいになって欲しくないんだ。
私は、ジョッキを一息で呷って、イナバを睨んだ。

「俺みたい、って、白髪のオッサンに、ということですか」と、イナバ。

そうそう、毎日シラガが684本ずつ増えて、一ヵ月後には、おじいさ〜ん・・・・・違うわい!

「ああ、そうか! ノリ突っ込みが下手なオッサンということですね」

そうなんだよ。鳥肌が立つくらいノリ突っ込みが下手なくせに、性懲りもなくやる白髪のオッサン・・・・・いやいや、違う!(ホントに下手だなオレ)

新しいジョッキを呷り、気を取り直して・・・、
「要するに、14歳年下の友だちに、金をたかる俺のような蛆虫にはなるな、ということだよ」

イナバが、私の顔を真っ直ぐに見つめた。
眉が少し吊り上って、目が細められていた。
その険しい顔は、去年の今ごろも見た記憶がある。

昨年、姉がいつもの我が儘精神を発揮して、PETという高額な最新検査を受けたいと駄々をこねたとき、私は主治医がする必要はないといっているのだから必要なし、と姉を説得しようとした。

でもね。俺の姉は、50数年の生涯の中で、一度も人の説得に折れたことがない経歴を持つ女なんだよ。
私はそう言って、迂闊にもイナバに愚痴をこぼしてしまったのである。

私は、姉の抗がん剤の治療費をイナバに借りていた。
その時点では、まだ半分も返済していない状況だったから、とても頼める道理ではなかったのだが、イナバは、それを聞いて、真剣に怒ったのだ。
それは、私がはじめて見るイナバの怒りだった。

「生きたいと思うお姉さんの気持ちをわかってやれよ! 俺に、遠慮なんかするな!」と。

そのときと同じ目。

だが、今回のイナバは昨年とは少し違って、幾分抑えた口調で言った。
「俺は、Mさんにたかられているとは、思ってないな。俺が必要だと思うから力を貸しているだけだ。世話になった人に力を貸すのは当たり前のことだ。それに、俺のほうが金持ちだからね。富は分配すべきだ。それは、Mさんがいつも言っていることだろ」

イナバの目が、柔らかくなった。
そして、歯並びの悪い口を大きく綻ばせて言った。
「俺、Mさんのことが、好きだからさぁ」

ま、まさかの「好きですよ」発言。

私は、咄嗟に言った。
イナバくん、悪いが、俺は今晩帰らなくてはいけないんだ。
好意は、ありがたいんだけどね。
おケツも痛いことだし・・・・・。

すると、イナバは、ししゃもを頭から齧り付いて、それをワシャワシャと噛みながら、また笑った。
歯の間から、無惨なししゃもの死骸が覗いて見えた。

寒気がした。

「ほらね。いい年をして、そういうバカを言うMさんが、俺は好きなんですよ」

何と! 「好きですよ」発言、2連発。

私は、大きく息を吸って、覚悟を決めたように言った。


わかった・・・・・イナバくん・・・・・抱いてやる。


その不気味な会話が、運悪く聞こえたのか。
隣のテーブルで談笑していた若い女の子3人が、一斉に振り返って、私を蛆虫を見るような目で見た。
いや、突き刺すように見つめた。



蛆虫、赤面。



みなさまは、このようなキュートなお尻を持つ蛆虫には、決してなりませんように・・・・・。





2010/12/24 AM 06:56:59 | Comment(3) | TrackBack(0) | [日記]

土建屋さんは宇宙人(狂ったシナリオ)
少々古い話になるが、NASAが地球外生命体に関する会見を行った。

明確に宇宙人の存在を発表したものではなかったが、公的機関がそのような会見を行うのは、異例のことのようだ。

地球外生命体、宇宙人、異星人・・・・・。
宇宙がどれだけ広いのか、勉強不足の私は知らないが、地球人が存在する以上、同じ条件下の惑星なら、似たような生物がいることは、普通に考えられる。

地球人と同じような姿はしていないにせよ、その惑星なりの合理的な姿をしているだろうから、百メートル近い巨人がいたり、15センチの小人がいたりするかもしれない。

そして、地球人よりもはるかに高度な頭脳を持っていることも考えられる。
あるいは、超能力に近いものを持っているかもしれない。
または、スターウォーズのヨーダのように、800歳まで生きる生物もいるかもしれない。

なぜ、私が突然こんなことを言い出したかというと、先日、交差点で、宇宙人と遭遇したからだ。

いや、私は気が触れたわけではない。
本人がそう言うのだから、それを正確に書いただけだ。

小金井市の栗山公園前の交差点。
そこに、宇宙人は、車に乗ってやってきた。

信号が青に変わって、私が自転車を漕ぎ出したそのとき、右後ろから回り込むようにして、自動車が突進してきたのである。
え? なんだよ! 車側の信号は赤だろ、あぶっ! と思ってペダルを漕ぐ足に力をいれたとき、私の15センチ手前で、車は急ブレーキをかけて止まった。

大げさではなく、殺されるところだった。

そんなときは、いくら「仏のマツさん」と言われている私でも、怒る。

私は、運転席の男を睨みつけた。
いかにも土建屋のオヤジ、というような頑固そうな顔。
どんぐり眼の傲岸不遜な面をした男だった。

そのときはわからなかったが、あとで逃げ出したとき、車体の横に、「○○土建」と書かれてあったので、笑えた。
彼の顔を見て、土建屋以外の職業を想像するのは難しいだろう(偏見?)。
あとは、悪徳警官くらいか。

そんなやつだから、私が睨んだら、睨み返してきた。
しかし、車から出る気はないようだ。

横断歩道の歩道寄りの場所で、睨みあう二人。
他の人から見たら、たいへん迷惑な状況だろう。
車側の信号が青になっても、自転車と車が動かないのである。

ただ、この十字路は、昼間の交通量が少なくて、しかも比較的車道が広いので、車や歩行者が我々を回りこんでいけば、流れが止まることはない(大迷惑であることは間違いないが)。

睨み合いは続く。

私は、ひ弱で臆病なくせに、睨み合いになると冷静になる性質を持っていた。
怒りが続くのは、最初の数秒だけで、あとは目に力は入れているが、気持ちは徐々に醒めていくから、何もない状態よりもむしろ冷静な場合が多い。

この場合も、冷静だった。
その場で、土建屋さんの似顔絵も描けそうなほど、冷静に相手を見ていた。

しかし、いくら交通量の少ない道路だとしても、気の荒いドライバーはいる。
クラクションを長押しして、抗議をする車が、ときにはいた。
当たり前である。
迷惑なのだから。

だから、私は「出てきなさい」と、土建屋さんに言った。
しかし、土建屋さんは、口を歪めて、私を冷笑した。

こいつは、出てこないな、と冷静に読んだ私は、怒った振りをして、出来る限りの大声で怒鳴った。
「出てくるのが、怖いか!」

土建屋さんは、わかりやすい男だった。
顔を真っ赤にして、出てきた。
肩を怒らせ、左右に大きく揺するように、まるでチンピラのような歩き方で、私に迫った。

そして、私の汚いダウンジャケットの襟をつかんで、「怖いだとぉ!」と凄んだ。
シナリオどおりの展開だ。
当たり前すぎて、面白みがないと言ってもいい。

だが、そのときだ。
土建屋さんは私が考えていたシナリオと違うことを言ったのである。
それが、「宇宙人発言」だった。

私が、歩行者側の信号が青で、反対側の車側は赤だったのだから、あなたが違反したのですよ、と言ったときのことだ。
「俺は、宇宙人だから、超能力で、信号を変えられるんだ。俺のほうも、だから、青だ」
土建屋さんは、額に青筋を立てた真っ赤な顔で、私にそう言ったのである。

そのセリフは、有能な脚本家としては、想定外のものだった。
私のシナリオでは、私のシュガー・レイ・レナードばりの左ボディブローが炸裂するはずだった。

それが、まさかのアドリブ。
「宇宙人発言」

ハトヤマの親戚か。
そう言えば、どんぐり眼が、似ていると言えば似ている。
あるいは、宇宙人の目は、みなこんな感じなのだろうか。

アドリブに面食らったオレ。

しかし、ここでギャフンと言ってしまったら、名脚本家の名が泣く。
襟をつかまれながら、私は懸命に次のシナリオを考えた。

そのとき・・・・・。
左目の端、50メートルほど先に、お巡りさんが自転車に乗ってこちらに向かってくるのが見えた。
それも、2台。

あれを利用しない手はない。
私は自由な方の左手で、お巡りさんに向かって「おまわりさ〜ん」と手を振った。

左右に気を配っていたお巡りさんは、気がつかなかったようだが、土建屋さんは、目を数回瞬きしたあとで、高速で振り向いた。
私の襟をつかんでいた手から、急速に力が抜け、土建屋さんは、回れ右をした。
そして、○○土建の車に閉じこもり、左右を確かめることも忘れて、慌しく車を走らせて逃げていった。

私は、車に乗り込む前の土建屋さんに、10分後に戻って来いよ、ここで待っているから、と言った。
私は本当に10分間、そこで待っていたが、土建屋さんは戻ってこなかった。


今日のシナリオは、狂いっぱなしだ。


「宇宙人発言」には、負けた。


私の完敗だった。




2010/12/22 AM 06:38:06 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

ケツイタイヤ人とブリシリ人
今さらの話だが、結婚できない男が増えているらしい。

しかも、40歳以上の男性が独身の場合、この先結婚できる確率は、5パーセント以下しかないともいう。
それほど、中年男性の結婚は、危機的な状況らしいのだ。

なぜ、そんなことを私が知っているかというと、昨日、見ず知らずの親切なオバさんに教えられたからだ。

昨日の午前11時半過ぎ、いつものように、一週間分の食材を買い出しに行った。
3ヶ所のスーパーを回り、4千8百2十1円の買い物をした。

帰りに、ケツが痛くなったので、休むことにした。
幸いにも、帰路に大きなマンションがあり、そのコーナーには、大きめの木のベンチが設置されているのを知っていた。
しかも、そこはうまい具合にお日様が当てっていて、日向ぼっこには最適の空間だったのである。

