Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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メールに反論?
顔や態度に現すことはしないが、丸一日憂鬱に暮らした。

憂鬱で心がカサカサに乾いていたから、つまらないことに苛立つ。


鼻につく文章、というのは、どういう意味だろうか。

当然、好意的な意味でないことはわかる。
自分の書く文章が稚拙であるというのは自覚しているが、そうとは言わず、「鼻につく」と表現されると、感情だけが先走った言葉に聞こえる。
要するに、「感情的に受け入れがたい文章」ということか。


一通のメールが来た。

その人のメールには、名前も住所も、電話番号さえも記されていたから、それが冷やかしでないのは、すぐにわかった。

それは、以前「東京のデザイナー」というブログを載せたことに対する反響の一つだった。

自分も自営業であるから、非常識な客を何人か知っている。
しかし、自分は、それを心に留めておくだけで、悪口は絶対に言わない。

おたくのブログには、お客に対する尊敬が見られない、と書かれていた。
仕事を出す側こそ重要な存在で、請ける側は、もっと謙虚になるべきだ。
お客様は神様なんですよ。

その神様を馬鹿にする、おたくの文章は鼻につく、と書いてあったのだ。

お客様は、本当に神様なのか、という反論から、このブログは始まる。

では、クライアントの言うことは、すべて正しくて、請け負う側はどんなに不利益があっても、それを甘んじなければいけないのか。

幼稚な感情論である。

メールの主は、私が「仏頂面が悪である」みたいな書き方をしてしまったから、クライアントの悪口を言ったと思って、ただ感情的に反発した。
私が、もっと回りくどい言い方をして、クライアントの態度を軽く嗜める程度だったら、彼は今回のようにメールを送ってくることもなかったと思う。

感情論だけが肥大したら、話は感情を鎧にした「正論」だけを主張しあう泥仕合になる。
つまり、話が交わらない。

どうせ交わらない会話なら、自分の意見を主張した方が、話はわかりやすいし、楽だ。
だから、私はここで、自分の意見を主張したいと思う。



私には、なぜ彼がいつも仏頂面でいるのか、あるいはいられるのか、意味がわからないのである。
彼は、副社長という名の奥さんに向けるときだけ、顔を綻ばせるが、その貴重な笑顔は、従業員に対しても請け負い業者に対しても、決して向けられることはない。

副社長に対する笑顔から、一転して我々に顔を移すと、彼の顔は瞬時に仏頂面に変わる。
その、まるでカラクリ人形のような鮮やかさは、驚嘆に値する。

誤解をされたら困るが、私は「彼の笑顔」が欲しいわけではない。
押しつけがましくない「普通の会話」が欲しいだけなのだ。


たとえば、嫌いな人の話をしよう。

誤解を恐れずに言うと、私がいま一番嫌悪を感じるのが、現東京都知事である。

彼も仏頂面。
そして、たまにテレビに向かって笑みを浮かべるときは、そのほとんどが嘲笑である。
自分の言うことをきく議員たちには、ときに笑顔で応じるが、それは、私には飼い犬に向ける独りよがりの感情にしか見えない。

彼は、人の話を遮る。
まるで、相手が「馬鹿」だと決めつけているような冷笑で、人の意見を封殺する。
記者が気を遣って、まるで王様を扱うような質問をしたときだけ、彼は「まともな返答」を与える。

彼は中国や左翼勢力を糾弾するときには、その舌が過激に尖り、人々の喝采を浴びる。
ひとは、威勢のいい言葉に弱いものだ。
敵対勢力を批判すると、彼の器が10倍大きくなって見えるから、彼はいまも政治家を続けていられる。

政治家は、敵がいないと、自分を大きく見せることができない。
戦争はいつも、そんな膨張した無能なアジテーターを国民が盲目的に支持することから始まる。

都知事にとって、メシの種は、中国であり、マスメディアなのだろう。
敵対勢力として利用されるだけのメディアも情けないが。

都知事は、芥川賞作家である。
しかし、私は彼の作品を読んだことがない。
おそらく、彼の尊大な態度からすると、村上春樹も及ばないほどの天才的な作品を書くのだろうが、私はそれを読もうという気にならない。

嫌いな人間の小説を読むほど、私はお人好しではないからだ。

ひとの話を聞かないのは、彼がひとを怖がっているからだ。
私は、そう思っている。

自分の意見に反論されるのが、怖い。

反論されると、自分を否定された気分になる。
それが怖いので、彼は人の意見を封殺する。

封殺してしまえば、いつまでも自分は王様でいられる。
あるいは、悪に立ち向かう強いヒーローでいられる。

上からの目線で、人や事象を断罪しなければ、彼の精神は脆弱すぎて、心の中のパワーバランスが保てないのだろう、と私は推測している。
反論されたら、そのパワーバランスが崩れる。
それが、怖い。

だから、不機嫌顔で鎧を作るしかない。
鎧をかぶっていれば、彼は安心だ。
強面(こわもて)を通し続ければ、「外圧に屈しない頼れる政治家」でいられる、と自分で思っている。

彼の政治家としての実績を見ると、それは虚構でしかないことに気づくのだが、メディアは権力者に弱いから、彼はいつまでも「強い政治家」でいられる。

そんなことを含めて、私は「仏頂面の」現東京都知事が嫌いなのである。


さて、仏頂面。

これから先は、仏頂面社長の話のぶり返し。

その仏頂面が、すべての方向に向けられたものなら、私は彼を尊敬するかもしれないが、決してそうではないのである。

今回、私が強気になって、彼の要求を拒んだとき、彼は横を向くことしかできなかった。
そればかりか、仏頂面社長は横を向いて、小声で捨て台詞を放ったのだ。

自分が正しいと思ったのなら、彼は私の目を見るべきだった。
意思を目に表すべきだった。
しかし、彼はそうしなかった。

彼が仏頂面で強圧的に「お言葉を告げた」とき、そんな彼に逆らう人は、もしかしたら私以外にいなかったのかもしれない。
彼には、人から反抗される「免疫」ができていなかった。
だから、彼は横を向いて、小さな声で小さな抵抗をしたのだろう。

私は、そう判断した。

だから、それをブログに書いた。

その文章を感情論だけで「鼻につく」と言われたら、反発するしかないではないか。

会話というのは、言葉が双方を行き来して、はじめて成り立つものである。

自分を王様だと思っているひとの言葉を、ただ受け入れるだけでは、それは会話とはいえない。
それは、「命令」と同義語だ。

私は、彼に命令される立場には、いない。
彼の飼い犬ではないからだ。

私が仏頂面社長の「命令」を拒否したのは、私のルールに馴染まなかったのと報酬額があまりにも低かったからである。

ルールと報酬は、「プロの領域」の話だ。

私は、プロとして、赤裸々に今回の経緯をブログで記した。

それは、ところどころ感情的ではあったが、その経緯は、まったく嘘ではない。

だから「鼻につく」という表現だけで論じられることが、私には我慢できないのである。





2010/08/26 AM 08:24:13 | Comment(2) | TrackBack(0) | [Macなできごと]



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