Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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ふたつの悪夢
悪い夢が二つ。

一つは、このブログで何度も書いている、実の姉の夢だ。

私の姉は、50数年の長い人生で、一年足らずしか働いたことがなく、それ以外は引き篭もって暮らしていた。
ただ、ずっと家にいるというわけではなく、パチンコと競馬のときだけは、ひとりで外に出かけた。

姉は、いままで何も生産的なことをせず、人さまの役に立ったことがない人生を、ただ無為に生きてきた。

姉は、買い物と風呂掃除、食器洗いを毎日する代わりに、母から毎月一定のお小遣いを貰っていた。
もちろん、そのお小遣いは、パチンコと競馬に消費された。

ギャンブルというのは、ごく一部の人だけが儲かるシステムになっている。
素人が、ギャンブルで財産を残すのは、ラスベガスやマカオならありうるだろうが、パチンコと競馬では、不可能だと私は思っている。

だから、姉がギャンブルで儲かることはない。
いつも最後には、財布が空になった。

今回も、空になった。

姉の唯一の美点。
それは、約束を守るところだ。
無類の怖がりだから、約束をしたら、その約束を破る度胸がない。
それは、約束を破ったという行為が、脳全体を支配して、自分をコントロールできなくなることが、自分でわかっているからだ。
それが怖いから、約束は破らない(滅多に約束はしないが)。
だから、財布が空になれば、諦める。

いつもは、そうだった。

しかし、今回は、母の認知症という現実が、姉から恐怖心を取ったようである。

ここからは、私にとって、かなり恥ずかしい話になる。

姉は、母が認知症になったことにつけこんで、いつも母がお金を隠しておく箪笥の引き出しから、お金を抜いたのである。
ボケてるんだから、わからないだろう、と子どものような思考方法で、姉は浅はかな行動を起こした。

そして、その金を持って、姉は場外馬券売り場に行った。

だが、母は、認知症ではあったが、8割以上は昔と変わらぬ正気を保っていた。
過去と現在のデータのやり取りだけが、曖昧になっていたが、たとえば家計のやりくりなどは、今までとまったく変わらずにすることができた。
暗算なども若い人と変わらない能力があった。

だから、箪笥の中の変化に、母は、すぐに気づいた。

そのとき、馬券売り場から帰ってきた姉に対して、母がどういったのかは、知らない。

母は、私に対しては、一度も叱ったことも、注意したこともなかった。
「勉強しろ」とさえも、私は言われたことがなかった。

だが、姉に対しては、わからない。
私は姉には興味がなかったので、母が姉に対して、今までどんなことを言ってきたか、まったく憶えていないのである。
私は、冷たい人間なのだ。

今回、母は、きっと姉に何かを言ったのだと思う。
叱ったのか、軽く注意しただけなのか。
それとも、優しく諭したのか。

いずれにしても、姉は、母に何かを言われて、いつものように常軌を逸した行動に出た。

先日、母の誕生日プレゼントを持って実家に行ったとき、その「激情の跡」を私は見つけた。
いや、見つけなくても、それは強烈に私の目に飛び込んできた。

壁一面に書かれた「お願い! たすけて」の文字。
壁だけではない。
食器棚とそのガラス、箪笥の前や横、カレンダーやガラス戸のすべてに、黒の油性ペンで大きく「お願い! たすけて」が、書かれていたのである。

それは、「狂気」としか言いようがない光景だった。

私は、所持していたデジカメで、それを撮った。
誰かにこのことを相談するとき、口で言って通じない場合は、この画像を見せれば、その狂気の凄まじさを判ってくれるのではないか、と思ったからだ。

私が実家に行ったとき、姉は自分の部屋で、布団をかぶって息をひそめていた。

姉の部屋は、一台のテレビと数冊のパチンコ雑誌があるだけという、殺風景な空間だった。
壁は、白くて綺麗なままだ。
自分の部屋を書き汚すことだけは、絶対にしない、という身勝手さも子どものときのままだった。


昨日、実家に役所の認定係の人が来た。
母の介護保険の等級を判断するためである。

役所の人に、立ち会うように言われたが、昨日は締め切りが二つ重なったので、私は残念ながら行くことができなかった。

そのため、また悲劇が起きた。

母は、「狂気の和室」を閉めきって、認定係の人に、それを見せないようにした。
母たちは、狭いダイニングに座って、話を始めた。
しかし、認定係の人は、母への聴取だけでは、公平な聞き取りができないと言って、家族の同席を求めたのである。

当たり前のことだが、認定係の人は、「狂気」の存在を知らない。

母が、しかたなく姉を呼んだ。

だが、姉は何を勘違いしたのか、目を吊り上げて認定係の前に現れ、地団太を踏むようにして「私は悪くないんだよ。私は何も悪いことはしてないんだ。私は悪くない! キィー!」と泣き叫んだのだという。

そして、そこで、立ったまま10分以上泣き続けたというのだ。

認定係の人は、訳がわからなかったに違いない。

突然、自分の前に現れた女が、「私は悪くない!」と叫んで、大声で泣き出したのだ。

母も、恥ずかしくて、説明のしようがなかったという。
結局、その日は、聴取ができなかった。

昨日の夜、認定係の人から私のiPhoneに電話がかかってきて、「そちらの都合のいい日を今度教えてください。その日に合わせますから」と、感情を殺した声で事務的に言われた。
はじめから、そうしておけばよかった、と今にして思う。

いま、実家の壁には、「お願い! たすけて」の文字のすき間に、「私は悪くない!」の文字が埋め込まれているという。
今度行ったとき、それはまたデジカメに収めておくつもりだ。

今回私が見た夢は、悪いことをしても、「私は悪くない!」と、泣きながら言い張るひとの夢だった。

目覚めたとき、私は、全身に、大汗をかいていた。


次に見た夢も、不思議と、その悪夢に似た内容だった。

ある大国の船が、他の国の領海を侵犯し、その船長が捕まった。

しかし、大国も船長も、「俺は悪くない!」と言い張っているのだという。
そればかりか、「悪いのは、あっちだ」とも強弁している。

その国は、無用な摩擦を避けて、船長を解放した。
すると、大国は、さらに強硬に「あっちが悪い」と叫びだした。
大国が、横暴なならず者になった。

そして、デモ隊という名の暴徒が、その国の出向先企業の窓ガラスを割ったり、車を壊したり、看板を壊すところまで事態は、エスカレートした。

彼らは、口々に言う。
「俺たちは悪くない!」
「悪いのは、あっちだ!」

暴力に訴えた正義に、本物はない。

しかし、その大国は「俺は悪くない!」としか言えない16世紀の文化を持った国だった。

これも相当深刻で悪い夢だったから、私は目覚めたとき、大汗をかいていた。


二つの夢に共通しているのは、「自分は悪くない」という幼児的な主張だった。


私にとって、重すぎる悪夢が、二つ。



私は、しばらく目覚めが悪かった。




2010/10/26 AM 06:38:44 | Comment(6) | TrackBack(0) | [怖い話]

陶芸でナベを
前回からの続き。

空気入れを恵んでくれた35歳のコヤナギさんとは、この夏の終わりに、近所の陶芸教室で知り合った。

私が、なぜ陶芸教室に行くなどという無謀で似合わないことを考えたのか。
それは、こんな理由からである。

俺には、老後の楽しみがない。

子どもたちが大きくなって、それぞれ独立するまで、もういくらもない。
15歳と20歳なのだ。

もう数年で、親元を離れていくであろう。

そして、ヨメと二人の生活。
ヨメは、幼い頃からある宗教を信心していることもあって、子どもが独立したら、さらにその方向に、のめりこむだろうと私は思っている。

一方、私は、この世界の大気を吸い始めてから、神様も仏様も遠ざけて生きてきた罰当たり者なので、決してその方向には行かない。
そうなると、一人の時間を持て余すことになる。

そうなったとき、俺はどうしたらいいのか、と私は、ロング・ロング・タイム白髪が黒くなるまでビー・ウォリィドしたのである(ルー大柴、古い?)。

結論は、趣味を見つけること。

いま、私はホビーとしてジョギングをしている。
これは、おそらくアローンで続けていくだろう。
しかし、これだけではロンリネス(意味がわからない?)。

私は、老後に、人と何かしら触れ合うことのできる趣味が欲しい、と思ったのだ。

そんなとき、大学時代の友人カネコが陶芸を始めたという噂が、偏西風とともに運ばれてきた。
大学の陸上部時代の友だち、カツラが陶芸を始めたという噂も、ジェット気流とともに運ばれてきた。

そうか、陶芸でネットワークを作れば、老後は淋しくないぞ。
俺は、一人じゃない。
明るい老後が待ってるはずだ。

そう思った私は、アパートから2キロほど離れた陶芸教室を探し出し、通い始めたのである。

生徒は、ほとんどが、30代から60代までの女性だったが、男も数人いた。
その中にいたのが、コヤナギさんだ。

コヤナギさんと話すきっかけは、私の方から作った。

コヤナギさんが轆轤を回す手つきが、あまりにも鮮やかなので、つい声をかけてしまったのだ。

陶芸は、長いんですか。

その私の問いに対して帰ってきた答えは、意外なものだった。

「いや、3ヶ月も経ってません」
私を眩しそうに見上げたコヤナギさんは、しゃがれた低音で答えたあとで、目を細めて笑った。
笑うと、目が一本の筋になって目尻の皺と融合し、愛敬のある顔になった。

それは、笑福亭鶴瓶師匠を思わせる、人に安心感を与える笑顔だった。

私は、教室の中では、先生のほかには、コヤナギさんとしか話をしなかった。
他の奥様方は、どこか上流階級の雰囲気を撒き散らしているひとが、ほとんどだったからだ。

彼女たちは皆、マキシム・ド・パリで、4200円のランチを食っているような奥様にしか見えなかったのである(偏見)。

コヤナギさんは、節くれだった指を使って、器用に轆轤を回し、自在なかたちの作品を作った。
それに比べて、不器用な私は、指の位置が安定していないから、先生から「独創的ですね」という感想しかいただけないような、トホホな作品ばかり作っている。

どうしたらコヤナギさんのような気品ある作品をメイキングできるのかと、私はメニー・デイズ、シンキングした(またもルー大柴)。

しかし、いくら考えても結論は出ないので、コヤナギさんに直接聞くことにしたのである。

数ヶ月ぶりに、人に何かを奢るという高揚感を味わいながら、私はモス・バーガーにコヤナギさんを誘った。

コーヒーを飲みながら、雑談。
コヤナギさんは、鶴瓶笑顔を惜しげもなく振りまき、私の軽薄な話に、手を叩いて笑ってくれた。

その後、陶芸の話になったとき、にこやかだったコヤナギさんが、しんみりとした口調になった。

「僕の父親は、陶芸家だったんですよ」

ああ、だから、お上手なんですね。
じゃあ、子どもの頃から、やってらっしゃった・・・?