痛むケツをかばいながら、そっと腰を下ろした。
太陽の光が、気持ちいい。
まるで、極寒の日に入る露天風呂のような心地よさだ。

ケツ流が、よくなったような気がした。

今日は、帰ってから稲城市の同業者からいただいた仕事をする予定でいるが、それほど急ぎではないからマイペースでできる。
少しくらいの憩いの時間は、許される状況だ。

私は、大きく息を吐いて、全身の力を抜いた。

そんなとき、50歳前後の紺のスーツを着た、小太りの女性が近づいて、声をかけてきたのである。
「お一人ですか」

見ればわかる。
いま、私は一人だ。
だから、はい、と答えた。

「お淋しいでしょう?」と言われた。

淋しくはない。
毎日が刺激に満ちている。
(今は、ケツにも刺激がある)

「ああ、それは、いい心構えでいらっしゃいますね」
厚化粧の顔で、微笑まれた。

「でも、今が良くても、いずれ体が思い通りに動かなくなったとき、淋しくなるものですわ」

まあ、それは、誰でもそうだと思うが。
(何が言いたいんだ、このオバさんは。健康食品でも売りつけようと思っているのか。俺はケツ以外健康だ)

ケツに居心地の悪さを感じた。
折角の日向ぼっこが、台無しではないか。
ケツ論を早く言え。

そのとき、厚化粧を綻ばせ、いかにも親身になった口調で、オバさんが、冒頭の言葉を述べたのである。
40歳以上の独身男性に、結婚のチャンスは、驚くほど少ないのだ、と。

そこで、やっと私は気づいたのだ。
「お一人ですか」は、「独身ですか」の意味だったことを。

確かに自分の身なりを振り返って見ると、くたびれたダウンジャケットに履き古したジーパン。
髪の毛は半分近くが白髪。
自転車の前後のカゴには、大量の食材。
一人暮らしの淋しい中年だとおもわれても仕方のない状況だった。

その膨らんだ買い物袋を見て、「お一人の食事は、さぞお淋しいでしょう」と、テレビドラマに出てくるお節介オバさんの口調で言われた。

甚だしい勘違いだった。

さらに、オバさんは、私が後悔で俯いているのを見て、ここぞとばかりに早口で言った。
細かい唾が、空中に飛んだ。
「ワタクシ、先月友人と中高年だけを対象にした結婚相談所を開設いたしました。淋しい中年の男女の縁をできるだけ多く取り結びたいと思い、こうして商売を抜きにしてご紹介して歩いているわけでございます」
そして、大きく息を吸って、「いかがでしょうか。ワタクシどもに、お手伝いをさせていただくことはできないでしょうか」と、中年太りの体を2歩前に押し出した。

かなりの威圧感。

事態をやっと把握した私は、零コンマ7秒で、ポケットからiPhoneを取り出し、ヨメの画像を見せた。
そして、説明した。
これが、私のヨメさんです
そして、これが息子、娘、娘の友だち、と言って、画像を次々に見せた。

これが、私の家族です。
私は、独身ではないのです。

それを聞いたオバさんは、右のコブシを小さく振りながら、一瞬空を仰ぎ、「でも」と言った。
「でも、お一人ですか、と聞いたら、はい、って」

すみません。いま、私は、ここに一人で座っているという意味だったんです。

オバさんの目が攣り上がる。
声が一段と大きくなって、「日本語で一人と言ったら、普通、独身のことでしょう!」と、右足で地面を蹴った。

なんか、いきなり、行動が下品になってきたようだぞ。

すみません。
日本語が理解できなくて。
俺、ケツイタイヤ人なものですから。

そして、私はパスタがないと生きていけないんです、と言って、かごの中のパスタの束を指さした。

それを聞いたオバさんは、口をポカンと開けたあとで、さらに眉を吊り上げ、「ああん!」と唸った。
それから、もう一度地面を蹴り、回れ右をした。

そして、大きなケツをブリブリさせて、遠ざかっていった。

オバさんは、日本の裏側からやって来た、ブリシリ人だったのかもしれない。




ブリシリ人のオバさん。
からかうつもりはありませんでした。
ただ、少しだけ意味を勘違いしただけです。

ケツイタイヤ人を、どうかお許しください。




2010/12/20 AM 06:33:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

キュートなお尻の話
深夜のサイクリングを重ねたせいで、ケツが痛いと思ったら、大事なところも傷めていた。


思い切って、白状します。


私は、痔持ちの男だったのです(力を入れてブログに書くことではないと思うが・・・・・恥)。

汚い話になりますので、その種の話がお嫌いな方は、またの機会に・・・。


昨日の朝、家族を送り出したあとで排便をしたら、便器の中が、あら! 真っ赤っか。
綺麗な赤でしたよ。
もしもそれがバラだったら、プリンス・サトルと名づけてもいいほど、真紅に染まっておりました。

久しぶりのことでございました。

驚きましたでございます。

それは、なかなか止まらない現象でございました。

痛いと思ったのは、これだったのか!
笑うしかございません。


ただ、痛いといっても身もだえするほど痛くはないので、医者には行かない。

初めてのときは、驚きと不安で、無様にも青い顔をして病院に駆けつけた。

それは、17年前のことだった。
最初に行った大宮の病院では、「すぐにも手術が必要です」と言われた。

ヤダ! 手術はヤダ!
拒否して、違う病院を探し、診察してもらった。
診察中は、医者の言うままに恥ずかしい格好をしなくてはいけない。
その屈辱を懸命にこらえた。

歯を食いしばって、汚れなき肉体を医者に蹂躙されたことにも、私は耐えた。

しかし、結果はやはり「これは、相当重症です。だから、手術しましょう」。

2度も体を弄ばれて、結論は手術ですか。

ヤダ・・・・・・ネ。

17年前のそのとき、痔核症状、いや自覚症状はなかったと記憶している。
ただ、もともと痛みに対して極端に鈍感な私は、気づかなかっただけかもしれないが。

そのときも、今回と同じように、突然の出血。
ケツから赤い血が出るなんて、いったい、どんな病気?
最初に疑ったのは、癌だった。

便器を見ながら、蒼ざめた。
妻も子もいるのに、明日から俺はどうしたらいいのか。

赤い血、青い顔、黄色い爪(ミカンを食べ過ぎたので)。
まるで信号のような私。

しかし、幸いなことに、信号人間は、癌ではなくて、痔だった。

最初の医者は、ご丁寧で下手くそな図を私に描いて見せ、「手術しませんと」と、真面目な顔で言った。
他の病院でも、下手くそな図を見せられた。

なんで、医者は、お絵かきが下手なんだ。
そんなやつに、大事なケツの手術なんか任せられるか!

二回とも、薬だけもらって、病院を後にした。
医者からは、「いま手術しないと、取り返しのつかないことになりますよ」と脅されたが、私はそんな脅しに屈する男ではない。

ヘン! 痔で死んだやつは、いないわい!

そう啖呵を切って、紅葉真っ盛りの大宮公園を歩いた。
たまに、人様にわからないように、そっと右手でケツを庇いながら。

そして、公園の赤く染まった葉っぱを見ながら、私は、自力で治すことをケツ意したのである。

私は、民間療法を書いた本を図書館で、貪るように読みあさり(ときにケツを押さえながら)、色々な情報を仕入れた。
刺激物はダメ。アルコールは厳禁。ケツを冷やすな、ケツを清潔に。血(ケツ)流をよくする。
とりあえず、それを実践して、あとはケツ・マッサージ療法を取り入れた。

こと細かに書くと、想像力豊かな方は、頭に映像が焼き付いてしまって、不眠症になるだろうから、ここでは書かない。

その中で、これは唯一上品な話(?)だと思うので、一つだけ紹介する。
私は、アロエの鉢を2つ買ってきて、それを切り取ってミキサーにかけ、さらにそれを濾して、アロエ・リキッドを作った。
それを患部に、◎△×★%して、毎日ケツ・マッサージを入浴後に行ったのである。

最初は、思ったほど症状が改善しなかったが、諦めずに続けていくと2ヵ月後くらいには、血と遭遇することがなくなった。

しかし、そこで油断をして止めてしまったら、また「血との遭遇」を繰り返すことになるので、一年間続けた。
それで治ったわけではないだろうが、とりあえず悪化せずに17年間、生きてきた。

たまに、「血との遭遇」はあっても、節制することで、悪化は留められた(節制は得意科目だ)。

しかし、今回は、どうだろうか。

けっこう、量が多かったような気がする。

昨日の朝、焼酎をラッパ飲みして、キムチをヤケ食いした報いか。
カクテキ食いながら、クリアアサヒも飲んだからなあ。

ああ、その前に、ワインも飲んだような気が・・・・・(痔業痔得)。



さて、アロエの鉢、買って来ますかね。
(ケツを控えめに抑えながら・・・)




2010/12/18 AM 06:43:37 | Comment(5) | TrackBack(0) | [日記]

幸せは長く続かない
年末に入って、稲城市の同業者から、大量の仕事を2種類いただいた。

これで、来年の1月までは安泰だ(入金は、1月と2月に分かれるが)。
先日、ヨメが落とした3万円も何とか補填できそうだ。
娘の高校入学の準備も、恥ずかしくないものが揃えられそうだ。

ホッとした。

そして、同業者が、嬉しいことを言う。
「これから、優先的にMさんに仕事を回しますので、末永いおつきあいをお願いします」

はい、こちらこそ、よろしくお願いします。

同業者が私を選んだ理由を私なりに考察すると、デザイン力は、そこそこ。技術力は、まあまあ。納期は絶対に守る。単価が安い、という四つの評価ポイントがあったと思う。
そのなかで、3番目、4番目の評価が、大きな選択理由だろうと、私は推測している。

要するに、使いやすい、ということだろうか。

それにしても、この同業者、若いのに、色々な仕事をもらってくるものだ。
その点を不思議に思っていたら、同業者がボソリと独りごとのように言った。

「家内が、恵比寿で小さな事務所を構えているんですが、そこからの仕事が主流ですかね」

そうですか。
そんなカラクリが。

詳しいことを根掘り葉掘り聞く趣味は私にはないので、それ以上掘り下げて聞くことはなかったが、「ウラヤマシスミダ(ショコタン語とハングル語の融合)」という感想は持った。

同業者が、さらに言う。
「こんなことを言うと、機嫌を悪くするかもしれませんが、Mさん、儲かってないでしょ」

はい、もうかりまへんなあー。

私がそう言うと、同業者が、右手で頭をかきむしりながら言った。
頭をかきむしるのが、趣味のようだ。

「Mさん、怒らないでくださいよ。俺が、Mさんの年収を上げるお手伝いをしますから」

は? どういうこと?
唐突過ぎて、理解できませんが。

同業者が、窓の外を見ながら、右足を激しく揺すった。
貧乏ゆすりが、趣味のようだ。

あるいは、貧しい中年をからかうのが、趣味なのか。

私が、険しい顔をしているのを覚ったのだろう。
同業者は、また頭をかきむしって、「ああ、俺、変なこと言っていますよね」と細い声で言った。

そして、衝撃の告白。
「俺、対人恐怖症でして・・・・・、人と話すと緊張して喉が渇いたり、体が小刻みに震えることがあるんですよ」
自分の両手を見る同業者。
両手を見るのが、趣味?