「いや、僕は親不孝だったんで、触りもしなかったですよ」

コヤナギさんが言うには、コヤナギさんは、一人っ子。
陶芸にはまったく興味が湧かなかったという。
むしろあまりにも陶芸にのめりこむ父親の姿を間近で見て、鬱陶しさを感じていたらしい。
思春期特有の親への反発もあったかもしれない。

それにね・・・・・、とコヤナギさんがまた目を鶴瓶師匠にして、笑った。

「僕は、高校を中退して、親元を離れたんですよ。男になりたくてね」


・・・・・・・・・・ん?


男になりたくて・・・・・・・。

賢明な方なら、この先の展開はお分かりかと思う。

コヤナギさんが、目を細め、それを笑いジワと同化させながら、衝撃の告白。
「だって、僕、オナベだからね」

そのとき、私の頭では、「男」「陶芸」「オナベ」という言葉が、公式を結べずにいた。
いや、分ってはいたのだろうが、現実を認められずにいた、と言った方がいいかもしれない。

それは、突然アンジェリーナ・ジョリーが目の前にやってきて、私をハグし、「アイ・ラブ・ユー」と言ったときと似ているかもしれない。(似てないか)

とにかく、私の頭は混乱して、頭の中で「オナベ」を無意識に繰り返していた。

男になりたい?
陶芸とオナベ。
オナベが陶芸。
オナベが鍋を作る?
コヤナギさんは、女。

はぁ! 目の前の、この人が、実は女ぁ!

どう見ても、鶴瓶師匠ですが・・・・・。

薄茶色のジャージの上下を着て、短い髪をきっちり七三に分けている、この人が・・・・・、まさか・・・・・女?

衝撃のカミングアウト。

しかし、まだまだ混乱。

そんな混乱した私を置いてきぼりにして、コヤナギさんが話を続ける。

「今年の4月に、陶芸家の父が死にまして。亡骸を見たとき、ああ、僕の顔は、この人似なんだなって、初めて思ったんですよ。何の親孝行もできなかったけど、なにか、生涯でただ一つだけでもいいから、親父の作品に迫るものができたらいいなって、そのとき思いましてね。それで、陶芸を始めることにしたんです。作っているうちに、血は争えないなって、自分でも感じて・・・・・」

そこで、コヤナギさんは、大きく息を吸って、天井を見上げた。

「親父の子に生まれて、良かったと思いますよ。親父は、逆に、こんなやつ、いなければ良かったと思っていたかもしれませんが」

天井を見上げたコヤナギさんの細い首には、喉仏がなかった。

そして、その細い首が、かすかに震えているのが見えた。


こんなとき、何と声をかけたらいいのだろう。
人間関係で、そんな高等テクニックを持っていない私は、ロング・ロング・タイム、シンキングしたあとで、こんなことをセイした(くどいルー大柴)。


「俺にとって、コヤナギさんは、最初出会ったときから、男です。これからも男の付き合いをしませんか? 今度我が家に遊びに来てくださいよ。狭いところですが、私の家族と一緒に、ナベでも食いましょう」

それを聞いたコヤナギさんは、大口を開け、手を叩いて笑った。

「ああ、僕、ナベ、大好きなんですよ。いいですよね。冬はナベですよね」

いや、おナベは、一年中いいんじゃないですか。

私がそう言うと、鶴瓶師匠の目をしたコヤナギさんが、私に手を差し出した。

握手したコヤナギさんの手は、すでに男の手だった。




2010/10/24 AM 08:01:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

空気入れ
自転車は、私にとって必需品だが、空気入れは持っていなかった。

理由は簡単。
空気入れの値段が、高いからだ。

自転車の空気がぬけると、さいたま市に住んでいたときは、馴染みの自転車屋さんの機械式の空気入れで、満タンにしてもらった。
それも無料で。

しかし、武蔵野に越してきて、馴染みの自転車屋さんがいないことの不便さを、私は味わわされることになる。
手動の空気入れさえ、快く貸してくれる自転車屋が、近辺にあまりないのである。

たいていは店の横にコイン式の空気入れが置いてあって、50円を支払わなければ入れることができなかった。

空気入れを貸してください、と手動式の身振りでお願いすると、「あそこにあるよ」と、店主に顎で店先の機械式を示されることが多い。

もちろん、常識にあふれた人々は、「たった50円をケチるなよ」と、そんな私を批難するはずである。
空気にだって金はかかるんだ、甘ったれるな、とお叱りの言葉を、私に投げかけるかもしれない。

しかし、自転車の使用頻度と使用距離の長い私は、週に1回空気を入れなければ、快適な自転車ライフを送ることができない。
50円×4は200円。
一ヶ月に200円も空気入れに出費するのは、耐えられない(じゃあ、空気入れを買えよ)。

だが、200円あったら、武蔵境イトーヨーカ堂・フードコート内の「ポッポ」で、メガポテトが食える。
私は、そちらの方を選びたい。

そんなケチな私は、自転車のタイヤが小腹が空いたと訴えたとき、こんな方法を選んでいた。
あちこちの交番に行って「お忙しいところを恐縮ですが、空気入れがございましたら、貸していただけないでしょうか」と腰をかがめて、お願いするのである。

市民の味方である親切なお巡りさんは、5割の確率で空気入れを貸してくれる。

しかし、交番の横の自転車置き場に空気入れがあるにもかかわらず、「空気入れ? ないね!」と、いかつい顔を無表情に誇示する極道顔のケチケチ巡査も、たまにいる。

交番で、厚かましくも空気入れを借りる市民は図々しすぎる、というお叱りは、甘んじて受ける。


先日、三鷹駅の商店街真ん中よりにある自転車屋を通ると、「無料で空気お入れします。声をおかけください」の看板を見つけた。
さっそく入って声をかけたが、昼メシ時だったせいか、誰も出てこなかった。
二度大きな声を出したが、通りを行く人が振り向くだけだった。

諦めて、他の自転車屋を探したところ、大きな「自転車屋」の旗の下のバケツに手動式の空気入れが入れてあって、バケツの横に「ご自由にお使いください」の字を見つけた。
私は嬉々として、それを手に取り、早速注入作業を開始した。

しかし、ポンプハンドルを押しても、何の手ごたえもなし。
要するに、壊れていた。

ガッカリ。

自転車の空気を入れるのに、こんなに苦労するなんて。
埼玉では、あんなに簡単だったのに・・・・・。

「空気入れなんて、千円くらいのものだから、買えばいいじゃないか。一度買えば、何度でも使えるんだから、そんな苦労はしないだろう」

それは、反論のしようのない正論だ。


こうなったら、空気入れを買うしかありませんよ。
でも、できるだけ安いやつを買いたいですね。


先日、上述のような中身のない話を、最近陶芸教室で知り合いになった35歳のコヤナギさんに、ダラダラと披露した。


陶芸教室? なぜ、おまえが陶芸などという歴史ある文化に首を突っ込むのだ(影の声)。
そんな似合わないことをする理由を簡潔に述べよ(影の声の命令)。


簡潔には述べられないので、その話は次回に「驚愕のオチ」とともに、書きたいと思う。


今は、空気入れの話。

そのコヤナギさんが、空気入れを2本持っているという。
そして、親切にも「胴体が錆びついているけど、まだ使えるから、それでよければ、あげますよ」と、しゃがれた低音で言ってくれたのだ。

いいんですか?

「はい」

また、「たかり体質」だと言われそうだが、ありがたくいただいた。

そうして、空気入れのない生活から、見事に這い上がり、いま私は快適な自転車ライフを手にして、明るい日々を生きている。

コヤナギさん、ありがとう。



しかし、そんなコヤナギさんに、「ゲッ!」と言わされることになるとは、そのときの私は考えもしなかった。




2010/10/22 AM 06:55:18 | Comment(5) | TrackBack(0) | [日記]

いい加減なデザイン論
同業者のメル友・オオイシが、自分の仕事を引き継いでください、と土下座をし、泣いて頼むので、仕事を引き継いでやった。

そのうちの一社に、昨日顔つなぎのため、オオイシを子分のように引き連れて、行ってきた。

場所は、港区虎ノ門
むかし法律事務所に勤めていたとき、何度も足を運んだところなので、土地勘はある。
裏通りまで知っているから、私が迷いもなく目的地まで先を進んで歩いていくのを見て、子分のオオイシは驚いたようである。

白く醜く太った体を揺らし、短足を精一杯動かしながら、「Mさん、まるで自分の庭のように歩きますね」とオオイシが喘ぐ。

オオイシさん。
私は、港区のことなら、どの家のアフリカ象が赤ちゃんを産んだかまで、知っているんですよ。
人は、私を「港区の歩くディクショナリー、歩くムツゴロウ」と呼んでいます。

「・・・・・・・」

結婚目前・幸せボケのオオイシには、私のハイクォリティ・ジョークが通じなかったようである。


得意先に着いた。
神谷町駅から徒歩13分ほどのところだった。

7階建てのビル。
その1階と2階が、オオイシの得意先だった。

ビル入口の自動ドアを通ると、左手に大きめの曇りガラスのドアがある。
そこの左に「受付はこちら」の看板が立っていた。

しかし、オオイシは受付を通らず、勝手に右奥に並んだ3つのドアのうちの真ん中のドアを開けやがったのである。
いかにも、俺はこの会社の常連ですよという誇らしげな顔をして、オオイシはドアを開けて、私を手招いた。

手招いた先に、広い会議室らしきものがあって、50歳くらいの品のいい男性が、私たちを認めて立ち上がるのが見えた。

俳優の市村正親のように、存在感のある雰囲気を全身から撒き散らしている人だった。
ミュージカルの一節を歌ってください、と頼んだら、歌ってくれそうな雰囲気だ。

差し出された名刺には、「相馬猛」と書かれていたが、私の頭には「イチムラ」という名でインプットされた。

そのイチムラ氏が、私に向かっていきなり問いかける。
「Mさんにとって、デザインとは何ですか」

ん? これは、就職試験か?
何という漠然としたことを聞くのだ。

しかし、そんな疑問を1.3秒でシャットアウトした私は、即座にこう答えた(即座に答えたわけは、最後に)。


どんなものにもデザインはあります。
この机にも椅子にも、そして、コーヒーカップにも、それぞれのデザインがあります。
美しいもの、そしてあまり美しくないもの。
それらをすべて、ひっくるめてデザインなのです。
ただ違うのは、それぞれのデザインに、そのデザイナーがどれほど魂を込めたか、という点です。
私は、自分のデザインに魂を込めています。
たとえ、ひとが認めてくれなくても、私はデザインに魂を込め続けます。
魂の宿ったデザインこそが、人の心を動かすと信じているからです。


くさい!
何と、くさくて蒼い主張だろうか。
ああ! 恥ずかしい!

もし目の前に、深さ2メートルの穴があったら、私はすぐにダイブして、その穴に入ったことだろう。

恥ずかしい! 顔から火が出そうだ。


しかし、そんな私のデザイン論にイチムラ氏は、感心の体(てい)を示し、大きく頷いたのである。

横を見ると、オオイシも同じような感心顔で、何度も頷いていた。

いいのか? こんな答えで?


オオイシが頷き、それに合わせて、イチムラ氏も頷く。

そして、頷いた状態のまま、イチムラ氏が、思いがけないことを言った。

「まだ外は明るいですが、近所にカフェがあります。そこで仕事の説明をしながら、軽くいきましょうか」

あとで聞いたところによると、オオイシがイチムラ氏の思い通りの仕事をしたときには、機嫌を良くして、近所のカフェで奢ってくれることがあったという。
ただ、それは年に1回あるかないかで、最初から奢るというのは、かなり珍しいことだと言われた。

もしかして、オレ、気に入られた?


カフェの椅子に座ると、イチムラ氏が「今日は、お車ではないですよね」と聞くので、「はい、流星号は置いてきました」と答えた。

すると、「おお! スーパージェッター!」と興奮の面持ちで、私を指さすイチムラ氏。

雑談の中で、昔の出来事を話題にするのは嫌いな私だったが、仕事とビールのためなら、主義を変えることは何でもない。
たった2杯の生ビールで、私は嫌いな昔話の世界にタイムスリップし、イチムラ氏の太鼓持ちになった。

終わった後で、深い自己嫌悪に陥ったが、帰りの日比谷線の車内でのオオイシの言葉に、私は救われた。


「安心しましたよ、オレ。Mさん、いつも本気じゃないところがあるから、実は相馬さんに紹介するの心配だったんです。でも、あんなに上機嫌の相馬さんを見るのは、この5年間で初めてです。Mさんに紹介してよかったと、いまオレ、ホント真面目に思ってます」

そして、さらにオオイシが言葉を繋げた。
「相馬さんの突然の質問に対して、躊躇なくデザイン論を語るなんて、オレには無理です。あれも驚きましたよ。Mさんは、テキトーなだけじゃないんですね。見直しました」


いや、オオイシ君。
白状するとね、あれは、前の日に他の同業者との話にたまたま出たことを、そのまま言っただけなんだよ。
考えて言ったわけではないんだ。
ただ瞬発力で、答えただけなんだよ。

悪いんだけど、ね。


大きく肩を落としたオオイシだった・・・・・。




2010/10/20 AM 06:45:21 | Comment(3) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

サザンカ
花は、あまり好きではない。

花の名も、チューリップやバラ、ユリなど有名なものしか知らない。

ただ、子どもの頃、私は花に囲まれて暮らしていた。

子どもの頃暮らした中目黒に大きな庭があって、そこに花が充満していたからだ。

昭和34年。
祖母が、55坪の土地を中目黒に借りた。
その上に、家を建てて、M家の東京での本格的な歴史が始まった。

55坪の半分以上が庭になっていて、日当たりの良かった昭和40年前後は、柿の木があり、リンゴの木、無花果の木などもあった。
他に、トウモロコシ、トマト、ナス、ネギ、カボチャ、スイカなどを栽培して、自給自足に近い暮らしをしていた。

だが、まわりに大きな家が建つようになってから、少しだけ日当たりが悪くなった。
そこで、母が花を育てることにした。
玄関から庭全体が、花で溢れるようになった。

母が、その花の庭に細い道を作って、「花の小路」と名づけ、玄関の横に、「ご自由にご覧ください」の立て看板を立てた。

つまり、オープン・ガーデンだ(当時では珍しかったと思う)。

口コミで噂が広がり、毎日何人かの人が、庭の花を見に来るようになった。

朝起きたら、知らない人が庭に立っていて、ギョッとしたことがあったが、それもすぐに慣れた。

そんな環境にいた私だったが、花に興味を持ったことはなかった。
キレイだ、とは思ったが、関心を持つまでには至らなかった。

0コンマ1秒、記録を伸ばすことにしか興味のない、当時の私はどうしようもない薄っぺらなガキだった。

花に水をやったこともなかった。

母は、仕事から帰ると、夜ずっと庭にいて、毎日花に話しかけていた。
それが、母の唯一の楽しみだったようだ。


夢のない話を書くが、おそらくこれほどの花を維持するのには、相当なお金がかかったと思うが、その点に関しても私は無関心だった。

ただ、水道の使用量があまりにも多いので、水道局の人が「おたくは何か商売をやってるんですか?」と、真顔で聞きに来たことが数回あったことを、今でもはっきり覚えている。

いま思えば、笑い話のようなものだ。

中目黒の家は、その後、土地の持ち主が大きなマンションを建てるということで、平成9年、母たちは立ち退き、川崎の新丸子に居を移した。
6階建てのマンション。

つまり、庭のない生活だ。

中目黒の庭の花たちは、ご近所の方たちに貰っていただいた。
その処理だけで、2ヶ月近い時を要した。

新丸子に移ってからは、母は、花を買うことも育てることもやめた。
それは、まるで置いていった中目黒の花たちに、義理を立てているかのような律儀さであり、頑なさであった。

どんな思いで、母が、花たちを手放したのか。
それは、きっと身を削られるような痛みを伴ったことは、いかに鈍感な私でも想像はつく。



私がいま住んでいる武蔵野のアパートのそばに、でかい花屋がある。

間口15メートル、奥行き30メートルくらいの広さの花屋だ。

私は最近、ジョギングの帰りに、その花屋に寄ることが日課になっていた。

当たり前のことだが、店内には色々な種類の花が、たくさん陳列されている。
大きなものから小さなものまで、どれもが違う顔を見せて、買われるのを待っている。

花の名には興味がないし、特別好きというのでもない。

ただ、見ていて、飽きない。

気がついたら、一時間近く、花屋の中をうろついていたこともあった。
時がたつのを忘れるのだ。

何故、とは考えない。

綺麗だから、見ていて飽きないのだろう、と単純に解釈している。


何度も店に来ているのだから、当然私のことが、店員の記憶に残っていたようだ。

30歳くらいの女性店員に、「花がお好きなんですね」と聞かれた。

いや、別に好きじゃないんですよ、と私が言うと、店員が予想外の言葉を聞いた、というような顔で私を見つめた。

ただ、花に囲まれているという状況は好きです、と私が言葉を足すと、店員が嬉しそうにうなずいた。
そして、笑顔で言った。

「それを好きって言うんですよ」



昨日、四ヶ月ぶりに母の住む新丸子に行ってきた。
86歳の誕生日のプレゼントに、前から欲しいと言っていた高機能の炊飯ジャーを持っていったのである。

母は、喜んでくれたが、とりとめのない話の途中で、珍しく焦点の定まらない目をして私を見つめ、やや声を震わせながら、私に向かってこう言ったのである。

「庭の山茶花は、綺麗に咲いてるかしら。あの山茶花は、植えた場所が悪かったから、ちょっと気難しいところがあって、心配ですよ。他の花は、あまり手間がかからないんだけどね」


母の脳は、中目黒の庭だけを映し出していたようだった。

「あなたは、ちっとも花に水をやらないんだから。今日ぐらい、水をやって帰りなさいね」
母の目は、私を見ているようで、見ていなかった。


認知症


まさか、あの芯の強い母が・・・・・・・。

そうは思っても、現実は残酷である。
母が、認知症にならないという理由はない。


帰りに、新丸子の駅前の花屋で、山茶花の鉢植えを見たとき、両膝が震えて崩れ落ちそうになった。
そのときは懸命に涙をこらえたが、電車の中で下を向いて、こらえきれずに泣いた。


山茶花は、私にとって、悲しい花になりそうだ。





2010/10/18 AM 06:50:01 | Comment(3) | TrackBack(0) | [日記]