そして、私を窺うように見上げて、話を続ける。
「でも、Mさんと話しているときは、それが全くないんですよね。何ででしょうねえ? 不思議ですねえ」

不思議がられても困るが。

「こんなだから、俺、友だちがほとんどいないんですよ。で・・・・・・、これはいいチャンスではないのか、と俺は思ったわけです。Mさんなら、俺を受け入れてくれるのではないか・・・・・と」
そして、何度も瞬きを繰り返して、勢いをつけるように言った。

「ダメですかぁ?」

いや・・・まあ、こんなくたびれたジジイでいいのなら・・・・・。

それを聞いて、同業者は、「ハハハ」と笑った。
「俺の家内は、9歳年上なんですが、結婚を申し込んだとき、今のMさんと同じことを言いましたね。『こんなくたびれたバアさんでいいのか』って」
そして、頭を軽く掻きながら、「家内も、俺が始めて緊張せずに話せた女の人だったんですよ」と言った。

わかったような、わからないような・・・・・。

仕事がもらえるならいい、と割り切った方がいいのだろうが、今ひとつ納得できない気もする。

私が曖昧な表情をしているのを見て、同業者は、黙った。
そして、少しの沈黙のあと、小さな声で「やっぱ、ダメっすかねえ」と、うなだれた。
うなだれるのが趣味(しつこい)。

私のイメージでは、彼は「仕事のできる、しっかりした男」という感じだったが、完全にそれを覆された気がして、私は正直、面食らっていた。

うなだれるのが趣味の同業者は、またボソリと言葉を漏らした。
「Mさん、2年前に死んだ11歳年の離れた俺の兄貴に、なんか似てるんですよねえ」
そして、「家内は、10年以上前に死んだ俺のオフクロに似てるんです」と言って、頭を掻いた。
やはり、頭を掻くのが趣味のようだ。

そうですか。

深く考えるのは、面倒くさくなってきたので、とりあえず頷くことにしよう。
いい仕事をいただいたのに、あれこれ思い悩むのは、贅沢というものだ。
私には、思い悩む趣味はないから。

細かい納期を打ち合わせて、話は終了。
腰を上げようとしたら、同業者が、「Mさん、これ、もし良かったら、持ってってくださいよ。使い古しで悪いんですが」と言って、テーブルの上の箱を指差した。

それは、FAXだった。
そういえば、前回お邪魔したときに、FAXが壊れて困っているんですよ。でも、しばらくはFAXなしで我慢します。絶対に必要なものでもないし、と雑談の中で言ったような気がする。

それを覚えていてくれたようだ。
見ると、使い古しとは言うものの、箱はかなり新しいから、そんなに古い機種でもないようだ。

いやいや、そんなことをされては、「いや、どうぞどうぞ」という儀式が私は嫌いなので、即座にいただいた。

自転車の荷台に括りつけて、アパートに帰った。
中を開けてみると、ほとんど使った形跡のないコンパクトでスリムなFAXが、上品な顔をして格納されていた。

こう書くと、「また、たかり体質が出たな」と批難されるかもしれないが、それは甘んじて受けましょう。

最新式の機能豊富なFAXをいじりながら、私は心が浮き立つのを抑えられない。
だから、何を言われてもいい。

幸せだ。



しかし、その幸せも、ほんのつかの間のことだった。

本日、真夜中、0時40分過ぎ。
新丸子の実家のご近所に住むKさんから、またもSOSの電話が来た。
今月の7日と同じことが、また起きたらしい。

深夜のサイクリング。
片道約25キロ。
しかも、前回よりはるかに寒い。極寒の夜。
そして、日本の警察官の仕事熱心なこと!

2度目なので道は完全に把握している。
往きは、1時間21分で到着。自己新記録。
3度、警官に声をかけられたが、一度は、「ああ、この間の!」という学習能力のある人だったので、すぐに無罪放免してくれた。

今回は1時間以上トラブル解決に時間がかかったが、感情が収まるとトラブルメーカーは、すぐ眠りに落ち、私は、再び深夜のサイクリング。

帰りは1度しか呼び止められなかったが、時間は自己記録に遠く及ばない1時間40分。
心の重さが、全身まで重くしたのか、思うようにペダルが漕げなかった。

鬱・・・・・・・・だ。

アパートに帰り着いたのは、午前5時ジャスト。
ワインをラッパ飲みしながら、家族の朝メシを作った。

そのあと、焼酎を飲みながら、激辛キムチを食った。

「ねえ、キムチくさくない?」とヨメ。
「朝から、キムチかよ! ここは、いつから韓国になった!」と娘。
「キムチくささと酒くささが、変に混ざって、ドブ川みたいなにおい!」と娘のお友だち。
そして、息子は、ずっと鼻をつまんでいた。

いま、キーボードを打ちながら、今度はカクテキを食い、クリアアサヒを飲んでいる。


遠くに見える富士山の壮麗さだけが、今の私の救いである。





ところで、今月7日に、今回と同じトラブルを書いたとき、メールを寄せてくれたフナキさん。
「あなたのお姉さんは、とても繊細な人なんです。ご家族が受けとめなければ、誰が、受けとめるのでしょうか。お姉さんの苦しみをわかってあげてください」とアドバイスしてくださいました。

その教えどおり、深夜の府中街道を寒さに凍えながら、「受けとめるために」行ってきました。
(ただ、私たちは、毎回受けとめています。ただ、私がそれを事細かに書かないだけです)

それに、あなたのアドバイスには、重要な視点が抜け落ちています。

それは、50年以上、その「繊細な人」に、絶えず振り回され、寄生虫として住みつかれた母の「心と体の疲労」のことです。

母親なんだから、我慢すればいい、という指摘は、あまりに無慈悲すぎて、私は、そんなことを言う人のことばは、到底受け入れられません。

親切そうに見えて、所詮は他人事の意見(他人だから当たり前か)。

母がいなくなったあと、このトラブルメーカーは、確実に私に寄生するのです。
それを考えたときの私の恐怖は、想像できないでしょう。

他人事でしょうから。


フナキさん、この場を借りて、返事をさせていただきました。
メール、ありがとうございます。






ケツが、イタい・・・・・。


2010/12/17 AM 07:21:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

兵役のある国とない国
J-POPとK-POPは、どこが違うか。

最近、音楽は椎名林檎のほかは、K-POPしか聴かない中学3年の娘の影響を受けて、私もK-POPを聴く機会が増えた。

凄まじいほどのK-POPアーティストの洪水が、いま日本に押し寄せている。

いいものもあるが、これは何だ、と思うものもある。
それは、要するに、最終的に、私の好みに合うか合わないか、ということ。

ただ、J-POPとK-POPの間には、大きな違いが、二つあると私は思っている。
一つは「譜割り」である。

面倒な検証は抜きにして、ひとつだけ例をあげる。

たとえば、日本語で「愛してる」と歌うとき、「あ」「い」「し」「て」「る」の5文字に、音符がつく(もちろん例外はある)。
それに対して、英語では、「アイ」「ラブ」「ユー」の3つの音符だけで済むことが多い。
そして、韓国語も「サ」「ラン」「ヘヨ」で済むことが多いようだ。

つまり、日本語は、定型的な「譜割り」に縛られるが、リズムという面では、英語、韓国語の詞の方が、より多くのリズムを刻むことができるということだ。

たとえば、日本のラップは、メロディカルな面を持っているが、英語、韓国語のラップは、概してリズミカルである。
乱暴な表現だということを承知で言うと、日本のラップは定型的でリズムに幅がないから、アーティストの個性を出しにくいきらいがある。

これは、あくまでも私の感性だけで言わせてもらうが、だから日本のラップは、誰が歌っても、同じに聴こえる。
それは、一つの音符に、いくつもの言葉を乗せるという方法が、日本語に適していないから、メロディやリズムの選択肢が少なく、冒険ができないからだ、と私は思っている。

短絡的な言い方をすると、日本語はリズムに乗りにくい言語だ。
たとえば、優れた海外のラッパーが日本語でラップを歌ったとしても、彼らはその実力の半分も出せないだろう。
だから、好き嫌いを前面に出して言わせてもらうが、私は日本語のラップは聴かない。

韓国語のラップは聴く。
リズムとメロディが、適度に融合しているからだ。
その音は、耳に心地よいし、気持ちも弾む。

ただ、繰り返すが、それは突き詰めて言えば、「好き・嫌い」ということ。
申し訳ありません。
私は、日本語で歌われるラップが、ただ嫌いなだけなのです。
音が、耳に心地よく響かないから。