のろいのことば
憂鬱な話だが、毎晩「死んでもいいですか」という電話がかかってくる。

もちろん、「死ねば」などと言えるわけがない。

自分の姉だからだ。

一日に最低2回、多いときで10回以上、夜の10時過ぎから、午前1時くらいまでの間にかかってくる。
昨晩もかかってきた。
6回。

最近は、滅多に出ない。
すると、毎回同じフレーズを、留守電に吹き込むのだ。

それを毎日のように聞かされると、私の方が死にたくなる。

ということは、むしろ姉は、私のことを・・・・・・(恐ろしくて、この先は書けない)。


姉が、「私は余命一ヶ月なの。世界で一番可哀想な人なの」と言う。
一昨年の秋に、盲腸癌の手術を受けてから、それが口癖になっている。

だが、何ごとに対しても臆病な姉だったが、律儀なことに、毎月の定期検査には必ず行く。
医者に対する態度は、見るに耐えないものだが、とりあえず検査だけは受ける。

そして、後日、その検査の結果を私が聞きにいくのだ。

医者は、「順調ですね」と言うが、憂鬱そうな医者の顔を見ると、他にも何か言いたげである。
おそらく、「順調」の前に、「心の病のほかは」と付け加えたいのだと思う。

いずれにしても、姉の寿命は、残り一ヶ月ではない。

だから、これからも毎晩「呪いの電話」は続くだろう。

今さら、こんなことを人に相談するのも気恥ずかしいので、表面上は「マイペースのマツさん」のまま、日々を暮らしている。

家族も、このことは知らない。


火曜日に同業者のオオイシと会ったとき、オオイシから「Mさんの話は、半分以上冗談に聞こえますよ」などと言われた。

俺の存在自体が冗談だから、それは当たり前だろ、と私が言うと、オオイシが深くうなずく。

「いくらお気楽なMさんだって、痛いとか苦しいとかは、ありますよね」
オオイシは、私のことをまるで芸術的テキトー男・高田純次師匠のように思っているようだ。

それは、それで嬉しいことだが。

私は、ターミネーターではないので、当たり前のように痛みを感じる。
ただ、それを訴えるタイミングを、ほとんどの場合、逃しているだけだ。


この程度の痛みで、人に「痛い」などと言ったら、笑われるのではないか。
肉体は苦しみを訴えているが、世間の皆様は、この程度の苦しみなら我慢しているのではないだろうか。
高熱があるが、責任感にあふれた仕事人間たちは、この程度では、「つらい」などと言わないに違いない。


そんなことを思っているうちに、大体は治ってしまうから、結局は「痛みはなかった」「つらくはなかった」ことになってしまうのである。

そんなこともあって、私の精神と肉体は、病気に対して、かなり鈍感な体質になってしまったようだ。

だから、体の具合が悪いと自分で気づいたときには、かなり進行していて突然倒れる、ということが年に1、2回ある。
そこで、結果的にまわりの方々にご迷惑をかけることになるのだが、この体質、あるいは性質をどう治していいかわからないこともあって、私は自分の肉体と向き合うことなく、今も流されるままに生きている。


オオイシが言う。
「Mさんみたいな人は、突然死しやすいんじゃないですかね。自分の体を過信しているとかじゃなくて、怖い病気が体に取り憑いても気づかなくて、そのまま死んでいくという・・・・・」

たとえば、ジョッキを呷ったまま、くたばるとか?

そう言って、私はジョッキを一気に呷り、オオイシにお代わりを催促した。

そして、新しいジョッキを手に持ち、半分以上を勢いよく喉に流し込んだ。


爽快・・・・・・、のはずだった。


しかし、そのとき、私の左耳の奥底で「死んでもいいですか」の呪いの言葉が、幻聴のように唸ったような気がした。


死・ん・で・も・い・い・で・す・かぁ・・・・・。




まさか、俺に取り憑いているのは、病気ではなく、真夜中の「呪いの言葉」だったりして・・・・・。




2010/10/16 AM 06:35:31 | Comment(1) | TrackBack(0) | [怖い話]

野菜ラーメンの作り方
野菜の値段が、高い。

それなのに、贅沢にも野菜を煮込んで、スープを作っている。
ただ、半分以上が保存しておいたクズ野菜である。

キャベツの芯、白菜、大根、ニンジンのへた、セロリの端の部分、タマネギの皮などを残しておいて、新しく買ったにんにく、椎茸、長ネギ、少量のシジミなどと一緒に煮るのだ。

灰汁を取りながら、2時間以上弱火で煮込む。
スープの色が、薄いクリーム色になるまで煮込む。
もう一つの鍋では、チキンの骨を煮込んでいる。
これは、食い終わった残骸の骨を軽く洗い、冷凍保存しておいたものだ。

骨の方は、沸騰したら、灰汁を丁寧に取ったあとで、骨だけを野菜鍋に移して、もう一度弱火で煮込む。
そして、帆立貝を2つほど入れて、灰汁取り紙を乗せ、また煮込む。
これで、スープにホタテの上品な味が、追加される。

このホタテは、最後に取り出して、酒のつまみにする。
野菜の旨みがホタテに乗り移って、贅沢な味になる。
相乗効果だ。
ビールのつまみとして、これほど贅沢なものはない。

一時間ほど煮込んだあとで、荒塩を少しずつ加えながら、味を調整する。
これは、自分の舌を頼るしかない。
一つまみの差が、味を大きく左右するから、ここは、慎重に。

順調に、スープが完成。
スープを濾して、とろ火で保温する。

約10人前のスープ。
匂いで判断すると、野菜の旨みがホタテと融合して、私のイメージに近いものになっている予感はする。

これをラーメン丼に移し、茹でて水気をよく切った細麺を入れる。
その上に、キャベツ、ニンジン、もやし、椎茸を、少量の油で炒めたものを乗せる。
仕上げは、5ミリの厚さに切ったロースハムのトッピング。


はい、お待ちぃ!!


試食するのは、極道顔のコピーライター・ススキダとその夫人。
京橋のイケメン実業家・ウチダ氏。
そして、新たにパートナーとして加わった、ラーメン職人歴11年・30歳のカトウ君。

これは、友人のチャーシューデブ・スガ君を中心にした「幸せなラーメン屋さん」プロジェクトのメンバーである。
場所は、ススキダの横浜の事務所。

私のうちでやってもよかったのだが、ボロアパートに皆をご招待するのは、さすがに気が引けたので、ススキダの事務所のキッチンを借りて行ったのだ。

残念ながら、スガ君は亡き義父の仕事を引き継ぐのに精一杯なので、今回は参加していない。
前夜、慌しく「ごめんなさい」を12回繰り返したスガ君は、この日も作業の間、3回「ごめんなさい電話」をかけてきた。

律儀なのはわかるが、しつこくてうるさい。

俺の作業の気が散る。

だから、最後には、「今度かけてきたら、おまえを焼き豚にする!」と言って電話を切った。
あとで、もう少ししゃれたことが言えなかったのかと、悔やんだ。


今回、なぜラーメン職人でもない私がラーメンを作ったかというと、年末に開店するラーメン屋のメニューがまだ半分程度しか決まっていなかったからである。

醤油ラーメンを中心に、カトウ君がメニューを6種類考えたのだが、バリエーションが少ない、というウチダ氏の指摘があって、急遽シロートの私が、たまに自分の家で作っているラーメンを作ることになった。

シロートが作るラーメンだから、誰の口にも合うようには作れない。
家族だけが「美味い」と思えばいいという、極めて狭い世界での自己満足的なラーメンである。

味には自信がある。
だが、行列ができるだけで簡単に「美味い」と言う、雰囲気に流されやすい大衆を相手にするには、私が作るスープは上品過ぎて、彼らのお口には絶対に合わないだろう(大衆に喧嘩を売ったか)。


「上品な味だな」と極道ススキダ。

そうだろ。
おまえがもし、俺の作る料理を毎日食っていたら、確実に上品な顔に変わっていただろう。
残念だったな。

「美味くて上品だ」
ウチダ氏の感想。
ススキダ夫人も、愛らしい顔で頷いている。

カトウ君は、専門家なので、「これ、淡白すぎませんか」という鋭い問題提議を投げかけてきた。

確かに、淡白過ぎる、と私も思う。


だって、俺、淡白なのが好きなんだもん。
濃厚だと、胃が疲れちゃうんだもん。


淡白だと思う人には、北海道バターを1.5センチ角に切ったものを乗せた。

すると、「ああ、これは野菜の旨みが引き立ちますね」と、カトウ君が四角い顔を綻ばせて、豪快にラーメンをすすった。

「これを食べているMさんのご家族は、幸せでしょうね」と、ススキダ夫人。
40歳を過ぎて、これほど可愛い笑顔が作れる人は、全世界に3人しかいないのではないだろうか。
他の2人が、誰かは知らないが。

ススキダ、死ね!


「これ、『野菜ラーメン』てことで、メニューになるんじゃないか」と、ススキダが言う。

いや、これは、あくまでも参考だから、そんなに簡単に決められても困る・・・・・。

少しでも自分に降りかかる責任を軽くしたい私は、「参考、参考」と言って、逃げの態勢に入ることにした。

「いや、でも俺は好きな味だよ」と京橋のウチダ氏。
さらに、「ホタテの味が、最後に口の中にかすかに広がって、ライスと一緒に食べたら合うんじゃないですかね」と、プロのカトウ君までが迎合する雰囲気になってきた。


しかし、クズ野菜を使うのはいいだろうけど、ホタテを使うと、原価が途端に跳ね上がるから現実的ではないよね。
鳥の骨だって、あくまでも間に合わせを使ってるだけだし。
なぜか、懸命に否定するオレ。


「でも、ホタテ味は、ホタテパウダーで誤魔化せますよ。何も本当のホタテを使う必要はないでしょう。鶏ガラは、俺が何とかします」とカトウ君が、追い討ちをかける。


しかし・・・・・・・・・・・、

あくまでもこれは、参考ということだから、すぐに結論を出さなくてもいいんじゃないかと・・・・・・。
もっと、慎重に考えましょうよ。
現代は、野菜嫌いの人が増えているって聞いたよ。
価格も急に跳ね上がったりするし。
野菜は今の時代に合わない、と俺は思うんだよね。

さらに、慌てるオレ。


そんなみっともない私の姿に対して、ススキダ夫人が、「Mさん、ちょっと黙ってなさい!」

はい! すいません!


作ったラーメンが好評なのは嬉しいけど、責任を負わされるのは、チョット・・・。

やばいなあ、困るなあ・・・・・。


男らしくないオレだった。




2010/10/15 AM 06:34:50 | Comment(5) | TrackBack(0) | [料理]

円形脱毛症のメル友
メル友の同業者がいる。

彼は、私の育った中目黒に事務所を構えている自称・一流デザイナーである。
ただ、機械音痴なので、トラブルがあったときは、私に頼る。
そのことは、以前コチラに書いたことがある。

たいしたトラブルでもないのに呼ばれるのは、疲れるだけなので、彼にはトラブルがあったときの対処法と簡単にできるメンテナンスの方法を書いたマニュアルを作って渡してある。
それを律儀に実践しているせいか、最近は、パソコンのトラブルで泣きつかれることは、ほとんどなくなった。

もともと、やればできる男なのである。

その、やればできる男・オオイシの弱点はもうひとつあって、痛みや苦しみなどに弱いことだ。

パソコントラブルを訴えるメールはなくなったが、「具合が悪い」「両肩が異常にこる」「37度の熱があるから、体が死ぬほどだるい」「ゴルフをしたら腰を痛めたので歩くのがつらい」「コンタクトが合わないせいか頭痛がする」「虫歯が痛くて眠れない」など、泣きのメールが週に2回程度来るようになった。

それを訴えて、俺に何をして欲しい、と聞くと、「元気づけて欲しい」と、まるで置き去りにされた子どものようなことを言うのである。

昨日、そんな弱虫・オオイシからメールではなく、電話を久しぶりに貰った。

緊急のパソコントラブルか! と身構えたが、オオイシの声はノンビリしたものだった。
「Mさん、新宿あたりで会えませんかね」

面倒くさい。
新宿までは、歩いたら4時間はかかる。
物理的に無理だ。

「いや、何も歩かなくても、電車という便利なものがありますから」

だから、切符買って、階段上って、電車を待って、電車乗って、混んでるから吊り革つかまって、ヘッドホンから洩れてくる聞きたくもない雑音を聞いて、電車降りて、階段上って、人波に揉まれるという一連の儀式が、私には面倒くさいのだよ。

「じゃあ、最寄り駅まで、俺が行きますよ」

ということで、武蔵境駅から少し離れたところにあるサイゼリアで会うことになった。

ほぼ3年ぶりに会うオオイシは、相変わらず色白で太っていた。

しかし、どこか幸せそうに見えた。
ただ、瞳の奥には、相変わらずちっぽけな悩みを抱えているようにも見えた。

オオイシは、小さなことで悩むタチだから、話のきっかけをこちらが与えないと、いつまでたっても本題に入らないことが多い。
だから、回りくどい挨拶は飛ばして、オーダーを即決で済まし、私は「用件を言え」といきなりストレートを放った。

すると、目を宙にさまよわせながら、咳き込むような慌しさで、オオイシが言った。

「俺、来月結婚します!」


だから、どうした?
そんなのメールで済むことじゃないか。

「いや、結婚するんで、仕事をやめようか、と」

言っていることがよくわからないが・・・、なぜ結婚するから、仕事をやめるんだ?
主夫になる、ということか?

「いや、その、あの、えーと」と言って、オオイシが大汗をかいて語った内容は、こうだった。

結婚相手は、オオイシより4歳年上の女実業家。
都内にしゃれた雑貨店を3店舗とプリントショップ1店舗を持っているという。
結婚するに当たり、彼がその会社の副社長に就き、プリントショップを完全に任されることになった。
だから、デザイン業をしている暇がないから、辞める。

そういうことらしいのだ。

よかったではないか。
「逆玉」と言っていいのではないだろうか。

おめでとう。

しかし、オオイシは、私の心こもった祝福に、一度大きく頭を下げて笑顔を作ったが、それは、どこか「泣き」が入った笑顔だった。

そして、頭にかぶった毛糸の帽子を脱いで、それを両手で弄びながら、つぶやき始めた。

「俺に副社長なんか、務まるんですかね」
「俺、接客が苦手なんですよ。ショップを任されても、相手を怒らせたらどうしようか、と」
「朝早いの苦手だから、毎日決まった時間に起きられるか、自信ないんですよ」
「彼女のお父さんの顔を見るたびに、胃が痛くなって。威圧感があって、目がまともに見れないんです」
「来月結婚式なんだけど、そのことを考えると、仕事が手につかなくなるんです。事務所の残務整理がたくさんあるのに、ちっともはかどっていなくて。結婚式なんかしなくてもいいじゃない、って彼女に言うと、凄く怖い目でにらむんです。俺、円形脱毛症になってしまいましたよ」

そう言って、右耳のすぐ上の部分を見せてくれた。
500玉ほどの大きさのハゲがあった。

ほとんどの男から見たら、うらやましい境遇だと思うのだが、本人は、相当のストレスを感じているようである。

しかし、それを解決できるのは、本人だけだ。
自分で克服しなければ、「逃げの味」を覚えることになる。
若い人は、それでも「未来」という力強い味方がいるが、ある程度の歳を取ると、「未来の容積」が少なくなる。
そして、あっという間に「未来の底」が見えて、今度は「後悔の容積」が、脳を侵食するのだ。

だから、オオイシくん。
逃げてはいけない。
「俺が彼女を守るんだ」という強い気持ちを持ち続けるんだ。

誤解を受ける表現かもしれないが、フリーランスよりもプリントショップの責任者の方が、楽だぞ。
昨日と今日、そして明日が、確実に繋がっているんだからね。

そんな風に力説したのだが、オオイシは、「ミルクイタリアンジェラート」の山のてっぺんをほじくり返して、遊んでいやがった。


おまえなんか、500円ハゲじゃなくて、ツルっぱげになってしまえ!


そう悪態をついたら、「ああ、そうそう、一つお願いがあったのを忘れてた」とオオイシが、山をほじくり返しながら、心のこもっていない声で言った。

「俺、仕事辞めるんで、仕事を引き継いで欲しい会社が2社あるんですけど・・・・・・・」



オオイシさん。

それを、早くおっしゃってくださらないと・・・・・。


アイスをほじくり返すのが、とてもお上手で・・・・・・・。





2010/10/13 AM 06:34:56 | Comment(3) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

図書館にて
図書館に行ってきた。

武蔵野の図書館。
予約していた伊坂幸太郎の「ゴールデンスランバー」の順番が、やっと私に回ってきたので借りにいった。
3ヶ月近く待たされた。

これで、つまらなかったらどうしよう、などとは考えない。
伊坂幸太郎の本が、つまらないはずがない。
いつも通り小粋な表現で、意表をつく展開を用意しているはずである。

楽しみだ。

予約した本を手にして、館内をぶらついた。
この図書館は、それぞれの空間が広く取ってあり、動線がユーザー目線なので、移動がしやすい。
だから、自分のペースで、ノンビリした気分で動くことができる。

1階のCDスペースで、ジャズの棚を見ていた。
それほど種類が豊富というわけではないが、それなりにバランスよく揃っていた。

アート・ペッパーの「Meet the Rhythm Section」を手にしていたときだった。
かすかな視線を感じた。

私はその種の視線に関しては鈍感な方だが、そのときは、顔の肌に小さな圧力を感じた。
圧力を感じる方に目を移すと、そこには、少女がいた。

10歳くらいの少女だ。
髪が長くて、顔が小さい。
からだ全体が細い。

そして、整った顔をしていた。
可愛い、というのではない。
そのままの顔で大人になったら、かなりの美人になるだろうと思われる顔だ。

その少女が、私を見ていた。
瞳が、大きくて澄んでいた。
邪念を感じさせない無垢な生き物、そんな感じがした。

しかし、なぜ私を見るのか。

私の妄想。
真昼の幻覚。
あるいは、ただの勘違い。
普通に考えれば、そうだ。

気味が悪い、という感じはしないが、居心地の悪さは、ある。

横顔に視線を意識しながら、私は2階に上がった。
2階は、専門書や小説が陳列されている。

ここも動線が訪問者向きに作られているので、動きやすいつくりになっていた。

小説のコーナーをゆっくり眺めていく。
真保裕一のコーナーに「覇王の番人」があったので、上巻を手に取った。

そして、センターに置かれた四角いソファに腰を下ろして、ページをめくった。

真保裕一氏の初めての歴史小説。
謎の多い明智光秀の生涯を違う視点で捉えたもので、導入部の語りが、できのいいドラマのナレーションのように、頭に入り込んでくる。
興味をそそられる序章である。

「ゴールデンスランバー」を読み終えたら、今度は、これを借りることにしよう。

本から意識が離れて、左横を見ると、隣に先ほどの少女が座っていて、小さなノートに絵を描いていた。
覗いてみると、丸い時計を擬人化したものだった。
色はついていないが、時計の表情が生き生きとしているので、まるで明るい色鉛筆で描いたような錯覚に陥る、それは楽しい絵だった。

その絵を見て、この子は、心に鬱屈を抱えた子ではないのだな、と思った。
絵は、正直である。
その人の感情が、生(なま)のまま出る。

ノートの上をシャープペンを持った小さな手が、楽しそうに走っている。
それは、思わず見とれるほどの鮮やかな軌跡だった。

しかし、冷静になると、私の心は居心地が悪くなる。
少女が、私の隣に座っているのは、偶然なのか、それとも何か意図があるのか。

あるいは、私の自意識過剰・・・・・・か。

居心地が悪いまま、私は本を棚に戻し、少し歩を早めて、1階に下りていった。

少女が、ついて来る気配はない。

やはり、自意識過剰だったか。

そのまま図書館を出ようと思ったが、雑誌コーナーに、パソコン雑誌が陳列されているのを見て、そちらに足を向けた。
Mac関連の雑誌を手に取った。

立って、パラパラとめくる。
BiND」の記事の部分を斜め読みして、全体をおぼろげに把握した。
雑誌を立ち読みするときの私は、いつもそうである。
それで自分のためになると思えば買うし、斜め読みだけで充分だと思ったときは買わない。
ほとんどが、斜め読みだけで充分だ。

貧乏人の悲しい習性。

そんな風に記事を目で追っていたとき、左手のすぐ下に、長い髪を認識した。
少女の黒い髪だった。

少女は、私の手に取った雑誌の表紙を澄んだ眼を見開いて、見つめていた。

それを見たとき、鳥肌は立たなかったが、一瞬息が止まった。

少女は、一人で来ているのだろうか。
親や友だちと一緒ではないのだろうか。
なぜ、私のそばにいるのだろうか。

そんな当たり前の疑問が、頭に浮かんだ。

不思議なことに、不快な思いは感じない。

それは、少女が表出する空気が、澄んでいるからだった。
あるいは、美少女だから・・・・・・か。

ただ、この居心地の悪さは、断ち切る必要がある。
少女が、なぜ私のそばにいるのか、という理由は、知らなくてもいいことだ。
それは、重要な問題ではない。

つまり、私がこれ以上この図書館にいる理由は、ない。

だから、私は図書館を出ることにした。

雑誌コーナーから出口までは、15メートル程度。
私は、振り返ることなく、出口のそばまで歩いた。

しかし、誘惑に負けた。
少女がいるであろう場所の方に、私は軽い期待を持って顔を向けた。

私が思ったとおりの場所に少女はいて、私の方を見ていた。

笑顔だった。

その笑顔に誘発されるように、私は少女に向かって、小さく手を振っていた。

すると、笑顔が返ってきた。
さらに、少女は右手を腰の横で、小さく振っていた。
それは、私が今まで見てきたどんな笑顔よりも輝かしく、心がとろけるような笑顔だった。



たとえ「人違い」だったとしても、あんな笑顔がもらえたのだから満足だ。
そんなことを思った私だった。




2010/10/11 AM 08:17:14 | Comment(3) | TrackBack(0) | [日記]

危なくてハラハラするオレ
思いがけないところから入金があった。

それは、去年の2月に仕事をして、何度催促しても支払ってもらえなかった会社からだった。

業績が悪いとは聞いていなかったので、安心して引き受けた仕事だった。
ただ、自慢ではないが、私の場合、これはよくあるパターンだった。
だから、今年の5月あたりには、もう諦めの境地に達していた。

いつものことか・・・・・・・・、ケッ!