開き直った言い方をすると、素人が比較論を言うとき、その根底にあるのは、「好き」か「嫌い」か、だけである。
ラーメンは、しょう油がいいか、味噌がいいか、とんこつがいいか、という好き嫌いと、それは同じだと思っている。

ただ、いくら無知な私でも、聴いたことのないものとは比較しない。

いま人気の「少女時代」や「KARA」が、ネットで、日本のアイドルグループ「AKB」と比較されているのを呼んだことがあるが、私は、そんなことはしない。

なぜなら、私はAKBの歌を聴いたことがないからだ。
同じように、男性K-POPグループが、日本のジャニーズやEXILEと比較されているのを見るが、私はジャニーズ系の歌をフルコーラス聴いたことがないので、比較はできない。
EXILEに関しても、聴いたことがないので、比較はできない。

だから、卑怯な言い方になるが、私が持っている「J-POP的なもの」への印象との比較しかできない。
J-POP的なもの・・・・・それは、感傷的で、甘いメロディ。
もちろん、それが全部ではないが、海外から見て、日本人が勤勉であるとか、日本の製品は信頼できる、という種類と同等の、それは包括的な印象である。

それに対して、K-POPは、リズムがタイトで刹那的だ。
同じ言葉をしつこいくらいに繰り返して、リズムを強調する「ボディ(体)の音楽」だ。

以前、こんなことを人に言って、笑われたことがあるのだが、今回もあえて言わせてもらいたいと思う。

それは、兵役のある国と、ない国の違いだ。

日本には兵役がないから、生活が断ち切られることがない(フリーターが普通に生きていける国)。
しかし、韓国には兵役があるから、一時期、生活が断ち切られる。
逃れられない運命を持った国と、その気になれば、どんな運命からも逃れられる国。
それが、韓国の歌に「刹那の響き」を与えているのだ、と私は勝手に思っている。

「こじつけ」と言われたら、はい、そうです、と簡単に批判を受け入れますが。


緊張感のあるK-POP。

先月、「Mnet Asian Music Award(通称MaMa)」という放送を見た。

アジアンとは言いながら、ほとんどが韓国のアーティストだから、Korean Music Awardと言っていいものだったが、日本からはPurfumeとChemistryが出て、パフォーマンスをしていた。

その中で私の目を引いたのが、K-POPアーティストの2PM(ツーピーエム)、2EN1(トゥエニーワン)そしてBIGBANGだった。

それは、私が20年以上見ていない日本のレコード大賞や紅白歌合戦とは、まったく違う質を持ったパフォーマンスを演出した音楽番組だった。

日本の年末の音楽祭は、私から見ると「仲良しのじゃれ合い」が、根底にあるように思える。
もちろん、それが悪いことだとは言わない。
日本人が長い間、懸命に培ってきた良好な人間関係を表現する方法として、それは理に適っているかもしれないからだ。

しかし、個人的な感想を言わせてもらうと、その「じゃれ合い」に、私はとっくに飽きてしまっている。
緊張感のない「仲良し同士のお祭り」は、やっている本人はいいだろうが、私には、きつい。


私は、「プロフェッショナルが体を張って創り出す緊張感」が好きなのだ。
(それとは別物だと思うが、ビートたけしや島田紳介が、自分の言うことを聞く子分を集めて、どんなに体を張った芸を見せても、私は馴れ合い、じゃれ合いにしか見えないから、面白いとは思わない)


演奏技術や作曲能力以前に、ピーンと張った緊張感が、私を心地よくさせる。

今回の2PM、2EN1、BIGBANGのパフォーマンスには、その緊張感が、溢れるほどあった。

自分たちが背負っている「刹那的なもの」を極限まで表現すると、こんなパフォーマンスができるのだ、と彼らを見て私は、ほとんど感動したと言っていい。

張り詰めた緊張感が、それぞれのミュージシャンに、いい相乗効果をもたらしてグループ内でパフォーマンスを競うから、そこには「馴れ合い」が、微塵も感じられないのである。

K-POP嫌いの息子は、最初は、冷ややかに距離を置いて見ていたが、BIGBANGのパフォーマンスが始まると、目が画面に吸い寄せられたようになり、食い入るように見つめていた。

そして、終わると、ひとこと「すげえ!」。

もちろん、音楽に緊張感などいらないよ、という人のほうが多いかもしれない。
音楽は、聴きやすくて楽しければいいんだよ、あるいは、カラオケで歌えない歌はつまらない、という考え方は当然だし、私もそれは否定しない。

ただ、私は、馴れ合いのパフォーマンスは、金を払ってまで見たいとは思わないのである。
そして、K-POPや、海外の音楽の中にも、馴れ合いを感じることがある。
その場合も、私は、その種の音楽は聴かないと言っているだけのことだ。

どれが上で、どれが下ということではない。
ただ、緊張感のある音楽が、好きか嫌いか、だけである。

その一つの理由として、兵役のある国の音楽と、兵役のない国の音楽、を好き嫌いの観点で、表現してみた。



ピント外れのことを言っていることは、承知の上で・・・・・。




2010/12/15 AM 06:40:59 | Comment(9) | TrackBack(0) | [日記]

師走のなぞかけ
「今やAKBだけじゃないですか、CDが売れているのは」、と最近AKBにはまっている、30過ぎのいい年をしたオッサン・桶川のフクシマさんが、得意気に鼻を膨らませて言った。

「マユユ、サイコー!」

マユユって誰ですか? フクシマさん。
ツルカメユなら知ってますけど。

「ツルカメユ、ってなんですか?」

鶴亀湯ですよ、銭湯の。

「ふざけないでくださいよ!」

ふざけてるんですよ。

(唐突に)整いました。
AKBとかけまして。

「AKBとかけまして?」

歌の好きなオッサン、とときます。

「そのこころは?」

どちらも、先頭(銭湯)で、歌いたがります。

それを聞いたフクシマさんは、蔑むような目で私を見て、肩をすくめた。

「Mさん、やっちまいましたね。AKBは、先頭ではなく、センターなんです」

知らんわ! そんなもん!

わしゃ、帰る!

私が立ち上がると、フクシマさんも勢いよく立ち上がり、テーブルを回り込んで私の肩をつかんだ。
「まだ、仕事の打ち合わせもしていませんよ。Mさん、職場放棄ですか?」

場所は、中央線武蔵境駅から少し離れたサイゼリア

ここは、職場ではない、レストランだ、と私が言うと、「生ビール放棄をするんですか!」とフクシマさん。

そこで私が、生ビール放棄はしないが、フクシマ放棄はする、と言い返すと、「ホウキと言えば、大掃除」と、おバカな展開になってきたので、私は無言でソファに腰を下ろすことにした。

立ち尽くす、おバカひとり。

続けて何か言おうとするフクシマさんに向かって、私は、生ビール早く、と人差し指を向けた。

気を削がれたフクシマさんは、無表情に腰を下ろし、無表情に「生ビール一つ」と店員に告げ、無表情に顔を窓の外に向けた。

すねたか、フクシマ。

しかし、面倒くさいから、放っておこうか。
ただ、今日は、いつもセットでいる麻生久美子似の事務員がいないという淋しい展開だから、なだめる人がいない。

少し相手をしてやるか。

そこで、「アリマサン、ナゼイナイ?」と、宇宙人の声で言った。

その声に素早く反応したフクシマさんは、宇宙人の声で、「アリマサンハ、新婚旅行デ、グアム」と答えた。

しかし、私はすぐに普通の声に戻り、何だよ! 結婚式はしないのに、新婚旅行は行くのかよ! 私という男がいながら、と憤慨を装って言った。

フクシマさんは、展開が変わったのもお構いなしに、まだ宇宙人の声で「ナンデスカ? 私トイウ男ッテ? Mサントハ、ソンナ関係ジャナイデショウ?」と続けた。
(もう宇宙人ごっこは、終わったのに)

では、私は男ではないのか? 女なのか?

「イヤ、男デスケド」(まだ、やってやがる)

ほら、やっぱり男じゃないか。

「エッ? ソレハ、意味ガ違ウンジャ・・・」

おバカは、放っておいて、さて、仕事の話をしましょうか、と私は再び話を方向転換した。

しかし、おバカはまだ、宇宙人ごっこを続ける。
「今回、オ願イスル仕事ハ・・・・」

ここまで徹底すると、おバカも芸術的だ。

その姿に敬意を表し、私もお付き合いすることにした。
だが、窓の外を指差し、UFOガ迎エニ来タ、と言ったら、そばを通ったウエイトレスに、宇宙人を見るような目で見られた。

このままでは、私のメンタルがズタズタになりそうなので、フクシマさんに頭を下げ、もう勘弁してくださいと言った。

「ワカリマシタ」とフクシマさんが、勝ち誇った顔で頷き、私はやっと宇宙人から解放された。
長い宇宙への旅だった。

地球に無事帰還した二人は、仕事の話を22分17秒で終え、同時にピザを口に含んだ。
すると、フクシマさんが調子に乗って、また「地球ノピザハ最・・・」と言いかけたので、私は再び、なぞかけを始めた。

宇宙人とかけまして。

「宇宙人トカケマシテ?」(しつこいぞ、フクシマ)

フクシマさんの奥さん、とときます。

「その心は」

どちらもまだ、会ったことがない。

即座に言われた。
「ひでぇ〜。最悪のできだぁ!」

確かに・・・・・。

二人とも脱力及び反省したところで、「ああ、そう言えば」とフクシマさんが、気を取り直すように言った。
「Mさんへのお歳暮、アリマさんから預かってきたんですよ。結婚祝いのお返しも兼ねているそうですよ。クリアアサヒをツーケース持ってきましたけど」

おお! さすが、アリマさん。フクシマさんと違って、気が利きますなあ。

私の皮肉に気づかないフクシマさんは、大きく頷き、「あの人は、できる人ですから」と、真面目な顔で答えた。
このあたりが、フクシマさんのいいところだ。
他人を照れずに褒められるというのは、大きな才能である。
ただの一つも長所のない男だと思っていたが、その一点だけは、人間として宝物だと言っていい。