そう思っていたら、一昨日、請け負い代金の10万4千円が、唐突に振り込まれていたことを確認して、妙な居心地の悪さを味わった。
貰って当然の報酬が振り込まれて、居心地が悪くなるなんて、俺は何て貧乏性の男なんだろう。

一応、相手の会社に確認したら、「少しだけ業績が持ち直しましたので」と、ほとんど悪びれた様子もなく言われた。

それは、よかったですね(地獄に堕ちろ!)。

10万4千円の入金があったとしても、これを私が自由に使えるわけではない。
だから、嬉しいとは思わない。

ただ、助かった、と思うだけである。

これで、請負代金の未回収額は、20万円を切った。
4年前は、130万円以上に膨らんでいたから、これは、昔を思えば好転したと言えるのか。
いや、取引先が倒産して回収できなかった金額が相当額ある。
つまり、全額回収できたわけではないから、単純に喜んでいいものでもない。

だから、貧乏は、続く。


そんな失意の底なし沼にはまろうとしていたとき、同業者のカマタさんから連絡があった。

立川の印刷屋に寄ったついでなんだけど、Mさん出てこれる? 餃子、奢るよ」

ということで、武蔵境の餃子の王将で、カマタさんと会った。
最近再婚して、小ぎれいな格好になったカマタさんは、私と目が合うと、照れ笑いを浮かべて、「まずは餃子二人前いこうか」と言った。

キムチと生ビールもお願いします。

カマタさんが、首をかしげながら言う。
「何でだろうねえ。俺も決して金持ちじゃないんだけど、Mさんを見ると、ご馳走したくなっちゃうんだよね。痩せすぎているからかな」

それもありますが、ボランティア精神にあふれたカマタさんの善意の心が、この貧乏顔のことを放っておけないのでしょう。
ありがたいことでございます。

このようなことを書くと、年に4件ほど、「あんたは、たかり体質だ」というような、ご親切なメールをいただく。
この件に関しては、本当のことなので、反論はしない。

ただ、私は自分から「奢って」と言ったことは、10回のうち2.5回しかない(4回に1回とも言う)。

「そうだよね。Mさんは、自分からは言わないよね」とカマタさんに言われたので、私は調子に乗って、高校時代のことを話し出した。

高校の昼食は、女の子は弁当を持ってきている子が多かったが、男はほとんどが購買部でパンを食うか、カレー、麺類などを食っていた。

私もそうだった。
親から、300円の昼食代を貰い、購買部で昼メシを買った。
それも、50円の焼きそばパンを一個だけ。

このブログでも何回か書いてきたが、私は食うことが面倒くさいタチである。
それは、子どものときから、そうだった。

焼きそばパン一個食って、あとは大量に水を飲めば、とりあえず腹は満たされる。
だから、それで、いいじゃないかと思っていた。

しかし、クラスメートは、そんな私にお節介を焼くのだ。
「マツ、おまえは陸上部のエースなんだから、ちゃんと食えよ。食わないといい記録が出ないぞ」
そう言って、お握りをくれたり、サンドイッチをくれたり、場合によっては、カレーライスをご馳走してくれたりしたのである。

私自身は、奢ってもらいたい、ご馳走になりたいなどとは、少しも思っていないのに、まわりが勝手に私の前に食い物を並べるのだ。
人の好意を無にするほど、私は冷たい人間ではない。
だから、喜んでいただく。

それが、習慣になった。

そして、毎日の余ったお金は、貯めておいて、競技用のスパイクや練習用のシューズを買うお金として使った。
学校からは、年に一足だけ練習用のシューズが支給されたが、真面目に練習していたら、そんなものはすぐにボロボロになった。
そうなったら、自腹で買うしかない。
みんな自腹で買っていた。

だから、その意味では、私は恵まれていたと言っていいかもしれない。
親にシューズ代をねだる必要がなかったのだから。

親しいクラスメートが、言う。
「マツは、なんか放っておけないんだよな。放っておいたら、絶対に飢え死にしちまうからな。飢え死にするぞって言っても、それがどうしたって顔するんだもんな。マツを見てると、危なくって、ハラハラするぜ」


そう話したところで、カマタさんが、大きくうなずいた。
「そうなんだよね。Mさんは、見てると、危なくてハラハラするんだよ。心配で心配で、俺の体に悪いから、自分のために奢らざるを得なくなるんだよね。Mさんは、不思議な人だよね」

まあ、不思議はいいんですが、生ビールをお代わりと、春巻きなどもいただけたら。
ああ、キムチも一皿追加で。

「あと餃子二人前、頼もうか」とカマタさん。

そんな自分の言葉に気づき、目が覚めたような顔で、カマタさんが言う。
「ほらね。自然と、こうなっちゃうの。嫌になっちゃうよね」



まあ、どんな理由であれ、ビールを奢っていただけるなら、私はどう言われようと構いませんので。

たとえ、「たかり体質」と言われても、本当のことですから。




開き直り。





2010/10/09 AM 06:39:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

ズレても元に戻る
少し、感覚がズレているのかもしれない。

稲城市の同業者から、ある会社のロゴの作成を依頼された。
「三日でできますか」と聞かれたので、もちろん、と答えて、例によって一日早く持って行った。

10パターン作ったうちの、自信のある2パターンをまず見せた。

しかし、同業者は、お気に召さなかったようだ。
「ロゴですから、シンプルな方がいいと思うんですよね」
二つとも、かなりシンプルな構成だったが、彼の感性とは合わなかったようだ。

「ロゴは、会社の顔ですからね。パッと目に入って、すぐに覚えられるものでないと。ちょっと、これは凝りすぎですかね」

私自身は凝っているとは、まったく思っていないのだが、私の何かがズレているのか。

「他に、アイディアとして、なんかありませんか」

10パターン作ったものをUSBメモリに入れて持ってきていたので、他の8パターンを見せた。
その中で、同業者が「ああ、これがいいじゃないですか」と言ったのが、私が10個のうちで真っ先に撥ねた4つのうちの一つだった。

淡い藍色の菱形のなかに、会社の頭文字のTを白抜きにして、その上に黒文字のTをずらして乗せたもの。
そして、その下に小さく細い明朝体で会社の日本名を乗せている。

「会社名の明朝体を、細いゴシックにしてみませんか」と言われたので、ゴシック体に代えた。

すると、「ああ、これでバッチリじゃないですか」と言われた。
「シンプルで、目にストレートに入ってくる。これこそロゴですよ」とも言われた。

自分では、真っ先に否定したロゴだったが、同業者は、それを真っ先に選んだ。

このズレは、大きいと思った。

俺は、大丈夫なんだろうか。
そんな不安だけが、残った。


そのあと、浦和で、レギュラーのドラッグストアのチラシの最終チェックがあった。

今回から担当者が変わった。
ぞれまでの担当者のスズキさんが、統括店長に出世したので、若いオオクボ氏が私の担当になった。

25歳前後の若くて、肩が張っていて、いかにもパワーがありそうな若手である。

新規オープンのチラシ。

いつもなら、段階的に告知することになっていた。
「オープン」の文字は、最初は藍色の字に白ふち。
次がマゼンタで白ふち。
最後のオープン前日は金赤で白ふち、というものだった。

それは、社長とスズキさんと私で、最初に決めたことだった。
4年間、その方式でやってきた。

しかし、オオクボ氏が、それに異議を唱えた。
「全部、赤で行きましょうよ」

しかし、これは社長たちとの取り決めで・・・・・・。

「いや、私はすべての責任を任されておりますので、ここは全部赤で」

オオクボ氏の肩に力の入った迫力に圧倒されて、私はつい頷いてしまった。

しかし、チラシが新聞とともに配布されたその日。
社長から、電話をいただいた。

「オープン告知の3週間前のチラシ、赤でしたね」
社長からチラシに関して何かを言われたことは、今まで一度もなかった。

思いもよらないことだが、まさか温厚な社長がお怒りなのか・・・・・・・。

と思ったら、少し間を空けたあとで、笑いを含んだ声で社長が言った。
「オオクボは、突っ走りますからねえ。Mさんも大変だったんじゃないですか」

社長は、すべてお見通しだったようだ。
そして、さらに社長が言う。
「彼は走ることしか知らないですから、それをMさんにブレーキをかけてもらいたかったんですがね」

そんな社長の思惑を知らずに、若さのパワーに負けた俺。
これも、一種のズレなのかもしれない。

最近の俺は、役に立っていないな。
そんな自己嫌悪。

重いため息を飲み込んだ。

すると、社長が明るい声をまき散らして笑った。
「まあ、先は長いですから、徐々にMさんのペースに持っていきましょうよ。オオクボを変えられるのはMさんしかいないって、僕は思っているんですよ」