しかし、そんなことは恥ずかしくて、私は口に出せない。
心とは裏腹に、私は、で? その重い荷物を自転車の荷台に括りつけて、私に帰れと言うんですね! と、きつい口調で言った。

すると、フクシマさんは、しどろもどろになって、「あっ、そのー、いやいや、Mさんのお宅まで、車で運びますから」と、顔を縦に何度も上下させた。
まるで、「赤べこ」のオモチャのように。

マイ自転車をワゴン車の後ろの荷台に乗せて、私のアパートまで送ってもらった。

古びたアパートを見たフクシマさんは、「おお! 何か昭和の香りがしますな」と感心して、建物を見上げた。

昭和60年に立てられたアパートだから、その表現は、間違いではない。

すごいですね、フクシマさん。
よく見抜けましたね。
だから、ここは、「昭和荘」と言うんですよ。

「本当ですか?」

ウソです。

「もう! Mさんの言うことは、90パーセント信じられませんね!」
また、すねやがった。

結局、その日、フクシマさんはクリアアサヒのケースを持ち運んだだけでなく、我が家で晩メシを食い、風呂まで入り、私が無理矢理勧めた酒を飲んじまったものだから、泊まることになった。

次の日は日曜日だったので、ノンビリすればいい、と私は言ったのだが、フクシマさんは、6時前に起きて、朝メシを食わずに、慌しく家に帰っていった。

よほど、奥さんのことが怖いと思われる。

日曜日朝、10時過ぎに起きた娘とお友だちが、同時に言った。

「あのタレ目は、どうした?」

タレ目は帰った、と私が言うと、「あのタレ目、けっこう面白かったのにな」と我が娘が、残念がった。



我が家では、フクシマさんは、「タレ目」という扱いになった。




2010/12/13 AM 06:46:32 | Comment(6) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

平和家族
酔っ払いの喧嘩に大騒ぎしている日本は、平和な国だ。

と思っているのだが、エビ様ファンを敵に回したくないので、平和な家族の話を。


高校受験。
さいたま市に住んでいたとき、娘の中学の同級生の9割以上が学習塾に通っていた。

我が家のヨメは、人と同じことをすると落ち着くという平均的な日本人の習性を持っていたから、「塾に行かせましょうよ」と絶えず提案したが、私は毎回それを却下した。

どうして塾に行かせるの?
「みんなが行ってるから」

却下!

娘も「必要なし」というから、私は娘の意志を尊重した。

今年の春、武蔵野に越してきて、教育熱が違うことに驚いた、というか、安心した。
中学3年の娘の同級生の半数近くが、塾に通っていないという。
高校受験真っ只中ではあるが、意外とのんびり構えているように見える。

さらに、娘が特に親しくしているお友だち5人は、一人も塾に通っていないという。
これは、なかなかいい環境ではないか、と私は思った。

ここには、少なくとも「みんなが塾に行くから、うちも通わせる」というような流れはない。
駅前に学習塾は溢れているが、それを冷静に受け止めている状況が、とても好ましい。
ただ、娘とその5人の成績は、みな上位4分の1のところに入っているというから、勉強の手を抜いているわけではないようだ。

「みんな」は、「みんな」なんだから、うちとは関係がない。
その思考方法は、とても私と合っている。

娘と仲良しの5人。
そのうちの一人は、今やレギュラーで、今年の7月から我が家に住みついている。

そのほかの4人は、言ってみれば「補欠」だが、この補欠たちも、入れ替わり立ち代り、我が家に泊まりに来る。あるいは、遊びに来て、メシを食って帰る。

そして、「マツコの家は、居心地いいわぁ〜」と言って、遠慮なく寝そべり、人前で平気で着替えたりもする。

礼儀を知らないのか、と思ったときもあったが、「晩メシ、食っていくか」とか「今日、泊まっていくか」と私が聞くと、誰もが正座をして「いいんですか? ありがとうございます!」と言って、頭を下げる。

その笑顔は、私を嬉しくさせる。

彼女たちがテレビで見るのは、CS放送のK-POPアーティストが出る番組が多い。
当然のことながら、それぞれお気に入りのアーティストは違うのだが、誰が出てもウットリとした目で「カッコイイ! カワイイ!」と感嘆の声を上げるから、誰でもいいのかな、とオジさんは思っている。

K-POPとJ-POPは、どこが違う? と考えて、私は、ある結論に至ったのだが、そのことは、いつか機会があったら書きたいと思う(言葉の違いだけではありません)。


昨日、ハードディスク録画をしておいた日本のTVドラマを見た。

娘は、音楽はK-POPを好むが、韓流ドラマは、ほとんど見ない。
見るのは、日本のドラマが主流だ。
娘は、小学2年生頃から、週に4、5本のドラマを見ているドラマ・マニアであり、評論家だ。

そして、娘はひとりで見るのを嫌がるという性質を持っていて、毎回私を巻き込もうとする。
しかし、私の仕事が混んだ時は、リアルタイムで見られないので、そのときは録画して、後で一緒に見ることになる。

テレビの前で、娘と私とポテトチップ、柿の種
思い返すと、もう8年も、そんな暮らしが続いている。

息子は、基本的にドラマは見ない。
ドキドキする展開や、「次回に続く」というのが嫌だからのようだ。
幼い頃から「プーさんアニメ」に親しんできたせいか、ドラマや映画、小説もアニメも「ほのぼの系」が好きだ。

つまり、根が優しい男なのである。

しかし、今回、息子がはまったのが、「ギルティ〜悪魔と契約した女〜」だった。
これは、題名が示すとおり、少しも「ほのぼの」とはしていない。
密度の濃い、女の復讐劇だ。

では、なぜ息子が、このドラマにはまったかというと、それは私の暗示のせいである。
2年以上前から、私が息子に、菅野美穂という女優さんは、いいよ、と何度も彼の脳にすり込ませていたからだ。
慎重な性格の息子には、最初は効き目がないように思えたが、目に見えない速度で少しずつ浸透していって、それまで連続ドラマを見たことがない息子が、今年の初めに、菅野美穂主演の「曲げられない女」を見始めたのである。

その姿を見て、私は心の中でガッツポーズをした(変な親ですか?)。

どうやら息子は、菅野美穂を気に入ったようである。

他にも、柴咲コウも暗示にかけたのだが、「目がきつくて、性格もきつそうだから、ヤダ」という拒絶にあった。

少し心が折れたが、まあ、あまり浮気をするのもよくないな、本命は一人に絞った方がいい、と自分を無理矢理納得させた(変な親、というより変なやつ?)。

ということで、ギルティを息子が見る。
娘も見る。ヨメも私も見る。
つまり、家族揃って見る。

今週の放送日、私は仕事が忙しかったので、それを録画しておいて、昨日の夜、家族で見た。
他にレギュラーの居候と娘の同級生がいた。
6人で「ギルティ第9話」鑑賞。

テーブルには、ポテトチップとフライドポテト、柿の種、ホットココア、クリアアサヒ。

刑事役の玉木宏が、辞表を提出する場面では、「辞めないで、玉木くん」と娘。
玉木のヒゲ面が「エロい」と息子。
「でも、イケメン」とヨメ。

ルポライター役の唐沢寿明がビルから飛び降りる場面では、「ウソだろ」と娘。
「好きになりかけていたのに」と息子。
「いい落ち方」とヨメ。

ドラマの最後、唐沢に託された原稿の入ったUSBメモリを持ち帰り、家のパソコンで、自分を陥れた張本人の名前を最後に打ち込む菅野美穂。

そこに玉木宏が飛び込んできて、「復讐なんかもうやめろ!」と叫ぶ。

その叫び方も「エロい」と息子。
「キャー、イケメン!」と娘とヨメ。

これは、絶対に抱き合うパターンだな、と冷静に先を読む私。

抱き合った。

そして、家族全員で、「来るか!?」。
「まさか、あの言葉が来るか?」

数秒遅れて、期待通り、玉木宏の「愛してる」。

きたぁー!

家族全員、スタンディングオベーション。

それを、不思議そうに見上げる娘の友だち二人。

しかし、画面では、もう一度玉木が「愛してる」。

すると、「おお、今度はあれが来るぞ!」とMさん一家。

期待通り、JUJUの「この夜を止めてよ」のエンディングテーマが流れる。


「愛してる」っていうあなたの言葉は、「さよなら」よりも哀しい〜


立ち上がったまま、全員でその歌を熱唱するMさん一家。

ドロドロした復讐劇を見て、これほど盛り上がる家族が、どこにいるだろうか。

はたして、娘の友だちに、少々怯えを含んだ呆れ顔で言われた。

「マツコんちって、なんか、平和だねえ、ってか、変!

しかし、我々は、そんな言葉を聞き流し、再び熱唱。


「愛してる」っていうあなたの言葉は、「さよなら」よりも哀しい〜


Mさんち、平和・・・・・である。





2010/12/11 AM 07:06:04 | Comment(3) | TrackBack(0) | [子育て]

無敵の人
居酒屋の天井で頭を打ってコブを作り、深夜のサイクリングでケツを痛めたという災難。
それで充分だと思っていたのだが・・・・・。

今度は、ヨメが、3万円の入った封筒を落とした。
どこで落としたか、まったく記憶にないという。

3万円は、大金だ。

しかし、私はヨメを責めない。
今まで一度も、責めたことがない。

我が家の人間は、人を責めることをしない。
息子、娘も、絶対に人を責めない。

みんな平和な草食動物。

ただ、唯一、ヨメだけが、容赦なく人を責める。

「どうすんのよ! どうすんのよ!」
「なに考えてんのよ!」
「ちゃんとしなさいよ!」

しかし、自分のミスは、簡単に笑って済ませる。

「ごめんなさいね〜。落としちゃったみたい。どうしましょ? ハハハハハ・・・・」

羨ましい、と思う。
我々が3万円を失くしたと言ったら、10年先も「あの3万円があったら・・・」という嘆きを、何かある度に投げかけられることは間違いがない。

責められない人間は、無敵だ。
人間は、失敗から何かを学び取るものだが、無敵の人には、反省がない。


今は付き合いがなくなってしまったが、さいたま市岩槻に、懇意にさせていただいた印刷会社があった。
パソコン11台のメンテナンスをする代わりに、高速レーザプリンターと大型インクジェットプリンターを貸してもらう約束で、出入りしていた。

その社長に、毎回のように、私は言われたことがある。
「Mさんは、大学も出て、俺よりはるかに物知りなのに、不良債権が多すぎるよね。いったい、何やってんの! 毎回毎回、よく懲りないねえ。頭、使ってんの?」

はい。
申し訳ありません。
反省しております。

しかし、社長は、妹の旦那に、株を買うように頼んだ2千万円を自分の借金の穴埋めに使われ、さらにその後、泣き付かれて保証人になり、多額の損害を蒙ったことがある。
その損害の総額がいくらなのかは知らないが、「都会で一軒家が楽に買えるね」と、自慢げに言うほどの金額だったらしい。

バブル前に、「原野商法」なるものに引っかかったこともあるらしく、「俺、今でも水道も来ない道もない北海道の山奥に、土地持ってるんだよね」と、得意げに話すこともあった。

「バブルのとき、馴染みの不動産屋に頭を下げられて、居抜き春日部のカラオケバーを買ったんだけど、まわりのビル、ぶっ壊している最中だったせいか、金曜土曜に客が少し来る程度で、一年も経たずに店閉めちゃったなあ。何で、あんなの買っちゃったんだろう? 今でも信じられないよ」
そんなことも言っていた。

私よりもスケールのでかい損失を受けているそんな社長だが、自分のことは「俺の場合、相手が悪かったからね。それに、ホラ、俺はお人よしだから」で、簡単に笑って済ませる(笑うしかないという事情もあるだろうが)。

そして、鼻で笑うように言うのだ(つまり、冗談で言っているわけでも、心配してくれているわけでもない)。
「Mさん、もっと賢くなろうよ。ただ働きは、馬鹿馬鹿しいよ。鏡、見てる? 白髪、また増えたよ。おバカさんだねえ」

はい。
申し訳ありません。
反省いたします。

無敵の人は、人を責めてもいいのである。


先日、近所の大型古書店に行った。
気に入った105円の文庫本を3冊小さなカゴに入れ、店内を歩き回っていた時のことだ。
突然、私のカゴを指さして、「ああ、それ、俺が買おうと思っていた本なんだよ〜!」と言う40前後の男がいた。
五分刈り頭で、茶色のスーツを来た、血色のいい男だった。
吊り上ったキツネ目が、不気味さを感じさせたが、声は女性のように細いアンバランスなものだった。

「最初に、それを買おうと思ったけど、店内を一回りしてから最後に買おうと思って、棚にそのままにして置いといたんだよね。だから、それ、買っちゃ困るよ!」

常識ある大人なら恥ずかしくて言えないことでも、「無敵の人」は、平気で言えるのだ。
それは、理屈ではない。
たとえば、政治家が不正な献金を手にしても、「あれは秘書がやりました」と平然と言える種類の、「俺は、いいんだよ」という無敵さである。

何度裁かれても、同じ「無敵の人」は、後を絶たない。
なぜなら、無敵の人は、反省をしないから。

そして、その無敵の政治家は、彼の選挙区では、頼りになる「最高の政治家」として、崇め奉られる。
それが、世間の道理というものらしい。

世間は、反省をしない人が、頼もしくて好きらしいのだ。

それを知っている私は、「はい、わかりました」と言って、無敵の人に、ご要望の本を差し出した。
無敵の人は、ひったくるようにしてその本を受け取り、レジの方に歩いていった。
ありがとう、も言わずに・・・・・・・。


その後ろ姿を見て、私は、心底羨ましいと思った。


無敵でない私は、失われた3万円をどうしようかと、思い悩み、白髪を4989本増やした。




2010/12/09 AM 06:45:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

ケツを痛めた怪しすぎる男
今日、真夜中の0時10分過ぎ。
iPhoneが震えた。

ディスプレイの表示を見ると、新丸子の母が、困ったときにお世話になっている近所の方からだった。

母の身に、何か異変が?

胃を何者かに締め付けられるような痛みが急に私を襲い、震える指でボタンを押した。

すると、ご近所のKさんが、「救急車か、警察を呼びますが、いいですか?」と突然言ってきた。

救急車? 警察?

やはり、母の身に・・・・・何かが?
と思いながら、胃を右手で押さえ、心のざわめきを止められないままKさんから話を引き出すと、それは姉のことだった。

姉が問題を起こして、母が思い余って、Kさんに電話をしたらしい。
そして、Kさんが、それを持て余して、救急車か警察をと判断し、私に承諾を求めるために電話をしてきたのだ。

姉は、事情があって、税金を納めていない。
税金の無駄遣いはできない。
だから、救急車や警察を呼ぶ資格はない、と私は思った。

Kさんに、恐縮しながら、詳しい様子を聞いてみた。

身内の恥になるので、詳しいことは書かないが、私が行けば解決できそうなことだったので、これから行きます、とKさんに告げた。

「ああ、助かります。どれくらいかかりますか?」と、Kさん。

頭の中で、素早く計算した。

時間的に、もう電車は使えない。
私は、車を持っていない。
タクシーで行くという選択肢はありだろうが、金がかかりすぎる。

となると、自転車か。
武蔵野から新丸子まで、おそらく25キロ弱。

すっ飛ばせば、2時間以内に着く。

だから、2時間後に着きます、と答えた。

Kさんは、「待っています」と言い、遠慮がちに「なるべく早くお願いします」と言って、電話を切った。

真夜中に、自転車で25キロの距離を走る。
無謀ではないが、タイヤがパンクする危険もある。

そう思って、パンク修理セットと空気入れを後ろの荷台に括りつけて、家族には何も言わずに、私は自転車にまたがった。

午前0時32分、走り出した。
寒さが、全身を包む。
ダウンジャケットと手袋。
しかし、真夜中の空気は冷たい。

すっ飛ばせば、すっ飛ばすほど、空気の冷たさを感じる。
そして、真夜中の街を走り抜ける人間が、どれほど怪しい人間に見えるか、私はすぐに痛感させられることになる。

府中街道には、たくさんの交番がある。
そして、日本の警察官が、どれほど仕事熱心なのかも、私は思い知らされた。
往きは、3回、警官に呼び止められた。

自転車の荷台に、空気入れを括りつけて、真夜中の道路を疾走する男。
それは、誰の目から見ても、怪しいやつだった。
呼び止められても当然、と言えたかもしれない。

「どこへ行くんですか?」
「お住まいは?」
「身分を証明するものはありますか?」

はい、急な用があって、実家の新丸子に行くところです。
身分証明は持っておりません。

「それは、困りますね。身分がわからないと困ったことになりますよ」

困ったことというのが何かは知らないが、きっと困ったことだろうから、実家に電話をかけて、Kさんに事情を説明してもらった。

無罪放免。

しかし、その繰り返しは、私にとって時間の無駄と言えた。
さらに、そのたびに電話を受けるKさんの心情を思うと、申し訳なくて、寒さが余計にしみた。

ただ、それでも頑張った私は、実家まで25キロの道のりを1時間32分で疾走した。
呼び止められなければ、あと25分は短縮できたのに。

実家に行くと、蒼ざめた顔が二つあり、鼻を膨らませて泣き喚き、あたりを睨み回しながら、足をドンと鳴り響かせる生き物が一つ、いた。

40分でトラブル解決。

Kさんに丁重にお詫びをし、マンションの下の階のご家族の郵便受けにも、お詫びの手紙を書いて入れた。

母に「泊まっていくでしょ」と言われたが、家族の朝メシを作る義務が、私にはある。
それに、午前10時には、小平市の病院で仕事の打ち合わせをする約束がある。

だから、帰らなくちゃ、と言った。
「それなら、これをしていきなさい」と、空色のマフラーを首に巻かれた。
温かかった。

3時5分、暗い府中街道を戻った。

寒い。
手袋をして、マフラーをしていても、真夜中の風は凍えるほどの冷たさだ。

冷たい風が喉に入ると余計寒く感じるので、マフラーを鼻から口を被うようにして首まで巻いた。
それで、少しは寒さを凌ぐことができた。

しかし、警官に呼び止められること、4度。
すれ違うパトカーに「待ちなさい!」と命令されたこともあった。

そのたびに、恐縮しながら、母のご近所のKさんの携帯に電話をかけ、事情を説明してもらった。

本当に、恐縮です! Kさん。
ご迷惑をおかけしました。
あなたは、日本のマザー・テレサです。

4度目に呼び止められたのは、往きにも呼び止められた警官だった。

またかよ!

学習能力がねえなあ!
仕事熱心にも、ほどがあるぞ!

マフラーを解いた顔を見せると、「ああ、なんだぁ! さっきの〜!」と言われた。
そして、「怪しいマフラーの巻き方をしてるから、わからなかった」だって。

鼻からマフラーをしないと、喉が冷たくて、と言ったら、「ああ、寒いからねえ」と同情され、「ちょっと待ってて」と机の中をゴソゴソと。
そして、頑丈そうな新品のマスクを私の目の前に差し出し、「これ使いなよ」と言ってくれた。

私は、遠慮をするのが嫌いなタチなので、素直に受け取った。
ありがとうございます。
助かります。

「スピードを出しすぎちゃダメですよ」

はい、わかってます。

しかし、鬼のようにすっ飛ばし、4時29分に、アパート前に到着。
帰りは4度呼び止められたにもかかわらず、1時間24分の自己新記録。

明け方に飲む、クリアアサヒも美味い!