こんなズレまくりの俺に、そこまで期待してくれるとは。

また、ため息を飲み込んだ。

「本来なら、そんなことは我が社の他の人間がやらなければいけないんですが、人材がいないものですから、ついMさんに頼ってしまって、申し訳ありません」

なんか、ダメな俺を、うまい具合に軌道修正してくれているな。

心に小さな甘えが芽生えた私は、社長にこう言っていた。

最近の私は、ちょっとズレていると感じているんですが・・・。

それに対して、社長の返事は早かった。
「僕なんて、ズレてズレてズレまくって、360度回転して、最近やっと戻ってきたばっかりですよ。Mさんも、もっと大胆にズレてみてください。守りに入っちゃダメです。ズレたって、僕みたいに、いつの間にか元に戻るんですから」
何の迷いも感じさせない明るい声だ。

そして、社長が珍しく冗談を言った。
「ズレてまずいのは、カツラだけですから」

ハハハハハハハ・・・・・。


それで楽になった。

ズレたっていいんだ。



俺は、カツラじゃないんだから(意味が違う?)。





2010/10/07 AM 06:27:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

つぶやきました
臆病な大男。

アメリカは、世界の警察であり、裁判官であり、銀行である。
おそらく、世界の中で、アメリカ人だけが、そう思っている。

米下院本会議が、中国・人民元が対ドル相場で過小評価されていることに対して、相殺関税を課す内容の中国制裁法案を可決した。

昔、アメリカが多額の「双子の赤字」に苦しんでいた頃、日本経済は右肩上がりだった。
そうすると、何かにつけて、アメリカは日本に対して、制裁法案を持ち出して、日本に揺さぶりをかけた。

アメリカというのは、そういう国のようだ。
自分を脅かすものに対して、とても臆病で、法案という盾ですべてを正当化し、上り階段を封鎖して、他国が近づけないようにするのである。

あるいは、自分に脅威を与える国に対しては、明確な証拠もないのに、武力で政権を剥奪するということを平気でやる。
典型的な、臆病者と言っていい。

大男が臆病な様は、漫画や映画の世界では笑えるが、現実となると、哀れとしか思えない。



ジョンウン、ジョンウンと、どこのメディアも、ウンウン唸っていた。

どのテレビニュースを見ても、「ジョンウン、ジョンウン」と、同じ内容と同じ映像、同じような解説の繰り返し。

いつから、日本の報道機関は北朝鮮の宣伝媒体になったのか、と思うほどである。

いまだ確定していない情報を垂れ流し、「後継者様」の宣伝をして、日本国民に何のメリットがあるのだろう。
メディアは、「拉致被害者」のことを報道のブラックホールに押し込んでいるくせに、「ジョンウン」を大々的に語って、それで北朝鮮の何を伝えようというのだろうか。

理解に苦しむ。



弱腰外交って、何?

外交とは、国同士が大人の対応をすることを言う。
決して、ならず者同士が、相手をなじり合うことではない。
たとえ、一歩引いたように見えても、諸外国から「無用な争いを避けた」と評価されれば、私はいいと思っている。

しかし、メディアは、国内の著名人の「威勢のいい言葉」を引用して、弱腰だ、と世論を煽る。

その光景は、メディア自らが戦争の旗を振った69年前の大戦と、メディア自体の本質がほとんど変わっていないことを証明している。

威勢のいい言葉が「世論」である、という錯覚。

そんなことより、なぜ、かの国が無法国家であるということを、冷静に検証して問題を提議できないのだろうか。
かの国が無法国家であることを、国際法を駆使して立証すれば、国際世論は日本に味方して、かの国は徐々に孤立するはずだ。

孤立してしまえば、あとは戦争か融和しか、方法はない。
今の時代、たとえ、ならず者だとしても、彼らに核戦争を選択できる度胸はないはずだ。

核兵器の実効総数は、圧倒的にアメリカの方が多いのだ。
それは、簡単な算数である。
日米同盟は、何のためにある?

だから、感情的な煽動に我を忘れるのは愚かなことだ。
今こそ、周辺諸国に無駄にばらまいた感のある、ODAの実績を生かすときでは、ないだろうか。



「○○の話」という番組があって、芸人が一つの出来事に関して、一題話を語る。

それを、みんなが「おもしろい」「すべらない」と言って、有り難がる。

しかし、一回しか見ていないので、私に言う権利はないかもしれないが、不満を心に溜め込むと心が爆発しそうになるので、とりあえず感想だけを述べさせていただく。

私の脳の処理能力と、耳の機能的な問題があって、私には、ほとんどの話が半分以下しか「聞こえなかった」「理解できなかった」。

最近の芸人さんは、早口である。
そして、滑舌があまりよろしくない。

しかし、見ている人のほとんどは、普通に彼らの会話に反応して感心しているようである。
その深く感心する様は、私をとても不安にさせる。

俺だけが、理解していないのか?

そこで、私は、誰にも「つまらない」と言えず、結局は、その種の番組から遠ざかることになる。

私は、他の誰よりもお笑いを愛しているが、理解できない、という現象は、私にとって、かなりつらいものがある。

そして、最近の私は、○○の話以外でも、早口で滑舌のよろしくない芸人が言っていることが、理解できないという絶望的な状況に陥っている。

たとえば、千原ジュニアさん。

かなり人気のある芸人だから、きっと面白いことを言っているに違いないとは思う。
しかし、彼の声の周波数を、私の耳と脳が感知できないせいなのか、彼が話すたびに「あん? なに言った?」という現象が、毎回起きるのである。

訳あって、私には右耳が聞こえないというハンディがある。
それに加えて、言語を理解する左脳が、加齢によって最近衰えてきたという問題もある。

その結果、「わからん! ちっとも面白くない」と、彼が画面に出てくると、電源を切ることを繰り返している。

耳は、もうどうしようもないが、彼らの話が面白く感じられるように、衰えた左脳を鍛えてみようかと、いま私は真面目に考えている。



美脚9人組・少女時代。

私の中学三年の娘は、東方神起のファンだったが、その後、SHINEE、2PMのファンになり、今年の初めあたりから、K-POPのガールズグループに興味が移ってきた。

「旦那、ショニシデ(少女時代)というグループがいるんですが、この子たちが、みな美脚なんですぜ。太もも大胆露出の旦那好みの子たちですぜ。どうか、一度見てやってくださいよ」

娘に、そう薦められて、YouTubeの画像を見せてもらった。

太ももが18本、躍動していた。

「旦那さん、気に入りやしたかい?」

気に入った。
褒めてつかわす。

「滅相もございやせん」

という小芝居を繰り返していたら、この夏に、少女時代が日本に来ることになった。
それをいち早く聞いた娘は、早くからDVDを予約し、有明コロシアムのショーケース・ライブのチケットを2枚手にいれた。

酷暑の夏休み。
娘は、友だちと二人で浴衣を着、ハングル語を書いた大きな手製の団扇を手にして、有明のライブに行ってきた。

浴衣を着てライブに来るのが珍しかったせいか、娘は、しっかりニュース画面に、その姿をさらしていた。

いま、娘の身の回りのクリアファイルなどは、すべて新大久保で買い求めた少女時代のものである。
ポスターも数種類、部屋に貼ってある。
DVDは、PCに落として、何度も繰り返し再生して観ている。

だから、私も自然と覚えてしまった。

メンバー9人の名前は、覚えた。
そして、脚を見ただけで、誰のものなのかあてるという芸当も、半分程度習得した。


いや、だからといって・・・・・そんな目で私を・・・・・。

変態を見るような、そんな目で・・・・・・。




やはり、変態・・・・・・・?。




2010/10/05 PM 01:13:38 | Comment(4) | TrackBack(0) | [日記]

雷と品川イチロー
今さらだが、シアトル・マリナーズのイチローはスゴイ、というお話。


少し前のことだが、9月28日・火曜日に多摩地方は、一時間に40ミリという大雨に見舞われた。
その日、朝はたいした雨ではなかったので、稲城市の同業者の事務所に出かけた。

武蔵野から稲城の事務所までは、約7キロ。
自転車で30分ほどの距離だ。
カッパを着ていけば大丈夫、と軽く考えた。

カッパ姿の私を見た36歳の同業者は、「Mさんほど、カッパの似合う人はいませんよ」と褒めてくれた(?)。

仕事を貰ったあとに、世間話をした。
ほとんどが東京ジャイアンツの悪口だった。
それも、尊大なオーナーの悪口だ。

同業者は、東京生まれの東京育ちだが、アンチ巨人。
私も、そうだ。

たいへん話が盛り上がった。

ただ、悪口は、違う形で自分に帰ってくるということを、私はすぐに思い知らされることになった。
人の悪口は楽しいが、恐ろしい「お返し」が返ってくることもある。

12時前に、同業者の事務所を辞した。

事務所を出てすぐは、小降りだった雨が、多摩川原橋を渡る頃には、豪雨になっていた。
多摩川の水かさが、またたく間に増えていくのが、音とともに実感できた。

雷も鳴っていた。
あたりは夕方のような暗さで、間近に稲光。

カッパを着ていても、あまり役に立たない。
真正面からは、暴力的な水の塊が顔を殴ってくる。
顔が痛い。前が見えない。

今すぐ緊急避難をしなければいけない危険な状況だ。

そのとき、私の目に入ったのが、釣具専門店だった。
三階建てだが、一階はすべて駐車場になっているという雨宿りには最適の場所だ。
これ以上の「雨宿りスポット」は、この世に存在しない。

「ああ、神様」と胸の前で十字を切って、私は駐車場に滑り込んだ。
12台収納できる駐車スペースの10台が埋まっていた。
残りは、あと2台。

しかし、その2台のスペースには先客が、いらっしゃった。

長年、肉体労働に従事していらっしゃって、日本酒をこよなく愛している50歳くらいの男の人と、寡黙な60歳くらいの男の人が、駐車場に新聞紙を敷いて雨宿りをしていたのである。

雨をしのげる場所がそこしかなかったので、私も必然的に、そのあたりに自転車を停めざるを得ない。
隅っこに自転車を停めたのだが、50男が、それに反応した。

「何だよ! 挨拶もなしかよ! 俺たちが先に来てるっていうのによぉ!」

その言い方は、かなり理不尽だと思ったが、先客であるのは間違いないので、私は「お邪魔します」と頭を下げた。
しかし、絵に描いたような酒飲みの50男は、ワンカップ大関を右手に持って、「何だよ! お邪魔しますって! 失礼します、だろ!」と、どうでもいいことに因縁をつけるのだ。

目の縁が赤くなって、若干ろれつが回らなくなっている。
要するに、典型的な酔っ払いの言いがかりである。

彼の前に座っている60男は、ほとんど無表情に、惣菜のレンコンのきんぴらを黙々と口に運んでいる。
我関せず、といったところか。

さらに、50男は吠え続ける。
「何だよ! 青っちょろいすまし顔しやがって! 俺の一番嫌いなタイプだよ! おまえなんか、雷に打たれちまえよ!」

そこまで、言うか。

おまえだって、ひと様の駐車場で、日本酒を煽り、我がもの顔で駐車場を占領しているのは、おかしいんでないかい。
ただ、先客っていうだけで、偉そうなことを言うんじゃないよ。
得意の右フックをお見舞いしてやろうか。

もちろん、そんなことを言えるわけもなく、私は50男を睨み返すことしかできなかった。

しかし、50の酔っ払い男は、そんな私に「ああ、品川の目だ!」とまた吠えるのである。

何だ、品川の目って?

「俺の嫌いな品川! ああ! 気持ちが悪い、腹が立つ!」

意味がわからん。
わかる言葉で説明しろ。

すると、寡黙な60男が、初めて口を開いた。
「俺も、作業長の品川は、嫌いやな」
関西弁のイントネーション。
声は、かなりしゃがれている。

品川というのは、彼らが働いているところの責任者らしい。
それが、嫌なやつなのだろう。
そいつに、私が似ているというのか。

そして、50男がワンカップを勢いよく煽り、上を向いて吠える。
「品川イチロー、おまえなんか、雷に打たれて死んでしまえ!」

イチロー? イチロー? 同じイチローなのに?

私は、思わず、そうつぶやいていた。

すると、そのつぶやきを聞きつけた50男が、「おお! おまえもイチローが好きなのか?」と、場の空気が変わるほどの笑顔で、私を見上げたのだ。

彼は、傍らに置いた黒いエコバッグの中を探ると、宝物を扱うように、その中から綺麗に畳んだ紙を取り出した。
そして、得意気にそれを私の方に、開いて見せたのである。

それは、イチローが10年連続200本安打を打ったときに出された「号外」だった。
イチローがヘルメットを高々と上げて、感謝の意を示している写真が、大写しになっているものだった。

ああ、それは、すごい!
ちょっと、見せてくれますか。

知ってますか? イチローは今季、メジャーで3回目の全試合出場を果たすかもしれないんですよ。
もうすぐ37歳になるのに、イチローの肉体は、衰えを知りません。
それは、イチローが努力の人だからです。
彼は、自分の体を維持することに、全身全霊を傾けています。
彼は、あと十年、イチローのままでいられるでしょう。

私がそう言うと、50男は、嬉しそうにうなずいて言った。
笑うと、前歯が3本欠けているのが、見てとれた。

「難しいことはわからないんだけど、おまえが、イチローを認めているのは、よくわかるよ。さあ、ここに座って、酒を飲もうぜ」
男の黒いバッグから、大きめのワンカップ大関が私に差し出された。

向かいに座った寡黙な60男も、柔らかい笑顔を作って、うなずいていた。

雷が、ズズズズズン! とけたたましい音を立てたが、それがイチローの話題を遮ることはなかった。


あらためて、イチローは、スゴイと思った。




2010/10/03 AM 07:57:36 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

男前なのか、オレ?
稲城市の同業者から貰った仕事は、トレースが約160点。

ほとんどが不動産の間取り、近辺地図。
さらに、ロゴ。
そして、疑似餌(ルアー)のリアルイラスト9点。

「急ぎの仕事なんで、三日でできますか」と言われ、もちろん、と答えた。
そして、それを一心不乱に二日で仕上げ、同業者のところに持っていった。

「早かったですね。助かりますよ」と言われた俺は、そのとき男前だった。

「じゃあ、追加で、もう少しお願いします」と40数点の仕事を貰った。
「明日の夕方までにできますかね」と言われて、その日のうちに仕上げた。

そんな俺も、やはり男前だった。

そして、同業者が、さらに言う。
「再来週の話なんですが、配線図のトレースが大量に入ってくるんですけど、頼んでもいいですか?」

量は、どれくらい?

「230点くらいですが、半分やっていただけたら、ありがたいです」

やりましょう。
納期は?

「今回は、余裕があります。十日ありますが、Mさんなら、一週間でできるんじゃないんですか」

五日で、やりましょう!

そう男前に宣言した。

しかし、よく考えてみたら、今までの仕事は、手元に急ぎの仕事がないから出来たことである。
急ぎの仕事があったら、納期ギリギリだったはずだ。

つまり、「できる」と断言するのは、「俺はヒマだ」と宣言しているようなものではないのか。

それは、ちっとも、男前ではない


同業者を訪問した帰り道。
珍しく腹が減ったので、武蔵境通りのファミリーレストランに入ることにした。

財布の中に、友人のテクニカルイラストの達人・アホのイナバから恵んでもらったJCBの商品券があった。
一万円分貰ったのだが、使いすぎないように、貧乏くさく、いつも千円の商品券を一枚だけ財布に入れていた。

その千円で、生のジョッキを2杯飲み、ソーセージとポテトのグリルを頼むと千円を少し超える額になる。
だが、小銭を200円持っているから、超えたとしても充分足りる。

ほとんどスキップするように店内に入ったが、3時前だったからか、店は混んでいて、待っている人が一組いた。

「お一人様ですか」

はい、ひとりです。

おとなしく2番目に呼ばれるのを待った。

しばらく待つと、会計をする親子連れがレジの前に立った。
30歳過ぎの母親と5歳くらいの男の子。

見ると、母親は北斗晶に似ていて、たくましく獰猛な雰囲気を撒き散らしていた。
男の子は、逆におっとり型。
私の大学二年の息子の子ども時代に似て、気の抜けた笑顔を、無意識に振りまいていた。

髪型と仕草も、息子の子どもの頃に似ていた。
親近感を持った。

心の中で、ヘラヘラ王子と名づけた。

「738円いただきます」
レジをしていた若いアルバイトの女の子のよく通る声が聞こえた。
ケーキと飲み物程度の金額だったようだ。

しかし、大きめのショルダーバッグの中を探っていた北斗晶が、「ありゃぁ! 財布がないぞ」と言った。
大きな声だったので、レジの女の子が驚きを隠そうともせず、肩を震わせて口に手を当てた。

「ない! 忘れたか! チビ! 覚えてるか? ママは、財布を持って家を出たか?」

そんなことをいきなり聞かれても、子どもにはわかるはずもない。

ノー天気に「わからな〜〜い」と、笑顔で北斗晶を見上げた。

それに対して、北斗晶は、大きく「チェッ!」と舌打ちをした。
レジの女の子は、その舌打ちにも大きく反応して、一歩後ずさりをした。
一歩後ずさりしたら、そこはもう壁だった。

女の子の目が、一瞬絶望の光を放ち、店内の誰かを探すように、首を伸ばした。
そこに、北斗晶の声が襲う。

「悪いね。財布を家に忘れたみたいなんだ。ちょっと待ってくれないかしら。家は近所だから、すぐに戻ってくるから」

レジの子は、無言だった。
目だけが、怯えを主張していた。
おそらく、この子は客商売には、向かない子だ。
マニュアルどおりのことはできるが、マニュアルに少しでも外れたことが起きると、対処できなくなる。

融通がきかない。
お客のことを第一に考えることができない。
誰かを呼びにいくという機転もきかない。

きつい言い方になるが、仕事上では、バカの部類に入るだろう。

北斗晶が、若干イライラしている気配が、伝わってきた。
その息子は、笑顔。

このままでは、レジまわりの空気が固まったままになる。
そう思った私は、差し出がましいとは思ったが、動くことにした。

JCBの商品券を北斗晶に差し出して、これを使ってください、俺はまだ余分に持っていますから、と言った。

北斗晶は眉間に皺を寄せて、私を見た。
少しだけ目に敵意が入っているように見えた。
恐怖に体が震えたが、懸命に堪えた。

私が差し出した商品券に目を移して、北斗晶が「なんで!」と空気を切るような鋭さで言った。

ここで、さらに空気を停滞させるわけにはいかないと思った私は、ヘラヘラ王子の手に商品券を握らせて、これで支払って、と言った。

ヘラヘラ王子は、眩しいほどの笑顔で私を見上げ、うなずくと素直にレジの女の子に商品券を渡した。
女の子は怯えた目のまま私を見たが、私が大きくうなずくと、マニュアルどおりに、それを処理した。

北斗晶は、険しい顔をしていたが、「すぐ戻ってきますから」と言って、私に向かって深く頭を下げた。

そして、北斗晶親子がレジ前を去ったことによって、店の空気が動いた。
私の番が来て、ウェイトレスに案内されて、私は座席に座った。

座ったはいいが、しかし、私の頭を占めていたのは、財布の中が200円の小銭しかないということだった。
北斗晶は、すぐに戻ってくると言ってくれたが、戻ってこないこともありうる。

その場合は、どうしようか。

そのことが頭の中で大きく膨らんで、私はほとんどパニック状態になった。

それを解決するのは、小芝居しかない。

私の横をウェイトレスが通りかかったときに、私は携帯に電話がかかってきた振りをして、「すみません。ちょっと用事ができたので、またあとで来ます」と言った。
ウェイトレスは、ごくアッサリとそれを受けて、「はい、お気をつけて」と言ってくれた。

その言葉を神からの救いの言葉のように受けとめ、私は背を丸め、足早に店を出た。

まるで、逃げるように。


逃げるように・・・・・・・。


こんな俺は、少しも男前ではなかった。




2010/10/01 AM 06:34:31 | Comment(4) | TrackBack(0) | [Macなできごと]



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