しかし、深夜の往復50キロの疾走の代償か。
ケツが痛い。

いま、とてつもなく、ケツが痛い。

ヒリヒリヒリヒリ・・・・・・・・。




2010/12/07 AM 06:41:00 | Comment(5) | TrackBack(0) | [日記]

イタかった忘年会
「今年も不景気だったね」
「変わりばえのしない年だったよ」
「仕事、減ったなあ」

いや、私にとって、去年、今年は、激動の年だった。

まるで、突然、南極に連れて行かれ、その次に北極、ロシアのツンドラ、最後にオホーツクの流氷に投げ出されて、シロクマとご対面をしているような、世界の冒険家さえも、なし得ないような激動の時代を生きた思いがする。

少し早い同業者との忘年会の一場面。
場所は、吉祥寺の全国展開の居酒屋。
同じ店は大宮にもあるのだから、大宮でやればいいと思うのだが、みんなが私に気を使ってくれたのか。
あるいは、私がいつも冗談で言っている「吉祥寺には美女が溢れている」を真に受けたスケベ心からか。

出席したのは、一流デザイナのニシダ君。
最年長デザイナ・オオサワさん。
バツイチ・デザイナ・カマタさん。
名を出さないで、と頼まれた印刷ブローカーのSさん。
そして、私の5人が参加した。

他に、乱暴者のヘラクレス・タナカがいるが、アルバイトが忙しいので、この日は欠席。
印刷ブローカー・Sさんの弟も、いつもは出席率の高い人だが、階段を踏み外して、左手を骨折したので欠席。
テクニカルイラストの達人・アホのイナバも常連だが、おバカなので、日にちと時間を間違えて、欠席。

天才WEBデザイナのタカダ君(通称ダルマ)は、一度だけ出たことがあるが、ヘラクレス・タナカに技をかけられて泣いたことがトラウマになって、最近は出ていない。
痛みに極端に弱い男だから、ヘラクレス・タナカの存在がこの世にある限り、これからも参加しないだろう。
それに、今回は、第一子が生まれたばかりだから、それどころではない。

五人だけの忘年会。

時代を反映してか、仕事の愚痴や政治に関して憤慨する話題が多い。
おとなしいニシダ君までが、「民主党は〜」などと言って、飲めない酒を無理矢理飲み、顔を赤く染めて眉を吊り上げていた。

酒を飲むと、誰もが一流の評論家になったような気になる。
私も無責任に「おお、もっと言え、罵倒しろ!」などと煽り、みんなのグラスに、酒を注いで回った。

酔ってはいるが、みな決して心底から楽しんでいる顔ではない。
しかし、楽しむ振りをするだけで、楽しんだ気になれる。

人間とは、そういう生き物だ。

だが、ひと通り話題が回ると、あとはネタ切れ。

白けた空気が、座を支配し始めたとき、誰かが、エビゾウ事件の話題を振った。

まるで甘いものに群がる蟻のように、皆が、その話題に食いついた。
しかし、インターネットの見出ししか見ていない私は、その話題から距離を置いて、ビールを飲むことに専念した。
そして、イカ焼き2つを自分の前に占領確保し、箸でほじくりながら口に運んだ。

美味いぞ! イカ焼き。
イカ焼きは、一つ258kcalあるらしいが、そんなことは知ったこっちゃない。

ジョッキ、お代わり。
イカ焼き、ハフハフ!
いいイカ、使っとるやないか〜い!

そして、エビゾウフライ、いや海老フライ(196kcl)を追加注文。
大好物のカキフライ(296kcl)も追加して、私の目の前は、ご馳走の玉手箱や〜!

ジョッキ、4杯目、お代わりィ!

と、私は賑やかに宴を楽しんでいたつもりだったが、向かいに座った最年長のオオサワさんに「Mさん、今日はおとなしいね」と言われた。

いや、飲むのと、食うのに専念しているだけですが・・・・・。

「この中で、一番社交性のあるMさんがおとなしいと、空気が沈むよね」とオオサワさんが言う。

私が社交性がある?
ご冗談を。
私は、偏屈なだけですから。

「いや、だって、Mさんは、この中の誰とでも仲良く話せるでしょ。でも、みんなは、そうじゃないよ。派閥と言ったら変だけど、小さい中でグループを作って、その人としか、話さないからね」

確かに、今回も共通の話題で盛り上がってるようには見えても、話をする相手は固定されているようだ。
見ていると、結局2つのグループに分かれて、会話が成り立っていた。

私から見ると、オオサワさんの方が社交的だと思うが、オオサワさんは印刷ブローカーのSさんとしか話をしていない。
そして、ニシダ君は、カマタさんとしか話をしない。

それに比べると、確かに私は、みんなと等間隔で話をする。
だから、社交的だというのか。

それは、なんか、違うと思うが。

社交的?

「そう、Mさん、意外と社交的ですよ。外見とは少し違いますけどね・・・」

それは、昔、法律事務所に勤めていたとき、ボスにも言われたことがある。

「マツは、外見は取っ付きにくいけど、意外と社交的だよね。どの派閥に入ることもなく、みんなと同じ間隔で接しているからね。そこだけは、感心するよ」(つまり他に感心するところはない?)

11人の小さな事務所だったが、そんな小さな集合体でも、派閥はあった。
しかし、どんなときも少数派を選ぶひねくれ者の私は、派閥に身を寄せることなく、テキトーに真ん中を泳いでいた。

それが、人からは「社交的」に見えたのか。
だが、しつこく言うが、私は偏屈なだけだ。
ただ、派閥に入るのが嫌だから、みんなと距離を置いて話をしているに過ぎない。

さらに、「Mさんは、心が広いからね」とオオサワさんが言う。

嫌みか、と思った。
偏屈な人間に、心の広いやつはいない。
私の心は、おそらく鼠の脳ほどの広さしかない。

しかし、オオサワさんは、そんな私の気持ちとは関係なく話を続ける。
「Mさんのブログを読むと、娘さんが韓国人と結婚したいと言っているそうですが、私はよくわからないんですよね。自分に女の子がいないから、そう思うのかもしれませんが、よく平気だなあ、と」

他の3人もうなずいている。

雲行きが、怪しくなってきたぞ・・・・・。

それは、どういう意味か、と警戒心を心に宿しながら、カキフライを二つ頬張った。

「俺も、自分の娘が外人、ましてや韓国人と結婚するのは嫌だな」
「よく平気でいられますね。父親は、娘を手放したくないものでしょう・・・・・普通」
「風習のまったく違う外国人との結婚なんて、うまくいくわけありませんよ。俺だったら、付き合うのも認めませんね」

ほとんど総攻撃だ。
いや、口撃か。

みんなが言っていることは、わからなくはない。
娘を結婚させたくない、手元に置いておきたいという思いは、自慢ではないが、世界中の男親の誰よりも強い、と私は思っている。あるいは、強烈に自覚している。

人間は、みな平等だよ、と綺麗ごとを言うつもりもない。

世の中は、差別にあふれている。
人間は弱いものを見つけて、人を貶める生き物だ。
下等動物なのである。

マザー・テレサは、一人しかいないのだ。

私も、異人は怖い。
怖いから、彼らの悪いところを、心の顕微鏡で拡大して、相手のマイナス点だけを心に留める。
そして、それを「怖い」という感情を押し殺すための道具にする。

その一番手っ取り早い方法が、「差別」だ。

異文化の中で生きてきた異人さんは、私にとって、わけもなく怖い存在だ。

小学校4年の頃、同じクラスにコロンビア人の女の子がいた。
彼女は、肌が黒かったから、子どもたちは、お決まりのように、ある侮蔑の言葉、差別的用語を吐いた。
しかし、私は言わなかった。
多数派に入るのが嫌だということもあったが、「俺はおまえらとは違うんだよ」という、違う意味での「差別の心」もあったと思う。

私は、コロンビア人と親しく話をしたが、おそらく、クラスの中で一番彼女を怖がっていたのが私だ、ということも自覚していた。
私は、私がコロンビア人を怖がっている、ということをみんなに覚られるのが怖いから、平静を装って親しく話しかけた。
つまり、考えようによっては、クラスの中で、私が一番卑怯だったかもしれない。

同級生の反応の方が、人間的だったとも言える。

だから、こんな卑怯な男が、何の抵抗もなく娘の彼氏を認めるわけがない。
それは、相手が日本人でも、異人でも同じことだ。



だが・・・・・と思うのである。

私は、娘の夢を知っている。
通訳になること。

それは、韓国語の通訳でもいいし、英語でもいいらしい。

これは、娘が自分の特性を考えて、真面目に出した答えである。

「通訳ってすごいよな。違う国の人たちの会話を伝えて、コミュニケーションが取れるんだぜ。小さな誤解があって争いごとが起きたとき、通訳は、同時に相手の言い分を伝えて、仲を取り持つことができるんだ。すごいだろ! 魔法使いみたいなもんだろ。だから、オレ、通訳になりたいんだ」
(本当は、外国との仲を取り持つのは外交官の仕事なのだが、大きな間違いではないので、私は娘の言い分を尊重した)

でも、これから先、優秀な翻訳機ができて、通訳は要らなくなってしまうかもしれない。

「機械に、相手の表情が読めるかい? 心が読めるかい? 通訳は、心も伝えるんだよ。そんなこと、機械にはできない。通訳は、絶対に必要なんだ」

得意気な娘の顔。

そんな会話の中で出てきたのが、「オレ、韓国人と結婚する」だった。

そして、娘が言う。
「オレは、日本と日本人が一番好きだ。だけど・・・・・外国人や韓国人を嫌いになる理由もない」

名言だ。


だから、私は、異人がとても怖いが、心の奥底で震えながらも、娘を応援しているのである。


しかし、そんなことを酒の席で言っても、白けるだけだ。

それに、面倒くせえ。

私は、変人に徹することにして、得意の平泉成の物真似をしようと思い、立ち上がろうとした。
だが、なぜか私が座っていた場所だけ、天井が低くなっていて、私は勢いよく天井に頭をぶつけた。



私は、死んだ。



いま、後頭部にできたコブを冷やしているところである。




2010/12/05 AM 07:45:07 | Comment(4) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

ミットモナイとモッタイナイ
武蔵境駅前のマクドナルドで、コーヒーを飲んでいた。

余韻を味わいたかったからだ。

「師匠、産まれました!」と一昨昨日の朝、興奮マックスの声で友人の天才WEBデザイナーのタカダ君(通称ダルマ)から電話がかかってきた。
そこで、昨日ダルマの弛んだ父親顔と赤ん坊の顔を見に行ってきたのである。

女の子だった。
俗に女の子は、父親に似ると言われている。

カワ(イイネ、orイソウ)・・・・・・・だね。

適当に語尾を濁して、お祝いの言葉を述べた。

ダルマは、目を細め、気持ち悪い顔で笑い、私の手を取って、「師匠のおかげです」と言いながら、頭を下げた。
(もちろん、私のおかげだ! 愛のキューピッドだし、仲人だし)

喜びと幸せのオーラが、私の全身を包んだ。
その余韻を少しでも長く味わっていたかったので、奮発して、120円のコーヒーを飲んだのである。

iPhoneで撮ったダルマの娘を見る。

カワ(イイネ、orイソウ)・・・・・・・だね。

ダルマ2世の画像を複雑な気持ちで見ていたとき、隣のテーブルの会話が耳に入ってきた。


「日本人は、モッタイナイ


どこかで、聞いたようなセリフだが・・・・・。


左横を見ると、男女1人ずつの白人が、外国人オーラ(当たり前)をまき散らして、ポテトを頬張りつつ、日本人の男二人に向かって演説をしているところだった。

歳は20歳から25歳くらいか。
三鷹には、国際基督教大学があるので、そちらの学生さんかもしれない。

そこはかとなく、クリスチャンの匂いがした(?)。

ここからの話は、白人さんたちが、流暢な日本語で語るお話をそのままパクることに(話が舌足らずな部分は、私が意訳している)。


日本には、アニメという世界的に優れた財産がある。
それなのに、日本人は、なぜ、そのアニメを産業として盛り立てていかないのか。

誰が見ても日本のアニメは世界一だ。
クォリティの高さでは、ディズニーの方が上かもしれないが、コミックという媒体を合わせると、日本のマンガがディズニーの上をいっているのは、間違いがない。

ディズニーは、ただお伽話的世界を映像で表現しているだけだが、日本のものは、あらゆるジャンルの話を表現力豊かなストーリーとしてまとめている。
ディズニーとは、明らかに表現する世界が違う。
料理から、政界、医療の分野に至るまで、専門的なストーリーを網羅している日本のコミックは、文化として充分に成り立っている。
だから、その点を世界にもっとアピールして、さらに強固なアニメ世界を作るべきだ。

今や決して人気があるとはいえない野球プレーヤーに数億円の年俸を支払うなら、その資金をクリエイティブなアニメーターに投資して、優秀なアニメーターを真剣に育てるべきだ。
そうすれば、もっといい作品を世界に配信することができるだろう。

同じく優秀なゲームソフトとコラボして、斬新なテーマパークを各地に作れば、外国からの観光客の誘致にも有効だ。
ディズニーのお伽の世界とは違う夢の世界は、プロデュース次第で、最大の産業になれる可能性を秘めている。

そして、食。

客観的に見て、日本人が提供する食は、世界一と言っていいと思う。

本場の中華料理やフランス料理、イタリア料理は、確かに美味いかもしれない。
しかし、そこでは、美味しいのは、得意分野だけである。
しかも、美味しいものを食べようと思ったら、値段がかなり高い。

だが、日本の料理人たちは、自分たち独自に、各国の味を形づくって、そのどれもが完成度が高い。
ラーメンなどは、芸術品に近い。
そして、安いものであっても、彼らは決して手を抜かない。
そのプロ意識は、賞賛に値する。

これだけ高い能力があったなら、野心にあふれた白人だったら、おそらく食の王国をつくって、世界にアピールするだろう。

なぜ、日本人は、それをしようとしないのか。
優れた技術を、小さな世界に、なぜ閉じ込めておこうとするのか。

人間は、誰もが美味いものを求めている。
日本国内に、ジャパニーズ・フードのテーマパークがあれば、秋葉原が外国人のテーマパークになったように、観光客誘致の目玉になるのではないか。

国を挙げて、食を海外に発信すべきだ。

そうしないのは、政治家、役人、あるいは保守的な大人たちが、アニメやコミック、ゲーム、そして食を、心のどこかで馬鹿にしているからだ。
それらの産業を、ミットモナイ、と思っているからだ。

だが、産業にミットモナイは、ない。

儲かる産業を放っておくことこそ、ミットモナイ
そして、モッタイナイ

日本人は、モッタイナイ

日本のアニメと食こそ、日本産業再生の道だ。



彼らは、そう言っているのですが、突飛なところがあるとは言え、ある部分では、私も同感するところがあります。


皆さんは、いかがでしょうか。





2010/12/03 AM 06:24:16 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

ライブハウスでバカヤロー
久しぶりに大宮の印刷会社からお呼びがかかったので、昨日行ってきた。

この会社は、私に対して、いつも冷たい態度をとることは、何度かブログに書いてきた。
ただ、「お得意様の悪口は、みっともないよ」というご意見が、私を圧倒しているので、今回はこれ以上は、書かない。

1時間半で、仕事を無事終えたことだけを記す。

そう思った。
しかし・・・・・・・・・・。


不愉快な灰色をした空気の塊を、心の中から追い出すには、久しぶりに「隠れ家」で過ごすのが、一番いい。
通称「隠れ家」、実は中古OA販売会社の倉庫。
その倉庫の持ち主に電話をかけようと、胸のiPhoneを取ったとき、iPhoneがタイミングよく震えた。

ディスプレイを見ると、先ほどの印刷会社だった。

俺、何かミスでもした?

3.7秒考えたが、「それは、ありえない」と私は、首を強く横に振った。
強く振りすぎて、目が回った。

仕事は、毎年催される市民音楽会のチラシだった。
毎年の仕事だから、フォーマットも決まっている。
出演者の名前と写真を差し替え、全体の色合いを今までと変えるだけだから、作業は、1時間半で終わった。

名前の部分は重要なので、自分で3回も見直した。
担当者は、最終仕上げを見て、無言でうなずき、無言で作業伝票にサインをし、すぐに横を向いた。
そして、「早く帰れ」と言わんばかりに、私の存在をないものと思って、サンドイッチを口に入れた。

私は、ミスはしていない。
だから、考えられるのは、変更箇所が発生したということぐらいだ。

まだ、会社の近くにいるから、今なら引き返せる。

iPhoneの「応答」ボタンを押した。

「Mさん? 今日、来た?」
声から察するに、担当者の上司だった。

今日、来た?
意味がわかりませんが・・・。

私が印刷会社に行ったとき、ホワイトボードの上司の欄には「昼食」と書かれた、青い丸磁石が引っ付いていた。
11時前に、昼食とは・・・・・、まあ、自由ですが・・・・・とため息を吐きながら、仕事をした記憶がある。

私が作業している間、上司は「昼食」から帰ってこなかった。
おそらく、終わった後に帰ってきて、私が予定より早く終えたことを知らず、催促の電話をかけてきたと思われる。
しかし、部下に聞けば、あるいは作業伝票を見れば、私が来たかどうかは簡単にわかるはずである。

そんな初歩的なことも、確認しないとは・・・・・。
昼メシに、長い時間をかけすぎて、脳に血液がいかなくなったか。


いや・・・・・、行って、仕事はもう済ませました。
申し訳ありませんが、Yさんに確認していただけますか。


「おい、音楽会のチラシは、もう終わったのか?」
目の前のデスクのYさんに、確認しているようだ。
目の前にいるんだから、最初から聞けばいいと思うのだが・・・(これも悪口のうちに入るのか?)

確認が終わって、何かモゴモゴと相手に指示を与えたあとで、上司が言った。
「しかし、俺がいない間にコソコソ来て、挨拶もせずに帰るってのは、どうかな?」

自分の耳を疑った。
それは、どういう意味だ?

私は、仕事を依頼されて、手早く仕事を処理し、仕事が完了したから、帰ったのだ。
私は、コソコソ行って、コソコソ帰ったわけではない。

むしろ、早く終えたことを褒めてもらいたいくらいだ。




ここからは、悪口
お客様への悪口の嫌いな方は、ご遠慮ください。
(自分では、悪口だとは思っていないが)

私が10時45分に会社についたとき、上司はもういなかった。
おそらく昼食(ボードに『昼食』と貼ってあった)。

そして、作業を終えたのが、12時20分ごろ。
上司は、「昼食」から、まだ戻っていなかった。
私は担当者にサインをしてもらい、「ありがとうございました」と言って、会社を後にした。

このどこにも、落ち度はないはずだ。
コソコソしているように、見えた?

もしそう見えたのなら、明らかに私とは、仕事に対する価値観が違う。
人間としてのスタンスも違う。
肩をすくめて、「リアリィ?」と言うしかない。
だから、そんなことで因縁をつけるやつは、放っておく。

しかし、相手はお客様なので、私は、申し訳ありません。以後気をつけます、と言って、電話を切った。

心の中で、ビッグ・ウェーブが立った。




中古OA販売会社の倉庫で、私はストックしておいたカップラーメン(麺づくりとカレーヌードル)をヤケ食いし、いいちこをラッパ飲みし、以前団地のゴミ捨て場で拾ったアコースティックギター(ご自由にお持ちください、と貼り紙がしてあったから、泥棒ではない。こんなことにもクレームをつける人がいるので・・・)を手にとって、かき鳴らした。

そして、即興で作った「バカヤローの歌」を延々20分にわたって、熱唱した。


バカヤロー!
ざけんじゃねえぞ!
バカヤロー!
カツラはがして・・・・・(差しさわりがあるので、以下省略)。


魂を込めた「バカヤロー」が、ライブハウスの空間に、吸い込まれていった。

少しは、気が晴れた。



しかし、いま、喉がイタい・・・・・・・・・。


というより、私の存在が、イタい・・・・・?




2010/12/01 AM 06:36:57 | Comment(3) | TrackBack(0) | [Macなできごと]



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